「議論」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 議論とは

2026-05-13

anond:20260513164552

利益と利率と脳内変換しているのは事実ではあるが、

NISA利益」とカードローンの何を比較するんだって話になるわな

カードローンの損失か?

カードローンの損失とは何か、元本×利率だ

NISA利益とは何か、元本×利率だ

元本の大小を言い出すとそもそも議論する意味がないので、利率で比較するしかないわけだから単語を言い換えているから??ってのはそれはそれで頭が弱すぎて議論についていけていないといっていいだろう

スターウォーズは4,5,6から見ないとヨーダ目線になれない

なんかSWを1,2,3から見るか4,5,6から見るかみたいな議論が盛んなんだけど

これはもう、4,5,6からに決まってるんよ

そもそもSWの1,2,3はヨーダを見るための物語であって

当時劇場に足を運んでいたSWファンのメインテーマ

「ところでヨーダは強いのか?」

だったわけよ

Ep.5で出てきたクリーチャーでなんか偉そうにしてるけれどやったことは戦闘機を動かしただけ

そんでEp.6でも偉そうにしながら老衰で死んだくせにオビワンと同列に扱われてるのに納得行ってなかったの

そんでEp.1が発表されてヨーダも出てきて

「おいおい、お前偉そうにしてるんだけど強いんだろうな?」

って思って映画見たら、やっぱり偉そうにしてるだけで全然ダメクリーチャーだったわけよ

そんで失意のままEp.2公開後に観に行ったら、なんか戦う流れになって

「お!ついにくるのか!?

って思ったら例によって超能力バトル始めて

「ちがうよ、見たいのはそれじゃないんだよ、ヨーダ。分かって無いな,お前」

って思ってたら腰に付けたライトセーバーを振り回し始めて

雑魚とか言ってマジすいませんっした!!!!」

って土下座するのがEp.2なのよ

映画から出てきた人がみんな口々に

ヨーダ・・・ヨーダ・・・!」

って言ってたんだよマジで

でも後でよくよく考えたらデューク伯爵逃がしてるやん、やっぱ雑魚では・・・

とか思ってEp.6の予告でまたバトルしまくってて脳汁溢れまくって

映画館観に行って

「マジすいませんっした!!!

って言うんだけど、よくよく考えたらお前、すぐそこに暗黒卿おったのに気付かんのかよマヌケかよってなるし

やっぱり逃がしてるから戦績なんも上げてねーじゃねーかだから辺境に飛ばされるんだよ雑魚がみたいになるのがスターウォーズの楽しみ方なの

なので4,5,6から見るのが正解です

anond:20260512174909

そういう面倒くさい議論にならないようにやる話に、法の隙間ギリギリを攻めろって言う人、ネットではよくみるよね

anond:20260513093029

いやそこだけに依存すると偏るじゃん

選択肢がいくつかあるのに学閥が一つしかなきゃ議論無く終わってしまいそうだし

別に兵器開発の研究しろって話じゃないし机上の研究だけであれば何も問題ないと思うんだよな

2026-05-12

anond:20260512173740

書面で良いと言ってるのに、何が何でも対面を残そうとするんだな

対面を残す形で議論しないと極端だと言い張って譲らない

でも論点はそこだよね

是が非でも対面を無くしたい俺と、是が非でも対面を残したいお前

anond:20260512134845

また始まった。

供述捜査手段として必要

「じゃあ日本中世人権軽視国家しろってことだ!」

この極端化。

しかも、

こっちはずっと、

違法取調べの問題

時間拘束、

威圧的運用

人質司法批判

そういう論点自体は認めてる。

なのにあなたは、

供述による捜査必要性”

を認めた瞬間、

全部まとめて

人権軽視思想

に変換する。

からだって言ってる。

あと、

議論しろしか言わない」

っていうけど、

実際、

あなたの側が毎回ゼロイチに飛ぶからでしょ。

問題運用がある」

「だから接触極限禁止

ストレスがある」

「だから対面取調べ自体危険

「説得がある」

「だから黙秘権否定論

って、

全部最大化していく。

から

“どこまで制限するのか”

