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2026-04-23

[][][]比較理解古代帝国異民族政策

中国南北朝時代特に八王の乱以降)と、ローマ帝国末期(3世紀5世紀)は、異民族の大量移住軍事力依存という点で、驚くほど構造が似ています。どちらも「文明の中心」が異民族武力を頼るようになり、最終的に帝国崩壊・大混乱を招いた点が共通しています

主な類似点

中国後漢末〜南北朝

後漢後期から異民族五胡匈奴・羯・鮮卑・氐・羌)を辺境防衛のために積極的中華域内移住させ、兵として動員した。

西晋八王の乱王朝が弱体化すると、異民族が一気に反乱・独立し、五胡十六国という極端な分裂時代が始まる。

・結果として、漢人異民族虐殺応酬強制移動が300年近く続き、隋が統一するまで泥沼化した。

ローマ帝国末期(特に西方ローマ

3世紀危機以降、ゲルマン民族フランク族ゴート族ヴァンダル族など)やフン族を「連合軍(foederati)」として大量に受け入れ、帝国軍の主力として活用した。

特に4世紀後半以降、ゲルマン部族帝国領内に定住させ、軍事力として依存する「蛮族化」が進む。

・最終的に410年に西ゴート族ローマを略奪(ローマ sack)、476年に西方ローマ帝国が滅亡する。

共通構造

・両者とも「自らの軍事力が衰えたため、異民族を大量に移住傭兵化して補う」という政策を取った。

最初は「防衛力強化」のための方便だったが、異民族人口増加と軍事力の掌握により、帝国の統制が効かなくなり、最終的に崩壊・大混乱を招いた。

中国では「五胡十六国+南北朝の300年混乱」、ローマでは「蛮族王国の成立と西方帝国崩壊」という結果になった。

中国場合八王の乱以降)

異民族王朝のものを次々と建てた(前趙後趙前秦北魏など)。

漢人異民族民族単位での虐殺応酬が極めて激しく、朝廷交代のたびに前王朝皇族名族がほぼ全滅するパターン常態化した。

出自主義(家柄重視)が強かったため、「一族誅滅」が政治の標準手段となり、残虐性がより組織的報復的になった。

結果として、民族対立の泥沼が長期間続き、隋による再統一まで300年近くかかった。

ローマ場合

異民族基本的に「連合軍」として帝国の中に留まり独自王国を建てるまでには時間がかかった(西方では5世紀中盤以降)。

ローマ人は異民族を「蛮族」と見下しながらも、文化的同化させる努力をある程度行った(キリスト教化など)。

中国ほど「民族ごと殲滅しよう」という極端な発想は少なく、征服されたゲルマン王国の多くはローマ的な行政法制度を一部継承した。

・ただし、410年のローマ略奪やヴァンダル族による北アフリカ占領など、残虐行為はもちろん存在した。

歴史からの教訓

八王の乱から唐成立までの約300年は、中国史上でも特に残虐で混沌とした時代でした。後漢末期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まった民族対立連鎖は、ローマ帝国末期の「蛮族依存」と構造的に非常に似ています

軍事力外注化の危険性


自前の正規軍を疎かにし、異民族武力依存すると、結局その異民族帝国を乗っ取られるリスクが極めて高い。

異民族移住コントロール失敗


最初は「労働力兵力確保」のつもりだったのが、人口増加と軍事力の掌握により、帝国の内部から崩壊を招く。

文明連続性


中国は隋・唐で再統一され、異民族は最終的に漢化・吸収された。一方、ローマ西方で完全に崩壊し、ゲルマン諸王国が中世ヨーロッパの基盤となった。

両者とも「文明の中心が異民族軍事力依存するようになった」結果、統制を失い、大混乱に陥りました。

中国場合民族単位虐殺応酬がより長期化・激化し、ローマ場合帝国の分裂と蛮族王国の成立という形で決着しました。

この比較からわかるのは、異民族政策の失敗は、帝国の存亡を直接左右する極めて危険な賭けだということです。

後漢西晋の胡人移住政策も、ローマのfoederati政策も、短期的な軍事力補強には寄与しましたが、最終的には文明崩壊を招く原因となりました。

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[][]五胡十六国時代、異質なまでに残虐な時代

序:三国時代と異なる残虐さ

三国時代(220-280年)は、確かに戦乱と残虐行為に満ちた時代でした。しかし、そこにはまだ「英雄ドラマ」と「一定格式」が残っていました。曹操諸葛亮のように、教養・統率力と残酷さが同居する人物が多く、敵将の降伏厚遇するケースも少なくありませんでした。

