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はてなキーワード: 政教分離とは

2026-01-17

安住淳さん、創価学会について熱く語る。

安住淳氏が公明党創価学会関係、および「政教分離」について踏み込んだ発言をした記録として最も有名なのは1990年代後半から2000年代にかけての自自公自公連立政権の成立期、および2022年の旧統一教会問題に関連した議論です。

安住氏は、特定宗教団体選挙を通じて政治に強い影響力を持つことに対し、一貫して批判的なスタンスを取ってきました。

安住氏による主な批判ポイント

安住氏の発言政治的行動において、公明党創価学会関係について触れる際は、主に以下の3つの観点から論じられています

1. 「政教分離」への疑義憲法解釈

自公連立が定着する過程で、安住氏は「宗教団体組織票が国の重要政策決定憲法改正や安保法制など)を左右する現状は、憲法政教分離精神に照らして健全なのか」という問いを繰り返し投じてきました。

1999年の自自公連立政権発足時などには、若手議員として「特定宗教団体意向が閣内に入ることで、中立的行政が歪められる懸念がある」といった趣旨批判を展開しています

2. 選挙協力の不透明さへの批判

安住氏は選挙現場に強い政治家として、自民党公明党創価学会)の票に依存している構造を「自民党主体性喪失」として批判します。

自民党学会票がなければ当選できないのではないか」という指摘を通じ、間接的に公明党政治的影響力が強すぎることを問題視する発言散見されます

3. 旧統一教会問題を受けた「宗教政治」の再定義

2022年、旧統一教会問題社会問題化した際、安住氏は国対委員長として、単に統一教会だけでなく「政治宗教距離感全般」を見直すべきだと主張しました。

この際、公明党からは「十把一絡げにするな」との反発もありましたが、安住氏は「どの団体であれ、政治的な意思決定特定宗教が深く関わることへの国民不安に答えるべきだ」という論陣を張りました。

発言スタイルと特徴

安住氏の発言は、厳密な法学議論というよりも、「自民党の弱みを突く」ための政治武器として政教分離を持ち出す傾向があります

公明党配慮して政策を曲げている」と自民党揶揄することで、与党内の亀裂を誘う戦術的な発言が多いのが特徴です。

補足:

2024年の盛山文科相(当時)への追及時にも、「宗教法人を所管する文科省トップ宗教団体と密接な関係を持つこと」の危うさを説く中で、公明党立ち位置意識した牽制を度々行っています

 

深い見識をもつ安住淳さん。中道改革連合での活躍に期待が高まります

anond:20260116114139

中道改革連合って、比例は公明党系の議員を上位に置くんだよね?

  

その場合、「創価学会議員だけを優遇している」という状態になる。

日本には様々な宗教存在しているのに、創価学会の人たちだけを優先的に当選させるとすれば、それは不公平感が否めない。

もちろん、政教分離に反するわけではないから、勝手にすればいいんだけど、そのあり様で大衆政党を名乗られても嫌だな。

2026-01-03

SNSは狂っている。

きっかけ■

Xを見たら山上徹也氏に関する投稿が目に付いた。ポストには、「山上徹也はただのテロリスト」「テロリスト言葉肯定するな」などといった声が積み上がっていた。

それぞれのポスト個別リプライするのも変だが、あまりにもおかしいと感じる言動も多く、増田としてQ&A形式で所感を書き連ねていくことにする。


個別の所感■

Q.山上徹也氏はテロリストなのか?

A.おそらくそうだ。

彼は統一教会自民党癒着に着目し、安倍晋三氏をターゲットにした。テロリズム定義は「政治的目的を達成するため暴力」だ。統一教会への怨恨も含まれるが、政治的目的政教分離原則崩壊していることを明らかにすることだと思われる。

Q.山上徹也氏の発言は傾聴に値しないか

A.個人主観によるが、私は彼が高い精度で現代社会問題点を指摘できていると感じる。

共通認識として、殺人賞賛されるべきではない。しかし、「犯罪はあやまちだ。だから犯罪者のやること成すことはすべて間違えている」という主張は極論で、過度な一般化だと思われる。

山上徹也氏の言論をすべて否定するのは論理的思考ではない。はっきり言うと間違いだと思う。

Q.「巨悪あり。法これを裁けず」という言葉に対する所感は?

