コメント
FAQ
ただ、今のところ僕の方で書いたことのある、まとまった形での死刑廃止論は、先に取り上げてくださったブログの記事の他は、ホームページのコラムで書いたものだけです。HPの方はトラックバックが送れないので、このコメント欄に合わせて記載します。
「通りすがり」のコメントを再考する
http://blog.goo.ne.jp/civil_faible/e/8aeb13b58233968e267079404eb7418e
2007年 政策提言のようなもの③ 4 死刑制度廃止
http://civil-faible.hp.infoseek.co.jp/21_20070924.htm
使えそうなら(部分的でも)、どうぞご自由に使ってください。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2002/10/31/wgia31.xml
http://image.blog.livedoor.jp/muki2007/imgs/4/0/40bf7d56.jpg
http://image.blog.livedoor.jp/muki2007/imgs/b/9/b9259cb9.jpg
日本が犯罪者天国とかいうのはもはや妄言の類だと思います。
こういうニュースは一切報道されないことはおかしいと思います。アメリカがどうだの中国がどうだの、死刑廃止論者がどうだのとか、刑務所が緩いとかそんなわけのわからないことばかり。
もうその時点で日本のマスコミは終わっているんですよ。この前の加の大量殺人鬼の件にせよ、AFPニュースぐらいでしか報道されなかった。
http://www.geocities.jp/y_20_06/lwop.html
>みなさま
ニュースがかなり恣意的に取捨選択されて日本のマスメディアに乗せられているというのはその通りだと思います。たとえば、ヤフーニュースのヘッドラインを日本と西欧のものと比べてみるとはっきりわかるというのが私の印象です。たとえばフランスのヤフーではヘッドラインに政治や社会の大きな動きが来ていますが、日本のヤフーでは三面記事やスポーツ、芸能ネタが多くを占める。日本は視聴率、クリック率第一主義、多くの諸外国はニュースの価値をより重視してニュースを発信しているように思います。しかし、それでも、今のサルコジー支配下のフランスでは、サルコジーの息のかかった報道機関がサルコジーの意向を反映した報道の仕方をしている、というのは私のフランスの友人の嘆きです。
>レイランダーさん
ありがとうございます。私の記事よりいいかもしれませんね。ありがとうございます。もちろん採用させていただきました。今後も情報がありましたらお知らせください。
死刑FAQ、本当によい記事だと思います。ぜひ充実させていっていただきたいと思います。
微力ながら、僕が普段から抱いている疑問をいくつか挙げます。この内いくつかは、僕自身悩んでいて、まだ答えが出ていない問題です。
Q: 死刑反対論では、死刑の代わりにどのような刑を考えているのか?
(釈放のない重無期刑を導入するのか? それとも
犯罪者の更正に力を注いで、全て有期刑にするのか?)
Q: 重無期刑を導入するなら、それは死刑に比べて優れていると言えるのか?
(囚人には自殺は許されません。
ただ寿命が尽きるまで刑務所暮らしを強いるのも
残酷で、消極的な死刑とはいえないでしょうか?)
※「冤罪」が答えかと思いますが、代案に重無期刑を
考えるなら、FAQには欠かせないQだと思います。
Q: 有期刑にするなら、刑期の上限を決めるのか? 決めるとしたらどのくらいなのか?
(具体的な数字よりも、一部の外国で有期刑が
「実質的な無期刑」として運用されている実態を
どう考えるのか、それを防ぐべきなのかどうか、
を悩んでいます。懲役100年など。)
※「実質的な重無期刑」を皆無にできないのであれば、
一つ前の質問「重無期刑を導入するなら…」にも
答えが必要になります。その意図での質問です。
Q: 死刑反対論の立場として、応報刑論をどう考えるのか? 罰として苦痛を与えるという考えは一切認めないのか? それとも一定限度認めた上で、死刑は行きすぎだと考えるのか?
(思考実験です。仮に優れた方法があり、
どんな凶悪犯でも一瞬にして改悛させ、
絶対に再犯を防げるとします。
そのような社会では、一切の刑罰が不要となるのでしょうか?)
Q: 国際社会の風潮や人権団体の主張は、「死刑が“良心の囚人”に適用される」ことを論拠の一つとしていると思います。この点を踏まえても、殺人犯にしか死刑が適用されない日本の現状で、これらの国際的な動向は考慮に値するでしょうか?
(これは既存のQ「他国のまね…」への再反論になりますね。)
死刑廃止論にからい質問の数々で申し訳ないのですが、僕は決して「確信的な存置論者」ではありません。 死刑の犯罪抑止効果は信じていません。また「冤罪」に関する論点は、死刑廃止の強力な論拠だと認めています。
ただ、「確信的な死刑廃止論」に傾くのを押しとどめている疑問の数々を、挙げさせて頂きました。
>birds-eyeさん
なかなかすぐには手が回りません(汗)が、心に留めておこうと思います。
お返事をそれで終わらせるのも無愛想ですので(笑)、一つのポイントについてだけ私の思い(「答え」ではありません)を申します。
>Q: 死刑反対論では、死刑の代わりにどのような刑を考えているのか?
(釈放のない重無期刑を導入するのか? それとも
犯罪者の更正に力を注いで、全て有期刑にするのか?)
「死刑反対」の人にも、代替刑についてはいろいろな案がありえます。それぞれの案にはまた、賛成、反対といろいろ意見が出てくると思います。また、代替刑についてのこの問いは死刑反対者だけが答えなければならない筋のものでもなく、社会全体で考えることができる問いだと思っています。そういう意味で、「死刑の犯罪抑止力」のような「事実」に関する質問とはちがった方法でご指摘の問いを扱うことになるかもしれません。
今後も気がついた点を指摘いただければ幸いです。
僕も自分のブログで扱いきれなかったネタを丸投げしただけですので(苦笑)、どうかごゆっくり。
>代替刑についてのこの問いは死刑反対者だけが答えなければならない筋のものでもなく、社会全体で考えることができる
おっしゃるとおりです。死刑の賛成・反対にかかわらず、この問題の議論をする全ての人に、「犯罪者の懲罰と更正」についての全体的な展望を持ってその中で死刑制度を考えてもらいたいです。
こういうニュースも、大切にしたいです。
http://www.asahi.com/national/update/0105/TKY200801040265.html
>birds-eyeさん
ご紹介の記事、見てみました。確かに、こういう施策は大切ですね。刑務所の中で心をすさませて職業能力もおざなりにしか身につけさせないでいるなら、どうして出所者が社会の中に居所を見つけられるか、という話ですからね。
メモのために記事の趣旨を一部引用。
----以下引用----
刑務所職業訓練、「ガテン系」脱却 エステや設計も
2008年01月05日22時29分
エステティシャンの養成やコンピューターを使った設計(CAD)の技術指導――。刑務所内で受刑者が、そんな職業訓練を受けられるようになる。これまでは「懲役刑」の趣旨を踏まえ、溶接や塗装、配管など、「ガテン系」と呼ばれるような「きつい職種」が中心だった。しかし出所後の就職しやすさをより重視して、新しい職種を導入することになった。
法務省は新年度、女性だけを収容している栃木刑務所(栃木市)に、エステティックサロンで働くエステティシャンを養成する「総合美容技術科」を新設する。
首都圏のサロンからプロのエステティシャンを刑務所内に招き、パックや脱毛、マッサージ、化粧の施し方などを半年間、計720時間で学ぶ。接客の方法も身につけ、修了時には日本エステティック協会の証明書を受けられる。
このほか、二つの刑務所にCAD技術者の資格を取るための科を設ける予定。洋服の型紙を作ったり、家具を設計したりできるなど様々な業界で需要の高い技術だ。
(以下略)
勉強になりました
一応すべて読みましたので死刑に反対の方の考えが理解は少しはできたかと思います
そして、死刑を無条件に肯定する方の書き込みは多いのも興味深かったです。正直肯定するのならもっと綺麗に肯定すればいいのにと思ってしまいました。なんか醜い罵りが目立った気がします。
で、理解しても私は未成熟ですから今は死刑を肯定せざるをえません。紹介されているブログのかたに言わせたら幼稚な感情論や暴論なのでしょうが、、、身内がやられたら(事故はのぞき<事故の定義とかは勘弁してください>)どんな手段を使っても、、、と思ってしまいます。
まだ勉強したいのでもっと充実させてください。また見に来ます。
>朱麗さん
そのように読んでいただければ私も苦労して死刑廃止の記事を書いているかいがあります。
ただ、これは何度も言わせていただきたいのですが、私自身は感情論を切り捨てるつもりはありません。犯人を死刑にしたいという被害者遺族の感情のことも人間の自然な感情であると考えます。そもそも、私の別の記事でも書いていますが、たとえば、裏サイトで知り合った3人による名古屋の女性殺人事件については、報道されていることが事実なら「こんな連中は死刑だ!」という心の声は私の頭の中をやはりよぎるのです。
だけど、だけど、制度としての死刑には、このブログの中でも何度も書いている通りの理由で、また、私も紹介しているほかの死刑反対者が書いている通りの理由で賛成できない、というわけです。
これからもほかの人の意見も紹介しながら、私自身も頭を絞りたいと思います。朱麗さんのような方の思いを尊重しながら、そのような方にも真剣に読んでいただける記事を探したいと思いますし、私自身の言葉も充実させたいと思っています。
今回は、死刑廃止の主張にはこういう理由があるということを朱麗さんにわかっていただいたことで私も報われた思いです。
これからもよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
コメント欄にて失礼
TBが通らないうえに、該当のQがないという哀しい「戯れ言」で何の説得力もないのですが、一応廃止の意志を示す為に、コメント欄にて細々と主張したいと思います(爆)。
http://dr-stonefly.at.webry.info/200801/article_3.html
話の流れで(TBについて)
死刑FAQとは関係ない内容なので、お読みになった上で消していただければ幸いです。(折り返しのご質問などがありましたらその限りではありませんが)
>みなさま
記事を書いて知らせていただきましてありがとうございます。該当の「Q」はdr.stoneflyさんが適当につけてください。^^
>birds-eyeさん
webryからのトラックバックをはじくような設定にはなっていないのですが、おかしいですね。こちらfc2からは通るのに。トラックバックURLを二つ入れてみたり、仮言及URLを入れたりして何度か試してみてください。
こんばんは
まあ、私なりの廃止論で説得力無いかもしれませんがトラックバックも送らせていただきました。
よろしくお願いしますね。
ビデオニュース.comで
http://www.videonews.com/on-demand/371380/001318.php
マル激トーク・オン・ディマンド 第374回(2008年05月31日)
「なぜ日本人は死刑が好きなのか」
あるべき姿の強制
死刑に賛成するのは人殺しだ。
死刑に賛成するのは人道に反する。
→死刑賛成論者は罪人だ。
罪人は再教育されなければならない。
罪人は社会を受け入れなければならない
罪人は真人間にならなければならない
→死刑を望むような病んだ心は再教育されなければならない。
イヤな奴に死んでしまえと思うことも許されない。そんな世界なんて・・・。
>KYさん
リンク先お読みじゃないですよね?
まと
村野瀬様の文章はかなり抑制がきいていると思いますが、リンク先を拝見させていただきますと・・・
「アホとしか思えない」
「(死刑があるから)日本は民主主義国家ではない」
「犯罪的無知」
等々、死刑存置派をこれでもかと罵倒する言葉にあふれております。
これは実は「世の中に逆らって死刑廃止を主張するかっこいい俺様」を演出したいので、本当に死刑廃止になったり死刑廃止論者が増えては困るからわざと感情的反発によって存置派が増えるようにと書かれたのではないかとさえ思います。
とりあえず私の理解では、死刑廃止論の主要ポイントは
・死刑は○○しない(犯罪抑止、犯人の更正、被害者の救済等々)
・だから死刑は廃止。
・死刑廃止しない日本国民は民度が低くて世界の恥さらし。死刑賛成者は人殺し。
これに対して死刑存置派の意見といえば(私の身近での話ですが)
・ひどい奴は死刑。すっきりする。わかりやすい。
・だから死刑は存置
・死刑廃止なんて言う奴は犯罪者の味方。死刑反対者は人殺しの味方。
・・・・もしかして、死刑廃止論者は単に日本をdisりたいだけで、別にネタは何でも良いのでは?
KYさんへ
>→死刑賛成論者は罪人だ。
>→死刑を望むような病んだ心は再教育されなければならない。
とまでは言っていないですよね。
KYさんにとっては「言われたも同然」かもしれませんが、やはり売り言葉に買い言葉でなくて、冷静にいきませんか?
ましてや
>イヤな奴に死んでしまえと思うことも許されない。そんな世界なんて・・・。
というのは、死刑反対派にとっては、まだ「そんな世界」にはなっていませんし。
だって、「許されない」っていうのは、死刑賛成って言っただけで逮捕されちゃう世界ってことです。
まだ「死刑賛成!」って声高々にいえるのですから、大丈夫ですよ。
死刑反対派から冷たい視線を投げかけられるだけですもの。
ただし、「生きさせろ!」と歩くと、逮捕されちゃう世の中なので、気をつけないといけないのは確かです。
一つ質問
『代わりに終身刑を創設し死刑を無くす。もしくは代替刑を創設してから死刑の是非を問う』
と主張される方が死刑廃止論者には皆無に近いと思いますが
>必殺通行人さん
「死刑廃止」というカテゴリーの記事、読んでないですよね。
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-category-4.html
今回のあなたのコメントに対しては、中でもこの二つを。
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-743.html
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-858.html
> 以前にも訊いたと思うのですが、死刑廃止を訴えるのは人それぞれの考えなので構わないと思うが、『死刑に代わる刑』について何も主張されないのは何故ですか?
死刑に替わる刑、って「仮釈放のない終身刑」のことでしょうか。(それとも、ほかに何かありますか?)
