はてなキーワード: 大学時代とは
今の生活が快適すぎて、結婚や子育てというリスクをとる気が一切起きない。現状を維持し、余剰リソースを自分に集中させるスタイルがあまりに完結しすぎている。
私はこうですというだけで皆さんには皆さんの最適な生活があると思うが、個人的にはかなり快適に暮らせており満足度が高い。
・住宅:家賃2万円。全国転勤型企業で働いており、都内のマンションを会社名義で借り上げている。家事炊事は自分でやる必要があるが、かなり満足している。
・普段の趣味:Kindleと安酒場。スマホでKindleを開き、安居酒屋でちびちび飲みながら小説を読む。小説は漫画や映画と比べて値段当たりで楽しめる時間が多くてコスパがいい。最近はネット小説も読むし、スターウォーズが好きなので英語圏の二次創作を海外のファンサイト(AO3)で読んだりもする。
・3か月に一度の遠出:自宅と職場、近所で暮らしているとたまに遠出をしたくなる。海外は不潔だったり言葉が通じなかったりでストレスなので、出かける先はもっぱら国内だ。最近は大学時代のスノボを再開した。ゲレンデは景色がよく、スノボは適度に負荷と躍動感があってかなりいい感じの趣味だと思う。
・衣服の制服化:スティーブ・ジョブズのファンボーイみたいな服選びをしている。服を選ぶリソースがもったいない。ユニクロの特定の服を会社用兼プライベート用として採用し、ボーナス時期に下着を総入れ替えする。他人の目を気にするステージはとうに過ぎた。機能性と一貫性があればそれでいい。
・性欲の完全外注:月1回の風俗。3年ほど同じ嬢を指名している。彼女が川崎から吉原へ移籍した際も、迷わずついていった。同じ人とセックスを続けていると、癖をどんどん把握してくれ、非常に快適にサービスしてもらえる。ビジネスといえど初対面の相手とはそれなりにコミュニケーションをしないといけないので、私は同じ人を指名し続けるのが楽ちんでよいと思っている。ただ、飽きる男性も多いだろうしこれは合理性とかではなく好み、スタイルの話だろう。個人的には「恋愛という不確実な駆け引きに時間を溶かし、相手の機嫌を伺うコストを考えれば、プロに外注するほうがよほどいい。
・仕事:専門職として、都内勤務を維持しながら裁量権を持って働いている。額面年収は1,050万円。上を見ればきりがない。学生時代の友人がさらに稼いでいるのを見て嫉妬することもあるが、これ以上稼いでも使いどころがあるわけではないので転職したいわけでもない。職場は既婚者ばかりだが、誰も私のプライベートに土足で踏み込んでこない。コンプラ万歳だ。
人生の上振れを狙うために、今の快適さを賭けるギャンブルをする気になれない。結婚して子供を作れば、これ以上の多幸感があるのかもしれない。だが、今の平穏をすべて破壊するほどのリスクは無視できない。
今から10年程前、大学時代の友人から卒業後一度も会っていなかったのに、突然連絡が来た。
「久しぶりに会わないか?」
懐かしかったので喜んで快諾したら、当日現れたらなぜかイケイケの水色のスーツ姿で、EXILEみたいにガチムチで刈り上げツーブロックだった。「だいぶ雰囲気変わったね…」と言うと、「最近、ジムで鍛えてるんだよね!」と言われて、半分ドン引きしながら居酒屋へ入った。
懐かしい昔話をして、今の仕事の話になった時に「最近どう?」って聞かれて、「将来結婚した時のために保険には入っておいた方がいいぞ!」と言われて、そこから永遠と保険の素晴らしさについての話になり、「今、俺プルデンシャル生命で保険の営業やってるんだよ。お前の見積もり作ってきたから聞いてくれ!」と言われたが、宗教の勧誘みたいで気持ち悪くなり、丁重に断って帰宅した。
食べることが、三度の飯より好きだ。いや、好きだった、が正しいのかもしれない。
好き嫌いはない。
苦手な人が多いとされている苦みのある野菜や、癖の強い香草も、生で食べたってかまわないくらい好きだ。
以前ラジオで声優の木村昴さんが、「食べ物をあまり不味いと感じない」と言っていたが、非常に共感した。味や風味がすること、食感が楽しめることを“美味しい”と表現してしまうくらいには割となんでも楽しめる。
もちろん質の差や美味しい度合いの差は感じるものの、とりあえず“食べること”それ自体が好きなので食事というだけでおおむね満足なのである。
美味しい店を探すことは趣味だし、幹事も進んでやる。周りから「あなたが薦めてくれる店は美味しい」と喜んでもらえることがうれしい。飲食という行為も飲食を通じた交流の場も大好きだ。
にもかかわらず、三十代になってから徐々に食べられるものに変化が現れた。
カルビがキツイ、なんてベタなところは早々に通り越している。魚ならいけるかといわれれば、大トロももう若干重たい。鮭ハラス定食なんて間違えて頼んだ日には、口内も食道も胃もすべて脂でコーティングされ、脂で溺れているような感覚になる。
そしてその感覚はすぐに気持ち悪さに直結し、食道から今しがた食べたものがせりあがってくるのだ。逆流性食道炎と思しき症状とは、もう三年ほどの付き合いだった。
和定食は体に良いといわれるが、決定的な欠陥がある。そう、塩分だ。
一日に処理できる塩分量は加齢とともに減る、という事実があるのかは知らないが、少なくともわたしは明らかに塩分に弱くなった。
塩分を多く摂った翌日は(さすがに和食程度ではそう酷くはならないが、中華を食べたら終わりである)、浮腫み過ぎて、デイリーで使っている指輪が入らないし、無理矢理はめてもくっきりと跡が残る。瞼が重たいのは当然として、首から上の血管が詰まっているような感じがし、頭痛や首の凝りもひどく頭が回らない。
脂も塩分もダメなら、野菜を食べればいいじゃないと人は言うだろう。
