はてなキーワード: 授乳とは
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リンジー・ジャーマンは、ジュディス・バトラーの新著『Who’s Afraid of Gender?』における議論と概念的混乱を検討している。
著者はまず、1970年代の女性解放運動期に、米国のマルクス主義人類学者イヴリン・リードが書いた「生物学は女性の運命か」という問いを引く。リードは、女性が母親であることを理由に、社会的役割を限定されるべきではないと論じた。同時に、資本主義社会における生物学や人類学は、性役割や女性劣等視に関する社会的前提を多く含んでいるとも批判していた。
今日、性とジェンダーをめぐる論争、とりわけトランスジェンダーをめぐる論争は、自然と文化、生物学と社会的態度、性とジェンダーの関係を再び問い直している。バトラーは、いわゆるジェンダー・アイデンティティ運動における中心的な学術的人物であり、ノンバイナリーを自認し they/them 代名詞を用いている、と著者は紹介する。
ただし、著者はバトラーの新著について、以前の著作よりは読みやすいとしながらも、「読みやすい」といっても相対的なものにすぎないと述べる。中心概念はしばしば曖昧で、「phantasm」という語が100回以上出てくる一方、バトラーが反対する立場への批判は十分ではない、という評価である。
著者の基本的批判は、バトラーが「ジェンダー」も「性」も明確に定義していないという点にある。バトラーは、自分が性の存在を否定しているわけではないと言うが、実際には性とジェンダーの「共構築」を語り、両者をほとんど完全に絡み合ったものとして扱っている、と批判される。
書評は次に、バトラーの本の多くが「容易な標的」に向けられていると述べる。ジェンダーは文化戦争の一部となっており、バトラーは右派や極右による「ジェンダー理論」攻撃を大きく扱っている。取り上げられるのは、ドナルド・トランプ、イタリア首相ジョルジャ・メローニ、ハンガリーのヴィクトル・オルバーン、ローマ教皇などである。
バトラーは、反ジェンダー運動が各国の選挙で強い影響を持っていると指摘する。ブラジル、コスタリカ、コロンビア、フランス、スイス、英国、スコットランド、エクアドル、ドイツ、ハンガリー、スペインなどが例に挙げられている。スペインの極右政党 Vox は「ジェンダー・ジハード」や「フェミナチ」といった表現を用いている、と紹介される。
著者は、こうした反動的勢力が個人的・性的平等を求める人々にとって脅威であることは疑いない、と認める。彼らは、法律を制定し、国家的差別を執行できる権力を持っているからである。彼らが守ろうとするのは、キリスト教的・異性愛的家族を中心に据えた、国家と結びついた保守的な性・生殖・家族モデルである。
しかし著者は、バトラーの分析が「なぜ今このような反動が起きているのか」を十分に説明していないと批判する。バトラーは「反 woke」の感情を、家父長制・異性愛規範・白人至上主義的秩序の喪失に対する心理社会的幻想として説明する。しかし著者は、これでは新自由主義資本主義の危機、脱工業化、生活水準の低下、反移民感情や人種差別の政治的動員、米国社会の軍事化・暴力化などの物質的条件が抜け落ちると述べる。
つまり、著者の立場では、反ジェンダー運動は単なる「幻想」や「心理的不安」ではなく、資本主義の危機と社会的荒廃のなかで生じている政治現象として分析されるべきだ、ということである。
著者によれば、バトラーは実質的に「性/ジェンダー」の区別を崩壊させている。性とジェンダーを同じものとして扱い、「性が文化的規範の枠内で捉えられるなら、それはすでにジェンダーである」と論じる。
著者はこれを、現実の身体的カテゴリーをイデオロギーへと作り替えてしまう議論だと批判する。性や生殖という現実からイデオロギーが生じるのではなく、逆にイデオロギーが性を作るかのように語っている、という批判である。
さらに著者は、これは「馬車を馬の前に置く」ようなものだと言う。社会的要因が生物学的要因を完全に上書きできるかのように見えるが、それは経験的に誤りである。人間は200年生きることはできないし、食物と水を必要とし、種の再生産は生物学的事実である。人類の存続は、圧倒的には男女の性的関係に依存してきた、というのが著者の主張である。
著者は、性とジェンダーについて語る際には、自然的事実とそれに付与される社会的構築との関係を論じることができると認める。しかし、自然的事実そのものが存在しないかのように扱うのは観念論である、と批判する。
また、バトラーがスポーツをめぐる議論で、男性思春期だけでは偉大なアスリートにはなれず、テニスコートへのアクセスや個人トレーナーの存在も関係すると論じている点について、著者は「それは論理の飛躍だ」と批判する。階級的不平等があることは事実だが、それは身体的性差の問題を消すものではない、という趣旨である。
著者は、社会的構築が幼少期から始まることは認める。子どもが「男の子」「女の子」と告げられた瞬間から、服装、興味、教育機会、性格などについて多くの社会的期待が付与される。しかし、それは性という自然的事実を消すものではなく、物質的要因とイデオロギー的要因が密接に絡み合っていることを示すだけだ、と述べる。
著者は、バトラーが『ドイツ・イデオロギー』のマルクスとエンゲルスを引用しているにもかかわらず、その要点を誤解していると批判する。マルクスにとって、思想は人間の物質的生活過程から生じる。観念やイデオロギーは現実を補強することはあるが、現実から切り離されて現実そのものを作るわけではない、というのが著者の理解である。
