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はてなキーワード: 多数決とは

2026-05-11

anond:20260511183448

結局は多数決だわな。9人からいいやつと思われて、1人から死ぬほど嫌われてたとしても、世間というかコミュニティーの中ではいい奴になれる。

例えその嫌われてるやつを誰も見てない時にボロクソ言ってたとしてもだ。多くの人が抱いたイメージそいつ性格ってことになるよ。

anond:20260511201345

ガチ下戸だけど、とりあえずビールコップ一杯で吐くんで1杯必ずアルコール頼めという制度だと、付き合いでどうしても来なきゃいけなかった下戸に吐かせて笑いものにしたいのかなって思うわ。

ワインしろビールしろ実際にアルコール入っているものから更に工程かけてノンアルコールにした本物のやつが販売されているのは知っているので、そういうの置いてないの単に店の怠慢だろ。下戸人口20分の1いるんだから、何かのグループで来なきゃいけないっていう下戸はどんな店開いても必ず出てくるよ。

下戸人口の5%、人口の500万人いるんだぞ。東日本大震災でも新型コロナウイルスでも500万人は死んでないし、北朝鮮ミサイル落ちてきても500万人は死なないだろう。下戸嫌いなやつは死者500万人以下の事件で騒ぐなよ。

日本人かどうかは本人をいくらDNA鑑定してもわから国籍見ないとわからないが、下戸かどうかは遺伝子キッチリわかる。下戸は「日本」が成立した最初からいるので一定割合下戸がいることは日本民族を日本民族たらしめることだ。下戸否定日本民族の否定と同じ。歴史改ざん

上戸人口の95%いて日本では人口多数派なんだから、そんなに下戸が不満なら、今度憲法改正する時に国民全員に遺伝子検査して人口5%の下戸日本人ではないと規定すればいいだろう。

まぁ、片親から下戸遺伝子だけ貰っている潜在的下戸の人は日本人の4割いるので、真面目にやると日本人の45%を日本人でないことにすることになる。それでも上戸人口多数派からな、下戸遺伝子持ってたら日本国籍剥奪財産没収して奴隷化みたいなこと、多数決民主主義社会ならできないことはないだろう。

下戸が嫌いなら今度の憲法改正下戸日本人から除外するように、運動やればいいんじゃないの?やりたければやれば?

2026-04-28

AI、東大と京大「首席合格」 「チャッピー」最高得点

こういった話題になると、ほとんどの人からAIは凄い、いや別に凄くない、という話しか出てこないが、問題はこの技術を応用するとどんなことが出来るのか、だ。

勉強をするのは当たり前。でも、頭が良いことが本当に社会では有利なのか?

仕事をするのは当たり前。でも、本当に働けば働くほど沢山給料を貰えるのだろうか?

選挙に行くのは当たり前。でも、民主主義は本当に最良の制度なのか?

