はてなキーワード: オリジナリティとは
録画で今日見たんだけどさー
あの曲名表示のとき画面の端っこに出てくる「レコード回して曲をかけてる」風のアニメ描いたの、どこのヘッポコ野郎なんだよ? 実際に一度もアナログレコード使ったことも、実物が回ってるのを見たことすらもないモノシラズのアホウが、フンイキで適当なアニメ作ったのか??
回転方向が逆なんだよ。あんなんでもし盤面にちょっとしたゴミやキズがあったら、レコード針が引っかかって針もしくはそれを固定していて振動(音)を拾うのに重要な役割を果たしてるカンチレバーって部品がポッキリ折れてしまうんじゃないかって、気になって星野と松重のトーク内容とか全然頭に入ってこないよww
話してた内容で唯一覚えてるのは、松重豊の小学生の頃のあだ名が「げんちゃん」だったってコトだけだw
なんか、アート的にオリジナリティ発揮したい的な意図で「あえて」逆回転するレコードのアニメ描いた? って説も少し考えたけど、やっぱただの無知がヘマこいたって可能性が9割以上ぐらいだよなー。天下のNHKともあろうものがこんなクオリティのモノを放送してしまうなんて... って思いました(小並感
ドッペルゲンガーを見たことある立場から言わせてもらうと、世界って未知だらけだぜ。
オリジナリティを追求して独自路線だったので、まあ街で似た格好は見たことなかったよ。
だけど田舎の田んぼでそいつはオレの服を着てて、自転車を押して歩いていて・・・。
あまりにもギョッとしたんで回り込んでみたら、オレだった。
向こうも驚いていた。もう10年以上くらい前のことだ。
考えてみれば生命がいる星は地球だけ、意識を持つ生き物は人間だけ、そんな都合いい話あるわけない。
誰かが描いた物語じゃなきゃ、巧妙に床下配線が隠されてる劇だよ、これは。
物理法則が奇跡的にバランスがよく設定されてないと宇宙に生命は生まれないらしい。
0.00000000000000・・・・・1%
の極微なんだけど、実際に奇跡が起こってしまうと奇跡が起こった確率は100%、とのこと。
たぶん火星に落ちてる石の裏に「ようこそ」って書かれててもアイツは100%って言うんだろうな。
細野晴臣さんがYMOのコンセプトを考えた時に、「ホワイトでもブラックでもない、イエロー・マジック」という人種イメージ、「ゲーム音楽やスターウォーズが流行ってるから取り込もう」という最新トレンドの見極め、「グローバルに対して『何ちゃってアジア』を想起させるビジュアルの提起」というクレバーさ、そして音楽的にはドイツのクラフトワークを参考に、オリジナリティを構築して欧米の最新トレンドに合流したという実力
こういうのは事後的には何とでも言えるけど、はじめから国内ではなく海外を見て成功させたのは本当にすごい
やり方としては、特に「これが日本なんだよ」というイメージを売りにしたという点や、クラフトワークを参照してグローバルのルールに割り込んだ点などが、現代で言うとアーティストの村上隆さんと一緒だなとも思う
あるYoutubeチャンネルの話をしようと思います。
題を付けるなら「批判を拒絶する人は、有益な助言をしてもらえなくなる ~地獄への道は称賛でできている~」です。
今から10年ほど前の2015年頃、Youtubeに、あるチャンネルが立ち上がりました。
そのチャンネルのチャンネル主は当時29歳で「ライトノベル作家になりたい」と言っていて、Youtubeでは自分の考えたショートストーリーをゆっくりで劇にした動画を投稿していました。
しかし、そのショートストーリーはどれも、他の作品のパク…な内容ばかりでオリジナリティが皆無でした。
具体的に言うと、ハルヒやけいおん、らきすた等の京アニ作品に憧れている事が明らかに見て取れる、自分の書いたラノベを京アニでアニメ化して欲しいみたいなワナビった人の作るストーリー。
コメントに「オリジナリティが無い」とコメントした人を、そのチャンネル主はブロックし、オリジナリティの無いショートストーリーをその後も上げ続けました。
「そんなに作家になりたいなら、何処かの賞に応募するとか、なろうやカクヨムのコンテストに応募すればいいのに」とコメントした人が居ました。
そのコメントをした人に対し、チャンネル主は
「賞やコンテストで作家になれる人なんて数万人に一人。それよりはYoutubeでチャンネル登録者数を増やして
“話題のチャンネル”となり、「こいつを商業作家としてデビューさせよう」と編集者が注目してくれるのを待った方が現実的だ」
と主張する動画を投稿して反論しました。
「そんなに作家になりたいなら、何処かの賞に応募するとか、なろうやカクヨムのコンテストに応募すればいいのに」とコメントした人は呆れてこのチャンネルを去っていきました。
その後も、そのYoutubeチャンネルの主は批判されると、その批判に片っ端から反論する動画を投稿し、批判を拒絶し続けました。
更に「批判コメントは削除・ブロックします」とチャンネル概要欄にも明記するようになり、そのチャンネルの動画のコメント欄は、
botが投稿しているのかと思うような毎回同じ文面の数件の称賛のコメントしかつかないようになりました。
「批判を拒絶する人は、“自分の気分を害する意見は何でも批判扱いして拒絶する”」という言葉が有ります。その言葉通り、チャンネル主は、その後もコメントを主観で批判か否か判断し続けました。
そして、チャンネル主が批判だと思ったコメントのみブロックする等の恣意的なチャンネル運営を行った結果、そのチャンネルに有益な助言をする人はいなくなりました。
きっと、チャンネル主が心構え・メンタル・作品に対して向き合う姿勢を改め「どんな批判でも受け入れる人」にならない限り、このチャンネル主に有益な助言をする人は今後現れないでしょう。
チャンネル主は2026年には40歳になるそうです。
最近ではそのチャンネルはストーリーをAIと相談して作るようになったそうで、投稿する動画から徐々に人間味が薄れて見る価値も無くなっています。
皆さんは、彼がこの先何者かになれる可能性は何%ぐらい有ると思いますか?
