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はてなキーワード: 読譜とは

2026-03-16

ジャズギター、かなり遠回りしたけどそこそこ弾けるようになってきたかもしれない

20代前半のころ、それまで聞くだけだった音楽演奏することに興味を持ってギターを買った

コミュ障ゆえバンド系はすぐに諦め、ボサノバにハマったこからジャズも聞くようになった

だた、好きなのはスローテンポソロギターだった

当時はいわゆるビバップ的なジャズセッションのようなものにはさほど興味がなかったのだ

でもその辺のことが自分の中で言語化できていなかった

しばらくしてギター教室に通うことになったが

そこの先生ゴリゴリセッション至上主義だった

セッション初見の曲をやれるように読譜

指板の音名が見えるように!

バッキング

シングルノートアドリブソロ

そういう感じのことをやらされ、勇気を出して

「これは今自分が求めている物ではない気がする…」

と打ち明けたところ「でも楽譜読めないより読めた方がいいですよね?バッキング出来ないより出来た方がいいですよね?じゃあやってください」

とまあ、そりゃそうなんだけどね、という理屈で畳みかけられ、自分の嗜好について言語化が進んでいなかった俺は反論できずに不満をため込み、すぐに教室をやめてしまった

それからはあまり練習することもなく、TAB譜付きの楽譜を買って弾けるようになって喜んだり

ギター自体に興味が移り、中古ギターを買いあさっていじくりまわす日々が続いた

それで散財もかなりした

30代になって、転職を機に自由時間が少し増えた

それでまたギターを真面目に始めてみるかと思って、別のギター教室に入った

そのころにはソロギター志向は消えていた

アメリカギターオタクのおじさんがマイナスワンに合わせてアドリブを弾いているYoutube動画にハマっていて、奇しくも20代のころ拒否していたビバップスタイルに興味を持っていた

このギター教室一年近く通った

発表会もあって初のセッション経験したのもこの頃のことだった

しかったが、上達は遅かった

先生がかなり感覚派の人で、使えるスケールだけ指定されて

あとは耳で覚える!

やってみて、失敗しながらフィーリングで覚える!

