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はてなキーワード: ヒット曲とは

2026-05-09

最近ヒット曲「好き」「愛してる」「別れたくない」「recklessfireそう大胆に魂に火をつけろ」

こんなんばっか…😓

2026-05-08

今何故か中森明菜の昔の曲を聴いているのだが

サザン・ウィンドの間奏にYesのアレが使われていて驚いた(恐らく有名なんだろう)

両曲のリリースYesが83年明菜が84年だ

前年のヒット曲?をサクッと使ってしまうのが凄まじい

昔はそんなものだろうか

20年の時を経て使う、努力未来・a beautiful starとかとは違うと思う(左記はあくまリスペクト)

調べてみたら、サザン・ウィンドは玉置浩二作曲である

YesのOwner of a Lonely Heartイントロが入り込んだのが作曲の時点なのか編曲の時点なのかは知らんが

なかなかゴツいパクり方だ

と言っても、洋邦時代を問わず名曲フレーズ使いまくりから驚くようなことでもないが

2026-04-17

anond:20260417143847

ほれ

https://news.yahoo.co.jp/articles/114347c0a69d2c242b6d286c2461f6d7e93a7bf5

ヒット曲「innocent world」など多くの曲で編曲担当するなどタッグを組んできたのは音楽プロデューサー小林武史氏。近年はセルフプロデュースが増えていたが、新しいアルバム「産声」ではピアノ主導の曲など3曲に小林氏が参加している。

2026-04-06

anond:20260406135925

でも今いるファン接触目当てなんでしょ

ずいぶん長いことやってるのにヒット曲が1曲もないなんて

それなのに動員があるってことはそういうことなんでしょ

2026-04-01

[]アイズ・オブ・マーチ(The Ides of March

アイズ・オブ・マーチ(The Ides of March)は、古代ローマ暦の3月15日を指し、紀元前44年にユリウス・シーザー暗殺された日として歴史的に有名です。シェイクスピア戯曲ジュリアス・シーザー』の「3月15日を警戒せよ」というセリフで知られ、転じて「不吉な日」「危険が迫る日」の代名詞ともなっています

 

 

歴史的背景: ローマ暦では「Idus(イードゥス)」が月の真ん中(13日、または3・5・7・10月は15日)を指し、3月は15日でした。

シーザー暗殺: 紀元前44年3月15日ローマ独裁官ジュリアス・シーザーが議場でブルータスらに暗殺されました。

文学的引用: ウィリアム・シェイクスピア戯曲ジュリアス・シーザー』において、占い師シーザー暗殺危険を予告する言葉として有名です。

音楽映画: アメリカバンド名(1970年ヒット曲「Vehicle」で知られる)や、ジョージ・クルーニー監督・主演の映画スーパー・チューズデー正義を売った日〜』(原題: The Ides of March)のタイトルとしても使われています

2026-03-30

NISSAN あ・安部礼司 〜BEYOND THE AVERAGE〜』

TOKYO FM長寿番組NISSAN あ・安部礼司 〜BEYOND THE AVERAGE〜』。2006年に産声をあげたこ物語は、ごくごく普通サラリーマン安部礼司を主人公に、日本の「平均的」な日常20年にわたり描き続けてきました。

その軌跡を、大きな時代の流れとともに振り返ります

1. 始まりと「平均」へのこだわり(2006年〜)

2006年4月番組スタートしました。主人公安部礼司は、神保町の「大日本ジェネラル」に勤める、至って平凡な30代。物語のコンセプトは「平均的なサラリーマン日常」であり、昭和流行歌BGMに、仕事の悩みや恋模様をユーモアたっぷりに描きました。

当初は独身だった安部くんですが、同僚の倉橋優との不器用な恋がリスナーの心を掴みます。数々のすれ違いを経て、二人は日本武道館でのイベントや公開生放送を通じて絆を深め、ついに結婚。この「等身大幸せ」が、多くのサラリーマン希望となりました。

2. ライフステージの変化と「パパ」への道

結婚後、物語安部家の家庭生活へとシフトしていきます長男・永太、長女・蘭が誕生し、安部くんは「イクメン」の壁にぶつかりながらも成長していきました。

一方で、会社では後輩の飯野平太が「イマドキの新人類から頼れる中堅へと脱皮し、上司刈谷勇(安部くんの永遠のライバルであり親友)は、破天荒言動で常に物語をかき乱しました。彼らの掛け合いは、単なるコメディを超え、変わりゆく日本労働環境家族のあり方を映し出す鏡となっていきました。

