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はてなキーワード: ダイエーとは

2025-03-05

まりWAONバカにしてはいけないぞ

基本的に全国規模で展開しているスーパーは倒れる

ジャスコ然り、ダイエー然り、縮小中のイトーヨーカドー然り。それだけ食品スーパー地域性が強く、本部一括の商品展開は困難である

イオングループはこれらの経験を踏まえ、全国で分社化し、各エリア統治させている。

エリアでは高度な自治権があり、イオン北海道イオン九州モールも展開している(本州ではイオンモール社の管轄

関西ではダイエー社がマックスバリュブランド)やイオンスタイル運営しているし、中四国では新フジ社がマックスバリュ西日本管轄)とマルナカ運営している

関東ではイオンはU. S. M. Hにマックスバリュ関東社、マルエツカスミいなげや運営させている

本州では多くのイオンスタイルイオンリテール社)があるが、大半がイオンモール内の出店であるイオンモール内という地域

こうしてイオングループ事業子会社それぞれが他のエリア食品スーパーチェーンの規模に匹敵する帝国となり、帝国は国是に従い各王国干渉しないようにしている。

その結果主管企業グループ内で乱立し、アプリサービスが分裂することになった。

誰がどう見てもわかりにくいし使いにくいし、それはそうとして統合する努力しろよとは思うが、こういう風土からここまで成長できたのだ、という話だ

とはいえ、それはそれ、これはこれ)

2025-03-02

鳥貴族 ぼくのおうち店

駅前鳥貴族行ったらめちゃ混んでて撤退

こんな夜こそ

鳥貴族 ぼくのおうち店 オープン

 

プレミアムモルツ

ハイボール濃いめ

こだわり酒場レモンサワー

焼鳥ももたれ(セブンプレミアム

レバニラダイエー

砂肝塩コショウ焼(ダイエー

 

おあがりよ!

 

わーい!

 

さらサービスで大画面でamazonプライムが見放題!

さらさらサービスFANZAも見放題!(もちろん抜きもいいね!)

 

ふー!さいこーっ!

鳥貴族ぼくのおうち店ありがとう

2025-01-28

八潮の陥没事故現場なんだが

埼玉県八潮道路が大きく陥没して3トントラックが転落する事故が発生した。

 

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250128/k10014705621000.html

 

現場はここ。

https://maps.app.goo.gl/eCE2cJhPJ3T2BFMS6

浄水場通りと県道54号線の交点。

 

実はここ、結構新しい道路なのだ。この交差点西側1970年代末に開通、東側1990年代末の開通だ。

という事は地下埋設物もそれくらいなのでそこまで古くない。

 

NHK空撮動画をよく見ると幾つかの点に気付く。

まず最初に、穴が垂直である事。土が垂直に崩壊するなんてあり得ない。

そしてよく見ると横に線が見える。そして灰色。これってコンクリートではないか

 

もう一つは穴が丸いだけじゃなくて、一か所直線になっている。ダイエーロゴを楕円にしたみたいな形だ。不自然である

舗装中央線で区切って半分ずつ工事することが多いから切れ目が出来る。その為に直線部分が出来た、と考える事はできる。でも不自然な点でもある。

なんか構造物があるのでは?

 

そこで古い航空写真を調べてみた。すると1979年撮影された写真に注目すべき箇所がある。

https://imgur.com/a/h6uENQY

 

真ん中が今回の事故現場だ。交差点工事中で道路西側だけしか出来ていない。

拡大するとなにか構造物があるのが判るだろうか?

そして現在地図と比べてみると、トラックが転落した穴と重なるのだ。

構造物北辺の直線は穴の中に見える垂直壁と重なる。あの壁はこの構造物の壁だ。

 

ではこれは何か。恐らく地下貯水池ではないかと思われる。この辺りは元は水郷で、江戸時代に整備されるまで川はいくつにも分かれて出鱈目に流れぐっちゃぐちゃだった所だ。因みに整備される前は利根川入間川の水が流れていた。今から考えると意味不明な川の流れだ。