“どこから違法なのか”

捜査とのバランスをどう取るのか”

を詰めないと制度論にならない、

と言ってる。

逆にあなたは、

警察制度の穴を突く」

「だから接触を極限まで制限しろ

以上の具体設計をほぼ出してない。

しかも、

その結果として起きる

供述減少、

立証難化、

共犯解明困難、

証拠発見率低下、

みたいなコストには、

毎回まともに触れず、

人権を守ると困るんだろ!」

に戻る。

それ、

議論拒否してるのはどっちなんだろうね。

anond:20260512170038

うん、現在はそうだね

じゃあ議論を進めようか

0%だと1年かかるから一律1%で半年妥協してみないか

こういう発想があるわけで、すべてに対応できるシステムになる・なってるとは最初から言っていない

今回かかる費用時間、2年後(予定)もとに戻す費用時間場合毎に分けて最適解を探しましょう

それだけの話だよね

ぶっちゃけ

一か月で1%、1%8%混在なら半年、0%で1年なら1%で行こうぜ

何々、どのケースでも半年から一年?もう還付でいいよ

って結論クレバーじゃん

技術的な議論なんていらないよな

anond:20260512165028

俺は減税されたら利益受ける側(のはず、長期的にマイナスかどうかはまた別議論

業者側の話なんて1社だけじゃ意味いから、何をしたらどれだけかかるか

それが各社でどれぐらいかかるかだけわかればいいわけ

例えば5社いて、1社が半年、4社が早くて1か月遅くて3か月とかなら1社が糞やな潰れろって叩くだけだから

そんで、個人で概算納期なんて聞きようがないってわーけ

つーかお前はどこを着地点にもっていきたいかの方が分からん

anond:20260512164320

主流議論新聞の後にヒアリングしてない(してても結果が公表されていない)

1%0%のヒアリング詳細も公開されてないけど、一律1%で半年しかとらえられないわなあとは思う

そんで、そこは割とどうでもいい

条件幅持たせて【数社】にヒアリングしろ

一律1%ならどんだけっすか?

5%なら変わるっすか?

1%と5%と8%と10%とか混在したらやばいっすか?

0%ってどんだけやばいっすか?なにがやばいっすか?

複数社に投げればみんな幸せ

そして誰でもできる仕事

でもやらない

困ったなあ

anond:20260512163932

今の主流議論新聞は据え置きとなっているが

確定はしてないから最終的にどうなるか不明、その変化リスク負うのは業者って話読むのそんな難しい?

anond:20260512162709

増田でどんな議論しても無意味だとは思うけど、1%が半年、0%が一年ってのは1社にしか聞いてないって話らしいので

概算納期出すにしても数社に出して、条件もある程度幅持たせて、こんな場合はどんぐらい、じゃあこっちは?って聞けばええだけやねんけどな

俺が言っているのは、消費税が3→5→8→10と変わってきているなかで今後の変動も見越して作っているという普通に考えれば当たり前の事を真だと捉えているだけだから

新聞が8%のままとかいう話を確定かのようにだしているが、その後に「何をどうしたいか確定してないもんを短納期で出来るっていうわけない」って不確定要素多々ありますわあとか言い出すし

何の主張がしたいか全くわかんね

anond:20260512152918

店側の主張も客側の要望らしきもの議論の中心にあるのは常に儲け構造(≒原価率)をどう考えるかなわけで

それを原価厨って表現してるんだけど、妄想に浸ったやつには伝わらんよなあ

anond:20260512150649

大きくなったと言っても何万人が議論してるわけじゃない

ネットでは数十人が騒ぐだけで大きくなる

anond:20260512144714

清朝の滅亡から現代中国が学べることは何ですか?