3. デジタル化と「変わらないもの

2010年代後半から2020年代にかけて、物語は大きな転換期を迎えます働き方改革リモートワークの普及、そしてパンデミック大日本ジェネラルの面々も、時代の荒波に揉まれました。

しかし、どんなにテクノロジー進化し、働き方が変わっても、この番組が描き続けたのは「人と人との温度感」です。日曜日夕方黄昏時に流れる80's〜90'sのヒット曲とともに、失敗しても明日からまた頑張ろうと思える「普通」の尊さを伝え続けました。

4. 20年目の現在地

20年という月日は、安部くんを「平均的な30代」からベテランの50代」へと変えました。かつての若手社員は今や管理職の悩みを抱え、子供たちは成長し、社会は激変しました。

それでも、安部礼司は今も神保町で、少し情けなくて、でも最高に温かい日常を積み重ねています。この物語は、リスナー一人ひとりの人生と並走してきた「20年間の戦友」のような存在なのです。

2026-03-29

B'zって

気がつくとウルトラソウルの後ヒット曲が無いんだよな

最近一番話題になったのが稲葉タッチだし

2026-03-26

シティーハンターGet Wild(ゲットワイルド)をここまで神話化した理由

シティーハンターGet Wildをここまで神話化した理由

思考時間: 1 秒

これ、かなり核心だね。

Get Wild名曲だった のは前提としてある。

でも “神話”にしたのはシティーハンター側 だと思う。

まり

曲が作品に合った

だけじゃなくて、

作品の終わらせ方そのものGet Wild儀式にした。

ここが大きい。

1. まず「エンディング流れる」のが強すぎた

これが最大級に大きい。

オープニング曲って、作品入口なんだよね。

でもエンディング曲は、物語を見終わったあとの感情を回収する曲 になる。

シティーハンターって毎回、

ドタバタ

アクション

色気

軽口

でも最後は少し切ない

みたいな余韻が残ることが多い。

そのラストGet Wild が入ると、

その回の話が全部

「夜の都会の物語だった」

って感じに再編される。

まり Get Wild は単なるBGMじゃなくて、

各話の感情の着地点 になった。

これが何十回も繰り返される。

すると視聴者の中で、

事件が終わる → 夜が来る → Get Wild が鳴る

という回路ができる。

もうここまで来ると曲じゃなくて、条件反射レベル演出装置 なんだよね。

2. 「終わり方の美学」と完全に噛み合っていた

シティーハンターの強さって、

派手なアクションだけじゃなくて、

終わり際がかっこいい ことなんだよね。

冴羽獠って、

ふだんはスケベで軽い

でも決める時は決める

依頼人人生には深く踏み込みすぎない

どこか去っていく男

という、すごく**“余韻の似合う主人公”**なんだよ。

で、Get Wild ってまさに余韻の曲。

全部を説明しない。

泣かせにも来すぎない。

でも感情を残す。

から話が終わった瞬間に流れると、

視聴者

「獠にも言葉にしない孤独がある」

この街の夜はまだ続いていく」

って自然に感じる。

これがすごい。

作品が曲を説明してないのに、

曲が作品の奥行きを勝手に増やしてる。

3. シティーハンター自体が「都会の夜の神話」だった

ここも大きい。

シティーハンターって、ただのアニメじゃなくて、

新宿という都市の夢 を背負ってるんだよね。

夜の街

ネオン

危険

美女

裏社会

でもどこか人情がある

一人で全部背負う男

こういうものを、

漫画アニメとしてすごくうまくパッケージしてた。

まり作品の時点で、もう

都会はかっこいい

でも都会は寂しい

それでもこの街で生きる

という世界観ができてた。

Get Wild はそこに、ほぼ完璧に一致した。

から曲が作品を支えたというより、

作品と曲が合体して、ひとつの都会神話になった。

もしこれが田舎の学園ものとか、

昼の青春ものだったら、ここまで神話化しなかったはず。

シティーハンター都市性があったから、Get Wild はただの主題歌を超えた。

4. 冴羽獠というキャラの“言わなさ”に合いすぎていた

これもかなり重要

獠って、何でも口で説明するキャラじゃない。

本音を長々しゃべらない。

色気もあるし、バカもやるけど、

芯の部分はかなり寡黙。

から視聴者は、

獠の感情を全部セリフでは受け取らない。

最後空気で感じる ことになる。

そこに Get Wild流れると、

曲が獠の代わりにしゃべるんだよね。

でも歌詞ベタ説明しないから、

「獠はいまこう思ってます」にならない。

その代わりに

強がり

孤独

優しさ

去っていく感じ

街に溶ける感じ

がまとめて立ち上がる。

まり Get Wild は、

冴羽獠内面説明しすぎずに補完する曲 だった。

この距離感絶妙だった。

5. 毎回の「入り方」がかっこよかった

これも神話化にめちゃくちゃ効いてる。

