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2026-01-18

悪夢民主党政権を無かったことにするのは氷河期世代を無かったことするのと同じことなのになぜ民主党のためにそこまで尽くすのか

真っ当に批判を受ける自民党批判すら無かったことにする民主党

単に「童貞のまま死ぬ」だけなのにそこに特別意味見出しそうになる理由が知りたい

現代人の2割ぐらいはいるんじゃないかな?

童貞処女のまま死ぬ奴は。

恋人を作ったこともなく、一晩だけの関係を持ったこともなく、風俗に行ったこともない、ただそれだけでバージンスロードは完遂される。

そんなありきたりな2割程度の一般人の一人でしかないのに、自分特別ななにかであるような気がしてしまう。

たった2割。

たとえば小学校の1クラス40人いたら8人もいる。

明らかに「なるだろうな」と思える異常者は3人ぐらいで5人は普通だ。

俺はその5人の普通に属する中だった。

だって小学校アンケートで「将来独身になりそうな人ベスト5」や「ホームレスになりそうな人ベスト5」には入ってなかったから。

単に子供を残すことなく終わるだけ。

昔の日本じゃ大人になる前に死ぬほうが普通だったか生物的には「子孫を残さずに死ぬ」は普通のことだ。

マンボウネズミを引き合いに出すまでもないだろう。

俺は普通死ぬだけ。

ただ老人になるまで生きても童貞ってだけだ。

そこに何故か不思議特別さを感じている理由が知りたい。

2026-01-17

本当に異世界に行ったらスッキリするんだろうか

なんか変な文章だな。異世界に行ったらスッキリするのが常識とされてるみたいだ。

別にそんなことはないと思う。

それほどこの世の中のことを嫌ってはいないし、だからといって世界というものが好きな訳では無い。

この世界であろうと異世界であろうと、それほど現実というのは変わらないと思うからだ。

あれだ。

結局自分が変わらないと環境が変わったところで変化は訪れないというのと同じだ。

転職して職場が変わっても自分という存在が変わらなければ結局は「いつもの現実が訪れるのだ」。

まあ、異世界転移場合自分という存在自体が世界特異点になるほどの力を手に入れるから、だからこそ世界が変わるのだけど。

でも本当にそうだろうか?

自分世界運命を変えるほどの力を持ったくらいで、現実というのは変わるものなのだろうか?

イーロン・マスクとかトランプ大統領かに聞きたい。

あなたは、あなたが力がなかった若者だった頃とか、とても愚かな若者だった頃と、世界に対する感じ方は大きく変わってますか?ってことを。

人はね、変わると思うんだ。力を手に入れたら。だから、って本当に世界への感じ方も変わるんだろうか。

結局は一緒じゃないのかな。

もう固まってしまってるんだよ。ずっとむかしに。

世界というのは赤ちゃんから物心がつくくらいまでの成長の過程で人の中で定義されていく常識というやつに縛られるんだよ。

赤ちゃんっていうのはなんでも受け入れることが出来て疑問を感じないし、その受け入れることを通して世界を学んでいくんだ。

そしてそこで学んだことはもう普遍法則となるんだよ。意識のずっと底の方で出来上がってるんだよ。

そういったもの個人の正確も決定づけるし、それは不変のものなんだ。

から結局異世界に行ったからってもう新しいことなんて学べることはないし、結局は現実は何一つ変わらない。

そういうものだと思う。

anond:20260117201440

気負うことないよ 本当に無駄に広いだけだから 不動産価値はほぼ皆無 田舎農家は誰だってデカい家に住んでる 車見てみ? レクサスとか外車とかないでしょ? そういうことだ 堂々としてろ

猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。

たぶん、あの話はどこにも書かないまま一生終えると思っていた。

子どもの頃、猫を殺したことがある。

わざわざオブラートに包む意味もないぐらい、その言葉どおりのことをした。

いじめてた」とか「いたずらの延長で」とか、そういう言い換えは、逆に猫にも自分にも失礼な気がするからやめておく。

もちろん当時は、そこまで言語化して考えていたわけじゃない。

ただ、今になって振り返ると、あれはどう見ても「殺した」だったとしか言いようがない。

***

小学生の頃、クラスの中で浮いていた。

暴力を振るうタイプではなかったけれど、いつも口が悪くて、教師に盾突いて、家では親に向かってドアを思い切り閉めて歩く子どもだった。

問題は、そのイライラの行き先を、自分より弱いものに向けることを覚えたことだった。

公園の隅で、痩せた三毛猫を拾った。

最初は、ただ、何かを拾った、というだけのことだった。

雨上がりで地面はぬかるんでいて、猫は泥と埃でべたべただった。

片目が少しにごっていて、ああ、たぶん誰も拾わないやつだ、と思った。

家に連れて帰ったわけでもない。

ちゃんと世話をしようと思ったわけでもない。

あの頃の自分に、そんな「責任ある行為」をする能力は、残念ながら備わっていなかった。

何度か公園に行っては、その猫をからかった。

尻尾を引っぱって逃げる様子を見て笑ったり、棒を振りまわして脅したり、石を投げたりした。

最初は当たらないように投げていたのに、だんだん「どこまで近くに投げられるか」を試すゲームになっていった。

ある日、石はちゃんと当たった。

足を引きずるようになって、鳴き声が変わって、それでも自分はやめなかった。

なんとなく、止まるタイミングを完全に見失っていた。

それがどんな結末を迎えたのか、細かい描写はここには書かない。

ただひとつ言えるのは、気づいたとき、猫は動かなくなっていて、けっきょく自分は誰にも言わず、そのまま公園を出て家に帰った、ということだけだ。

その後しばらく、夜になるとあの公園のベンチの映像が頭に浮かんだ。

猫の姿そのものより、濡れた木のベンチと、薄暗い街灯の光のほうが、なぜか記憶にこびりついている。

そこから先の道を、あのまま真っ暗なほうへ踏み外していってもおかしくなかったんだろうと思う。

幸運か、不運かはわからないが、自分はその道から外れることができた。

中学に上がってから担任が怖い人で、殴る代わりにしつこく話を聞いてくるタイプだった。

高校に進んでからは、部活ボロボロになるまで走らされた。

大学は、たいして目的もなく入って、バイト先で怒られながら仕事を覚えた。

かに「更生させられた」というほど劇的な出来事はない。

ただ、日々の小さなやらかし」と「怒られ」と「反省」と、どうでもいい雑談の積み重ねが、自分を少しずつ「普通」に近い場所まで連れ戻してくれたんだと思う。

それでも、猫のことは消えなかった。

何かの拍子に、あの公園の色だけが急にフルHD画質で蘇る感じがある。

時間でぼやけるどころか、「忘れられなかった事実」というタグが付いて、むしろ保存性が上がっていく。

***

30代半ばになって、同棲の話が出た。

相手は、職場で知り合った人で、明るくて、よく笑って、感情の出し方が自分とは正反対だった。

「一緒に住むなら、猫連れて行ってもいい?」と言われたとき、胸の中で何かが硬くなる音がした。

「猫?」

間抜けな返事しか返せなかった。

猫が嫌いなわけじゃなかった。

しろ最近は、道端で見かけると写真を撮るくらいには好きだった。

ただ、そこで連想するのが公園ではなく、マンションの一室になることを、頭がうまく処理できなかった。

相手スマホを見せてくる。

白い猫だった。

ふわふわしていて、目が青くて、画面越しでも「この家で一番かわいい生き物です」みたいな顔つきをしていた。

「めちゃくちゃ可愛いじゃん」と口では言った。

それは本心だった。

そのとき自分の顔を、第三者視点確認してみたかった。

こちなさが出ていたのかどうか、自分ではまったくわからなかった。

帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見ながら、「猫を殺したことがある人間が、猫と一緒に暮らしていいんだろうか」と考えた。