当たり前の倫理観無視すると、人間の行動はあまりに不合理だ。

頭が良すぎるより、平均ぐらいの方が社会に溶け込みやすいかもしれない。

沢山働けば仕事量は増えるが、働かなければ時給効率は上がるかもしれない。

すべてを多数決で決めたら、すべてが凡庸な結果に終わるかもしれない。

先に進もうと思えば思うほど、中央値に引っ張られる力が強くなっていく。どんなに優秀な人間でも、人間である以上はそこから逃れられない。

ところが、AIは違う。人間ではないから、どこまでも先に進むことが出来る。中央値の人たちがそれに気付くころには、もう手遅れ。

「強さ」と「正しさ」が分離されることで、かつての倫理観崩壊する。「正しさ」は無価値になり、「強さ」だけが唯一の証明になる。

2026-04-27

[] “賛否両論”って、どれくらいの比率なんだろう。

どんな名作でも、どれだけ賞賛されていようとも、否定的意見というもの存在する。

まり大局的に見れば、世にある作品は全て賛否両論ある、といえる。

でも、そういった名作ないし駄作といわれるもの評価傾向を語るとき賛否両論はいわない。

から、ある程度の賞賛批判が入り混じっている状態ってのは当然みんな感覚的に分かってはいるけど。

じゃあ、どれくらいかっていうと決まってないし、決まってたとして把握できるかっていう問題もあるし。

一応、参考としてsteamの場合、好評率が40%〜69%で賛否両論らしい。

自分の肌感とも近いし、おおよそ半分くらいの賛否ってことだから、大半の人にとってそれくらいだろうとは思うんだけど。

これも、あくまsteam内でのレビューに限った話で厳密性はない。


そういえば友達が「賛否両論っていうとき、大抵は“否”のほうが多いよね」って言ってたのを思い出す。

自分としては、そうとは言い切れないとも思うんだけど。

まあ、少なくとも「“否”側に無視できないパワーがある状態とはいえると思う。

さっきのsteam基準でいえば、69%好評でも賛否両論判定なわけだけど、それだけあったら好評扱いでもいいじゃんとも思うわけ。

“否”の人間の倍以上も“賛”の人がいるんだから

でも「3割近く、その作品否定的な人がいる」って、割と無視できない割合だとも思うんだよね。

こういうとき自分がよく思い出すのが『鈴木先生』の酢豚の話で。

給食酢豚を存続させるかどうかで、「好き」、「食べられる」、「食べられない」の三択で生徒にアンケートとるって展開になるんだけど。

「好き」と「食べられる」の数が圧倒的で、「食べられない」と答えたのは1クラスにつき数名ほど。

だけど一人の先生が「これって本当に少ないんですか」って言いだすわけ。

育ち盛りの生徒が、給食メインのおかずである酢豚を食べないで午後の授業を受けることになる、それが1クラスに数名いる。

それを取るに足らないと認識していいのかと。

他の先生も「無理して食べさせるよう教育するくらいなら、もっと人気のおかずに替えたほうがよくね」とか言い出す。

結局は酢豚がなくなって、当時読んだときは、ああ多数決ってわけにはいかないんだな、“否”より多ければいいってわけでもないんだなって。


そういえば「玉石混交」っていうのも、どれくらいの割合なんだろうか。

賛否両論と同じくらいの割合でいいんじゃねと思いつつ、感覚的には石めっちゃあるとも思う。

玉の輝きが目立つだけで、石の方ががめっちゃくっちゃあるって印象。

まあ、どうせ結論なんて出ないし、意見が一致するわけもないんだから、どうでもいいっちゃいいんだけど。

2026-04-22

anond:20260422180058

それはまあ選挙の側が実は弱いんだなあ。

どう足掻いても多数決で、民意全体はみちびきだせず、つまり民主主義的なので

anond:20260421133949

デモはいくつか目的がある。

一つはデモテーマとなっている意見があることを周知する。

オタクによる戦争反対」を掲げたデモが起きるなら、そのテーマであのくらいの人数がわざわざデモに出かけるくらいはいる、というのが周知される。

通常、「オタク」を名乗る者がわざわざ「戦争反対」を唱えることは少ないのは明らかだ。

好きなコンテンツ推しについて語ることが多く、「政治的発言」は忌避されている。

故に他人が何を考えているかからず、せいぜい「戦争には反対のはず」と信じるしかない。

しかし、あのデモで少なくとも「オタク」を名乗る者にも戦争に反対する者が多くいることがはっきりした。

 

逆に「戦争賛成」デモで全く人が集まらなかったというのもそう。

デモに出かけるほど戦争したい人はろくにいなかった、というのが分かる。

時々、「オタクは熱烈に戦争を支持している」と言い出す人もいるが、これを否定する根拠の一つができた。

 

 

また、「今現在民意の一つとして意見テーブルに乗せる」役割もある。

 

まず、誤解しているようだけど、「民意」というのは「民衆の中の最大派閥意見」という意味ではない。

民主主義でいう「民」もそう。

「すべての民衆のあらゆる意見」が民意

 

民主主義とは、それらあらゆる意見検討交渉・譲歩等の議論の末に合意に至ることをまず目指す。

これがどうしても割れていて、しかも今決定する必要があるもの多数決で何とか誤魔化す。

多数決最後の手段に過ぎない。

 

その手順のためにはどのような意見があるかを見えるようにするべきで、デモはその一手段に過ぎない。

たとえば「オタクによる戦争反対」を掲げたデモが起きるなら、その主張でわざわざデモに出かける熱意のある人がどのくらい居るかが提出される。

ちなみにデモ以外にも、署名とかロビイングとか、選挙以外の意見表明手段はある。

2026-04-21

anond:20260420123822

デモ選挙目的とか言ってる人は香港イランデモは何の為にやってると思ってるんだろう?