Get Wild って、曲単体でももちろんいい。

でもシティーハンターでは、

どこで入るか がすごく大きかった。

話の最後の一撃、別れ、振り返り、歩き出し、夜景、静かな締め。

そういう瞬間にスッと入る。

この「入るタイミング」が何回も決まると、視聴者はもう快感になる。

要するに、

名曲から 기억に残った だけじゃなくて、

毎回“勝つ場面”で使われたか神話になった。

プロレスでいえば入場曲みたいなものに近い。

自体の良さに加えて、

鳴る状況がずっと美味しかった。

これがデカい。

6. 「アニメの曲」なのに、作品の外でも成立した

神話化するにはこれも必要

Get Wildシティーハンター文脈で強い。

でも作品を離れても、

夜のドライブ

都会の帰り道

一人の時間

ちょっとキメたい気分

で成立する。

まり視聴者日常再生できた。

これが強い。

毎週テレビで刷り込まれイメージが、

現実の夜道でも起動するわけ。

すると人は、作品を見てない時でも

自分人生を少しシティーハンター化してしまう。

帰り道に Get Wild聴くだけで、

ちょっと新宿っぽい、ちょっとハードボイルドっぽい、

ちょっと“わかってる大人”っぽい気分になれる。

この私生活への侵食力 が、神話化には必要なんだよね。

7. シティーハンターの“軽さ”と“重さ”のバランスを、曲も持っていた

作品って、ただ渋いだけでも神話になりにくいし、

ただふざけてるだけでも残りにくい。

シティーハンターは、

もっこりみたいな軽さ

美女とのやりとり

コメディ

がある一方で、

裏の仕事

別れ

守れないもの

一人で背負う感じ

もある。

この軽さと重さの同居が作品の魅力。

Get Wild も同じで、

ポップで耳に残る

でも少し冷たい

かっこいい

でも切ない

を同時に持ってる。

から作品トーンとズレなかった。

明るすぎる曲でもダメ、暗すぎる曲でもダメだった。

ちょうど「笑って終われるけど、胸に何か残る」温度 だったから、

あそこまでぴったりはまった。

8. 反復が“儀式化”した

神話って、一回でできるものじゃないんだよね。

何度も同じ快感が繰り返される ことで神話になる。

シティーハンターGet Wild関係はまさにそれ。

毎回、

物語を見る

獠が動く

問題が片付く

少し寂しさが残る

Get Wild が入る

この流れを何度も経験すると、

視聴者の中で Get Wild

シティーハンターが終わる音」

ではなく

「かっこいい夜が完成する音」

になっていく。

ここまで行くともう神話

単なる主題歌ではなく、

ある感情の完成形そのもの になる。

9. 後年のネタ化お約束化も、逆に神話を強めた

面白いのは、後になって

エンディングGet Wild流れると全部それっぽくなる」

みたいなお約束が広まったこと。

普通ネタ化すると格が落ちることもある。

でも Get Wild は逆で、

ネタにできるほど様式として強い ことの証明になった。

まりみんな、

あの入り方

あの余韻

あの夜感

を共有してるわけ。

共有される様式は強い。

しかも笑いにもなるけど、本気でかっこいいと思われてもいる。

この二重構造神話を長持ちさせた。

10. 結局、シティーハンターGet Wild を「曲」から様式」に変えた

これが一番大事かもしれない。

Get Wild最初ひとつ楽曲だった。

でもシティーハンターがそれを繰り返し使うことで、

夜の終わりに鳴るもの

都会の余韻を完成させるもの

言葉にしない孤独を包むもの

へと変えた。

まりシティーハンターがやったのは、

Get Wildヒット曲したこと以上に、

“こういう時に鳴るべき曲”という文化的な型にした ことなんだよね。

から神話化した。

一言でまとめると

シティーハンターGet Wild神話化したのは、

この曲を単なるエンディング曲ではなく、

物語のあとに夜と孤独を完成させる儀式」にしたから。

そして冴羽獠新宿夜景、余韻、別れ、軽口の裏の切なさ。

その全部が、Get Wild という曲の中でひとつ結晶した。

から今でもみんな、

曲を聴くだけで

シティーハンターっぽい夜” を一瞬で思い出せるんだと思う。

2026-03-18

戦後

戦後ってアメリカ支配されて(その後独立できる見通しはどこにもない)

国民は衣食住に事欠くありさまで

国の偉い人たちは処罰され天皇陛下ですらどうなるかわからないって状態だったのに

なんであんなに前向きになれたんだろうな

そんな状態でもリンゴの唄とか青い山脈とかのヒット曲があったんだぜ

2026-03-17

あの音が聴こえる

地方の、全国チェーンでもなく、地方でも一番ではなく三番か四番手ぐらいのチェーンのスーパーマーケット、そのなんともいえないほど煤けて疲れてくたびれた売場で掛かってるインストヒット曲カバー音楽のあの楽器音色って、

何?

