村野瀬玲奈の秘書課広報室

　戦時性暴力については，資料があまり残されていないことから，帝国日本軍兵士の強姦はなかった，などと歴史修正主義者は言います。しかし，性暴力という性質上，加害者はメモを残すことはしませんでしたし，被害者も心身の傷が重すぎて告白することはできませんでした。

　そもそも戦時性暴力については，陸軍刑法で厳しく禁止されていました。
　明治41年施行の陸軍刑法では，第86条　戦地又は帝国陸軍の占領地に於て住民の財物を掠奪したる者は1年以上の有期懲役に処す　前項の罪を犯すに当り婦女を強姦したるときは無期又は7年以上の懲役に処す，とし，
第88条　前2項の罪を犯す者人を傷したるときは無期又は7年以上の懲役に処し死に到らしめたるときは死刑又は無期懲役に処す，と規定していました。同刑法は昭和17年2月に改正され，第88条の2　其の二　戦地又は帝国軍の占領地に於て婦女を強姦したる者は無期又は1年以上の刑に処す　前項の罪を犯す者人を傷したるときは無期又は3年以上の懲役に処し死に到らしめたるときは無期若は7年以上の懲役に処す，と規定されました。兵士の間でも「（強姦を）やって7年，（恥部を）見て4年」あるいは「（恥部を）触って3年，見て2年」という言い習わしがあり，広く知られたことでした。そのような陸軍刑法で厳禁されている強姦，強姦殺人を皇軍兵士がメモに残すはずがありません。

　中帰連から戦時中の戦時中の体験を告白し懺悔した『三光―焼きつくし，殺しつくし，奪いつくす』がベストセラーになったものの，多くの国民から「日本人の恥さらし」と批判され，光文社社長は右翼の脅迫を受けて絶版にしました。戦争犯罪に目覚めた彼らは「中共の回し者」「中共によって洗脳された人びと」と非難されました。一方で戦犯とはならずに，戦犯管理所で思想改造教育を受けなかった桑島節郎さん（独立混成第５旅団歩兵第１９大隊第１中隊兵士）は山東省における三光作戦の体験と実態を記録しました。

　抗日戦争勝利50周年を期して中国で出版された「侵華日軍暴行総録」は1991年から聞き取りや資料調査などを通じてその成果をまとめたものでした。中日戦争15年における中国民衆の被害に焦点をしぼり，台湾，香港を含む中国全省において日本軍が行った暴行事件のうち2272件について，原因，日時，場所，日本軍の部隊名と指揮官名と作戦目的，中国側幹部・民衆の状況，暴行手段及び中国側の犠牲者数と被害・損失額まで統一した基準により調査し，記録されたものでした。

　そのわずかな例を紹介します。
　1937年9月16日　河北省固安　侵攻作戦中，3歳の幼女の陰部に銃剣を突き刺し，空中に投げた。　犠牲者1名
　1937年10月9日　河北省正定　正定県城占領時，9名の外国人宣教師を殺害，多くの修道女を凌辱　犠牲者多数
　1937年9月12日　山西省天鎮　県城を侵攻，占領後。強姦された姉妹首吊り自殺。15歳少女輪姦殺害　犠牲者4名
　1937年10月2日　山西省寧武　県城を占領後。50余名の女子青年を監禁。毎日交互に強姦。撤退の際に殺害。男女50余名を全裸にしてガソリンで焼殺　犠牲者数50余
　1938年4月1日　山西省石楼　県城を侵攻占領後，老女ゆえに避難しなかった70余歳の2人が強姦され，悲憤して首吊り，飛び降り自殺　犠牲者10
1938年１月１日　山東省肥城　安駕庄周辺９ヶ所の拠点の日本軍は147人の婦女を強姦・輪姦，被害者は70余歳の老婆から8，9歳の少女まで，そのうち14人が死亡　犠牲者147名
　1938年９月５日　湖北省広済　新妻を輪姦殺害後，裸体を部屋に放置。
８歳の少女の陰部に銃剣を刺して殺害。廟の尼僧を強姦しようとして抵抗
され，手足を切断して殺害　犠牲者５名