このチャンネルの事を知った時、私は「批判を拒絶する人は、有益な助言もしてもらえなくなる」を、このチャンネルの主は身を以て示しているなと感じました。
シリーズ第四弾の名探偵津田だがボチボチ限界が見えてきたのでツラツラ書いてみる。
まずシリーズ1、2はロケに行ってそこが舞台だったんだが前回と今回はTBS始まりで芸能人が殺されるという同じパターンだった。
これは津田に警戒されないためというのもあるだろうが、その都合を優先するあまりどうしてもアトラクション感が出てしまう。レールの上で流れに沿って用意されたイベントをこなしていくという感覚。遊園地前提の出来の悪いハリウッド映画みたいな感じ。
これは制作側も各セクションのイベント担当を分担できて、スタッフ的にはやりやすいのだろうが、予定調和というかシリーズ第1弾の時のような津田が何か答えないと先に進めないゲームブック感が完全に薄れている。今回も踏襲はしてるが雑。
津田を騙すという体裁でやってるから仕方ないのかもしれないが、その津田も投げやり&元々のボキャブラリー不足も重なってか、大声で叫んで地団駄踏むパターンに終始してる。津田はおそらくこのあたりが限界だろう。
いっそのこと津田&みなみかわのコンビを一度封印して新しい探偵を探した方がいいのではないかとも思ってしまう。
あとシリーズ1、2の時に期待した本格的なミステリー感も無くなって残念だった。ミステリーじゃなく「リアル脱出ゲーム」になってしまっている。
謎を考えてるスタッフ(バカリズムも絡んでる?)は面白いと思ってるのかもしれないが物語そのものの深みが減ってしまって普通に話が面白くない。世界観が薄すぎ。この辺のテコ入れは必要と思う。金田一少年をやってたスタッフ辺りに相談してはどうだろうか?
今回一番ダメだなと思ったのはタイムマシンを出したことだ。津田も言ってたが事件が起きる前に戻って事前に防げばいいじゃんってなる。探偵物でタイムマシンは悪手でしかない。本来ならかなり高度なシナリオが必要だか今回はデロリアンに津田が乗るという面白さを優先したのだろう。正直萎えた。
水ダウのスタッフはどう思ってるか分からないが、自分が名探偵津田に求めてた「意外に本格的なミステリー」とうのはこの第4弾では完全に無くなってる。津田が騒いでるのを楽しむ悪趣味な番組と化してる。
おそらく次回も意外な犯人が出てきて、それなりに納得感は出してくると思うが、何度も書くがそもそものベースになる話が面白くない。いいかげん伏線なんてスタッフの自己満はお腹いっぱいだ。そんな頃から仕込んでたのかーも正直寒い。
ミステリーにオリジナリティは必要ない。もう一度原点に戻ってどこかで見たような設定だけどちょっとした裏切りもあるような、そんなワクワクする名探偵津田に戻って欲しい。
去年の準決勝の2本(ミュージシャンとタイマン)の方が好きだった。
去年『ミュージシャン』を見た時は歴史に残るレベルの強ネタだと思ったが、ネタを叩きすぎて独特の緊迫感が無くなってる気がした。なんとか決勝でハマってほしい。
『プロポーズ』は鉄板ネタ。ミュージシャンがハマれば手堅く優勝狙える。
出順が悪くない限りまず3組には残ると思う。
『餃子』は馬鹿馬鹿しいけど展開も派手でテレビ映えしそうな良いネタ。展開が強引と言う人もいるけどドタバタが苦手な人がそう言ってるだけだと思う。
『小料理屋』は今年の準決勝の中で1番好きなネタ。ただ後半の展開があまりに安易過ぎる。や団の決勝前の調整力は有名なのでそれ次第。
下馬評は高い。
『面接』は何年も磨いてきた鉄板ネタ。1本目で噂話がハマれば優勝あるかも。
変なネタ2本。
しずるも去年の準決(館内放送と殺人事件)の方がバランス良かった気がする。オリジナリティもあって展開も良い館内放送より、通好みな『殺人事件』を残したのが意外。
『麻雀』はクセスゴでバズったネタの強化版。個人的には有名なアリネタを1本目にされると萎えるが、殺人事件を残したので麻雀が1本目になると思う。
自分はややウケくらいの予想だが、ハネる可能性も十分あるので優勝候補。
『コンパ』は流れが良ければハネるかも。荒削りな組が多い中、きれいなコントで「良いもの見た感」を出せるかが肝。
『社長』は好きだけどボケ質が安定せず笑いが散発的になる。2本目なら流れで許されるかも。