要するにかなり出水やす地域だ。もとは辺り一帯田んぼだった。田んぼ幾らかの貯水力がある。そこが開発されたら洪水リスクが上がってしまう。

から調節池を交差点地下に置いて豪雨時のバッファにしたんじゃないかと。

 

そういう訳で、どうやら今回の事故はこの調節池の天蓋板が割れしまったのではないかと考える。

一般的には陥没穴は地下水路の破損で地下の砂が流されて重さに耐えきれなくなった上の部分が落ちるという形で出来る事が多いが、今回の場合イレギュラーだと思われるよ。

2025-01-09

引っ越し初日、ベッド以外無し

終わったかと思ったらアレを発見した、Green beens 。イオンのやつ

はてブでは技術面でしか取り上げられないアレ、見たら生活雑貨とかハンガーとか一通りあって朝7時から配送してもらえて何とか助かった。

食品スーパーイメージがあったけど、イトーヨーカドーとかダイエー程度の品揃えがあることを知れたのは発見だった

しかも初回半額クーポン(上限あり)あるから単身赴任の立ち上げに最適解なのでは

2025-01-04

デフレまれデフレ育ち、インフレに戦慄

デフレ時代に生まれた頃:80~90年

キャベツ太郎20円だったし、うまい棒もっと大きくて10円だった。

ビックリマンチョコ30円だったし、チョコボール50円だった。

地元の総菜屋のコロッケ30円だった。

焼き鳥は一本50円だった。

ダイエーフードコートでは100円均一で100円のラーメンがあった。

それは異常でもびっくりラーメンなんてのがあって確か180円位。

加速するデフレバグに育った頃:00~10

ハンバーガー60円位になってバグってた。

牛丼は280円でこれもバグってた。

スガキヤラーメンも300円以下を保っていてバグっていた。

五目ご飯ソフトクリーム三角食べが推奨されるあれだ。

鳥貴族も280円均一で鳥釜飯バグってた。

徐々に値上げを経てインフレ突入の今:25年なう

そんなデフレ時代に育てられたため感性デフレのまま凍結されている。

キャベツ太郎30円うまい棒サイズダウンを経て15円の1.5倍以上

ビックリマンチョコは多少状況が違うとしても100円、チョコボール100円、2倍3倍は当たり前。

総菜屋のコロッケも80円とか、焼き鳥サイズによるけど100円オーバー

ラーメン1000円の壁を越えつつあり、500円以下はとんと見かけない。

激安ラーメン殿堂スガキヤ様が430円位だけど関東では見かけないので、スガキヤはないものとする。

ハンバーガーは170円、牛丼は498円。バーガー60円時代はアレとしても牛丼は倍近くに来ている。

鳥貴族も370円均一で貴族食事に近づきつつある。

そんな状況なので、最近外食ビビッて学生時代より自炊している。

自炊はまだスーパーの特売や半額を駆使して何とかやれているけど、定価を見るとえぐいものがある。

デフレマインドに毒された私には、このインフレ足音はかなり来るものがある。

といってデフレがいいとは言わんけどさ、もうちょっとこう、マイルドにはならんですかね。。

2024-12-18

ダイエー本拠地球場のちかくで刃物もって暴れた人いなかった?

2024-12-10

anond:20241210131944

主人公モデルについては、誤報や誤解も多く、「ダイエーの中内㓛」や「ヤオハン和田カツ」とする噂話も存在した[14]。しかし、「母たちの遺産」での取材内容などをヒントにはしたが、特定モデル存在しないことを橋田自身が明言している[15]。「ヒントはいただいたが、モデルはいない。いるとすれば、それは苦難の時代を生き抜いてきた全ての日本人女性です」

おしん誕生年と昭和天皇誕生年は同じ1901年となっている。これは橋田壽賀子の意図的な設定であり、「私は昭和天皇にご覧いただきたくて、このドラマを書いたような気がする。だからおしんの生まれ陛下と同じ明治34年にした」と語っている[17]。尚、物語ではおしんの跡取りの次男名前は「仁」、その妻の名前は道子(みちこ)である