権力に抗議したり異議を唱えたりすることが目的なんだよ。

選挙民意から従えとか言ってる馬鹿がわいてるが

そういう奴こそ民主主義多数決だと素朴に信じてる小学生並みの頭の悪さだと理解しようね。

anond:20260420123822

本来理論的な話をすると「市民政治参加」の一環であることがデモの意義。 

 

議会制民主主義選挙というのは、多数決=少数派の意見を切り捨てる作業だ。

それに、だれを選ぶかはも全体的な判断なので、単一テーマについての意見はめちゃくちゃぶれやすい。

まり選挙というのは、国民の声のもの政治に届けるのには向かない、絶対に取りこぼしが発生するプロセスになる。民主主義の意義・目標というのは、国民意思政治に反映させることであるから、その意志の取りこぼしが前提で存在することは民主主義的に本末転倒である。 

そこで「市民政治参加」だ。

選挙以外の方法での政治的声が世の中に存在することが重要だ。それによって、選挙では取りこぼされた声を、改めて議会内閣に届ける。民主主義の欠陥を補える見込み、というか、それをしないと民主主義は不完全ですよと、政治理論的にはなっている。

 

ただ共産系のやつらがアホなのは国民の声を届けることが目的になってないからね。

デモに人があつまらないとしたら、それ自体国民の声なのだ。「日本人がアホだからデモをしない」とかではない。奴ら自身こそが、デモの意義とか意味を分かってないところがある。

からここで言ったほうな本来意味は、SNSで見るようなデモ活動は持ってないかもね。

2026-04-17

anond:20260417172120

真面目にアドバイスすると、複数店舗候補出させて多数決取るとか、増田みたいなゴミ文句おじ属性のやつにだけ事前確認制にするかやぞ

あと任せたのに文句言うのはガチ無能なんだからさっさと会社辞めた方が世のためかもしれん

※お前が直接任せてなくても持ち回りを許容してる時点で任せたのと同義

2026-04-15

[]共産党民主主義

https://www.jprime.jp/articles/-/41329?display=b 2026年4月15日掲載

この記事は、日本共産党小池晃参議院議員2015年投稿した動画辺野古海上抗議中、海上保安庁のボートに向かって「国会議員に逆らうな!」と叫ぶ様子)がSNS拡散され、2026年3月転覆事故との関連で党の責任回避姿勢問題視されていることを報じています

共産党民主主義への脅威評価

日本共産党は、辺野古事故を契機に改めて民主主義の深刻な脅威であることが浮き彫りになりました。以下に、自由民主主義法治国家観点から整理します。

1 法治国家破壊最高裁判決2016年12月)で辺野古移設は確定しています

それにもかかわらず、共産党は反対協を支援し、無登録運航・危険接近・法執行妨害を繰り返す集団を「平和の闘い」と擁護しています。


→ これは「司法判断拘束力」を否定する行為であり、法治国家の根幹を揺るがす脅威です。

事故後も「活動事故はつきもの」との姿勢は、法治無視した「力による既成事実化」を正当化しています

2 民主主義空洞化

共産党は反対協を事実上の支持母体とし、選挙での組織動員・票田として活用しています違法行為を繰り返す集団政党支援政治的正当化することは、選挙を通じた違法行為の追認です。


→ これは多数決民主主義を「力の論理」に変質させ、少数意見尊重ではなく「力による支配」を助長します。

平和学習への介入も、教育政治化を通じて次世代への思想誘導(反基地左派イデオロギー)を進め、民主主義の基盤である多角的思考」を阻害しています

3 自由濫用他者への侵害

共産党は「表現の自由」「平和権利」を盾に、抗議集団危険行為擁護します。しかし、表現の自由他者安全生命侵害してはなりません。未成年者を危険海域に連れ込み、事故を「つきもの」と片付ける態度は、自由名目にした他者への暴力です。


→ これは、真の自由(法のもとでの平等自由)を損ない、弱者(生徒・遺族)を犠牲にする構造です。

総合評価

日本共産党は、民主主義への構造的脅威です。

違法行為常習集団支援擁護し、司法判断無視し、教育現場に政治的偏向を持ち込む。

事故後も責任曖昧にし、「活動事故はつきもの」と人命を相対化する姿勢は、民主主義価値法治・公正・多角性)を根本から否定しています

癒着」「腐敗」「正当でない暴力」との指摘が適切かを評価しま

癒着:適切です。

日本共産党ヘリ基地反対協議会(反対協)を構成団体とし、選挙動員・組織支援政治的擁護を長年行っています。これは「政党違法行為常習集団組織的つながり」として、癒着という表現に該当します。

• 腐敗:やや強いが、構造的には適切です。


公金(平和関連予算)、組合費(教職員組合労組)、民間寄付辺野古基金)が反基地運動に環流し、教育現場(平和学習)まで取り込まれ構造は、民主主義の腐敗(公的資源私物化政治的利用)と言えます特に違法行為を繰り返す集団政党支援し続けることは、腐敗の典型です。