という方針だった

これが自分には合わなかったと思う

他の先生がどういう教え方をしているのか気になって、別の先生個人レッスンを受けてみた

するとこちらは全然違っていて、とにかくリズム重要だという人だった

四つ切のバッキングがすべての基本です、と何度も言っていた

まずはFのブルースのバッキングだけをひたすら練習し、ノリが身についてきたら

コードの3度の音とドミナントフレーズだけでアドリブをとれるようにする、という流れのようだった

調べてみるとビッグバンドが本職の先生で、それもこのスタイルに影響していたのかもしれない

当時の俺にはどちらも遠回りのように感じた

バッキングトラックに合わせて流暢にソロを弾きたいだけだから

その方法理屈立てて明快に教えてもらえないものかと思っていた

そのころ、ちょうどYoutube初心者向けにジャズギターを詳しく解説している講師チャンネルを見つけた

今ではそういうのが山ほどあるが当時は珍しかった

通っている教室疑心暗鬼になっていた俺はこの人についていってみるかと思い、独学に舵を切ることにした

俺と同じような人が多かったのか、このYoutuberはすぐに人気になった

そしてオンラインサロンメンバー限定コンテンツで稼ぐようになった

今思うと金を出しても良かった気がするが、当時は抵抗感が大きくドロップアウトしてしまった

独学の厳しさに負け、いつしか俺はTAB譜ソロギターマンに戻っていた

なぜかウクレレにも手を出して、TAB譜ウクレレマンも兼ねるようになった

しかビバップアドリブから逃げたという罪悪感もあった

そんな折、たまたま近所の汚いバーで知り合った人がジャズギタリストだと発覚した

自宅でギター教室もやっているという

お試しは無料から一回来てみますか?と誘われ、行ってみることにした

約束の日時に彼の自宅にお邪魔すると…

そこは壁の薄そうな昭和アパートの一室

洗ってない食器が積み重なるキッチン

3畳の和室がレッスン室で、控えめの音量でやりましょう、と言われて

エレキの生音でこそこそ「枯葉」かなんかを二人で合わせていると…

隣室から壁ドン

この環境だと厳しいかもっすね

俺はそう言って入会を辞退した

でもそれは実際、環境のせいだけではなかった

アドリブパズルですよ」とその彼は言っていた

いくつかのグループに分かれたフレーズを暗記して、曲のしかるべきところで正しいグループフレーズを選んで弾く

まず2年くらいはこれを目指してやっていきます、と

いや、それアドリブって言えるのか?と、その疑念もかなり大きかった

その後結婚子供も産まれ、金が必要になりギターも売ってしまった

楽器に関しては一本だけ残ったウクレレをぽろぽろやるだけの日々が続いた

教則本も押し入れにしまい、参考にしていたYoutubeチャンネルも全て登録解除した

それらが目に付くところにあると「何故諦めたんだ」と責められているような気がしたんだと思う

俺は40代になり、もうジャズギターのせいで苦しい気持ちになるのは御免だ、と逃げ腰になっていた

でも結局、ジャズギターが弾けるようになりたい、という欲求から逃げ切ることはできなかった

ある日リサイクルショップで程度のいいフルアコ発見して思わず買って帰ってしまった

それでまたギター熱が再燃した

独学時代に何冊も買った教則本を押し入れから出してきた

そのうちの一冊をパラパラ見ているうち、ふと気が付くことがあった

俺が今まで逃げてきた、

読譜も、バッキングリズムも、耳で覚えることも、パズルのようなコード進行の分析

カリキュラムに沿って進めていくとそのすべてが網羅されるようにできているのだ

もちろんこの本だけが特別すごいという事ではなく、こちらの理解がやっと追い付いてピンときたということだと思う

俺は遅まきながら、あれは全部必要なことだったんだ、順番の違いでしかなかったんだ、とここで初めて気が付いた

この教則本は、「序盤に出てくるコードの押さえ方が好みではない」という勝手理由ほとんど読んでいなかったが

なんとなく「これはいけるかも」という予感があった

本の著者を検索してみると、今はオンライン講座を主催していた

定額でレッスン動画が見放題なのと、週一で参加自由ZOOM会議がある

サイト説明を見ると、長年の講師経験から例の教則本メソッドさらブラッシュアップした内容だと書いてあった

サンプルを見ると、それが本当なんだとわかった

俺は初心者歴がすごく長いから、初心者にとってわかりやすい内容か否かについては鼻が利くのだ

早速そのサイト登録して、カリキュラムに沿って練習を再開した

そして3か月ほど経過した

やっていることは、あのボロアパートの一室でやっていたパズルと大差ない

フレーズを覚えてコードに合わせて弾くことの繰り返し

しかし繰り返すうちに音楽理論が頭に入り、指板上の音名がちょっとずつわかるようになる

似たようなフレーズばかり覚えるのだが、それがつまり自分フレーズアレンジしたり作っていく伏線になっている

こういう事が全部同時進行で訓練できる

気が付くと、限られたキーの中ではあるが、何曲かのスタンダード曲でそこそこアドリブを弾けるようになっていた

自分としてはパズルに毛の生えたようなものという認識だが

何を練習すれば次のステップに行けるかもなんとなく理解できている

まだ何年かかかるだろうけど、求めていたものがようやく手に入りそうな気がする

この先生最初から出会えていたらな、と思う

いや、20年前に最初に門をたたいたあの先生のもとで我慢してやっていても、

もしくはどこかの時点の教室をやめずに続けていても、たどり着く場所は同じだったかもしれない

20年やれば、今頃かなりのものになっていたんじゃないのか

まあでも、仮定の話をしてもあまり意味はなかろう

長いこと初心者をやってきたからこそ、今の状態になれている可能性もあるし

遠回りしたが、決して長くない残りの健康人生において、もうすこし頑張ってみようと思えることがあるのは悪くない気分だ

2022-05-16

演奏不可能作品

演奏不可能作品(えんそうふかのうのさくひん)とは、さまざまな理由により演奏不可能、あるいは困難な音楽作品のことである

概説

クラシック音楽世界では、演奏不可能(または困難)な作品が多数存在する。演奏不可能作品の中にも、仮に演奏されたとすれば傑作と評価され得るだけの芸術性を備えた作品は多く、これらは安易無視できない存在となっている。巨大編成の作品演奏時間の長い曲とも密接に関係があり、イギリスのソラブジの作品はその3要素が完全に組み合わさり、初演できないものも多数ある。

