はてなキーワード: すべらない話とは
なぜ、と思われるだろうが自分の実感としてふとそう思ってしまったのだ。
一つずつ自己分析も含めて書いてみる。
つまり番組が長い。4分ネタを13本で計52分。その漫才を観るために3時間弱も観ていなければならない。4分間の笑いを競っている競技で皆そこに命を懸けている状況なので、それ以外の場面で出場者を超えるような笑いを狙いはしない。今田や審査員が場を暖めるような笑いは上手く作り出しているがその程度。2時間番組で十分だと思うのだが、制作サイドの意向がある。できる限り視聴時間を稼ごうと思って審査員紹介などにたっぷり時間をかける。結果M-1やその審査が一層神聖化され次の要素にも繋がる。
出場前後も番組化していることを考えると本当にTV局側の欲張り加減がどんどん笑いの密度を薄くしているように思う。ネタ部分だけ観ればいいというのは一つの対策ではあるが逆に番組としては面白くないということを証明してしまっている。
司会や審査員も番組を盛り上げるために笑いどころは作ろうとするが、万が一にも演者に迷惑をかけないように皆ピリピリしている。当たり前だ。変にウケすぎたり滑ったりしてそれが演者のネタやウケ具合におかしな影響を与えてしまったら彼らの人生に関わる。結果恐る恐る打つ腰の入らないパンチで番組は進行する。
自分としては審査中に上沼恵美子が突然自分のCDを紹介したような、ああいう適当さがもっとないと番組としてはつまらなくなると思っている。「それで順位が変わったら」みたいな議論や、とろサーモン久保田事件も気持ちはわかるが、決勝に出て面白かったらちゃんと売れるから神経質にならないほうがいいのではないかとも思えてしまう。オードリーもメイプル超合金も優勝はしていないのだから。しかもメイプルはかなり下位だった。
そういう意味で山田邦子の審査もいい。今年はいなかったのが残念だった。ちなみにダウプラで知ることになるのだが、山田邦子を審査員に推薦したのは松本人志のようで、自分と完全に同じ考えではないかもしれないが、ある意味審査に崩しを入れたほうがよくなると考えたようだ。
こういう番組や企画がどんどん大きなものになり徐々に面白くなくなっていく現象は過去にもいくつかみた。大喜利、すべらない話、笑ってはいけない、そしてM-1など。TV局が目玉コンテンツにしようとすればするほどこういう現象が起きる。
話はそれるがこれらの現象の始まりにほぼ松本人志(とそのチーム)が絡んでいることが驚異的である。大喜利や漫才は昔からあるが、それが一般に普及するフォーマットになり競技化され社会現象になるのを長年観てきた。松本人志にはTV局都合に巻き込まれずダウプラで面白いものをのんびり育ててもらいたいと思っている。あと5年早く始めてほしかった。
ここからネタにも言及する。いや、面白んだけどさ。実際に「笑わ」ないのよ。つまりプッと吹き出して笑ってしまうような場面が自分としては少ない。どちらかというとすごいな〜、これよく思いついたな〜という感心、感動に近い感覚で見てしまっている。だから結果面白いんだけど想像の範囲内という感じ。ずっと無表情で観ている。これはM-1の宿命だが、こちらは日本一面白いものを観たくて「さあ笑わせてもらおう」という姿勢なので、日本一ハードルが上がった状態で観ているわけだ。そりゃそうなるだろうと思う。
ただ、もちろん皆さん素晴らしいネタを作ってくるのでたまにその期待を完全に裏切るネタに出会えるしその時のみ心から笑える。
今年ではたくろうは笑ったと思う。ああいう、突然無茶振りをされ、困りながらギャグを打っていく大喜利でツッコミ無しのスタイルが新鮮過ぎた。そして本当に突然無茶振りされたかのような上手すぎる演技に完全にやられた。何度も観た。こういう漫才はずっと記憶に残るが、M-1の決勝ですらそれほど出会う機会はない。たくろうにしても「もう知ってしまった」から次はそこまで笑えない可能性もある。
過去に同じようなインパクトを感じたものでいうと笑い飯のWボケ、ミルクボーイの行ったり来たり漫才など、新しいシステムを知ったときにガツンとツボに入ったことが多い。昔はM-1ももっと緩かったので気楽に笑えていたという環境要因で古いネタが多めに記憶に残っているかもしれない。
