はてなキーワード: 小山とは
ファイル検索系はインデックス構築含め負荷とのトレードオフだからだよ
自分に不要な機能なときはぐたぐた不平不満漏らすのに自分を客観的に見れてないんかな
WindowsでOmnisearchが使えるアプリ。なかなかいいらしいけど、それよりもこれだけの年月をかけて、なんでMicrosoftはまともなファイル検索を実装できなかったのか?
“I stopped digging through folders”: How OmniSearch changed the way I find files on Windows 11 https://t.co/AnEk4itK4L— 小山安博 Yasuhiro Koyama (@surblue) April 12, 2026
出生主義とは「産まないより産んで虐待する方がマシ」という思想である
にもかかわらず、そう認める人を見かけない。
だってそうでしょ。産んで、その内何割かが不幸になって、何割かが犯罪者になって、そうやって回ってきてるんでしょ社会は。
虐待被害者も犯罪者も障害者もみんな生まれてきて社会を回してる。犠牲者を出しながら。そういう世の中を持続させようという思想なんだから、「産んで死なない程度に虐待する親の方が産まないより偉い」とハッキリ言うべきなんじゃないの。
もし言われたら「ふざけんなテメーが虐待されてみやがれ」って思うけど。
でも、言わないんだよな。産まない女は苦しめとほざく、小山晃弘とか花つ葉とかのアンチフェミ系反出生。女は平気で敵に回して、少子化解決の為に女の人権を制限しろ、女子教育をなくせ、と言うくせに、子供に関しては「虐待されても仕方ない」とは決して言わない。むしろ虐待親を叩く。虐待親を擁護する女を叩く。小山晃弘は母親の虐待被害者だから尚更。
あいつら、「可哀想ランキングに立ち向かい、みんなが言いにくいこと、見ないふりをしている事にズバズバ切り込む反ポリコレ」を気取っておきながら、ダサいやつだなと思う。自分らだって都合の悪い事に切り込んでない。
あいつらは「可哀想ランキング上位」であるらしい女性のことは積極的に敵に回すし虐げる。そうすればミソジニー信者達が持て囃してくれるから。
一方、もっと可哀想ランキング上位である「子供」のことは虐げられないし、敵に回せない。虐待が増えてもいいから子供を産め、なんて言わない。誰もがかつては子供だったからな
現代社会では、誰もがうっすら反出生だと思う。
虐待事件が起きれば、虐待するなら産むな、出産免許制にしろ、と騒がれる
10代前半の出産、逆に60代とかの高齢出産、貧しい未婚女性の出産、DQNやメンヘラの出産、不倫や托卵の子の出産、障害者の出産に否定的な意見ばかりが溢れる。子供が不幸になる可能性が高いからだ
ちなみに障害者の出産は、親が障害者のケースと子供が障害者のケース両方を指す。親が障害者だと子供がヤングケアラーにされると非難が殺到するし、発達障害者界隈では「発達障害で生きづらい、生まれてきたくなかった。障害のある子供を産まないで。産むことを美談にしないで」という声が大きい。「発達障害で生きづらい女性が理解ある彼くんを得て同じ障害を持つ子供を産みました」漫画の作者は、発達障害界隈に「発達障害者は子供を産むな!遺伝する!」と叩かれていた。