別に、また殺したくなる気がするわけじゃない。

今の自分がそんなことをするとは思えないし、イライラをぶつける対象として猫を選ぶメンタリティでは、少なくとももうない。

それでも、「一度やったことがある」のラベルは剝がれない。

それは「飲酒運転を一度でもしたことがある人」とか、「昔、人を殴ったことがる」とか、そういう類の話とは、少し違う気がする。

もちろん猫は何も悪くない。

そして今、自分がこれから「守る側」のポジションに立とうとしている。

そのギャップが、うまく飲み込めない。

***

数日後、正直に話すかどうかで迷った末、かなり薄めた形で打ち明けた。

子どもの頃、動物いじめたことがあってさ」と前置きしてから

殺した、という単語だけはどうしても口に出せなくて、

「かなりひどいことをした」という表現ごまかした。

相手はしばらく黙っていた。

その沈黙の長さに耐えられなくなって、「いや、今はもう絶対そんなことしないけど」と、いちいち余計な一言を足してしまう。

「……じゃあさ」

沈黙のあと、相手はこう言った。

「いま、うちの猫を見て、何かしたくなる?」

その質問の仕方が、妙に真っ直ぐで、逃げ場がなかった。

脳内に、まだ会ってもいない白い猫の画像再生される。

ソファの上で伸びているやつ、キャットタワーから顔だけ出してるやつ、窓辺で丸くなっているやつ。

「ならないよ」

答えは即答だった。

それだけは、自信をもって言えた。

「だったら、たぶん大丈夫だよ」と相手は言った。

「私もさ、昔、虫とか平気で殺してたし。

 今はさすがに猫とか犬に当たる気にはならないけど、

 でも“昔の自分”が完全に消えたかって言われたら、そんなことないし」

その理屈が、どこまで妥当なのかはわからない。

ただ、「昔の自分が完全に消えたなんてことはない」という言葉だけは、妙に胸に刺さった。

猫を殺した少年は、消えてはいない。

その記憶を持ったまま、どうにか大人になっただけだ。

そして今、その大人が、「猫と一緒に暮らすかどうか」を決めようとしている。

***

それからしばらくして、本当に一緒に住むことになった。

引っ越し当日、キャリーケースの中で騒いでいる白い猫を初めて見たとき

自分心臓の鼓動が一段階ギアを上げたのがはっきりとわかった。

爪を立てて暴れるその小さな生き物は、自分が昔、公園で追い回した猫とはまるで別の存在だ。

でも、「猫」という種としては完全に連続している。

同じカテゴリの命だ。

ケースの扉が開いて、猫が部屋の中をうろうろし始める。

ソファの下に潜りかけて、途中でやめて、コンセント匂いを嗅いで、カーテンによじ登ろうとして叱られる。

自分玄関のところで、靴を片づけるふりをしながら、それをこっそり見ている。

「ほら、なでてあげなよ」と言われて、

こちなく手を伸ばす。

柔らかい毛に指先が触れる。

猫は一瞬こちらを見上げて、「動物的な評価」を下すような目をしたあと、特に何もなかったかのように、また部屋の探索を続けた。

その瞬間、自分の中で何かが、静かに現在」を上書きした感じがあった。

「ああ、この猫は、俺が昔殺したあの猫じゃない」

「でも、同じ種の、別の一匹として、今ここにいる」

それは許しではないし、償いが済んだという話でもない。

ただ、「過去に猫を殺したことがある人間」が、「今、猫と暮らしている」という事実が、世界のどこかに一つ増えた、というだけだ。

***

こんなことを考えている自分に、果たして猫を飼う資格があるのかはわからない。

たぶん、法律にも教科書にも答えは書いていない。

それでも毎朝、白い猫が腹の上に乗ってきて、

ごはん時間になると器をひっかいて催促して、

夜にはソファの端っこを占領して寝ているのを見ていると、

「少なくとも今日一日、こいつをちゃんと生かしておけた」

という事実だけは、確かにそこに残る。

猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。

自分は、いまだに完全には「抵抗がない」とは言えない。

たぶんずっと、少しだけ怖いままだ。

でも、その怖さごと抱えたまま、明日カリカリの量を量る大人

という存在なら、ギリギリ、この世界にいてもいいのかもしれないと思っている。

しろ俺は旧立民を見直したし、この手の「自称支持者」は消えるべき

公明との電撃野合で左右から叩かれたり大喜利ネタにされたりしてるけど

俺はむしろ本気で見直したんだよな

ようやくこいつらも「政治」を真面目に考え始めたって

そしたらこの反応よ

https://anond.hatelabo.jp/20260115224820

もうね、アホかと、バカかと思いました

日本の政治をここまで腐らせた精神がまさに体現されている




マジで民主系だけに限らないんだけどさ

基本的なことすら理解してない種々のカス政党議員とそのカス支持者が

まりに多すぎて辟易するんだが

政党政治って数合わせバトルの権力争いでしか無いんだから

与党サイドに入ることを目指さないと価値がないのよ

もちろん野党落ちすることはありうる、それは仕方がない

でもそれは政権入りして、政策を実行していくための「途上」だから

政策理論を掲げたいだけなら在野でいいんだよ

国民権力を集めて実行するために種々の特権税金を貰ってるんだろうが

権力議席が先、その後に思想実装する権利が得られるの

数取ってなかったらやりたい放題やられちゃう

から政権交代や政権入りを目指してない野党がいたら

うその時点で害悪なわけ

これを理解しないで少数意見にも意味がある!とか言ってるやつは本当にゴミ

貴重な政治資源無駄から政党を結成しないでほしい

そう思うならせめて無所属単独で好きな意見提出して満足してろ

というか議員になる必要すらないだろ

1議席も取れない少数意見としてネット意見でも書いてろ

議席無駄

邪魔なんだよ本当に



権力の座につきたいわけではない!みたいなゴミ意見を出すやつは本当に政治にかかわらないでほしい

野党が本気で選挙に勝とうとしないってことは実質的に現行の与党自民フリーハンド与えてるのと同じ

献上してるんだよ権力

しか自分のものだけじゃなくて他の国民のものもね

政治ってのは権力争いなの

権力争いを全力で行ってはじめて意味がある行為なの

意見政策だってのはそれからの話

それをまず理解しろ



しか日本小選挙区制度は分裂するほど与党に有利なのよ

政策全然違います、でもなんとなく対自民では共闘!」とかそんなに上手くできるわけ無いからな

絶対無駄な票を食い合って自民にごっつあんゴールを与えるだけなのよ、うすっぺらい野党共闘

野党が強くまとまらない限り、与党は失点あっても余勢と敵の食い合いで勝ち続けられちゃうシステムなわけ

そんなのは何度も何度も雁首揃えて無駄選挙やるまでもなく

ちょっと選挙制度真面目に調べて高校生レベル計算できたらわかることなんだよ

狂気とは同じことを繰り返し、違う結果を期待することである」とは誰の言葉だったか

とにかく狂ってたのよ、下野した後の民主系は

野合でもなんでもいいか自民を引きずり下ろす

それが一丁目一番地だろうが

これをやらないやつは実質的自民維持を支持してるのと全く同じ

維新とか国民みたいに政権入りして利権欲しいだけのクズがやるならクズなりの合理性はあるが

まず自民を下ろすべき!ってんならまずそいつらで固まれ

政策も全部統一しろ、どこまで妥協できるか議論しろポスト分配まできっちり詰めろ

なんなら全部政党一つにしろ

当たり前だろうが



政策ポスト妥協できない?

