はてなキーワード: 色欲とは
鬱期にはいると私は体が動かせなくなりご飯も食べられなくなる。最低限の人間活動が営めなくなるのだ。そしてその人はそれを心配して連絡をくれる。「鬱?大丈夫?ご飯食べられてる?」はじめは本当に心からそのように心配しているのだろう。この後私を追い詰める者へと変化するまで何段階かあるのだが、それを記す。
1.ご飯食べに行こうよ
その人は常に俺配信をしてくる人で、聞いてもないのに「今日は焼肉食べたよ」「この仕事で出張してくるね」などを私にラインしてくる人だった。私に鬱期がやってきて以前のように「そうなんですね」と返信できなくなった頃、その人は私を心配して「もしかして元気ない?ご飯食べに行こうよ」と毎日のように連絡をするようになった。そして私は時々「鬱がひどいので無理です、心配してくれてすみません」と送るのだった。何も悪くないのに謝っている。
2.囲い
その人と私は近いコミュニティにいて、共通の友人がいる。その友人たちに「彼女は最近体調不良が続いていて、僕が連絡を取っているから大丈夫だよ」と共通の友人に伝えて回るのだ。結果まわりから「体調不良なんだ」「彼らは恋愛関係なんだ」「連絡するのはやめておこう」と思われ、その人以外からの連絡が遮断されてしまった。私と仲良いことを周りに伝えたいからなのだろうか、その人のせいで私は孤立した。
3.俺といると元気になるでしょ
この人につけ入れられてはならない、元気だと思わせないと。そう思い毎日の連絡に応じてご飯を食べに行った。ただ私は食が細くなっておりあまり食べられないが頑張って食べる。そのときに「元気そうで良かったよ、心配させないでよね。俺といると元気になるでしょ」と言われ吐き気をもよおす。すべてが間違っている、元気ではないし心配しなくていいしこの人といても元気にならない。だが「心配かけてすみません」と私は謝り、味のしない食事とともに不満を心にためた。
4.不機嫌
この人と接するのは鬱の私にはきついと判断し連絡を返さなくなった。すると「心配してあげてる人に連絡を返さないのはどうしてだ」「なんでもいいから連絡して」と言い出した。それも無視していたらほかの友人から「あの人からあなたが心配だと聞いたけど大丈夫?心配してるよ」と連絡が来た。私のことを勝手に周りに言っているのだと確信した。共通の友人に「大丈夫〜」と送ると「なんで俺に連絡返せないの?一言言うくらいできるでしょ」「心配してるんだからお礼に会うくらいできるでしょ」と。きついって。最低限のはいいいえだけ連絡をして他は無視をしていたらその人の連絡頻度は下がり、助かった。
5.孤独
囲われたあとなので私に友人からの連絡は来ない。私は会いたくない人には連絡をしないが会いたい人からの連絡はほしい。だがその人が共通の友人に、「○○は体調が悪い」と伝えているから誘いも来ない。ありがたいことに孤独となった。
6.抱かせろ
不機嫌にさせておくのも面倒なので久々に食事の誘いに乗った。食事中私は話しながら頑張って元気な姿を見せる。するとその人は酒を飲み気分が良くなった様子で言う。「人肌恋しいとかなら、俺慰めるから」何故私が人肌恋しいと思われた。その日は気持ち悪さと自分の情けなさで頭がいっぱいだった。要は弱った君でも俺に体を差し出せば良くなるよと。俺と飯を食べると元気になる理論のより強いやつだ。鬱の人間に色欲があると思っているのだ。私は異性含め他人そのものが駄目になった。傷つくくらいなら誰にも会いたくない。この流れでその人は私を見事追い詰めることに成功した。そして最後にこれを記す。
この人は一人ではない。
私を無意識に追い詰める異性が複数コミュニティで複数いたのだ。程度は違えど同じ動きをする人が数名。お願いだから弱っている私に付け入ろうとするのはやめてくれ。あなたのせいで私はより孤立していることに気づいてくれ。あなたにとって私はただの雌穴だろうが、その前に私は人間なんだ。抱きたいがために私をゴミのように扱わないでほしい。バカにしないでくれ。
『ドラゴンボール』における飛行能力は、単なる超人的身体能力の延長ではなく、東洋的な仙術観に基づく象徴的な技法として描かれている。本稿では、亀仙流と鶴仙流の対比を陰陽思想の枠組みで整理し、弟子世代において両者が統合される過程を考察する。
ドラゴンボール世界における飛行は、舞空術や筋斗雲に代表されるように、気の操作や霊的資質を前提とした能力である。これは道教的な御風術や駕雲の概念と深く結びつき、身体能力ではなく精神性・修行の深度によって可能となる仙術的技法として位置づけられている。