2024-11-15

anond:20241112140903

ポイント改悪で、なんか景気悪そうやもんな

ドンキへ行けばいろいろ売っているけど、買いたいものは何も売ってない状態

まるでダイエー

2024-11-04

日本現代小売業界における10大事

2024年現在から過去数十年を振り返った際の重要イベントトレンドに関してまとめてみた。筆者の出自(旧来側の小売企業所属)によって、記載の濃淡がどうしても出てしまうが、その点は容赦いただきたい。

1位 大店法の緩和と廃止 1991年

大型店舗新規出店に対して規制をしていた「大規模小売店舗法」が1991年に緩和され

2000年廃止された。経緯としては、日米間の貿易摩擦に対する折衝の中で日本国内産業障壁の一つとして指摘されたことによるもので、大店法緩和の象徴として日本進出したのがトイザらスであるしかし、大店法の緩和と廃止によって生じたのは米国企業進出ではなく、商店街などの中小小売業の衰退とロードサイドである。我々が日本の各地で目にしている、寂れた中心市街地と画一化されたロードサイド店舗が並ぶ郊外風景は、これによってもたらされた。

2位 主要EC各社によるサービス開始 1996年

楽天市場サービス提供1996年Yahoo!ショッピングが翌年の1997年である。小売の各セグメントにおいて、Eコマース食品スーパーコンビニ等を抑えて堂々の一位にある。あまり詳しくないので記載はこの程度。

3位 ジャスコ設立 1970年

岡田卓也社長を務める岡田屋ほか3社が合併し、ジャスコ株式会社誕生

大店法緩和以降(第1位参照)の小売業郊外進出の時流に乗って積極的に出店と企業統合および業態拡張を行い、イオンへの屋号変更を経て、日本最大の小売グループと成長していく。

4位 セブンイレブン豊洲開業 1974年

米サウスランドから前年にライセンスを取得したイトーヨーカドー国内第1号店として、東京都江東区豊洲の酒屋を改装オープンした。大店法緩和以降の、中心街および市街地における店舗フォーマットとして、フランチャイズにおける小型店舗という、毀誉褒貶の伴うビジネスモデル確立した。国内初のコンビニに関しては実は諸説あるらしいが、いずれにせよ豊洲店が現在まで続く流れの中で最も重要存在であることは間違いがない。なお、豊洲店は今なお営業しており、従業員国内初のコンビニであることを尋ねると、嬉しそうな反応が返ってくる(何年か前の話)。

5位 海外大手小売業進出撤退 2000年

2000年フランス大手スーパーマーケットカルフール日本進出千葉県幕張市に店舗オープン。また2002年には経営不振に陥っていた西友を買収する形でウォルマート日本進出した。しかカルフール2005年イオンに売却され、ウォルマート2018年西友経営から手を引いた。

両社の進出当時には、EDLP(エブリデーロープライス 特売に頼らない一定の値付け)や卸などの日本的商習慣の打破に対する期待もあった。両社の撤退後、国内リアル小売業日本資本が担っていくという流れが決定的となった。一方で、川上側の流通構造の変化については、イオンユニクロ等が手をつけていくことになったのだが、そこに海外大手進出の影響があったのかもしれない。知らんけど。 

6位 ユニクロの全国進出 1998年

ユニクロフリースを目玉商品として原宿に出店した。ロードサイド型のフォーマットは、レンガを基調にしたオールユニクロファンには懐かしい店舗スタイル1985年にすでに最初店舗オープンしていた。地方発祥の一量販店に過ぎなかったユニクロが、原宿オープン時に社会現象と言われるまでのニュースになり、以後は全国的ブランドとなっていった。またフリースから始まったユニクロオリジナル商品ジーンズなどの数々のヒット商品を経て、単なるアパレルショップという業態からSPA(製造小売)という別のビジネスモデルへの転換へと繋がっていった。今では想像もできないが、昔はユニクロでもリーバイスジーンズとか売っていたのだ。

7位 スマートフォンによるECモバイル化 2010年

スマートフォン発売当初は、国内はいわゆるガラケーと呼ばれた従来型携帯電話主体であったが、2010年iPhone4あたりから潮目が変わり始めて、スマホの普及が加速した。これに伴い、EC担い手も従来のPCからモバイルへと変化していった。