決勝レベルのネタは『試飲』だけだと思う。ややウケだったとしても良いネタを作る人達という印象は残せる(2020年の錦鯉みたいに)。
『空港』は展開弱いし1本目これで滑ったら大惨事かも。これも2本目なら流れでなんとかなる。
『野菜コンテスト』は野菜-1グランプリとかいう謎のイベントで優勝したネタ。流れが良ければハネるかも、くらい。
『写真撮影』はつまらないとは言わないが変なネタ過ぎるし展開も雑。
この2本で優勝は考えにくい。『新幹線』はきれいなネタではあるけど、去年・一昨年の1本目に比べたら全然ダメ。
『復帰』はブラックな笑いで好きな人は好きな感じ(自分は大好き)。こちらを1本目にして幅を見せるのが良いと思う。
今年は落ちると思ってた。特に『警察』はどんな流れであれハネない。
『モグドン』も大して良くはない。あまりにも大会が冷え切ってしまった場合にベテラン感で評価されるとか、そういう事はあるかも。
配信で見てて「これ生で見たら面白いんだろうけど…」となった。虹の黄昏みたいと言ってる人がいたけどそんな感じ。ウケるのかは分からないが自分は懐疑的。
俺は正直どうでもいいから大きな声で言わないけど
Xで、作品名を出さずとも、その作品名の説明みたいなものを要求すると、該当作品が出力されるみたいに言ってる人いて
それってつまり「要求に一番近い学習データを引っ張ってきてる」がでかいんだよね
たとえばさ、ソース1個から出力したらやっぱり著作権違反じゃん
10個から10%ずつだったら、オリジナリティあると言っていいかもしれない
で、皆のイメージしてる生成AIって10個から10%ずつの方だと思うんだけど
実は内部でやってるのって結果的に2個から50%ずつくらいのものだったりするよねって話
まあ、いうてこういうのも10年以内に解決しちゃうと思うんだけどね
つまり、どう素材の味を消すかってだけの話だからさ、できなくはないんだよ
今はそこまでのケアをする余裕がないだけで
イラストレーターの江口寿史のトレス問題は、単なる一人の作家の不祥事ではなく、クリエイティブ業界全体が抱える構造的な転換点を示していると思う。つまり、「人間が描いたから価値がある」「AIは倫理的にグレー」という二項対立が、もはや崩壊しつつあるということだ。
これまで企業は、広告や商品に使うビジュアル素材を人間のクリエイターに依頼することで、“オリジナリティ”や“倫理的安全性”を担保してきた。だが今回の件のように、著名なプロでさえ他者の作品を参照(あるいはトレス)してしまう現実が露呈したことで、「人間=クリーン」という幻想は完全に崩れた。むしろ人間の方が、意図的・無意識的に他者の成果物を混入させてしまうリスクを常に孕んでいる。
その点、AIはある意味で“透明”だ。学習データの出所を明示し、独自モデルを構築すれば、その生成プロセスを管理できる。つまり、クリーンであることをシステム的に保証できるわけだ。企業にとってリスク回避とコスト削減は常に最優先事項であり、「トレース疑惑がない」「著作権リスクがない」「修正が容易」という三拍子が揃うAIを採用しない理由がなくなっていく。
さらに、倫理的な観点からもAI偏重は進む。人間の作家は感情や政治的立場、過去の発言などで炎上リスクを背負うが、AIはその意味で“人格的負債”を持たない。誰かの過去の発言が広告のブランドイメージを損なうリスクがないというだけで、企業にとってAIの方がはるかに安全な選択肢になる。
もちろん、AIモデルの学習データが第三者の著作物を含んでいるという問題は残る。しかし、今後は企業が自社でライセンスを取得したデータ群を用いて「独自AIモデル」を開発・運用する方向に進むだろう。クリーンなAIを自社内で育てれば、法的にも倫理的にも“完全に自前”のクリエイティブが実現できる。実際、AdobeやCanvaなどはすでにこの方向に動いている。
皮肉なことに、「人間による創作の不正」が「AIによる創作の正当化」を後押ししているのが現状だ。江口寿史の件は、AI化の流れを加速させる象徴的な出来事になると思う。人間の手による“オリジナル”という神話はもう維持できない。これからの時代は、「誰が描いたか」ではなく「どのように生成されたか」が価値判断の基準になるだろう。