だけど、生野菜は寒い。寒いというのは、お前おもんないわという意味ではない。食べると体が冷えて寒さを感じるのである。生野菜のシャキシャキした食感やフレッシュさは口内をすっきりさせてくれるものの、食べながら体の芯が冷えていく感覚がある。知覚過敏なのか歯にも違和感を覚える。
野菜に限らず、冷奴とかも。名前に「冷」とついているから自明なのだろうが、割と好きだったはずなのに、冷たさがノイズになり昔ほどは美味しいと感じなくなった。
食べられる量や飲酒量も減った。
わたしは以前より飲み仲間たちから「当たりの日と外れの日の差が激しい」と揶揄されることがあった。つまりは、楽しく沢山飲食できる日と、少量しか受け付けない日だ。三十代に入ったばかりの頃は、この割合が7:3~6:4くらいだった。
しかし今となっては5:5……もしかしたら4:6かもしれない。外れの日が上回っている。
大学時代は大食いで、家系ラーメン+ライスを2杯食べておなかいっぱいになることが幸せだった。新卒の初任給で友人たちと叙々苑に行って豪遊しよう!というはしゃいだ企画もした。すべて遠い思い出である。
飲み会における50~60代くらいの男性あるあるに、「自分はもうお酒だけでお腹いっぱいになるから、食べ物は若い人で決めて好きに食べてよ」と言い出すというものがあると思う。
以前は信じられなかった。
歳を取っているとはいっても自分より体の大きい男性である。全然食べられないなんてことないだろうし、若者に遠慮しているのだろうと思っていた。
でも、今なら、あるのかもしれない……と思う。
というか、わたしもすでに、お酒を4~5杯飲んでいるのにまだ前菜をつついている、みたいな外れの日が増えてきている。
男性でも50~60代でその状態になる人が一定数いると考えたら、いまこのていたらくな私の20年後はどうなっているのだろう。外食してもソフトドリンクだけを飲んでいる人になっているかもしれない。寂しすぎる。元気に食べたり飲んだりできることは、とても楽しいのに。
これだけいろいろと食べづらいものが出てくる三十代、みんな何食べてるの??
なんとなく、自炊をする人はやがて蒸籠に行きつくイメージがあるけれど、これはもしかして年齢を重ねると蒸籠飯が体に合うようになってくるからだろうか。
だけどさ、ほんとはもっといろいろ、なんでも美味しく楽しく食べたいんだよ。好きな食べ物は食べ物なんだよ。どうしたらいいんだよ。
私は女。女友達と一緒に花束みたいな恋をした、をやっと観た。公開当時社会人1年目で、刺さりすぎちゃって見れないって、観ないで数年経ってやっと観た。
有村架純演じる絹ちゃんに「もっと大人になれよ」ってイライラしてしまった。でもこの感覚分からないと思った。公開当時大学卒業して社会人1年目だった私は、性別は逆だけど当時の彼氏と同じような関係だったから。まだ大学院生な彼氏。四年生大学を卒業して社会人になった私。半同棲していた大学時代から、私が会社の近くに引っ越したことで、映画の話とはちょっと違うけれど。
特別やりたい仕事かどうか聞かれたら自信はないが、社会人になって「やりがい」というものに触れた私は、菅田将暉演じる麦くんにどうしても似ていた。社会が、会社が、うちの部署が求める私になろうと全力投球していた。通勤を最優先に考えて早めに寝る私を、彼氏は彼氏で受け入れられなかったと思う。なぜなら夜遅くまで彼氏がやるゲームを見て一喜一憂して、明け方寝るのが日常だったから。コロナ禍で大学がリモートになって、なおさらそうだったから。
それでも社会に染まった今では、休日返上で働くのなんて特別なことではないし、今まで好きだった趣味に時間を割けなくなって愛情が薄れるなんであるあるだなと、自分に重ねられる。それでも麦くんは、心から絹ちゃんを愛し、一緒にいたいと思っていたと思う。ラストシーンで心変わりしてプロポーズしたのは、麦くんが絹ちゃんに想う気持ちが、恋から愛に変わっていたからだと思う。
大学生から社会人になるまで付き合って結婚する友達は多い。最近毎週末インスタのストーリーで結婚式の画像が流れる。けれど、大学生から社会人になるまでに別れた恋人たちの方が絶対多いと思う。あの映画に喰らっていられるのはせいぜい今現在社会人3年目くらいの人までだと思う。
高校ラグビーをする人が減ってる話について、単純に一部都市圏や地区の寡占が進みすぎてしまってる。
野球やサッカーは留学生が多いとは言え色んな地区の代表が出てくる一方、ラグビーはずっと似たり寄ったりの高校名が並ぶ。
昔の秋田工とか黒沢尻高が強かったのは新日鉄釜石という存在が大きかったんやろね。
就職もラグビーで結果を出せば手の届かないような大企業を目指すことができるという話はありそう。それこそかつての東北の工業高校もそうだし、今だと財閥系商社・不動産だと大学時代ラグビー部とか少なくないイメージがある。
地方の工場の集約・縮小で地域の若者がラグビーをやる動機が薄れたというのもありそう。
大企業の実業団スボーツとしてのアドバンテージに頼りすぎていた(もしくは現在進行系で頼っている)のだと思う。
今までは大企業への通行手形として選好されてて、プロ化したらそんな下駄がなくなる以上は日本のラグビー界はちゃんと子供達が楽しめるように魅力を広げていく必要があるのではなかろうか。
東大卒で都知事選で得票数が暇空より多くて他の選挙で勝って本当に政治家になれてITリテラシーがあり年下なのに嫁がおり資産は暇空よりも上、もう完全に安野は暇空の敵
一時期暇空が山田太郎叩きしてたのも、安野が大学時代に山田の講義を受けていたと判明したのがきっかけだった
安野叩きが再燃しこれはもう止まらねえよ
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろの嫁のりなくろがなけなしの2000万円を突っ込んでくれたって言ってたのは完全な嘘ってこと?
