ロボットシリーズと初期バンダイ模型 その3
比較的リアル志向のキャラクタープラモデルを展開していたバンダイ模型は、1972年12月から放映された「マジンガーZ」のプラモデル化に取り組むことになります。発売されたのは以下の5種です。
マジンガーZ(モーター歩行)
ジェットスクランダー付きマジンガーZ(モーター歩行にパーツ追加)
ホバーパイルダー(ゼンマイ)
ジェットパイルダー(ホバーパイルダーの一部パーツ変更)
ゼンマイ動力マジンガーZ(リキシーボーイの金型改造)
マジンガーZはモーター版・ゼンマイ版ともに「バンダイロボットシリーズ」を継承した内容で、本編イメージとはかけ離れていたのは
すでに触れた通りです。
一方ホバーパイルダーはイメージをよく再現した良好な出来でした。
画像は1998年再版のジェットパイルダーから、元はホバーパイルダーだった部分を仮組みしたもの。
コクピットは精密に再現されており、スケールモデル的な手法で設計されていることがわかります。
同様に翌年の「ゲッターロボ」もオモチャ然としたロボットに対してゲットマシンは良好な出来であり、同時期のアニメ「0テスター」のテスター各機もイメージをよく再現していました。
これらのマシンは、架空の存在ではあってもホバークラフトなりジェット戦闘機なりの「亜種」と捉えれば現実の延長上に位置するものと考えることができます。
その意味では実写・特撮ものに登場する架空のマシンと大差ない存在のため、スケールモデル的な感覚でのプラモデル化が有効だったと思われます。
それに対して「人型巨大ロボット」は、この時代にはまだ完全に「絵空事」の存在でした。
現実との接点の無い対象には、スケールモデル的な手法も適用しようがありません。
むしろ当時のバンダイ模型には「ロボット=ブリキのオモチャ」という理解しかなかったようです。
ブリキ玩具をそのままプラモデル化したような「バンダイロボットシリーズ」と同じ手法でマジンガーZやゲッターロボが製品化されたのはこのような事情だったと想像されます。
こうしたバンダイ模型とは異なる動きを見せたのはポピーです。バンダイ模型とほぼ同時期にバンダイ本社から独立したポピーは、同じキャラクターをもとに製品開発する点ではライバルにあたる存在でした。
当時のポピーは「光る!まわる!」でおなじみの仮面ライダー変身ベルトや「ポピニカ」第1号のミニミニサイクロン号をヒットさせています。(画像のサイクロン号は1979年の再版)
マジンガーZの商品化にあたって、ポピーは「人型巨大ロボット」というキャラクター性を重視して開発に取り組みます。
そして「巨大」という要素からジャンボマシンダーを、「金属」という要素から超合金を生み出します。
これらはロボット玩具として前例の無い画期的な商品で、いずれも大ヒットとなりました。
(画像の超合金はバンプレスト製復刻版)
これはテレビマガジン1973年10月号の懸賞ページに掲載された「ダイカスト人形」。胸や肩の形状から、超合金の初期試作品と思われます。
実際に超合金が発売されたのはこれより5ヶ月後の74年2月で、長期にわたる試行錯誤が想像されます。
「人型巨大ロボット」の固有の魅力を最大に活かした製品を生み出そうとするポピーの姿勢は、ブリキ玩具然としたプラモデルを作っていたバンダイ模型とは対照的です。
マジンガーZやゲッターロボのプラモデルも売れ行きは良好でしたが、ジャンボマシンダーと超合金が男児玩具の歴史を塗り替えるような売れ行きと広がりを見せ始めると、時代の嗜好から取り残されつつあることが明らかになっていきます。
ダイナミック系ロボットのブームは衰えることなく2年目に突入し、新たな主役としてグレートマジンガーが登場するころには、バンダイ模型は自社の製品ラインナップの見直しを迫られることになります。
おそらくこれがジョイントモデル誕生の起点です。
ロボットシリーズと初期バンダイ模型 その2
バンダイ関係者に取材した書籍によれば、初期のバンダイ模型には「プラモデルはオモチャではない」「精密なスケールモデルこそ模型の王道」といった意識が強かったそうです。
確かにマジンガーZ以前のバンダイ製キャラクタープラモデルは比較的リアルで良好な出来のものが多かったようです。
1971-72年は第二次怪獣ブームから変身ブームの時期で、バンダイキャラクタープラモもほとんどが実写・特撮作品を題材としています。それらは架空の存在であっても「撮影用小道具」という「実物」が存在するので、スケールモデル志向の強いバンダイ模型としては取り組み易い素材だったと考えられます。
以下に具体例を挙げてみます。
バンダイ模型の1971年度を代表するヒット商品、「仮面ライダー」(ゼンマイ・500円)。
画像の個体はライダーのマフラーなど一部に欠損・補修あり。
パーツ形状は単純ながら最初にフレームを組み、エンジンを取り付け、カウルで覆うという構成は模型的なもので、オモチャとは一線を画しています。
ライダーのコスチュームのしわなどはスケールモデル的な表現が感じられます。
ゼンマイボックスははずしてディスプレイできます。これは今井科学が「キャプテンスカーレット」「マイティジャック」のプラモデルで採用した手法を継承したものです。
こちらは1972年発売の「超人バロム・1 マッハロッド」(ゼンマイ・400円)。一部欠損あり。
簡素な構成ながらBタイプと通称される車体の特徴をよく再現しています。エンジン部のメッキパーツもいい雰囲気です。
前輪は角度変更できます。画像の個体はハンドルとバロム・1のみ塗装済み。
同時期の他社製品との比較。向かって左から日東科学の帰ってきたウルトラマン、バンダイの仮面ライダー、タカトク製カプセル玩具のゾフィ。ライダーは造形のスケールモデル的なリアルさが突出しています。
同様に日東科学のアーストロン、バンダイのオニビマムシ、アオシマのスペクトルマン。オニビマムシの顔のシャープな彫刻や布の質感表現へのこだわりには明確にスケール志向が感じられます。
バンダイ模型のスケールモデル志向は、商品ラインナップにも特徴的に表れています。
当時、競合他社の主力プラモデルは軒並みゼンマイ動力のヒーロー歩行プラモでした。
具体的にはアオシマのスペクトルマン・怪傑ライオン丸・流星人間ゾーン、ブルマァクの帰ってきたウルトラマン・ミラーマン・トリプルファイター、東京マルイのシルバー仮面ジャイアントなど。
画像はゼンマイ歩行プラモの一例、アオシマの「鉄人タイガーセブン」を仮組みしたもの。ゼンマイ動力の内蔵が形状の決定的な制約になっているのがわかります。
当時の技術では動力歩行とリアルな形状の両立はほぼ不可能でした。歩行ギミックの採用はプラモデルを「動くオモチャ」にしてしまう選択だったのです。
バンダイ模型は仮面ライダー、キカイダーなどの人気作品の商品化権を持ちながら、動力内蔵の主力商品はマシンに限定されており、ヒーローの歩行プラモは一切発売していません。
ヒーロー自体の商品化は「マスコット」などの立像形体で展開されており、スケールモデル的なリアルさを含んだものになっています。
他社がこぞって発売していた「歩行プラモ」をあえて避けたと考えられるこうした商品展開には、「プラモデルはオモチャではない」というバンダイ模型社内の意識が反映されていると思われます。
こうしたスケール志向の状況の中、バンダイ模型は1973年に「マジンガーZ」のプラモデル化に取り組むことになります。
(続きます)