ともかく、子供が不幸になる可能性が高い出産は反出生主義者でなくとも反対する。「子供が不幸になる可能性が高いなら産まない方がいい」というのは「うっすら反出生」だと思う。反出生とは「この世に生まれた時点で不幸になる可能性が高い」というものだからだ。
そして、とにかく産め産め言う出生主義者達は、これらの出産、もっと悲惨な背景の出産も全て肯定できるのだろうか。
その結果生まれる不幸は全て、社会持続性のために仕方ないと言えるのだろうか。
悲惨な虐待の連鎖も、凶悪な毒親も、犯罪者に育ってしまう子供も社会持続性のために仕方ないのだと。
もっと言えば、旭川いじめ事件やコンクリ事件の被害者の苦しみすらも、社会持続性のために仕方ない、子供が被害者や加害者になってしまっても産まないよりマシだから産め、と言えるのか。
性被害のトラウマにより異性との性行為ができず子供を産めない女は子供のいる性犯罪者より蔑まれるべきだと、
そう言えるのか。
ホントに被害に遭われた方や、某出版社に関わる作家さんに比べれば私は取るに足らない部外者ですが
今回の件は海外でも燃えに燃えてて、私が6月に行く予定のイタリアや周辺の国での大学や図書館などでも日本のマンガの排斥というか「安全性の再確認作業」の必要論が出ていて おかげで私が打ち合わせてたお仕事もいくつか交渉ストップ&白紙状態となり普通に大迷惑
ちょっと前の寿司職人の様に「日本人」であるだけでブランドだった「漫画家」、円安もあり非常に効率的に外貨を稼げるお陰で私程度の才能でも生きて来れましたが(メジャー誌で連載する労力に比べれば外国語の一つや二つ話すくらい何でもない)
そのブランドがどれだけ毀損されたかまだ測り知れない、というか該当の性犯罪者やそれに加担した編集者が選択したと思われる目先のちょっとした利益?の他に全方位に中長期的かつ甚大なデメリットしか無くて凄い
はーーー私もさ、もう15年近く前にヨーロッパに渡って、ジャパンと名のつく大型イベントでも別の国製のバッタ物ばかり売られているの見て驚愕して
これは日本人漫画家が直接来ないと埒が開かない 私も一応連載経験あるし漫画に恩がある 出来る事はしよう とか思ってこっち住んで
それなりに語学とか真面目に頑張って アフリカの発展途上国とかにも行ってワークショップしたりイタリアでスタジオ構えて連載したり 頑張ってたのに悲しいよ
とりあえず6月のイタリア周りのスケジュールが全然読めなくなって飛行機のチケット決めなきゃなのにどうしよ
アテにしてたお仕事も2-3個が・・・だいぶ厳しい、お金も厳しいが 普通に私も助けて欲しいけどーー!? でも私より先に救われるべき人達が多過ぎる件 胸が痛いわ
まあいざとなったら私はいつもの如くイタリアかフランスをウロウロしよう イタリアの学校の友人がアレコレ奔走してくれている それを考えるのも心が痛いけど
漫画家やアニメーターで暢気に性犯罪擁護してる奴等が居るけど、日本漫画ブランド崩壊の危機って解ってないのか?
漫画家達はノーを突きつけないといけないのに、男達によるノーを突きつけた漫画家に対する粘着とか、暇空とか小山も陰謀論擁護始めて酷い有様。
こんな恐ろしいひどい事件、赤の他人である自分達ですら加害者が憎くて堪らないのに、被害者はきっと想像を絶するほど加害者が憎くて、苦しめて苦しめて殺したいに違いない!被害者に刑を決めさせればいい!
