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- » 2025 . 01
Category : 未分類
学校教育は画一に斉一に実施しなければならない。そうしなければ人手はいくらあっても足りないからだ。そのため馬鹿みたいな単純化で分解してステップ・バイ・ステップで行う。水準も頭のわるい子に合わせる。実施もフィード・フォワードだ。そうでもしなければ20人30人をまとめて教育できないからだ。
そこに一人ひとりに懇切丁寧な対応を求めるのは間違っている。それは家庭教師の仕事である。
そこに「応用を効かせろ」というのは無理な話だ。松浦晋也さんの主張はそのようなものだ。
■ ショートカットを認めろ
話の経緯はつぎのようなものだ。
■ それが学校教育
注目すべき点は「これは私の知る教育でもない」(松浦)点だ。松浦さんが受けた教育がそれであるにもかかわらずそれを言い出すことは奇妙である。なぜなら日本の小中学校教育は全部それだし、世界的にも大差はない。安価に教育を提供する手法だからだ。
それに「応用が効かず」と文句をつけてもしかたもない。基本動作をやっている時にできる子が応用動作を持ち出しても面倒くさいし、下手をすると教室が混乱する。式の変形もできないのに100×144でいいと思い込む子が出たら厄介だ。
逆にそれを認めろというのは無理難題だ。子供が面倒だと藤原の「藤」や権利の「権」を略字で書いたり、andをet、firstを1stと書いたらどうするかといったものだ。個人成果品の夏休みの書き取りドリルなら見て見ぬふりをされるが教室では許されない。
たまたま算数と数学は成果品が同じ文字、数字になるだけの話だ。やってることは同じだ。
あくまでも実施上の都合が先に立ったものだ。もともと正解もない「漢字の書き順」と同じで、大量教育の便法としてそうしているだけだ。
その前提に立たず「数学的に正しい」を振り回すのはどうかしている。松浦さんほかのスタンスからすれば「数学的に正しい子供を罰するな」なのだろう。だが、その答えは数学としては正しいが、教育実施上での負荷なので認める訳にはいかない。科学や数学的に「正しい」ことだけを評価軸とし、実施負担への理解ができない点も、理系カルト的雰囲気を感じるものだ。
■ 小中学校教育に高望みしすぎ
もちろん掛け算の順番やら漢字のトメ・ハライのようにすっ飛ばした方がいい部分もある。
だが、教室教育としての効率を担保する単能化そのものまで「なにか算数や教育に似た、泥船のようなものだ。応用が効かず、すぐに沈む。」(松浦)と言い出すのは妥当を欠いている。教育やその中での算数なんてそんなものだ。
そもそも小中学校の先生に応用を効かせられるだろうか? あまり頭もよろしくないのも多いし、まず機転も効かない。負荷がかかっている状況では、とうていそこまでの応用は効かせられない。希望してもいない下士官助教が熱意もない兵隊を教える状況のようなものだ。そこで応用動作やその後の発展をフォローするのは無理だ。
必要なものは、馬鹿でも小学生になら教えられるマニュアルである。そしてその中身は単純から複雑にステップ・バイ・ステップで進む形であり、できる子にはあまりにも緩慢で馬鹿馬鹿しいもので、授業中に机の引き出しの中に文庫本を置いといて読んで億程度のカリキュラムである。
そこに一人ひとりに懇切丁寧な対応を求めるのは間違っている。それは家庭教師の仕事である。
そこに「応用を効かせろ」というのは無理な話だ。松浦晋也さんの主張はそのようなものだ。
■ ショートカットを認めろ
話の経緯はつぎのようなものだ。
すど @ysmemoirs 8月3日
「1本85円の鉛筆を144本と,1冊144円のノートを15冊買います。合計はいくらでしょう」という数値設定の問題,かけ算の順序的にすごく面白そうじゃありません?