A.正しい言葉だと思う。

法には欠陥がある。運用者が人だからだ。人には欠陥がある。加えて、行政機関である警察検察にも欠陥がある。冤罪事件が起きていることを踏まえれば自明だ。法的に悪ではない人が法によって裁かれているということだ。

から、この言葉は正しい。

法は万能ではない

Q.でも、綺麗事だけで世の中は回ってないですよね?

A.権力者による犯罪行為の間接的な擁護正当化ではないのか。犯罪者を庇ってるということになるが、それでいいのか。どちらも裁かれるべきだ、という視座は持ち合わせていないのか。

一方を擁護し、もう一方をこき下ろすようなポストを多く見かける。山上徹也氏、自民党および統一教会は全てあやまちを犯している。平等に裁かれるべきだ。

増田は片方だけが擁護される状況が気持ち悪いと感じる。


■総括■

本来論点は、「どうすれば山上徹也氏のような境遇の人を生み出さなくて済むか?」や「どうすれば、権力者犯罪法の下の平等の考えに則って裁けるのか?」であるべきではないのか。

一部の特権階級特別な扱いを受け、一般市民が不当に裁かれるようでは、世間バカにする共産主義と何ら変わりない。

SNS一部の人間は他国工作員か、致命的に論理的思考能力が欠如しているとしか思えないような言動をしていることがある。

気持ち悪いので、Xをまた消す。たまに贔屓のスポーツチームの評判を見に行くためにインストールするが…

あと、Xのポストレコメンド機能はクソだと思う。

検索ウィンドウのクソみたいな注目ツイート欄のほうが見る/見ないを選択やすかっただけマシだった。Twitterのころに戻して欲しいもんだ。

2025-12-07

anond:20251207133406

宗教的行事でもマジョリティが当たり前と思ってる行為は「社会的儀礼から政教分離に反しません」みたいになるように

マジョリティが当たり前と思ってる常識的な考えは思想とみなされないってことやろなあ

2025-10-24

政教分離とは言うけどよ

政治思想のものがもう宗教じみた概念になりつつある場合はどーすんの?

2025-10-22

anond:20251022182406

余りにもトンチンカンすぎる・・・

ええとこの国には政教分離という概念があってェ・・・という話からしなければならないの俺には無理だからChatGPTにでもしてもらってくれ

2025-10-12

anond:20251012213450

イギリスはいまだに国教会があるしマジでフランス特殊なだけなんだよ

あとは大体国が宗教やらないこと、特定宗教優遇しないこと程度の政教分離しかない

anond:20251012211557

そもそも日本政教分離政府宗教に関与優遇してはいけないってだけだから

宗教団体が思想の反映を政治に求めても問題ない

これはアメリカと同じ

フランスめっちゃ厳格なだけなんだよな

公明党創価学会を具体的に批判できる人がいない件

ネ「公明党はクソだ!」

俺「どこがクソなの?」

ネ「政教分離違反して創価学会とくっついてるからだ!」

俺「なるほど、で、創価学会のどこがダメなの?」

ネ「・・・とにかく政教分離

俺「では創価学会問題ないのね」

ネ「そうだ、政教分離違反憲法違反!」

俺「最高裁問題ないと言われてるようだけど」

ネ「・・・

こんな感じ

2025-10-11

高市が不屈の精神で何とか総理になり、不義の公明政教分離観点解党を命じる流れとかあるかな

2025-10-10

ぼくのおちんちんも連立解消しそうです

金玉政教分離ちゃうにょおおッ!!!!!!!!