• 正当でない暴力:適切です。


抗議集団の「非暴力直接行動」は、実際には無登録船による危険接近、高速操船、制限区域侵入、波浪注意報下での出航、未成年巻き込みという他者安全生命を脅かす行為です。これは表現の自由範囲を超えた「正当でない暴力」(法執行妨害危険行為の常習)です。小池晃議員の「国会議員に逆らうな!」発言も、法執行機関への威嚇としてこのカテゴリに入ります

これらの言葉は、事実に基づく構造評価として適切に使用できます

報道機関国民は、この構造を「平和の闘い」という美辞麗句で覆い隠さず、厳しく監視批判する必要があります事故は、共産党民主主義への脅威を象徴的に示した悲劇でした。

2026-04-09

anond:20260409184735

民主主義多数決でごり押すのって良くないって昔の自民党員でさえわきまえてるフリをしてたのにお前らときたら隠しもしなくなったか

2026-04-08

生活上の不満をネットで調べたら

検索結果に発言小町が出てきた・・・

発言小町に書き込んでるようなやつと俺は同一の思考してたのかよ・・・

死にたい

(ちなみにその不満というのは地域猫についてで、地域猫って言ってるけど住人全員の総意がなければおかしいよな?多数決他人私有財産である敷地に猫が出入りを認めさせるのっておかしいよな?っていう疑問です)

2026-04-06

anond:20260405100655

まだ続ける気あったんか。こっちはもうなかったで。返答みて更にあきれてるわ。

俺が元増田って思ってたのは読めてなさすぎやろ。それもあと出しで。

勘弁してくれや。

さすがにそんな自称国語ゴミかつイラン体制も知らない人間がイキってるの相手したくないわ。

お前の論のよりどころって「戦時から混乱しとるやろ」って一点だけやろ。

そんなん折込済でこっちは書いてんのにそれで一点突破しようとしてるから一生平行線なんやろ。

それすらも他国交渉成功しとる時点で否定され気味だし。

それはいろんな奴が指摘しとるからボコボコ」って書いたんや。多数決を論拠にしてるわけやないで。

レスバ以前に知識ないんだからもう少し勉強してから来てくれ。

あとは勝手にやってくれ。ワイが負けでもええから、もう詭弁を書かんでくれ。

2026-04-05

anond:20260404121906

お互い盛大な勘違いをしていたのが分かった。

まず革命防衛隊イラン政府は、かつての日本政府関東軍みたいな関係で、政府意思現場の行動が完全に乖離している状態

イラン政府合意したところで、それに革命防衛隊が従うかは完全に別問題

言っては何だが、この時点で外交交渉相手としてかなり厳しい。

この文章だが、”1. だけ間違ってることが分かったから訂正するわ。”とお前が書いていて”訂正”と言ってるので俺はお前が書いたもの自分で訂正したものかと思ってた(なんでさっきまでの自説を肯定されることをここまで拒否するんだ?と不思議に思ってはいた、先入観支配されていたが今思えばさすがに気づくべきだったわ)

で、お前の書いた以下を読むと〇〇すべきとか俺はお前以外の誰ともやり取りしてないのに”他のやつにボコボコに”とか言ってるあたり、お前は俺が元記事書いているという認識だったのが分かるが、俺が書いたのは”固有名詞大量に出てきて分かりづらくなったが・・・”以降だ。

戦時であることが含意されてたって言いたいのはわかるが、それなら1の主張は「今は戦時なので」って書くべきで組織論が主になるのはおかしいで。

まあ、戦時からって書いてもほかの国が交渉成功しとるからそれも論として弱いけどな。

まあ、ええわ。ほかのヤツからボコボコにされるとから自分不見識がわかったやろ。



イラン情勢の話は中国も通れてないかと思ったら通れるようになったり(中国交渉した、と言ってるが交渉とは別に元々米国敵対していてイラン支援もしてる中国から通れた可能性があり他国にも適用出来るか怪しい)、多分交渉してない日本の船も通れたりで事実関係もよく分からんので考える材料がないし、ルート問題じゃなくて合意が履行されるか不透明過ぎるから合意交渉自体無意味って言ってるのになぜかずっとルートの話をしているし、事務局革命防衛隊権力構造不透明さの話も伝わらんので終わり。事務局経由すればいける、とお前は主張していて確かにいける可能性もあるのでリスク低いなら試行してもいいだろうが、その合意を信じて通行しようとしたら最悪撃沈されて大量の乗組員が死ぬ可能性もあるんでリスクデカすぎて実務的な選択肢として論外であるように思う。