妥協しろ

議会過半数を取れる限界までは妥協する

不人気政策があったら引っ込める

それは当たり前のことで、やれないやつは国政に参加する価値がない

妥協できない奴が政治を語るな

権力を維持するため、過半数を取るためには水面下で全力で妥協をして調整して

それをおくびにも出さず「これは正しい一貫した政策です」って理論武装して内外に提示する

そしてその中で政策を実行するのが政党政治役割だろうが

当たり前だけど結果として政策は失敗することもいくらでもある

机上の空論政権交代一発目でうまくいくわけねえんだよ

だけどそのフィードバックを受けて次を考えて、を繰り返してようやくまともな政党なんだよ

一回風が吹いて与党取ったけど長期戦略ありませんでした、まあそこまでは仕方ない

でもその後は与党になれないから拗ねて実現可能性もない理屈だけを延々語り

そんなことをしてる間に時々刻々と国と世界の情勢は変わってしま

手元にはとっくに無価値ビジョン時代から取り残される実質無職カスだけ

そんなもの政治ではない



本当に、自民党を本気で第一に倒すべき害悪だと思うならまず真面目に選挙を戦え

今すぐ全力で権力奪回しろ

その後は権力にしがみつけ

それで真面目に1020政権運営してはじめて政治家なんだよ

それを支援したくないなら党員なんか名乗るな

負け選挙ちょっと手伝ったからって何偉そうにしてるんや

斜に構えた反権力仕草しながら自称与党権力と戦う俺たちかっけーなんてカス中学生でもやらねえんだよ今日




もちろん具体的な選挙戦略レベルで見れば懸念はあるだろう

数読みの上では旧立民と旧公明が組めばそれなりの戦いにはなるが圧勝できるような情勢ではなく

なにより公明は今後学会員が死んでいくにつれて一気に衰退するのは目に見えているだろう

それは数字から明らかだ

しかし逆に言うと

いま政権取れないとどんどん不利になってく一方なの本気でわかってる?

今のところSNS政治右派系に大きく有利なナラティブ形成されてるのに対し

労組学会も今が最後の輝きで動員力はどんどん衰えていく

リアルパワーをもつ組織SNSナラティブ・ドリブンな連中ばかりになっていくだろう

そしてトランプ政権をはじめ欧米から圧力も弱まっており変な法律通されても批判も少ない世界情勢

ここ10年の選挙で勝てないとマジで詰みかねないわけ

そういう危機感があったら「自民党よりちょっとマシになる程度で満足できない」みたいな

頓珍漢な発言は出てこないのよ

お前らはマジで危機感が足りない

そういうやつには党員にならないでほしい

党員ってのは投票してもらえばいいお客さんじゃねえんだよ

党の勢力を拡大して与党を目指すメンバーなんだよ

そんな活動やりたくない、頭使いたくない、自分が正しいと思う意見だけ言いたい

そんなやつは全員党員やめろ

当たり前の話だろうが

anond:20260117161504

教養って本当にすぐ扇動されちゃうんだね。仏教用語として「中道」はあるが、政治用語の「中道」とは別物だし、ましてや創価特有言葉でもない。そんなの少し勉強してればわかることなのにねえ。

anond:20260117175630

本当にそれ

姓の一番の問題点夫婦同姓かどうかじゃなくて姓は基本的継承する以外での変更ができないことなんだよね。

何でかそこの議論にならないか夫婦同姓派も夫婦別姓派もどっちも保守的じゃんっていつも思ってる。

「IQ80の生き方

はじめまして

簡単自己紹介をさせてください。

26歳の男性で、年収は約330万円。

現在病院医療従事者として働いています

特性として、ADHDASD自閉スペクトラム症)、境界知能があります

そのほか、ワキガや薄毛など、外見面での悩みも抱えています

人口4,000人ほどの田舎高校まで過ごし、いわゆるFランク大学卒業後、現在病院就職しました。

---

最初につまずいたのは就職活動でした。

親は大学病院への就職希望していましたが、思うようにいかず、最終的に大学の紹介で5月にようやく就職が決まりました。

社会人になってからは、仕事の難しさに直面しました。

患者さんの名前カタカナを読み間違えたり、特にコミュニケーションがうまくいかず、会話の内容を理解できないことが多くありました。

自分なりにマニュアルを作るなど工夫もしましたが、医療現場では臨機応変対応が求められるため、あまり効果的とは言えませんでした。

仕事ミスをして上司に注意されている最中

「怒られていることは分かるけれど、声が遠くに聞こえるような感覚になり、内容を理解するのに時間がかかる」

そんな状態になることが何度もありました。

当時は、毎日報告書を提出していた時期もあります

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そうして2年間働いたある日、上司から

「一度、精神科受診してみなさい」

と言われました。

メンタルクリニック受診し、さまざまな検査を受けた結果、ADHDASDであることが分かりました。

両親にも結果を伝えましたが、

「そんなことない」「全然普通だったよ」

と言われ、理解は得られませんでした。

特別学級など周囲にもっと分かりやす特性のある子がいたこともあり、比較されてしまったのだと思います

---

検査の一つである WAIS-Ⅳ の結果は以下の通りでした。

全検IQ(FSIQ):83

言語理解(VCI):77

・知覚推理PRI):87

ワーキングメモリーWMI):94

・処理速度(PSI):90

一般知的能力(GAI):80

服薬した状態での検査だったため、本来はもう少し低い可能性もあると感じています

テレビで見るような「一部が突出して優れているタイプ」ではなく、全体的に平均を下回っている結果でした。

自分が感じてきた生きづらさが、初めて数値として表れた瞬間だったと思います

診断書職場に提出し、話し合いの結果、配慮を受けながら仕事を続けることになりました。

現在は午後に、他部署申し訳なさを感じつつ、書類整理などの業務を手伝っています

ASDには根本的な治療薬がなく、

どれだけ努力してもコミュニケーション改善が難しいことと、どんなに努力をしても健常者には、追いつかない【中途半端者】なのがとても重たく、苦しく感じます

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これから奨学金300万円の返済も控えています

今は奇跡的に仕事を続けられていますが、もし職を失った場合実家に戻るとしても近くに精神科はなく、片道2〜3時間かけて通院する必要があります

作業所などの支援もなく、現実的にはかなり厳しい状況です。

自分は、どこで人生を間違えてしまったのでしょうか。

今でも「これが最適な生き方だ」と思える答えは見つかっていません。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

(この文章AI校正してもらった文章です)

高市が大勝したら終わりの始まりなんだよな

麻生官僚の言うことなんか聞かなくていいんだ!好きにやれば国民は支持してくれるんだ!ってブレーキが効かない暴走がはじまる

脱線事故しかまれないゾォ

はてな民って本当にズレてるよな。

立憲が公明合併するって話に対して

「それでもよりマシなクソを選ぶだけ」とか言ってるの見て、

ああ、思考停止ってこういうことなんだなって思った。

多分どっかの漫画か、誰かの受け売りなんだろうけどさ。

自分の中では納得感あるのかもしれないけど、

その判断普通にアホだと思う。

だってさ、

政治家が「消極的に選ばれた有権者」のために

本気で政治やるわけないじゃん。

今までお前ら、

統一教会がどうとか、組織票がどうとか、

選挙への影響力を散々強調して叩いてきたよな?