現代ポピュラー音楽場合には、作曲家作詞家編曲家といった独立した職能存在するものの、作品演奏との一体性が強く、コンサートライブでの生演奏や、演奏を収録した媒体CD等)という形で公表される点で、クラシック音楽とは様相が大きく異なる。このため、ポピュラー音楽においては、作品を聞くことができるという意味で、ほぼ全ての作品演奏可能であるといえる。その一方で、媒体への収録(すなわちレコーディング)に際しては多重録音をはじめとする種々の編集が行われるとともにに、演奏においてはシーケンサー等の自動演奏積極的に利用されるので、純粋に人のみによって演奏することが不可能あるいは困難である作品も多い。このような作品コンサートライブにおいて生演奏する際には、自動演奏テープなどを用いてレコーディングされた作品再現するか、生演奏可能なようにアレンジを変えることがよく行われる。また、一時期のXTCのように、高度なスタジオワークを行うミュージシャンの中にはライブを行わない者もいる。

歴史

バロックから古典

歴史は長く、J.S.バッハの諸作品モーツァルトオペラフィガロの結婚魔笛ベートーヴェンピアノソナタ第21番、第29番、ピアノ協奏曲第1番や交響曲第7番・第9番などが古典的な例とされる。

ロマン派

ロマン派では、ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」の第19番のアリアは良く省略され、シューベルト魔王交響曲第9番「ザ・グレート」、パガニーニヴァイオリン曲、ロベルト・シューマンの交響的練習曲の第2変奏曲や2点へ以上の音域がある4本のホルンとオーケルトラの為の協奏曲作品86リストの一連のピアノ曲、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏不可能と宣告されたブルックナー交響曲第2番、ブラームスピアノ協奏曲第2番やヴァイオリン協奏曲またピアノソナタ第3番の冒頭部、チャイコフスキーの諸作品マーラー交響曲ラフマニノフピアノ協奏曲第3番等があったが、それらは現在では演奏技術の発達により演奏不可能と見なされることはなくなった。しかし、プッチーニの「ラ・ボエーム第一幕のエンディンクは、未だに半音下げて歌われることが多い。

近代

近代ではストラヴィンスキー春の祭典シェーンベルクピアノ協奏曲ヴァイオリン協奏曲モーゼとアロンがあるが、「春の祭典」と「モーゼとアロン」は演奏技術の発達により現在では演奏会での一般的な曲目になっている。意図的作曲された例としてアイヴズの歌曲義務」があるが、今日では演奏家は内声などを省略するか、アルペジオ演奏するか、アシスタントを設けるかで解決されている。彼のピアノソナタ第2番等も同様であるが、本人は「間違った記譜もすべて正しい記譜である」と友人に説明している。プロコフィエフピアノ協奏曲第3番の第3楽章にも2度の音階的な走句があるが、「困難だ」と結論付けて全てアルペジオ演奏する者もいる。ラフマニノフピアノ協奏曲第三番第三楽章の冒頭のパッセージ身長が170cmないと物理的に不可能であり、体格の小さなピアニストテクニック不自由したピアニスト左手の音をずらして演奏することが慣例化している。

現代音楽

演奏不可能作品という概念現代では新しい複雑性と深く関係している。ファーニホウの諸作品は非常に高度な演奏技術を要するが、彼の音楽に要される困難は主に読譜に集中するため決して不可能音楽ではないとされる。しかし逆説的に言えば、演奏不可能概念は、今日例えばパソコンシーケンサーなどに自分で四分音符をメトロノームに合わせてキーボードで打ち込んでも決して4分音符や強弱が正しく出てこないという経験から人間演奏する限りにおいて全ての音楽に当てはまるという事も言える。その外シュトックハウゼンの「7つの日々からNr.26(1968)」の「金の塵」が奏者に演奏の前に4日間の断食強要していると言う点で事実上演奏不可能作品である

今日最も演奏の難しい現代音楽は、クセナキスの諸作品と言われている。第1曲目のピアノ協奏曲にあたる「シナファイ」、チェロ独奏の為の「ノモスアルファ」、ピアノ独奏曲の「エヴリアリ」、「ヘルマ」、「ミスツ」、ピアノ独奏重要な働きを担う「エオンタ」及び「パリンプセスト」等がその例であるクセナキス自身テレビインタビューで、これらは演奏困難にさせることを目的として作曲された作品であると語っている。