M-1は4分で最大の笑いを生み出し、予選から決勝まで勝ち残るという途方もない道のりを乗り越えなければならない。結果漫才の内容は先鋭化し、期待を裏切らない似たような構成のものが増える。見る側も先鋭化しその文脈で漫才を観てしまう。例えば最初の1分近くを前フリに使ってこれから笑いを起こそうとするようなネタを観ていると「初速」など本来視聴者が意識する必要のないキーワードが頭にちらついて心配になってくる。
先鋭化を上手く裏切ってくれた例としては、スタート時にマイクの前に来ない、スタート前にツカミを作った真空ジェシカのあれは発明だと感じたが、それもいい「ツカミ」として観てしまう自分がいる。「ボケ数」という概念を裏切って長い沈黙時間を作ったスリムクラブなど。どれも面白いんだけど、観る側が余計なこと考えすぎているからこその裏切りであり、本来そんなものいらないはずなのだ。
自分からすると2年連続優勝した令和ロマンのネタはそういう先鋭化の果てにあるように思えている。詳しくはないが本人の発言からもよくM-1の笑いの法則を研究したというイメージで、枠組みをぶち壊して笑いを起こすようなネタではないと思う。令和ロマンはM-1で計4つのネタを披露したが、皆憶えているのだろうか?自分は正直断片的にしか憶えておらず吹き出したような記憶もない。
最近、ラパルフェが予選でやっているネタを知っているだろうか?去年はニューヨーク、今年は男性ブランコの完コピをするというものだ。正直今年は予測がついたからそこまでだったが、ニューヨークの完コピを観たときは思わず笑ってしまった。会場も最初から最後まで悲鳴に近いようなとんでもない笑いが起こっていた。当然だがそんなネタが決勝に出ることはない。彼らは賞レースの勝ちを捨てて笑いを取りにいっていた。自分としてはこういう笑いでいいのだ。
さて、タイトルは煽っているがダウプラを推したいという目的ではない。ダウプラがそこまで面白いのかというと、もちろん面白いものあればそうでないものもある。ただ、M-1への比較として自分が欲しい笑いがそこにあった、ということなのだ。
たまたまM-1前日に公開されたライブ配信番組「お笑い帝国大学 OIU」を観たのだ。一般人が大喜利ネタを投稿し、それがピックアップされ講評されるというよくあるスタイルだが、自分も大喜利ネタを投稿したのでもしかして取り上げられたら、という期待もあり観た。
90分の番組で5~6回、素人ネタで吹き出して笑った。何の準備もない、無防備な状態でやられたから移動中で少し人目があったにも関わらず思わず笑ってしまった。ネタが面白いということもあるのだが、それをピックアップする経緯、松本や笑い飯西田、ロングコートダディ堂前のトークの流れやフリがあって、面白くないネタで笑っている。そして自分も笑う。なんかバラエティの基本というか、こういうのでいいんだよ感が強く印象に残った。
とあるネタに対して松本が「こんなん評価したらあかんで、絶対に間違ってる。でも笑ってもうてん」みたいに言っていたネタが一番評価されていた。確かにM-1で笑いを取れるような角度のものではなく本当に適当に考えたんじゃないかと思えるような雑なネタだった。でも実は3人ともそのネタを選定していたという事実が判明し、じゃあやはり面白いんだ、ということになる。その日、その場ではその「間違った笑い」こそが正解の笑いになった。
自分の求めるような笑いはM-1を観るからそこにないのであって、普通に地上波の別の番組とかYoutube観てたらいいんじゃないの?とは思う。いや地上波全然観てないからわからないんだけど。ただたまたまM-1と同日に観て比較対象になったので書かせてもらった。
題材が古いんだけど、むかし「すべらない話」とかあったじゃないですか?
そういう芸人がエピソードトークを披露するときのお約束鉄則みたいなんがありますよね?
最後は大爆笑で終わるトークなんだけど、そういう話をするときには必ず押さえておくポイントみたいなのの一つ。
そうそれ、すっっごく低いトーンでお話を始める、ってやつですね。
「いやあねえ、こないだでねえラーメン屋に行ったときなんですけど…」
だいたい、すんごく低いところから話に入っていくの思い出してもらえます?
抑えて抑えて抑える。
これ話を面白くするためのファーストステップなんだろうな、って、ことですよね?