清朝の滅亡は、単なる王朝終焉ではなく、「適応に失敗した組織いか自己崩壊するか」という普遍的な教訓の宝庫です。

現代中国文脈で、そこから学べることは極めて多く、核心は次の4つに集約できると考えます

1. 「成功体験賞味期限」と向き合う不断覚悟

清朝は、18世紀まで世界最大の経済圏を擁する「盛世」を誇りました。その成功体験があまりにも強烈だったため、19世紀地政学的激変(ヨーロッパ産業革命国民国家化)を「一時的夷狄騒擾」としか認識できませんでした。

2. 改革の「敵」は外部ではなく、往々にして内部の既得権益である

先に議論した通り、清朝改革不可能にした最大の要因は、西太后保守派の「自己保存」でした。彼らは国家生存よりも、自らの特権的構造の維持を優先しました。

3. 「危機危機として認知する能力」が衰退の分岐点

アロー戦争日清戦争も、紫禁城の深部では「一部の敗北」として処理され、組織全体の危機とは認識されませんでした。真に危機が全構成員に共有されたのは、組織が既に手遅れなほど弱体化した後でした。

4. 「正当性」は常に更新しないと腐敗する

清朝最後まで「天命」と「儒教的徳治」という古い正当性依存し、国民国家時代の「人民同意」という新しい正当性の獲得に失敗しました。立憲制の導入が遅れたのは、まさにこの点です。



最後に、清朝の滅亡が現代に突きつける最大の教訓は、「大帝国崩壊は、外からの一撃ではなく、内部の硬直化と改革の先送りという静かなプロセスによって起こる」ということです。

崩壊の種は、外敵の侵入時ではなく、「まだ大丈夫だ」と皆が信じていた小康状態の時に、改革を先送りした瞬間に蒔かれます。この歴史パターンをどれだけ自覚できるかが、清朝以後のあらゆる中国統治者に課せられた、永遠宿題でしょう。

増田ってずっとアングラで良いのに

たまに投稿がバズっちゃうから勘違いした一見さんみたいな人が長文を書き連ねに来るんだよな

マジ迷惑

キモい議論だけさせてくれや

自分に娘が生まれたら絶対東大には行かせたくない

X(旧Twitter)で「東大女子比率が男女の知能差を表してる」みたいな話が流れてきた。

そのポストには「そんな事ねえだろ!他国大学とかそんな事ねえぞ!」という反論がついていて、どちらかといえばそちらがバズっている。私もまあ、「そんな事ねえだろ」派閥なのだが、ではどうして女子比率が低いのか?という点については、例えばジェンダーバイアスだとか、地方から出てくるハードルだとか、色々な議論がなされてきて、東大側も施策を打ったり打たなかったりしているところだと思う。

私が言いたいのはこの辺のごちゃごちゃした部分ではなくて、過去東大に通っていた身として、「自分に娘ができたら、どんなに頭が良くても東大には通わせたくない」ということである

東大女子比率は、毎年20%前後である。私の在学中に20%の壁を超え、ちょっとした祝福ムードだった記憶があるが、当然学部学科によって人数の偏りもあり、なかに女子がいないクラスなんかも存在する。また、東大合格者の6割は関東出身で、そのうち中高一貫進学校(男女別学)の出身者がかなりの数を占める。何が言いたいかというと、在学生の傾向や文化が偏っていて、しかも「東大」という枠組みの中でどんどん濃縮されていくのだ。

その結果、大学側も生徒側も、普通大学だったらありえなくないか?という事態を看過しているのではないかと思う。(主観的意見からそんなことなかったらごめん)

例えば、入学時の健康診断とき。胸部X線検査か何かの検査で、上半身衣服下着等も含む)を全て脱ぎ、検査着のような薄い服を羽織って待つ必要があった。もちろん裸ではないが、不特定多数に見られるには心許ない格好だし、女性なら分かってくれると思うが、ブラジャー無しで薄い服を着て外を出歩くのはなかなか抵抗があるものだ。しかし、その格好で待たされたのが、普通に人が往来している外通路だった。もちろん男性もたくさん通る。こんなに配慮されないことってあるんだ、と入学早々驚いた。Xで工学部女子トイレ状態がひどい、と投稿している方がいたが、なんというか、学校側の認識杜撰なんだと思う。

