はてなキーワード: 辺縁系とは
カリウム(K⁺)チャネルは、神経細胞・筋細胞・心筋細胞における再分極および興奮性制御の中核分子であり、その機能障害は神経・筋・心血管系に重大な影響を及ぼす。近年、K⁺チャネルまたはその複合体構成蛋白に対する自己免疫反応が、特定の自己免疫性神経疾患群の発症に関与することが明らかとなっている。
本レポートでは、カリウムチャネル関連自己免疫が成立した場合に生じうる疾患について、病態機序・臓器別分類・代表的疾患を整理する。
2.1 標的抗原の特徴
LGI1
CASPR2
といったVGKC(Voltage-Gated Potassium Channel)複合体関連蛋白である。
LGI1はシナプス前後に存在し、K⁺チャネル機能とシナプス可塑性を調節
臨床像
てんかん発作(特に faciobrachial dystonic seizures)
精神症状
低Na血症(SIADH)
特徴
CASPR2はRanvier絞輪周辺のK⁺チャネル局在に関与
臨床像
重度不眠
筋線維束攣縮
臨床像
筋硬直
持続性筋収縮
補足
CASPR2抗体陽性例が多い
想定標的
HERG(KCNH2)
Kv1.5 など
臨床的影響
QT延長
位置づけ
抗原:Kir6.2 / SUR1
臓器系 疾患 主抗原
中枢+末梢 Morvan症候群 CASPR2
末梢神経・筋 神経筋過興奮症候群 CASPR2
統合失調症の病態を理解する新たな理論的枠組みとして、神経回路レベルの情報処理における「最小作用の原理」からの逸脱が異常体験を引き起こすという仮説を提唱する[1][2][3]。
この理論は、従来のドーパミン仮説や神経回路異常説を統合し、自由エネルギー原理とベイズ推論の破綻を量子力学的アナロジーで説明する。
前頭葉-辺縁系のドーパミン伝達異常が神経回路の同期性を乱すことで、脳内の「作用積分」最小化プロセスが阻害され、確率的経路探索が活性化される。
その結果、通常は抑制される量子力学的な重ね合わせ状態が認知プロセスに顕在化し、幻覚・妄想などの陽性症状が発現するメカニズムを提案する。
神経回路の情報処理を特徴づける自由エネルギー原理は、ベイズ推論による予測誤差最小化の過程を定式化したものと解釈できる[3]。
この理論的枠組みにおいて、脳は外界の生成モデルを内在化し、感覚入力との予測誤差を最小化するように神経活動を最適化する。
この過程を物理系の「作用積分」最小化と数学的に等価なプロセスとして再解釈する。
神経回路の時々刻々の活動パターンは、ラグランジアン関数で定義される作用積分の極小値を探索する経路として記述可能である[3]。
従来のドーパミン仮説では、中脳辺縁系のD2受容体過活動が陽性症状の原因とされてきた[1]。
この理論的拡張として、ドーパミンシグナルが作用積分の地形形成に寄与する要因と位置づける。
具体的には、ドーパミンが神経回路の接続重み(シナプス強度)を調整することで、作用積分の局所的最小値の分布を変化させる。
統合失調症ではこの調節機能が破綻し、最適経路から外れた異常な作用極小値へのトラップが生じると考える[2][3]。
理研のモデルマウス研究で示された海馬の場所細胞異常[2]は、空間認知における作用積分最小化の失敗例と解釈できる。
通常、迷路探索時の神経活動は経路積分の最適化過程を反映するが、カルシニューリン変異マウスでは過剰な神経発火が作用地形の乱れを引き起こす。
この現象を、量子力学における経路積分の確率的広がりと数学的に類似した過程としてモデル化する。
前頭葉ドーパミン伝達の低下が皮質下系の過活動を引き起こすという修正ドーパミン仮説[1]を、作用積分の多極化現象として再解釈する。
ドーパミン濃度の地域差が神経回路の「温度パラメータ」として機能し、確率的経路選択の度合いを調整すると仮定する。
統合失調症患者ではこのパラメータが異常値を示し、確率的重み付けが狂うことで通常は無視される高エネルギー経路が選択されやすくなる[3]。