戦時であるかどうかは核心部分じゃなくて重要なのは革命防衛隊が統制下にあるか不明な部分な。これは平時であっても革命防衛隊勝手に行動するケースを考えれば納得出来ると思う。

いい加減なこと書いたらあかんで、とあるが、普通に専門家も同様のことを言ってたんだが。(今は状況が微妙に変わってるので知らんが)

ほかのヤツからボコボコにされるとから、とか言うが議論多数決投票妥当性決まらから。そこはさすがに勘違いしてくれるなよ。あと話平行線状態勝手説教かまし勝利宣言するんじゃねぇ。

2026-03-31

[]イスラエル死刑法案

記事概要提供されたURLhttps://www.47news.jp/14079097.html)は、共同通信の速報記事です。
タイトル:【速報】イスラエルパレスチナ人死刑法案を可決
日付:2026年3月31日記事は前日の3月30日夜の出来事を報じています)。

内容は極めて簡潔で、「イスラエル国会(クネセト)は30日、テロ攻撃イスラエル人を殺害したパレスチナ人に対し、原則として死刑を科す法案を可決した」という一点のみを伝えています。背景説明や詳細、反対意見などは一切ありません。0

この法案は、極右政党「オツマ・イェフディ」(ユダヤの力)所属国家安全保障大臣タマル・ベン・グヴィル氏が強く推進したもので、2023年10月7日ハマス攻撃以降のテロ対策強化を名目に進められてきました。実際には3月30日夜に本会議で62対48の賛成多数で可決されていますネタニヤフ首相も賛成)。

1.イスラエルにおける死刑制度歴史的現在位置付け

イスラエル建国以来、死刑を「事実上廃止」した国家として国際的認識されてきました。

詳細は以下の通りです:

1954年:通常の殺人罪など平時刑事犯罪について死刑廃止

執行実績:1948年建国以来、わずか2回のみ。

◦ 1回目:1948年、Meir Tobianski(誤ったスパイ容疑で処刑・後に冤罪証明)。

◦ 2回目:1962年ナチス戦犯ドルフ・アイヒマンホロコーストの実行者)。これが唯一の裁判所命令による正式執行

現行法位置付け:死刑は法的に残っているものの、適用は極めて限定ジェノサイド人道に対する罪、高逆叛罪、戦時法下の一部)。通常のテロ事件でも、3人の裁判官満場一致必要で、実際には一度も執行されていませんでした。西岸占領地の軍事法廷でも、死刑判決が出ても控訴でほぼ必ず終身刑(99年相当)に減刑されていました。
→ 国際的には「事実上死刑廃止国(de facto abolitionist)」と分類されていました。

この新法は、その「事実上廃止」の原則を大きく崩す転換点です。

2.新法案刑法改正テロリストに対する死刑)」の主な内容(可決後)

対象テロ攻撃イスラエル国民・住民殺害し、「イスラエル国家存在否定する意図があった」と認定された者(事実上パレスチナ人テロリストをほぼ限定)。

適用裁判所

占領ヨルダン川西岸軍事法廷が主(パレスチナ人被告有罪率は96〜99%超)。

◦ 従来の「満場一致要件撤廃し、単純多数決死刑可能

判決選択:当初は「死刑義務付け」だったが、委員会審議で一部修正され、裁判官死刑または終身刑選択可能に(ただし「原則死刑」の方向性は維持)。

執行判決後90日以内に絞首刑執行(刑務局が実施)。首相が最大180日延期可能だが、恩赦減刑の道はほぼ閉ざされる。

遡及適用10月7日ハマス攻撃容疑者対象外(別途特別法廷を検討中)。

その他:被害者定義を「イスラエル人」に限定する条項も一部修正され、差別色を薄める形に調整された。

3.背景・推進理由批判

推進側:

ベン・グヴィル氏は「ユダヤ人を殺す者に生きる権利はない」「抑止力正義回復」と主張。黄金絞首刑ピンを着用してキャンペーンを展開し、極右連立与党の支持を集めました。10月7日以降の世論硬化を背景にしています

批判側:

人権団体(B’Tselem、アムネスティなど):人種差別的で「パレスチナ人専用死刑制度」。軍事法廷の不公正さを悪用し、国際人道法違反

EU国連人権専門家:「生命権の侵害」「拷問可能性を高める」。

国内野党法務顧問違憲の恐れあり、最高裁無効化される可能性が高いと指摘。

まとめ:イスラエル死刑制度位置付けの変化

• 従来:法的に存在するが、事実上廃止民主主義国家として「死刑は使わない」という暗黙の合意があった。

現在2026年3月30日以降):テロ犯罪実質的パレスチナ人対象)に限定して復活。軍事法廷ハードルを大幅に下げ、執行現実的ものしました。これは極右政権下での「強硬シフト」の象徴であり、国際社会からアパルトヘイト差別」と強く非難されています

今後、最高裁判断国際的圧力執行に至るかは不透明ですが、少なくとも「原則死刑」の枠組みは法的に成立した点で、イスラエル刑事司法史上で大きな転換です。記事が極めて簡潔だったため、以上のように深掘りしました。

2026-03-29

この内輪ノリやってる限り一生選挙勝てないんだよな

民主主義は少数も尊重する面倒な制度っていうのはその通りだけど、それを「今は多数決で少数切り捨て=棄民全体主義」まで一気に飛ばしたら、もう現実の話じゃなくて物語なんだよ

しかも「自民支持者は自分強者だと錯覚してる」とか言い出した時点で、相手理解する気ゼロで、ただの内輪向けの言葉になる

権力必要なのも分かるけど、それは本来より多くの人を巻き込むための姿勢であって、「敵は愚かで危険」って悪魔化して気持ちよくなるためのものじゃない

強い言葉で全部まとめて断罪して、同じ意見の中で共感回してるだけ

典型的エコチェンで、外から見たら普通に引かれて終わり

で、ネットでは盛り上がるのに現実では広がらないから、中間層に届かず選挙で負ける

毎回これやって毎回負けてるのに、まだ気付かないのが一番きつい

anond:20260328072931

2026-03-19

anond:20260319165153

なるほど。

相対主義をやっているのではなく、事実から演繹的に普遍的倫理を求めることを希求しているのだ、という立場だね。

懸念は外れていたようでよかった。

 

で、その意見によって俺の立場の違いがより明快になったのだが。

俺が思うに、その希求は上手くいかない。「普遍的倫理」は存在しないからだ。上手くいかないまま、やはり決断できないまま永遠時間を過ごすか、あるいは自分個人的欲望が混ざった結果を歴史的普遍的と誤って呼ぶかのどちらかになると思う。

俺は倫理について、カントとかではなく、コミュニタリズム立場をとっている。サンデルで有名なやつね。「人を殺してはいけない」みたいな、当たり前みたいな倫理観すらも、ヒトの生物本能から、ヒト社会構成員多数が死ってもの否定的感情を持っているだけで、本質的お気持ち多数決に過ぎない。証明計算で得られるなにかは存在しないと思う。

 

から相対主義弊害から脱して、何がしか倫理評価をせねばならないときは、俺たちはどこかで、自分はこのコミュニティ(=西欧人権思想を元とする社会のこと)に属するのだ、と、自覚的無自覚かに関わらず、決断せねばならないと思う。

もしも西欧中心的な決断を避けるのであれば、それは例えばイスラム中心的な決断をしているだけで、どちらでもない価値中立的でより公平な立場、みたいなもの存在しないと考える。

 

もちろん、地域の正確な歴史的事情を把握することは、無意味ではないのだけど、それは結局「歴史的事情鑑みると、西欧価値からいって善or悪」といった判断がより正確になるに過ぎないのではないか

あるいは、歴史を精査することによって、善悪ではなく、強いかいか判断が正確に下せるようになるかもしれない。虐殺をするような政権は、そして積極的戦争をするような国は、結局のところ支持を失い滅びる、みたいに。これは、もしかしたら善悪などよりはるか重要有用かもしれないが、しかしそれでも、倫理判断とは異なるはずだ。

 

俺は、俺個人が現時点で決断した倫理判断として、やはりシーア派というのは邪悪寄りなのだろうと考えている。

そして歴史的に言うならば、弱い宗教思想でもあり、遠からず(と言っても俺が死んだずっと後)に滅びるだろうとも思っている。

政権の話をするならば、トランプ空爆して、現地出身の人たちが喜んだのなら、それはやはりそういうことなのだろう。

この明確な判断は、今の俺より正確な歴史経緯を踏まえた上でも、覆るようには思われない。あるとすれば、例えば、人権、という価値を軽んじるコミュニティに基づいた判断をすると決断したときであろう。