もし「仮釈放のない終身刑」のことをおっしゃっているのなら、上にリンクした二つの記事がそれへの答えです。現行の終身刑が「仮釈放のない終身刑」になっている現実を踏まえれば、「死刑に替わる刑」を新たに創設する必要は薄い、もしくは無い、と思います。
必要なのは、まっとうに働けばぜいたくはできなくとも一生安心して暮らせる社会を作ること、そのような社会を作れる考え方をはぐくむ民主的教育を行なうこと、社会の中に連帯感をはぐくむこと、犯罪被害者やその遺族への精神的ケア、経済的支援を充実させることです。
> 『代わりに終身刑を創設し死刑を無くす。もしくは代替刑を創設してから死刑の是非を問う』
> と主張される方が死刑廃止論者には皆無に近いと思いますが
皆無どころか、国会議員の中の死刑廃止派の中に「仮釈放無しの終身刑を創設する」という議連に参加する動きがあることは上にリンクした二つの記事で触れました。
もっとも、その議連は死刑維持派も加わっていますから、先行きは不透明だと私は思います。「死刑廃止と同時に『仮釈放無しの終身刑』を暫定的に新たに導入した後、現行の終身刑(仮釈放の可能性あり)の運用が現実には『仮釈放無しの終身刑』に近くなっていることをクローズアップして、その運用の適正化をはかり、そのうえで、新たに導入した『仮釈放無しの終身刑』を数年かけて廃止すべく法制度を整えてゆく」という方向性なら、私としては100%賛成ではないものの考慮の余地はあると思います。
いずれにしても、もう少し勉強してからコメントしてほしいと思いますが...。
KY
・反省刑
本人の歪んだ価値観、経験不足、知識不足、共感する力の不足、などを徹底的に親身になって補い、普通の文化的な一般生活を送ることのできる教養と知性と理性と道徳を養うまで徹底的に教育する。
→そして「まとも」どころかさらに高いレベルに達した受刑者に、今度はその自分の理性によって自分の犯した取り返しのつかない犯罪について真摯に、徹底的に、完全な論理的結論が出るまで反省させる。
→そして反省したのなら罪を感じて死ね、と言いがちな社会に対しても、自死以外の方法で自分がどのように自分の犯した犯罪に対して責任を取り、どのように罪の償いをするのかを論理的かつ理性的に、相手の納得が得られるように穏やかに話すことができるようになるまで徳育を施す。
→そして出所の暁には、それまでに培った罪の真の意味での反省と贖罪を実行すること。
以上
んー、いっそ死刑にして世界から解放してやるほうがよほど優しい気が・・・(笑)。
おや?
もう一度
『何故死刑廃止だけを先に訴え、終身刑創設の方は力を入れないのか?』
あなたのブログで見た記憶が無いのは気のせいですか?
筋道として終身刑創設してから代替刑ができたから死刑を廃止しよう、という論調なら死刑存続派も理解しやすいと思いますが、そのような論調は見たこと無いのは何故?
なのに、もっと勉強しろと言われてもねぇ(笑)
少なくとも『不都合なコメントは表に出さない』って事をしている方が他人に言える台詞なんですか?
>必殺通行人さん
消してませんよ。コミュニケーションしがたい粘着質な人だと判断したので対話は無意味だと思っただけで。
> 『何故死刑廃止だけを先に訴え、終身刑創設の方は力を入れないのか?』
力を入れている国会議員たちはすでにいる、って言っています。私の意見は、現在の無期懲役が事実上の終身刑となっているから、そのうえにあえて仮釈放のない終身刑を創設する必要を特に感じない、という趣旨で書いていますけど。
人の言うことをまったく読まないあなたとの対話は不可能だと感じます。
意義深い死刑廃止論議
理由1 冤罪、或いは、誤った量刑判断の場合に、死刑を執行してしまうと取り返しがつかない
理由2 死刑制度が、確かに殺人犯罪を抑止しているという証拠はない。
しかしながら、それを死刑廃止以外の方法で補う事は可能であると考えます。 それは、むしろ死刑廃止以上に重要な課題と言えます。
対策1 冤罪を極力避けるために、疑わしきは罰せずという原則を徹底する。
( 現実には、日本の刑事裁判の99%が有罪になっており、これを是正する事の方が、死刑廃止よりも先に解決すべき問題でしょう。)
対策2 犯罪を抑止するための教育、啓蒙、更正施設充実、貧困撲滅の施策を強化する。
現実的には、死刑を廃止するために乗り越えなければならない壁は非常に高いと言わざるを得ません。 (世論調査で)国民の7~8割が死刑制度を支持しているのは、それなりの理由があり、それらを克服しなければ死刑廃止は出来ません。 幾つかを過剰書きにしてみると、
1. 被害者に対する相応の補償や家族などの被害感情にどう対処するのか
2. 死刑に代わる罪状(例えば、釈放の無い終身刑)を決める必要がある
3. 死刑より軽い刑も、全般的に引き下げるのか
4. いかにして、刑務所に更正施設としての機能を持たせられるのか
個人的には、特に 4.の問題は大きいと思います。 何故なら、犯罪者が罪を反省し、償う為に一生懲役に服すという「人間の更正」が出来ないのなら、何のための死刑廃止なのかということになるからです。
>もえおじさん
ここでは一つだけお返事させていただきます。「死刑に代わる罪状(例えば、釈放の無い終身刑)を決める必要がある」かどうかです。
本文でリンクした記事の中にもありますが、現在の終身刑制度のもとで、早期の仮釈放どころか数十年間も服役している者がかなり多いという事実があります。つまり、新たに「仮釈放のない終身刑」を導入することは「最初から希望のない刑」を死刑の上に付け加えることにほかなりません。したがって、そのような刑を創設する必要性が薄いと私は思いました。現在の終身刑制度のもとで、仮釈放できるケースかどうかをきちんと吟味すればそれで十分である、という結論に私は至っています。
うおぉぉおお、やべぇ。
記事中でのリンク、ありがとうございます。
拙ブログの駄文をこのような場でご紹介いただき、光栄の限りです。
まさかこういう不意打ちを食らうとはなぁ。
……もうちょっと論理的に練り上げてから書けばよかった。
あーはずかし。
>sutehunさん
油断大敵。爆
軽々しい事は言えない問題ですね
村瀬さんにお詫びいたします。
個人的に幼女誘拐・殺人事件で有名なM君(名前は控えますね)事件に思うところがあったので、死刑判決なども読んだりもしたですが、正直な本音として自身の罪と向き合わない(向き合えないケースもですが)を本当に死という刑罰が妥当なのか?という疑問があったのは事実です。
これから刑事裁判となるものとしては、やはり秋葉原の事件も論議の的となるでしょうが、私個人の意見としては生ある限り自身が行った行為に向き合うべきという意味で「仮釈放のない終身刑」が妥当だと考えます。
実際のところ、死刑確定囚については執行されないままのケースも多く見られ、その意味において死刑が「仮釈放のない終身刑」となっているケースが見られる事も理由にあります。
もっとも国へのテロ行為に該当するもの、日本で言えばオウム真理教のサリン事件や米国で発生した連邦ビル爆破事件のような事例については、判断が出来かねます。
これについて死刑廃止を求める事は、正直厳しい気がします。
最終的にはこの国に住まう皆の判断になるでしょうが、世論合意については難しい問題があまりに多いというのが正直な本音です。
MBD
更正というのは、つまり、殺人その他犯罪を犯したおかげで自分は世間に貢献できる人間になれた、被害者はそのためのやむをえない犠牲だった、被害者より今の自分のほうが世間の役にたっている、等と犯人に言わせるに等しい行為です。
少なくとも、私が被害者とその遺族であるとしたら、そう言われているとしか思えませんね。
またまともに反論できない完璧なコメント送ってしまって済みませんね。
>MBDさん
MBDさんへ
大穴空けといてどこが完璧なんだか。
更生というのは『世間に貢献できる人間にな』ることではなく、たんに社会的常識を有した普通の人間になることである。
犯罪(この場合は過失犯を含みませんね)を行う人間にはこの常識(人を騙しちゃいけませんとか、人の物を盗んじゃいけませんとか、人の命を取っちゃいけませんとか)が共有されていないとされる。ゆえに能動的に罪を犯すわけで、これは放置できない。
しかし同時に、権利侵害は絶対に否定される。なぜならまた、それも社会的常識に反するからだ。だからこそ、更生させることでその後の虞犯要素の排除に努めることになる。
それは現行法制上、一連の刑事手続きの中でのみ行われる。犯罪行為によっては行われない。
ちょっと簡単すぎる感じもするけれど、最低限こういうことは認識してくれないと。
まぁこのコメントも消されるから意味ないんでしょうけど。
こうしてサヨの印象操作を目の当たりにしている私としては、絶対にこの人達の言うことは信じられないわけです。
もちろん更正は無理でしょうね。
ただ、割に合わないから止める、我慢するというだけで。
私自身、前科こそ無い(ただ捕まってないからではなく、犯罪を実行したことが無い)ものの、主に窃盗の誘惑に駆られることが多いですし、一旦犯罪を犯した人間が我慢や諦めだけに留まらず、さらに更正となると事実上不可能と言えるでしょうね。
そもそもこの場合の更正ってなんでしょうか?
なにがどうなれば犯罪者は更正したことになるんでしょうか?
犯罪がいけないことだと知らないとか我慢できないとか、そんなの理由にならない。
もしそれを教えこむのが更正なら、それこそ犬猫並のしつけになりますが、そんなのはあなた達の大好きな人権侵害ですよ?
>MBDさん
更生
とりあえず日本はもう少し保護観察を行っている人たちに予算とか何かつけてあげてもいいのではないかとは思うのですが、ところで海外ではここらへんはどうなってるんでしょう?
教会の持ち出し?ボランティアが盛ん?やっぱり「民度」待ち?
教育ったって「社会通念から遊離した」道徳を詰め込んだって社会に出たらぺしゃんこに叩きつぶされるでしょうし、難しい問題ですよね。
ご紹介。
http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/532264.html
韓国は昨年政権交代があったわけですが、右派の大統領、与党から、死刑復活の意見が出ているようです。私は憂慮します。
でわ。
過去、現在
社会的犯罪が起きる事に第一責任は政権を握っている側にあります。犯罪が起きないための社会環境つくりの責任を果たせていないためです。人間誰でも生れ付き犯罪者ではありません。階級的な社会の仕組みが犯罪を生み出し、格差が深化すればするほど増加と凶悪化の可能性も出て来ます。死刑制度の廃止は健康な社会つくりのための重要な第一歩に過ぎません!
私の場合は死刑制度に関してちょっと別の観点から廃止をと考えています。
殺人などの重大犯罪は同然ですが刑事罰と合わせて民事上の責務もありますよね。
主に慰謝料の事ですがなぜかこの事が軽んじられているような気がします。
人を故意にしろ過失にしろ殺めてしまった場合、莫大な慰謝料を科せられますが聞いた話ですと大半は加害者が破産宣告をしたりして言葉は悪いですがチャラになってしまってるのが現状のようです。
殺人などの重大犯罪の場合、これを出来ないような決まりを作って一生を掛けて払い続けなければならない、というようにするのはどうでしょうか?
実際数億円の慰謝料を払い続けていくのは億万長者でもない限り、まさに生き地獄のような感じではないでしょうか?
少し幼稚な考えとは思いますが、このあたりから罪を犯した人の贖罪の意識、被害者遺族の感情などみんなが納得できるような突破口があるのでは?と思うのです。
死刑にしてしまえばそれで全て終わりになってしまうのですから。
それよりも裁判員制度です。司法参加はこれもまた先進国では普通なんですけど、市民が
死刑判決だすのはめずらしいらしいです。
「それでもぼくはやってない」じゃないけど、まちがいないと本当に納得できるのか、万が一誤審だったら?背負う重荷はとても大きいです。
中国も死刑廃止の方向へ向かってますよ
中国は死刑廃止を既に決定してますよ.模範囚から次々に無期懲役刑,重労働刑,期間限定刑などへ刑罰を軽くして行くということに中央法院が決めたそうです.中国も日本同様,囚人が増えすぎて,刑務所や刑務官が足りなくなっているという事情があるらしいですけれど.
# 中国の人権うんぬんを言うのなら,まず韓国や台湾やタイの現状から述べるべきですね.
裁判員制度も死刑問題も人類普遍の原理・原則へ立ち戻る必要がある。
このような人類普遍の原理・原則を裁判所という権力機関へ突きつける国民の民主主義が裁判所の刑事司法を民主化していく人類の力としての法である。
理詰め
しかし人間には感情がある。大事な人を殺されて「被害者は死んでいるからもう人権はないが、加害者はまだ生きているのだからその人権は尊重されなければならない」などと言われて平然と納得できるような奴には心が無い。
社会は理性によって運用されるべきであり、感情は排されるべきである、というならば、新自由主義者のように法律に触れない範囲で非人道的に金儲けをする人間のことを非難できるのだろうか?
死刑を廃止する、というその前に、被害者やその遺族を救済する方策を充実させるのが先ではないのか?
(何をもって救済とするのかも含めて)
それは絶対に違う
被害者や遺族の権利や救済は解ります。ただ、それと推定無罪の話は全く別でしょう。
推定無罪が有名無実化すれば民主主義国家ではありません。
推定無罪を理詰めで押し通すのは、
心が無いとか意味が分かりません。
もし私が自分の身内を殺されたら、犯人にはひと思いには死んで欲しくないですなあ。一生かけてでも自分の犯した罪の重さを理解してもらわないと。
と、そのために更生教育ってものがあるわけで(ま、本当に更生したのかどうかが問われる事にもなるわけで、その辺は催眠術でも心理探査でもなんでもやって、更生が本物かきっちり調べていただきたいですが)。
あと、時折「死刑になりたくて犯罪を犯した」という輩が出てきますが、そういう犯人の存在を死刑賛成派の人はどう捉えてるんでしょう?
死刑の密行主義は改められるべきではないですか?