暇空茜
@himasoraakane
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろ、動画でも確認したんだけど、寄付3000万あつまって自腹は2000万出してます、お金余裕あるんだねと言われて
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろの嫁、最低3.6億あるけど2000万をなけなしかのように装ったことを認め、しかも「別に総資産全額つっこんだとはいってませんw貯めてた金をつっこんだことは事実ですw草w」
まあ一生こいつを信頼することはないな
暇空茜
@himasoraakane
10億持ってる人(当時の時価総額は違うかも)が、それを隠して2000万円をつっこんだのを「ためてたお金全部」と言って寄付をつのるのはちょっと僕はナシと思うかなあ
安野たかひろさんが言うことを信じることは一生ありえないですね
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろがすごい!とかはひろゆきの嫁とかホリエモンとかうさんくせー奴らが言うけど、こいつらも信者も安野たかひろがどうしてすごいのかは説明してくれない
暇空茜
@himasoraakane
わかってないアホが意味不明な反論してくるんだけど、日本人は「嘘つきは泥棒の始まり」と躾けられて育つから嘘つきが嫌いなんだよ
暇空茜
@himasoraakane
問題とされてるのは、安野たかひろ夫婦が、貯めてた金2000万全部突っ込みました!寄付してください!と詐欺的な表現、普通に嘘としか思えないことを言ってたことだとわからないわけないですよね?それってあなたの感想ですよね?
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろはカップラーメンを忙しいから食ってるそうですが、両手が塞がるし汁が飛び散るし栄養も味も良くないカップラーメンとかアホかね?
暇空茜
@himasoraakane
安野たかひろ「貯めていた2000万円全部出しました!選挙のために寄付してください!」安野たかひろ「資産3.6億円+α」嘘つきでは? @YouTube
より
暇空茜
@himasoraakane
結婚6年目。大学の音楽系のサークルで知り合って、在学中に付き合い始めて、就職してちょっとしてから結婚した。
最近っていうか、多分かなり前から、妻が、俺と大学時代の友人A(男)のBL漫画を描いているっぽい。
いや、もちろんそのまんまってわけじゃなくて、名前とか設定は違うんだけど、見た目とか性格とか話し方とか、そういうのはほぼそのまんまで、
妻が漫画好きで、自分でも漫画を描いているのは以前から知っていた。ただ、↑で書いた通り俺と妻は飽くまで音楽系サークル繋がりで、
俺は漫画って言ったらヒロアカとか鬼滅をちょっと読むくらいしか知らないので、特に妻の活動に興味を示したり口出ししたりはしなかったんだ。
ただ、この前本当にたまたま、置きっぱなしになっていたUSBメモリ、あれこれ俺のだっけと思って中身を確認してみたら画像データっぽいもの(psdだったと思う)が大量に入ってて、
見てみたら俺とAが絡んでいる漫画だった。見なかったことにしたんだけど、やはりかなり衝撃的で、今結構悩んでいる。
知見がある人に聞きたいんだけど、これ、妻の心理的にはどういう心理なんだろう?