キーボーディストじゃないからよく知らないけど、「プリセットしてあるアコーディオン」みたいな音色のやつ)

2026-03-13

CDコンポに設定して、イヤホンさして、スイッチ押して…音楽楽しむぞ!!」←これw

15年前まで当たり前だったってマジ!?w

そりゃ音楽寿命長くなるわな

だって大多数はテレビしか聴かないし、CDとかレコードで曲流すとか物好きしかやらんでしょ

長いってより週2回聞くかどうかだから3ヶ月ぐらいヒット曲寿命が保った

その年の代表曲としてのメンツができた

 

今はどんな貧困層でもYouTubeつけたら曲聴けるしな

そりゃ消費も早くなるわ

2026-02-14

性加害騒動から3年弱、気がついたらかなりの数のジャニヲタが消えていた

田舎の50代未婚ホビットおじさんの「私スタダヲタの女だけどジャニヲタはなんで死ぬまでジャニヲタなの?」「日本の女は全員ジャニが好き、ブサメン高身長より低身長イケメンを選ぶ遺伝子、右も左もフェミもアンフェも全ての日本人女性がジャニーズ性加害を擁護した」という主張も虚しく…

M!LKさんスノ国立(元々はジャニワ)の演出パクった?

ジャニーズに足りない「ヒット曲」「バズり」があるM!LK嫉妬するのは辞めましょう

パクるとかより、今の🍼にジャニーズ感じちゃってる状況が悲しいよね

よくある演出なのに、彼らの方がジャニーズっぽく見えるから

うちらが愛したジャニーズどこいった?

ここ(🍼)にあるやんみたいな現象がおきてる

悔しいよな、M!LKは顔もいいしスタイルもいい、曲もいいし、自軍にやってほしいこと全部やってくれるもんな…

今のバズり曲調も結構あの頃のトンチキジャニーズに似てる所あるってずっと思ってた

致死量キラキラ衣装もトンチキ衣装もなんとなくずっと既視感しかないんだよな

事務所問題で本人達の何も悪くないのに空いた穴が🍼で埋まってしまった

こういう人たち、なんで素直に推しグルが負けて悔しいって言えないんだろ

あの巨大な「穴」を埋めたのは、かつての熱狂肯定する新しいパワー。

ジャニヲタの僻み凄くて見てられない

先輩が後輩を可愛がるとか後輩が先輩を尊敬して伝統を受け継ぐとか、そういう清いブラザーフッド的な雰囲気かもスタエンに残ってないからね、自然と長年やってた事務所に客も流れるよ。他事務所の方がちゃんと基礎レッスンされてるし露出現場もあるし。

先輩が後輩を可愛がるとか後輩が先輩を尊敬して伝統を受け継ぐとか、そういう清いブラザーフッド的な雰囲気かもスタエンに残ってないからね、自然と長年やってた事務所に客も流れるよ。他事務所の方がちゃんと基礎レッスンされてるし露出現場もあるし。

演出とか裏方も仕事できる人がごっそり他の事務所に流れたんじゃないかなあって感じる。ジュリーさんはLDH行ったんだっけ?

ラポネに限らず2次元とかVとか舞台オタも害悪行為してるやつとかマナーなってないやつって大体ジャニオタ出身なのマジでなんなんだあれ

コロナ禍後に野球界隈に来た迷惑オタクも大体ジャニオタ出身から、分かりみが深すぎる

ラポネとけーぽで気狂いガッツしてるのってほぼみんな元ジャニヲタ

ラポネ界隈にいるカスオタクって大体ジャニから流れてきた元ジャニオタな気がするんだけど。。笑

ジャニオタ増えてるな😓全然構わないけど郷に入っては郷に従え、でその界隈に合った用語を使って欲しいと思ってしま

というか最近アイドルファン分析みたいなのめっちゃ増えた気がする、、〇〇はまんべんなくみんなに〜、〇〇は可愛い子ばっかりに〜とか、、前までここまでファンサにこだわる人ってあんまり多くなかった気がするけどこれもジャニオタが流れてきた影響なのかな?