これに対し、八王の乱(291-306年)から隋・唐の統一(589-618年)までの約300年は、中国史上でも特に苛烈で残虐な時代として際立っています。


三国時代唐代以降と比べても、「民族単位での大規模虐殺」「朝廷交代ごとの皇族名族の根絶やし」「強制移動の頻発」という特徴が極端に目立ち、単なる戦乱を超えた「文明崩壊民族対立の泥沼」といった様相を呈しています

八王の乱——晋王朝の自滅と混乱の引き金

西晋(265-316年)が統一を果たした直後、皇族同士の権力いであ八王の乱が勃発します。
八人の王(皇族)が互いに殺し合い、短期間に大量の皇族処刑自殺暗殺されました。この乱は単なる宮廷内紛ではなく、:「朝廷の交代=皇族絶滅」:という悪しきパターンの始まりでした。

晋は乱の影響で極度に弱体化し、北方異民族五胡)を傭兵として大量に呼び込みました。これが後の大混乱の直接的な引き金となります

後漢末期の胡人移住——悲劇の遠因

この混乱の遠因は、後漢後期(2世紀後半)にさかのぼます

後漢北方異民族匈奴鮮卑・羯・氐・羌など)を「胡人」と呼び、辺境防衛力不足を補うために積極的中華域内移住させ、兵として動員しました。
特に:西涼現在甘粛省青海省あたり)の軍閥は、:胡人の騎馬戦力を基盤とした強力な勢力として台頭しました(董卓馬超西涼軍が典型例です)。

この政策一時的国境を安定させましたが、結果として大量の異民族内地に定住する事態を招きました。三国時代にはまだ抑えられていた民族間の緊張が、西晋の衰退とともに爆発的に表面化したのです。

五胡十六国時代(304-439年)——民族単位虐殺応酬の始まり

西晋崩壊後、北方華北)は:五胡十六国時代と呼ばれる極端な分裂期に入ります。:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌の五つの主要異民族が次々と王朝を建て、漢人王朝も含めて20近い小王朝が乱立しました。

この時代の最大の特徴は、民族単位での大規模虐殺応酬です。

・石勒(後趙羯族)は漢人を大量に坑殺(生き埋め)する「漢人殲滅政策」を実行。

冉閔漢人)はこれに報復し、羯族民族ごと殲滅しようとしました(数十万人規模の虐殺)。

・各王朝の交代のたびに、勝者側が敗者側の民族皇族を根こそぎ殺すパターンが繰り返されました。

三国時代のような「個人の野心や復讐としての残虐」ではなく、民族全体を弱体化・根絶やしにしようとする集団的報復的な虐殺常態化した点が、極めて異質です。

南北朝時代(420-589年)——門閥貴族と族誅の呪い

北方北朝南方南朝に分裂した後も、残虐性は収まりませんでした。

北朝

鮮卑族の北魏華北統一しましたが、皇族貴族粛清が絶えませんでした。:河陰の変(528年)は、:爾朱栄が北魏王公貴族2000人を一度に虐殺し、洛水を血で赤く染めました。

南朝

宋・斉・梁・陳の各王朝交代のたびに、前王朝皇族名族がほぼ全滅する:「禅譲茶番」が繰り返されました。:幼い皇帝を無理やり即位させて形式的禅譲を行わせ、用済みになったら即座に殺害するという、偽善的で残酷な手口が常套化しました。