不審者とかも全然いる。というか学内人間不審者になることもある。例えば、これは私の先輩(女性)の話だが、研究の合間に所属学部研究室で休んでいたところ、たびたび研究室に来て徘徊する男がいたらしい。明らかに1人でいるときを狙って入ってくるし、研究性質上夜に研究室に篭もることもある。このままでは危ないのではないかと怖くなり、教授に掛け合ったところ、他研究室の院生だと発覚した。しかし、結局のところお咎めなしだったらしい。こういう話は、在学中たびたび聞いた。

個人としては、セクハラ(というか性暴力)もかなりこたえた。男性が8割を占めるうえ、前期課程高校のようなクラス制で、否が応でも男性と関わらなくてはならない。しかし、それがきっかけでLINEのしつこいメッセージが来たり、あることないこと噂を流されたり、果てにはホテルに連れ込まれそうになったり、詳述はしないが体を触られたり、本当に嫌な目にあった。告発しようと思ったこともあるが、男性ばかりの環境ではあまり取り合ってもらえず、結局なるべくクラスに顔を出さないようにした。

書いたら嫌な気持ちになってきたが、こういう話は私や、私の周りの女性が実際に体験した話であるあくま個人の話だし、たまたま悪い経験を引き当ててしまっただけなのかもしれない。しかし、男女比率の偏り、あるいはそれを解決できないでいる大学側の姿勢が、このような問題の一因である個人的には思う。もし今が女性を増やしていくための過渡期で、私の経験がその礎となる犠牲、みたいなものだったのだとしても、少なくとも自分の娘には同じ思いをさせたくない。

最後に、誰もがあくまで追求したい学問や目指す進路のために大学の門を叩くはずであり、それを阻む障壁は取り去られてしかるべきである。何も女子生徒だけを優遇しろ、と言っているのではなく、誰にとっても過ごしやす環境を実現するために、社会制度もっと良い方向に変わっていくことを願う。

anond:20260512103357

日本中世まで衰退したか人権なんて守ってる場合じゃないというのが貴方立場だと理解しています

こちらが制限を強くしろと言うと「全て制限するのは極端だ!非現実的議論しろ!」の3点しか言わないが、要するに議論の体を装って相手の論を否定をするだけ

貴方は「議論しろ!」を連呼するだけで、それ以上のことは何も言うつもりがないということがわかりました

きのこたけのこ戦争中道改革連合終結させます

きのこたけのこ戦争。この、我が国精神的土壌を深く、あまりにも深く分断してきた歴史的課題に対し、私は今、言葉を尽くさねばならないという、ある種の烈々たる使命感に突き動かされています

問いの立て方、その「立ち位置」を問い直す

まず、私たち直視しなければならないのは、この問題が単なる菓子の嗜好の相違に留まっていないという、その「構造的深刻さ」であります

きのこか、たけのこか」

この二者択一を迫るという行為のものが、現代社会が抱える「寛容さの欠如」という病理を、図らずも、しか残酷なまでに浮き彫りにしているのではないでしょうか。私は、この分断を固定化させてきたこれまでの議論の在り方、その「地平」そのものを、根本から、抜本的に、地殻変動を起こすかの如く、変えていかなければならないと考えています

一方が勝てば一方が敗れる。一方が立てば一方が伏す。こうした「ゼロサム・ゲーム」の論理、あるいは「勝ち負けの政治」を、私たちはいつまで、どこまで、一体どのような覚悟を持って続けていくのか。この問いに答えを出さない限り、私たち未来に、真の意味での「共生」は訪れない。私はそう確信しています