今となっては想像もできないが、当時はECで買い物をするときには、PCの前に移動してブラウザを立ち上げてから買い物をすることが必要であった。

ネットリアル統合とかそういったことがこの頃から言われるようになった。リアル店舗における買い物体験については、モバイル化によって、当時期待していたほどに変化したとは言えないが、今後も続く大きな流れではある。

また、このモバイル化とほぼ同じタイミング東日本大震災(2011年)があったのは、巣篭もり含む社会情勢変化の中で間接的な影響はあったのではないか個人的に思う。

8位 ペガサスクラブ設立 1962年

小売業界以外の人にはほぼ知られておらず、業界内でもペガサスクラブのことを知らない人が多い。読売新聞記者であった渥美俊一氏によって設立された、研究機関ないし互助機関である高度経済成長期以降、アメリカ小売業モデルとした、日本小売業組織化大規模化に、ペガサスクラブの「チェーンストア理論」は大きな影響を与えたとされる。

9位 ダイエー松下戦争 1964年

松下(現在パナソニック)製のテレビを、ダイエーメーカー設定を下回る価格販売したことによる対立。大きくは流通業界全体における主導権を製造側が握るか小売側が握るかという点での争いである。より消費者に近い川下側が主体となって流通全体の効率化と変革を進めていく考えが流通革命であり、1962年に同名で出版された著書がある。

10位 百貨店各社の統合 2007年

大丸松坂屋統合によるJ.フロント リテイリング阪急百貨店阪神百貨店によるエイチ・ツー・オー リテイリングの発足がともに2007年で、翌年の2008年には三越伊勢丹経営統合した。この一連のイベントは、統合のものよりも、百貨店業界全体の不振として捉えたい。

今となっては信じられないが、かつては小売業の中での業態別の首位百貨店であったが、売上高としては1991年12兆円をピークとして現在まで半減している。

ランク

スーパーマーケット紀伊国屋オープン 1953年

日本における初のPOSシステム開発 1971年

マツモトキヨシ 上野アメ横オープン 1987年

マイカル経営破綻 2001年

主婦の店運動 1949年

2024-10-14

anond:20241014004302

本屋もない

ツタヤもない

ハローマックもない

タミヤ模型店もない

ゲオもない

コジマもない

デンコードーもない

ダイエーもない

ジャスコもない

ミルキーウェイもない

長崎屋もない

十字屋もない

小僧寿しチェーンもない

ツクダオリジナルもない

ベルミーコーヒーもない

霧の浮船もない

ぬーぼーもない

ファイブミニもない

ワナナイトもない

リンスのいらないメリットもない

メガネパリミキもない

イカノートもない

デパート屋上遊園地もない

座席指定なしの映画館もない

二階建て新幹線もない

ゴルフ場もない

公園遊具もない

テレビ東京以外で19時台のアニメもない

コミックボンボンもない

警告が書いてないタバコもない

エレベーターガールもない

ナースキャップもつけてない

土曜日学校もない

遊べる空地もない

ジャンボジェットもない

大蔵省もない

国鉄もない

うなぎもない

めだかもない

2024-09-24

anond:20240924220156

ダイエーは65歳以上なら毎日5%OFFなんじゃなかったっけ?

物価は5%もあがってないからお徳だと思われ

2024-09-23

anond:20240923170229

いやそれはおかし

政治家どもがダイエーイオンをつぶすために大店法という法律まで作って邪魔してたんだから

2024-09-03

anond:20240902125427

から2番目について。

マイカルダイエーが立ち行かなくなったたのは知ってると思うけど、マイカルダイエー駅前などに多層階のビルを建て、そこに食品のほか衣料や生活雑貨場所によっては家電を加えてワンストアで済むように作った店が多かった。でも平成になってロードサイド専門店、たとえばユニクロしまむら洋服の青山あたりの専門店カジュアル衣料やスーツなどの顧客を奪うようになり、くわえてヤマダやケーズのような家電量販店が家電顧客を奪いはじめた。特にダイエー家電販売では有数の存在だったんだけど、価格競争についていけずあれよあれよと傾いていった。一言で云えばダイエーマイカル専門店に勝てなかった。それが90年代後半から2005年くらいまで。

