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婿は地下足袋の人
婿は地下足袋の人
オラもな、若い時ゃあったのよ。
年頃になるとな、あっちこっちから、
「嫁にもらえねべかな」
「嫁さ来てけろ」
ってな、話が来たもんだよ。
オラは、ショス(恥ずかしい)くてな、
「まだ、早ぇじゃ」
って、言ってたのよ。
ある日の夕方、野良仕事終えて家さ帰ったら、
トド(父)が、酒っこ飲んで期限を良くしてたのよ。
見知らぬ小母さんが居てな、
面白そうに語ってたのよ。
「おーっ、花子帰ってきたか、オメのよ、
決め酒飲んでるとこだ」
「決め酒って、なんだや父ちゃん」
「決め酒ったら、オメの婿が決まったって事だ」
「ハナちゃん、働き者で良い男ぶり(ハンサム)だから」
と、側で小母さんが言う。
オラも、いよいよ嫁に行く事になってな、
どんな婿さんだべなやって、思うようになったよ。
ある日、婿さんが挨拶に来ると云うんで、
驚いてな、隠れてしまった。
「こっちさ、来ーっ」
って、言われてな、玄関をそーっと覗いたら、
土が付いた地下足袋が脱いであったのよ。
婿どのは、山向こうの人で、近道でその山を越えて来たんだって。
トド(父)から、
「花子ここさ来てネマレ(座る)じゃ」
って言われて部屋さ入ったさ。
トドは、婿どのに酒を注がれて、気分っこ良くしてらった。
オラは下向いてたけども、どんな男振りした人だべと
目吊り上げたけども、分からなかった。
帰った後で教えられた。
7つ年上で、背がオラよりも小せいって。
部屋出るとき、チラッっと横顔見たけども
男振るもそれほどでもねぇようだったしな。
「話っこも、酒の飲みっぷりも良いよんたな」
トドは、酒を注がれて気分を良くすてたけども、
オラは、少しがっかりしたもんだよ。
式を挙げて、山向こうから此処さ嫁に来たよ。
もう、50年になる。
ツラ(顔)も、眺めていれば、それなりでな。
飽きる事はねえもんだな。
他の男と間違う事はなえしな。
物さ、あんまりこだわらねえで、稼ぐしな。
ある時に言われたじゃ。
「オメを見た時は、むだくね(ブス)女子だと、思ったよ」
だってよ。
何、馬鹿語ってるんだか。こっちのセリフだべ。
オラも美人だとは、思わなかったけんどもな、
それなりだと自信はあったもんだ。
それにしても、元気がいいよ。
今でも地下足袋履いてな、山さ行って山菜とか、きのこを取って来るんだよ。
お陰で食うに困らなかったよ。
相変わらず、話っこがうまくてな。
オラはついつい騙される。
酒を飲むと、止まらなくなるから、
あんまり飲ませねぇようにしてるのでがんすよ。
オラの婿は、地下足袋の似合う良い男でがんすぇ。