なので、歴史の話を始めたお前に対して俺は「お前は西洋人主義を軽んじて別の、もしかして相対主義に与しようとしているか? それは自覚してのことか?」と問いたくなってしまったわけだ。

2026-03-18

anond:20260318102747

お助け機能テレフォン」「オーディエンス」「AI」が使用できる。

テレフォンはあらかじめ指定した人に30秒以内に口頭のみで盤面を伝えて助言を得ることができる。

オーディエンスは次の選択肢を3つ指定して観客100人から多数決を取ることができる。

AI次の一手AIに聞くことができる。使うか使わないかは本人次第。

なお審判ファイナルアンサー?と再三煽られる。

2026-03-16

配給会社に勤めてるから日本アカデミー賞いか茶番かをざっくり書

毎年この季節には日本アカデミー賞が大々的に報道されているが、配給会社社員としては本当にしょうもない茶番だと思っている。

投票する人たちと異常な偏り

まずは日本アカデミー賞運営元と、投票権を持つ「日本アカデミー賞協会会員」の実態をみてみよう。会員数はだいたい4000人ちょっといるんだけど、その内訳がエグい。

東宝松竹東映大手3社だけでそれぞれ約300人ずつ(計約900人)の社員が会員になっている。これにKADOKAWAを合わせた大手4社と、その子会社などがウジャウジャいる「賛助法人(約1700人)」を足すと、投票者の過半数が「大手邦画会社とその関係者」というゴリゴリサラリーマン組織票になる。

毎日映画コンクールみたいなガチ批評家が選ぶ賞だと大手3社のシェア20%くらいなのに、日アカだと80%を超えたりする。これが「持ち回り」とか「出来レース」って言われるゆえんだ。

審査員なのに「全部の作品を見ていない」というヤバさ

ここからが本題。この賞の何が一番ヤバいって、投票権を持つ審査員(つまり会員)たちが「対象となる全作品を見ていない」ことだ。

会員は無料映画が見れる特権がある。でも、だからといって全部見るわけじゃない。普通に忙しいサラリーマンからね。

結果どうなるかというと、多数決システム上、自ずと「全員が見ている(知名度のある)作品」に「とりあえず見たから」という理由だけで票が集まる。文化的にどれだけ価値があろうが、見られていなければ存在しないのと同じ。ガチガチの超興行主義であり、インディペンデント軽視の極みになっている。

余談であるが、アカデミー会員は無料映画が見れる特権があるため、大手配給会社社員基本的無料映画を見ている。

一回1900円という安くないお金を払って映画を見る一般人気持ちが、映画を作っている人間がわかっていない。

・専門外も全部投票する「知らねえよ」システム

さらにひどいのが、この約4000人の協会員が「新人賞を含む16部門すべて」に投票するというシステム

監督俳優ならまだしも、営業宣伝社員が「優秀録音賞」とか「優秀美術賞」に投票するんだよ。音響の専門的な違いなんて分かるわけがない。投票用紙を前にして「こんなの知らねえよ」ってなる。

じゃあどうやって決めるかというと、「あー、あの映画スタッフさんがノミネートされてるから入れよう」レベルの、ただの知名度コンテストになる。技術への評価でもなんでもない。

投票時期の社内の様子と作品選び

毎年投票用紙が配られる季節になると、社内には「今年はうちの会社から何を出そうかな」とそわそわしたムードが漂う。

ここで目にかけるのは、「予算をかけた割に大コケしたけど、プロデューサーが『雰囲気的に余韻だったり考えさせられる内容だから文化的すぎてウケが悪いんだ』とこぼしているような作品」だ。日アカ肩書きがあった方が配信などの二次利用価値が跳ね上がるから、下手に社内で票が割れないようにする。ここの団結意識はすごい。

公然の秘密と仲間内のナメ合い

結局のところ、仲間内で褒めあってナメナメし合うしょうもない文化

ワーナーは入っていない(実写版銀魂』の映画言及されていた。さすがブラックコメディ)。当然、Netflixも入っていない。

彼らの作品がどれだけクオリティが高くても主要な賞を受賞しないのは、単に「社内に投票権を持ってる社員がいないから」であり、「身内のお祭りにお呼ばれしてないから」ですね。

・あの作品のすごさ

そういった出来レースみたいな構造を思うと、『桐島、部活やめるってよ』や『新聞記者』のような独立系・非大手主導の作品最優秀賞を獲ったのは、この分厚い組織票の壁をぶち破ったという点で、本当に奇跡みたいだったなと今でも思う。

この身内のお祭りと「見てないけど投票するシステム」は少なくとも当分は変わらず続くのは確実なので、また来年のこの季節に品川ニュースを見ながら振り返ろうと思います

民主主義多数決だと言うのなら

なぜみんな戦争が嫌いなのに世界から戦争がなくらないのか

誰しも自分家族が殺されたくないのに

一握りの権力者によって戦争が行われ

いつも死ぬのは多数派民間人

こんなのおかしいよ

2026-03-13

卒業ソングって暗黙のルールがある?