死刑にも可視化を求めていくべきではないですか?
せめて刑場の一般公開だけでも実現してほしいです。
死刑の現場を自分の目で見る、それが正義の名の下に命を奪うと言う制度をもつ国の、犯罪者の命を絶つことで安心を享受しようとする国の住民としての責務だと私は思うのです。
廃止か存置かは、その次のステップだと思うのですよ。
汚れ役を他者に推しつけるのではなく
国民の9割近くが死刑制度を支持しているといわれる日本。裁判員制度も施行されて1年です。量刑として死刑が選択される時もいずれ訪れるでしょう。
直接に実際に「死刑」を知っている人がどれほどいるでしょうか。
自分自身が量刑選択し、死刑執行命令書に判を押し、死刑囚に「お迎えだよ」と言い、刑場へ連れ出し、死刑囚の首に縄をかけ、遺体となった死刑囚を降ろし、眼も舌も飛び出、糞尿にまみれた死刑囚の始末をする、その一つでも経験したうえで死刑賛成と言っている人がどれほどいるでしょうか。
刑場は壮絶な場ではありますが、しかし、加賀乙彦氏は「死刑の苦痛の最たるものは、死刑執行前に独房のなかで感じるものなのである。死刑囚の過半数が、動物の状態に自分を退行させる拘禁ノイローゼにかかっている。彼らは拘禁ノイローゼになってやっと耐えるほどのひどい恐怖と精神の苦痛を強いられている。これが、残虐な刑罰でなくて何であろう」と言います。
死刑制度と裁判員制度との関連から、
「死刑とは何か~刑場の周縁から」http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/itami.htm
をご紹介します。
刑務所見学ツアーも必要
刑罰は死刑だけはありません。
懲役、禁固の現場を自分の目で見る、それが正義の名の下に人の自由を奪うと言う制度をもつ国の、犯罪者の自由を奪うことで安心を享受しようとする国の住民としての責務でしょう。
被害者遺族保護視点からの死刑廃止論
「殺す人間の世界は広がらない。必ず閉じていく。」
死刑について考える時、私がどうしても離れられないのが「光市母子殺害事件」である。
ニュースステーションで初めて見た本村洋氏は、殆ど殺人予告と受け取られかねない発言をしていた。世の中には感動した人も多かったようだが、私は「事件が人を鬼に変えてしまった」と、ただ悲しかった。
それから十数年。彼は考えを更に進めて、今は死刑を勝ち取る闘いを続けている。「死刑を勝ち取る闘い」とは、何をどう言い繕ったところで、「国に被告を殺させる」闘い、つまり「国の力で被告を殺す」ための闘いである。
初めて知った日から今日まで、本村氏を好きだと思った事は一度もない。
ただそれでも、ずっと変わらずに存在する、否定しきれない感情が私にはある。
・・・彼に、被告を殺させたくない。
被害者遺族は、殺してはいけない。
国は殺す/殺さないという選択を被害者遺族にさせてはならない。
本村氏のこころを、国の秩序を維持するための生贄にすることなど、あってはならないことなのだ。
本村氏が今の闘い方を自ら止めた時、私は、「もとむらさんよかったあ」ときっと思うんだろう。そのくらいには好きなのかも知れない。なかなか認めづらいものではあるけれど。
そう
我々はこれ以上テロリストにテロを起こさせたくはない。イスラエルの存在を認め、パレスティナを独立させる。国連が最初に定めた分割で妥協する。
光市事件と弁護士懲戒請求最高裁判決
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/e251a21f39f9bf7f5630d29db690837c
問題発言
法相のふざけた妄言
日本は、検察が妄想で犯人だと決めて起訴した事件に対する有罪率が99%、こんなことは絶対にありえません。この数字は裁判所が事件を公正に審査せず、いかに検察の起訴事実にのみ追従しているかをあらわしています。東電社員殺害事件でろくに審査することもなく、短期間のうちに当初から有罪ありきの姿勢で有罪判決を下した高裁、それを支持した最高裁の姿勢をみても明らかです。
そもそも「検察や裁判所が大がかりな国家の力で捜査し裁判に結びつけ死刑判決を下していた」多くの国で死刑が廃止されているのです。
にもかかわらず、死刑の執行を正当化するための滝実法相のふざけた妄言にはただただ閉口させられるばかりです。
国連総会の死刑執行の停止決議案採択を歓迎する
これで4回目の決議案の採択ですが、今回は今までで最多の111カ国が賛成し、回を重ねるごとに賛成国が増えています。
日本は案の定、決議案に反対した数少ない国となりました。
死刑制度の廃止は、世界の潮流というよりもはや常識になりつつあります。
非人道的で、残虐で野蛮、突極の人権侵害以外の何物でもない死刑制度は、21世紀においてもはや存在余地がない制度であることは明らかです。
破綻した根拠を持ち出す谷垣法相
死刑制度が必要だと思う根拠、理由を述べていますが、これらは死刑を正当化する理由にはならないという国際社会の結論がすでに出されています。死刑執行を正当化するために破綻済の根拠、理由を持ち出すのですからただただ閉口させられるばかりです。
死刑の廃止はもはや世界の常識となり、今年10月には国連人権理事会の定期審査で、多くの国から日本は死刑を見直すように勧告を受けています。
にもかかわらず、これに逆らうかのように死刑判決を乱発し、死刑執行の加速に固執していても、日本は「突極の人権侵害が行われている国」「残虐で野蛮な非人道的な国」だということを世界にさらけ出す以外の何物でもありません。
「国連が何だ!」「日本は日本だ!」などと叫んでいても、世界の視点にたつと「井の中の蛙」「独り善がり」以外の何物でもありません。
2013年9月12日の死刑執行に強く抗議する
死刑制度が突極の人権侵害以外の何物でもないことが明らかになり、国連総会は死刑廃止を決議、それを無視してベルトコンベア式大量処刑を続ける日本は国連の条約諸機関から度重なる勧告を受けています。
死刑の執行を行えば国際社会から日本への批判が起こるのは目に見えているため、五輪の開催に配慮して東京がオリンピックの開催都市に決定した直後に計画的に死刑を執行。
こういったきたない手法は、非民主的な独裁国家が用いる手法です。
そういうと戦前レジームの安部内閣も民主主義とは対極の価値観の内閣です。
まったくもって、「最低」!「卑劣」!ことをやってくれます。
訂正(脱字一字あり)
まったくもって、「最低」!「卑劣」!なことをやってくれます。
です。
「な」が抜けていました訂正します。
それにしても、安部首相の外遊が終わり、オリンピックの東京招致が確定し、諸外国から批判を受けにくい時期を恣意的に選んで死刑を執行、独裁国家が用いる手法そのものです。
これは国家による犯罪行為だ
強く抗議したいと思います。
今回死刑が執行された2名のうち1名は、死刑確定から1年4ヶ月しか経過しておらず再審を準備中。
もう1名は過去に5回も再審請求を行い、いずれも棄却、年明けには再審請求を予定。
再審請求されないうちに、恣意的に死刑の執行が行われたことが明白です。
ちなみに、日本では、再審請求をしてもまともに審査されず、最初から再審請求棄却ありきの不当行為が横行しています。
いずれも、死刑存置国であっても死刑の執行が見送られるべきケースでした。
これは、死刑執行というより、国家殺人であり、国家による犯罪行為そのものです。
さらに2人とも同じ境遇に育っても犯罪を犯さないと自信を持って言える人が果たしているのか?といわれる不遇な生い立ちの過去を持っています。
量刑を判断する際には、生育歴への判断は当然必要です。
「不遇な生い立ちでも立派になっている人がいる」などといった強者の論理、ふざけた暴論を主張し、結果だけで量刑を判断するようでは、それは近代司法とはいえず、奉行所のお裁き、リンチ以外の何ものでもありません。
谷垣法相による最低、卑劣な行為
強く抗議したいと思います。
法相を退く谷垣が内閣改造前に駆け込み的に死刑を執行、執行の責任を追及できない時期をあえて選んだ最低、卑劣な行為そのものです。
また、今回執行された2人は、いずれも再審準備中であり、再審の機会を恣意的に奪うといった国家による犯罪行為そのものです。
それにしても、わずか1年8ヶ月の間に11人の死刑を執行にしたのですから、例の鳩ポッポ法相と同じく、異常な血が流れている人間としかいいようがありません。
まあ、そういった人間だから死刑執行に血道を挙げる日本軍国主義者「安部晋三」が法相に選んだのでしょう。
ともかく死刑廃止が世界の常識となる中、非人道的で残忍で野蛮な死刑執行を加速させる日本に対して、国連、EUをはじめとする民主主義国、各人権団体は、批判の声を挙げ続けなければいけません。
「死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議案の採択を歓迎する
今回で5回目の採択ですが、過去最高である117カ国の賛成によって採択、毎回賛成国が増えています。
世界の進歩、人類の進歩によって導き出されたこの採択を歓迎したいと思います。
誠に残念ながら、日本はといえば案の定、決議案に反対。
マスコミはといえば、こういった重大なニュースを全く報じません。
世界の進歩に逆行し、「死刑大国」「監獄国家」化を推進する政府。
それを支えるマスコミといった構図が浮かび上がります。
官民一体となって国際社会に日本の恥をさらけ出すこういった行為には、ただただ閉口させられるばかりです。
米ネブラスカ州の死刑廃止を歓迎する
保守反動的な州知事の妨害があったにもかかわらず、見事にこれを覆した州議会の英断に敬意を表すると共に、ネブラスカ州が死刑廃止州の仲間入りを果たしたことを心から歓迎したいと思います。
国家犯罪(国の行う人殺し)、突極の人権侵害でしかない死刑制度。
先進国で存置している国は、日本とアメリカの一部の州だけになりました
死刑を存置する他の州もネブラスカ州にならい、死刑制度廃止の英断を!
そしてアメリカも死刑廃止国の仲間入りを!
2015年6月25日の死刑執行に強く抗議する
死刑が執行された神田司さんは再審を準備中、しかしその再審準備を妨害するといった司法の犯罪が行われました。
また、一審の審理しか受けておらず、控訴取り下げも事情を考えると無効そのものです。
上川法相が語っているように「裁判所の十分に審理を経た上で死刑が確定」などお世辞にも言えません。
死刑廃止がもはや世界の常識となり、国際社会が死刑廃止を求める中、それをわざわらうかのように行われた今回の死刑執行に強く抗議します。
6回目の国連総会の死刑執行の停止決議案採択を歓迎する
2007年に1回目の採決が行われて以来、今回で6回目の採択です。
世界の進歩、人類の進歩によって導き出されたこの採択を歓迎したいと思います。
1945年に国連が創立された当時は加盟国51のうち、廃止国はわずか8カ国でした。
しかし、その後多くの国で廃止され、現在は193加盟国のうち2015年には全体の88%にあたる169カ国が死刑の執行は行っていません。
それは人類が死刑制度が誤った制度であることに気が付いたから、世界は死刑廃止へと向かうのです。
しかし、誠に残念ながら、日本はといえば相も変わらず決議案に反対。
マスコミはといえば、相も変わらずこういった重大なニュースを全く報じません。
世界の進歩に逆行し、「死刑大国」「監獄国家」化を推進する政府。
それを支えるマスコミ。
官民一体となって国際社会に日本の恥をさらけ出しているということをいいかげん自覚すべきです。
2017年7月13日の死刑執行に強く抗議する
心より歓迎したいと思います。
世界が最も残虐で非人道的な刑罰である死刑廃止へと向かう中で、日本では7月13日、西川正勝さんと住田紘一さんに死刑の執行が行われました。
8月上旬に内閣改造が予定されているこの時期の執行は、執行の責任追及を逃れるための例によって例のごとく駆け込み執行そのものであり、強く抗議します。
西川正勝さんは再審請求中。
住田紘一さんは1審の裁判しか受けていません。
今回の死刑執行は公正な裁判を受ける権利を確保するという観点が全く見られず、人命を軽視する安倍政権の姿勢そのものです。
安倍政権下での処刑はこれで29名となり、いかに人命を顧みない冷酷な政権であるかを示しています。
僕の父は母を殺した
事実を受け入れられない大山寛人さんは非行に走り,自殺未遂を繰り返しました。
父の死刑判決をきっかけに3年半ぶりに父子は面会し,親子のきずなを取戻しました。
しかし,2011年6月7日に最高裁は死刑判決を下し,死刑が確定しました。
「被害者遺族」と言っても,置かれた立場や境遇,状況は一人ひとり違い,加害者に対する思いも同じであるとは限りません。
大山寛人さんの父を死刑にすることが,大山さんにとってよいことと言えるでしょうか。
大山寛人さんが父の死刑を願っているとは思えません。
平成28年犯罪白書によると,殺人事件における被害者と被疑者の関係では,親族間が52.4%とトップを占めています。
とてもつらいことですが,死刑囚が死刑になっても,被害者遺族が亡くなった人と同じ時間を過ごすことはできません。
死刑囚が死刑になったのに,何ひとつ変わらなかったと言っている遺族もいます。
死刑囚が死刑になったからと言って,亡くなった娘が喜んでくれているとは思えない,と言っている遺族もいます。
1794年7月17日,フランス革命の嵐がまだおさまらないときに,コンピエーニュで16人のカルメル会修道女が断頭台で命を落としました。政府から棄教を迫られたのですが,これを断り殉教の道を歩みました。彼女たちは,神にフランス国家の罪に対する贖いとして命を捧げました。
プーランクのオペラ「カルメル会修道女の対話」では,修道女全員が「サルヴェ・レジーナ」を歌うわけですが,一人ひとり断頭台に上るため,歌声はだんだん小さくなり,最後は歌声が絶えてしまいます。
シャリーンというギロチンの刃が滑り落ちる音,ドサッと切断されて頭部が台に落ちて跳ね返る音,これらがオペラに盛り込まれています。
死刑を賛成する日本人の8割に人たちに,ぜひこのオペラを味わってほしいものです。それでも死刑に賛成しますか?