何となくわかるだろとか言う人いるけどほぼケーポでは使わないから知られていなくて普通だと思うんだけどな

勝手に持ち込んできて知らん言っただけでこんな話題になるの迷惑過ぎるし別に浸透して欲しくもないよな

ジャニオタ上がりでもけーぽ界隈に溶け込もうとするオタクジャニオタ人格のままで好き勝手するオタクに分かれる。mond主は後者。嫌われやすいやつ。

M!LKだんだんジャニヲタ巣窟になってる(笑) タグとかジャニーズ時代に私もしてたな〜、若いっていいな〜

最近M!LKにハマった

ドドドドドド新規です🙋‍♀️💛

ジャニヲタ10年以上で、初めてこの界隈を好きになったので、先輩み!るきーずの皆さんおすすめの曲とかライブ参戦の時の注意とかありますか?

ぜひ教えて頂きたいです🙇‍♀️

#MILK   

#みるきー

(流れ防止の仁人くん↓)

(ALTも見てください🙇‍♀️)

2008〜ジャニヲタずっとして初めてジャニ界隈以外のアイドルにハマってるからジャニーズ?って毎回聞かれる🤧M!LKジャニではない!w

2026-02-08

iPhoneアプリの、Shazamにさ、L'Arc~en~Cielの大ヒット曲聴かせたら別のラルクの曲タイトルを教えてくれんのw

いや、それお前酷いだろ、

機械の俺にもラルクアンシエルの歌全部おんなじに聞こえて区別つきませんとか、

それおまえ酷いこと言うよなあ、ってさ。

ゲラゲラ笑っちゃった。

ちな楽曲名

winter fall

って曲を聴かせると

こいつは

DIVE TO BLUE

ですって教えてくれる。

これ俺のiPhone固有の現象なのかなあ?

2026-01-30

AIによる音楽生成の技術は進んで、すぐに「演者のいない大ヒット曲」が出てくるだろうし、そうするとフィジカル歌手演奏者には、AIヒット曲演奏する、演じる仕事というのが生まれるだろう

大規模な会場で、AI製の音楽を「奉納」する新しい神楽の発生… かもしれない

2026-01-23

日本のポップミュージックは、海外のもの比較して音を詰め込みすぎる傾向がある。

それは両方のヒット曲を聴き比べると、明確に差があることが分かると思う。

ではなぜそうした差が生まれたのか?

 

日本伝統音楽は「間」を重要視していた。

しろ音が鳴っていない時間こそが意味を持つ世界だった。

能では沈黙いちばん緊張しているし、尺八は音と音のあいだに呼吸が流れ、雅楽に至ってはテンポという発想自体曖昧で、音が空間に置かれていく。

前近代日本音楽では、「何も起きていない時間」は欠落じゃなく、ちゃん意味のある時間だった。

 

現代ではどうか。

日本のポップ音楽は、伝統音楽から地続きで育ったわけじゃなく、西洋音楽の完成形を途中から一気に輸入した。

しかも、そのとき一緒に入ってきたのは、宮廷教会労働歌といった社会的文脈じゃなく、拍子や和声構造といった「技法」だけだった。

 

西洋近代音楽は、拍が明確で、時間が前に進み、構造によって曲が運ばれていく。

その形式だけを制度教育で取り込んだ結果、「音楽は止まらず進み続けるもの」という理解が強くなった。

ここで「間」は、共有された前提ではなく、不安や失敗の兆候として扱われるようになる。

ライブ放送商業の場では、沈黙事故に見えてしまうからだ。

 

言語問題も重なる。

日本語は母音が多く、英語のように子音でリズムを切ったり、溜めを作ったりしにくい。

間を空けると、緊張よりも間延びに聞こえやすい。

その結果、隙間を作るより、音数で埋めるほうが安全になる。

さらに、日本のポップでは長いあいだ、メロディの複雑さや歌詞情報量、転調や展開の多さが「技術力」や「親切さ」として評価されてきた。詰め込むこと自体サービス精神、という感覚だ。(この辺りは、チラシデザインにおける情報の詰め込みとも関連していると思う。)

 