著者は、バトラーが「phantasm」とマルクス=エンゲルスの「phantoms」を似たものとして扱っているようだが、それは違うと述べる。バトラーの議論は、人が自分でそう考えれば何者にでもなれるかのような前提に近づいており、これはマルクス主義的唯物論からは遠い、と批判する。
マルクスとエンゲルスは、人間が自然に働きかけ、食物や住居などの生存手段を獲得する過程を通じて歴史が発展し、観念も変化すると見た。人間は自然の一部であり、単なるイデオロギー的構築物ではない。したがって、ポストモダン理論に合わないからといって、この見方を時代遅れとして退けるのは、社会発展の理解を放棄することだ、と著者は述べる。
著者は続いて、マルクス主義的な家族論を説明する。初期の「原始共産制」社会には、性別間に一定の素朴な平等があり、女性の母性役割を理由とする差別は必ずしも存在しなかった。しかし、余剰富の蓄積、階級の成立、支配階級の財産を守る国家装置の形成、財産継承を保証する家族構造の成立によって、女性抑圧が階級社会の特徴となった。エンゲルスはこれを「女性の世界史的敗北」と呼んだ、とされる。
資本主義のもとでは、家庭と職場の分離が明確になり、家庭内の無償労働は有償労働から切り離され、劣ったものと見なされるようになった。資本主義的搾取の規律は、家庭と職場の分離、個人化、ヒエラルキー、同調性に適した家族を必要とした。そこには性的同調性も含まれ、女性と子どもは男性に従属し、性は結婚内の生殖のためのものとされた。
この観点から著者は、LGBT抑圧の根源は、核家族の規範への挑戦と見なされる点にあると説明する。したがって、それは家族制度と女性抑圧に結びついている。著者は、この歴史的唯物論的な家族分析は、バトラーに見られるポストモダニズムや多くのジェンダー理論よりも優れており、同時に一部ラディカル・フェミニストの生物学的決定論や実証主義よりも優れている、と主張する。
著者は、女性の再生産における役割は中心的だと述べる。女性は人類の再生産に不可欠であるだけでなく、資本主義体制における労働力の再生産、つまり養育・ケア・社会化・教育にも深く関わっている。家族は次世代の労働者を比較的低コストで育成するため、経済的・社会的役割を果たす。
女性が母親であること自体が不利益でなければならない自然的理由はない。しかし、それが資本家階級に利益をもたらす社会的・経済的理由は多く存在する、というのが著者の主張である。
この過程において、性は現実であり、大多数の人々は生物学的に明確に男性または女性である、と著者は述べる。例外的に曖昧なケースはあるが、それは性発達の差異であり、「インターセックス」という連続的スペクトラムがあると示唆するのは誤りだ、という立場である。
一方で、性が社会的にどう組織されるかは変化しうる。たとえば、2024年の英国の家族形態は、20世紀初頭の男性稼ぎ主モデルとは異なる。しかし共通しているのは、家庭内労働の多くを依然として女性が担い、家庭外のケア、料理、清掃などの社会的再生産労働も、低賃金で女性が多く担っているという点である。
著者は、自然と文化の関係は複雑だが、女性の生物学的役割に色づけられていると述べる。女性だけが出産できるという事実に、女性はより養育的で、自己主張が弱く、特定の仕事に向いているといったイデオロギー的前提が付随する。こうした前提は、生物学とは無関係で、社会関係に由来するにもかかわらず、労働市場における女性の不利益を補強する。
妊娠、授乳、更年期、月経など、女性抑圧において生物学的要因はなお大きな役割を持つ。社会主義社会であれば、それに伴う圧力や不利益の多くを取り除けるかもしれない。しかし資本主義のもとでは、女性はそれらの要因に個人的に対処することを求められ、その結果として不利益を被る、と著者は論じる。
著者は、バトラーが「子どもを産まない女性もいる」「閉経後の女性もいる」「さまざまな理由で子どもを持てない女性もいる」といった例外を挙げることで、女性抑圧に生物学的要素があるという議論を無効化しようとしている、と批判する。しかし、それは成り立たない。個々人の状況にかかわらず、家族における女性の中心的役割、出産・養育者としての役割が、女性抑圧を規定しているというのが著者の主張である。
著者は、バトラーの議論が女性抑圧という特定の問題を、より広い「ジェンダー抑圧」の一部として矮小化していると批判する。性差別を禁じる平等法も、バトラーにおいては、本人の性ではなく、ジェンダーや社会的前提に関わるものとして扱われる。著者はこれを、現実のカテゴリーである性をイデオロギーへと作り替える主観的観念論だと見る。
また著者は、バトラーが、女性専用空間や、レイプ・家庭内暴力から逃れるためのシェルターなど、フェミニストが闘ってきた現実の問題を軽視していると述べる。バトラーは「TERF」批判の章で、キャスリーン・ストックや J.K.ローリングを中心に攻撃するが、同様の懸念を持つ多様な個人や組織を十分に扱っていない、と著者は批判する。
著者は「TERF」という語を侮辱的かつ誤解を招くものだと述べる。それは、ジェンダー・アイデンティティ理論に批判的な人を信用失墜させ、議論を沈黙させる効果を持つという。著者は、反トランスの人々は存在し、それは間違っているとしつつも、左派や社会主義の立場にありながらバトラー流のジェンダー理論に納得していない女性たちがいることを強調する。
そのような人々まで、極右やファシストの側に客観的に立っていると見なすのは馬鹿げている、と著者は述べる。人種差別の分析にもさまざまな立場があるように、性とジェンダーの分析にも複数の立場がありうる。トランスの権利を支持し、あらゆる差別に反対することと、バトラーの理論全体を受け入れることは同じではない、という主張である。