通常の認知処理では、多数の可能な神経活動経路のうち作用積分が最小となる古典的経路が支配的である。
しかし統合失調症では、神経回路のノイズ特性変化やドーパミン調節異常により、経路積分の確率分布が歪む。
この状態をシュレーディンガー方程式の非調和振動子モデルで記述し、固有状態の重ね合わせが異常知覚として体験されると考える。
観測問題を神経活動のマクロな収束過程と対応づける。通常、意識的注意が神経活動の波動関数を特定の状態に収束させるが、統合失調症ではこの収束プロセスが不安定化する。
特にデフォルトモードネットワークの過活動[2]が、内在的な観測者機能を阻害し、重ね合わせ状態の持続を許容すると仮定する。
マルチエレクトロード記録と光遺伝学を組み合わせ、迷路課題中の海馬神経集団の活動経路を作用積分で定量化する[2]。
統合失調症モデル動物で経路積分の分散が増大することを予測し、抗精神病薬投与によりこの分散が収束するかを検証する。
神経細胞集団間の同期性を量子もつれのアナロジーで測定する新規指標を提案する。
fMRIと脳磁図(MEG)を組み合わせ、デフォルトモードネットワーク内のコヒーレンス持続時間を計測することで、異常な量子状態の持続性を評価する[2][3]。
経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いて特定神経回路の作用積分地形を改変する。前頭前皮質への高周波刺激により、異常な局所最小値から脱出するエネルギー障壁を低下させる[1][3]。
ドーパミン受容体部分作動薬により神経回路の「温度パラメータ」を調整し、確率的経路選択の重み付けを正常化する。
特にD1/D2受容体のバランス調節が、作用積分の地形平滑化に寄与すると予測する[1][3]。
本理論は、統合失調症の病態を神経回路レベルの情報最適化プロセスの破綻として再解釈し、異常体験の発生機序を説明する。
自由エネルギー原理と作用積分最小化の数学的等価性[3]、海馬の経路符号化異常[2]、ドーパミン調節障害[1]を統合する新パラダイムを提示した。
今後の課題は、量子神経科学的手法による理論の実証と、作用地形を標的とした新規治療法の開発である。
これにより、精神疾患の理解が物理学的原理に基づく統一理論へと発展する可能性が開かれる。
Citations:
日曜日が終わってしまうので、ここらで一発、何らかの生産的な行動をやっていきたいぞ、と思ったわけですけども、なぜかこうして増田に張り付いています。
前頭前野の敗北であり、辺縁系の勝利です。勝利、勝利、大勝利。長良は辺縁系ではありません。
なぜか私のPCデスクには知恵の輪が転がっています。なぜでしょう。お見舞いでもらった品です。なぜ知恵の輪。ボケ防止にとのことでしたが。
ところで、先程PCデスクと言いましたが、これは厳密に言うと、いえ別にそんな厳密とかじゃなくて普通に言ってそうなんですが、私が今パソコンを置いている場所は、PCデスクなどという大層な代物ではありません。
というかデスクですらありません。
私は椅子の上にディスプレイとキーボードとマウスを置いています。
正確には、椅子の上に、ホームセンターで買った合板を乗せて、それを机とし、周辺機器を乗っけているのです。
これは案外便利です。広い、安い、手軽、収納しやすい。見た目のアレさにさえ目をつむれば、非常に合理的な選択であると言ってよいでしょう。
あるいは、見た目などという些事に囚われていないことが、余計に合理的な選択であることを強調している、とさえ言ってもよいかもしれません。
ところで、さっきまで、やむを得ない事情により、VBAなる恐ろしい言語を使っていたのですが、これには様々な謎仕様があるようです。それらは名状しがたき恐怖で我々を戦かせます。
一般的に知られていると思われる謎仕様と致しましては、例えば、配列におけるReDimなるステートメントが上げられるでしょう。
他にも、例えばマクロの高速化のための方策として、範囲を配列に代入するというテクニックが紹介されることがありますが、この配列と範囲との間にも謎の関係性が存在しています。