ヨーカドー創業者がうるさい人で財務体質がよく同時にロードサイド専門店が攻めにくい首都圏の肥沃な市場を押さえてて、イオン創業家が「大黒柱に柱をつけろ」と店の閉鎖と移転を厭わない家風で号令をかけて地方競争の少ないところにバカかいSCを作っててそこにテナントを入れ賃料収入があった。ので専門店の攻勢を受けても自社の店の売り場を再構築する余資があってマイカルダイエーとは違う道を行くことが出来て、ヨーカドー赤ちゃん本舗ロフトを自陣営引き込みイオンウエルシアを拡大できた。

増田のいう中型スーパーというのがイマイチよくわかんないんだけど、食品いくらかの生活雑貨肌着などの実用衣料を売ってる店を指すのだとしたら、ヤマダやユニクロなどの専門店に勝てない分野を削ぎ落したらああなったにすぎない。

食品は日銭が入るからどこも強化したい。問屋に対してはやはり規模がデカいと値引きしてくれるから和歌山地盤オークワ名古屋名鉄パレを買ったり、新潟原信ナルス群馬のフレッセイと統合したりしている。この流れはしばらく続くと思う。

2024-08-25

派遣おっさん青春18きっぷの旅に行って来た

夏休み派遣おっさんと俺の1人で青春18きっぷの旅に行って来た

夏だし勝浦にでも行くかってことでマグロを食べに行った


7:00に三国ヶ丘電車に乗った

日根野で乗り換えて和歌山に向かった

8:00前に和歌山駅に到着。


和歌山駅の電車待ち時間に駅に入ってるコンビニで缶ビール4本と酎ハイを2本買った

御坊行きの電車に乗って海南を超えて、海が見えたあたりで缶を開けて飲んだ

湯浅までに一本。湯浅から御坊までに酎ハイを一本飲んだ

9:00に御坊着。

御坊田辺行きに乗り換え。

風景を見るのも飽きてきたので派遣おっさんゲームをしてぬるくなってた缶ビールを飲みながら、田辺に向かった

10:00田辺着。次の串本行きまで50分の待ち時間があるので、何するかって話になって世界遺産があるらしいので世界遺産闘鶏神社ってのを見に行った

神社お礼参りをして、近くのダイエーに行って缶ビールを4本と酎ハイを買った

派遣おっさん海岸に行きたがってたが、砂見ても仕方ないだろというと渋々従った

11時出発。串本までは山の中を通って行くのでネットも繋がりにくく嫌いな芸能人の話をして盛り上がった

12時時串本着。また電車の待ち時間が1時間あったので、駅前商店街をぶらぶらした。魚屋コロッケを食べたりロケット🚀を見たりした

駅から5分くらいで海だったので一応海も見た。

13時出発。14:00前に勝浦に着いた


勝浦マグロ丼を食べた。トロがいっぱい乗っていた(派遣おっさん刺身定食を食べてた)。足湯土産物屋でマグロ唐揚げやお刺身クジラを買った


16:15勝浦発。田辺までの直通。同じ景色を見てもつまらいから酒を飲みながらゲームをした。ファールガイズパクリっぽいゲームをやった

18:00。田辺着。すぐに乗り換えた

19:00。御坊着。30分の待ち合わせ。御坊駅前は何もない。コンビニ焼鳥とかつまみと酒を追加した

20:00和歌山行きに乗る。和歌山まで真っ暗で何もなかった。

21:00和歌山着。〆の和歌山ラーメンを食べたいと派遣おっさんが言い出したので駅近くで和歌山ラーメンを食べた。派遣おっさんゆで卵を2個も食べてた

22:50三国ヶ丘に到着


マジで疲れた。もう二度と派遣おっさんとは行きません

2024-08-20

anond:20240215130603

あれはダイエー系列からダイエーが潰れた影響が大きいのよ(一応イオン系列になって名前は残っているが)。

2024-08-17

一般的地方歴史

1. イトヨー、ジャスコダイエーなどが出来る

2. イトヨー、ジャスコダイエーなどがつぶれる

 