https://twitter.com/ysmemoirs/status/892950988633423873
返信先: @ysmemoirsさん
例えば「あなたが小学校の先生だとして,この数値設定の特徴に気づき,暗算で144×100=14400円と計算できる子を育てたいですか,育てたくないですか」的な問いを初等科数学科教育法の授業で教員志望の大学生に投げてみたらどうかしら。
https://twitter.com/ysmemoirs/status/892953673625501697
生天目あかり @nabata_me 8月4日
これに関しては明確に答えられます。「NO」です。
理想は頭の中で最適化された計算を「確かめ算(検算)」として行い、表記上はそれぞれ別の掛け算から合算する方式を記入する。
そして「144×100のようなずるをした?」という問いに「いいえ」と答えられるようになるまでが「教育」です。
https://twitter.com/nabata_me/status/893500432504442880
松浦晋也 @ShinyaMatsuura 8月23日
こういう人がいることに衝撃を覚える。これは私の知る教育でもないし、数学でもない。算数でもない。なにか算数や教育に似た、泥船のようなものだ。応用が効かず、すぐに沈む。
https://twitter.com/ShinyaMatsuura/status/900328450501754880
松浦晋也 @ShinyaMatsuura 8月23日
ああそうか。これは従順な人材をつくる奴婢訓だ。
https://twitter.com/ShinyaMatsuura/status/900330162889211904
■ それが学校教育
注目すべき点は「これは私の知る教育でもない」(松浦)点だ。松浦さんが受けた教育がそれであるにもかかわらずそれを言い出すことは奇妙である。なぜなら日本の小中学校教育は全部それだし、世界的にも大差はない。安価に教育を提供する手法だからだ。
それに「応用が効かず」と文句をつけてもしかたもない。基本動作をやっている時にできる子が応用動作を持ち出しても面倒くさいし、下手をすると教室が混乱する。式の変形もできないのに100×144でいいと思い込む子が出たら厄介だ。
逆にそれを認めろというのは無理難題だ。子供が面倒だと藤原の「藤」や権利の「権」を略字で書いたり、andをet、firstを1stと書いたらどうするかといったものだ。個人成果品の夏休みの書き取りドリルなら見て見ぬふりをされるが教室では許されない。
たまたま算数と数学は成果品が同じ文字、数字になるだけの話だ。やってることは同じだ。
あくまでも実施上の都合が先に立ったものだ。もともと正解もない「漢字の書き順」と同じで、大量教育の便法としてそうしているだけだ。
その前提に立たず「数学的に正しい」を振り回すのはどうかしている。松浦さんほかのスタンスからすれば「数学的に正しい子供を罰するな」なのだろう。だが、その答えは数学としては正しいが、教育実施上での負荷なので認める訳にはいかない。科学や数学的に「正しい」ことだけを評価軸とし、実施負担への理解ができない点も、理系カルト的雰囲気を感じるものだ。
■ 小中学校教育に高望みしすぎ
もちろん掛け算の順番やら漢字のトメ・ハライのようにすっ飛ばした方がいい部分もある。
だが、教室教育としての効率を担保する単能化そのものまで「なにか算数や教育に似た、泥船のようなものだ。応用が効かず、すぐに沈む。」(松浦)と言い出すのは妥当を欠いている。教育やその中での算数なんてそんなものだ。
そもそも小中学校の先生に応用を効かせられるだろうか? あまり頭もよろしくないのも多いし、まず機転も効かない。負荷がかかっている状況では、とうていそこまでの応用は効かせられない。希望してもいない下士官助教が熱意もない兵隊を教える状況のようなものだ。そこで応用動作やその後の発展をフォローするのは無理だ。
必要なものは、馬鹿でも小学生になら教えられるマニュアルである。そしてその中身は単純から複雑にステップ・バイ・ステップで進む形であり、できる子にはあまりにも緩慢で馬鹿馬鹿しいもので、授業中に机の引き出しの中に文庫本を置いといて読んで億程度のカリキュラムである。
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Comment
No title
07:07
うろんな客
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近道させずに基礎を教えることを「これは従順な人材をつくる奴婢訓だ。」と思い込むあたり、