この手のソフトウェアを扱うに当たり、いちいち一つずつセルに値を書き込むことはご法度、というのが定番ではありまして、私も素直にこの定石にしたがい、セル範囲を二次元配列に格納したりしております。
しかし、範囲を配列に代入した場合、その配列の要素のインデックスは、どうも1から始まるようなのです。
なぜ1スタートなのでしょうか。VBAの仕様においても、配列の添字はいちおう0から始まることになっているのですが、範囲を配列に格納した場合、0行0列の要素は空となっており、Array(1,1)にRangeの始点の値が格納されております。
まあたとえ1スタートであっても、言語内で仕様が統一されているのであれば、まだよいのです。
しかしここが彼の言語の恐怖ポイントなのでありまして、どういうことかといいますと、
すなわち、今度は逆に配列を範囲に代入、すなわち配列の各要素の値を対応する範囲のセルに書き込む場合、インデックスが0である要素から順に処理されるのです。
範囲を配列に代入するときはインデックスが1から始まるのに、配列を範囲に代入するときはインデックスが0から始まるのです。
Array = Range
Range = Array
とすると、一番上の行と一番左の列が、空白行、空白列になってしまうのです。
なんですかこれは。誰が考えたんですか。おかしいでしょう。私はおかしさのあまり死にました。
この理不尽さに比べれば、Collectionなる連想配列の添字が1から始まることなど些事に過ぎません。
昨日までJavaJavaしていた人は、どうやら配列なんぞには目もくれていなかった様子でしたので、この謎仕様に気づくこともなかったのでしょうが、悲しいことに、この謎仕様の配列を用いた高速化テクニックはほぼ必須のスキルでありますので、例の御人も、遅かれ早かれ、この罠に絡め取られていたことでしょう。
あるいは、この謎現象を回避するための方策はきちんと用意されており、無知な私はそれを知らないがゆえに、このような的はずれな不満をぶちまけているのかもしれません。
しかし、上述したような単純かつ直感的な代入が上手くいかないという仕様は、やはり、なかなかの欠陥ではないかと思うわけです。
まあそんな愚痴はどうでもいいのです。変な仕様は適当にハックしてやればよいのです。
でもクラスモジュールとやらのパワーは貧弱なのでそれも大変困難ではあります。
標準モジュールでライブラリもどきをちまちまと作っていくしかないのでしょうか。
とてもではありませんが、こんなもんを極める気にはなりませんので、そこら辺のことをいい感じにまとめてくれている知見があればよいのですけれども、しかし、まともな人間はこんなもんを相手にしたりはしない、というパラドックスがあります。
(https://sites.google.com/site/compositiosystemae/home/vbaworld/upper/interface はわりとよかったような気がします。システムハンガリアン使ってますけど)
こんなもんを扱わざるを得ないような環境に留まってしまっている私がおかしいという話もあります。
悪いことは言いません。pythonで書かせてください。お願いします。
そんな増田の切なる願いは、社会という名の抗いがたい泥沼に絡め取られ、今日も悲しみに満ち満ちたコードを生成していくのであります。
そういえば今日は休日でした。休日は普通楽しいものなのではないでしょうか。どうしてこんな悲しい気分になっているのでしょう。
答えは簡単でして、悲しいことを書いているからです。楽しい気分になるには、楽しいことを書く必要があります。
楽しいこととは何でしょうか。例えばオナニーなどが挙げられます。人生において、オナニーよりも楽しいことは、あまりありません。
よって、楽しくなるには、オナニーの話をすればよいです。
私は一時期、DLditeで同人音声を漁っておりまして、催眠に掛かるべく邁進していた時期もありました。
なぜ私は催眠に掛かれないのか。