統計情熱狭間

数字を見てみましょう。世論調査国民総選挙)の結果を見れば、なるほど、ある時期には「たけのこ」が圧倒的な勢力を誇り、またある時期には「きのこの山」がその独創性をもって猛追する。しかし、こうした「数」の論理だけで物事を決定していくことが、果たして民主主義成熟」と言えるのでしょうか。

私は、あえて申し上げたい。

たけのこ派が享受する、あのサクサクとした食感の快楽。一方で、きのこ派が愛でる、クラッカーチョコ峻別された美学。これらは、どちらが優れているかという「評価」の対象ではなく、どちらも尊いという「存在」の肯定から出発すべきなのです。

私は、きのこ派の皆さんの、あの少し孤独で、しかし凛とした佇まいに、ある種の哲学を感じます。同時に、たけのこ派の皆さんの、大衆を包み込むような、あの柔らかな包容力にも、深い敬意を表さざるを得ません。

解決への「第三の道」:統合と超越

では、解決策はどこにあるのか。

私は、ここに「第三の道」を提示したい。それは、単なる妥協でもなければ、安易折衷案でもありません。

それは、「きのこの山」の独立性と、「たけのこの里」の融和性を、一つの皿の上で、あるいは一つのパッケージの中で、高次元止揚アウフヘーベン)させることです。

対話プラットフォームの常設化

まず、両陣営が互いの「チョコの口溶け」の差異を認め合うための、恒久的な対話の場を創設します。

多様性担保としての「アソート戦略」の再定義

単に混ぜるのではない。互いの個性が、互いの存在をより輝かせるような、ダイナミックな共鳴を促す「新時代共生パッケージ」の構築。

「甘さ」という普遍的価値への回帰

形や食感という「表層の差異」に惑わされるのではなく、私たちが等しく享受している「甘み」という、その根源的な幸福感において、一つに結ばれること。

結びに代えて:私の決意

私は、この問題に対して、中途半端姿勢を取るつもりはありません。

私自身、かつては「どちらか」を選ばなければならないという強迫観念に囚われていた時期もありました。しかし、今の私は違います

私は、きのこを愛し、同時にたけのこを慈しむ。

この「矛盾」を抱え続けることこそが、成熟した大人の、そして未来を担う政治の、あるべき姿ではないでしょうか。

どちらか一方を殲滅するのではない。
どちらか一方に同化を強いるのでもない。

きのこ」が「きのこ」として、「たけのこ」が「たけのこ」として、誇りを持って咲き誇り、かつ、それらが同じテーブルの上で調和を奏でる。そのような「お菓子社会」の実現に向けて、私は、この身を、この情熱を、最後の一滴まで注ぎ込む覚悟であります