しかしこれらの作品群も、近年の若手演奏家の技術向上やCDリリースを参照する限り、徐々に不可能とは見なされなくなる日が近づいているのは確かであるが、逆にどんな簡単作品人間演奏する限り100%の完全なる再現は厳密には不可能である

ポピュラー音楽

前述の通りポピュラー音楽クラシック音楽とは事情を異にする。とは言え、カバー曲やカラオケなど、オリジナル以外の奏者による演奏がまったくないわけではない。

特筆される例としてはサザンオールスターズの「Computer Children」(作詞作曲 桑田佳祐アルバムKAMAKURA収録)が挙げられる。この曲は、マスター収録の後にエフェクトなどのデジタル編集を行い、その編集後の曲がオリジナルとされている。したがって、ライブ演奏事実上不可能となっている。ソフトウェアマスター作成においてデジタル編集を行うポピュラー音楽は近年珍しくはないが、この曲ほど大胆に使用している例は(リミックスを除けば)、稀有である

演奏史上で演奏困難とみなされた曲

作曲家演奏困難な作品を書くことによって、演奏技術が向上し、それがさら作曲技法を拡大させるいう面がある。以下の曲の多くのもの今日では演奏レコーディングの機会も多いが、作曲当時は「演奏困難」ないし「演奏不可能」とされたものである。参考までに掲げる。

ベートーヴェンピアノソナタ第29番(ハンマークラヴィアのための大ソナタ)

指定された速度で演奏するのはほぼ不可能であり、通常は指定よりもやや遅くして演奏される。また、曲が独奏曲にしては長大であるため、高度の精神力要求されるという点においても彼のソナタの中では最も演奏困難である演奏技術の発達した現在では、ロマン派以降のピアノ音楽大家作品群と比べれば特別難しい曲ではなくなっているが、それでもなお演奏は困難を極める。また、リストベートーヴェン交響曲ピアノの為に編曲したもの存在するが、それらと比べれば、このピアノソナタ比較的易しい。

パガニーニ24の奇想曲

超一流のヴァイオリン奏者、パガニーニ作曲したヴァイオリンの難曲として知られ、作曲当時はパガニーニ自身以外には演奏不可能であった。しかし、この作品の持つ魅力は多くの音楽家の心を捉え、さまざまな作曲家によって主題引用されている。この曲の存在によって、作曲技巧や演奏技巧が大きく開拓された面は否めない。現在でも超絶技巧の難曲として知られるが、一流の演奏家の中には完璧に弾きこなしている人もかなり多い。

リスト超絶技巧練習曲第2版

タイトルからもわかるように、超絶技巧を要することが目的となったピアノのための練習曲であるピアノパガニーニを目指したリスト代表曲である一般演奏家にも演奏できるように難易度を少し落とした第3版が現在では普及しているが、リスト超絶技巧極致を目指して作曲した第2版は特に演奏困難とされ、リスト以外には演奏不可能と言われた。現在ではジャニス・ウェッバーレスリーハワードが録音を残している。

チャイコフスキーヴァイオリン協奏曲

演奏不可能とのレッテルを貼られ、当時の第一線のヴァイオリン奏者に初演を断られた作品しか現在では、早熟ヴァイオリン奏者が10代で弾きこなしてしまうことも珍しくない。

ドヴォルザークチェロ協奏曲

第一楽章オクターヴの速い動きで事実上演奏不可能作品である解決譜としてのOssiaで多くのチェロ奏者が弾いている。

プロコフィエフピアノ協奏曲第4番(左手のための)

パウルヴィトゲンシュタイン委嘱で書かれたが、彼は「一音も理解できない」として取り上げなかったため、作曲家生前には一度も演奏されることは無かった。ただし実際には、様式上・技巧上ともに特に大きな困難があるわけではなく、演奏は十分可能である菅原明朗は「この曲こそプロコフィエフ最高傑作だ」と称え、ピアノ吹奏楽の為に編曲したヴァージョンを残している。