集中力の欠如、衝動性の強さ、慢心、環境の違いなど、様々な要因が考えられますが、最も大きな原因と思われるのは、台詞がめっちゃ気になることです。
おっさんが考えた可愛い二次元の女の子みたいな台詞が、えらく癇に障るのです。
そのために、可愛らしい女性の声に没頭できないばかりか、声によって現実に引き戻されてしまう、という逆説に襲われるのです。
おっさんは蓮を咲かせる泥だという話もありますが、恐らく、真に良質な泥おっさんというのは、非常に稀な存在なのでしょう。
つまり、いいおっさんは泥ですが、悪いおっさんはゲロということです。
しかし、これもおっさんに限らず、大抵のことに言える話でありまして、良質なものはどこでも少ないものです。
生の増田を見てもそうでしょう。
ホッテントリに上がる増田しか見ないライト増田、あるいはブクマカには想像もできない世界が、生の増田には広がっています。例えばこの増田とかです。
(これは私見ですが、VIPやなんj、あるいは虹裏などと比べても、増田の毛色は違います)
増田のほとんどは泥であり、ホッテントリに上がった増田は花なのです。
何だかまた悲しい話になってるじゃないですか。なぜ私はいつも悲しい話をしてしまうのですか。
それは恐らく、心の通奏低音(俗用)のようなものが、悲しみに染まっているからです。
少し前に母親が亡くなって、父親と昔話とか思い出話とかをすることが増えたんだけども。
「昔、母さんにお前の性格のことで『ええ!信じられない!』ってことを言われたけど、何言われたか思い出せない」と、言い始めた。
そんなこと言われても、こっちは何なのかさっぱりわからないんだけど。
でも、もしかしたら、発達障害かなにかのカミングアウトだったのではないだろうか、と思うようになった。
学生時代に無気力すぎたり、遅刻が治らなすぎたりして、学校から紹介された心療内科へ何度か一緒に通ったことがあるからだ。
かわるがわる、いろんなテストを受けた。カウンセリングも受けた。
そのときは、自律神経失調症ということで診断書を書いてもらったはずだ。少なくとも、自分はそう聞いた。
なんとなく気になって大人の発達障害をググりまくってみると、あてはまりすぎて愕然とした。
もちろんあてはまらないこともあるけれど。
でもよく考えてみれば、小さい頃からとても矛盾を抱えていたように思う。
誰でもすぐできる簡単なことが、とても難しくて時間がかかったりした。
支度は時間通りにできていて、あとは家を出るだけなのに遅刻したりした。
家の鍵をかけたかどうかを忘れて、鍵がかかっているか一度確かめに戻って、安心して出発したらまた鍵をかけたかどうか忘れたりした。
数学のテストでいえば、最後の証明問題はすぐできるのに、問1の計算問題は一番の難問だった。
ただ、難問は解けていて、計算問題の解け具合で加点する感じだったから、テストの点だけはよかった。
自慢するわけではないけれど、同級生に旧帝レベルがゴロゴロいる学校に通っていた。そこでも成績は悪くなかった。
でも、いい大人のいまでも一桁の暗算すらちょっと時間が必要。おつりの計算もとっさにはできない。
勉強でも、学校でも、家の生活でも、こういう理解されない矛盾が頻繁にあった。
どうしてこれができないの、といわれても、言い返す言葉がなかった。
すぐできることをしようとしない、頭でっかちの性根が曲がってる子だと思われた。
とても生きづらかった。
そして、今も、とても生きづらい。
前の仕事で精神ぽっきり折れて田舎に帰ってきて親戚の会社でドカタやってる。
でもなにもしたくなくなって、もう一週間くらい休んでる。
休んでてもなにかしてるわけでもなくふとんにくるまって、はてブ見たり漫画読んだりしながら自己嫌悪で狂いそうになってる。
明日こそ仕事行こうって毎日思ってるけど朝になるとダメだ行けないってなってまたふとんにくるまって自己嫌悪。
いつからこうなったのかなぁ。
昨日は隣県の好きな子からチョコと手紙が送られてきて、これ食べてがんばろうって思ったのになぁ。
今月末には大会があるのに。