立場が逆だったら、俺は妻がモデルのキャラが他人と性的関係になっている場面とか絶対読みたくもないし描きたくもないと思うんだけど。
妻が実はAに対して恋愛感情をもっていて、直接描くとあからさまだから俺を変わりにしているのか?とか、とにかく悩んでいて頭が混乱している。妻と仲は悪くないと思うんだけど。
去年の話なんだけど、親会社から学歴とコネの塊みたいな新社長がやってきた。
「次回のアジェンダは?」
皆苛々してたんだが立場上誰もなにも言えない。ある日の会議のこと。そのとき社長がニヤニヤしながら俺に言ってくるわけ。
社長:「今度のプロジェクトのコンセンサス、いつまでに取れる? ちゃんとリスケなしで完遂してよね」
二周りも年下であるはずなのにその見下すような態度と口ぶり。流石に我慢の限界となって、俺は反論した。
俺:「社長、本件の衆議の整ひにつきましては、いまだ見えぬ状況に御座候」
社長:「……え? しゅう……ぎ?」
俺:「ええ。現場の者共も『いかなるかほう(利)が人々にあらん』と、首を傾げておりますれば。さらに申せば、このしつらへ(計画)自体、いささかあやしうこそ、もの狂ほしけれ」
俺:「さやうなたぶらかしなき約束(うけひ)を求められましても、しるし(証拠)なきことには、ひのべ(延期)にいたすほかございません。これぞ、真の難所(イシュー)に御座候」
会議室、シーン……。
俺:「……えっ。社長こそ、さっきからどこの国の言葉か分からない装飾言語ばかりお使いでしたので。てっきり、日本古来の美しい言葉ならコンセンサスよりは通じるかと思ったのですが……」
周りのベテラン社員たちが、必死に笑いを堪えてプルプル震えてた。
結局、社長は真っ赤になって「もういい!」って会議室から出ていった。
後で部長に「お前、あれ何だよw」って爆笑されたけど、現場の士気は爆上がり。
同じ意味の言葉でも、意味が分からないと意味がない。寧ろ苛々するってことを身をもって知ったはず。
今年、どう変わっているのかが少し楽しみだ。
気持ちの整理のためにここに吐き出させてもらいたい。知っている人が見たら即身バレだろうが。
自分の出身は関東で相手は関西。当時自分は北東北で働いており、相手も大学が隣の県であったためにマッチしてやり取りするようになった。顔が可愛いのはもちろん、頭がよくて話が合い、英語が話せて海外志向である点など自分とは違うタイプであったのがとても魅力的であった。
いい感じではあったが向こうに他に付き合う人ができたようで連絡しなくなり、その何ヶ月か後に別れてまた連絡を取るようになった。
自分はそれまでろくに女性と付き合ったことがなく、いわゆる童貞であった。
最初に会ったのは東北の中心地の仙台で、何をとち狂ったのかいきなりシティホテルのちょっと良い部屋(ツインにはした)を3泊予約した。
水族館とかありきたりなデートをしたり少し高めな焼肉に行ったりして2日め夜に彼女に促される形で告白し、付き合うことになった。
3日めに初体験を迎えることとなったのだが、緊張のため立たなかった。しかし一日中部屋でイチャイチャして幸せであった。
それからは1ヶ月記念旅行や3ヶ月でペアリングを買ったり、順調であった。
毎年付き合った記念日には旅行に行っていた。記念日ごとに彼女が作ってくれた手作りのアルバムが宝物だ。
普段は遠距離であったが相手は学生でコロナ禍のためリモート授業であり(寮生活だったのが実家の関西に戻っていた)、2ヶ月に一回くらい私の家に数週間泊まりに来てくれた。帰り際にサプライズで1つ1つにコメントを書いて作り置きのおかず何品を冷凍庫に残して行ってくれたのは今でも記憶に残っているし、別れ際に毎回泣いてしまう私に手紙を書き置きしてくれたこともある。
そんなこんなで時々旅行などに行きつつ、普段は私の家まで来て泊まってくれるという感じで関係が続いていた。
3年め頃には彼女はヨーロッパに半年×2+8ヶ月くらいで留学にいった。大学時代の留学と大学院だ。時差の関係でこっちの深夜か朝方に毎日のように電話した(電話に関しては彼女の意向が強かった)。寝不足に悩まされることも多かったが、元気にやれていることがわかって良かった。時々日本からの食糧などの荷物も送った。毎回10kg近くになって重かった。
初めての海外旅行に行ったのもこの頃だ。自分は英語に苦手意識があったが、彼女は留学先に戻る前に行きたいとのことで全額自分持ちでサントリーニ島に行った。景色が本当に素晴らしく、また絶対に行こうねとよく話していた。お土産のパーカーをお揃いで買った。
そこから海外へのハードルが下がり、彼女の留学先に遊びに行ったり、海外在住の友人に1人で会いに行ったりなどするようになった。他にも彼女と1回ヨーロッパに旅行に行った。相変わらず英語は下手だが、下手なりに話せばいいんだなと思えるようになった。
この頃から恋愛的なドキドキはなくなり、一緒にいると落ち着く相手に変わっていった。それは相手も同じだったと思う。
留学から帰ってきてしばらく経った4年めのクリスマスには手作りのアドベントカレンダーを送った。箱自体は既製品で中身を24品+α選んで詰めた。本当に大変だったがすごく喜んでくれた。次やるのはプロポーズの指輪を最後に仕込むサプライズをやる時かな、とぼんやり考えていた。
このことを話した職場の先輩からはカラオケの後の3次会で「4年めのアドベントカレンダーなんて俺が3年めの浮気を楽しく歌ったのが軽すぎるな」なんて茶化された。