この時代出自主義(家柄を絶対視する価値観)と一族誅滅(族誅)が固く結びついていました。名族であるほど権力も大きかった分、失脚時のリスクも極端に高かったのです。

隋・唐への移行と残虐時代終焉

589年に隋が南北統一し、618年に唐が成立することで、この長い残虐時代はようやく終わりを迎えます。
隋・唐は科挙制度を拡大し、血統ではなく能力による官僚登用を推進することで、門閥貴族の力を弱め、中央集権を強化しました。しかし、唐の成立も北周の関隴貴族鮮卑系混血が多い)を基盤としたため、完全な「漢人王朝」とは言えない複雑な出自を持っていました。

総括——なぜこの時代特に残虐だったのか

八王の乱から唐までの約300年は、三国時代唐代以降と比べてもひときわ残虐で混沌とした時代でした。
三国時代

英雄同士の知的な激突と、一定格式が残る「名士の戦い」の時代

この時代

民族間の生存競争が激化し、民族単位虐殺応酬一族誅滅が常態化教養と残虐さが分離し、文明形式すら崩壊した。

唐代以降

科挙による能力主義が広がり、士大夫階級が成立。門閥貴族血統支配が崩れ、比較的安定した時代へと移行。

世界史における意義

後漢後期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まったこの混乱は、中国史の中でも特に暗く、虚無的な時期と言えます

ローマ帝国末期が異民族軍事力依存し、崩壊の遠因となったのと似た構造を持っています

この時代は、単なる戦乱ではなく、「出自主義呪い」と「民族対立連鎖」がもたらした、人間社会の極限的な暗部を象徴しています

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2026-04-22

[][]六朝時代の残虐性(北朝編)

五胡十六国時代南北朝時代における漢人勢力異民族勢力虐殺応酬の具体例を、時系列に沿って整理して詳述します。

この時期の特徴は、三国時代のような「個人の野心や復讐としての残虐」から民族単位での集団的報復的な大虐殺へと質が変わった点です。

漢人異民族を、異民族漢人を、互いに「根絶やしにしよう」とする応酬が繰り返されました。

1. 五胡十六国時代初期(4世紀前半)

石勒(後趙羯族)による漢人大量虐殺

• 石勒は奴隷出身羯族で、後趙建国

漢人を「奴隷以下」と見なし、特に知識人貴族層を徹底的に虐殺

特に有名なのは、「漢人殲滅政策」。漢人を「一族ごと」殺すケースが多く、捕虜を坑殺(生き埋め)したり、城ごと焼き払うような残虐行為が記録されています

• 石勒自身晩年になって漢文化を取り入れようとしましたが、すでに漢人側の深い恨みを買っていました。

報復冉閔漢族)による羯族虐殺冉魏時代、350年頃)

• 石勒の死後、後趙内乱に陥った隙に、漢人養子だった冉閔クーデターを起こして後趙を滅ぼし、冉魏建国

冉閔は「漢人至上主義」を掲げ、羯族(石氏一族を含む)を民族ごと殲滅する政策を実行。

洛陽や鄴を中心に、羯族の男女老若を問わず数十万人規模の虐殺が行われたとされ、「一日で数万人を殺した」という記録もあります

• これが五胡十六国時代で最も大規模な「民族単位虐殺」の一つで、羯族はほぼ壊滅状態になりました。

この石勒→冉閔応酬は、典型的な「異民族漢人虐殺漢人異民族報復虐殺」のパターンです。

2. 前秦時代とその崩壊4世紀後半)

苻堅(前秦氐族)の漢化政策とその後の報復

• 苻堅は氐族でありながら漢文化を深く学び、漢人官僚積極的に登用して華北統一を目指しました(淝水の戦い前は比較的穏健)。

しか淝水の戦い(383年)で東晋大敗すると、前秦は急速に崩壊

• 敗北後、漢人や他の異民族鮮卑・羌など)が一斉に反乱。苻堅は捕らえられ、姚萇(羌族)によって屈辱的な処刑を受けました。

• その後、前秦の残党に対する漢人勢力報復殺戮が各地で発生。苻氏一族もほぼ壊滅しました。

ここでも「異民族統一王朝漢人を中心とした報復連鎖」という応酬が見られます

3. 北魏時代5世紀6世紀

河陰の変(528年)——北魏最大の虐殺事件

北魏末期、権臣**爾朱栄(鮮卑系)**が洛陽近郊の河陰で、胡太后と幼帝を殺害した後、北魏王公貴族・高官2000人以上を一度に虐殺

対象は主に漢人中心の貴族層で、「血が川のように流れ、洛水が赤く染まった」と記録されています

• この事件の後、漢人側も鮮卑勢力に対する反撃・粛清を繰り返し、北魏東魏西魏に分裂して崩壊の道をたどります

4. 北斉北周時代6世紀

北斉(高氏、漢人系)

高洋(文宣帝)は鮮卑貴族を徹底的に弾圧虐殺。「鮮卑を皆殺しにすべき」と公言するほどで、鮮卑人の大量処刑が相次ぎました。

北周(宇文氏、鮮卑系)

宇文護や宇文邕は、逆に漢人官僚を重用する一方で、旧来の鮮卑貴族粛清民族の力関係が逆転するたびに虐殺対象が変わる応酬が続きました。

全体の特徴まとめ

応酬連鎖

漢人異民族虐殺異民族漢人虐殺 → また漢人が…という悪循環

民族単位殲滅志向

三国時代は「敵対勢力指導者や軍を倒す」レベルが多かったのに対し、この時代は「特定民族全体を弱体化・根絶やしにしよう」という発想が戦略として出てくるのが異質です。

教養と残虐の分離

三国時代のような「残虐だが教養がある」人物が少なくなり、残虐行為がより原始的集団的になる。

この応酬連続が、隋の統一(589年)まで約300年近く続き、中国史の中でも特に暗く泥沼化した時期と言えます

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2025-08-31

クルド人は嫌われて当然

クルド人の振る舞いを見ていると、正直どうしてなんだろうと思う。

海外に出れば、良くも悪くも国籍民族単位評価されるのは当たり前だ。

日本人だって同じで、いいことをすれば日本人礼儀正しいと褒められるし、悪いことをすれば日本人マナーが悪いと叩かれる。

から普通は、自分の行動がそのまま国や民族看板になると意識するはずだ。

けれどクルド人コミュニティには、その感覚が致命的に欠けているように見える。

偽装難民じゃないかと厳しい目で見られているのに、自らトラブルを起こす。

仲間が犯罪で捕まっても断固として糾弾するどころか、むしろ擁護してしまう。

それでは集団として駄目だと烙印を押されても仕方がない。

もし自分海外に出るなら絶対にそんな真似はしない。

日本人海外優遇されたり信頼されたりした経験が一度や二度ではないと思うが、それは日本人ならきちんとしているだろうという信用があるからだ。

結局は、自分がその国や民族代表だと思って行動するだけのことだ。

リスペクトなんて世界共通価値観なのに、なぜそれを理解できないのか不思議でならない。

2025-07-27

反体制派の中国人に劉仲敬(リュウ・チュウケイ)は熱狂される理由

劉仲敬(リュウ・チュウケイ)とは?

劉仲敬は中国出身歴史学者思想家作家であり、東アジア歴史民族問題政治思想に関する独自視点で知られています特に中国史の再解釈」や「民族国家のあり方」に関する論考で注目されており、中国体制批判や分裂論、地域主義的な思想を持つことで話題を集めています

基本情報

生年月日:1970年代まれ(詳細は非公開)

出身中国湖北省

専門:歴史学、政治思想民族学、文化人類学視点も持つ

活動拠点:主に海外日本アメリカなど)、インターネット上でも発言多数

言語中国語、英語日本語も堪能

主な思想・特徴

1. 中国の「統一神話」への批判

劉仲敬は、中国共産党や中華思想が唱える「中華民族=一体的な統一民族」という見方を強く批判しています。彼は、現代中国の「中華民族」という概念は後付けの政治的神話であり、実際には多民族国家である中国複数の異なる民族文化圏集合体だと考えています

2. 地域主義・分裂主義的な見解

中国の広大な領域複数地域に分け、それぞれが独立自治を持つべきだという考え方を支持しています歴史的には、元・明・清などの王朝も「多民族連合体」であり、単一民族国家ではなかったと強調します。