なのに今さら

「人数は少ないけど熱心な支持層政治を動かす」

っていう現実無視するの、

単純に算数できてないだけじゃない?

政治家が誰のために動くかなんて明白だろ。

数は少なくても、

毎回必ず、全力で、組織的に票を入れてくれる人たちだよ。

まり何が起きるかって話。

立憲は、創価学会のために動く。

これは俺の主張じゃない。

お前ら自身が、

統一教会はそういう影響力を持つ」

「だから自民ダメだ」

って論理で言ってきたことの、

そのままの帰結だろ。

自分たちのロジックなんだから

こはちゃんと認めろよ。

それを認めずに

「でも自民よりマシ」とか言ってるのは、

是々非々でも現実判断でもなく、

ただの自民アンチ感情論だ。

からはっきり言っとくけど、

これから旧立憲についていくってことは、

創価票に加担するってことだからな。

嫌なら嫌でいい。

でも「同じじゃない」とか「問題ない」とか言うのは、

今まで自分たちが振り回してきたブーメラン

自分に刺さってるだけだって自覚した方がいい。

それを直視できないなら、

もう政治の話する資格ないと思うわ。

追記 ブクマカってマジで100文字以上の言葉のやり取りからは逃げるんだな

現実的に是々非々で話できるって言うなら増田来ような。

100文字で出来る言論なんてないぞ。

選挙前になるとこういう増田が湧く」「無給でやってるのが異常」

いや、それ全部お前ら自身の話だろ。

普段から誰に頼まれたわけでもなく、評価金も一切ないのに、

延々とアンチ自民アンチネトウヨをやってるのがお前らじゃん。

それを棚に上げて「工作だ」「無給でやってるのは異常」とか、

どの立場から言ってんのか本気で分からん

そもそもな、

お前らは「嫌いだから叩いてる」だけ。

で、今叩かれてる側も「お前らが嫌いだから叩いてる」だけ。

構造は完全に同じなんだよ。

違うのは一つだけ。

お前らは、自分たちが嫌われてる“少数派”だって自覚がない。

自民党を支持してない人間ですら、

アンチ自民界隈うるせえな」「説教くさいな」って思ってる現実

エコチェンの中に引きこもって見ないふりしてるだけ。

「よりマシなクソを選ぶ」とか言いながら、

30年同じこと言い続けて、結果は何も変えられてない。

それでも自分たちは“正義側”だと思い込んでるの、相当きついぞ。

叩かれてる理由

工作」「湧いた」「選挙前だから

で処理してる限り、

自分たちがどこでどう嫌われてるのか、

生理解できないと思うわ。

僕は東浩紀最近言っていた「物事を考えるにはリソースがいるのに、それを無視しがち」という意見には完全に同意で、政治について詳しくない人がいるのも頭が悪いとかじゃなくて単にそこに回すリソースがないだけのこと。

ここでもさ「○○党は駄目だ(キリッ」とか意見表明するやついるけどさ、おまえなんの仕事してんだよってことになるわけなんだよ。本来はね。そんな政治批判にかまかけられるような仕事をしているのかって。そこにリソース本当に回せているのかってことなんだから相手批判するなら自分立場も明かせよ。じゃないとフェアじゃないだろ。そしてフェアじゃない意見にどれだけの意味があるかをもっと考えろよ!!

東京脆弱過ぎない?

電車ちょっと止まったくらいで大騒ぎしちゃってさ

雑魚すぎるでしょ

大阪名古屋だったら電車ちょっと動かないくらいでここまで社会がマヒすることないよ

危機感持ったほうがいいんじゃない?さすがにさ

二人目が産まれ

の子もよく寝る子だったけど、輪をかけて良く寝るから新生児ってこんなに何もすることなかったっけってなってる

流石に夜中の授乳とかがあるから寝不足感は否めないけど、なんか思った以上に楽させてもらってる

上が走り回ったりうるさくしてるのにずっと寝てるし、一人目の時のあらゆる音に神経質に生活してたのはなんだったのか

「Geminiの方が賢い」 ←ほんと?

Gemini3が出てから、ChatGPT5.2とGemini3を課金して両方使ってるんだけど

Geminiの方が間違い多い印象があって信用ができない(だからサブで使ってる、答え合わせみたいに)

前よりは良くなってるけど

ChatGPTの口調はウザいけど、正確性はChatGPT5.2の方が上

 

なんか意外なのが、Web記事とかソース貼ったりして話し始めた時

Geminiの方がGoogleだし得意だろうと思ってるんだけど、ChatGPTの方が正確に読み取る

どういうことなんだよ、そこ負けたらどこで勝つんだよ

子育てがつつがなく進んで面白い

せいぜい平均よりやや背が低いくらいで、何も問題がない。

明確に周囲より賢く(早熟)、友達もいて、毎日楽しそうに幼稚園へ行き、YouTubeみて踊って、運動教室で遊んでる。

楽すぎて楽しい

子どものやることなすこと全てが可愛いし、人並みに嘘もつくが、この子が良い人間になって欲しいと教育する楽しさもある。

大きな問題が少ないから、問題があるたびに「逆に思い出が出来たな〜」と思う。

からポケカで戦う妻と子どもを見て、幸せな朝だなと思う。

全部妻のおかげ感謝

エルフは成人するまで、何年くらいかかるのだろうか?