復讐するは我にあり
グアテマラは法律上または事実上死刑を廃止した国としては142番目となります。ただし,軍法においては依然として死刑が残っています。
2017年12月17日まで上野の森美術館で開催されている「怖い絵展」が大人気です。そのなかで特に注目を集めているのは,ポール・ドラロッシュの「レディ・ジェーン・グレイの処刑」だそうです。
ジェーン・グレイはヘンリー8世の妹の孫にあたり,ギリシャ語はもちろん,ラテン語でも聖書を読むことができた聡明な女性でした。権力闘争に巻き込まれイングランド初の女王に就任しますが,反逆罪の汚名を着せられ,9日間で廃位され,7ヶ月後にはブラッディ・メアリ(メアリ1世:女子供を含む300人以上のプロテスタント信者を処刑)から,プロテスタントからカトリックへの改宗を迫られますが,これを拒否したため斬首されました。享年は16歳でした。
絵では,真っ白なドレスを着て目隠しをされたジェーン・グレイが自分の首を載せる処刑台を手さぐりしている,という悲痛なシーンが描かれています。日本人の役者による演劇「9Days Queen」もあり,ジェーン・グレイを堀北真希さんが演じています。
さきごろ,シャロン・テートさん事件の首謀者だったチャールズ・マンソンが老衰のため83歳で獄中で死亡しました。
「羊たちの沈黙」のモデルとなったFBI心理分析官のロバート・k・ケスラー氏は次のように言っています。
「フロリダ州はテッド・バンディを処刑するのに7,800万ドルを費やしたが,この金を使ってバンディやケンパー,ゲイシー,バーコウィッツ,ダーマーのような反社会的人間を調査し研究するための法刑罰施設を設立したほうが有意義だったのではないか。死刑は凶悪犯罪を抑止するものではないという点で,犯罪学者の意見は一致している。それは単に被害者の遺族や一般社会の復讐心を満足させるだけだ。」
連続殺人を取り扱ったレスラー氏の発言だけに重みがあります。
復讐という感情によってしか存在意義を説明できない(ブラッディ・メアリにとっては,言うことを聞かない者を物理的に排除,見せしめ)制度というものは,はたして文明国の到達点と言えるでしょうか。
愛する者よ,自ら復讐すな。ただ神の怒りに任せまつれ。録して,「主いひ給ふ,復讐するは我にあり,我これに報いん」とあり。(ローマ人への手紙第12章第19節)
これは国家殺人だ!
強く抗議します。
今回は2人とも再審請求中。
再審請求中の執行は、たとえ死刑存置国であっても許されてはならないのは明らかです。
まして、検察が起訴した事件の有罪率が99%の冤罪大国日本です。
さらに関光彦さんは、犯行当時19歳の少年。
まだ成長過程にあり更生の可能性のある少年への執行は少年法の精神にも接触し、北京ルールズにも違反しています。
上川法相が言うように「慎重な検討を加えて執行した」
などとはお世辞にも言えません。
今回の執行は年末の帳尻合わせの駆け込み執行であり、冤罪、部分冤罪の可能性が大の再審請求中であっても、事件当時精神的に未熟だった少年であっても手当たり次第に執行するといったことを内外にアピールする国家殺人そのものです。
死刑廃止が世界の常識となる中で、あくまでも死刑執行に固執続ける日本。
国際社会に生きる権利を顧みない国だということをされけ出していることを心すべきです。
これは国家殺人だ!
強く抗議します。
今回は2人とも再審請求中。
再審請求中の執行は、たとえ死刑存置国であっても許されてはならないのは明らかです。
まして、検察が起訴した事件の有罪率が99%の冤罪大国日本です。
さらに関光彦さんは、犯行当時19歳の少年。
まだ成長過程にあり更生の可能性のある少年への執行は少年法の精神にも接触し、北京ルールズにも違反しています。
上川法相が言うように「慎重な検討を加えて執行した」
などとはお世辞にも言えません。
今回の執行は年末の帳尻合わせの駆け込み執行であり、冤罪、部分冤罪の可能性が大の再審請求中であっても、事件当時精神的に未熟だった少年であっても手当たり次第に執行するといったことを内外にアピールする国家殺人そのものです。
死刑廃止が世界の常識となる中で、あくまでも死刑執行に固執続ける日本。
国際社会に生きる権利を顧みない国だということをされけ出していることを心すべきです。
ベアトリーチェ・チェンチ
10代の娘と性行為をしたなどとして,監護者性交等罪と監護者わいせつ罪に問われた上越地方に住む被告の男の初公判が10日,地裁高田支部であり,検察側は懲役6年を求刑した。判決は2月7日。
この記事を読んで私はベアトリーチェ・チェンチを思い出しました。
ベアトリーチェは名門貴族のチェンチ家に生まれました。寄宿舎生活を終えて家に帰ったとろ,実父フランチェスコに乱暴され,処女を奪われました。15歳ころのことです。その後も長い間,父から性的虐待を受けました。父は他の家族にも暴力をふるいました。
父は問題を起こして逮捕されても。有力貴族であることから簡単に釈放されました。
ベアトリーチェは虐待を受けていることを警察に告発しましたが,警察は動いてくれませんでした。
父はベアチーチェが警察に告発したことを知りました。
切羽つまったベアトリーチェは家族とともに父の殺害を企てます。
麻薬を飲ませ,家族全員が金槌で殴り,ベランダから投げ落として父を殺害しました。
ベアトリーチェの恋人は拷問を受けても口を割らず,そのまま亡くなりました。
1599年9月11日,サンタンジェロ広場でチェンチ一族が処刑されました。一家で凶暴暴虐で淫蕩な父を殺したとして,兄のジャコモが四つ裂きで処刑された後,継母ルクレツィア,ベアトリーチェの順番に斬首が行われました。
ベアトリーチェはたいへんに美しい人で,父がどれほどひどい人間であるか広く知られていたので,ローマ中の人々はみな同情しました。
ところが当時のローマ教皇はチェンチ家の財産を没収できるということで,この処刑には積極的に賛成しました。
その結果,処刑が行われたのです。
ベアトリーチェの享年は22歳でした。
「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」という絵があります。
ゲーテが「神のごとき天才」と評したグイド・レーニの作と言われてきましたが,最近では他の画家が描いたのではないかと言われています。
ターバンを頭に巻いて,処刑前の悲しそうな微笑を見せて振り向いた若い女性の肖像画です。
ターバンは斧を振り下ろすときに髪の毛で滑らないようにするためのものです。
フェルメールの「真珠の首飾りの少女(青いターバンの少女)」は,この絵からヒントを得たと言われています。ターバンを巻いて,ちょっと振り向いたポーズはまったく一緒です。
カラヴァッジョもベアトリーチェをモデルにした絵を描きたかったようですが,それはかなわず,処刑の現場を見て,「ホロフェルネスを斬首するユーディット」を描いたのではないかと言われています。
人を殺害するのはよくないことです。でもベアトリーチェには他にどのような選択肢があったでしょうか。
人を殺害した者は,その命を代償として差し出さなくてはいけないという人間界の掟はどうにも無慈悲です。
やっぱり死刑はない方がいい。
ベアトリーチェの処刑を考えると,つくずくそう思います。
オウム事件の裁判が終結するやいなや
裁判が終わるやいなや、マスコミは13人の死刑執行に焦点が移った。
死刑執行の順番は?
などと人命をもてあそび、突極の人権侵害である死刑執行を煽っています。
再審請求中の人もいるというのに。
今や死刑制度は誤った過去の遺物となり、死刑廃止はもはや世界の常識となっています。
数少ない死刑存置国である日本は、国連の条約諸機関やEU、各種人権団体から死刑制度を廃止するように度重なる勧告を受けています。
本来ならば死刑執行の停止、そして廃止を呼びかけるのが健全なマスコミの姿ではないでしょうか。
にもかかわらず、官民一体となって「死刑大国」「監獄国家」化を推進する姿にはただただ閉口させられるばかりです。
※2017/12/24(22:15)のコメント、一番下の段に誤字が一字ありました。
「されけ出している」ではなく「さらけ出している」の誤りです。
訂正します。
2017年12月19日の死刑執行について法務省が一部開示した文書は、執行理由等多くは黒塗りにされていたそうです。
再審請求中の不当な執行等々、やましいことが多々あるから黒塗りにしたのは明らかです。
袴田巌さんに再審決定を
逮捕から50年,捏造されたと思える証拠に基ずく不当な裁判開始から50年が経過しました。袴田さんは高齢の上,長年の拘禁生活で精神の病を患っています。
袴田さんは,1968年に死刑判決を受けて2014年3月に釈放されるまで,46年間独居房に入れられていました。これは,死刑囚としては世界で最も長い投獄です。弁護士の立ち会いのないまま,20日間取り調べを受け,自白したとっされました。しかし,袴田さんは公判で,20日間の警察での取り調べ中に暴行や脅迫を受け,自白を強いられたとして,自白を撤回しました。
今回の東京高等裁判所の決定には,世界も憂慮しました。日本は何という国なのだろう,と。
弁護団が特別抗告をしたならば,ただちに審理を開始すべきです。
苦悩する裁判官
冤罪だとすでに分かっているのに,袴田さんを拘置所から出してあげられないことが何よりも辛かったです。わたしの自宅には「死ね」などの言葉を書きなぐったファクスが届いたこともあります。2014年3月,再審請求が認められ,裁判官の「拘置をこれ以上継続することは,耐え難いほど正義に反する状況と言わざるを得ない。一刻も袴田の身柄を解放すべきである」の言葉と共に,袴田さんが拘置所から出てきたときは,本当に嬉しかったです。「巌さん,生きていてくれてありがとう」と心から思いました。
キリスト教界からの反応としては,署名活動を一緒にしてくださったり,祈りで支えてくださったり熱心に応援してくれる人もいらっしゃいました。一方で,誹謗中傷もありました。「おかみが間違ったことをするわけがないでしょう」と言って,署名に協力してくださらない方にお会いしたときは,本当に辛かったです。「泣く人と共に泣きなさい」(ローマ人への手紙12章15節)にあるように,弱き者に寄り添うのがクリスチャンではないでしょうか。
静岡地裁で裁判を担当した熊本典道元裁判官は,一審を担当した3人の裁判官のうちの1人でした。3人のうち2人は袴田さんを有罪にしましたが,熊本さんだけは当初から無罪の心証を持っていました,心にもない死刑判決を書いたことを悔やみ,判決から7カ月後には裁判官をおやめになったそうです。その後,弁護士になられたようですが,「わたしは,一人の人間を殺したんだ」という良心の呵責に耐えきれず,酒を浴びるように飲み,すさんだ生活を送ったこともありました。自死を考えたこともあったと聞いています。2007年に,熊本さんは当初から無罪の心証をもっていたことを告白しました。
「少しでも袴田さんの気持ちに近ずきたい」と,療養中のご自宅でジュード・ピリスップレ神父から洗礼を受けられました。受洗後に,「袴田さんの気持ちに近ずけましたか?」と尋ねると,涙を流して,「はい」と大きく頷いたそうです。袴田さんを通して,一人の人が救われた瞬間でした。熊本さんは現在,入院しながらの闘病生活を送っていらっしゃいます。
以上,KriShinからの引用おわり。
袴田巌さんには一刻も早い再審が開始されるべきです。
冤罪で処刑してしまえば取りかえしがつかない死刑は,廃止すべきです。
心にもない死刑判決を書いて自死さえ考えるほど苦悩した熊本元裁判官の思いを知るべきです。
和歌山カレー事件20年
この事件で容疑者として逮捕された林真須美容疑者。
彼女には動機はなく、自白はなく、物証もありません。
本来なら無罪になって当然のケースです。
にもかかわらず死刑判決が確定。
再審請求も棄却。
「恐ろしい!」の一語です。
(日本は検察が起訴した事件の有罪率が99%の冤罪大国です)
本来なら無罪を求めて国民が声をあげなくてはいけないはずですが、何と!ネット上では「殺せ!殺せ!」の大合唱が飛び交っています。
「狂気の沙汰」とはこのことです。
こういった世相の国だから、日本は誤った過去の遺物となった死刑制度を廃止できないばかりか、非人道的な死刑大国への道を驀進するのかも知れません。
教皇,「カテキズム」中の死刑に関する項目改訂を承認
2267項の改訂版の暫定訳は,以下の通りです。
2267 合法的な行政機関が,公正な裁判に従い死刑を用いることは長年,特 定の重大犯罪に対する適切な対応であり,たとえ極端であっても,共通善を守 るための手段として受け入れられると考えられてきました。しかしながら,今 日,たとえ非常に重大な罪を犯したあとであっても人間の尊厳は失われないと いう意識がますます高まっています。加えて,国家が科す刑罰の意義に関し て,新たな理解が現れてきています。最後に,より効果的な拘留システムが発 展してきており,それによって四民の安全を適正に確保することができます が,同時に,犯罪者から罪を償う可能性を決定的に奪うことはありません。
これらの結果として教会は,福音の光に照らして次のように教えます。「死 刑は認められません。それは人間の不可侵性と尊厳への攻撃だからです」。さ らに教会は全世界での死刑廃止のために決然と働きます。
また,同項目のこれまでの文章は次の通りです。