亀仙流は、地道な肉体修行を重視し、基礎力と人格の涵養を中心とする流派である。亀は東洋において大地・長寿・忍耐を象徴し、陰の性質を帯びる。亀仙人自身は高徳の武人でありながら、色欲に弱いという人間的欠点を抱える点も、地に根ざした“俗”の側面を示す。飛行能力を持たないことも、地の象徴としての性格を補強している。
鶴仙流は舞空術を中心とした技巧的な武術を特徴とし、気の操作による飛行を当然の技として扱う。鶴は天・霊性・軽さを象徴し、陽の性質を帯びる。鶴仙人は高い術を操る一方で人格的には邪悪であり、徳を欠く存在として描かれる。これは東洋思想における「術に偏り、徳を欠いた仙人」の典型像に重なる。
悟空・クリリンら亀仙流の弟子は、地道な修行によって基礎力と徳を身につけつつ、後に舞空術を習得し、天の要素を取り込む。一方、天津飯・餃子ら鶴仙流の弟子は、当初は術と技巧に偏り、人格的未熟さを抱えていたが、亀仙流の徳と努力に触れることで精神的成長を遂げる。両者は互いの不足を補い合い、陰陽の要素を相互に取り込むことで、より高次の武の境地へと至る。
東洋思想において、陰陽は対立するものではなく、相補的に統合されるべき原理である。亀仙流と鶴仙流の弟子世代は、陰(地・徳・基礎)と陽(天・術・飛行)の双方を兼ね備えることで、武の道の完成形に近づく存在として描かれる。この構造は、ドラゴンボールが単なるバトル漫画ではなく、東洋的世界観を内包した作品であることを示す。
ドラゴンボールにおける飛行能力は、仙術的世界観に基づく象徴的技法であり、亀仙流と鶴仙流の対比は東洋思想の陰陽構造を反映している。弟子世代における相互の成長と技術の交換は、陰陽の合一という東洋的テーマを体現しており、作品の深層に文化的・思想的背景が存在することを明確に示している。
色欲がある。
それはもう年齢一桁の頃からある。テレビでアニメのエロいシーンとか見るとドギマギして夜布団で思い出しながら、"なんか気持ちいい事"を度々してたくらいにはある。
それがそういう欲だとはわかってなかったけれど10代半ばでいままでやってきたことが自慰行為だと気づいて驚いた。多分相当強い方だ。毎晩安眠のためにしてた時期があるくらいだ。
そんな自分も、もう現在30代後半。未経験である。欲はあるのに。相手がいなかった訳ではないはずなのに未経験である。そういうことにならないまま別れたのだから仕方ない。
でも、何度も書いたように欲はあるのだ。もう今後も経験することのない人生なのだろうなと半ば諦めて大人のおもちゃを某密林で買ったりした。履歴がバレたら死にたくなるんだろな。
そう、買ったんだよ。それも2コ。つまり現在家に2コある。いま死んだりしたら親にバレるのだけが心配。
1コ目はなんか細くて。でもそれも入れるのに時間かかった。使ったけど全然気持ち良さとかわかんない。
わかんないからもう一つ買った。吸うやつ。それはすごかった。吸う機能しか使えてないけど。入んないから。
ここで本題。入んないんだよ!すごくない?一般の経験者はアレくらいの太さのものを入れてるってことでしょ。痛すぎない?やっぱり愛する人のモノだから乗り越えられるのかね。こっちは機械的に振動して熱くなってるモノだから痛さが余裕で勝つ。身の危険を感じる。すぐ引き返しちゃう。というか出てくる、勝手に。
あまりに入らないから某掲示板的なところに書いたら入れるところ間違ってない?って言われた。流石に合ってると思う。
あとこれは余談だけど、気持ちよさ感じてる時の下半身の汗ヤバいんだけど全人類そうなの?すごいよ。特に膝裏からの発汗がハンパない。小さめの池ができるレベル。膝裏ってこんなに汗出るんだ…て小さな発見があったけど人に披露する場面ないから書いた。
(全人類こんなに毎回汗かくならそれ用のホテルのマットレスに染み込んでる汗の量ヤバそうだね。)
話戻すけど、こっちは快楽求めてんのに毎回痛みで終わってガチで落ち込む。でも入れた状態で吸うのが気持ち良いらしくてそれを体験したいんだよ。30代のうちに体験したい。あと数年あるから頑張りたいな…世の中スキルアップとか色んな立派な目標ある人が多いのにこちとら開通させようと頑張ってんのかってたまに我に返る瞬間ある。でもまあ、追い求めてる快楽のためなら頑張るよ。
開通したら開通した記念にまた書きに来ようと思う。