実は辺縁系のADHDなんだけど言い訳にしたくないからと誰にも言ってない。
1年前の自分は一体何をしていただろうか。
もう思い出すことさえ出来ないけれど、徹底的に非感情的なデータは1年前の自分が何をしていたかを、徹底的に非感情的に示してくれる。
調べてみて驚いたが、1年前の自分はまだこのアカウントを持っていなかったらしい。そんな時間の感覚さえ失われている。
1年前の(別アカウントからの)情報によれば、1年前のぼくは今はほとんど関わりのない人からの祝福を受けていたようだ。調べてみて初めて思い出すことである。
「○○(アカウント名)は引きずるタイプ」というリプライを僕は1年前のちょうど今頃受けているらしかった。全くそのとおりである。情けないのやら腹立たしいのやら。
また1年前の僕は嫌な夢を見ていたらしい。夢の具体的な内容は示されていない。どんな夢を見たんだろうか。そんなことさえ覚えていないし、今の自分からすれば思い出したくもない。
1年前の僕はサウザーの「こんなに……こんなにつらいのなら……愛などいらぬ!」という台詞を共感レベルで理解していたらしい。どんだけ辛かったんだお前。
そしてそのあと僕は飲みすぎたのだ。20歳を迎えたことをいいことに、もうなんの制約もなく、辺縁系が命じるままに酒を煽ったのだ。
僕はその日病院に行った。内科の先生に呆れたような顔をされながら「僕もね、学部時代先輩から浴びるように飲ませられてゲロゲロやってたから」なんて言われたことを思い出す。
注射を打たれたあと、薬をもらうため薬局の待合室で酔いがぶり返してのた打ち回った。
あのときそばにいた薬剤師さんや看護師さんたちはどんな目で僕を見ていたんだろうか。想像するだに恐ろしいと言う他ない。
僕は1年前から性癖を研究したがっているらしかった。今でもその志向はあまり変わっていないように思える。
そして「約」1年前から僕は僕の、少なくとも高校時代は心の拠り所だったと言ってもいい部活から、離れることになったように見える。
そのころはまだ「彼女」とリプライのやり取りをする程度の関係ではあったらしい。
あれから1年、自分がどういう成長をしたか、いまいち自分では測りづらい、というのが嘘偽りない正直なところだろう。
成長したところもあっただろうし、退化したところもあっただろうし、成長によって退化もすれば、退化によって成長もしているように思える……。
1年前、僕は確実に失恋のダメージに打ちひしがれ、そのダメージにかこつけて酒を煽った。
失恋のダメージ、というよりかは、僕の、その時点ではたった一人愛していた「はず」のその父親に無碍に扱われて僕は傷ついたのだと思う。
未だにそこから逃れられているのかどうかは本当に怪しい。今彼女が五感のいずれも刺激しないからこそ忘れられているだけなのかもしれない。
記憶を抹殺しなければならない。だが、それはどのような手段によってそれは可能になるのだろうか?
MIBにはスティック様の忘却装置が登場した。自分の都合のいい記憶だけ忘却できるとすれば、それはなんと幸せなことか!
現実はそれ――科学的な忘却を許さない。あたかもその記憶に分厚いカンバスを覆いかけるように――抑圧し、見えなくすることしかできないのだろう。
しかしそれこそがまさにスタンダードな忘却な方式なのである。人間一つのことに集中しているとき、その他のことはなかなか頭に入って来にくいものだ。
ところが、である。今の僕は1年前の忌まわしき記憶を覆い隠すことのできるカンバスを持ち得ているだろうか?
そう、こここそが今僕の抱える一番大きな問題なのだ。僕は科学的な忘却も、記憶を覆い隠すカンバスも持ち得てない。そんな人間は一体どうやって生きていくべきか。
答えは明白でありながらとてつもなく遠い。カンバスを手に入れるか、科学的な忘却を可能にするかのどちらかしかないのだ。
科学的な忘却? MIBのスティックを僕が開発するのは無理だ。となれば、僕に残された道はカンバスを手に入れるしかないということになる。
はて、どうやってカンバスを手に入れるか。