そう思いがちだ。
たとえ重犯罪でも。
それは、汝の敵を愛せよという精神ではない。
一番有名なのはストックホルム症候群だ
誘拐や監禁などにより拘束下にある被害者が、加害者と時間や場所を共有することによって、加害者に好意や共感、さらには信頼や結束の感情まで抱くようになる現象。
解放後に犯人をかばう証言を行う者や犯人に恋愛感情を抱く者までいるという。
逃げられない状況下では、犯人を好きになるしかない。また、犯人の優しさや人間味に惹かれてしまう。
虐待すればするほど子供は親を慕うものになると小山晃弘も言っていた
酷い毒親、虐待親でも慕う子供は山ほどいる。大人になっても洗脳が解けないことはザラにある。自分の親が毒親だなんて認めたくないことだから。
家庭という閉鎖的な空間で虐待に晒されているとそれが普通だと錯覚する。親との温かい思い出もある。親の機嫌をとるため、親のことを好きになる。虐待を受けても、自分が悪い子だからだと思い込む。
大事にされるのに慣れなくて、優しい養親に反発したり、殴るパートナーを選んでしまったり、自分の子に同じことを繰り返したりもする
性的虐待も同じ。
性的虐待を受けても父親を嫌いになれない、あれを除けばいい父親だと言う少女や女性は少なくない。
自分から求めてしまった、快感を感じてしまったという体験談も…それが罪悪感を植え付ける
自分の中のダメージを少なくするために、なかったことにしようとして被害後も加害者に普通に接したり、あろうことが加害者に好意を持ってしまう人もいる
レイプから始まる恋は実際ある、と小山晃弘も言っていた。まぁ関係ない人のコラ画像を使ったりしていて悪質だが。
「学生時代痴漢にあって、最初怖かったけど快感に目覚めてしまった」と語る裏垢もあるし、それを見て勘違いしてしまう痴漢野郎もいる。
ストックホルム症候群と同じく、ダメージを少なくするための防衛機能なのだろう
加害者に好意を抱いたり、快感を感じたりはしなくても、加害者を憎まず「自分が悪いからだ」と自分を責めて終わってしまう人もいる。
「他人のことならあなたは悪くないと言えるが、自分の被害に対しては自分が悪いのだと思ってしまう」と語る性被害者は少なくない
ネットでは「いじめたやつ許せない!」的な声ばかりが大きいが、「いじめられたのは自分が悪いのだ」と結論付ける被害者は少なくない。
昔リア中の時に朝日中学生ウィークリーを読んでいたが、いじめ相談的な投書欄に「いじめられる方にも原因がある」的なのが殺到した時期があった。しかも、「いじめられた自分はこうやって乗り越えた。だからいじめられる方も変わるべきだ」的な投書もあった。
「いじめた子に謝って今では親友です」「いじめてきた子に自分も不愉快にさせたと謝って今では親友です」的な体験談を複数見た。
そこに、ストックホルム症候群的な心理はないといえるのか。
いじめられっ子を助けたら、そのせいで自分がいじめのターゲットになり、あろうことが助けられたいじめられっ子がいじめる側に回る
「鬼」とかいう話題の漫画でもあったよくあるケースだけど、これもいじめられっ子がいじめっ子を憎んでないからだと言える。憎んでないから媚びるし、一緒に恩人をいじめる
体罰もそう。
「悪い自分を殴ってくれた先生に感謝してる。体罰は必要だ」と語る大人は少なくない。
「言うこと聞かない奴は殴る。殴った子ほど後に慕ってくれる」とのたまった顧問もいた
意外なことかもしれないが、加害者を憎むより、自分が悪いと思う方が楽なのだ。憎むのはエネルギーが要る上に、被害は自己肯定感を失わせ、自責に向かわせる。
更に問題なのが、「被害に遭った自分が悪いのだ」を他人にも押し付ける奴がいることだ
山口達也に襲われた女子高生をセカンドレイプしてた女性達のうち何人かが「私は電車で痴漢されたことがあるけど自分が悪いと反省したのに」「セクハラでキスなんて私もされる。よくあること」と言っていた。
「私はレイプされても我慢したんだから、痴漢くらいで訴えるなんて甘えてる」