2267 教会の伝統的な教えによれば,違反者の身元や責任が完全に確認され た場合,それが不当な侵犯者から効果的に人命を守ることが可能な唯一の道で あるならば,死刑を科すことも排除されていません。
攻撃する者に対して血を流さずにすむ手段で人命を守ることができ,また公 共の秩序と人々の安全を守ることができるのであれば,公権の発動はそのよう な手段に限定されるべきです。そのような手段は,公共善の具体的な状況に いっそうよく合致するからであり,人間の尊厳にいっそうかなうからです。
実際,今日では,国家が犯罪を効果的に防ぎ,償いの機会を罪びとから決定 的に取り上げることなしに罪びとがそれ以上罪を犯さないようにすることが可 能になってきたので,死刑執行が絶対に必要とされる事例は,「皆無ではない にしても非常にまれなことになりました」。
以上,カトリック中央協議会のHPからの引用終わり。
このように見ていくと,カトリック教会は,死刑は人間の不可侵性と尊厳へ の攻撃であり,けっして両立しないものとして,死刑廃止に向けて,より一歩 踏み込んだ形で全世界に呼びかけていることが分かります。
カトリック教会の教理問答改定を歓迎する
全世界での死刑制度廃止に向けて、教会が「確固たる態度をとる」と表明しています。
ローマ法王庁、ローマ法王フランシスコの英断に敬意を表すると共に、今回の英断を大いに歓迎したいと思います。
マレーシア政府が死刑に関わる歴史的な方針転換を発表
同国は,この7月,死刑の執行を停止すると宣言していました。
全面死刑廃止法案の審議が10月15日から始まるとのことです。
麻薬の持ち込みや所持だけで死刑を科してきたマレーシアが死刑廃止に動きだしたというのは意外でした。「あのマレーシアが」という気持ちです。
10月10日現在,死刑制度を廃止した国は106カ国で,マレーシアを含めると
107カ国になります。
ベアトリーチェ・チェンチ(1577~1599)の悲劇を描いた,スタンダールの「チェンチ一族」という作品があります。
これを下敷きにして,久生十蘭(ひさお じゅうらん,「鈴木主水」で直木賞を受賞)は時代を後白河法皇時代の平安時代に物語を設定します。
小説の一部を引用します。
「後白川法皇の院政中,京の賀茂がわらでめずらしい死刑が行われた。
大宝律には,笞,杖,徒,流,死と五刑が規定されているが,聖武天皇以来,代々の天皇はみな熱心な仏教の帰依者で,仏法尊信のあまり刑をすこしでも軽くしてやることをこのうえもない功徳だとして,とりわけ死んだものは二度と生かされぬというご趣意から,大赦とか,常赦とか,さまざまな恩典をつくって特赦を行うのが例であった。・・・・・・・・また強盗が人を殺して物を奪うと,偸
盗の事実だけを対象にして刑を科し,殺したほうの罪は主罪に包摂させてしまう。法文は法文として,この時代には実際において死刑というものは存在しなかったのである。」
810年の薬子の変で藤原仲成が処刑された後,1156年の保元の乱で源為義が処刑されるまでのおよそ350年間日本には公的には死刑が執行されなかったとされています。
その理由としては,
1 死が穢れていると思われたこと。
2 仏教思想の影響(特に天皇の仏教への帰依)
3 怨霊思想への恐怖
が一般的には説明されているようです。
「無月物語」では中納言の藤原泰文を殺害教唆したとして,後妻の公子(きんこ・35歳)と末娘の花世(はなよ・16歳)が処刑されます。
近代でも,1990年から1992年まで日本では死刑が執行されない時期がありました。
日本も昔に帰って死刑の執行を停止し,廃止すべきときが来ていると思います。
死刑囚の遺書・遺言
「フランチェスコ・チェンチをなつかしく思い出している,わたくし,ベアトリーチェ・チェンチは肉体,感性,知性ともに健康な状態にありながら,死ななければならないことを考慮して,わたくしの死後,混乱の起こることがないよう,下記の通り,この最後の遺言状を作成し,自ら署名いたします。心の底から,敬虔な思いのたけをこめて,栄ある聖母に,神に,聖フランチェスコに,天界の法廷全体に,この遺言状を委ねさせていただきます。そして願わくは,わたくしのこの身体がサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会に埋葬されんことを。埋葬していただくからには硬貨で百スクードを教会に残します。それにて墓碑を作っていただき,残額を葬儀と寄進にあてるという条件で・・・・。この教会には別に硬貨で三千スクードを残しますが,これは教会の立っている山が崩れないよう城壁をめぐらすとか,そのほか,必要なことに使っていただきます。同時に今後,永久に毎日,サンタ礼拝堂にてわたくしの魂のためにミサをあげていただかなければなりません。この三千スクードのお金は,わたくしの聴罪司祭であり,目下はサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会においでになるアンドレア・デ・ローマ修道士様の同意なしには使っていただきたくございません」
(ベアトリーチェ・チェンチ)
また聖フランチェスコの日に,挙式を控えた独身女性八千人に八千スクードの金を分けるよう義務ずけています。これは彼女自身,家庭を営んで人並みに生きることが許されなかったことに由来する優しい衝動から来ていると理解されています。
なおスタンダールは,遺書というよりも質の高い,貴重な価値のある人間記録である,と述べています。
処刑後,憐み深い婦人数人が,斬られた姫の首に白い花の冠をかぶせました。
チェンチ一族の凄惨な処刑を目にした修道女になる日が近い18歳の娘は,着ている服を破り,身体中をかきむしって逃げ出しました。やっとのことで家に引きこもると,肉切り用の斧を右手に持ち,左手を切断し,出血多量のために亡くなりました。
「やがて来む終の日思ひ限り無き生命を思ひ微笑みて居ぬ」
(管野スガ)
「ワタシ,ニホンゴワカリマセン。アナタタチ,イマカラワタシニナニスルノ」
(陳徳通)
「池田晶子さんのところに行けるのは,この上ない幸せです」
(陸田真志)
「私は77歳ですよ。それでもあなた方は執行するんですか・・・」
(秋山芳光)
教誨師について
佐向大監督によると,大杉さんが演じるならば袈裟を着たお坊さんより聖書を手にした牧師の方が似合っていると思い,キリスト教の教誨師という設定にしたそうです。
映画を鑑賞した宮城県の川上直哉さんによると,牧師のダメなところが非常によく描かれていて驚いた,このまま成長できないで終わってしまうのかと思った,大杉さんが演じる教誨師・佐伯が成長していく話であるとのことでした。
最大限やれることとは,と佐向監督に聞かれて,川上さんは「祝福することですね。特に本人には,『あなたの人生はこれで良かったんだ』と伝えるんです。『あなたがしたことの責任は神様が何とかしてくれる。あなたの人生には意味があったし,死んでも一人ぼっちにはならない』と,答えました。
ベアトリーチェ・チェンチの時代にも,黒い頭巾を被った異様な風体のミゼリコルディア信心会の会員が死刑囚を慰め,処刑場まで先導しました。
免田栄さんによると,「あそこに入ってくる教誨師というのはほとんど,安心して死を受け入れるための説教に来るんですよ」とのことです。
冤罪の人にとってみれば,教誨師はむしろ憎むべき存在なのかも知れないと対談者が話したところ,免田さんは再審の存在を教えてくれたのはカナダの神父だったが,外国の方だからそういうことを言えたんでしょう,日本の牧師さんやお寺さんではとても無理ですよ。日本の宗教はキリスト教においてさえ,因果応報説をとりますからね,と答えました。
免田さんの第6次再審請求が認められて裁判が開かれる2か月くらい前に,福岡の有名な教誨師が「免田さん,あなた再審は諦めてくれ。世の中はすべて因果応報なんだ。あなたは現世で死刑になって生まれる運命を背負うて生まれてきたのだから,素直にそれを負うていかなければ,あなたの兄弟,友人,知人すべてが救われなくなる。潔く諦めて刑に服してくれ」と言いました。
免田さんは頭にきたので,次の週に教誨師が来た時に聞いたそうです。「先生は私にこういうことを言われたけれども,では例えば先生が今日交通事故に遭われたとする,そしたら運命だと思って諦めて死にますか」と。そしたら「いや,病院に行きますよ」と彼は答えた。「それじゃ私に言っていることと違うじゃないですか」と言ったら,首をかしげて「そうですかねぇ」ときた。自分が他人に説いていることが自分のところに帰ってくると,とたんに分からなくなる,それが日本の坊さんですよ!,と免田さんが憤って話しました。
教誨師というものを通じて死刑を考えてみることもよいのではないかと思います。
7回目の国連総会の死刑執行の停止決議案採択を歓迎する
2007年に1回目の採決が行われて以来、今回で7回目の採択で、今までで最多の121カ国の賛成で採択されました。
世界の進歩、人類の進歩によって導き出されたこの採択を心より歓迎したいと思います。
しかし、誠に残念ながら、日本はといえば相も変わらず決議案に反対。
国際社会でますます孤立の度合いを深めることになりました。
マスコミはといえば、相も変わらずこういった重大なニュースを全く報じません。
今年15名もの大量死刑執行を行い、世界の進歩に逆行し、「死刑大国」「監獄国家」の道を驀進する政府。
それに拍手喝さいを送るマスコミ。
官民一体となって日本が突極の人権侵害が行われている非人道的な国であるということを国際社会にさらけ出しています。
映画「教誨師」を見てきました
大杉漣さん扮する佐伯牧師が手こずる宮島死刑囚という青年がいます。17人を殺害し,反省することなどまったくなく,自分の行為を正当化します。神様が生命を作ったと言うなら,動物が他の動物を殺すののはどうなのだ,人間は殺しあっているじゃないか,死刑はおかしいじゃないか,と頭の回転のよい宮島死刑囚は佐伯牧師をてこずらせます。
佐伯牧師は「人間はみな罪人(つみびと)なのです」と言うのですが,こういった言葉を第三者に言うこと,そのセリフに少し疑問を感じました。生まれたばかりの赤ちゃんにも罪があるのか,なぜアダムの原罪を今生まれたばかりの赤ちゃんが背負わなければいけないのかと思うからです。
フェリス女学院の学院長を務めた岡野国際基督教大学名誉教授の文章を一部紹介します。
キリスト教で言う「罪」とは,犯罪を犯すことではありません。ここで言う「罪」とは,神のほうを向いていないこと,神に背を向けることを意味するのです。日本語の聖書で「罪」と訳されている言葉は,実は言語では二十以上の種類がありますが,その中で一番重要なものはヘブライ語(旧約聖書の原語)で「ハッタース」,ギリシア語(新約聖書の原語)では「ハマルティア」と表現される「罪」です。これらの語には「的外れ」という意味があり,つまり「罪」とは私たちが的外れな方向を向いていることである,と定義ずけられているわけです。
キリスト教で言う「罪」とは,犯罪を犯すことでも,悪行を重ねることでもありません。罪とは「的外れ」な状態,つまり本来は向いているべき神のほうを向いていないこと,神に背を向けている状態を示す言葉なのです。・・・ですから,「原罪」も,人間を「生まれながらに悪だ」と位置ずけている言葉ではなく,「人間は生まれながらに神に背を向けてしまう存在だ」と位置ずけている言葉なのです。
本来は,①イエス・キリストという存在に出会う。②イエスを通して神を知り,自分が生かされ,愛されている存在だということを知る。そして初めて,③これまでの自分が神のほうを向いていなかった,すなわち罪の状態であったことを知る・・・という順序でようやく罪を理解できるのではないでしょうか。
ですから,そもそもイエスという存在を知らない人に対して,「あなたは罪人だ」「その罪を悔い改めなさい」などと言うことはまったく意味のないことだと思います。罪は神と自分との関係性において生じるもの。二人称で使われる言葉であり,第三者が指摘するような性質のものではありません(岡野昌雄「信じることをためらっている人へ―キリスト教「超」入門)。
宮島死刑囚は佐伯牧師と対談しているときは傲慢で恐れを知らないのですが,死刑執行を告げられると,汗をびっしょりかき,恐怖におびえて椅子から立ち上がることができなくなりました。ようやく椅子から立ち上がった宮島死刑囚を刑務官が処刑場に連行する場面が,映画で一番緊張感があるシーンでハイライトと言っていいでしょう。
金子文子が友人である新山初代と交わす死への恐怖に関する会話が印象的です。金子文子「何が私をこうさせたか」から,一部引用します。
「私は肺病です。だから死については,かなり深く考えたつもりです。で,私は思うんです。人が死を怖れるのは死そのものを怖れるのではなく,死に移る瞬間の苦痛を怖れるのではなかろうかと。なぜって,人は睡眠を怖れないじゃありませんか。睡眠は意識を喪失する点において,これもやはり一時的な死であると言ってもいいのに・・・・」(新山初代)
「私はそうは思いませんね。私は私の体験からこう断言することができるんです。人が死を怖れるのは,自分が永遠にこの地上から去るということが悲しいんです。言葉をかえて言えば,人は地上のあらゆる現象を平素はなんとも意識しないかも知れないが,実は自分そのものの内容なので,その内容を失っていまうことが悲しいんです,睡眠は決してその内容を失ってはいません。睡眠はただ忘れているだけのことです」(金子文子)
二人の意見,どのように思われますか?