でも、ぼくら素人ってこれが苦手なんですよね。
さあ、これから面白い話しますよ!!!さあ笑う準備できてますかね!!??とハイテンションから入ろうとする。
結果、ダダ滑りする。
始終、ハイテンションなトークを展開する明石家さんまさんという師匠がいますが、ああいう人は異例ですよね。
ふつう、あんだけトーンの高さを維持するとひたすら滑っていくと思うんですが、そうならないのはさすが師匠です。
たいして、これをやってる限り絶対すべらないからズルいな、と思わされるんがタモリ師匠です。
あの方、ずっとボソボソボソボソぽつりぽつりとボケをぶっ込んでいくから、仮に滑ったとしても、それが狙いなんだよ、みたいな雰囲気ただよわせててズリぃんですよ。
もちろん基本滑るようなことは言ってないんですけどね。
かりに滑っても大怪我はしねえ、ってことです。
あとね、これは普段の我らの会話でも守ってほしいですよね。
いるじゃないですか?全然話が面白くないのにすごい話好きな人とか。
ああいう人らって、このトークのテンションの高低が合ってない場合が多い。
高すぎるんですよね。
入りにしても、維持にしても、テンションが妙に高すぎる。
あれがね、「こいつ話つまんねえなあ」って思わす元凶ですよね。
とりあえず
会話のテンポを速くしすぎない
声のトーンを高くしすぎない
会話全体のテンションを下げる
ってことをやってたらだいぶ聞きやすくなるはずなんですよ。
関西人の会話って「ボケ」と「ツッコミ」みたいな型があるじゃない?
関東とかも、関東に限らんけど、「会話の型」ってのがあると思うんだよね。
1対1と3人以上でまず違ってくるよね~。
4人くらいが会話の限界かなって。
6人とかだともう無理。やりとりではなく、それぞれトークを拝聴する感じになる。
それはそれとして、思いつく型を書いていってみる
会話の基本ってこれかなと思ってる。
「お、いい靴履いてんじゃん」
「これ貰いもんなんすよ、〇〇さんから」
「マジで?なんで?」
「いやこの間誕生日で」
「え~ごめん知らなかった。いつ?」
「〇月△日です。そういえば先輩の誕生日もうすぐじゃないですか?」
「ん?」
連鎖が飛躍すると「ん?」となるのでいかに飛躍にならないかが重要。
ただし共通のコンテキストを持ってればごちうさの話題でも連鎖はつながる。
ただ共感するだけ。お互いを認識しあう、毛づくろいのような会話。
「暑すぎて笑えます」
「ほんと暑い。じめじめするし」」
「湿気最悪ですよね」
「暑いわー」
こういう"無"の会話でも、やるとなんか満足感がある。
"無"から始めると、どんなくだらないテーマにうつっても許されるハードルの低さも魅力。
内気な人が多かったり初対面だったりで会話が回らないとき、気遣いの人が司会役をかって出るとこうなる。
「休み何してる?」
「趣味は?」
「出身は?」
みたいな浅い質問をして、かえってきた答えをいかに興味を持って深堀できるかがカギ。
自分にヒットしなくても、場の別の人にヒットすればそこに話を振っていくことでコンボが期待できる。
深堀しすぎると長時間会話に参戦できない人が出てくるので、ある程度見切りをつけて会話を転換できるかがポイント。
劇場のクオリティ(面白さ)を高めるために、参加者は演者として協力しあう。
「あーあー、あれね、お菓子のやつ」
「指にはめるやつだ」
「……ッそれはとんがりコーンや!」
いわゆるエピソードトークなど。会話というよりは話芸に近いか。
劇場型のように客を意識すれば「面白い人」「すべらない話持ってる人」のように好い印象になるが、
ただ話したいことを延々と話すと「なんだこの時間」となる場合が多いので注意が必要。
「なんか面白い話して」
「それじゃ、寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助の話でもする?でも寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助の話は長いからちょっとこの場じゃ難しいかなー?だけど寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助の話は面白いし有名だし、ちょっと演ってみましょうか」
話したいことを話すが、それは非常にコンパクトなつぶやきに収まるもの。
独り言に近いが、誰かに聞いてもらいたい。そういうときに発現する。
職場で隣の席の人に雑談を振るときなんかは大体このつぶやき型である。
「ちょっとスゴい話していい?」
「いいっすよ」
「さっき私がSlackに書き込んだ時間が11月11日11時11分だった」
「ほんとだ、すげえ」
「な」
ネットで下ネタを連呼するユーザーをブログで晒したら「discordで喧嘩しよ♡」とかコメントしてくるもんでAIのべりすと使って返信してたら
「俺の勝ちだから動画化するね」と言ってそのままそいつのYouTubeアカウントごと消えた事件。
今、彼は何をしているのだろう
(ちなみに弁護士に相談するってブログに書いた翌日にYouTubeアカウントもブログのアカウントも消えてた)床と交尾するでござる
理由は分かってて、普段生活してる時に、面白いエピソードを探したり覚えたりしないからだと思う。
エピソードトークって芸人だけじゃなくて、一般人でも一つは持っているものだと認識してるけど、自分にはそれがない。
前に「すべらない話しよう!」ってなった時、体がガチガチに震えて、気分が悪くなって帰ったことがある。
こんなだからモテないし、マチアプで会っても会話が続かないんだ。
あと、中学校でなんかの舞台で盛大に滑ったことがあって(全校生徒1000人くらいの前で)、それがトラウマなんだよな。
あれ以来、俺は「面白くない人間」というレッテルを貼られたし、実際そうなんだと思う。
そうは言っても、はてな匿名ダイアリーで面白いこと書いて笑わせたことは何度かある。
あるブクマカさんが「天才!」と書いてくれて、それをスクショして保存しているくらい、あれは俺のコンプレックスを消してくれるブコメだった。
でも所詮は匿名。リアル世界では面白い話なんてできないし、笑ってうなづくことしかできないんだ。
なんとかならないかな。
ChatGPTに「ハリウッドスターとの写真撮影で、プリンターのエラーで写真が出ず、5万円を無駄にした」エピソードを、千原ジュニアがすべらない話としてトークしたとしたらどのように話すか考えてもらった。
非常にあきらめの悪いジュニアの様子が想像されて違う角度でおもしろかった。
「あのさ、最近さ、ハリウッドのスターと写真撮る機会があったわけよ。え、誰かって?それは言えへんねん。だって、言ったら、俺、ただのミーハーみたいになっちゃうやん?