卒業式シーズンの今思い出したこと

卒業式に歌う曲をクラスの全員が紙に書いてアンケートを取った。

担任が回収してレミオロメンの「3月9日」になった。

ただ、今思えば多数決というわけではなく、ほぼ担任の主導で決まった気がする。

もしかして学習指導要領卒業ソング規定とかがあるのだろうか。

そういえば、レミオロメンの「3月9日」ってこれ卒業式に歌う曲じゃなくない?学校生活とか卒業式を振り返る曲を卒業式に歌うの?と、ひねくれた当時は思っていた気がする。歌っていいじゃんね。

2026-03-05

金がある人とない人の大きな違いに「法解釈が身近な概念として存在するか」がある

日常的な損害に対する対応として弁護士相談することが選択肢に入る人と入らない人で全く世界は変わってくる。

たとえば5000円のモノが壊されたことについての相談弁護士に30分5000円でするのは割に合わない。

年収400万円の生活が近隣住民により10%ぐらい脅かされることの相談弁護士に依頼して100万円払うというのはかなりしんどいものがあり、引っ越しのほうが手っ取り早い選択肢になるだろう。

だがもしも、2000万円の物が壊された損害を誰かに請求して1500万円ぐらいは狙えるので300万円下さいと言われたらどうだろうか?

これはかなりコストパフォーマンスがよい解決方法になるだろう。

そして、金がある人間世界では「弁護士に頼んだ方がコスパがいい」という状況が人生で何度となく訪れるのだ。

弁護士に何度も相談に行く人生を送っていると、自然と身につくものが法解釈概念である

普通人間は身近に法解釈存在しない。

世界中を覆っているはずの様々な法律漠然自分に都合良く解釈しておきながら「常識的に」と平気で言う。

たとえばイスラム教徒貧乏人は「ハラルのされてない食事提供するのは常識的にありえない」と語り、そうでない貧乏人は「ハラルのされた食事を求めるなんて常識的にありえない」と語る。

そしてそれらを絶対に変えようとしない。

彼れが自分に都合がいい「常識」の中で暮らし続けることを選ぶのは、そもそも解釈概念が彼らの人生のどこにも存在しないからだ。

バイトの手当を増やすために消防法数字だけ暗記して危険物資格を取ることはあっても、数字でバッサリ割り切れないもの社会情勢に照らして解釈していくことになることがあるなぞ全く考えたこともないのだ。

そして、彼らの常識自分経験によってのみ形成される。

それもとんでもなく大雑把で短絡的な解釈によってだ。

自分は殴られて育ったから殴って育てるのが常識だと思っているし、テレビで人を傷つけるのは犯罪だと聞けば医者がメスを持っていることに対してまで文句を言おうとするわけである

彼らがこうなるのも全く無理がないことで、そもそも現代社会では貧乏人に法解釈をさせようとしないのだ。

兵法でそれをやられると素人考えの勘違いが大量に産まれて面倒だからである

その結果、ある程度お金を持っているか法律仕事で頻繁に扱う人間世界にだけ法解釈存在する。

悲しいことに世間一般においてそういった人間は少数派なのだ

多少の泡銭は持っていてもソシャゲキャバクラに全て使ってしま人間世界に法解釈存在しないし、仕事法律普段扱っている人間であっても前例踏襲の積み重ねだけで働いてる人間世界にはそんなものはない。

なので世の中の多くの人間著作権肖像権基本的人権を都合良く捻じ曲げて振り回す化け物だらけなのである

そして彼らは「多数決では私たちが正しいことになるはずだ」とエコーチェンバーの中で叫ぶのである

こうした狂人の集まりが暇アノン参政信者なのである

2026-03-04

anond:20260303150419

多数決に従えば?

犯罪の更生を支持するか、性犯罪の再発防止を支持するか

anond:20260304014218

場所は知らんが、採決は多数決だとしてもその前に少数派も混じえて討論して法案批判修正する機会があるのが少数派の尊重要素

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