追記:
おっさんでもないよ。おばはんだよ。おっさんがこんな文章書いて何が楽しいんだよ。マジで。書くなら20代前半の処女のフリするだろ。30後半女の処女なんかグロいだけだろ
ベストテンまで記載しようと思ったけど8までしか思いつかなかったので
他にいい話があったらお願いします。
この話がバズったせいで本田鹿の子の本棚を知った。強烈な設定のわりには最後はちょっと肩透かし
なんかあとがきでグダグダ言っていたが直球のラブストーリー思いついちゃって気恥ずかしかったんだと思った。
③トロッコ問題の話
シグルイをパロっている割にはこの中ではまとまっている方だと思う。
笑った。
叙述トリックとしてはうまくいっていると思った。
⑥サキュバスとインキュバスの一心同体により翻弄される夫婦の話
違うかもしれないけどかるま龍狼のエロ漫画でパクられていたのもワロった。
最近の話では一番強烈だった。
「曇らせ展開だけが続き旨味がないサンドバッグ要員」「他のHOと比較して活躍できるシーン量に大きな差があり、かつそれが事前に明示されない」「NPCの下位互換である」など。
自身が遊んだ感想、友人知人から口頭で聞いた話、某所にて書かれていた意見を未通過KPをする際のヒントとしてまとめています。複数意見があったものは併記しました。
あくまで個人の感想です。よりよいセッションのための参考程度でご覧ください。
(50音順)
HO1
HO3
HO2
全員
NPC中心
HO1
全体的に秘匿の意味を感じない
NPC中心
NPC中心
HO3が虚無りがち
HO1もいらない
HO3が虚無、全部虚無
HO2ややマシ
HO2は陣による
HO2
HO1
HO2もやや虚無
HO3
NPC中心
HO2
HO2
全員
HO3
HO3疎外感あり
HO1
HO4
HO2もやや虚無
全員
HO3
HO2
偏りありかつPL会議不可
HO4
HO4
HO3曇らせばかり
魔女は出目次第で虚無
偏りあり
NPC中心
HO2
HO4もやや虚無
HO3
HO2
HO3も不遇寄り
HO4
HO3
HO4
HO2も楽しくはない
梟の断罪
NPC中心
陣により星、吊るされた男、愚者、女教皇、力、皇帝、魔術師、世界、節制など
HO3
NPC中心
NPCが主役
ハートがやや薄味
柳最優遇
桜と藤も出番あり
他は微妙
全員
全員自由度がない
色欲が一番薄い
午が後半虚無になりかねない
HO4
HO1
HO3
HO3
HO4も薄め
HO3
狗の役割を活かせないことはありうる
NPC中心
HO3
HO2も虚無より
HO1
ややNPC中心
HO1以外の全員
HO2はやや疎外感
HO1
HO2虚無
HO3救われない
HO2
HO2
HO1やや虚無
HO4
お助けNPCっぽい
HO2も虚無
哀
HO喜以外
HO2
HO4も虚無りがち
全員
HO2
HO3
HO2が一番虚無?
HO4も虚無
色欲強欲
怠惰も虚無より
NPC中心
野狗子
HO2
HO4
火力バランスが悪い
HO1
HO2もやや虚無
HO4
NPC中心
HO1
HO3
HO2
落語家も楽しくはない
間違った読み方であろうことは認める。
でもさあ
自分はさあ
頑張った順に報われるのが見たいわけ。ある程度は。フィクションの中では。
似たような手段の篭絡にしたって色欲の魔王の方がよっぽどわが身を掛けて飛び込んで勝負したじゃん。
(まあ魔王達も完全にやられても地獄に戻って再生するだけのクソなんだけどさ)
ろくな積極性もなく、恐怖に耐えて勝負したこともなく、何かを賭けて打って出たこともなく、
肝心な場面でも”待ち”を選んだ結果ポッと出の色欲の魔王に出し抜かれたイムリが
なにこの漁夫の利?
完全に選択を間違えて消極策を選んだことにすらなんのペナルティも無くて
色欲がズタボロになりながら作った成果を自分は無傷でもらっちゃってるわけ。
唐突にチート能力に目覚めて魔王と対等以上にわたり合いだしたり
もう見ていてひたすら不快になるしどうしてもイムリのことが好きになれない。
ていうかなんなのこいつ?
一つしかない命を懸けてズタボロになって死んでいく人間の戦士たち、
一つしかない命を懸けて得体のしれない何かに身を投じている元人間の魔女たち、
何回でも復活できるズルだけど一応真剣勝負をしに来てる魔王たち、
これさあ、なんで映画の中で明確に悪として描かれている異常連続殺人犯の行為をもって、作品自体の問題点かのように批判してんの?
