はてなキーワード: 連れションとは
東南アジアの国に行く男の人って本当に現地で風俗店とか行ってるの?
なんか全然ピンとこないんだけど
そりゃ行く人は行くんだろうけど、そんな皆が皆行くのかな
てか私が女だからかもしれんけど、集まって皆で風俗に行くシチュエーションが想像できない
キャバクラとかなら分かるんだけど
だとすると帰るときも皆で帰る?
連れションみたいな感じで後で合流するってこと?
泥濘の底
私も、とうとう老害という、救いようのない無粋な生き物になり果ててしまったのだろうか。
先日、職場の若い男が、碌に裏付けも取らずに放り投げてきた仕事があった。泥の河から掬い上げたような、形ばかりの無機質な書類。私はその粗漏な出来に、肺の奥から絞り出すような溜息をつき、すぐさま根拠となる資料を添えて、「ここが違っているよ」と突き返した。澱みのない、氷のように冷徹なやり取りのつもりだった。
ところが、その後のことだ。用を足しに立った洗面所の、湿ったタイルの匂いが立ち込める個室で、思いがけずその男の声を聞いてしまった。彼は、私への不平を連れションの相手に零していた。驚いたのは、その相手である。彼を指導する立場にあるベテランの男が、「ああ、あいつは鼻持ちならないよな」と、腐った水を飲み込むように、事も無げに相槌を打っていたのだ。
胸の奥に、ざらついた砂を無理やり嚥下したときのような、暗い苛立ちが広がった。
時間に追われ、仕事が雑になることは、生きている限り避けられぬ業のようなものだ。だが、それは自らが負うべき覚悟の果てにあるべきものではないのか。何より、個室に誰が潜んでいるかも知れぬ場所で、無防備に愚痴をこぼすその立ち居振る舞いが、社会人としてひどく危うく、薄汚れて見えてならない。もしこれが、取引先の人間でも居合わせていたら、その男は自らの首を絞めることになっただろう。
さらに合点がいかないのは、指導役の無残な態度だ。「辛かったね」とでも言わんばかりに、若造の甘えを無批判に抱擁して、一体何を守ろうとしているのか。数分調べれば済む手間を惜しみ、間違いを指摘されれば逆恨みをする。そんな繊細すぎる硝子細工のような心根で仕事をしたいのなら、最初から完璧を期せばいい。図太くやりたいのなら、最期までその泥に塗れた図太さを貫き通せばいいのだ。
「君は何も悪くないよ」という甘い毒液のような言葉が、青年の成長の芽を無残に摘み取っていることに、なぜあのベテランは気づかないのだろうか。ほんの少しずつでも、職人としての経験値を血肉にしていくような、そんな情のある教え方というものがあるはずだ。
よその部署の教育方針に口を挟むのは、それこそ老いの醜態だと分かっている。だから私は、何も言わずにこの数日を過ごした。けれど、ふとした瞬間に、やはりあんなやり方は間違っているのだという思いが、黒い澱のように心の底に沈殿していく。
若者の働き方に眉をひそめ、年長の振る舞いに、言いようのない違和感を覚える。これこそが、かつて私が若い時分に軽蔑してやまなかった、「老害」という名の孤独な死に至る病の正体なのかもしれない。
夕暮れ時、どぶ川のように濁った空を見やりながら、私は静かに、自らの足元にまで忍び寄る「老い」という名の深い影を認めていた。
職場の若いのがロクに調べもせずに適当に投げてくる仕事に対して「ここ、間違ってたよ。はい、これが根拠。」って資料と一緒に速攻で打ち返したら、そのことを愚痴ってるのをトイレで聞いてしまった。
そんでそのとき愚痴ってた相手がソイツを指導する立場のベテランで、ソイツにいった言葉が「うんうんアイツむかつくよね」という相槌だったことにイライラしてしまう。
時間がないから雑に仕事するのはある程度しゃーないと俺は思ってるけど、それに対するリスクとリターンのバランスは自分で覚悟を持って行動して欲しい。
つうか本人が個室でウンチしてるかも知れないトイレで連れション中に愚痴るような社会人としての防御力の低い立ち振舞いは控えて欲しい。
俺は身内だからまだしも、取引先への愚痴をたまたまトイレ借りてた営業に聞かれる可能性だってあるだろうに。
ましてやそれを指導する立場の人間が「うんうん辛かったねギュッ」はやめろ。
他の人に渡す仕事を数分で見つかるような根拠も調べずに流してきておいて「はぁ?間違ってたから何?知らねーよ」は意味不明すぎる。
そんなに繊細な気持ちで仕事がしたいなら自分がキッチリ調べればいいだけ、図太くやりたいなら職場にいる間は図太さを貫け。
何もかもが身勝手で自己中心的なノリで若造が好き放題するだけならまだしも、それに対して指導をする側が「うんうんアイツが悪いよ。君は何も悪くないからね」はマジで駄目だろ。
少しずつでも成長出来る働き方してくれよ・・・経験値をちょっとずつでも稼げる働き方するように教えてやれよ・・・。
と思いながらも「でも他所の部署の指導方針に口出しするのは違うよなあ・・・」と考えて何も言わずに数日過ごしたけど、未だに「やっぱアレじゃ駄目だよなあ・・・」と考え続けてしまう。
若者の働き方にイラつくとか、ベテランの若者への付き合い方に違和感を感じるとか、老害のムーブだなあと思う。
俺も老害になったのかあ。
追記:
関係各位
先日は、私の抱えていた課題に対し、多角的な視点から多くのアドバイスをいただき、誠にありがとうございました。
皆様からいただいた「自身の振る舞いに対する客観的な指摘」や「周囲との構造的な関係性」、さらには「他者の言動を課題分離することの重要性」など、どれも私一人では辿り着けなかった深い洞察ばかりで、身が引き締まる思いです。いただいたお言葉を真摯に受け止め、今後の指針として活用させていただきます。
今後は、以下の3点を軸に、より一層の精進を重ねてまいる所存です。
第一に、周囲に対する接遇の改善です。今後はこれまで以上に丁寧かつ細やかな対応を徹底し、円滑な協力体制の構築に努めます。
第二に、感情と業務を明確に切り分けた、合理的な対人関係の構築です。対人関係の摩擦を未然に防ぎ、組織全体の生産性を最大化させることが、結果として最も効率的な業務遂行に繋がると確信しております。常にプロフェッショナルとしての冷静な視点を持ち、不必要な衝突を避ける立ち居振る舞いを心がけてまいります。
特に、指導を担当する後輩や関係者に対しては、相手のモチベーションに配慮しつつ、常に高い水準の信頼関係を維持できるよう、戦略的にコミュニケーションの質を高めていく所存です。
最後に、周囲の指導方針や手法については「多様な考え方の一つ」として尊重し、一定の距離感を保ちながら自身の役割を全うすることをお約束いたします。過度な干渉を避け、自身の担当領域において着実に成果を出すことに専念いたします。
今回の経験を機に、より成熟した社会人として成長できるよう邁進してまいります。
今後とも、変わらぬご指導・ご鞭撻を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
なお、この追記の作成においては「AIを有効活用しろ」というアドバイスを早速導入させて頂いております。
繰り返しになりますが、皆様よりの温かいご指導ご鞭撻により私もビジネスマンとして一皮剥けることが出来たことに感謝いたします。
追記終わり
友だちに連れて行かれた映画で心を撃ち抜かれて、いま原作を読み漁ってるニワカだけど。願望が9割。
■追記
デンジのベロ噛みちぎったところ左流しで草生えた
逆なのかなあ…それともふつうに俺の考えすぎ?
◎右流し(嘘ついてるとき?)
胃液まみれの花をもらうところ
二道や学校でいちゃついてるところ
「私が全部教えてあげる」
花火を見ているところ
「助けてくださ〜い!悪魔に襲われてま〜す!」
「皆殺しコースかな」
「俺に泳ぎ方教えてくれたのはホントだろ?」と言われたところ
マキマと対峙するところ
◎左流し(本当のことを言ってるとき?)
「バカ舌」
「裸になっちゃお どうせ暗くて見えないよ」
「都会のネズミどっちがいい?」
屋台を回っているところ
「仕事辞めて私と逃げない?私がデンジくんを幸せにしてあげる」
「私がまだキミを本気で好きだと思ってるの?」
新幹線に乗るのをやめて二道に行くところ
ちなみに
は前髪は出ていない。
正直、AI に命令を出すリード、マネージャ、リーダーの能力が上がらないと、AI でコードを大量生産すると手に負えないスラムが根深く絡み合った構造で広がっていくことになるだろうというのが既に見えている。
というのも、AI ほとんど影響ないちょい前の時点ですら「うちはDDD、TDD、クリーンアーキテクチャ、k8s、アジャイル、スクラム等々を採用して云々」ってプロダクトが、リリースから半年、1年で開発がスタックしている、という事例は一般が想像する以上に存在している。
リリース時は、CTOやマネージャが腕組みしてWebページで華々しい成果発表するものだが、その裏で手動運用のオンパレード、一箇所変更したらどこに影響が及ぶかわからない地雷原、不具合障害が発生するたびに増える監視サービス、手動運用マニュアル。
その前で、「圧倒的ではないか、我がプロダクトは」って悦に入る経営陣、の図。
それ見て「SaaS界のネズミー王国や〜」って妄想を迸らせる利用者側経営陣と、ブルシットな手数だけ増えて、業績給与はぴくりくらいしか動かないで悶絶する利用者側従業員。
この状態で、「いや〜、新技術の導入、失敗しましたわ〜。経費が5倍くらいに膨れ上がってます。ごめんちゃい」なんてリリース出せないでしょ。
それ見て教科書ガイドエンジニア、カタログショッピングエンジニアが「世界を変える! 俺(の業務経歴書)が変わる!!」って初見手探りで導入して、連れション地獄。
これが現状よ。
ここにAI が入ってくると、ますます「中身も、他の処理との関係性もよくわからんけどプロダクトに組み込まれた謎プログラムの塊」が、「これ以上機能を載せるとバランスを崩して全体が倒れる」寸前のサイズまで育つわけよ。
ここまで行っちゃったら、どこをどうしたらどうなるか、「AI 使ってふふふふ〜ん」ってレベルのエンジニアでは太刀打ちできなくなってるだろう。
すっと
「動くな!」
となって、対策のための会議とドキュメントづくりが延々と半年とかいうオーダーで繰り広げられることになる。
その間やれること、というかやらなきゃならないことは、障害対応手動運用。
こういう状態に陥らせたリーダーやリードテック、CTOは「新しいことに挑戦したいので」と敵前逃亡、成果発表のWebページを担いで次の犠牲者の元へ。
ちゃんと設計したら、生成AIを駆使する必要、あまりないはずなんだよなー。
で、テストも書いてくれる、っていうけど、AI に全投げ似非エンジニアにその妥当性とか、判断できんのかな?
カバレッジを100%に近づけるためだけのテストを手動で大量に書くのを代替してくれるかもしれないけど、あのテストが品質保証、障害対策になってる現場が一つでもあるか?
今流行りらしい、業務ドメイン分割マイクロサービスだと、AI で辻褄合わせてテストとか、無理やぞ。
という地獄が、2、3年後訪れるだろう。
楽しみやなぁ〜w
という話をすると、AI使いこなせないオールドタイプの負け犬の遠吠え、みたいにいうてくるのがいるんだけど、むしろAI を効果的に活用するための構造、構成とか模索してんのよ。
ホルモン治療はしているのは聞いてるが胸はどうなのかは知らない。股間は女のままだ。
以前、二人で車で出かけた時に田舎道で急に小便がしたくなったんだが、コンビニも道の駅もしばらくない場所だった。
建物がしばらくない場所だったし車の通りも少なかったので田舎道によくある休憩用の駐車スペースみたいなところに車を止めた。
普段あんまりそいつがトランス男性だってことを意識しないで接してるで並んで小便をつもりでいたら、ズボンおろしてしゃがんだんで一瞬混乱した。
男は普通、小便をするって言ってるのにしゃがんだりしない。
友達は当たり前だがトランス男性でちんこがないので立ちションはできないからしゃがんでしないといけないと少し考えて理解した。
離れたところに移動して用を足そうかと思ったが、それもわざとらしいしかといって横で立ちションをするのもなんだか申し訳ない気もしたので増田も横でしゃがんですることにした。
洋式便器に座ってはあるが、しゃがんで小便をするなんて増田には初めてのことだ。
小便をし終わって立ち上がった時、他の男友達との違いを意識しないできたトランス男性の友達が自分と身体が違うとはっきりと意識した。
便宜的に女はというが、男と女がしゃがんで小便をした時に小便の水たまりが出来る場所が違う。
増田は男なのでちんぽから出た小便は前方に飛んで膝より少し前に水たまりができる。
トランスが立ち上がった時、尻の真下より少し前に水たまりができていた。
その時、はっきりと「こいつの身体は女なんだ」とはっきりと意識した。
他にも小便を出してる最中に女の小便の音は結構うるさいからそれが聞こえたのもどんな表情をしていいか困った。
小便が終わって車に乗ってからトランスは「俺に遠慮しないで立ってすればよかったのに」と笑っていたが、色んな意味で気まずすぎてその後は何も言えなかった。
それからトイレに行くタイミングが被った時にそいつは必ず個室に入るわけだが、それを見るたびにあの時に事を思い出して意識してしまう。
深い暗闇に住んでいて、ときおり我らの住む浅瀬へ浮いてきては我々を魅了する。しかしいくら個体を調べたところで、その生態は深海に生きる者しか知らず、浅い海に生きる者にとっては永遠の謎でしかないのだ。
……こんなことを真顔で言ったら一発で社会的に死ぬかもしれないが、女性とは何者なのか、小さい頃から気になっている。
筆者には女性の服の下にあるものをよく知らない。というとまず、母親の裸くらい見たことあるだろという反論が飛んでくるだろう。厳密には、筆者は先天的に視力が悪かったために、両親の身体的な区別がつかなかった。要するにぼんやりしていて記憶にないのである。幼児期には男女で混じってトイレや入浴、着替えをする機会もあるだろうが、メガネという文明の利器を得るのが遅すぎた。服装や趣味嗜好のほかに男女の違いなど見出せない解像度の低い幼少期が横たわっている。
性差の興味を持つきっかけは、習い事として始めたスイミングスクールだった。
小学校の水泳授業では、児童は各家庭から水着を持ってきていた。興味はなかったが、女子は模様入りの"ワンピースのような水着"を着ていることが多かったと記憶している。
当時の男子水着はVパンツと呼ばれるもので、動きやすさ重視の、大事なところを隠すだけのわかりやすい水泳パンツであった。しかし女子は全員競泳用のワンピース水着を着ていたのである。
指定水着に限らず、制服というものは集団をカテゴライズする。10年足らずの人生に於いて初めて、男子と女子を身体的に明確に区別した集団という者に遭遇したのである。
女子の水着には上半身と下半身の繋ぎ目すらなく、肩紐が背中でX字に交差して、奇妙な服装という印象を与えた。もはや水泳パンツではない、謎の女子専用水着の仕組みが気になって仕方なかったが、全ては女子更衣室の中で起こることゆえ男子には一生わからないのである。
やがて筆者にも思春期がやってくるのだが、このときまだ性知識が乏しく、異性に対する興味も薄かった。
筆者は中学受験キッズなので、胎児の発生において、父親の精巣で作られる精子と母親の子宮の中の卵子が結合するという概念があることは暗記していたし、卵巣と精巣の構造も予備校のテキストに描かれた性器の断面図から知っていた。
しかしこの性器がどこにあるかわからないのである。子宮はお母さんのお腹の中にあることはほぼ確実とみれるが、精巣は男性の一体どこにあるのだろう。
大人になったいま改めて、小学校向け理科教材を見返しても精巣の在処は伏せられているのである。
おちんちんは男性器の呼び名であるが、思春期以前の男子にとっては「おしっこをするところ」であって、精巣がここにあるという発想に至らなかったのだ。
ようやく性教育に出会ったのが中学時代。筆者は教科書が配られたらまず一通り目を通すタイプなのだが、保健と家庭科の教科書に性や家族計画にまつわる記述があった。やっとのスタートラインだった。
教科書を通じて、女性に膣という器官があることと、月経という現象があること、そして、精巣の場所と性行為について学んだ。陰茎が尿器から性器という概念に変わってようやく、女性に陰茎がないと言う現実を受け入れさせられた。そして身の回りの女子は毎月血を流しながらも平然と生活している。という想像し難い知識にただならぬギャップを覚え、異性への興味がエスカレートしていた頃だった。しかし女友達と仲良くなっても、この疑問をぶつけることはとうとうできなかった。
紆余曲折ありながら敷かれたレールを走り切って社会人になって、縁あって関わり始めたのが今の交際相手だ。付き合って2年ぐらい経って、いよいよ身体を見せ合った。初めて女性の体をメガネ越しに見て、本当に男女の身体機能が異なっていることを実感した。人生の大きな一歩だった。本当に長かったと感じている。
とはいえ、身体を交えて快楽を得ても、知的好奇心は満たされなかった。
男子が陰茎を心の友として生きてきたように女性にも女性の何かがあるはずだと筆者は考えた。しかし身体をまさぐったところで真実には辿り着けないし、拗らせた疑問を投げかけても答えが返ってくるとも限らない。
そもそも体が目当てで交際したわけではないので、消去法的に彼女を欲望の捌け口にしてしまうことは避けなくてはならない。
そんな筆者の欲求に、ある程度は応えてくれたのがAVである。盗撮は犯罪であるから女優によるヤラセであると知っていながらも、スクール水着の着方、ブラの付け方、男には縁のない知識をこうした動画で多く学んだ。
しかしこれでも満たされないものもある。AVと違って現実のトイレはいつも行列を作っている。「どうして女子トイレは並んでいるの?」なんて女性に軽く聞いても、それが普通なせいかなんとも思っていないようであった。いくら親しくとも筆者にはここが限界だ。排泄に時間がかかるのか、スマホでもいじっているのか、なぜ個室しかないのにゾロゾロと連れションしたがるのか。いろいろな文化が気になっても聞く勇気がない。
自分で言うのも変だが、筆者の人生は敷かれたレールの上を上手く走っていると思っている。それは絶対に脱線できない人生であることの裏返しだ。今の時代、異性とみだりに関わることはリスクを伴う。そう言い聞かせてやがておっさんになってもなお今更聞けない謎を一生引きずって生きていくのだろうか。
浅瀬で見かける魚が深海で卵を産んでいても、それを知る術は、浅瀬で卵を産むのを待つか、自ら深く潜るか。どちらにしても茨の道である。
別に連れションの趣味はないんだけど、会合の休憩とかで余所のオッサンと同時にトイレに入ることはよくあるのね
別にのぞき込んだりはしないんだけど、明らかに余所のオッサンのほうがジョボジョボ音がでかい
同じぐらい我慢した上での小便だと思うんだけど、余所のオッサンのほうが明らかに量が多い
なんていうか、太い小便と細い小便があると思うんだよなぁ
俺の小便ってどんなに大量に出そうとしても、ホースにピンホールが空いた時みたいにピシューっと出る
尿道が細いんだろうな
自分のチンコが細いと思ったことはないが、こうやって細い小便ばかりをしていると「あ、こいつチンコ小さいな」と思われてそうで嫌
へー
いがいだった
日本のほうが連れションとかの文化でそうーゆーアレかと思ってたけど韓国のほうがあれだったのね(語彙力
韓国では1人で外食することを「ホンパプ」と言う。友達がいない人と見られ、恥ずかしいこととされてきた。外食はみんなでワイワイ話したり、人脈を広げたりする場であり、注文は2人前からという食堂も多い。
ただ、それも過去の話になりつつある。若い世代を中心に個人主義が浸透し、「恥ずかしいと思わない」と感じる人が増えているという。最近は一人飯を楽しむテレビ番組が人気で、日常的に一人飯をする人を「プロの一人飯プレーヤー」と呼ぶほど一般化している。一人飯の客を受け入れる店を探せるアプリも登場。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f2e2e117e9273bbd753c8f4d79698aa81fb6f4bb
そんで
・立ちションは良くないよ派
・野糞したって嘘を言いふらすのは流石に良くないよ派
・立ちションぐらいセーフだろ派
大体この5つに意見が分かれてる感じか?
そして100文字で語ろうとすると5つ全てに言及するのは不可能なので結果的に皆がバラバラの方向を向くことになる。
これそもそもの話として「立ち連れションしました」って話はしないで「野糞したって捏造で言いふらされるのおかしくないですか?」だけで語ればよかったのでは?
捏造のことだけを話せばいいのになんで「確かにね、僕は立ちションしましたよ?でもそれはたまたま連れションした相手が立ちションする奴だったのが悪いわけじゃないですか。違いますか?」って話をわざわざするから状況がカオスになってるんじゃん。
一度に複数の話題をゴチャゴチャに語る奴って説明下手くそだと思うんだけど。
まあこれが「賛否両論を意図的に起こしてバズらせることが目的だった」のなら、ネットで放火するのが上手ですねえ……とは思うけどさ