シェーンベルクヴァイオリン協奏曲 Op.36

十二音技法によって作曲されている。ただし、急-緩-急の3楽章から成り、両端楽章の終わり近くにカデンツァがあるなど、伝統的な協奏曲構成に従ってはいる。作曲者はヤッシャ・ハイフェッツに初演を依頼したが、ハイフェッツはこの曲を演奏するか否か散々考えた末、結局「研究しただけ無駄だった」として辞めてしまった。結局初演はルイスクラスナー独奏ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団により行われた。作曲自身生演奏を聴いていないとされる。

フォルカー・ハインの「フェッロ・カント

1990年代初めドナウエッシンゲン現代音楽祭がカールスルーエ作曲家フォルカー・ハインに管弦楽の曲を委嘱したが、度重なるリハーサルにもかかわらず演奏困難ということでその年の公開演奏が中止になった。次の年もう一度だけ初演が試みられたが結局不可能で、またしても初演を断念させられた。その楽譜は当時の展示即売会一般公開され、色々な同僚作曲家意見が聞かれた。現在に至るまで演奏されていない。ブライトコップフ社によって出版されている。

ケージフリーマンエチュード

チャンスオペレーションを厳格かつ極度に徹底したヴァイオリンソロのための作品集で、「作曲するのも演奏するのもほぼ不可能に近い」音楽になることを前提に作曲された。しかし、第18曲目の演奏困難度をめぐって1-16曲目までの初演者ポール・ズーコフスキー意見対立し、作曲が中断された。その13年後にアーヴィン・アルディティの助力で作曲が再開されて、無事32曲の完成に至った。現在この作品の全曲演奏が出来るヴァイオリニストはヤノシュ・ネギーシーとアルディティの二人しかいない事から考えて、最も演奏不可能に近いヴァイオリン曲といえる。

関連項目

2017-12-27

未熟者、クリスマスに振られる。

28歳にして、初めてのちゃんとした彼女だった。



相手はかなり高嶺の花だった。同い年だが、かなり格上だった。


今年の5月ごろにアプリ出会い8月から付き合い、落語バレエミュージカルと楽しく過ごした。

クリスマスイブも楽しくデートして(正確に言うと、したつもりだった)、翌日のクリスマスの夜に振られた。

年末にかけてあまり会えずにいて、予感はあった。

付き合う前に、相手Amazon Primeおすすめ映画として「(500)日のサマー」をあげてしまった。まぁ、その辺りからそんな結末の予感はあったのかもしれない。

絶対にうまくいかないなぁ、などと考えてしまっていた部分はあり、自分自分で嘘をついてしまっていたのかとも思う。

とまぁ、強がってはみたが「振られた」と言うショックは自分の生きてきた28年間の中で初な訳で、尋常ではないダメージを受け、かなりボロボロな感じである。(仕事には支障をきたさぬようにせねば)


しかし、そのショックを受けたことで、改めて自分自身を気付かされた。

中途半端で幼稚であまちゃん」な自分を。


改めて生まれてこのかた、なんとなくで大体であったんだなぁと思う。


幼少期にヴァイオリンを仕込まれ、好きでもなくなんとなく続け、ヴィオラになんとなくたどり着く。なんとなくなので、結局のところさほど上達もしていない。速いパッセージ日和るし、音程も外すし、そもそも読譜尋常じゃなく苦手だ。幼少期の指番号で弾く感覚のままなので、弾いててすぐにお手上げになる。

どこかで、歩みを止めて変えなければいけなかった。ただ、してこなかった。


中学受験に塾に通わされ、ドリルなどさほどやらなかっったが、なんとなく慶應入学した。しかも補欠合格だった。それから、何か究めんとすることもなくただなんとなく過ごした。

中学自由研究では賞をもらったし、高校の時には論文が全校生徒から選ばれ冊子に載った。すごく頑張ったと言うか、なんとなくやって、グータラして乗り切れてしまっていた。

そのままエスカレータで、大学に入った。経済学部だった理由は多分明確にはなかった。なんとなくカッコ良いかである。そのまま、普通に進級した。3年になった時、就活を目の前にして自分の中に迷いが生じた。このままで良いのかと。そして、留年した。