3. 「諸夏(しょか)」論

彼が提唱する「諸夏主義」とは、中国全体を「複数の夏(文明圏文化単位)」の集合体とみなし、これらが連合してきたという概念です。これにより、漢民族中心の大中主義を相対化しています

4. 国家観・民族観の独自

国家民族歴史的・文化的に流動的なものであり、固定的・普遍的ものではないと考えます。そのため、現在国境民族単位時代と共に変わっていくものだという視点を持っています

日本人にとって注目される点

日本歴史観との違い

日本歴史教育では、中国は連綿と続く一つの大国というイメージ一般的ですが、劉仲敬はそれを「作られた神話」とみなします。これは、日本歴史認識中国理解を見直すきっかけになるかもしれません。

琉球台湾東トルキスタン新疆)などの地域問題への言及

劉仲敬は、中国の中でも特に少数民族独自文化を持つ地域独立自治問題に関心が深いです。たとえば琉球沖縄)を「独自民族圏」としてとらえ、中華民族範囲に含める中国の主張を批判しています。これにより、日本安全保障地域情勢への示唆を与えています

中国現代政治批判

彼の思想中国共産党の一党支配体制に対する批判も含み、中国未来や分裂可能性についての議論を促しています中国理解の深化に役立つ視点です。

発信方法と影響力

YouTubeSNS書籍での発信

劉仲敬は動画ブログSNSを通じて思想を発信し、特に中国語圏や日本台湾香港知識層に影響を与えています

ネット界隈でのカリスマ存在

学問的には異端ともされますが、彼の自由な発想と大胆な主張は、若い世代ネットユーザーの間で支持を集めています

簡単なまとめ

ポイント 内容

出身・専門 中国出身歴史学者思想家

主張 中国多民族連合体単一民族国家ではない

諸夏主義 中国複数文明圏連合したものと考える

中国共産党批判 一党支配大中主義神話批判

日本との関わり 日本台湾香港での思想交流や影響力がある

地域問題への示唆 琉球台湾新疆などの民族問題に注目

2024-02-06

anond:20240205230419

そういう現象結構から予測されてきたけど、結論としてはそこそこの規模を維持した地方都市生活基盤を確保すれば極端な転落は防げる、が答えだよ

そもそも百万人以上の大都市の成立自体に無理があることは東アジア以外では常識と言える

現代東アジアでは内輪揉めの戦争が少ないか中小都市分散必要民族単位学習されない

最終的に人口数百万の大都市は核でまとめて処理されかねないと思う

2019-02-05

anond:20190205014059

そう言う民族固執した主張こそが民族に基づいた差別助長し続けてるだけでしょ。

自分が生まれてもない頃の与太だかなんだかわかんない話でケチつけて、わざわざ民族単位で負の価値をつけ続ける。

いつまでその負の連鎖を続けるの?

バカじゃないの?

2019-01-09

ネトウヨになれたら幸福なのに、なれない

個人的には中国政府韓国政府も嫌いであ

(が、人種民族単位で優劣をつけるのはバカバカしいと感じている)

ネトウヨになればきっと「主観的には」幸福なんだろうけど

どうしてもネトウヨになれない

・世のネトウヨ

1.日本は偉大である

2.俺と日本は一体である

3.だから俺も偉大である

・俺

1.日本は偉大かも知れない

2.でも俺はダメな奴である

3.そのように自覚してる俺の方が頭が良い

どう考えても俺の方がネトウヨより性格が悪い

2018-03-10

日本人として黒人差別問題を考えてみた

ミンストレルショウと抗日ドラマ

どちらも人種差別にあたるものだけど、ミンストレルショウが今日にも続く黒人差別問題の要として根付いているのに対し、抗日ドラマに関して日本人はびっくりするほど寛容だ。

それをなぜかと考えたのだけれど、日常的に命を脅かされることがないからではと思い至った。

アメリカ黒人差別に怯える人々でよく見る意見は、いつ黒人である事を理由理不尽に殺されてもおかしくないとか、白人警官が射殺した場合は罪に問われないケースがあるとか、また逆に日本に来た黒人の中では、一外国人として奇異に見られることはあるけど命の危険はないのでそれだけでも天国だと言う意見が見受けられる。