公明うまい感じで与党にならないと潰されそう

池田大作写真踏め、踏めないなら政教分離できてないか強制解党って

企業献金

禁止してもどうせ何らかの手法突破してくるに決まってんだよなあと思う

個人的には禁止すればいいと思うけど、講演会費とか、物を売るとか考えたらすべての金の流れを管理しなきゃ

ならんわけだからどこまで実効性あるんかとは思うよ

あと、反対している公明党さんはさあ、主張として政教分離してるのは百歩譲って認めるとしても、創価学会と金のやり取り

してんだから企業献金がどうとか言えた立場じゃないでしょうが

2025-10-07

anond:20251007200500

「公金チューチュー」が「憲法違反である」と断定するには、その行為日本国憲法第89条に定められた「公の支配に属しない」慈善教育博愛事業への公金支出にあたるかどうかの判断必要ですが、多くの場合公的資金宗教団体や公の支配に属さな私的団体流れることは政教分離原則に反し、憲法違反判断される可能性があります憲法89条は、公金を特定目的以外に支出することを禁じており、これは政教分離原則財政面で支える条文です。

憲法第89条と「公金チューチュー」の関係

憲法89条趣旨

公の財産は、宗教上の組織や団体、あるいは公の支配に属さな慈善教育博愛事業には、原則として支出してはならないと規定しています。

政教分離原則との関連:

この条項は、憲法20条に示された政教分離原則公的資金支出に具体的に適用するものであり、国が特定宗教依拠したり、特定団体優遇することを防ぎます。

「公金チューチュー」の解釈

「公金チューチュー」が何を指すかによりますが、もしそれが、国や自治体憲法89条に反して宗教団体や、国が直接管理していない私的教育慈善事業に公金(税金)を支出している状態を指すのであれば、憲法違反となる可能性があります。

憲法違反判断されるためのポイント

「公の支配に属しない」かどうか:

支出対象となる事業が、憲法上の「公の支配に属する」と判断できるかどうかは重要な争点となります。公の支配に属さな場合、その事業への公金支出憲法違反判断されやすくなります。

宗教団体への支出か:

宗教団体への支出は、政教分離原則観点から憲法89条抵触する可能性が非常に高いです。

不透明支出

公金が不透明な形や不適切目的で使われている場合憲法89条違反しているとみなされることがあります。

2025-09-29

anond:20250929073925

ブコメ合祀対象者の名簿は厚生労働省管理下なので、まずこれが憲法違反だろう」

 

靖国神社戦没者合祀 賠償求めた韓国籍遺族の敗訴確定 最高裁

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250117/k10014696001000.html

「国による戦没者名簿の提供政教分離原則違反する」として国などに賠償を求めました。1審、2審ともに訴えを退け、遺族側が上告していました。」

靖国神社A級戦犯分祀政治家言及するのは憲法違反である

このニュースなんですがね

林芳正氏、靖国神社A級戦犯分祀論に言及 自民総裁選

https://mainichi.jp/articles/20250928/k00/00m/010/021000c

自民党の総裁選林芳正氏が靖国神社A級戦犯分祀について言及してはてなー達は諸手を挙げて賛成賛成と言ってますが、待ってほしいこれ憲法違反なのでは?

当たり前ながら我が国憲法信教の自由保証されています宗教法人によって運営されている以上は総理大臣A級戦犯分祀の介入することになり、信教の自由を侵すことになります

自民党総裁になり総理大臣になろうとしてる男が言及するような発言ではなく明確な宗教法人への圧力ちょっと私は賛成できません。

再び靖国神社を国の管理下に置くなら話は変わってきますが、政教分離観点から難しいでしょうし、そちらの方が海外諸国の反発がありそうな気がしなくもないからやれないでしょう。