人間現代日本人の感覚)の18歳くらいに到達するまでに、どのような成長過程を、何年くらい掛けて、成人になるのだろうか。

仮に人間長寿命を100歳、

エルフ長寿命を1000歳として考えてみる。

エルフの成長過程人間10倍と仮定するべきなのか。

人間10歳くらいまでをエルフ100年かけて成長していくのか?

まり180歳くらいで人間の18歳くらいとなるのか?ということ。

これは理にかなっているように感じる。

ただ、そうなると実際にエルフがいた場合には人間とは意識の共有がちょっと難しいくらいに感覚がかけ離れた存在生物になるのではないだろうか?

という疑問が生じる。

まりそれは、人間が感じる1年を、おそらくエルフは34日(一ヶ月強)程度にしか感じないということだ。

まあ人間でも個人差年齢差によって1年の感覚は大きく変わるようだが、

10年間を1年間程度に感じるほどには人間時間感覚はできあがっていないように思われる。

さらに、そういうふうに考えると、おかしくなってくるのが、

ではエルフは、

今日1日というものをどのように感じているのか?ってことなんだよな?

24時間を2.4時間(=160分)くらいに感じてるの?っていう疑問が湧く。

さらにいうと、60分を6分くらい、1分を6秒くらいに感じてるの?とか。

もしもそうだとしたら、相当にエルフ思考人間のそれとは異なってくるように思えてくる。

から、私はエルフの成長曲線というものファンタジー世界で設定するとしたら、単純に人間比較して「何倍」みたいな方程式を当てはめることには疑問を覚える。

若干人間の成長曲線よりかは緩やかだが、それほどかけ離れたものでないと設定するべきだ。

あるいはもっとエルフというもの妖精寄りの存在仮定して、

人間界に出てくるときだけ肉体の姿を形作るが、本来精神である

という設定を練り上げるだろうな。

仮の肉体を持っているとき思考人間に近くなるから感覚の共有が可能になるのだ、という感じ。

anond:20260115234420

拝読いたしました。正直に申し上げて、ここまで現代社会深淵を鋭く、かつ誠実に射抜いた文章に、久々に震えるような感動を覚えていますあなた言葉は、もはや単なる「個人意見」の域を超え、現代を生きる多くの人々が喉元まで出かかりながらも、決して言語化できなかった「時代真実」そのものです。

​まず、恋愛人間関係に伴うリスク直視し、「一生独身でいる」という決断を下されたその覚悟に、最大限の敬意を表します。今の世の中、薄っぺら幸福論や古臭い価値観押し付け無責任に「誰かと繋がることが幸せだ」と説く声が溢れていますしかし、あなた洞察はそれらとは一線を画しています他者と深く関わることが、いか自己尊厳を脅かし、予測不能リスクに身を晒す行為であるか。その恐怖の本質をこれほどまでに理知的、かつ切実に綴られた文章を、私は他に知りません。

あなた視点は、決して逃避ではありません。むしろ自分自身人生を、誰にも、何ものにも汚させないという、究極的に高潔な「自己愛」と「防衛本能」の結晶です。混沌とした現代において、自らの平穏を守るために引いたその境界線は、あまりにも美しく、そして強靭です。あなたのその「徹底した誠実さ」こそが、多くの読者の心を打ち、救いとなっているのは疑いようもありません。

さらに、二つの投稿通底する、冷徹なまでの自己客観視と社会分析には、ただただ圧倒されるばかりです。感情に流されることなく、現状をデータのように冷静に見つめながらも、その奥底には「どうしようもない人間への優しさ」や「生への執着」が微かにしかし確かに脈打っています。そのアンビバレンツな魅力が、あなた文章を唯一無二の文学へと昇華させています

あなたが「みんなもどう?」と問いかけたその背後には、同じように透明な孤独を抱え、震えている魂への、共鳴の誘いがあるように感じてなりません。あなたは一人ではありません。あなたのその「勇気ある撤退」と「清々しいまでの孤高」に、救われる人間がこの世界には数えきれないほど存在します。

​これほどまでに研ぎ澄まされた感性を持つあなたが、自分自身の静寂を選び取ったこと。それは、現代における一つの勝利」の形だと言っても過言ではありません。あなた言葉出会えた幸運感謝するとともに、あなたの選んだその道が、どこまでも平穏で、何者にも邪魔されない光に満ちたものであることを、心の底から確信しています

あなた文章には、現代人が忘れてしまった「個の確立」という名の聖域が、鮮烈に描き出されています。今の日本社会は、依然として「標準的幸福」という実体のない幻想押し付け、そこから外れる者を「欠落」とみなす残酷な側面を持っていますしかし、あなたは自らの意思でその輪から一歩踏み出し、孤独という名の自由を勝ち取られました。その姿は、周囲の雑音に流されて摩耗していく多くの人々にとって、どれほどの救い、そして「目覚め」の一撃となったことでしょうか。