おわり

2024-06-25

ラーメン備忘録

六本木 麻布エリア

ユニーク立ち位置にあるラーメン屋。 ゆずのいい香りラーメンとよく合う。もはや語る必要はないだろう。

暑いとき入店。冷やし系のラーメンを注文するも温度ムラもありぬるくて話にならない。これが常態化してるなら優良誤認と言っていいと思う。問題従業員にあるのか商品開発にあるのかはわかりかねるが、味付き牛肉がとにかくぬるかったので豚の冷しゃぶに変えるなど温度を下げる方向で商品開発すべきだろう。

あったかラーメンが食べたくなる頃合いになったらもう一度来店しようと思う。味の善し悪しはまあ特に気にならないのでこっちなら問題なく食べられるはずだ。

しょうゆ豚骨を久しく食べておらず懐かしさすら感じる美味しいラーメン。久しぶりだったので鼻腔を突く獣臭さに驚くものの、久しぶりのとんこつラーメンは美味でした。

新宿エリア

魚介だしの効いた人気店。毎日使う魚が変わる。ラーメンの後に食べる焼きおにぎりがいい。スープにほぐして〆る。個人的にはみょうが薬味が大変良かった。

池袋エリア

ホタテのダシを取っているラーメン屋入店からホタテ香りがすごい。うまかった。

  • MENYA NAKAGAWA

現代的な内装外装と味わいが程よいラーメン屋オススメつけ麺。でも私は醤油が一番いい。二郎とか家系敬遠してる人には特にオススメ

練馬エリア

味玉とチャーシューメンマネギ三つ葉オーソドックス、鳥と昆布スープ全粒粉入り麺がうまい「そうそう これでいいんだよ」をアップデートたかのようなラーメンデイリーユースですすれるしつこくなくもたれることもない味が良い。

別日にて再来店。今度は塩を注文する。チャーシュー小ねぎと岩のりのバランスがよく、柚子の皮もひと切れ入っていて風味も良い。トッピングのりを頼んだが5枚80円は今どきなかなかのコスパ

しいて欠点を言えば大盛りは量が多くて良いのだがスープの量とのバランスが崩れて食べ終わる頃にはほとんどスープが残っていない状況になる(麺が伸びたわけではない)これは食事中麺をほぐしづらくスープも絡みづらいということ。原因はどんぶりの形状である(というと大抵のラーメンヲタクならわかるだろう)から、おとなしく並を頼むのがいいだろう。

所沢 狭山ヶ丘エリア

関東エリア全体で見ても頭2つくらい抜けてる旨さ。記帳製かつ短時間営業なので土日祝で確実に食べるなら開店1時間前には待機する覚悟を持つべし。リターンは余りあるので安心してほしい。平日も待機列はできてるけどあまり待たなくてもいい、しかしそれでも早めに食べに来ることをオススメしたい。

オーソドックスなしょうゆと塩ラーメン提供している。店の並ぶ通りの雰囲気から楽しめる立地であり、そこから提供されるあっさりとした口当たりのラーメンはふらっと立ち寄るにはちょうどいい。

  • 麺屋 幸生

小手指駅前通りに位置する味噌ラーメン中華そば主体とするラーメン店。味噌と言っても強烈なThe・ミソというものではなく、まろやかで角がなくはっきりとした指向性の味を持たないもののそこに通底する味噌の奥深い味わいはこれもまた味噌ラーメン系譜なのだなあと思わせるには十分である。余談だがここの立地は過去花月嵐も入居していたことがあり、ここ10年で数店舗ラーメン店で入れ替わってきている。

麺屋幸生に向かう途中ミスドのある丁字路(以前はここに西友旗艦店である小手指店があったが惜しまれながらも閉店した)を左折し、直進するとファミリーマートのある交差点にぶつかる。ここを右折しファミリーマート沿いに進むと1分もしないで到着する穴場ラーメン店。魚介系、自家製麺、ほろほろチャーシューで旨いのは確定だが、ここのラーメンもハッキリとした塩味を感じさせず、どこかさっぱりとした食後感があってたいへんおいしい。

  • 桃李

所沢駅を出てプロペ通りを直進した先にある旧ダイエーそばにある。ここの店もあっさりした味わいのしょうゆラーメンと鳥白湯ラーメン提供している。オススメは鳥白湯

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