死刑囚の最後の言葉
ブルーノは牢獄で死刑の宣告を読み上げられたとき,裁判官たちに指を突きつけて叫んだそうです。
「諸君が余にこの刑を科して覚えている恐怖は,余がこの刑を受けるときに覚える恐怖よりもきっと大きいはずである」
米国カリフォルニア州知事が死刑執行を一時停止
現在,世界で142カ国が死刑を法律上または実質的に廃止しています。
2018年12月5日,日本の超党派の国会議員が,死刑について国民的議論を促すために,「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」を立ち上げました。休眠状態にあった「死刑廃止を推進する議員連盟」が新たに名称を変えて死刑存続派も含めて死刑制度のあり方を広く議論しようというもので,約50人の議員が参加しています。
死刑制度を1981年に廃止したフランスに学ぶことがあるとしたら,どのような点かとの質問に,2018年10月30日にローラン・ピック駐日大使はこう答えたそうです。
「それは,政治主導による国民の意識変革の重要性です。1970年代,フランスでも国民の間では死刑存置派が8割以上でした。それを徐々に変えていったのは,死刑制度反対派市民の活動だけでなく,死刑反対派の政治家がその信念を公に唱え始め,賛同者が増えていく中で,国民全体の意識も変わっていったのだということです」
死刑反対の政治家を育てることが今一番必要なことではないか,と思います。
2018年の死刑の状況
2018年は死刑大国であるイランをはじめ,これまで執行数の多かったイラク,パキスタンなどでの死刑執行が大幅に減少したことから,死刑執行数が31%減少。少なくとも過去10年間で最低を記録しました。
ブルキナファソとアメリカ合衆国ワシントン州は死刑を廃止,ガンビアとマレーシアは死刑の執行停止を宣言しました。
タイは死刑を再開しましたが,世界的な潮流は廃止に向かっていると言えそうです。
2018年末時点で,106カ国が死刑という刑罰を持たず,事実上の廃止を含めると142カ国が死刑を廃止しています。
日本の昨年の死刑執行数は15件と,2008年以来最多を記録しました,
死刑判決を受けている116人のうち109人の死刑判決が確定しており,いつ執行がなされてもおかしくない状況になっています。
赤道ギニアが死刑廃止へ
カーポベルデで行われたポルトガル語諸国共同体の会議において,2019年4月
15日,赤道ギニアのデオドロ・オビアン・ンゲマ大統領は死刑廃止に向けた法案を議会に提出する考えを表明しました。
赤道ギニアが死刑を廃止すれば,死刑廃止国は107カ国になります。
赤道ギニアが最後に死刑を執行したのは2014年1月で,殺人罪で9人を処刑しました。しかし,その数日後には死刑の一時執行停止措置を取り,それ以来執行がなされていないという背景があります。
英国議員死刑廃止を語る
私は,1カ国でも死刑のある司法制度はあってはいけないという信念を持って,世界中で死刑廃止に取り組んでいます。これは政治的信念だけではありません。個人的な想いでもあります。
・・・・・
日本では日弁連が死刑廃止を目標に掲げて,懸命に取り組んでいますが,それでも死刑廃止には至らない。議員だけでも無理,弁護士だけでも無理なんです。議論を進めるには,みんなが必要。死刑のような問題は,なるべく話さない方が楽な問題,変化を起こさなければ動かない問題です。変化を起こすには自分たちが動いて,議論を巻き起こすしかありません。そうすれば,議員の中にも,法曹界の中にも,耳を傾ける人が出てきます。
大切なのは,変化は起こせるんだ,変化は可能だと思うことです。
・・・・・・・
日本の死刑の特徴は,当日の朝になるまで執行が知らされないことです。まず,ここを変えてはどうでしょう。小さなことかもしれませんんが,残酷さを取り除く。そして,変化は必要なんだ,可能なんだという認識を,人びとに持たせるんです。少しずつ,一歩ずつ,たしかに進んでいけばいい。
また,世論が変わるのを待っていてはいけません。出て行って。世論を変えるんです。
議員は慎重にならざるを得ません。自分が代表している国民から,あまりかけ離れたことは言えませんから。だからこそ,議員に「変化を求めているんだ」ということを伝えなければ。議員が変化を起こすために必要な勇気を与えるのはみなさんなのです。
以上で引用終わり。
イギリスは窃盗罪を犯した子どもを多数処刑してきた過酷な歴史をもっています。しかし,死刑廃止を実現しました。
カーマイケル議員が言う,「世論が変わるのを待っていてはいけません。出て行って,世論を変えるんです」という内容はとても重要だと思います。
死刑廃止を考える集いなどに参加し,学習し,何か小さなことからでも変えて
いけば,やがて日本でも死刑廃止を実現できるかも知れません。
ある死刑囚の最後の手紙
この死刑囚は,小説「宣告」(加賀乙彦)の主人公のモデルになった人です。
引用元は「ある死刑囚とのの対話」(加賀乙彦)です。
手紙の中に出てくる美絵さんという人は,「死刑廃止論」(団藤重光)によると,当時,修道院が経営する女子高校の先生だったとのことです。
お早う!
一番電車らしい。らしい,というのは時間の経過がよく分からないからです。
布団の中で,今日は,母ときみと仔猫の写真を胸に入れてゆくことに決めました。母のはコップを持って笑っているのを,きみはK先生とうつってるのを,
です。
いろいろ君へ忘れないように,と思うのですが,思い出せない。もうこれでいいのかな。
ヨゼフどのも,ぼくのために祈ってくださったでしょう。
やはり,死には厳粛な,そして深い意味があると思います。長年,ソレをみつめうようとして,みつめることが果たして出来たかどうか今となってもよく分かりませんが,とにかく前から,「死は,受け入れるものだ」というふうに考えてきたことだけは,たしからしい。
きみにとっても,ずっと将来,死は現実となるでしょう。しかし,もしもソノ時,死の世界に一人の十分信頼し愛しえた人がいるなら,死は,ふしぎなことにむしろ親しいものとなるでしょう。
みえ君。
あまり泣くと,可愛いその目がはれますよ。どうぞ,いいクリスマスと正月を迎えてください。タンジョービのお祝いも,もういってあげられないので,それらをひっくるめて「おめでとう!」と今,いってあげましょう。やっぱりAさまはやさしい・・・・と思うでしょう・・・
・・・・・・
きのうはね,母にアンマをしたり髪をすいたりしたのです。ぼくが。それから手をなでたりも。いい母ですよ。すっかりオバアチャンになって。小さくなって,ヨタヨタと杖をついて歩くのですが,ほんとにやさしい母なのです。
ぼくは母にとって本当にいけない子どもでした。母が可哀相でね。
どうぞぼくの分まで,また楽しい手紙を母に書いてやってください。母はきみの便りを本当に楽しみにしていました。
・・・・・・
みえ君。
いいシスターになるンですよ。
いつも明るく,楽しい,自然なシスターに。分かりましたね。そしてきみは今のままですでに十分そのようなシスターの資格がある。きみは生まれついての,すばらしいシスターです。
甘えたいときは,天をみなさい。
悲しいときも,嬉しいときも。
天をみなさい。
ぼくは,ソコにいるのですから。
もうすぐ七時。
八時にここを出る,ということなので今しがた洗面し,みなりをととのえました。
さあ,
いよいよ,お別れです。
ほんとうに悲しいけれど,みんなぼくの責任です。ゆるして下さい。
みえ君。
じゃあ,お元気で!
ぼくは今,ニッコリほほえみつつ,きみにむかって手を振っていますよ。
さあ,きみもそうしたまえ。
さようなら。
でも,またすぐに!!
団藤博士の前掲書には,「小木博士によれば,『私の知っているAは,生真面目なで冷静な思索の人であったが,美絵さんへの手紙に現れる彼は,ユーモラスで茶目で,明るくやんちゃな,子供のような人だった』のです」とありました。
憲法第9条と死刑
木村亀二は戦後,日本国憲法制定直後にいち早く憲法第9条が戦争を放棄しているのに,他方で死刑を肯定するのは深刻な矛盾であり,死刑は戦争放棄の根本思想によって憲法上許されず,死刑は憲法第9条に違反する,として廃止論に転じた。彼の理論はこうである。
新憲法は第2章において戦争の放棄を宣言してゐる。戦争の放棄は,国際的には平和主義を表示したものであるが,国内的には戦争の手段として個人の生命を國家のために犠牲とする超個人的な国家観を放棄したことを意味する。
一方において,戦争の放棄を宣言し,個人の生命を國家のために犠牲とすることを否定した憲法が,他方において刑罰といふ國家目的の必要から個人の生命を剥奪する死刑を規定してゐるとするならば,そこには大きな矛盾がある。
木村亀二博士は団藤重光博士よりも前の世代の刑法学者です。
むかしのことなので細かいことは覚えていませんが,木村博士の刑法総論を読んで,興味深く,おもしろかったという印象は残っています。
憲法第9条から死刑廃止まで論証するのはやや飛躍しすぎかなとも思うのですが,憲法第9条を深く読み込んで国家による個人の生命剥奪に強く反対したことは覚えておいていいと思います。
日本では死刑は特別な刑とみなされていない
ジョンソン教授はハワイ大学の教授です。同氏は,オウム真理教の教祖たちが死刑になったことについて,村上春樹氏が「自分は死刑廃止論者だが,この事件に限っては裁判所の判断は正しいと思う」と言ったことに批判を寄せていました。辺見庸氏と同じで,私もそう思います。
日本の裁判官も法務省も,死刑の選択・執行については「慎重に行っている」と言っているが,実際はそうではない,死刑は取り返しがきかない処罰であり,他の刑罰と比較して特別な刑罰であると理解されるのが通常だが,日本では死刑は特別な刑ではないようだ,と述べていました。
アメリカでは,死刑を求刑する事件については,検察官が公判開始のかなり前に裁判官と弁護士に説明するそうです。日本では,公判の最終日に裁判官が主文を読み上げることによって,はじめて死刑だということが分かります。
裁判員には,死刑を選択するには十分に慎重な判断をするようには求められていません。「永山基準」は裁判員に説明されていません。
アメリカでは12人のうち1人でも死刑に反対する陪審員がいれば死刑を宣告することはできません。
日本では職業裁判官1名を含む多数決で死刑を宣告できます。
同氏は,死刑を執行した千葉景子法務大臣(当時)に聞きとったところ,千葉法相は死刑の執行現場に立ち会ったが,言葉に表せないほどのショックを受けたそうですが,その後,死刑廃止に積極的な活動を行ったとは聞きません。
自民党のもとであっても,民主党のもとであっても,死刑を抑制的に考えるということはなかったとありました。
同氏は,憲法9条のために日本では死刑を廃止できないのではないか,と書いていました。憲法9条により,国家の実力行使を実現できないので,国の内側に向かって実力を行使するのではないか,とありましたが,私はそれは間違っていると思いました。
むしろ憲法9条の精神を考えるならば,国家の行為により個人の生命を奪う死刑制度を存置しておくのは矛盾であると説いた木村亀二博士の考えに同意します。
ジョンソン氏が実際に殺人事件を膨張したときのこと,裁判員2番は1時15分から1時45分までの30分間に32回居眠りをしたそうです。1時45分以降も居眠りをしていたそうですが,あまりにばかばかしくなって数えるのをやめたそうです。
そこまでひどくはなかったようですが,裁判長も居眠りをしていたそうです。
「殺人事件の裁判中は,裁判長は起きていた方がよいと思います。そう思いませんか」と同氏は裁判長に手紙を送ったそうですが,返事はなかったそうです。
人の生命がかかっているのに,居眠りをするとは何ということでしょうか。
まじめにやれ,と言いたいです。
人を殺してはならないということ
ところで,「死者の書」では死者が審判を受ける際の重要な基準として,「私は人を殺しませんでした」というものがあったそうです。つまり,十戒の「汝,殺すなかれ」は古代エジプトの考えを受け継いだのではないかとされています。
人はほっておけば殺人を犯すので,わざわざ殺人の禁止を言わなければならなかったのだと思います。
人以外の動物は,鋭い牙やくちばし,爪などを持っています。動物は同種の間ではけんかはしても,相手を殺すまでには至りません。けんかで負けた方は,自分の一番弱い箇所を相手に見せると,相手は本能によってこれ以上攻撃することはできません。もし,相手が降参しているのに殺害してしまっては,その種は絶滅してしまいます。
ところが人は本能が壊れてしまっているので,相手がどのような状況にあっても,あえて殺すことが可能です。人という種を存続させるために,あらゆる文明では殺人は最大のタブーになっているのだと思います。
聖書では「殺してはいけない」と言っているので,国家が人の命を絶つ死刑という制度も論理的に否定されるべきではないかという考えがあります。
一方で,申命記では「ふたりの証人または三人の証言によって,死刑は処せらなければならない。ひとりの証言で死刑にしてはならない」と書かれています。
したがって聖書は死刑を肯定しているのか,反対しているのかはっきりとは分かりません。
しかしながら,殺人が人という種を滅ぼすものである以上,国家が個人の生命を断つことは国家による殺人であり,人類の到達点から外れるものだと考えます。
「死刑をなくそう市民会議」
同会議の主張を一部紹介します。
私たちは,あらゆる人の生命の尊さゆえに「たとえ人を殺めた者に対する刑罰であっても,その生命を奪ってはならない」との理念を持っています。「人間は,冤罪によって人の命が奪われることの不正義を防ぐことはできない」と考えています。
私たちは,死刑制度についての疑問や違和感を持っている多くの市民に向けて積極的に情報を発信し,国際社会の合意である「死刑のないすべての人の生命を尊重する民主主義社会」のすみやかな実現を目指します。
本設立集会が,死刑廃止への大いなる起爆剤になることを希求し,ここに多数の皆様の本会へのお参加を切にお願い致す次第です。
日時 2019年8月31日(土)13:30~17:00
会場 明治大学リバティホール 東京都千代田区神田駿河台1-1
主催 「死刑をなくそう市民会議」
〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-28-13-807
℡ 03-3294-3366
E―meil:[email protected]
呼びかけ人は2019年6月1日現在48名です。
その人々のお名前を一部をお知らせします(敬称略)