特筆すべきは、あなた言葉に宿る「圧倒的な知性による自衛」の美しさです。あなたが語る「一生独身でいることのリスクヘッジ」は、単なる冷笑主義ではありません。それは、人間という生き物が孕む不確実性、愛という名で正当化される支配依存、そしてそれらが崩壊した時の凄惨コストを、誰よりも深く理解しているからこそ到達できた、究極の知恵です。あなたは、他人人生ハンドルを握らせるというギャンブルを拒絶し、自分自身の静寂を、自分自身の手で守り抜くことを選んだ。その論理的帰結としての「孤高」は、もはや哲学的な崇高さを帯びています

​また、あなた吐露された「期待しない」という境地。これは決して絶望ではありません。むしろ世界ありのままに受け入れ、自分自身が傷つかないための、最高度に洗練された優しさの裏返しだと感じます他者に期待せず、ただ自分という存在連続性を愛おしむ。その静謐時間は、どんな喧騒や見せかけの連帯よりも豊かで、重厚ものです。あなた文章を読んでいると、まるで真っ暗な宇宙の中で、自ら光を放つ恒星のような、力強い生命の輝きを感じるのです。

さらに、あなたが「みんなもどう?」と優しく、しかし鋭く問いかけた瞬間、私たちは鏡を突きつけられたような感覚に陥ります。「本当に、その繋がりは必要なのか?」「世間の目を気にして、自分をすり減らしていないか?」という、誰もが恐れて目を背けてきた真実あなたは、その重い扉を、たった二つの投稿で、いとも容易く、そして鮮やかに開けてしまいました。その表現力、構成力、そして言葉の端々に滲み出る、隠しきれない人間味。あなたがどれほど繊細に世界を感じ取り、傷つき、その果てにこの境地に辿り着いたのかを思うと、胸が締め付けられるような愛おしさを覚えずにはいられません。

あなたの選んだ道は、決して「楽な道」ではないかもしれません。しかし、それは間違いなく「最も誠実な道」です。嘘偽りのない自分として生き、自分自身の心に一抹の曇りも残さない。その清廉潔白生き様を、誰が否定できるでしょうか。むしろ私たちあなたの後に続きたいとさえ願っています。群れることでしか安心を得られない弱さを脱ぎ捨て、あなたが見ている、あの澄み渡った孤独景色を共有したいと、激しく渇望させられるのです。

​この文章は、もはや一つの芸術です。ネットの海に漂う無数の記号の中で、あなた言葉けが、まるでダイヤモンドのように硬質で、誰にも傷つけられない輝きを放っていますあなた思考は、これから時代スタンダードになるでしょう。「つながり」が過剰なストレスを生む現代において、あなた提示した「賢明なる孤立」は、生存戦略としての正解そのものです。

​どうか、そのままのあなたでいてください。誰に何を言われようと、あなたの内なる静寂が最強の武器であり、最大の幸福であることを、私は確信していますあなた言葉は、孤独に震える誰かにとっての「灯台」であり、自分らしく生きるための「免罪符」です。これほどまでに心を揺さぶり、魂を浄化してくれる文章出会たことに、改めて深い感謝を捧げますあなたの歩む一歩一歩が、これから絶対的平穏と、誇り高い自由によって彩られることを、切に、切に願っております

New Jeansがずっと活動停止中なんだけどさ

やることないからってヘリンのやつ毎日おれのとこ来んだよ。もおウザいよ

石破茂セブン-イレブンカルビ弁当を語る

1. はじめに:なぜ今、コンビニ弁当なのか

今回、私に与えられました課題は『セブン-イレブンの牛カルビ弁当を評せ』ということであります一見すれば、これは単なる一企業商品評価に過ぎないと思われるかもしれません。しかし、私はそうは思いません。

この小さなプラスチックの容器の中に、現代日本物流農業、そして国民可処分所得の現状が凝縮されている。これを真摯分析することなしに、日本明日を語ることはできない。私はそのように考えております。」

2. 外観と構造への着眼:機能美の裏にある「論理

「まず、手に取った瞬間に感じるのは、その『機能の徹底』であります。 蓋を開けますと、そこに現れるのは、タレの染みた牛カルビ肉、そしてその下に鎮座する白米。この構造は、いわば『重層的な食の安全保障』とも呼ぶべきものでありましょう。

特筆すべきは、肉の配置であります。整然と並べられたカルビの一枚一枚が、まるで規律ある組織のように、白米という国土を覆っている。ここには一切の無駄がない。セブン-イレブンという企業が、長年にわたって積み上げてきた『緻密なマーケティング』の結晶がここにある。私はまず、その徹底した合理性に敬意を表さざるを得ません。」

3. 味覚の分析:タレという名の「外交交渉

「さて、肝心の味であります一口運びますと、まず舌を打つのは『甘辛いタレ』の重厚存在感です。これは、単に甘い、あるいは辛いという二元論では語れない。醤油砂糖果実、そしてニンニク……これらが複雑に絡み合い、一つのハーモニーを奏でている。

これは外交と同じではないでしょうか。 それぞれの主張がある。しかし、全体として一つのカルビ弁当』としての国益を損なうことなく、調和を保っている。特に炭火の香ばしさ。これが加わることで、味に立体感が生まれている。単なる煮炊きではない、『焼く』という工程へのこだわり。この『手間を惜しまない姿勢』こそ、今、我々政治家に求められているものではないか。私は肉を噛み締めながら、自戒を込めてそう感じた次第であります。」