著者は、ラディカル・フェミニズムについても、男性暴力や男性からの分離を強調しすぎ、女性抑圧への階級的対応を弱めていると批判する。しかし同時に、家庭内暴力、レイプ、女性の客体化と従属化の文化が深刻であることは認める。こうした問題は、女性解放運動によって政治問題化されたが、十分な資源や関心は向けられてこなかった、と述べる。
特に著者が不快に感じた箇所として、バトラーが女性刑務所や女性専用空間におけるレイプや性的暴行への恐怖を過小評価している点が挙げられる。バトラーは、男性看守による女性囚人へのレイプがすでに存在することや、レイプが必ずしもペニスによるものに限られないことを指摘する。しかし著者は、圧倒的多数の暴力は男性から女性に向けられており、レイプの大多数は男性がペニスを用いて行うものだと述べる。そのため、多くの女性が男性や男性身体に恐怖を抱くことには根拠があり、それを見下したり退けたりしてはならない、と主張する。
著者は、バトラーの理論が抽象的で、階級と抑圧の関係を十分に扱っていないと批判する。バトラーは「女性とは何か」を理解するには、グローバルかつ多言語的に考える必要があると述べるが、著者は、文化的差異だけでなく、物質的生活の現実も見なければならないと言う。
たとえば、フィリピンやスリランカの女性たちは、自分の子どもを残して海外へ行き、清掃やケア労働に従事することがある。こうした女性たちは、受け入れ国の労働者、女性・男性、黒人・白人、性的指向やジェンダーに
提供されたソースに基づくと、現代の結婚や出産に対する男女の意識の差、およびそれを取り巻く対立構造について、以下のような視点が示されています。
ソース内では、ここ10年ほどで「子供を欲しくない」と考える割合が、女性の方が高くなるという逆転現象が起きていると指摘されています。
かつては「男にとって女と結婚するメリットがない」という論調が目立っていましたが、近年では「産まない女」を叩くような論調へと変化しているという分析があります。
結婚という制度に対し、男女で期待するものや懸念事項に大きな隔たりが見られます。
かつては専業主婦が「寄生」と呼ばれていましたが、現在ではその定義が変化しています。
子供一人につき2000万円かかるとされる経済的負担や、親としての精神的な重圧から、「もう無理だ」と出産を諦めるような意識も反映されています。
また、子供が将来的に「異性叩き」をするような人間になるリスクを懸念し、完璧に育てられないなら産まない方がいいと考える層も存在します。
≫1 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:39:54 ♡13
苦労に耐えても何も報われないというか
≫2 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:41:47 ♡4
言うてもあんな連中ファンブル中のファンブルみたいなもんだし運がないかお宅の教育の賜物ですねとなる
≫3 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:41:55 ♡12
息子を産んでも結果が「産む機械、肉便器、テイカー、経血臭い、膣獣」と女叩きするニートになるとは苦労が報われず哀れ
≫4 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:43:18 ♡7
≫2
劣悪だったのか甘やかされたのか要因が気になる
≫5 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:46:25 ♡2
取り敢えずゲーム漬けとゲーム禁止、ゲーム強制没収は予後が良くないとは聞く
中間点を目指せ
≫6 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:46:44 ♡7
≫7 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:47:22 ♡4
女の自演だぞ
≫8 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:47:46
≫9 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:47:48 ♡5
≫5
ゲーム禁止すると女叩くようになるの?関係なくね?論理的じゃなくね?
≫10 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:49:19 ♡6
息子にマッチングアプリと相席屋と女性専用車両を叩かせるための苦労だぞ
≫11 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:49:21
言ってる本人が可哀想
≫12 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:49:22
≫13 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:51:11 ♡9
≫6
≫14 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:51:41 ♡8
≫11
いや親に寄生して気楽に生きながら掲示板で女叩きしてる本人は貴族みたいなもんで可哀想じゃなくね?
痛い思いして2000万円かけて産み育てた結果がこれという両親こそ可哀想だろ全コストをドブに捨てたようなもんだぞ
≫15 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:53:16 ♡3
笑ってしまう
≫16 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:53:47 ♡7
≫13
女性加害者の殺人事件は旦那殺しと子殺ししかないから一生独身なら殺人犯になる可能性ほぼ無くなるんだよね
≫17 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:57:13 ♡1
子どもを投資の商品か何かだと思ってそうな虐待予備軍多いよな二次元以外って
≫18 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:58:11 ♡5
≫17
いや産まない人が多いと思う
≫19 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 12:58:20 ♡3
≫14
親は産むという選択をした結果じゃん
こんな形で生かされるのは可哀想だよ
≫20 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 13:00:04 ♡5
≫13
つまり母親に虐待され殺されかけてた男性が復讐として「肉便器」「経血」と書き込んでるってこと?
それなら可哀想だわ
≫21 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 13:01:04 ♡2
≫19
「生かされる」はさすがに被害者面すぎる
≫22 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 13:01:46 ♡4
それで反応したら(態度から良い意味で使われてないことくらいはわかる)
それでいて「弱者に女体を与えろ」とか言ってるんでしょ
≫23 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 13:02:02 ♡3
≫21
≫24 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 13:02:34
≫1
他のカテか掲示板と間違えてませんかね
≫25 二次元好きの匿名さん26/04/17(金) 13:03:39
なんかこのスレ経血臭くね?
超正統派でないイスラエル国民は、「徴兵・予備役」「就労」「納税」でイスラエル国家を支えています。
イスラエルの徴兵法はイスラエル国民の男女に広く適用されており、18歳前後から軍務に入り、国防の人的基盤を実際に担っています。女性にも兵役義務が及ぶ点はイスラエルの大きな特徴です。
しかし超正統派は、イェシーバーでのトーラー学習を理由に、市民に法的に課される兵役または国民奉仕を免除されます。
この仕組みは建国期の取り決めに始まり、宗教学校に通っていれば徴兵を先送りでき、26歳で「恒久免除」に移る運用が続いています。
イスラエルといえば男女ともに兵役というイメージが強い(男性だけ兵役があり壮絶な男女分断が起きている韓国とよく比較されますね)ですが、
超正統派の兵役は免除されています。超正統派は、イスラエル人なのに男性も女性も兵役に行っていません。
就労・納税面でも、主に非超正統派のイスラエル国民が担っています。
IDIの2024年統計では、非超正統派ユダヤ人男性の平均月収は超正統派男性の約2倍とされています。
2023年に超正統派1人あたりの直接労働税負担は非超正統派ユダヤ人の28%にとどまり、
所得税を払っている割合も超正統派男性23%に対し非超正統派ユダヤ人男性は62%と大きな開きがありました。
超正統派の所得が低い理由として、超正統派向け教育は、一般的な教育と比べて免除科目が多いことが挙げられています。
超正統派の男子高校生の85%が、数学や英語などの基礎科目を免除された宗教教育機関で学んでおり、これがその後の低就業と低納税につながっているとされています。
2024年の就業率は超正統派男性54%、超正統派女性80%。
超正統派女性は教育の問題により低所得な仕事に就いているとはいえ就業率は高いです。超正統派男性は所得が低いうえに無業が多いのです。
そして超正統派には公共交通の割引、住宅支援、自治体税の減免、国民保険料軽減などの恩恵があります。
出生率も他のイスラエル人女性の2.5人に対して、超正統派女性は6.4人とかなり高いです。
超正統派女性は、低賃金とはいえ80%は働いているし、子どもをすごい数産んでいるという点で国家に貢献しています。たくさん出産するというのはとても辛いものです。
非超正統派の男女は教育レベルが高く所得水準も高いです。いわゆる科学技術先進国イスラエルのイメージは彼・彼女らが形成しています。
超正統派男性は…。ただ特権を享受しているだけで、誰に対しても何も貢献していません。男性に出産や授乳はできません。そして働きません。納税しません。兵役にも行きません。優遇と恩恵のみ受けている特別な地位です。
イスラエル国家を支えているのは「徴兵・予備役」「就労」「納税」を担っている非超正統派の男女であるため、超正統派が増えても国の負担が増えてしまうだけなのです。
非超正統派2.5人に対して、超正統派6.4人…このアンバランスが続けば、「支えてもらう側」が多すぎて制度は倒れるでしょう。
超正統派男性は国家への貢献度が低く、他属性のイスラエル国民から利を吸い取っているような存在です。
2024年6月にはイスラエル最高裁が超正統派特権を「不平等で違法」と判断しましたが、それでも超正統派男性にとってだけやけにイージーモードなイスラエルの制度は変わっていません。
俺は別にモテるわけでもモテないわけでもない普通の30代だが、進化心理学(evolutionary psychology)のオタクだ。ピンカー、トリヴァース、ダンバー、バス、このあたりの本は原著で読んでる。日本語で読める本もだいたい読んだ。
で、最近またTLに「若者の恋愛離れが深刻」「日本の恋愛は終わった」みたいな記事が流れてきて、そのブコメが地獄みたいになってるのを見て、もう我慢できなくなったので書く。
まずこの前提からして間違ってる。
1960年代まで日本の婚姻の過半数は見合いだ。見合い。当事者の恋愛感情で結婚してたんじゃなくて、制度的マッチングシステムが高効率で回ってただけ。昔の高い婚姻率は「恋愛力」の高さじゃなくて、社会的圧力の強さを反映してたにすぎない。
つまりお前らが「昔はよかった」と思ってるのは、認知心理学でいう衰退主義(declinism)——過去を自動的に美化する脳のバグだ。ついでに言えば「未婚率3割!」みたいなショッキングな数字ばかり記憶に残るのは可用性ヒューリスティックのせいだ。お前らの直感は二重にバグってる。
進化心理学の基本中の基本だが、人間の配偶者選択(mate choice)は自由にやらせるとアソータティブ・マッチング(似た者同士の組み合わせ)を強く志向する。知能と知能、社会経済的地位と社会経済的地位が引き合う。
見合いシステムはこの自然な選好を部分的にオーバーライドしてた。「とにかく結婚しろ」という圧力で、本来ならマッチングしなかった組み合わせまで婚姻に押し込んでた。
それが消えた。
見合いの消滅は「恋愛力の低下」じゃなくて、抑圧されてた個人の選好が解放されたプロセスだ。選択の自由度が上がった結果としての非婚は、多くの場合、合理的な意思決定の帰結。これを「問題」と呼ぶなら、お前は自由そのものを問題だと言ってることになる。
ここからが本題。ブコメで「男がだらしなくなった」「女が高望みしすぎ」って言い合ってるやつら、両方間違ってる。
トリヴァースのパレンタル・インベストメント理論(1972)。哺乳類のメスは妊娠・授乳という巨大な生物学的投資があるから、配偶者選択においてより選り好みする(choosier)。これは人間でも同じ。
で、女性が経済的に自立して結婚の「必要性」が消えた社会で何が起きるか。女性の選択基準は下がるんじゃなくて上がる。もう生存のために妥協する理由がないから当然だろ。
一方の男性側は、かつて「安定した職と収入」だけで市場に参入できたのが、それに加えて「情緒的知性」「家事育児へのコミットメント」「身体的魅力の維持」まで要求されるようになった。
出生動向基本調査(2021)の「交際相手のいない未婚男性が約7割」ってデータ、これは怠惰な若者の増加じゃなくて、配偶者市場の参入障壁が構造的に上がったことを反映してる。ジェンダー平等の進展がもたらした論理的に不可避の帰結であって、誰が悪いとかそういう話じゃない。
ここで「じゃあ男を鍛えろ」とか「女は妥協しろ」とか言い出すやつ、お前は進化の力学に対して精神論で対抗しようとしてる。無理だ。
これ言うやつ多すぎるので潰しておく。
反証その1。マッチングアプリの利用率が日本よりはるかに高い欧米では、未婚率の上昇は日本ほど劇的じゃない。テクノロジーが原因なら、より浸透してる社会でより深刻になるはずだろ。なってない。
反証その2。リクルートの調査では2020年代に結婚したカップルの約4分の1がアプリ経由。テクノロジーは出会いを殺すどころか、出会いのチャネルを史上最大に拡張した。
「でも選択肢が多すぎて決められないんだよ」って反論が来るのはわかる。バリー・シュワルツの選択のパラドックス。確かにそれはある。だがそれは豊かさと自由の副産物であって、テクノロジーの「罪」じゃない。選択肢が少ない時代に本気で戻りたいやつ、いるか? いないだろ。
ここが一番言いたいこと。
「草食系男子」は2006年に深澤真紀が作った言葉だが、国内外のメディアで「男性性の衰退」「覇気のなさ」の象徴として消費されてきた。
ピンカーが『暴力の人類史(The Better Angels of Our Nature)』で論じたテーゼ。人類社会における暴力の長期的減少は、共感力の拡大と自制心の文化的涵養によって達成された。男性の「攻撃性」の低下と性的な積極性の低下は同じコインの裏表だ。
つまり「草食化」は男性の劣化じゃなくて、文明化プロセス(civilizing process)の日本的な発現だ。ノルベルト・エリアスが中世ヨーロッパの宮廷社会で記述したのと同じ力学——衝動の抑制、他者の感情への配慮、暴力的手段の忌避——が、21世紀の日本の若い男性にかつてなく深く内面化された。
ハラスメントの感度が上がり、同意(consent)の概念が浸透し、「しつこく口説く」ことが社会的制裁の対象になる社会で、男性がアプローチに慎重になるのは正常で合理的な適応(adaptation)だ。病理じゃない。
それを「覇気がない」って笑うやつ、お前は暗に「もっとハラスメントしろ」って言ってるのと同じだぞ。気づいてるか?
言葉が強くなるのは許してほしいが、これは本気で言ってる。
出生率の低下は恋愛頻度よりも、養育コストの経済的・心理的上昇とはるかに強い相関がある。合計特殊出生率が高い先進国——フランスや北欧——は「恋愛文化が活発だから」じゃなくて、充実した育児休業、公的保育、住宅政策で養育コストの社会的分散を実現してるから出生率が高い。
日本の少子化対策が自治体の婚活イベントやマッチング事業に予算を突っ込んでるの、あれはパイプの漏れを直さずに蛇口の水量を増やしてるのと同じだ。子育てのコストとリスクが個人(とりわけ女性)に集中する構造を変えないかぎり、出会いの場をいくら作っても出生率は動かない。
ここにブコメで「正論」ってつけるだけじゃなくて投票行動に反映してくれ。頼む。
ここまで読んで「じゃあ全部終わりじゃん」って思ったやつ、待て。俺は進化心理学オタクであって悲観論者じゃない。
データをちゃんと見ると、日本は親密性(intimacy)の新しいモデルを世界に先駆けて実験してる社会だ。
その1:非婚パートナーシップの多様化。 事実婚、週末婚、LAT(Living Apart Together)。法制度が追いついてないだけで、実態としては着実に広がってる。「結婚できない」じゃなくて「結婚という制度がニーズに合ってない」ことへの合理的応答。
その2:親密性のポートフォリオ化。 恋愛的親密性のすべてを一人のパートナーに集中させるモデルから、友人関係、オンラインコミュニティ、趣味のつながり、ペットとの関係など、複数ソースから情緒的充足を分散調達するモデルへの移行。投資理論のポートフォリオ分散と同じ構造。リスクヘッジとして合理的。
その3:テクノロジー媒介型の親密性。 VTuber、推し活、AIコンパニオン。「代替恋愛」「現実逃避」って嘲笑されがちだが、人間の脳は社会的絆を形成するとき、相手が物理的に存在するかどうかを厳密には区別しない。オキシトシン系の神経回路は声や文字のやりとりでも活性化する。テクノロジー媒介型の親密性を「偽物」と断じるのは、社会脳(social brain)の可塑性を舐めてる。
二つだけ確実に言えることがある。
1. 婚姻率と出生率が1960年代に「回復」することはない。 個人の選択の自由が拡大した社会が自発的にその自由を返上した前例は歴史上ほぼ存在しない。社会は新しい均衡点を見つけるのであって、古い均衡に戻るんじゃない。
1. 恋愛が消滅することもない。 ロマンティック・ラブの神経基盤——腹側被蓋野(VTA)のドーパミン報酬系、前帯状皮質の愛着回路——は数十万年の進化で配線されたものだ。数十年の社会変動で消えるわけがない。変わるのは恋愛の「インフラ」であって恋愛への「衝動」じゃない。
日本の恋愛の未来は、崩壊でも回復でもなく、再構成(reconfiguration)だ。進化が俺たちに与えた欲求と、文明が俺たちに与えた選択肢のあいだの、終わりなき交渉の最新章にすぎない。
そしてこの交渉の結果を、あらかじめ「衰退」と名づけてしまうのは、人間という種の創造性に対する、あまりにも安い賭けだと俺は思う。
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追記:ブコメで「お前がモテないだけだろ」って書くやつが絶対いると思うので先に言っておくが、俺の交際ステータスとこの分析の妥当性は独立事象だ。それを混同するのは人身攻撃の誤謬(ad hominem fallacy)な。進化心理学の前にまず論理学やってこい。
子供めちゃくちゃ嫌いだしはっきり言ってツイッターの子持ち叩き側に共感してきた人間だけど、今夏子供を産むことになったので、今後自分の考えがどのように変わっていくのか覚え書きしておく。
→いやこの問い老後の世話役以外なくない?これ言うとマジで叩かれるけど、少子化が進んでくこの国で、施設に頼んで子なしがまともに死ねるとか到底思えないんだが。勿論面倒を見てもらうことが最終的な目標なので、なるべく愛情と金を惜しまず、愛着を形成し、子が自発的に「愛する親を助けたい」と思うように育てるつもりだが。
少子化を食い止ようとは思ってないが、2人は産んで自分は義務を果たしたと思いたい。あとは夫と両親が喜びそうだから。
30年後に「自立した子供がいて自分の老後を心配してくれている」状態に持っていくことを目標にして、自分と夫の仕事の状況、己の体力を逆算すると、やはり20代で1人目を産んだ方が良いと思い、打算的に妊活して即妊娠した。
まあまあ高学歴なので、大学の友達はバリバリ仕事してるし、自分も仕事にめちゃくちゃ未練があるし、まだ全然遊び足りない。妊娠を伝えるたびに言われる「おめでとう」にめちゃくちゃ腹が立つ。なんもめでたくも嬉しくもねぇよと。特に、小学校の頃から憧れていた仕事をする部署には絶対異動できなくなったので、はっきり言って途中で流産して、あなたはもう2度と子供を産めません、と言われた方が良かったんじゃないかと思っていた。いまは色々買い揃えてしまい、それが無駄になるならまあ生まれてきた方がマシか…になった。
障害児を産むのが怖い。そのリスクを減らすために20代で産むことにしたけど、それでも怖いからNIPTはやった。他にも自費で先天疾患を起こす病気の検査は全部やった。陽性だったら即堕すつもりだった。長生きできない、次世代になり得ない子を事前に分かって産む意味が全く理解できない。福祉食い潰すだけじゃん。
生まれてきてから治療不可な疾患が見つかったとして、延命しないでそのまま殺せる権利がなぜないんだろう、と思っている。次世代が欲しくて産んでるのに、次世代どころか自分の残りの人生すら介護で終わるのは、人生で最悪のパターンすぎる。
子が男か女かはまだわからない。男の子が女子トイレにいたら、年長だった頃の自分は嫌だったと思う。小学校一年生では明確に嫌だった。実際はいくつまで男児を女子トイレに連れていいんだ?夫が出張多いので、結局未就学児のあいだはトイレは連れて入ることになるだろうな。でも、浴場は違うと思ってる。おむつの取れてないようなガキは大浴場に連れてくるなだし、家族風呂か夫が入れるの二択だろ。レジャーなんだから。
生後1ヶ月だろうが信頼できる他人に託して親2人で出かけるのの何が悪いのかわからない。別に家に放置してきたとかではないんだから別に良くないか?その年の子供なんて世話さえまともならそれが親が親じゃないかなんてわからんだろ。しかも複数回してるわけでもないのに絶対覚えてないって。まあ、生後1ヶ月以内は死にやすいから、飛行機の距離で出かけると死に目に会えないとかあるのかもしれないけど、それは流石に本人も織り込み済みだろうし、他人がとやかくいうことではないでしょ。
母親学級の情報流すからフォローしてねって言われて産院のインスタフォローしたんだけど、毎日のように「今日はシロップを飲ませました💕」みたいなクソどうでもいい報告と共に他人のしわくちゃのガキの写真が載せられてきて軽くグロ画像。誰得?はやく産んでブロックしたい。
職場飲み会にガキ連れてくる先輩いるんだけど本当に対応がわからない。うちのテーブルに来るたびに逃げてる。知能を下げて会話すればいいのか?おっさんたちからは好評で一生つれてくるので余計に腹立つ。
嘔吐恐怖症なので、子供のゲロ処理が今から憂鬱だし、それで自分が胃腸炎になってしんどいのも本当に嫌。しかも子供の方が回復早いとか張っ倒しそう。
妊娠中も授乳中も食い物の制限があって、子供ができたら休みの日は使い潰され、今まで自分のために使えてたお金も使えず、旅行行っても子供のため子供のため。そんな苦労は子供の笑顔で吹き飛ぶ←これが1番嘘だと思ってる。食いたいもの食ってやりたいことだけやる幸せに勝てるもん絶対無い。これも本当に鬱
マタニティ服ってダサすぎる。今までそれなりに努力して保ってきた体型がボテ腹にぶち壊されていく。好きな服着れないから出かける気力も全然起きない。見てると悲しくなるから、ヒールはもう捨てた。これからはイオンモールにある子供服も売ってる店で服を買うことになるのかな、体型がカバーできるのが売りの、おばさんの始まりみたいな服。
夜間の授乳が終わっても目が冴えて眠れない。しかも最近ずっと朝4時起き。赤ちゃんが起きてしまうから。
もう限界なのかも。
でも、限界だって言う資格が自分にあるのか分からなくて、それが一番きつい。
ベビーシッター助成も使ってる。でも、あの制度の申請や事務手続き、シッターさんとのやり取り…「助けてもらうための準備」だけでリソースを削られる。ありがたいはずなのに、その手続きすら今の私には重荷で、そんな自分にまた自己嫌悪する。
産後ケアにも頼った。でも産後ケアの助成にも限りがあるからそんなに使えない。
それなのに、私はご飯すら作れない。
さらに、車を買ったから駐車場を探さなきゃいけないのに、近所に全然空きがない。
「駐車場探さなきゃ」「離乳食どうしよう」「申請書類出さなきゃ」「仕事復帰のシミュレーションしなきゃ」
タスクが頭の中でぐちゃぐちゃに絡まって、結局何も手につかないまま、赤ちゃんの泣き声にビクビクして一日が終わる。
「これだけ周りに助けてもらってるのに、なんで私はこんなにボロボロなの?」
「もっと大変な人は世の中にたくさんいるのに、私は甘えてるだけじゃないのか?」
その可愛さと、「母親なんだから」っていう義務感だけで、今なんとか理性を保ってる。
寝たい。
性感帯開発とは即ちパブロフの犬である、というのが持論である。
少しも気持ちよくない箇所で感じられるようになるには、同時に気持ちいい箇所を触ることで身体に錯覚させるしかないのだ。それを繰り返せば性感帯として成り立ち始める。
……ということで私は今夜もせっせせっせと小人が靴でも作るように乳首を性感帯にしようと励んでいた。
乳首を弄られて喘いでる女は全員演技だ。言い切れる。
話がそれたが、そうしていたら突然思い出したことがある。
その記憶の噴出はほとんどフラッシュバックに近く、しかし恐ろしい記憶ではない。
その出来事は私が元夫と別れる前、つまり少なくとも六年以上前の話だ。
それこそうさぎ小屋みたいな2DKの狭苦しいアパート、エアコンは寝室にしかついておらず、必然的にうさぎのケージは寝室にあった。
私と元夫がなんかそういう空気になりイチャコラし始め、元夫が私の乳首を触り、私が虚無りながら喘いでいる間、同室のケージで眠っていたうさぎが突然寝言を言ったのだ。
キッ、みたいな声を連続して出し、寝相というか、モゴモゴ動いた。
元夫はよくわからないくらい神経質な男だったので一旦虚無の時間は終わる。
「えっ可愛い」
私もそれどころじゃなくなり、足音を忍ばせてウサギのケージに近寄り、じっと観察する。
うさぎは割とすぐに起きてしまい、何というか、全てが水の泡になってしまったことがあったのだ。
離婚に伴い私が引き取り、引っ越しなどの環境の変化に馴染めずに死んでしまったのだ。
……とまあ、パジャマのお腹をペロン!とめくって乳首開発をしていたときにそのうさぎの声を思い出してしまい、私は今、泣いている。
ふわふわの毛並みを撫でたい。
次の診察は明日です。
おそらく、この人にとっては「ママ」の肩書も、素敵な自分をプロデュースして承認欲求を満たすためのアクセサリーなんだろうな
それでも心のどこかではまだ、「私だって何かあるはず」と思ってた。シンガーソングライターになろうとノートいっぱいに自作ポエムを綴ったり、役者になろうと劇団に入ったり。結局、社会のレールから外れるのが怖くて普通に就職した私は、今度こそ、と小説家を目指し始めた。出版社で毎日残業しながら、空いた時間で応募する日々。でも、結婚し、子どもが生まれると、〈空いた時間〉は、ほんの少しもなくなってしまった。
目の前の赤ん坊は、夢のように愛しくて、毎日毎日「なんでそんなにかわいいの?」と呟かずにはいられないほど。だけど、子どもに愛を注げば注ぐほど、自分のこれまでの葛藤も奮闘もぽろぽろとこぼれ落ちていき、私はただの授乳マシーンに成り果てた。テレビでは、また私より若い人が芥川賞をとったというニュースが流れていた。
イヤだった。
子育てがこれほど大変だとは思いもしなかった。
夜中の二時に泣き、三時に泣き、五時にまた泣く。
朝になっても休めない。
抱いても、歩いても、何をしても泣き止まない時間がある。
外に出ると周りの視線が痛い。「母親失格」という言葉が、どこからともなく聞こえてくる。
もう正解が分からなかった。
トイレに行くタイミングを逃し続ける。シャワーを浴びる間も、泣き声が頭の奥に残る。
昼なのに眠い。
夜なのに眠れない。
頭が重く、視界が少し白くなる。
何もしていないのに、常に責められている感じがした。
止めようとしても止まらなかった。
限界が来てベビーシッターを呼び、預け、逃げるように実家へ帰った。
でも玄関を開けた瞬間、両親は何も聞かなかった。
母は「寒かったでしょう」と言い、父は湯を沸かした。それだけだった。
理由を聞かれないことが、こんなにも楽だとは知らなかった。
何かを責められるわけでも慰められるわけでもない時間のなかで、私はソファに座った。
どうしていいのか分からないまま、何も考えれらずに沈んでいると母が「はい」と温かいお茶を渡してくれた。
両親もきっと、同じように眠れず、同じように不安になり、同じように「逃げたい」と思いながら、それでも私を育ててくれたんだと。
それに気付いて、はっとした。
胸の奥がじんと熱くなった。思わず泣きそうになる。
このままだと本当に泣いてしまう。お茶を飲むと、すぐに家を出た。
自宅に戻るとすぐにわが子を抱きしめた。
それでも……
その苦労を含めて、今はすべてが愛おしい。
2026年1月現在、世界中で認可されたノロウイルスワクチンはまだ存在しません。
しかし、開発は最終段階に入っており、実用化に向けた大きな進展が見られます。
最新の状況(2026年時点)
2024年後半から、高齢者(60歳以上)を対象とした第3相臨床試験(Nova 301)が米国、日本、カナダ、英国で実施されています。
順調にいけば、2026年中にも規制当局へ承認申請が行われる見通しです。
Vaxart社の経口ワクチン:
錠剤型の経口ワクチンを開発中であり、授乳中女性と乳児を対象とした試験で、母乳を通じて乳児に免疫(IgA抗体)が移行する可能性を示唆する肯定的なデータを2026年1月に発表しています。
その他:
日本の研究機関や企業でも、魚の卵(魚卵)を用いた新しい製造技術など、ワクチン開発が進められています。
モデルナ社の第3相試験は2027年頃まで続く可能性があり、承認申請後もレビューに約1年かかるため、実際に一般に普及するまでには、あと数年はかかると見られています。
厚生労働省はノロウイルスワクチンを開発優先度が高いものと位置づけており、早期の社会実装が期待されています。
ノロウイルスは遺伝的・抗原的な多様性が非常に高く(複数の型が存在する)、進化が早いため、広範囲に効果がある(ブロードな)ワクチンを作るのが難しいとされてきました。
現時点の予防策
ワクチンが利用可能になるまでは、基本的な感染対策が最も重要です。
加熱処理:食品は85〜90℃で90秒間以上加熱する。