海外ルーツ音楽では事情が違う。

間は沈黙じゃなくグルーヴで、音を出さないことで身体がノる。

沈黙も含めて、リズム身体的に共有されている。

一方、日本近代以降の音楽は、身体よりも構造や完成度、情報密度のほうへ重心が寄っていった。

2026-01-19

ローソンミクライブに行って「自分はいつまでこのライブを楽しめるんだろう」と思った話

タイトルのとおり。

終わったあとに「自分は、いつまでこのライブを楽しめるんだろう」と思ってしまった。


今回のライブが最高で、楽しかったというオタクはこの記事を読まないことをおすすめする。

ただ、一人の古参オタクが歳を取ったことを認めたくなくて、ぼやいているだけというのが高いためである


このままだと、界隈全体が緩やかに衰退するんじゃないかなと思った日記です。


まず前提として、自分は30代。

初音ミク歴は2007年ニコ動全盛期からで、つまり小6か中1の頃からどっぷり浸かってる。

人生の半分以上、初音ミクに支えられてきた。


ただ、ライブ歴は浅い。

マジカルミライが始まった2013年頃は受験就活の時期だったし、昔は「高校生が一人で飛行機に乗って県外遠征」なんてハードルが高すぎた。

初参加は2016年地方ツアー。そこから数年後、やっと金銭的に余裕が出てきたため、2023年からマジミラ札幌以降、2024年福岡マジミラ・地方ツアー武道館(ミクフェス)、マジミラ仙台と通っている。


で、今回の「ローソンミクライブ」。

正直、「マジミラ」じゃない冠がついている以上、何か新しいことをやるライブだと思っていた。


結論から言うと、「焼き回しパレード」を見せられた気分だった。


今回のコンセプトがマジミラ2013年リスペクトだったのは分かる。

でも、それって「当時の感動を、今の技術で再構築する」から意味があるんじゃないのか。

(だいたい、2013年リスペクトを匂わせつつ、なんで兄さんだけ最近の曲なんだ?)

(探せばもっと当時の曲だってあるだろ!このへんの「とりあえずやっとくか感」にしか感じられなかった)


■「エモい」と「手抜き」を履き違えていないか

ステージを見ていて、新衣装モデルと昔のモデル映像の差がどうしても気になった。

解像度なのか、モデリングなのか、理由は分からないけど、チグハグ映像流れるたびに現実に引き戻される。

モデルを変えないことが「愛」なのか?

私には「古くから参加している人に文句を言われないようにしている」ようにしか見えなかった。(言い方が悪くてごめんね)


そう、そしてここから文句なのだ演出のしょぼさも感じた。

適当に噴き上がる炎、スカスカレーザー

一般アーティストライブと比べて、バックダンサーもいない、生身の人間ステージにいない分、視覚的な情報量が圧倒的に足りない。

我々大人チケット代なんていくらでも払う。多少上げたっていい。

から、「今のライブはこんなに進化しましたよ」というのを見せてほしかった。

※後から知った話だが、にじさんじライブでは1年以上前透過スクリーントロッコ移動させるものがあったらしい。

初音ミクライブの方が「最先端」として走り出したのに、どこでこんな差が生まれしまったのだろう。


■「今」のボカロはどこに行った?

一番キツかったのは、会場の空気だ。


アンコール、静かすぎないか?あれがライブ初参加の層が多かったからなのか、古参が「いつものね」と地蔵化していたのかはわからない。

でも、演者が休憩するタイミングが、過去踏襲すぎて視野が狭まってないか

ミクフェス武道館)のときみたいに、DJ入れて繋ぐとか、飽きさせない工夫はいくらでもできるはずだ。

あんアンコールを聞くくらいなら「休憩中」と途中札を入れてくれた方がまだマシだと感じるくらいには悲しい気持ちになった。


そして何より言いたいのは、「今の曲」へのリスペクトのなさだ。


ボカロは今も進化してる。YouTubeTikTokでバズり散らかしてる新曲がいっぱいある。

別に最近の曲を流せ!」と言いたいわけじゃない。

ただ、まだライブでやられていない良い曲が山ほどある中で、なんでライブ流れるのは「いつもの曲」ばかりなんだ?

何度も見た曲がまた選ばれているのは、自分には「懐古」ではなく「惰性」にしか感じなかった。


2013年リスペクトから」?

いや、それならそれでいいけど、私たちは「2026年初音ミク」を見に来てるんだよ。

新しいボカロPはどんどん生まれてる。新しい名曲も生まれてる。

それを取り込まずに、「昔はよかったね」だけで回すようになったら、それはもう新陳代謝が止まった「死」と同義なのではないか?(白熱してしまいましたね、失礼)


新曲で発表されてた「アイドル戦士」も「シアンブルー」も予習して、コール完璧にして行ったんだよ。

でも、周りの反応の薄さ。スペシャルシートですら、やや盛り上がりにかけるコールペンラ振り。

(※スペシャルシートが外れたオタクは、涙のスタンド席だったけれど、周りでコールが聞こえることはなかった)

熱意を持って「新しいもの」を楽しもうとしている層は、どこに行ったんですか…?