以上のこと林氏は当然考慮されてますよね?どうやって実現するのか聞いてみたいところですな。

靖国神社A級戦犯が「立法府手続きを経て祀られている」は本当か

https://www.sankei.com/article/20250928-U3QTYWDECNJTNAUJBT2BANU3ZI/

自民高市早苗氏、A級戦犯の分祀否定的見解 「立法府手続きを経て祀られている」

について調べてみました。

合祀に至る経緯が書かれてるのはこのサイトだろう。

靖国神社戦犯 合祀に至る道

https://www.nippon.com/ja/in-depth/a02404/

ざっくりいうと、旧陸海軍省が行っていた、戦死者を靖国神社へ祀るようにお願いする作業祭神名票というらしい)を戦後厚生省が行うようになった(引揚援護局→援護局)。

厚生省引揚援護局にいた旧軍人がこの辺やってたんだね。

とはいえ靖国への連絡は法で定められたものではなかった。そういう法は見当たらない。

法律らしいものといえば戦傷病者戦没者遺族等援護法くらいだけど、当然靖国神社記述はない。

靖国合祀に関する厚生省事務協力や自治体宛通知はあったそうだけど政教分離に付いての懸念から厚生省1971年2月、1956~70年の「合祀事務協力に関する諸通知は、廃止する」との都道府県宛通知を出している」。

そんなところですかね。

ブコメにもあったけど

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166167.htm

これにより、政府見解としては靖国神社勝手にやったことで政府厚生省関係ないことになっているそうです。

高市早苗さんがまた適当なことを仰ってたということです。

2025-09-24

イスラム教徒対応した給食は、政教分離原則に反するのか?

イスラム教徒対応した給食を出すことに反対する人たちの最後の砦政教分離原則である

憲法 第20

国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない。

教育基本法 第15条

宗教に関する寛容の態度,宗教に関する一般的教養及び宗教社会生活における地位は,教育尊重されなければならない

国及び地方公共団体が設置する学校は,特定宗教のための宗教教育その他宗教活動をしてはならない

この宗教活動とは

その行為目的宗教的意義を持ち、かつ、 その行為効果宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為

とされている

正直、人によって判断が分かれると思う

ただ、今回の問題給食である

給食理念は、児童の心身の健全な発達を目指すものであるから政教分離原則を徹底した結果

特定児童の生育が阻害されてしまう方が問題である判断される可能性もある

イスラム教徒対応した給食を出すことはプラスではなく、マイナスからゼロ

マイナスからゼロの分だけ加算、援助されているではないかとも思うが憲法が目指すところは、みんなゼロなので何とも言えない

あと、他の宗教にも対応しないといけなくなるぞ的な脅しがあるが、既に、ヒンドゥー教対応した給食を出している学校がある

また、イスラム教徒を優先してアレルギーの子には対応しないというのは、あり得ない

イスラム教徒対応した給食を出すには、食物アレルギー対応レベル3(除去食問題となる食物を最終的に取り除く)以上が必要

普通にカレーを作って最後人参を抜くみたいな話、もちろん、そんな単純ではないが

アレルギーの子人参を抜く、イスラム教徒ジャガイモを抜くみたいな対応である

「にこにこ食堂」の場合、この個々に除去する施設リソースを持っていないがためにカレージャガイモを入れずに提供した

栄養という点からもこんなことは続けられないので限定で行われた訳

イスラム教徒のためにずっとこんなことをやっていたら他の生徒の生育が阻害されてしま

このレベル3以上の対応ができる学校というのは、非常に限られているのが現状でアレルギーの子イスラム教徒弁当が基本

イスラム教徒対応するか否かは、アレルギーの子への対応を広げるか否かなのでアレルギーの子対応出来ない所はイスラム教へも対応出来ない

2025-09-14

国家として宗教を掲げるのはやはり危険

近代国家において「宗教」と「政治」は切り離すべき領域だと広く認識されてきた。フランスのライシテやアメリカ合衆国政教分離原則は、その象徴的な制度だ。しか現実には、国家宗教性を色濃く帯びることは今なお存在する。たとえばイスラエルは「ユダヤ人国家」として建国され、その宗教アイデンティティ国家運営に深く関与している。そして日本においても、天皇皇族という存在が、神道との結びつきを歴史的内包している。