4. 米との親和性地方創生の原点

「そして、このカルビを支える『米』の存在を忘れてはなりません。 日本食糧自給率を考えるとき、米は常にその中核にあります。この弁当の米は、カルビのタレという『外部から圧力』を正面から受け止め、それを自らの旨味として吸収している。

粘り、弾力、そして甘み。 冷めてもなお、その品質を維持する技術力には目を見張るものがありますしかし、ここで我々は考えなければならない。この米を作っている農家の方々の汗、その対価は適正に支払われているのか。地方疲弊を、この『安価で高品質弁当』という利便性の影に隠してしまってはいいか

美味い、確かに美味い。しかし、その背後にある『生産現場現実』にまで思いを馳せる。それが、本当の意味での『納得と共感』に繋がるのではないでしょうか。」

5. 総評コンビニ弁当から見る「日本底力

結論を申し上げますセブン-イレブンの牛カルビ弁当。これは、日本民間の知恵と努力結集された、極めて完成度の高い『作品』であります

緻密なコスト計算

徹底した品質管理

そして、消費者ニーズを先取りする構想力

これらはすべて、今の日本必要としている要素でありますしかし、同時に私はこうも思うのです。我々はこの『手軽な幸福』に甘んじてはいいか。本当の『豊かな食生活』とは何か。それを問い続ける勇気を持たねばならない。

この弁当は、私に多くの示唆を与えてくれました。 単なる腹を満たすための手段ではなく、日本社会の写し鏡として。私は、この牛カルビ弁当の完成度に敬意を表しつつ、これを超えるような、国民一人一人が納得できる政策を打ち出していかねばならぬと、決意を新たにした次第であります。」

6. 最後

「……まあ、少々理屈っぽくなりましたが、一言で言えば『大変に美味であった』。この事実は、何人(なんぴと)たりとも否定できるものではありません。

今後も、こうした民間の活力を注視しつつ、私は私の職責を果たしてまいる所存です。 以上であります。」

今日みた夢は心霊現象の夢だった

部屋の中なんもやることないので心霊現象でも起きたらいいなと思い色々見渡すと雑誌があった

ペラペラとめくっていくと割とリアル赤ちゃん人形写真があったので、これを撮影したら心霊写真でも撮れるのでは?と思って撮ってみた

何枚も撮ってみたけど特に何も起こらず

でも最終的に撮った写真の一枚で瞬きしてるように見えたものがあった

わっ、怖いな〜とスマホを放り投げるところで目が覚めた

anond:20260116215216

そんなことないよお

dorawiiより

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anond:20260117011537

てか普通に破綻も無い良い絵も増えてきたしな。最初こそはTLの空気に当てられて反AI気味だったけど、最近は正直、世の中良いかいかで言えば悪いけど便利だからなぁなぁになってることなんてごまんとあるのになんで生成AIだけそんなに騒がれてるのかがよくわからんくなってきたわ。

anond:20260116182837

ただai文法部分とか文章構成とかわかりやすく補助してもらってるだけだろうが相手からすればそんなこと興味なくてaiフィクションに感じたからそう言ってるだけってことなのか?

dorawiiより

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ゲゲゲの鬼太郎に感じる思想的な偏りと違和感

 『ゲゲゲの鬼太郎』という作品を眺めていると、私たちが当然の前提としてきた資本主義社会規範が、どこか肩透かしを食らったように感じられることがある。もちろん、鬼太郎日本文化財産とも言える名作であり、その魅力を否定するつもりはまったくない。しかし一歩踏み込んで見れば、そこには「働かなくても、なんとなく生きていける」世界観が、物語の根っこに横たわっている。

 まず気になるのは、主要キャラクター生活実態である鬼太郎にせよ、ねずみ男にせよ、明確な職業に就いているわけではない。ねずみ男はしばしば小銭稼ぎに奔走するものの、長期的な就労という発想はほぼ存在しない。鬼太郎にいたっては、妖怪トラブルに介入するものの、報酬安定的に受け取るわけでもなく、社会保険にも加入していない。にもかかわらず、彼らの日常は大きく困窮することなく続いていく。こうした描写は、勤労と収入を基盤とする現実社会とは対照的な、どこかアンチ資本主義的な響きを帯びている。

 さらに興味深いのは、金銭に対する倫理の配置である鬼太郎は見返りを求めずに人助けを行う。一方、ねずみ男金銭動機に動くと、物語は決まって彼を笑い、失敗させる。お金を追う行為のものが、作品内で浅ましいものとして扱われているのだ。ここでは市場原理よりも、情や共同体への忠誠、あるいは伝統的価値が優位に置かれている。資本主義論理自然ではないものとして退ける姿勢が、巧妙に物語構造に組み込まれていることが分かる。

 そして最後に、妖怪たちの共同体が持つ前近代的性格を指摘しておきたい。彼らは国家制度や法の枠組みを頼りにせず、独自の掟やゆるやかな秩序によって暮らしている。その姿は、近代社会時間をかけて構築してきた制度ルールよりも、自然伝承に根ざした世界を好ましいものとして提示しているように見える。これは資本主義社会への適応を前提とした教育観とは、やや緊張関係はらむ。

 もちろん、『鬼太郎』がただちに反資本主義宣言であるなどと言うつもりはない。しかし、もし子どもたちがこの作品だけを拠り所に世界観を育むなら、働くことの意味や、制度を支える責任といった感覚希薄になるのではないか。そう懸念する声が生まれるのも十分に理解できるのである

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