ボカロオタク独り言

勘違いしないでほしいけど、もちろん楽しかったよ。

懐かしい曲で盛り上がるのも悪くない。

隣に居た2010年ミクパ以来ライブに行ったことないオタクは感動していた。

そういう初見の人でもいつでも参加しやすものであり続け、感動して帰ってもらう。それも大事だ。


しかし、長年追ってるオタクはどうだろう?

ライブ、いつの間にか「惰性」と「安心できる行事」になってないか


「いつもの曲」を聴いて、「いつもの動き」をして、「ああ、今年もミクに会えたな」と満足して帰る。

それはそれで幸せなことかもしれないけど、それって盆踊り初詣と同じじゃない?

でも、初音ミクライブって、そんな「伝統芸能」を守るための場所だったっけ?


テクノロジー音楽最先端を走って、クリエイターとただのオタクたちの架け橋を用意してくれて、度肝を抜くような「未来」を見せてくれる場所じゃなかったのか?


武道館のミクフェスにはそれがあった。ボカロPが登壇して、演奏して、DJフロアを沸かせて、「これが今のボカロだ!ついてこれるか!」っていう熱気があった。唯一無二の体験があった。

今回のローソンライブには、その「ヒリつくような挑戦」がなかった。

※だからといってマジミラにあるかと言われたら、ギリまだあるくらい。


私はまだこれだけ文句を言いながら通う。

来月のDECO*27単独ライブも行くし、ポケミクも行く。地方開催があれば旅行ついでに行く。


でも、もし本丸であるマジカルミライ」までもが、今回のような「安心安全な懐古イベント」であり続けるなら、わざわざ東京まで遠征するのをやめるかもしれない・・・


運営さん、そして我々参加者もだ。


「これでいいや」って思ったら、そこが衰退の始まりじゃないか

我々には、金はあるけど、時間は有限なんだ。


老人会」はまだ先だってよくない?

進化し続ける初音ミク」に金を払わせてくれ。


とりあえず、スモーク焚きすぎてミクが見えなくなるのだけは、そろそろ改善できるんじゃないですかね…!