転機は昨年だった。彼女が4月から東京の外資系コンサルに就職した。当然仕事は忙しく、メンタルをやられたりした時もあったが同期ともよく遊んだり楽しそうに過ごしていた。自分は変わらず仙台だったが今までのうちで一番近かったため月1以上で週末に会いに行った。ここに至っても毎日のように電話する習慣は変わっていなかった。
前からもう少し恋愛がしたいとは言っていたが、周り(彼女より2-3歳下)がそういうことで楽しそうにしているのを間近で見て影響を受けたのだろう。
1ヶ月前くらいに彼女が留学時の友人に会いに一週間ほど旅行に行った。その頃から連絡がそっけなかったり、必ず繋いでいた手を繋がなくなったり、電話しようと言っても断られたりなど兆しは見えていた。また、外すことのなかったペアリングとプレゼントのブレスレット・ネックレスを外していた。
余談だが、ブレスレットは留学先で切れて落ちてしまい、彼女に泣きながら謝られた。その後サプライズのつもりで留学先に行った時にブレスレットをプレゼントしたが、予期されていたらしい…。
そして前々から約束していたので予定通り年越しを彼女と過ごし、予感していた通り振られた。
彼女との関係性を言っていなかったな。趣味もご飯とお酒や好きなyoutuberが同じということ以外は被りがなく、価値観も異なり政治的な考え方に至っては真逆であった。ケンカ(というより怒られた感じだが)はしょっちゅうだった。自分は仕事はそれなりのものに就いているが生活態度がかなりだらしない。一方で彼女は非常にしっかりしている。自分の片付けがだらしなかったり物を出しっぱなしにしていたり報連相がなかったりなど色々と言われることが多く、きつい時には別れた方が楽になると何回か思ったほどだ。
それでも改善の努力をしてケンカの頻度はやや減ってきた(生活態度はまだまだ直っていない)。
正直人から見て合わないタイプの2人だったと思うし、努力で関係性を続けてきた面も否めない。相手は感情など素直にぶつけてきたが私は言いたいことをなかなか言えないことも多かった。
それでも自分は彼女のことをかけがえのない存在だと思っていたし、性的な目で見ることが減ってきても大切だという思いは増していった。
無垢な寝顔が好きだったしプレゼントなどで喜ぶ顔が嬉しかった。自分の愛情をほぼ無条件に受け入れてくれる相手として、自分のことを深く理解してくれる相手として、なくてはならない存在であった。また、これからも彼女の一番の理解者になれるのは自分だと自信を持っている(この辺はだいぶ重いだろうか)。
今の自分は彼女によって作り直されたと言っても過言ではない。内向きからやや外向きになったし、友人関係も前より大事にするようになった。身につけているものはほとんどが彼女からのプレゼントだ。髪型もパーマにするようになった。付き合う前はお金第一であったが、今では彼女が喜ぶのが一番でそのための出費は惜しくなかった。仕事優先から彼女優先にも変わった。日常で彼女が関係しないものはないと言ってもいい。
彼女も付き合っていくうちに変わってきたと思う。前はメンヘラ傾向というか、自信のなさからか、夜に電話してても急に泣き出して別れないよね?と聞いてくることが度々あったが今では可愛いねと言ってもでしょ?と答えるくらい自信を持てるようになったようだ。ただ、モテないというコンプレックスについては自分がどんなに愛情を注いだつもりでも、癒すことはできなかったようだ。
話を戻そう。別れ話は淡々としていた。彼女は相手に尽くすタイプだったが私が尽くしていたためにそれができなかったこと、それにより思うように女性らしくいられなかったのがストレスだったこと、ドキドキ感がなくなってしまったこと。
それでも5年間は大切な日々だったし大切な存在を失って後悔するかもしれないとも言ってくれた。自分は泣きながら聞くばかりだったが、彼女もまだ気持ちが揺らいでいるなどと言いながら泣いてくれた。
別れ話以外は量は減ったものの普段通りの会話だったし年越しの初詣は彼女の幼馴染と3人でいった(去年も同じであった)。
別れ際も新幹線改札まで送ってくれた。最後にはいい〇〇(私の職業)になってねと応援してくれた。最後まで私のことを大事に思ってくれてるんだなと感じた。改札を通ってからも振り返れば笑顔で大きく手を振ってくれていた。普段の別れの時のように、まるでまた会えるかのように。私はいつも以上に泣いていた。
一年くらい引きずるのは確実だろう。彼女の3月の誕生日にはおめでとうのメッセージの許可ももらってしまった。それでも、脳内の彼女に怒られながら部屋をきれいにしたり、海外にまた行くために英会話を頑張ったりして引きずりながらも成長はしていけると思う。いわばこれは彼女からの卒業なのだ。今は気持ちの整理がつかず、これを泣きながら書いているがいつか部屋がきれいな状態を保てるようになり、英語にも自信がついて職業技能も向上し、身につけるものが刷新された時、新しく愛せる相手を見つけられるようになるはずだ。
脱線も多くわかりにくい駄文を最後まで読んでくれてありがとう。
彼女への愛、自分の気持ちを昇華するために文章にさせてもらった。いわゆるジャーナリングのつもりである。
追記:なぜプロポーズをしなかったと訊かれそうだから断っておくが、プロポーズについては彼女が社会人として落ち着いてからがいいということを前から話し合っていたためにまだしていなかった。指輪を見に行こうねとも話していたがそれが実ることはなかった。
日本の健康保険はすごい。手術費が400万円以上かかったのに16万程度しか負担してない。高額療養費制度が凄すぎる。