で、まぁ、せっかくの機会やし、記念に写真撮ってもらおうと思って、その場で現像してもらえるやつ頼んだわけよ。
そしたら、店員がこう言うわけよ。『はい、5 万円になります』って。
5 万円!?
一瞬、躊躇したけど、まぁ、一生に一度あるかないかのチャンスやし、記念やし、ええかって思って、5 万円払って、写真撮ってもらったわけよ。
で、店員が『はい、じゃ、5 分くらいで出来上がりますので、こちらでお待ちください』って言うから、5 分後くらいに、店員に『あの、写真出来上がりましたか?』って聞いたら、店員がこう言うわけよ。『えっと、あの、申し訳ございません。プリンターの調子が悪くて、まだ出来ておりません。もうしばらくお待ちください』って。
もう、この時点でさ、完全にアカンやつやねん。
でも、まだ諦められへん。
だって、5 万円払って、写真撮ったんやから、写真が欲しいわけよ。
だから、店員に『いつになったら出来るんですか?』って聞いたら、店員がこう言うわけよ。『えっと、あの、申し訳ございません。プリンターの調子が悪くて、直すのに時間がかかるようです。もし、お急ぎでしたら、別の店で現像してもらうこともできます』って。
もう、この時点でさ、完全に頭真っ白やねん。
だって、5 万円払って、写真撮ったのに、プリンターの調子が悪い上に、別の店で現像って、どういうことやねん。
もう、完全に 5 万円無駄にした気分やねん。
でも、まだ諦められへん。
だって、ハリウッドスターと写真撮ったんやから、写真が欲しいわけよ。
だから、店員に『いや、せっかく撮った写真やし、絶対に欲しいから、直るまで待ちます』って伝えて、しばらく待ったわけよ。
そしたら、店員が『申し訳ございません。プリンターの調子が直りません。修理に出すことになりました。写真はお預かりして、後日改めてご連絡いたします』って言うわけよ。
修理!?