この松浦って人も「独学でなんでも出来る」と勘違いしている、野尻包介や山本弘の同類だね。
せめて高校に行かなくても大検受けて大学に入ったり飛び級で海外留学したというのなら説得力もあるが、
ただの量産型学生だしね。
No title
13:54
segawa
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所詮持ち出してくる「スマートなやり方」も中学校レベルってところですね。
そんなもん目端の利いた子なら自力でたどり着くし、
別にここで一、二年あわてなくとも中学校いきゃ誰でも理解する程度のことであって。
そんなのをあたかも教育崩壊だみたいに言い立てる様が毎度滑稽だと思っています。
Re: No title
14:19
文谷数重
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トリチウムは自然界で膨大な量が生成し消滅しているとかいって
だからこれは汚染水ではないといった「これはウジではない、ハエの幼虫だ」理論とかそれでしょ
そりゃ、精米機の前段までには無数にネズミがいて、死骸や糞尿が混入してるけど
袋詰された米にそれが入ってりゃクレーム入れるでしょうと
それを「洗米するし加熱調理すれば害はないしそもそも微量だから痕跡程度」といえば
怒るのが理解できないわけで
> いつもながらこの手のお理工な人々が振り回す理屈でうんざりさせられるのは、
> 所詮持ち出してくる「スマートなやり方」も中学校レベルってところですね。
> そんなもん目端の利いた子なら自力でたどり着くし、
> 別にここで一、二年あわてなくとも中学校いきゃ誰でも理解する程度のことであって。
> そんなのをあたかも教育崩壊だみたいに言い立てる様が毎度滑稽だと思っています。
個性というものは
22:51
ブロガー(志望)
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根底には「個性は教育で作る(作れる)」といった考えがあるように思われます。個性、特に「発揮するに足る」個性は当人の持って生まれた資質による部分も大きく、持って生まれる割合は決して大きくはないので、「そういう人がいれば対応」で充分なのではないかと思われます。上記の割合が「上限」で、それ以上が供給される事は無いのですから。
「学校での部活」に似ているように思われます。学校の目的はあくまで「勉強」であり、部活など「課外活動」でしかありません。ですから本当は「プロを目指す者の指導」というのは学校ではなくスポーツクラブ等の領分のはずなのですが。
何か「人間万能」みたいな感覚があるように思われます。
意外ですね
05:19
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あなた自身、画一的な教育を望んでいないし、自分自身独立独歩でやってきたから、今の自分があると思ってるんじゃないの?
確かに、みんながみんな文谷数重というわけではありませんが、いつもとは違う観点から、記事の内容に疑問を持ちました。
13:59
自由主義者
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お理工の言っていることの逆張りをしたいだけなのではないかと勘ぐってしまうね。
Re: タイトルなし
14:46
文谷数重
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式変形の話について「数学的な事実に反している」というのも
算数なんて所詮はお稽古なんだから「数学的な事実なんかどうでもいいです手順通りに遣りなさい」で終わりですよ
そんなの素人向けのロープワークのお稽古で、分解動作で一姿勢ごとにやってるときに
自慢げに一挙動でもやい結びをして「できました」って天狗になってるガキと同じ
全体で分解動作してるときに褒めたり認めたりしちゃいけない
そんなの理解していないみんなから見えないように最後列に置くか列外を宣言して放置です
> お理工がアレなのは全く同意だけど、流石に掛け算の順序なんて擁護不能だよ。そもそも掛け算の順序に「教育上の負荷を下げる」「初等教育を円滑にする」機能なんてないし、そんなものがあるという根拠もないだろう。数学的な事実に反していることを教えるのは問題だ。
> お理工の言っていることの逆張りをしたいだけなのではないかと勘ぐってしまうね。