鬼滅の刃を読んで無惨を作者と同一視したり、ジョジョを読んで作者とディオを同一視して叩いたりしているようなものじゃん。
@momo25397038
最近、「セブン」っていうブラットピットの若い頃の映画を観てたんだけど、
その中で異常連続殺人犯に娼婦が七つの大罪の肉欲の罰として殺される展開があるよね。
そこで私はモヤモヤしたんだけど
『セブン』の犯人って悲しき悪役とかもう一つの正義とかそういうのではなく完全な悪役扱いだし
最後に主人公の妻を殺して生首を見せつけてくるような異常者じゃん
ていうかフィクション作品に出てくる男女混合の七つの大罪ネタだと、
色欲担当が女性なのってポリコレ的に持ち上げられてる『鋼の錬金術師』や『エクソシストを堕とせない』がそうだよね。それはいいのか?
(鈴木央の「七つの大罪」や、由貴香緒里の「天使禁猟区」、VOCALOIDの曲の大罪シリーズ、SoundHorizonのアルバム「Märchen」では色欲担当は男性であり、男性に割り振られている作品も普通に多い)
増田は今30なんだが、大学生の頃、半年だけ性欲が消えた時期があった。
なにかきっかけがあったわけでもなく、本当に突然性欲が消えたんだよ。
そして謎の万能感があった。
自分は特別なのだという優越感に浸り、休日には東京タワーに行って下界を一望し、忙しなく行き来する人々や車両を眺めながら「あの人たちは未だ性欲に囚われ、悩まされているんだろうな」と一人ほくそ笑んでいた。
そうやって人々を睥睨するのは気分が良かった。
今にして思えば中二病の大学生版のようなものだったのかもしれない。
けど今まで性欲を抑えるために費やしてきた時間を、勉強や読書に当て嵌めることが出来たのは実際とても快かった。
邪念が消えて、自分が崇高で気高い人間に思えたのもポイントが高い。
でも終わりも突然だった。
ある日、起床前から凄くムラムラしていて、起きると限界まで朝勃ちしていた。
はちきれんばかりに勃起していて、酷く困惑しながらも頭の中は色欲に溺れ、そして何もかもが性的に見えて、勃起が全く収まらない。
こりゃまずい。どうしよう?
何て迷うのは一瞬で、俺はすぐソー〇に行くことを即決していた。
本当にそれ以外のことが考えられなかったんだ。
いざという時のためのお金をすべて財布に詰めると、あの時は夏で、ずいぶんと汗を搔いていたのでシャワーを浴びようとまず風呂に入った。
風呂に入れば、自分の勃起した一物にさえ興奮している自分がいて、永久機関が完成していた。
こりゃたまらん。落ち着こうとその場で一度抜き、僅かに興奮が収まったのを狙い目に、風呂から出るとすぐに家を出た。
最寄り駅に急ぎ、駅には当然老若男女がいるわけで、その時の俺には”女性”といった存在の刺激が強過ぎた。
10秒、じっと見つめれば射精してしまいそうだったので目を逸らし、生足を目にした瞬間爆発してしまいそうで恐怖した。
だから出来るだけ地面ばかりを見て歩き、電車に乗るとあとはずっと目を瞑っていた。
幸い調べたお店は駅に近く、改札を抜けると真っ直ぐ向かい、すぐにたどり着いた。
それから俺は初のソー〇を体験したわけだが、ドラマチックなことがあるわけでもなく、単に猛獣のような猛々しさしのみが記憶に残っている。
嬢の裸を見るだけで既に先っぽからは漏れ始めており、あの時の俺は多分、人間ではなく本当に野獣のような状態だったのだと思う。
陰茎は非常に敏感で、少し触れられればハンドソープのポンプを押すみたいに射精した。本当に何度も何度も射精した気がする。
性欲は少しずつ収まり、枯れるように果てるとようやく性欲が消える以前のような、今まで通りに戻った。
あの時性欲が突然パッと消えたのは本当に印象的で、反動のように激しく性欲が滾ったのは今でもよく覚えている。
不思議な体験だったので共有しようとここに書いてみたんだけど、似たような体験をしたことがある人が居たら教えてほしい。
そして、きっかけとかを教えてほしい。
https://twitter.com/dokinbi/status/1695632225549865351?t=gDZaNRHPzigAaQa2N0cQow&s=19
「揺さぶる絵ー変貌する日本画のイメージ」展(9/16-11/12)出品作紹介④
フェイスパックの裏側に現れたのは真実の顔か、それとも…。機知と皮肉、古典絵画へのオマージュが複雑に絡み合あう画面の解読は、さながら知的ゲームのようです。
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