外科医、7時間くらいの手術をして凄い。ぶっ通しで集中するって凄すぎる。入院病棟の看護師の方も凄い。なんか脱毛で通ってた皮膚科の看護師の方とはテキパキさが全然違うのね。脱毛とは違って急変して死ぬような患者が次々来る場所だからそれもそうなのか。
会社ありがとう。手術で長期の休みくれて。会社自体にそれなりの規模があり、抜けている間も業務のパンク状態にはならなかったと思う。就活頑張ってよかった。
死ぬ可能性ゼロではなかったので、死ぬつもりで引継ぎ資料を作ったのも新鮮だった。自宅も完璧に片付けてネット証券のログイン情報とかも家族向け死亡時引継ぎ資料としてまとめた。27歳で一旦死ぬつもりになってみるのは良い体験だった。
私がこうなったことで母が一時的にスピってしまった。告知直後から私より母が精神状態が変になってしまい、母には正確な病状等を伝えないようになった。
基本全部「この手術では絶対死なないから大丈夫!」みたいな感じでポジティブな嘘をついてた。家族への説明は父が受けてくれてありがたかった。あと私が入院あけて回復して職場復帰していったことで母がもとに戻っていったのもとりあえずは良かった。
病気で手術するから入院という話をしてから大学時代から7年付き合ってた彼氏に振られたのはすごい。恋愛ほど脆いものはないな。というか、逆の立場で彼氏のほうが難病になりましたってとき、
じゃあ私が全力で一生支えますみたいな気持ちになれたかというとそれも微妙だった。付き合いが長くなりすぎて冷めてきてはいたが、本当に関係がゾンビ状態だったのだなと実感した。
別れたあとも連絡は可能な状態になっていたけど、職場の23歳の子にアプローチして振られたという謎の愚痴をLINEしてきたのでブロックした。
なんなんだこいつ…となったけど、「それ私に言うことじゃなくない?」って内容をわざわざ言ってくるのは知り合った頃から何も変わってなかった。
病気をするまでとくに気にしていなかった健康保険だけど、本当にその価値を思い知った。大病院の設備も人材もすごい。日本に生まれてなかったら死んでいたんだろうなとしみじみ思う。
医療関係者の方々もすごい。ハードワークだ。あなたたちが医療業界を志してなかったら私は生きてない。本当にありがとうございます。
あと、入院明けで歩くのが激遅状態のとき父が車を出してくれて荷物積んで家まで運んでくれたのもありがたかった。利便性の高い場所に住んでると正直、車必須のシチュエーションが少なくて、免許取らないままここまできたのだけど、
父の迎えがあってなんか改めて、使う頻度が低いままだったとしても、免許欲しいなと思って。2026年は自動車学校に通う。春休みの大学生で混み始める前にね。
スキルというものが光輝いて見えて、気持ち(?)のような曖昧なものの価値が自分の中で下がった一年だった。日本はいい国だと思います。健康保険を納めてくださっている方々もありがとう。良いお年を。
■既婚者同士の男女が二人きりで飲みに行くのはあり?
50代、結婚して20年は経つ父が、大学時代の同級生の女性(向こうも既婚者)に飲みに誘われ、行こうとして、母と大喧嘩。
母がよくないと言ってるから行かなければいいのでは?と思うのだけど、父は「なんでお前に交友関係を制限されなきゃいけないんだ。俺が稼いだ金で飲みに行くのに。そんなんなら離婚する」と言い放った。売り言葉に買い言葉ではあると思うのだけども、それにしてもびっくりしてしまった。
大前提、男女の関係に無い・不倫などはしていないものとして、妻が夫の交友関係(異性含む)に口出しするのはあまり良くないのだろうか。
学生の私の感覚だと、彼氏彼女がいる以上、異性の友人と二人きりで飲みに行けないのはしょうがないもの、相手が嫌がるなら我慢しなきゃいけないと思うんだけども、父には「お前らみたいにラブラブで付き合ってるのとお父さん達では違うんだから、お前が口出す話じゃない」と言われてしまった。
父が家庭を蔑ろにしているわけじゃないなら私はなんでもいいのだけど。
「こんな生活辞めてやる」とまで言うもんだから、父にとっては私たち家族よりその女性と飲みに行く方が大事なのかと、少しショックを受けてしまっている。
父は娘の私には優しいけど、母には当たりが強い。
私は父も母も好きだから辛い。
北国生まれの私は、大学を出てからずっと関西で働いている。妻も関西出身だ。
両親はもう亡くなっていて、実家もない。でも、何度か家族を自分の生まれ故郷に連れて行ったことがある。観光地だから見どころも多いし、食べ物も美味しい。インバウンド客もそこそこ多い。人口は減っているけれど、観光という点では恵まれている街だ。
じゃあスキーでも体験させてやるかと思って、家族で生まれ故郷の街にスキーしに行くことにした。
私自身も大学卒業以来10年以上スキーをしていないから、今回はレッスンを受けて、道具は全部レンタルするつもりだった。
ところが、大学時代によく行っていたスキー場のホームページを見て、思わず笑ってしまった。
今どき電話って……。
それなのにレンタルやレッスンを運営しているのは地元の別会社で、そのホームページを見たら20年前の化石みたい。
それでいて「インバウンド客を取り込みたい」とか言ってるんだろう?冗談もたいがいにしてほしい。
最低限、問い合わせフォームを作って、メールで返信できるようにするだけでもいいのに。
いまどき個人事業主でもそれくらいやってる。
AIだのDXだの言わなくても、ほんの少し手を動かすだけで売上が変わるのに、なぜやらない?