「いじめられる方にも原因がある。自分がいじめられて変わったようにお前も変われ」
「俺の時代は体罰は当たり前だった。体罰が禁じられて甘えたガキが増えてる」
「今はなんでも毒親毒親と。私は暴力アル中etcの親にも感謝してるのに」
「今の女は甘えてるのよ。私は夫に殴られても我慢して尽くしたわ」
これ、全部見た。
人は自分の身に起こった事(幸福でも不幸でも)に理由付けをしたがる。
普通の人でも不幸が連続して降りかかった時に「俺は前世で悪いことをしたのか」と溢してしまう。
「あなたが受けた虐待はあなたが前世で悪いことをしたからです。あなたがその体験をしたいと選んだのです」的なスピには、意外と虐待の被害者がハマってしまう。自分の受けた不幸に理由付けをしてくれるからだろう
殺人事件の被害者遺族なら犯人を憎みまくるはずだって?それが、そうでもない。
「心にナイフを忍ばせて」という、少年犯罪の被害者遺族を追った本では、少年Aに対して被害者遺族が同情的なコメントをするシーンがある
また、死刑賛成派のルポルタージュでは、死刑囚が被害者の兄と手紙で交流し、被害者の兄が「彼を死刑にしないでください」と頼み込むエピソードがあった
死刑反対派の森達也氏も、死刑を望まない遺族は意外と多いと言っていた。遺族と言っても生前の被害者と良い関係とは限らないが…
断っておくが、被害者に原因があるとか被害は大したことないとか言いたいわけではない
むしろ、だからこそ虐待もいじめも体罰も性被害もDVも殺人も、許されないし痛ましいのだ。
もちろん、全ての被害者が憎まないわけではない
加害者が憎くて堪らない、殺したい、そんな人の方が自然だろう。
だが、加害者を憎まない、憎むことすらできない被害者は「意外と」いる。
そして、被害者は加害者の代わりに自分の味方や同志を憎むことがある。
虐待を受けても親を慕う子供は、親から引き離そうとする大人を憎むだろう
発展途上国だかで性的虐待、児童買春の被害に遭っていた女の子が保護された後、不自由に耐えきれず何度も施設から逃げ出して売春しようとしたって、その人の人生を綴った本に書いてあった。きっと、施設に連れ戻し不自由な生活を強いる保護してくれた大人を憎んだのではなかろうか。
前に「九州の田舎に嫁いだ語り手がレイプ未遂に遭って、姑に『みんなあの男に足入れされて我慢してるんだから』と説得されるも振り切って被害届を出したら、『未遂のくせにズルい』と被害を受けた女性達から嫌がらせされるようになった」という地獄みたいな話を読んだ。
レイプ男には仕方ないと諦めて立ち向かわないが、「被害を我慢しない裏切り者」は憎み、嫌がらせする。
ナチス政権下では、ユダヤ人を虐げる中にはユダヤ人もいた。他のユダヤ人と違って特別扱いをされていた。
そんなユダヤ人も、しまいには他のユダヤ人と同じように殺された。
ユダヤ人自身からも、「ユダヤ人が虐げられたのは自業自得」という意見は出ていたのだ
彼らは「あなたはいいユダヤ人だ」と褒められていたのだろう。そして、「他の悪いユダヤ人がいるから私達ユダヤ人は差別されるんだ。本当に迷惑だ。許せない」と思っていたに違いない
日本アニメ史上に燦然と輝く大傑作みたいな感じの映画だと思ってたのでちょっとハードル上げすぎちゃったのが良くなかったけど普通によくできた面白い映画だったので73点。
相手の意識下(夢)に侵入できる装置DCミニを利用して刑事のトラウマ克服に勤しむパプリカこと千葉が所属する研究所からDCミニが盗まれてしまう。それと同時に研究所のメンバーが次々精神に異常をきたし始める。犯人をDCミニを盗み出した同僚でBOØWYのボーカル氷室であると考えた千葉は同じく同僚のデブの天才時田とともに捜査を始めるが実は氷室もDCミニの被害者であることがわかり、ついには増大した夢が現実の壁を破り世界は夢と現実が混ざり合った混沌とした空間になってしまう。千葉と彼女の分身であるパプリカは世界を救えるのか。
みたいな話だったよね?