皆さん、共に歩もうではありませんか。

この、分断の歴史に終止符を打ち、寛容と調和の、新しい地平へ。

その先にこそ、私たちが夢にまで見た、真に豊かな「おやつ時間」が待っているのだと、私は信じて疑いません。

以上、私の、魂の叫びであります

anond:20260512010449

そこはもう、

かなり強い「接触制限論」だって自分で認めてるよね。

まりあなたは、

現場問題運用がある」

から

警察との直接接触自体を極端に減らせ」

と言ってる。

それ自体は一つの立場

でもだったら、

供述量低下や立証困難化みたいな副作用も、

当然セットで発生する。

そこを指摘されるたびに、

人権軽視だ!」

に変換するのは違うでしょ。

あと、

人権を守ると捜査に支障が出る」

って、

それ自体刑事司法では普通に存在する話だからね。

令状主義だってそう。

違法収集証拠排除だってそう。

人権保障を強めれば、

捜査側の自由度効率は下がる。

でも社会として、

それでも必要から制限してる。

から本来やるべき議論は、

「どこまで制限するか」

「どこまでのコストを受け入れるか」

なんだよ。

なのにあなたは、

そこを全部飛ばして、

警察は信用できないか接触を極限まで制限しろ

を、

唯一絶対倫理みたいに置いてる。

でも現実制度設計って、

そこまで単純じゃない。

金持ちケチだよ

教育格差とか体験格差とか、最近議論で思うことがある。

資産だって、同じ人間からね。

安くできるものなら、少しでも安くして、残りは貯蓄に回したいと考える。

イオンや100円ショップだって行く。

悪く言えばケチだけど、良く言えば倹約志向だ。

anond:20260511183448

嘘が無い「素顔」のコミュニケーションを、善だとみなした哲学者ルーマンで、

こいつは要するに、都市労働絶望して"都会の大人は嘘ばかりだ……! 田舎で素朴な暮らし人間はするべきなんだ……!"とヘラってた人間

ルーマンは70~80年代にクソ流行ったので、いまでも増田のように、素直さ、を美徳だと考えたがる風潮は残っている。

 

一方哲学議論としては、ルーマンはほぼ論破されていて

まあ、田舎人間ウソついてないわけないよな。体面とか利益とかバチバチにあるっての。

いまでは、ヒトとはどういう嘘をつくのか、どういう風にコミュニケーションをするべきなのか、という議論がなされているよ。ペルソナ(仮面)の話とか、有名だよな。

2026-05-11

外国では“日本文化すごい”アピールしながら国内では外国人を排除

あなたが感じている怒りや矛盾感は、「外では日本文化を誇示するのに、国内では外国人や少数派への排除偏見存在する」という二重性への反発だと思います

特に埼玉県川口周辺のクルド人への敵視やSNS上の過激な言説を見ていると、「共生を語る資格があるのか」と感じる人は実際にいます

ただ、いくつか整理したほうがいい点があります

まず、日本社会外国人差別民族的偏見存在するのは事実です。

特に

日本人血統・見た目」という感覚が強い

移民国家としての歴史が浅い

同調圧力が強い

SNSまとめサイト不安や敵意を増幅する

犯罪報道で「外国人」という属性が強調されやす

こういう構造はあります

一方で、「日本人全体が差別主義者」「日本文化イベントをやる資格がない」とまで一般化すると、今度は別の集団への一括断罪になってしまう。

日本国内でも、クルド人へのヘイトに反対している人、外国人支援をしている人、多文化共生を進めようとしている自治体市民もいます

ニューヨーク阿波踊りも、参加している人全員が排外主義者というわけではありません。

しろ海外の日系イベントは、現地の非日本人参加者がかなり多く、「日本文化を共有する場」として機能している面もあります

ただ、あなたが見ている矛盾――

外国では“日本文化すごい”をやるのに、国内では外国人排除する」

これは確かに批判されることがあります

特に欧米では、「多様性享受したいが、国内では移民を嫌うのか?」という視線存在します。

また、あなたが触れている「親日国かどうかを気にする日本人が多い」という点も、日本安全志向承認欲求と結びついている部分があります

自分たち好意的に見てくれる場所を求める

批判されることに慣れていない

日本は好かれている”という確認を求める

こういう傾向はあると思います

白人への憧れ」についても、日本戦後メディア広告英語教育経済力歴史的影響は大きいです。

欧米、とくに白人文化が「先進的・洗練・国際的」として長く消費されてきた。

逆に黒人中東系、南アジア系などには否定的ステレオタイプが残りやすかった。

その結果として:

見た目による判断

日本能力より外見で「外国人扱い」

日本人らしさ”の固定観念

こうした問題は確かにあります

ただし、日本けが特異というより、多くの国で「内集団びいき」と「外見による偏見」は存在します。

違いは、各国でそれをどこまで制度的・社会的抑制できているかです。

日本は:

法的な差別禁止が弱い

ヘイト対策限定的

空気」で処理しがち

差別議論する教育が少ない

このため、偏見が表面化しやすい面はあります

anond:20260511170554

また極端化してる。

供述捜査手段として必要

「じゃあ無限尋問したいんだ!」

黙秘権無視したいんだ!」

って、毎回その飛躍。

こっちは最初から

違法な長時間拘束や威圧的取調べは問題だと言ってる。

でもあなたは、

適法質問継続

違法精神的圧迫”

意図的に全部混ぜて、

一括で

無限尋問

扱いしてる。

から話が噛み合わない。

あと、

邪魔するもの捜査全部を邪魔された気になる」

じゃなくて、

黙秘後の接触質問をどこまで制限するかによって、

実際に取れる供述量や捜査難易度は変わるんだから

そこに影響が出るのは当たり前。

そこを全部

被害妄想

みたいに処理して、

自分だけを絶対的人権側に置いてるから

議論が毎回ゼロイチ化するんだよ。

anond:20260511162343

マジレスすると、そこは別に矛盾してない。見ている「左翼」のレイヤーが違う。

たぶん彼らが嗤っていた「左翼」は、政党労組学生運動共産党社民系みたいな、昭和型の組織左翼

これは実際、議席・動員力・社会的威信の面ではかなり弱体化した。

一方で、彼らがいま「左翼世界を動かしている」と言うときの「左翼」は、政党としての左翼ではなく、大学メディア人権団体国際機関企業広報教育SNS規範ポリコレ・DEI・ジェンダー論・反差別言説みたいな、文化的制度的なリベラル規範のことを指している。

要するに、「選挙には弱いが、空気ルールづくりでは強い」という認識になっている。

実際、左派政党の退潮と、文化価値観領域でのリベラル規範の影響力は、同時に起こりうる。

左派の衰退を分析する議論でも、単に得票や政党支持だけでなく、イデオロギー公共政策への影響力という別軸で見る必要があるとされている。

ただし、その説明が雑になるとすぐ陰謀論化する。

共産党は弱い」

「でもポリコレ的な規範は強い」

「だから共産党左翼世界支配している」

みたいに、途中で主語がすり替わる。ここが変。

本来は、

「旧来型左翼組織は弱体化したが、リベラル文化規範反差別規範アイデンティティ政治的な言説は、一部の制度企業メディアでは強い影響を持つようになった」

くらいに言うべきところを、雑に「左翼世界支配している」に圧縮するから、話が急にオカルトになる。

さらに言うと、「文化マルクス主義」みたいな言い方は、その典型で、フランクフルト学派進歩派運動現代ポリコレアイデンティティ政治黒幕扱いする陰謀論として説明されることが多い。

まり現象として「制度リベラルの影響力」はあるとしても、それを「左翼世界支配」に変換するのは、かなり粗い。

から理屈としてはこう。

彼らにとって左翼は、殴るときは“弱くて惨めな負け犬”で、怯えるときは“社会を裏から支配する巨大権力”になる。

これは論理というより、敵像の使い分け。

勝利感を得たいときは「左翼は終わった」と言い、被害者意識を語りたいときは「左翼支配されている」と言う。

ただ、完全に無内容な妄想とも言い切れない。

旧来の共産党労働左翼は弱くなった一方で、企業大学メディア国際機関では、人権多様性反差別ジェンダー平等のような価値観標準語になっている場面はある。

右派はそれを「自分たち文化的に負けている」と感じている。

要するに、

政党としての左翼は弱い。

文化規範としてのリベラルは強い。

その二つを雑にまとめて“左翼”と呼ぶから、話がバグって見える。

anond:20260511094616

そこだよな。

米軍依存せずとも中国からロシアから国民や守るというお題目だったはずが

米「ちょっと中国ちょっかい出してこいよ。俺が出張るとWW3だからさ、わかるだろ?」

って言われた時にちゃん仕事できるように憲法改正だもんな。

核武装議論だって、たとえ米国相手だろうといつでも報復できる体制づくりを視野にいれたら、沈黙の艦隊じゃねーけどアメリカが先に潰しにくるわな。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん