はてなキーワード: ラッピングとは
本邦ではリベラルも左派も、過去の過激派共産主義者と地続きだ。心底スノッブで胡散臭い。自分が正しいと確信した勇ましい挑戦者!あさましい確信犯
(保守も右派も、うっすら過去の支配層から賜った御指導の香りがするのと同じですよ。鏡を鑑みてください)
リベラルだろうがサヨクだろうがパヨクだろうが、誰も彼も絵に描いた餅を押し売りしてくるので鬱陶しい
何も成就してないから、癖になってんだ餅売るの。家庭の事情でね
「平和」だの「環境保護」だの反対する人なんて居ない論点を押し付けてくる。その「平和」を実現するのに苦心してんだっての。平和を語るなら戦争を知れ。防衛白書くらい読んでこい。インテリなんだろお前ら
まあ、具体策なんて考える必要ないんだよな。一生チャレンジャーで主体的に現実を動かすことはないんだもの。政権交代してもすぐ戻る。モハメド・アリのジャブかお前らは
俺が山師だったら「平和」と「エコ」を売る。誰もが買わなきゃいけないと思っているからだ。弁舌尽くして筆折れるまで、その尊さでラッピングしてやる。中身が見えないようにね
左派って、もしかしてテロリストと構造的に同じことやってないか?
ちょっと冷静に考えてみてほしい。
右派ってさ、別に「排外主義」だのなんだのレッテル貼られがちだけど、実態はかなりシンプルなんだよ。
ただそれだけ。
これって別に過激でもなんでもなくて、むしろ国家としては当たり前の前提だよね。
どの国だって、自分たちのルールを守る前提で人を受け入れてるわけで。
実際、右派同士って国を超えても妙に話が通じる。
なぜか左派は、この前提を壊そうとする。
自国の文化や法律を尊重できない人間でも「排除するな」「受け入れろ」と言う。
いや、それやったらどうなるかって普通に分かるよね。
↓
↓
社会の秩序が壊れる
これ、外から暴力で壊すか、内側から崩すかの違いだけで、やってることの構造は同じじゃないか?
左派のやり方って「秩序を維持する前提そのものを否定する」方向なんだよ。
むしろ「多様性」「包摂」「人権」みたいな綺麗な言葉でラッピングしてくるから、余計に質が悪い。
でも現実には、
ルールを守る人と守らない人を同列に扱う
↓
守る側が損をする
↓
結果として誰も守らなくなる
結局のところ、
この違いなんだよね。
ここにきてカロリーメイトの値段の安さが際立ってくるような輝きを棚で放ちつつあり、
ナッツとか小魚スナックとかそういうのを求めて彷徨って買って、
小腹を満たしていたんだけど、
まあたぶん200円は、
高いなぁって周辺視野で見てもおにぎり1つにとっても2ドルを超える鮭おにぎりは、
テレビ収録の時の楽屋のお弁当で何がいいですか?ってリクエストを尋ねられたとき、
「鮭な!ベイビー」って内田裕也さんが言ったかどうかは分からないけれど。
ぶっちぎり1つ300円を超えようとしていて正直ビックリするわよ。
ドラゴンクエストで上やくそうが40ゴールドもするのを我慢して通常のやくそう8ゴールドを大量に買い占めるぐらい、
そんでさ、
お米系高いから、
なんとかバーっていうサクッと食べられる系の健康補助食品系のそれなんてカロリーメイト?って名前もカロリーメイト以外よく分からない浸透度がまだ浅い商品ってあるんだけど、
そのコーナーの棚の目の前にいっても、
高いなぁって私の小腹満たすの高いすぎ!って思っちゃうの。
そんで棚のさ下の方に鎮座しているいわゆる大塚製薬コーナーは黄色いパッケージが間違いなく目立つ定番のみんな大好きカロリーメイトがあるじゃない!
あれもなんか忙しいビジネスの人が食べるイメージの都会的なサンシャイン的な60階建てのビルを彷彿とさせるビジネスが加速する現場で食べられているようで、
私はそんなバリバリに仕事やってる感をカロリーメイトをかじって醸し出すには
到底およばないので、
カロリーメイトを事務所でかじるとなんか仕事できる風のドヤ風が顔の全面から吹き出してくる虚勢を張っている様にみられて敬遠しちゃうのよね。
そっちの缶の方のカロリーメイトを飲んでいると、
逆に缶の方が店頭で見かけること珍しいので、
ああこの人はなんかカロリーメイトの飲むタイプの缶が好きなのねって思われるのよ。
だから缶タイプかブロックタイプかで格好つけられるシーンが違う絵が描けるので、
使い分けてみるといいわよ!
そんでその棚に鎮座している下の方で輝く、
もっと私の小腹を満たせとガイヤが囁いているように聞こえてくる声にそっと耳を傾けてみるの!
このラインナップ!
迷うわー。
何味のカロリーメイトにしちゃおうかしら?って選り取り見取りなのに箱は黄色いってところがまた憎いのよね。
うーん、
今回は私バニラ味にしてみました!
これで私の夕方の小腹が満たせるってもんよのモンドセレクション大賞受賞待ったなしだわ!
しかも!
2本入りの小さい方のパッケージが110円ぐらい?
円高ドル安西高東低山あれば谷あり!ってぐらい私も谷まりあさんばりの食欲を旺盛なところを披露しちゃうわ。
いつでも小腹を満たせる自信に繋がるから心強くなれると思うの。
しかもおにぎりみたいに買った瞬間ラッピングを剥がしてその場で食べないといけないぐらいな新鮮さを極端に保っているわけでは無いので、
その心の中のカロリーメイトが1年分貯まったら嬉しく思うほどの余裕になるからちょっと安心するの。
にしてもさ、
カロリーメイトの2本入りの小さい箱の方が110円とかの値段って、
もう安く見えちゃって飛び付いちゃう感じよね。
あと麦茶のペットボトルは値段こそ変わらないけれど容量はどんどん増えていってない?
500ミリリットルの規格の範囲内で最大容量ってどこまで叩き出す記録は分からないけれど麦茶のペットボトルで660ミリリットルってあるじゃない。
記録に残る麦茶のペットボトルというか記憶に残る麦茶のペットボトルなのよ。
カントリーマームがどんどん小さくなっていくのとは逆に麦茶の量はどんどん増えて限界まで今これが660ミリリットルってのがマックスぐらいじゃないの?
だから麦茶のペットボトルとカロリーメイトの2本入り1ドルにも満たないものを常備してカバンにいや心に忍ばせておけば、
その瞬間麦茶のペットボトルを開栓してごくごく飲むことが出来るのよ。
カロリーメイトに信頼できる仲間として麦茶の660ミリリットルのペットボトルのは良い相棒なのよ。
あとさ、
カロリーメイトみたいな銀色の封で密閉してある食品を食べる時って、
うわ!私今宇宙食みたいなの食べてる気分のそれなんて2001年宇宙の旅?なんて思うの!
そんでもって
新惑星発見!着陸だー!って着陸したら地球だったってそれなんて猿の惑星?ってところまでがワンセットの宇宙の旅している宇宙食ちょっとお先お昼行きますねーってバイト先で先にお昼に行く際に先輩に遠慮して先に行きますねって声かけるぐらい、
早く張り切ってカロリーメイトの金色のあのパッケージを開けるの!
新発売なのはケンちゃんラーメンでもう充分!ってぐらい私は充分にカロリーメイトの2本入りバニラ味で小腹がみたせられるの!
宇宙旅してる!って。
宇宙の旅が終わって、
地球の海に着水して無事帰還!ってあるじゃない!
そんでその後ヒーローインタビューみたいなのをするときに、
まだ無重力からすぐ帰ってきて身体が地球の重量に慣れてないから
ヒーローインタビューのお立ち台で立ってインタビューに答えるのは辛いので、
ここは椅子に座らせてもらうけれど、
その時の宇宙食でどれが美味しかったですか?って尋ねられたとき、
スキー板にスキー板を作ったスポーツメーカーのロゴがプリントしてあるから、
スキージャンプの選手はヒーローインタビューする際にその板のメーカーのロゴが入っているところをカメラに向けてインタビュー受ける船木!って叫んでいるけれどちゃっかりロゴは見せているじゃない!ってぐらいの勢いで、
私も宇宙服の右胸に刺繍してある大塚製薬カロリーメイトって場所にカメラで抜かれたときに、
水戸黄門の人が印籠を披露するみたいな格好でじゃーん!って出すの!
それぐらい宇宙の旅している味がするようなあの金色のラッピングは宇宙感あるわよね。
110円で思いを宇宙にまで馳せられるのはコスパいいと思うわ。
あなたは何味が好きかしら?
うふふ。
納豆巻き美味しいわね!
実は自分で気付いてなかっただけだったのかもしれないけれど納豆好きなのかもしれないわ!
そして、
小腹が満たしたいときのピンチに役立つカロリーメイトの2本入りも買っておいたの。
レッツ発注よ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
最近さ、「男は弱みを吐き出せないから辛い」とか「弱音を吐くと叩かれる」みたいな被害者面した投稿多すぎ。マジで笑わせんなよ。
お前ら「男はつらいよ」って国民的映画、知らないわけ?昭和の時代から堂々と「つらい」って看板掲げて、日本中がそれを「そうだね、つらいね」って受け入れてきたじゃん。弱み吐きまくり、情けなさ晒しまくり。どこが吐けないんだよ。お前らが勝手に「格好つけたいプライド」と「構ってほしい欲望」の間でジタバタしてるだけだろ。
いい加減認めろよ。この世に「男性差別」なんて存在しないんだわ。
あるのは女性差別、それだけ。
お前らが「男特有の生きづらさ」って呼んでるものの正体、全部「加害者側の内輪揉め」だからな。
お前らは、自分が多少苦しい思いをして、生活の質が落ちて、経済的に非効率になったとしても、それ以上に「女性を加害して、下に置いておきたい」っていう歪んだ欲望を優先してるだけなんだよ。
自分が不幸になってもいいから、それ以上に女を不幸にしたい。そのコストを「生きづらさ」っていう被害者の言葉でラッピングしてんじゃねーよ。
結局、構造的な特権の上に胡坐をかいて、その椅子から転げ落ちそうになったら「差別だ!男もつらいんだ!」って騒ぎ出す。恥ずかしくないの?
甘えんなよ。
お前らが吐くべきなのは「弱み」じゃなくて、自分たちの内側にある「加害性」だろ。
まずはそこから向き合えよ。
「再投稿は甘えだ」と言う人が思考停止してる、って断定してますけど、まずその根拠が示されてないんですよね。
再投稿が「表現の自由」だって言ってますけど、表現の自由って「何をしても許される権利」じゃないんですよ。国家が不当に制限しちゃいけないって話であって、匿名掲示板やSNSで「同じ内容を何度も流すのがウザい」って言われるのとはレイヤーが違うんですよね。そこをごっちゃにしてる時点で、論理がズレてると思います。
あと、「再投稿しない義務はどこにあるのか」って言ってますけど、逆に言うと「再投稿しなければならない権利」もどこにも書いてないですよね。
義務がないから何をしても正当、って理屈が通るなら、スパムも荒らしも全部OKになっちゃうんですけど、それはさすがに無理があると思うんですよ。
それから「読むか読まないかは読者の自由」って言ってますけど、これもよくあるすり替えで。
現実にはタイムラインやスレッドを占有するわけで、「見ない自由」が実質的に制限されるケースもあるんですよね。完全に無視できるならミュート機能とかNG機能なんて最初から要らないわけで。
つまり、再投稿が他人の体験に影響を与えてる事実は否定できないんですよ。
「言論は反復によって深化する」ってのも、きれいな言い方ですけど、正直それが全部当てはまるなら、同じ主張をコピペで何度も貼る行為も「思考の成熟」ってことになりますよね。
でも多くの人がそれをそう見ないのは、「深化」じゃなくて「押し付け」に見えるからなんですよ。
あと、「甘え」という言葉が統制だ、排除だ、って言ってますけど、これも過剰評価だと思います。
単に「同じこと何回も言うの、正直だるいです」って感情表明を、わざわざ人権侵害レベルまで引き上げてるだけに見えるんですよね。
そこまで話を大きくしないと反論できない時点で、説得力は下がってると思います。
で、結局何が起きてるかというと、
この二つを、人権とか公共性っていう強い言葉でラッピングしてるだけなんですよ。
なので、「再投稿は甘えじゃない」という主張自体は自由ですけど、
それに異を唱える人を「人が語り続ける権利を否定している」ってところまで飛躍させるのは、さすがに言い過ぎだと思います。
要するに、
嫌がられる自由もある。
ピーナッツ、いちごジャム、卵、チョコレートとかのランチパックを、体にラッピングしたい
AIに聞いたら、
現状、車用のフィルムで人間を包むのは「短時間の撮影用」なら可能ですが、日常生活を送るのは危険です。
もし「見た目を変えたい」という意図であれば、特殊メイク用のラテックスや高伸縮性の全身タイツへのプリントが、最も安全でラッピングに近い効果を得られます。
直接肌にラッピングしたいんだよ
https://www.instagram.com/p/Cgg4M7CJxpo/
キャラか!キャラじゃなくて、ランチパックそのものが好きなんだよな〜
なんだか自分が少数派みたいで悲しい
俺の息子がそんな大人になっては困るので教育的配慮でクリスマスプレゼントは無い。
彼は4,5歳で向こう百年先まで前借りしてしまったのだ。愚か者め
「ガチャガチャやりたい」
「ダメだ」
「辞めといたほうがいいと思うが」
「どーしてもやりたい!いい!前借りで」
こんなことが続き、百均のガラクタにまで前借りを乱発した挙げ句もはや寿命のはるか先まで使い切った。
だからもう誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも無い。
今年7歳の誕生日、その現実を説明しプレゼントは無いと申し伝えた。
プレゼントは箱を複数用意し好きなものを選ばせる。ハズレはタワシだ。彼はタワシを引いた
息子はアホなので毎回必ず一番大きい箱を選ぶのだ、愚かだ。
当たりはSwitchだったり、ゲームだったり、自転車だったり、値の張るおもちゃだったり。
一発で当てたことはない。まぁ結局は全ての箱を開けさせるのだが。
7歳の誕生日は三択でタワシ、タワシ、自転車(鍵の入った小さな箱)を引いた、愚か者め
だが、今年のクリスマスプレゼントは無い、もう甘い顔はしないと宣言している。
なにも無しは可愛そうだ、そこで今年はハズレ10個に当たり1個だと予告した。
通常だと三択だ、サンタクロースだけに。
。。。
「キミは愚か者だから必ず一番大きい箱のハズレを引くんだよねぇ、あはは」
これを繰り返し言うてる、結果、愚かだから一番大きい箱を避けるだろう。当たりはそれだ。
世の中は厳しいのだよ、騙されるやつが悪い。
ハズレのタワシには工夫を凝らした
光り輝くタワシが完成。うひひひひ、これを引いて落胆する息子の顔が今から楽しみだ。
今、妻が嬉しそうにタワシをラッピングしている。
別に俺はアンフェじゃない。むしろ、日本のジェンダーギャップ指数が低いことには危機感を持っている。
でも、その解決策として大学入試に「女子枠」を作るのは最悪手だ。
あれはアファーマティブ・アクションなんて高尚なもんじゃない。
この国が18年間、女の子に「理系なんて似合わない」という呪いをかけ続けてきた責任を、たまたまその年に受験する18歳の男子学生と将来18歳になるいまの未成年男子たちに全部押し付ける行為だからだ。
左派やリベラルを自認する人たちにこそ、この制度のグロテスクさに気づいてほしい。
本来、理工系に女子が少ないのは、大学入試のせいじゃない。もっと手前だ。
幼少期からの女の子は愛嬌、理系はオタクっぽいという刷り込み、ロールモデルの欠如、長時間労働が前提で女性が働きにくい研究職の現場。これら社会全体の構造的欠陥が原因だろ?
本来なら、政府や大人が数十年かけて労働環境を変え、教育を変え、女子が自然と理系を目指せる土壌を作るべきだった。
だから彼らは手抜きをしたんだよ。
根本的な社会改革をサボり、入試の定員という一番いじりやすい数字だけを操作して、「ほら、多様性達成しました」とドヤ顔をする。
これはやってる感を出すための行政のアリバイ作りであり、企業のSDGsアピールと同じだ。
その手抜きのツケを払わされているのは誰だ?
政治家でも大学教授でもない。これから社会に出ようとしている、罪のない未成年男子たちだ。
さらにタチが悪いのが、この制度が「経済格差」を無視している点だ。
想像してみてほしい。
都内の裕福な家庭に生まれ、中高一貫の女子校で手厚い教育を受け、塾にも通えた女子学生。
地方の貧困家庭に生まれ、バイトしながら国公立を目指す男子学生。
女子枠という制度下では、前者が「弱者」として優遇され、後者が「強者」として割を食う可能性がある。
これはリベラルが最も嫌うべき「生まれによる固定化」の助長じゃないのか?
女性であるという属性一つで、個々の経済的背景や努力のプロセスを無視して下駄を履かせるのは、平等の実現どころか、新たな特権階級の創出にすぎない。
女子比率を上げれば偏差値の見栄えがいい、補助金が取りやすい、ダイバーシティランキングが上がる。
そこに学生への教育的配慮はない。あるのは大学経営と、世間体のための数字合わせだけだ。
本当に女子学生を増やしたいなら、女子枠なんて安易な劇薬じゃなく、大学卒業後のキャリアパスを保証するとか、研究職の給与を上げるとか、そういう出口改革をするのが筋だろ。
出口が泥沼のまま入り口だけ広げても、不幸な人を増やすだけだ。
最後に、これから受験を迎える男子、そして将来受験する男の子たちへ。
君たちが枠を奪われるのは、君たちの能力が不足しているからでも、君たちが「男性という加害者」だからでもない。
単に、この国の大人が社会構造を変える努力を放棄して、そのコストを君たちに転嫁したからだ。
前からずっとモヤってた話。
※1「なろう系小説」は「小説家になろう」に掲載されてる作品の総称でなく、その中でも「チート」によって主人公が苦労せず異世界で栄誉や異性の恋人などを得る物語類型を指す。自分も書き手なので、そうでないものが色々あることは知っているので区別しておきい。その上で「なろう系」も好きなように消費してもいいとおもう。
※2おおまかに「男性」「女性」と区切ってるけど、もちろん反応しない男性も女性もいるとおもう。あくまでざっくりした傾向の話として。
「なろう系嫌悪」と「萌え絵嫌悪」って、たぶん根っこが同じ。前者は表向きは「質が落ちる」とか「文化が痩せる」とか「安易」とかもっともらしい理屈が並ぶ。萌え絵嫌悪には「性的搾取」「性的客体化」といった文句が並ぶ。しかし、どっちも別に誰かの利益を侵害してない。ならさっさと回れ右すればいいのに、どっちも苛立つのだろうかと。そこで、ふと思ったのだが、あの違和感の中心には、しばしば「嫉妬の誤作動」があるんじゃないかと思う。
嫉妬は、相対的剥奪感から生まれる。自分が何かを奪われたわけじゃないのに、他人の快楽や承認が数字で可視化されるせいで、自分の位置が一段下がったように“感じる”。なろう小説ならランキング、RT、いいね。あるいは漫画化やアニメ化までされる。女性なら萌え絵が一般的に認められて本棚でそれが見られること。それはたぶん、他人の幸福をこちらの網膜に直送してくる。人間は情熱の奴隷だから、しばしばそれを無意識に正当化するために「あれは低俗」「浅い」「社会に悪影響」みたいな言葉が、心のざわつきを包むラッピングをしやすい。
起爆条件も似てる。お手軽に消費できること。記号が強く、理解にコストがかからないこと。ファンコミュニティが楽しそうに盛り上がってること。これらは全部、「自分の美意識や努力が相対的に価値を失うかも」という予感を刺激する。で、その予感が痛いから、道徳っぽい語彙で殴ってしまう。
もちろん、作品や絵に対する妥当な批判はあるし、全部を持ち上げろって話ではない。ただ、「ジャンルごと一括りで嫌う」時のトーンって、多くの場合は美学の議論じゃなくて、心の防衛反応。言い換えれば、「自分が選ばれなかった痛み」の誤魔化し。なろう系嫌悪は「作品を読むのはOK」ラインが保たれてるだけましで、特に女性側の「萌え絵嫌悪」は公共の場でちょっと女性的なマスコットキャラが出てきた程度で、防衛反応をむき出しにしてるから性質が悪い。
うがった見方に聞こえるのは承知の上で、それでも一回だけ立ち止まってみるといいかも。「これは嫉妬の誤作動かもしれない」と仮置きしてから、作品や絵そのものの話に戻る。たぶんその方が、余計な敵を作らずに文化批評もできるんじゃないかなと。
付言すると、2010年代の萌え絵批判で、あれこれ「添削」して公共の場にふさわしいように修正する議論があったけど、ぶっちゃけていえば「女性キャラをできるだけ女性として魅力的に見えないように修正する」という作業。女性じゃないから、たぶんだけど、あれは「本来苦労の末に獲得する果実(女性との恋愛やそのさきの行為)を見る人が掠め取っている」ような感覚から来てるんだとおもう。男性はそもそも恋愛において(多くは)ジャッジする立場にいないけど、マチアプとかでもわかるように男性をジャッジできる立場なわけで、そこを迂回して「果実」を掠め取ってるのが不愉快なんだろうなあって(彼女たちがそれを自覚してるかはさておき)。