とりあえず言えるのは、アニメ映画としての鑑賞の楽しさはめっちゃあった。冒頭の粉川の夢の中のシーンからもう絵的にも面白いし(一瞬めっちゃインセプションで草)、そこからタイトルバックのパプリカ帰宅シーンでパプリカが静的動的、二次元三次元問わず次々といろんなメディアをジャンプしながら移動するアイデアの多彩さ、動きの楽しさは流石に圧巻。様々な夢が混ざり合ったカオスなパレードは平沢進の音楽の不穏さと完全にマッチして「音楽を映像化する」という課題があれば100点中1000点つけちゃう(映像を音楽化したのかもしんないけども)。
夢をテーマにした作品として夢の荒唐無稽さ突飛さサイケデリックな感じといった言葉では表しにくい様々な情景をかなり直感的に映像化できていて、おぉ~すごいなぁ~って感じだった。
とはいえ公開から20年以上経った今見ると「パプリカ」を下地に作られた演出を取り込んだ映像作品は(例にも出したけどインセプションとか)多数出てきているのでこれどっかで見たことある奴だな、みたいな感じがするシーンもけっこう多くてめちゃくちゃ前のめりになって見入ってしまうみたいな感じではなかった。公開当時見たかったかな。
見終わった後ふと思うのは、粉川こんないい役もらうような感じだったっけ?ってこと。彼は刑事なんだけど本筋であるはずのDCミニ盗難事件には基本的には一切関わらないが、この作品を経て最も成長するのはおそらく彼(と主人公の千葉かな?)である。
未解決事件という表向きのトラウマを抱えながら、実はそれは「中途半端に放り投げた自分の夢と友人」という拭い去れない過去への後悔と根っこは同じであることがわかり、彼は夢の中で夢の中だからこそそれを"物理的に"破りトラウマを克服し、本当の敵を文字通り撃つ。
作中で様々な夢に囚われた人間が出てくるがほとんどの面々は夢に逃げ込む、夢を隠れ蓑にするというネガティブな方法に利用するのに対して、夢を通じて成長、克服、前進する役割は粉川に託されている。
個人的に粉川パートで好きだったのは元映画監督志望だった粉川が「イマジナリーライン」「パンフォーカス」の説明をするシーンで「カメラと被写体の間の線をカメラが越えると世界が反転し繋がらなくなる」「ピント絞ることで画面全体にフォーカスを合わせる」という映画の技術論と同時に人間関係であったり社会や人生の捉え方であったりの話をしてるシーン。
たぶん夢と現実の映画であるパプリカは同時に、現実と映画(虚構)の映画でもあるんだろうな。だから粉川は第二の主人公なんだろう。知らんけど。
一方で千葉は理知的で事務的、心の奥底で同僚の時田に思いを寄せながらも天才で天才がゆえに子供っぽく逃避癖のある時田にヤキモキしている。一方で他人を治療する際にはそんな自分の空を脱ぎ捨ててパプリカとして自由奔放に感情豊かに文字通り世界を飛び回る。パプリカは現実世界でも千葉の本能として危険を察知してそれを知らせる役割を果たしており、理性と本能がそれぞれ同時に存在するアンビバレントな人間らしさを表している。
そして最終決戦では自身の願望に乗っ取られた大悪役の理事に対して、夢の中に取り込まれた時田を現実世界と同じように支えたことで自身の思いを受け入れ時田と同化、さらにパプリカという自分の中の欲望、本能も受け入れ時田の中からパーフェクト千葉として爆誕し、現実に溢れ出した夢を理事ごと全て吸い尽くして世界を平定する。
パプリカという自分自身、時田という他人を受け入れ同化しそこから赤ん坊が生まれて夢を吸って成長し、最後には悪夢まで吸って大人になり消える。夢を自分の私腹を肥やすために使おうとした老人の理事とそれすら吸い尽くす次世代の千葉という構図はよくできてるな~と思った。
他にも犯人だと思われていた氷室は実はゲイで夢の中では「貞淑な女らしさの象徴」である日本人形に擬態していて、彼が思いを寄せていた時田は彼の夢の中ではロボットという男らしさの象徴をしているってのもなんか哀しい。千葉に思いを寄せ時田の才能を内心では憎んでいる小山内はその復讐に自分の身体を氷室や理事に売ってポジションを守ろうと必死で、悪役ながらも悲しい奴だなってなるし。みんな自分を押し殺して生きていて、だからこそ夢の中ではたやすく狂ってしまう。
夢が現実に溢れ出した時に様々な人間はそれぞれの中に秘めた欲に次々と変身していくさまは滑稽でもあるしそのビジュアルイメージの多彩さは舌を巻く。そして、これは作中で度々登場する"インターネット"でも同じだし、増田なんかその極致であるとも言える。
声優に関しては千葉とパプリカを完全に演じ分けていた林原めぐみは流石だなと思うと同時に、林原めぐみレベルになるとなにやっててもこいつ林原めぐみだなってなっちゃって、個人的にはちょっとノイズ。特に今回は絵柄がいわゆるアニメって感じよりはリアルに寄せてるので余計にキャラとは別に林原めぐみがいるって感じで気になっちゃった。粉川の大塚明夫ももそうだし、時田の今は亡き古谷徹もキャラより声の方が立ってる感じがちょっと苦手だった。
キムタクとビートたけし主演の映画みたいな感じ。宮崎駿が晩年、声優らしい声優を主役に起用しなくなったのはそういうことだったのかもしれないしそうじゃないかもしれない。
なんでこの作品が80点以上じゃないのかっていうと単に俺の好みとはちょっと外れてたってだけなので、この作品に80点以上、90点以上つける人がいたとしても別におかしくはないなって思う程度には強度の高い作品だとは思いました。あとはアレだな、欠点をあげるとしたらなぜその人たちがそうなのかが作中であんま示されないことが不満。脇役はともかく、なぜ千葉はああなのか、時田は理事はというバックボーンはほとんど示されないのは個人的な好みから外れるなって思った。
そんなこんなで俺は初見だったけど今見るとちょっと古臭く感じる部分はありつつもストーリーに関しては普遍性がある話を丁寧に描いているし、むしろインターネットという他人の欲望や夢をダイレクトに浴び続けられる時代全盛期である今見たほうが話としてはむしろ分かりやすいかもしれないって意味では、今見直してみるのは意外とオススメなのかもしれない。
小山というアンフェがいる。
レイプを数分間無理やり膣をゴシゴシされるくらいと言ったり、クソみたいな女叩きを繰り返してアンフェから愛されている。
そのアンフェが顔出ししてる動画に
流行語「チン騎士」とは何か?/Z世代vs中高年世代の新たな世代対立/ジェンダー平等は若い男性の犠牲をもとに進む/「女子枠」制度は社会を崩壊させる...
という紹介文がついていた。
どう見てもイケメンではないアンフェらしい嫌な顔だし、大谷翔平より圧倒的にキモい。
それでも彼は自信満々でイケメンを背負うし、大谷翔平の顔をキモいと言える。
こんな女が居たら大惨事だ。
じゃがいも叩き潰したような顔で、顔出ししながら犯罪被害を嘲笑うレベルで理不尽な男たたきを繰り返したり、自分よりずっとルックスがいい女の顔にキモいと言ったり、美女を名乗るのは、女がやったら女からすら怪物扱いで、墓場の下に行っても嘲笑われ続ける所業だが、男だからできている。
おー期待したより詳しくありがとう
お役立ち情報系が多いのね
小山さんてどのぐらい稼いでるのかなあ
俺もやってみようかなあ
でも有料だと読んでくれる人減るのがつまらないよなあ
う~ん
障害年金とか制度とかの紹介を500円程度で売りまくって10万円毎月売ってるよ
他にも色々書いてるよ
あとはカウンセラーが心理の話を処方箋と題して書いてるけどメンバーシップに3人しか入ってない
こっちのほうが有益なんだけど、障害者のほうがマネタイズがうまくて買いたくなるように誘導してるんだよな
あと、元ケースワーカーって肩書で生活保護ハック関連のnote書いてるやつも相当儲けてるな
とはいえ小山とか投資経済関連の人とかみたいな巨匠はほんの一握りだな
これからはタダで情報をくれてやる時代じゃなくなって本も売れなくなってnoteで自分だけが知ってるニッチな秘密やハックを売る時代だろな