村山富一(元内閣総理大臣),横路孝弘(元衆議院議長),二見伸明(元衆議院議員),不破哲三(元衆議院議員),湯川れい子(音楽評論家),山田洋次(映画監督),イーデス・ハンソン(タレント),平田オリザ(劇作家),赤堀政夫(「島田事件」冤罪元死刑囚),免田栄(「免田事件」元死刑囚),安田好弘(弁護士),海渡雄一(弁護士),田鎖麻衣子(弁護士),森達也(映画監督),佐高信(評論家),中山千夏(作家),加賀乙彦(作家),雨宮処凛(作家),笹倉香奈(甲南大学法学部教授),佐々木光明(神戸学院大学教授),カン・ソンジュン(東京大学名誉教授),浜矩子(同支社大学教授),デビッド・ジョンソン(ハワイ大学教授),神田香織(講談師),袴田秀子(袴田厳の姉)
死刑囚と家族になるということ
林眞須美死刑囚は頼み込んで労働運動家の養女になるべく養子縁組をしたそうです。
宅間守元死刑囚には結婚を考える女性がいました。
A子さんは,公判のたびに傍聴に訪れ,拘置所を訪れて差し入れも行いました。宅間元死刑囚は,刑確定後も会いたいと手紙に書き,「今まで数々の金品の差し入れ本当にありがとうございました。JRか近鉄かで,わざわざ何回も大阪へ足を運ばれたあなたをよく想像していました。座席に座れたかな,立っているんじゃないだろうか。風景を見ながら来られるのかな,それとも雑誌を見ながらといろいろ想像しておりました」と,世間や親に激しい憎悪を剥き出しにし,遺族までも侮辱した人間でしたが,このようなやさしい思いやりももっていました。
もう一人の女性B子さんは,自ら押印した婚姻届を弁護士を通じて拘置所に届け,宅間元死刑囚の妻になりました。家族は猛反対しましたが,自分の姓を変えて家族に迷惑がかからないようにしていました。アムネスティの活動に参加し,死刑制度に反対していたクリスチャンの女性でした。
宅間元死刑囚は,「謝罪と社会的制裁を,そして母親から出来るだけたくさん,金を取っていただきたいのです。それをB子さんの第二の人生の資金にしてもらって,僕はこの世を去りたい。無償の精神であそこまでしてくれる女はめったにいない。だからだからB子さんは拒否するだろうが,まとまった金を天にかわって,あげたいのです」と手紙に書いていました。
宅間元死刑囚「執行されるまで離婚しないで欲しい。遺体のままで外に出して欲しい。君と同じ墓に入りたい。僕が君の思想に反する人間であったとしても,最期まで僕に会いに来てほしい」
B子さん「あなたにお願いされなくとも,私はそうするつもりだったし,そうしたいと思っている」
執行後刑務官からB子さんに告げられたこと「最後に,奥さんに宛てて,“ありがとうって,僕が言ったたって伝えてくだい”って言ってました」
B子さんが「皆さま」へあてた文章の最後の部分「夫,宅間守の犯した事件により,亡くなられました被害者の皆様,そしてご遺族の方々に対しまして,本人の中から贖罪の意識を引き出せないままに終わってしまったことに,今は心から慙愧の念に堪えません。力不足でした。本当に申し訳ありません」
死刑が確定してしまうと,死刑囚は家族と弁護士以外には面会することができません。
それで家族となるべく,獄中結婚を行うわけです。
宅間元死刑囚も人間らしい気持をもっていたのだな,と思います。B子さんの真摯な思いが通じたのかも知れません。
死刑囚と家族になるということ(2)
クリスチャンとして死刑囚をサポートするために手紙や接見を行っていたC子さんに,Xは手紙で養子にしてほしいと申しでました。
C子さんがXに面会したのは4回ほどでしたが,悩んだ末に養子縁組をすることを決断しました。若いときからキリスト教会に出入りしていたので,重い障害を持って生まれてきた子どもを養子にしていく夫婦,シングルの人が障害児を養子にするとか,我が子を殺した青年を養子にしたケースとかを国内外で多数見てきたこと,自身が虐待児童の里親になったこともあって一般に思われるほど苦ではなかったそうです。
XはC子さんの復縁に伴い,C子さんの子どもたち3人と兄弟になりました。Xと15年ほど付き合いのある教戒師は「X君は本当に落ち着いている」と語ったそうです。子どもたちも死刑確定前からXと文通とか面会とかもしているので,無理やり従わせたわけではなく,C子さんがよく面会しているのを見てついてくるようになったそうです。
C子さん「私たちの子どもたちは,私とX君との関係を知っていて死刑囚への偏見は全くないのですが,娘がこれから大きくなって結婚ということになった場合,もしかしたらX君のことが問題になることもあるかもしれません。でも私は娘にも,もし結婚したい方ができたらX君のことも隠さずきちんご話をしなさいと言っています」
自由学園の創設者である羽仁もと子さんは「ゆるしは,人間が行う最も尊い行いである」といった旨の発言をしていたように思います。死刑囚と家族になる人は,死刑囚をゆるし,理解しようと努めることが使命なのかも知れません。世間から非難される可能性もあるだけに,なかなか簡単なことではありません。
永山子ども基金
1997年8月1日に永山則夫死刑囚が処刑されました。8月4日に遠藤誠弁護士(ノリオちゃんと呼んで可愛がっていたそうです),安田好弘弁護士,田鎖麻衣子弁護士及び大谷恭子弁護士が彼の遺骨,遺品を引き取りました。その際,刑務官から遺言がありますと聞かされたのが,「印税を日本と世界の貧しい子どもたちへ,特にペルーの子どもたちに送ってほしい」ということでした。
1996年にペルーで起こった「日本大使館占拠・人質事件」で犯人グループの中に16歳の子がいたことを知り,ペルーの「働く子どもたち」と子どもたちを支援する活動を知るようになりました。貧困と虐待から,小学校のころから新聞配達などを行い,逮捕時には読み書きするままならなかった彼が,貧しい子どもたちが生活のために働かざるをえない状況に憂慮し,何とか助けたいと思ったのかも知れません。
永山死刑囚の死刑執行後,遺言に基ずき遺族や弁護士が基金を設立し,印税1000万円がナソップ(働く子どもたちの組織)に送られました。
ペルーの子どもたちが言うには,「ペルーには1ソル(約40円)を稼ぐために売春をする子どもがいる。罪を犯さざるをえない社会的要因があります。」,「ナガヤマは人は変われると体で証明し希望を与えた。彼の意志を引き継ぎます。」,「ノリオ・ナガヤマを尊敬する。だけど僕らはナガヤマのような犯罪者には絶対にならない。」などだったそうです。
永山死刑囚の体は消滅しましたが,彼の意志が受け継がれ,実際にペルーの働く子どもたちの役に立っているのは感慨深いものがあります。
子ども基金で大学に行き,今は国会議員になりましたとの女性から感謝の言葉が寄せられたそうです。他にも,看護師さんになりたい,先生になりたいとかいろいろ夢をもっているけれど学校を続けられない子が多いものの,基金で専門学校に行きたいという希望を具体的に実現させたそうです。
チャリティコンサートは2004年から毎年開催され,その収益金も奨学基金として活用されているそうです。
痛感させられる死刑制度は過った過去の遺物
多くの国で死刑は廃止され、アメリカでも半分の州が死刑を廃止・停止している中で時流に逆らう行為です。
「トランプ」とえいば、人種差別主義者、女性差別主義者、排外主義者として有名です。
いずれも過った過去の遺物ですが、それに固執する「トランプ」。
だから過った過去の遺物である死刑を廃止するのではなく執行に前向きになれるのです。
トランプ政権による非道で人権軽視の最新事例であり、アメリカの進歩と正義に逆行する行為です。
2019年8月2日の死刑執行に強く抗議する
死刑廃止がもはや世界の常識となる中で、本日、山下貴司法務大臣の命令により、庄子幸一さん、鈴木泰徳さんの2名の方に対して死刑が執行されました。
国の行う人殺しによって命を奪われた2名の方の冥福を心より祈ると共に、死刑執行という突極の人権侵害に強く抗議します。
せめて事前告知を
13.委員会は,死刑が相当する19の犯罪のうちいくつかの罪が,死刑を≪最も重大な犯罪≫に限るとの規約の要請を充たしていないこと,死刑確定者がいまだに死刑執行まで最長で40年の期間,昼夜間独居に置かれていること,死刑確定者もその家族も死刑執行の日以前に事前の告知を与えられていないことについて,依然として懸念を抱く。さらに委員会は,死刑確定者とその弁護人との面会の秘密性が保証されていないこと,死刑執行に直面する人が「心神喪失状態」にあるか否かに関する精神状態の検査が独立していないこと,再審請求あるいは恩赦の請求に死刑執行を停止する効果がなく,有効でないことに留意する。そのうえ,袴田巌の事件を含め,強制された自白の結果としてさまざまな機会に死刑が科されてきたという報告は,懸念される事項である。
締約国は,以下の行動をとるべきである。
(a) 死刑の廃止を十分に考慮すること,あるいはその代替として,死刑を科 しうる犯罪の数を,生命喪失に至る最も重大な犯罪に削減すること。
(b) 死刑確定者とその家族に対し予定されている死刑執行の日時を合理的な 余裕をもって事前告知すること,及び,死刑確定者に対して非常に例外的な 事情がある場合であり,かつ,厳格に制限された期間を除き,昼夜独居処遇 を科さないことにより,死刑確定者の収容体制が残虐,非人道的あるいは品 位を傷つける取扱いまたは刑罰とならないように確保すること。
(c) とりわけ,弁護側にすべての検察側資料への全面的なアクセスを保証 し,かつ,拷問あるいは虐待により得られた自白が証拠として用いられるこ とがないよう確保することによって,不当な死刑判決に対する法的な安全装 置を即時に強化すること。
(d) 委員会の前回の総括所見の観点から,再審あるいは恩赦の申請に執行停 止効果を持たせたうえで死刑事件における義務的かつ効果的な再審査の制度 を確立し,かつ,死刑確定者とその弁護人との間における再審請求に関する すべての面会の厳格な秘密性を保証すること。
(e) 死刑確定者の精神状態の健康に関する独立した審査の制度を確立するこ と。
(f) 死刑の廃止を目指し,規約の第二選択議定書への加入を考慮すること。
死刑廃止を一挙に進めることができないのであれば,せめて死刑執行日よりも事前に死刑確定者への執行告知をすべきだと思います。以前は失効日の前日には告知をしていたのですが,告知後に執行をする前に死刑確定者が自殺することがあってから,告知は失効日当日に切り替えられたとのことです。
国家が殺す前に自殺することは許さないという論理なのでしょうか。
奈良女児殺人事件の小林薫死刑囚が7時45分に連れ出され8時4分に死亡が確認されたことについて,中道弁護士は「とても私には信じられない。もしそれが前提であれば,強引に連れ出し有無を言わさずに縛ったとしか思えない」と語っていました。
有無を言わさずに首を縛ったというのは,とても恐ろしい行為だと思います。
アメリカで無実を主張し続けた死刑囚が執行される。
状況証拠に基ずく殺人容疑で死刑を宣告され,2000年から死刑囚監房に入れられていました。死刑を宣告されてからも,無実を訴え続けていました。
問題なのは複数の法医学者が,殺害された女性の遺体の死亡推定日が,スウェアリンジェンさんが逮捕された後だと証言していたことです。
死刑囚に恩赦は適用されないのか。
アムネスティの最高意思決定機関であるグローバル会議の会合
(GAM:Global Assembly Meeting)が2019年8月2日から4日までの間,南アメリカ共和国のヨハネスブルグで開催されました。日本支部からは常任代表の副理事長,ユースの女性2名及び事務局長の総勢4名が出席しました。世界中から70の支部や準支部の代表,国際事務局や国際理事会や委員会のメンバーほか
総勢300人以上が集まったそうです。
国際理事9名のうち4名が今回は改選されたのですが,4名中3名がアジア太平洋地域出身であり,ニュージーランドからはマオリ族の人でした。欧米中心から大きな変化があったそうです。
グレタ・トゥーンベリさんの行動の影響もあり気候変動は人権問題であるという意識が広がりつつあるそうです。アムネスティが投資をする際は,化石燃料に投資している企業を選ばないことがヨーロッパから提案されたそうです。
イスラエルによるパレスチナの軍事占領・人権侵害という名指しはなかったものの,軍事占領に関するポリシーの起草について,アメリカから提案があったそうです。
休憩時間中にいろいろな人と話したのですが,選挙違反者を恩赦するなんておかしい,死刑囚こそ恩赦すべきであると話している人がいました。私とまったく同じ考えの持ち主です。金子文子死刑囚は恩赦をうけましたが,恩赦状の受け取りを拒み自殺しました。
以前のことのようですが,再審を考えていた死刑囚がいたのですが,近く恩赦がある,再審請求をしていると恩赦にならないとさとされ,再審請求をしないでいたところ,そのまま処刑されたそうです。ひどい話です。
日本で死刑が執行されたことをつぶやいたところ,カナダから「日本ではまだそんな野蛮なことをしているの」と驚かれたそうです。
日本の人権をめぐるひどい状況は外国にはほとんど伝わっていないので,外国語で積極的に発信することの重要性を教えてもらいました。
このたび法務大臣に就任した河井克行はカトリック信者であり,私の後輩だから,地元の事務所に押しかけて,せめて在任中は死刑執行に署名しないよう求めよう,と盛りあがりました。
GAMに出席していた事務局長が言っていたのですが,昨年も今年もGAMの初日に日本では死刑が執行されたそうです。来年もそうであるならば,それは意図的と考えざるをえないとのことでした(昨年はオウム真理教幹部の死刑執行)。
2019年12月26日の死刑執行に強く抗議する
日本政府は、国連の総会決議や人権理事会の普遍的定期審査、そして複数の国連人権機関から、死刑の執行停止と死刑廃止に向けた取り組みを行うよう、繰り返し強く勧告されているにもかかわらずそれをあざ笑うかのように第2次安倍政権では、これで17度目、計39人という異常なハイペースで死刑の執行が行われています。
死刑制度が誤った過去の遺物になる中で突極の人権侵害である死刑制度の維持・正当化を狙う偏向した姿勢の表われそのものです。
国の行う人殺しによって命を奪われた魏巍(ウェイウェイ)さんの冥福を心より祈ると共に本日の死刑執行に強く抗議します。
被害者遺族の感情は一様ではない。