大した手をかけなくてもお金が転がってるのに、なぜ拾おうとしないの?
年齢も35になって、両親も恋人はいないのか、結婚する予定はないのかと世間話をしてくる。
別にその圧には悩んでいないけど、
ふと気がついたら、大学を卒業してから10年以上も女性と新しく知り合ってないことにびっくりした。
友達のコミュニティメンバーは大学時代からずっと変わらない。コミュニティに女性はいたし、いまでも複数人と友達だが、全員俺の男友達と結婚している。みんなと家族ぐるみで旅行に行く程度には仲がいい。そこに新しい独身女性が入り込んでくる可能性は当たり前だけどない。
勤め先もめちゃくちゃ小さい理工系の中小なので、事務のおばちゃん以外社員全員男性だ。新入社員もこの10年全員男。
居酒屋にも1人で行くけど、女の子がいるような店には行かないで馴染みの店でマスターとしゃべってる。
結婚願望も恋愛願望もないし、童貞だけど気にしてないし、年々性欲も減衰してセックスもしたいと思ってないから、進んで女性のいる場所に行く理由がまったくない。
なにか趣味の教室やスクールに通うか、と思って調べたこともあるけど地方すぎてヨガとか老人向けの健康教室しかなかった。
そういう恋愛したいとかセックスしたいとかに突き動かされないと、女の人がいるコミュニティにわざわざアクセスしようとすることってないんだなあ。
たぶんこの調子なら今後のも女の人と出会うことはないんだろうか。
というか、女の人を好きになった記憶がない。
性欲はあるけど、恋愛的なのがピンとこない
性欲はシコってれば解決する
出会ってないから、女の人と関係を持ちたいと思う機会がないだけかもしれない。出会えば、自分は恋愛や結婚やセックスをしたいと思うのかもしれない。そこんところがわからない。
あえて出会いを求めるならマチアプなんだろうけど、恋愛も結婚もセックスもするつもりないなら女の人である必要がなくて、そんな人間がマチアプするのは相手に失礼かなあと思う。
というか「俺は女の人を好きになることがあるのか?」なんて試しのためにマチアプするやつ、なんかの気取った漫画のキャラみたいで嫌でしょ、相手は。
増田のみなさん、そこんとこどうなんでしょ
大学時代の友人。
大学で知り合う。おしゃれな雰囲気が出ていて、ああ都会出身の人は違うなと思った。でも気さくな奴で、飲んだり、遊んだり、二人で旅行にいったりした。
大手企業勤務後に自分で会社を作り、色々と実験的なサービスを生み出していた。
ステージの上で自信満々にプレゼンする友は、輝いており、正直うらやましいと思っていた。
ただ、彼の会社のサービスが大規模に採用されている様子はなかったので、なかなかビジネスは難しいのかも、とも思っていた。
その数年後、メッセンジャーで彼にメッセージを送っても既読がつかなくなった。
その時点で共通する知人は一人しかおらず、その彼に連絡したところ、何か隠しているような無難な返信が来たが、その知人とはそこまで親しくないため、これ以上突っ込めなかった。
そこから数年。
友人の近況がXで10年ぶりにアップデートされているのを拝見。彼は会社員に戻っていた。顔写真が最近のものにUpdateされていて、そこには昔と変わらぬ元気そうな笑顔が。
おそらく、ここに至るまでいろいろなことがあったのだと思う。
でも、友人が元気そうで本当によかった。嬉しい。
どう声をかけるのが自然で、嫌味にならないか迷って、まだ声をかけられていない。
そこまで親しかったわけではないが、まあまあ仲は良かったほう。
多人数で遊ぶ中の一人、という感じの距離感。おそらく二人だけで遊んだことはなかったと思う。
高校は別だったので、それから長期間全く連絡を取らず。お互い思い出すこともなかった。
そして、何のきっかけだったかは覚えていないが、東京で会うことに。
「人でも殺してきたんですか」という、座った目をしていることにまず驚いた。威圧感がある。
彼は、大手企業に勤めた後、ある業界でトップコンサルタントになっており、「仕事かったるいんだよね」、といいつつも、大手企業との契約をばしばし決めていた。
1人でやっているコンサルタント業で、年商が1億といっていたので、うわ、すごいな、うらやましいなと思った記憶。
そして、コンサル業を主軸にしつつ、関連するビジネスにも無理なく、コスト負担少なく広げていっているようにも見えた。
「何かおこぼれに預かれればラッキー」と思い、彼のビジネスをちょっと手伝ったこともある。
その後、自分は自分の仕事に忙しくなり、彼も私と組むメリットが特にないことから、音信不通に。
数年がたち、ふと思い立って、彼の会社を検索してみると、ホームページが消えている。法人自体はまだあるようだが。
90年代はもう成熟してバブル崩壊して日本が傾き始めてた時期だと思うよ…😟
日本が平和で幸せだったのは、皮肉なことにメガゾーン23の台詞にあるように、80年代だと思う
スネ夫みたいな金持ちの子の家に行って、ファミコンのダックハントするのが好きだった
小学校の社会の授業で、日本が世界で一番経済的に豊か、と言われて、へー、そうなんだ、と思ってた
でも、自分が大学に入った辺りから、もう日本の半導体は台湾に負け始めていた