もう、この時点でさ、完全に絶望やねん。
だって、5 万円払って、写真撮ったのに、プリンターの調子が悪い上に、修理って、どういうことやねん。
もう、完全に 5 万円無駄にした気分やねん。
もう、完全に泣きそうになったわ。
でも、まだ諦められへん。
だって、ハリウッドスターと写真撮ったんやから、写真が欲しいわけよ。
だから、店員に『いや、絶対に写真が欲しいから、なんとかしてください』って懇願したら、店員がこう言うわけよ。『えっと、あの、申し訳ございません。修理に時間がかかるので、写真データをお渡しします。もしよろしければ、お客様自身でプリントアウトしてください』って。
もう、この時点でさ、完全に奇跡やねん。
だって、5 万円払って、写真撮ったのに、プリンターの調子が悪い上に、修理って、どういうことやねん。
もう、完全に泣きそうになったわ。
でも、まだ諦められへん。
だって、ハリウッドスターと写真撮ったんやから、写真が欲しいわけよ。
だから、店員に『いや、絶対に写真が欲しいから、なんとかしてください』って懇願したら、店員がこう言うわけよ。『えっと、あの、申し訳ございません。修理に時間がかかるので、写真データをお渡しします。もしよろしければ、お客様自身でプリントアウトしてください』って。
話を面白くできるかどうかってハッキリいって内容はほとんど関係ない。
https://anond.hatelabo.jp/20241002190451
ここでもそれっぽいこと書いてるがこれは「笑い」の構造であって日常会話での会話スキルとは全然別物。「すべらない話」みたいなもんで日常的にこれができるくらい笑いのセンスがあるやつなんてほとんどいない。
元増田の言いたいポイントから最も離れたアンサーだとも言える。恐らくこれを実行しようとする人間はほぼ間違いなく面白くないだろう。何故なら芸人ほどのスキルもないのに芸人みたいなことをしようとしてるから。
男だろうが女だろうが会話が面白く感じるかどうかは「タイミング、リアクション、ワードセンス」に尽きる。
じゃあワードセンス必要なんじゃんとなると思うが実はワードセンスもそれほど重要じゃなくそれよりタイミングやリアクションのほうが重要。
すべらない話スタイルで一方的にオチまで話すような会話スタイルは日常においてはほとんどない。大抵相手の反応なりを見ながら話が続くことがほとんど。
会話において一番大事なのは相手の反応を推し量ることで、ここさえ抑えておけば相手にとって「この人の話つまらない」とはあまりならないのだ。
逆に言うと「この人の話面白くないな」のほとんどはその内容以前に、間の取り方や会話のリズムなどがぐだぐだになってるせいの場合が多い。
しかも相手の反応をちゃんと見ないのでほとんど一方的に話し終わってからやっと相手を見て(あれ?この話面白いと思うんだけど・・)なんてことになる。
実は元増田も同じ事を起こしてる可能性は高いんだが、これは相手がうまいリアクションと話の広げ方をしてくれれば面白くもなり得るのでお互いさまなとこはありそう。
要するに会話というのは一人では成り立たない共同作業なので、一方的に「面白い話」を伝えようとしてもなかなか上手くいかないのだ。
タイトルの通りなんですが、初めて個室ビデオに行って悲しくなってしまいました。
友達と時間潰しにジャグラー打ったら10回転目くらいでいきなりBIGが当たって、なんか満足しちゃってすぐ換金してから行先に迷いあぐねて、「元々入る予定の無かった金だし、行ったことない個室ビデオ行ってみるか!」という流れで入店。
正直個室ビデオの知識に関してはAVの個室ビデオに本物の女優さんが出てくるやつ(湊莉久のやつは大変お世話になりました)と、澤部がすべらない話でMVS獲った話の知識しかない。
本当に、おじさん達はあの施設の中でオナニーをするだけなのか?それにお金を払っているのか?
そんな疑念を抱きながら、店員さんにお店の説明を聞き、とりあえずDVDを数本選び、せっかくなのでVRまでつけて入室した。
びっくりするくらい無機質で、これからここで行われることに際して必要なものしか置いていない、それ専用の部屋でしかなかった。
とりあえず席につき、VRを準備し、イメビとかでならし運転をし、色々なVRAVの物色してから、一番抜けそうな作品でシコった。
終わったあとの虚無感がいつものそれとは比べ物にならんくらいひどくって。
賢者が叡智すぎて世界の終末まで予想できてしまったくらいの絶望感。
さすがになんかの間違いだろうと思って今度はDVDで借りたお気に入りの女優さんの作品でシコったが、そこにもやはり特別感みたいなものは無く、いつものオナニーとなんら変わらなかった。
もしかしたら、場所が変わったことでオナニーの無価値さを分からされているのかもしれない。
とかとんでもない賢者タイムに襲われてる最中で、僕らより先に手馴れた調子で会計を済ませて部屋に向かったおじさんを思い出した。
あの人はこんなに虚無に襲われることを分かってここに来たのか?しかも何回も?何故?
考えれば考えるほど物悲しくなり、虚しさに襲われたので友人にLINEを送り退室した。
その後友人と夕飯を食べ解散したのだが、頭の中にはあの無機質なおじさんしか浮かんでいない。
訳が分からないので「個室ビデオ メリット」「個室ビデオ 何が楽しい」とか調べた。個室ビデオについて書いてる増田も何件か読んだ。
あのおじさんは、あそこに行ってる人は、澤部は、なんやかんやで湊莉久とセックスする流れになったあの人は、なにを思ってあの箱に行くのか。オナニーさえも満足に家でできないのか。
何故風俗ではなく、パパ活ではなく、お金を支払って1人でセンズリをこくという選択肢を取ったのか。考えれば考えるほど本当に分からない。そしてなにか虚しい気持ちだけが残った。
短期バイトで若者のバイトリーダーにブチギレられてるおっさんを見た時のような、なにか見てはいけないものを見てしまった感覚。