　日本の軍隊はまさに「強姦の軍隊」（笠原十九司さん）でした。「自存自衛のため」「東洋平和実現のため」「大東亜共栄圏建設のため」などと言いながら実態はこうだったわけです。
殺害・強姦を行ったある元兵士は，自分の観察と見聞からして，５年間中国にいて強姦をしなかった兵士はまずいなかっただろうとのことです。この人は家庭では殺した，焼いたという体験は話せたものの，強姦した事実についてはとりわけ娘には言えなかったそうです。
　食料がなくなると民家に押し入り食料を掠奪したわけですが，女性を見つけると空腹にもかかわらずまず強姦したそうです。
　強姦をはしごした兵士もいたそうです。
　強姦する相手を探してうろついて敵側に殺害される場合もあり，そのときは「名誉の戦死を遂げた」と公的には処理されたそうです。
　ある分隊長は自分の飯盒で煮物をしていて尋ねられたので，姑娘を短刀で殺して脳味噌を取り出して食べていたそうです。姑娘の脳味噌を食べれば梅毒が治ると信じられていたからだそうです。

　以上の内容は「南京事件と三光事件」（笠原十九司/大月書店）から引用しました。女性を強姦し殺害してきた皇軍兵士は何くわぬ顔で，いい夫，いいおじいちゃんの顔をして家族と過ごしたのでしょうか。心に痛みはなかったのでしょうか。戦争だったからでは言い訳にはなりません。戦争であっても厳禁された恥ずべき所業です。人間というものはここまで悪行をこなせるのでしょうか。
　民間女性への強姦・強姦殺人は「植民地解放」「正義の戦争」「八紘一宇」と何の関係があるのでしょうか。
　比較すべきことではないのですが，従軍慰安婦の方々の苦しみはよく理解し，そんな人たちはいなかったという勢力の人々には激しく反発するものの，中国で強姦され殺害されていった女性たちの苦しみに思いが至らないのは片手落ちだと思います。従軍慰安婦の方々は存命であった場合には苦しい中でも声をあげること（カミングアウト）ができました。しかし強姦され殺害された女性たちは声をあげることはできません。強姦され殺害された女性たちもかけがいのない存在であり，もっともっと生きていたかったはずです。

　南京事件の犠牲者数を過少に見ようとする歴史修正主義者は，武器や軍服を脱ぎ捨てて難民区（安全区）に逃げ込んだ兵士は便衣兵なのだから，殺害したのは合法で虐殺ではないと主張します。南京駐華ドイツ大使館に勤務していた外交官のゲオルク・ローゼンは，「いかなる軍事裁判も，またこれに類する手続きも一切行われた形跡はなかった」と1938年1月20日付で，ベルリンのドイツ外務省へ公文書で報告していました。便衣兵と認定するための軍法会議を行わずに処刑したことは，戦時国際法に違反する虐殺行為でした。

　歴史修正主義者は南京大虐殺を否定するために，もし大虐殺があったとすれば国際連盟で非難決議があがったはずなのに，それはなかったと主張します。渡部昇一がそうです。1938年2月1日付の国際連盟理事会決議文は，「中国での紛争が継続し，さらに激化している事実を遺憾の意とともに銘記し，中国国民政府が中国の政治経済的再建に注いだ努力と成果にかんがみて，いっそうの事態の悪化を憂慮し，国際連盟総会が1937年10月6日の決議によって，中国にたいする道義的支援を表明し，あわせて，連盟加盟国は中国の抵抗力を弱体化させ，現下の紛争における中国の困難を助長しかねないいかなる行動も慎み，それぞれが中国支援拡大の可能性を検討すべきであると勧告したことを想起し」としています。これは顧維均中国代表が中国政府声明として非難演説した南京事件の事実をふまえての
決議でした。

　つまり歴史修正主義者は勉強不足なのです。