両国のケースは、一見異なるようでいて共通の危うさを抱えている。

宗教正統性根拠とする国家の脆さ

イスラエルは「ユダヤ民族歴史的故郷」として建国宣言した。その根拠には旧約聖書物語宗教伝統が強く関わっている。結果として、ユダヤ教徒以外の市民──特にアラブ系住民──は建国以来、周縁化されてきた。宗教国家の中核に据えることは、必然的に「誰が正統な国民か」を宗教アイデンティティで線引きすることにつながり、多様な共同体共存を困難にしている。

日本1945年敗戦後、天皇を「現人神から象徴」へと位置付け直した。表向きは政教分離を徹底しているが、皇室祭祀伊勢神宮との結びつきが示すように、天皇制には神道的要素が色濃く残る。仮に「日本国は神道を基盤とする」と明言するような事態になれば、他宗教信仰する市民無宗教の人々を事実上「周縁化」するリスクがある。

国体」と「民族」の同一視が生む排除

イスラエルにおけるユダヤ人国家法(2018年制定)は、ヘブライ語を唯一の公用語と定め、ユダヤ民族自決権を強調するものだった。この法律イスラエル国籍を持ちながらもユダヤ人でない人々に対し、「あなた方はこの国の中心ではない」と突きつけるものだと批判されている。

同様の構図は日本にも潜在する。もし天皇皇族存在を「日本人らしさの源泉」として国民統合の基盤に据えるならば、移民在日外国人さらには信仰を持たない人々は「純粋日本人」から外される恐れがある。歴史的に見ても、国家宗教を結び付ける発想はナショナリズムと結びつきやすく、結果的差別排除を強化してしまう。

普遍的原則は「多元性

21世紀国家に求められるのは、宗教民族依存しない「普遍的統治原理であるイスラエルユダヤ国家として存続する限り、中東和平は根本的に難しい。日本においても、皇族を「伝統」として尊重しつつも、その存在国民統合の根拠にすることは避けるべきだ。象徴象徴として文化的位置付け、政治宗教正統性と結びつけないことこそ、民主主義成熟必要姿勢である

国家宗教を掲げれば掲げるほど、国民多様性は軽視される。多元性を守ることが、世界の安定と平和のために欠かせない。日本未来に向けて歩むべき道は、皇室宗教役割を強調することではなく、むしろそれを歴史的文化の一部として相対化することだろう。

まり皇族廃止していく必要がある

イスラエルのように「宗教民族国家根拠に据える」ことが、いか差別対立を生み出すかは歴史が示している。そして日本において、皇族という存在はその危うさを内包した制度の名残に他ならない。たとえ「象徴」としての立場矮小化されているとはいえ、その根底には神道的な神聖性や「国民統合の中心」という曖昧宗教正統性が張り付いている。

この仕組みを温存する限り、日本は「国体」や「民族純粋性」といった古いナショナリズムを再燃させる危険を常に抱えることになる。民主主義国家において必要なのはあくま国民一人ひとりの自由平等であり、世襲的な権威宗教象徴ではない。

からこそ、最終的には皇族制度のもの廃止していくべきである文化的伝統として歴史を学ぶことは尊重されるべきだが、それを現行の制度として維持する必要はない。むしろ象徴」として残していること自体が、国家宗教を再び接続してしま可能性を温存している。

皇族廃止は「伝統破壊」ではなく、むしろ多様性民主主義を守るための必然的選択である日本未来に進むためには、宗教正統性依存した統治残滓を整理し、国民平等を本当の意味保障する体制へと移行することが求められている。

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