留年したら、何か変わるか。

そんなことはなかった。


元来の自分の人付き合いの苦手さが増し、ゼミもなんとなく抜け、授業にも一切いかなくなった。

2回目の3年は、多分一切単位を取らなかったと思う。当然また留年した。

そして、3回目の3年は卒業しなくちゃと言う気持ちで通った。なんとか4年になった。

ただ完全に人とは話してなかったと思う。コミュニケーションがとにかく苦手なのだ


心配した母親セミナーに連れ出し、そこでの恩師との出会いから多少元気になり4年の後半社会復帰し、人との交流もする様になった。

ただ、就活をしていなかったため、独学で公務員を目指すと言う名のもと空白期間をし、試験の落ち着いた夏就活をしてみた。公務員試験勉強の数的処理がIT親和性が高そう、なんかITかっこいい。そんな感じで、面接を受け、今の会社へ入った。小さい会社だが、社長が魅力的な人だった。


そして、社会人生活が25歳の秋から始まった。


ITと言うと聞こえは良いが、SIer下請け孫請けと言う様な会社だった。クラウドシステム構築を行った。1ヶ月目にはテスターとして駆り出され、4ヶ月目には大手SIerに常駐した。

駐中コミュニケーションが苦手で、人に聞いたりするのは苦労した。

1年がたった頃、常駐を終了し、自社での持ち帰りの開発案件に参画した。

とにかくがむしゃらに働いた。

10から24時、土曜・日曜日も出たし、徹夜作業もした。


開発は楽しかった。

ただ、その中でもやはりコミュニケーションは苦手だった。人に聞く、相談するのは苦手だった。

開発の他に、テスターマネジメントを頼まれたが十分に期待に応えられたとは言えなかったと思う。


結局自分自身マネジメントできていない。なんとなく辿り着いて居るやつには、人を管理すると言うのは荷が重かった。遅延させ、徹夜&増員で事態は乗り越えた。


その後、去年27歳の秋、とある大企業に常駐する様になった。

常駐先の男性のチームリーダーがとにかく魅力的だった。パワフルで、カッコよかった。

緊張しながらも、意見をしていき、そのリーダーに認められ、案件としても拡大していき、自社の仲間も一緒に常駐するまでになった。


そのリーダーは色々教えるのが好きで、本当に色々教わった。

自分も成長した気でいた。


そして、今年の5月彼女出会った。

ちょうど自分に自信がついてきていたし、付き合うとこまで行ったのだろう。


そんな5月、憧れのリーダー転職を決めて去って行ってしまった。

ショックだったが、仕事はそう言うものなのだろうと思い、自分がそのリーダー役割をと思ったが、所詮は成長した気だけであり全然ダメだった。

要件定義マネジメント能力・育成・ロジカルどれもこれも未熟者半端者だった。元来のコミュニケーションの苦手さが原因かもしれない。

プロジェクトがポシャったり、遅延したりした。


とまぁ今まで大体が、なんとなく流されてたどり着き、失敗してもそれで良しとしていた。

中途半端でちゃんと継続して地肉になっていない、変わっていないそんなまま、今になっていた。


プロフェッショナルとしてとことんやっていたのか。

ちゃんと成長してきたのか。身につけてきたか

ダメだったのだろう。不十分だったんだろう。


自分ダメさが、彼女に振られることへ繋がったのだと思う。


職場が元リーダーがいなくなり刺激的でないとかは言い訳だろう。

自分が至らない部分が多いのだろう。

自分自身に甘えて居るのだろう


しっかりと目標を立てて、考えて計画して行動する。成長する。


来年クリスマス、その時もおそらく彼女はいないと思う。ただ、ちゃんと成長した大人になった自分になっているはずだ。そして、振ってくれた彼女にも感謝できるくらいの器量はありたい。

20代もあと2年弱。もう時間はない。

2008-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20081117014138

そりゃアマよりは断然早いだろうよ。そうじゃなくて、プロの中でも結構差があるってこと。

確かブレンデルが言ってたけど、超一流のピアニストの中でも、どんな曲も初見で弾いてしまう人と、部分練習を繰り返さないと曲を身につけられない人の両方のパターンがいるんだってよ。

もちろん、その度合いはアマチュア(の平均)とは比較にならんだろうけど。

要するに俺が言いたいのは、読譜力と音楽性に決定的な因果関係はないってこと。

 
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