大学時代は、PC-9801、X68000、FM-TOWNS、AMIGAなどのパソコンがあったが、
それらがDOS/V、Windows 3.1、そしてWindows95が決定打になり、PC/AT互換機がパソコンの主流になっていく
家でもLinuxやFreeBSDが動作するようになり、日本のパソコンは急速に色褪せていく
Microsoftさえ、最初はインターネットに否定的であったが、ネットは急速に広まっていく
C++に挫折した自分はJavaを書くようになり、そこからまたC++に戻っていった
半導体は負け始めていようが、バブルが崩壊していようが、オウム事件、ノストラダムスの大予言があろうが、
自分にはまったく関係ないと思ってた、日本のメカトロ、ロボット技術はまだまだ健在であった
中身をどう評価するかはともかく、あの今の中国のような勢いが、今の日本にはまったく感じられない
まるで老人が元気な若者たちを見て、まだまだ若いな、青いな、みたいに嘲るような雰囲気がまだ日本にはある
これまでの間、我々は台湾に負け、韓国に負け、そして中国に負けようとしている
セルアニメとしての限界を迎えていて、やがてデジタル作画に移行するわけだが、デジタルの色彩は酷いものであった
正にセルアニメ時代の最後尾、素晴らしいセルアニメが大量に作られた
メタルも80年代の若い時代から、90年代は成熟して落ち着いた感じさえあった、
大学になってメタルを聴くようになった自分は、小中高と洋楽にどっぷり浸かってきた勢にはバカにされたが、
80年代はもう整理されていて、それを落ち着いて摂取することができた気がする
勢いがあったのは、やはり80年代であろう
私にはSとNという友人がいる。三人でよく食事したり、旅行に行っていた。
Sは、アクティブなタイプ。色々な遊びを提案したり女子会を企画してくれていた。
Nは、そんなに自己主張が強くなく、聞き上手でおっとりしたタイプだった。
社会人になって数年後、Nが占いにはまった。なんでも凄い占い師さんがいて、その人のタロットカードの動画を見ているらしい。自分でも始めてみたと言っていた。
私はよくわからなかったが、タロットカードは何かを教える・未来を当てるというより、励ましのメッセージをくれたり、今の自分の背中を押してくれるものらしい。
「(私)とSも占ってあげるよ!」と言われたけれど、私は占いに本当に興味がなく…
断りたかったが、Nの今の生きがいになっているなら水を差すようなことは言いたくないと思い、テキトーに仕事運を見てもらった。
Sも断らず、結婚運を見てもらっていた。Nは楽しそうだった。
Nは、占いにはまっていく中で、妙なテンションになることが増えてきて、SNSなどの投稿も増えていった。
占いに関さない内容の発言も次第に過激になっていき、SNSでプチ炎上したり、人間関係のトラブルも増えたそうだった。
大学時代の友人ともめ事を起こし、高校の部活の友人と喧嘩をし、地元の友人からは縁を切られ…
今、付き合いがあるリアルな友人関係は、私とSだけになっていたようだった。
「神様とつながる」「宇宙のエネルギーを感じる」「前世の記憶がよみがえった」「女神のお告げで~」みたいな内容ばかりになり、
私とSで「これ大丈夫かな」「スピ?だよね?」「なんか宗教にはまった?」と話していたが、ときどきLINEしたり、SNSでリプライを送り合うときのNは、普通に見えた。
なんかNによると、満月の夜にはナントカのパワーが漲り、ナントカを浄化することで、神様からのメッセージをもらい、新しい自分のシーズンに入ったらそこからはナントカが変動していくらしい。本当によくわからなかった。
私だけじゃなくてSも同様に思っていたようで「とりあえず占いの話題になったときは当たり障りのない返事をして、そっとしておこう」と話していた。
Nが占い(スピ)にどっぷり浸かってきたちょうどその頃、私は私で身内に不幸があったり、仕事で部署移動や資格試験があったりして忙しくなった。
Sも同様に、結婚や引っ越し、転職などで忙しくなり、3人のグループLINEの稼働頻度が下がった。
「なんか騙されてたかも」「あの神様とは相性が悪いからもう信じない」と、スピってるのかスピってないのかよく分からないことを言い、脱スピ宣言を出していた。(SNSで)
でも、私は、なんとなくNに会いたいとは思えなかった。勧誘されないことも、無理に占わされないことも分かってはいたが、会いたくなかった。
元に戻ったのかもしれないが、私が本当に仲良くしていた数年前のNとは、やはり違う人間な気がして、どうしても会いたいと思えない。
SNSやLINEなどでも、以前のようなやりとりができなくなった。Sも同様に感じていて、結果的に疎遠になっているらしい。
先日、SNSでNは、「女子の友情なんてどうせ嘘ばかり」「避けられてるなって感じる、はあ…」「どこにも味方がいない気がする」と病み投稿をしていたが、たぶん私たちに向けた投稿なんだと思う。そういうところも無理、と思うけれど、もちろん言えない。
スピにどっぷり浸かっている人に距離を置くならともかく、脱スピした人とも付き合うのをやめたいと思うなんて、冷たいのかな。
でも、なんか無理なんだよな…