要はアメリカ銃社会とそれによる命の扱いの軽さが黒人差別問題が今も問題たり得る中で大きく割りを食ってるんじゃないかと思う。

日本では警官は銃を持てるけどそれすら滅多に撃つものではないし、ましてや外国人からと撃ちでもしたらそれは即座に差別問題として槍玉に挙げられ社会的抹殺されるだろう。

年末ガキ使に声をあげたBaye Mcneil氏は過去にこんなエントリーを上げている。

An Open Letter to Japanese People from Black Men (日本人の皆んなさんへの黒人から手紙)

http://bayemcneil.blogspot.jp/2015/07/an-open-letter-to-japanese-people-from.html

黒人と関わるのにこれだけは気をつけて欲しいと言うのが36項目もある。

申し訳ないけど率直な意見は“神経質すぎて面倒くさい”だ。いっそ関わるなと言ってくれた方が楽。

逆に日本人アフリカなりに行けば肌の違いで奇異の目で見られるし警戒されたり近寄って来たりして、近付く中でも理由善意だったり好意だったり言葉など文化への興味だったり、ただ金の為だったりと様々な想像がつく、しかしそれはきっかけであって、異文化ってそこから関係性を作っていくものでしょう。

彼の言ってることはそのきっかけをほぼ全否定する。

そんなところで私は彼の36項目に同意できなかった。

しかし何故、彼がこんなにも他者を警戒するように至ったかと思えば、それはやはり幼少の頃から銃社会、いつ殺されてもおかしくない中で彼はPTSDになったんじゃないかと思うのだ。

最近でもアメリカでは立て続けに銃社会にまつわる悲惨エピソードが繰り広げられた。

学校での生徒の乱射が起き、それを踏まえてトランプ大統領教員が銃を持てばいいと言った。

その翌日にはまた別の銃乱射事件ニュースが入った。正直アメリカ銃社会で狂ってる。

逆に銃社会などなければ、生命にとって最悪のいつでも殺されると言う死の危険日常的になければ、黒人差別今日にも続くような大問題にならずに済んだのでは、徐々に打ち解けられる社会があったのではと思うのだ。

日本にも今日差別問題があり、在特会しばき隊と対をなして衝突する団体がある。

しかしそこに殺人と言う手段はない。

いくら在日差別韓国人差別中国人差別だと言うようなことがあっても、実際に殺人と言う事件があり日常的に命が脅かされていると言うことはない。

しろ逆に多くの韓国人中国人、また諸外国の人々が日本社会の中で普通に生活を営んでいる。

その中で国や思想、育ちの違いで衝突する人もいれば和解友達となるケースもある。

対して誰もが銃を持ち、簡単に命を奪うことができる社会今日アメリカ黒人差別問題を不幸にし続けていると思う。

なので私は結論として、アメリカ銃社会に反対する。

日本黒人差別問題で口を出すのなら、こちから黒人差別問題解決に向けて口を出させてもらいたい。

ブコメレス

id:Outfielder抗日ドラマに関して日本人はびっくりするほど寛容だ。 それをなぜかと考えたのだけれど」日本人民度が高いからじゃね

民族単位で優劣を見出すのはそれこそ差別なので気をつけてください。

id:chuunenh 抗日ドラマ人種差別ではないのでは。マンネリ化した007シリーズみたいなものだと思っていたが。

例えば日本政府が性表現暴力表現を厳しく規制して、ただし凶悪中国を打ち倒す話なら中国人凶悪な性暴力も残虐性も描かなければならないからある程度の表現を許すなどと言い、どこのテレビ局規制を軽くしたいがためにそのような話を描いたとしたら。

その流れがある程度続いて、中国人凶悪で残虐という印象がある程度の日本人根付いたとしたら、果たしてそれでも中国人差別でないと言えるなら、抗日ドラマ人種差別じゃないんでしょうね。

2017-08-03

https://anond.hatelabo.jp/20170803011614

別に熱心な信者でなかろうと国や民族単位キリスト教ベース文化根付いてるのだから空気みたいなもんよ

キリスト教がどうでもよかろうとそのへんの価値観に大きな違いはでない

 
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