追記

今回、TLがローミクライブについて、とてつもない賞賛のあらしだった。

それを見て、私は自分感覚がズレているのか思った。 「焼き回しだ」「進化がない」と感じたのは私だけなのか? と。


ということを考えた時にひとつ考えに至った。


恐らく、今新曲を聞いている層は「プロセカ」にいるのではないかと。

今の10代〜20代前半のファンにとっての「リアルライブ」は、初音ミクライブではなく、「セカライ」なのかもしれない。


若者層: 「セカライ」で、自分たちの世代ヒット曲演出を楽しむ。

・30代以上(我々): 「マジカルミライ」や「今回のライブ」で、過去遺産を楽しむ


運営側もビジネスから、客層を分析している。

金払いのいい古参ファン(我々)向けにチューニングせざるを得ない。

その結果、会場は「同窓会」化し、新規が入りにくいガラパゴス化が加速していく。


私はプロセカもプレイしているし、新曲を追うために課金もしている。

けれど、私が好きなのはあくまで「初音ミク」という存在のものだ。だからこそ、ゲームライブではなく、マジミラに足を運び続けている。

しかし、TLの反応を見る限り、今のここのファンが求めているのは「未来」ではなく、安心できる「同窓会」なのかもしれない。


結局、いろいろ御託を並べたけれど。


周りが純粋に楽しんでいる中で、一人で腕組みして「進化がない」「未来がない」なんて文句を言っているのは、変化を受け入れられない老害の始まりなのかもしれない。


まり、何がいいたいかというと、私が高齢化しただけかもしれないって話ですね。

2026-01-09

ラジオradiko で聞くなら

AMラジオ局なら

AFN (American Forces Network) Tokyo米軍向けの放送局): 周波数: AM 810 kHz

オススメ

関東ならだいたい電波が受信できる。

米軍向けだから英語ばっかり。米兵向けに洋楽ヒット曲ニュースを延々と流している。

英語が分かる人には向かないかもだけど、英語チンプンカンプンの人なら無意味な音として聞き流せる


anond:20260108200944

2025-12-29

俺も今年で紅白卒業しようかな

トップバッター大トリもやった

特別枠もやった

海外から中継もやった

司会もやった

審査員もやった

集計で双眼鏡使って数を数える係もやった

けん玉にも参加した

朝ドラの寸劇にも参加した

トークもやった

予定にない2曲目も歌った

ドタキャンもした

卒業した」といいながら復活もした

ヒット曲が出ずメドレーにした年もあった

石川さゆりに無理やり天城越えを2年連続歌わせた

紅白歌った後ゆく年くる年にも出演した

吹雪が口に入ったり頭に乗ったりしたこともあった

「お風呂タイム」扱いされるのが嫌で出番より早く歌ったこともあった

小林幸子衣装の一部になったこともあった

もうやれることはやった

そろそろ卒業してもいいだろう

さよなら紅白

来年逃走中に出るのでよろしく

2025-12-24

ピークリスマス:いつかピーナッツ君には「刀也」という曲を作って

今年もやってくる、刀ピークリスマスが。

ちょっとキモいピーファン妄想に付き合って欲しい。

ずっと思ってることがあるんだけど、刀ピークリスマスっていつか終わるのかな?

そりゃどっちかが引退するときは終わるんだろうけど、それまでにピーナッツ君に是非、「刀ピークリスマス」ではなく、「刀也」という曲を作ってほしい。

私の大好きなバンド、Vulfpeckの「How much do you love me?」という曲がある。これが刀ピー本質(?)を表していると思っている。

https://youtu.be/0k2dGhF6yVk?si=7dPRNNaj88yW5zFS

この曲は、ちょっと強気女性が、愛する男性に向かって「私の名前の入った曲を作りなさいよ!」と歌っている、そんな感じ。

特に注目して欲しいのは、この曲のブリッジ部分(2:41~)

ブリッジ

Simon had Cecilia

サイモン・アンド・ガーファンクルの「シシリア

Costello Alison

エルヴィス・コステロの「アリソン

Lennon wrote to Julia

ジョン・レノンの「ジュリア

And she's not the only one

ジョンには他にも女性がいたけど

Clapton sang to Layla

エリック・クラプトンの「レイラ

Stewart to Maggie May

ロッド・ステュワードの「マギー・メイ」みたいに

You better put me in your Pantheon

If you want me to stay

私と一緒にいたかったら

私の名前歴史に残してよ!


そう、偉大なアーティストは、愛する女性名前タイトルにしたヒット曲を持つ。

邦楽だと「愛しのエリー」とかだろうか。

剣持刀也は非常に幸運立場にいる。本人の望むか望まざるかはさておき、ピーナッツ君という偉大なアーティストが、彼のためだけに毎年ヒット曲を書いてくれる。まさしく「私のことを愛しているなら、私の名前の曲を書いてよ!」とピーナッツ君に向かって言える、そんな状況にいるのだ。

近年の刀ピークリスマスを、そして最近リリースされたTele倶楽部IIを聴いた人ならご存じかと思うが、ピーナッツ君の楽曲クオリティはどんどん上がっている。すでに彼はヒップホップ界隈では十分に名を馳せている。やがては邦楽チャートを独占するかもしれない。

今までの刀ピークリスマスも、粒ぞろいの楽曲ばかりだ。しかし私は、ピーナッツ君が照れ隠しのために、ディレンマオーバードーズきんぴらなど、あえてバズりそうなワードをちりばめているようにも思える。

から、私は心のどこかで期待している。 ピーナッツ君が、おどけたりちょけたりすることの一切ない、純粋気持ちだけを込めた剣持刀也への曲を、いつか書いてくれるのではないかと。そして、もしそんな曲を作るとしたら、タイトルはもちろん「刀ピークリスマス」ではなく、「刀也」にしてほしいと。

以上、いちファンキモい妄想でした。

さて、今年の刀ピークリスマスはどんな曲が披露されるだろうか。今から本当に楽しみだ。

追記

ピークリスマス2025をさっき見ました。

今年は、バズや考察なんて期待してない、剣持刀也という人に向けた本当に個人的な曲であり、我々はそれをお裾分けしてもらっているにすぎない、そんなことを実感させられました。なんか、ここまであーだこーだ言ってる自分キモくなったので、まじで増田にしといてよかった。

ありが刀ピー

さよならピー

2025-12-18

anond:20251218123729

そりゃ衣食住の方が大事

でも音楽はその次くらいにはくるよ

終戦直後の混乱期でもヒット曲が生まれたくらいなんだから

2025-12-17

クリスマスヒット曲って別れの曲多くない?

能天気にはしゃいでるのマライアくらいじゃん

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