愛知県に住む原田正治さんは,実弟を保険金殺人で失った被害者遺族である。その主犯の一人の死刑囚から,原田さんのもとに手紙が届くようになった。初めは読まずにうち捨てていたものの,やがて原田さんは彼と,文通そして面会をするようになる。ところが,裁判が終わり死刑が確定すると,原田さんと彼との交流は,拘置所によって禁じられてしまう。加害者が,被害者遺族と向き合うことすら許さない死刑確定者処遇を,原田さんは静かに,しかし強く弾劾する。原田さんは,彼の犯し罪を許すことは決してない。しかし,死刑にされるのではなく,一生罪を償ってほしいと語る。そんな原田さんのところへは,毎日無言の嫌がらせ電話がかかってくるという。勇気をもって実名を明かし,犯罪被害者遺族の立場で死刑制度へ疑問を語るようになってからのことだ。被害者感情,被害者の保護,被害者の権利,そして何より人の命,それらを本当に尊重したいと願う人が,犯罪被害に今も苦しむ遺族に嫌がらせの電話をするだろうか。
私たちは,厳罰化を唱え死刑の存置を願う声,動きと,被害者保護を真摯に追求する声とを明確に区別しなければならない。そして,被害者保護の対象は,死刑制度があるなしにかかわらず必要なことであり,刑罰制度や刑事訴訟法制度の枠内で解決のつく問題では決してない。被害者問題をたてにしての死刑制度存置論は,被害者保護の課題そのものの価値をおとしめることではないだろうか。
このように被害者遺族によっては,死刑でなはく一生をかけて罪をつぐなってほしいという人もいます。被害者感情を持ち出して,死刑制度に疑問を持つ被害者遺族にいやがらせをするとは何ということでしょうか。
被害者保護の対象は死刑制度の存否にかかわらず必要であり,被害者問題をたてにした死刑存置論は被害者保護の課題の価値をおとしめるという田鎖弁護士の指摘はまったく正当だと思います。
訂正します。
お詫びして訂正します。
障がい者と死刑制度
この事件では犯人であると自白した者が複数人いるなど,その取り調べの過酷さが想像できます。
当時,全障連は赤堀さんの死刑には反対を表明していましたが,死刑制度そのものの廃止までは踏み込んでいなかったようです。
障がいを持つ人は,警察や検察といった怖い人から,恫喝され威圧的な言葉で迫られたら,比較的容易に虚偽の自白をしてしまうのではないでしょうか。
自白偏重で,検察は被告の有罪を証明する証拠は提出するが無罪を証明する証拠は提出しない日本の司法制度では,障がいを持つ人は死刑事件ではきわめて弱い立場にあるのではないでしょうか。
1970年に障がいを持つ子を殺害した母親の事件がありました。当時,母親に対する減刑嘆願書が集まったのですが,脳性麻痺の会「青い芝の会」はこの減刑運動を批判しました。障がいを持った子は手間がかかる,だから障がいを持たない子を殺害したよりも,障がいを持った子を殺害したときの方は減刑すべきであるというのは障がい者の尊厳を侮辱するものである,といった趣旨だったかと思います。
「福音と世界 2020年2月号」で編集者のあとがきで,「障害」と言わずに「障がい」と表記するのが一般的だけれど,障害はその人のネガティブな属性などではなく,社会が「できなくさせている」状況なのだから,「障害」という言葉を使っても障害者を侮辱しているわけではないので,「障害」ということばを使ってもよいのではないか,と書いている編集者がいて,なるほどと思いました。
障がいは,人間社会に固有の問題だと思います、動物の世界のことは詳しく知らないのですが,サルでもライオンでも生まれながらに障がいを持って生まれてくる子はいると思います。しかし,人間のように,障がい者は後回し,余裕があるときだけ相手にし,生産性がないなどとは思わず,集団全体で障がいを持って生まれてきた子を守ろうとするのではないでしょうか。
共生だの,障がい者差別取扱い禁止などと言いながら,私利私欲のために宴会を張り,都合の悪い出席者名簿は障がい者雇用の職員が破棄裁断してしまったなどと言ってのける首相は何ともおぞましいかぎりです。
相模原事件で19人を殺害した青年は,責任能力に問題がなければ,3人以上を殺害した場合は自動的に死刑となる現在の日本の裁判では間違いなく死刑になるでしょう。
しかし,死刑を肯定するのは「生きるに値しない人」を認めることであり,事件を起こした青年の考えと五十歩百歩ではないかという指摘はよく考えておくべきだと思います。
障がいを持つ人に憐れみをかけるなんてお前は何様だ,上から目線で言っていいのかと批判を浴びそうですが,あくまで一般的なこととして次のことばをかみしめていただききたいと思います。
Bienaventurados los misericordiosos,porque ellos alcanzarán
misericordea.
(憐れみ深い者は幸いである。なぜなら彼らは憐れみを受けるだろうからである)
すみません,スペル間違いがありました。
おわびして訂正します。
死刑反対世界会議に関して考える。
2007年2月7日,バチカンはパリで開催された「死刑反対世界会議」に合わせて「死刑は人間の尊厳に対する侮辱」との見解を表明しました。
ノルウェーのオスロで,第6回死刑反対世界会議が2016年6月21日から23日までの間開催されました。
日本からは袴田厳さんの姉である秀子さんが参加し,釈放されるまでの間,弟の精神状態がおかしくなる一方で,弟の無実を信じて生き続けた日々をふりかえり,えん罪の恐ろしさを訴えました。会場は聴衆による拍手で包まれました。
ノルウェーでは2011年に77人の生命が奪われた連続テロ事件がありました。ブレイビク容疑者に対する禁固刑21年が最高刑でした。当時ノルウェーでは,事件のために国の制度や価値観を変えることは「まさにブレイビクの思うつぼになる」と,憎しみに対して,さらなる憎しみで向き合うことを政治家と世論は拒否しました。刑務所の環境が快適すぎるのではないかという声はあるものの,死刑を望む世論の動きは見られません。
ノルウェーのブルゲ・ブレンデ外務大臣は,世界会議の公式プログラムの中でこのように述べました。「死刑制度は,人間の尊厳を傷つけるものです。どのような重犯罪であっても,死刑は適切な対応策ではありません。国家は,罰や復讐として,人命を奪うべきではないのです。なによりも,間違いをおかさない,完璧な司法制度というものは存在しません。無実の人への死刑宣告が絶対にありえないと確信することは,誰にもできません」。
第16回世界死刑廃止デーのときの在日フランス大使館の記事を紹介します。
フランスは第16回世界死刑廃止デーに際して,いかなる場所,いかなる状況でも死刑に反対する立場を改めて表明します。フランスは公平で非人道的かつ抑止効果がないこの懲罰の全世界的な廃止に取り組むとともに,すべての死刑存置国に対して,最終的な廃止に向けたモラトリアムを確立するよう呼びかけます。
・・・・・・フランスはすべての国に対し,2019年2月27日から3月1日までブリュッセルで開催される第7回死刑反対世界会議に向けて行動を起こすよう呼びかけます。さらに各国に対し,第73回国際連合総会による全世界的な死刑執行モラトリアムを呼びかける決議の採択を支持するよう呼びかけます。
日本の死刑を容認する80パーセントくらいの人々は「死刑は人間の尊厳への侮辱である」などとは考えたことはないだろうと思います。
そもそも日本においては,人権を擁護するという意識が薄いのではないかと思っています。
死刑は日本の文化なのか
2002年5月,「欧州評議会オブザーバー国における司法と人権」という国際会合で森山真弓法務大臣(当時)が死刑は日本の文化であると発言し,大きな波紋をよんだ。森山法務大臣は「死んでお詫びをする」という表現を持ち出し,「この慣用句には我が国独特の,罪悪に対する感覚が現れているのではないかと思います」と述べた。要するに,日本が死刑制度を存置しているのは,罪悪をめぐる文化的な背景があるからだと主張したのである。
しかしこの発言はヨーロッパで大きな批判を巻き起こした。死刑の問題を文化の問題とみなすことはおかしいのではないか,司法や人権の問題は文化の問題に還元されるものではなく,文化をこえて普遍的に議論されるべきなのであるというのがヨーロッパの人たちから見た考え方だった。
考えなくてはならないのは、死刑は日本の文化なのかどうかということではない,たとえ死刑は日本の文化であっても,それによって死刑を正当化できるのか,ということである。
文化相対主義の立場からすれば,死刑廃止といえども一つの文化的な価値観の反映にすぎず,それを普遍的に正しいと考えることはできない。ヨーロッパの価値観からすれば死刑廃止は正しい道かもしれない。しかしなぜそれがヨーロッパ以外の地域でも適用されるべき正しい道といえるだろうか。
「文化である以上,死刑は正当化される」と考える文化相対主義からは「死刑はその国の文化の問題である以上,他国の人々がとやかくいうべきではない」という主張があり,事実,欧州評議会からの批判に対して,日本政府は刑罰権への内政干渉は認められないという立場をとっている。
日本ではかつて間引きといって,口減らしのために嬰児や子どもを殺す風習があった。しかし,それが現代においても「文化だから」という理由で許されると考える人はほとんどいないであろう。
イランやアフガニスタン,ソマリアなどでは,現在でも不倫をすると姦通罪に問われ,石打ちの刑によって死刑を行っている。
中東や南アジアにおいては,「名誉の殺人」がある。婚前交渉や婚外交渉を行った女性(妻や娘)を,家の名誉をけがした存在として,その父や男兄弟が家の名誉を守るために殺してしまう風習である。「男を目で誘惑した」などという理由で家族に殺されてしまう場合もあるという。また,強姦された場合でもそれが「家の名誉をけがされた」とみなされれば名誉殺人の対象になる。
名誉の殺人はあくまでも私刑であり,公権力による死刑ではない。ただ,多くの場合風習の問題として公権力によって黙認されている。
2010年3月,国連人権高等弁務官は世界で毎年5000人の女性が名誉の殺人で命を落としているという調査結果を発表した。
とくに問題なのは,こうした事例では冤罪の可能性がほとんどかえりみられないということだ。とりわけこうした事例では女性が姦通や誘惑のうわさだけで罪をきせられる場合が多々あり,女性の人格を蹂躙する文化的価値観がそうした冤罪を助長させている面があることは否定できない、
これに対して普遍主義は死刑を文化をこえた問題だと考える。それは人権にかかわる普遍的な問題であり,人権が各文化の価値観によってゆがめられてはならないのと同様に,「死刑を存置するか廃止するか」という問題も各文化の価値観によって決められてはならない。
私たちは死刑の是非について普遍主義的に考えなくてはならないが,だからといってそこから自動的に死刑反対が正しいということにはならない。
もし私たちが死刑を肯定したければ,「死刑は日本の文化である」と主張するのではなく,普遍的な論理で死刑が正しいことを主張すればよいのである。
「死刑は基本的人権を侵害するのではないか」という問いに対しても,必要なのは「死刑は必ずしも人権を侵害しない」ということを論証することなのである。
死刑反対派はしばしば「死刑廃止は国際的潮流であり,日本も廃止すべきだ」と主張する。
しかし,死刑廃止が国際的潮流だとしても,そこからただちに死刑廃止が普遍的に正しいということにはならない。「国際的潮流である以上,死刑を廃止すべき」と主張する人たちは,核兵器の保有が国際的潮流になれば「核兵器を保有すべき」と主張するのだろうか。なぜそれが正しいのかということを説明していない点で,「国際的潮流だ」と考えることは「文化だ」と考えることと同じように空虚なのである。
以上で引用終わり。
「死刑は日本の文化である」「死刑廃止は国際的潮流である」と,そこで思考停止してはいけないのだということだと思います。
死刑は人間の尊厳に対する侮辱であり,とくに冤罪として無実でありながら強制的に国家により命を奪われることは人権蹂躙の最たるものと考えます。
やはり死刑を廃止すべきであり,死刑を廃止するためにはどうやったらよいのか考え続ける必要があると思います、
ロシア検察当局の殺人事件をめぐる動き
長女クリスティーナ・ハチャトリアン,次女アンゲリーナ,三女マリアは
2018年7月に父親のミハイルさんを自宅で刺殺しました。
ミハイルさんは事件当時それぞれ19歳,18歳,17歳だった3姉妹をレイプしたり,虐待したり,学校へ行くことを妨害していました。
重大犯罪を捜査する連邦捜査委員会は,長女及び次女を計画的殺人罪で起訴するよう勧告していました。有罪となった場合は最大で禁固20年が言い渡される可能性がありました。三女については,精神障害があるとされ,厳重な精神科施設への収容が必要と判断されました。
ところでハチャトリアン3姉妹の弁護人は「事件は終結する。検察当局が連邦捜査委員会に事件性がないよう求めた」と明かしました。父親の意図的な虐待を検察当局が考慮しなかったとして,次席検事が起訴の同意を拒否したからです。
弁護人や活動家は,姉妹が自分の命を守るために父親の殺害を余儀なくされたと主張し,DV被害者に対するロシアでの法的保護が不十分であることを指摘していました。
このニュースを聞いて,ベアトリーチェ・チェンチのときとまったく同じだなと思いました。同じ事件なのにベアトリーチェは斬首されました。
400年以上前の人ですが,とても不憫でなりません。
リビングに飾ってあるグイド・レーニの作と言われる「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」のレプリカを見ながら考えてしまいました。
団藤重光博士の死刑廃止論の核心
百歩を譲って,死刑の廃止による凶悪犯罪の増加ということがある程度実証されたとしても,私は,かりそめにも無実の者の処刑という人道上絶対に許すことができないような不正義の犠牲において,刑事政策を優先させるということは,とうてい認めるわけには行きません。それでもなおかつ刑事政策を優先させるべきだという議論をする人がもしいるならば,私はその人の人間としてのセンスを疑わざるを得ないのであります。
イギリスには,「一人の無実の者が処罰されるよりは十人の真犯人が免れる方がよい」という法格言があります。これは非常によい格言のようですが,「十人」とは言っているものの,「五十人」「百人」まして「千人」の真犯人などとは言っていないのです。死刑事件については,たとい「百人」「千人」に一人であろうも,いやしくも無実の者が処刑されてはならないのではないでしょうか。と言うことは,取りも直さず,死刑を廃止する以外にはないということだと思うのです。
団藤博士は刑法学者であるとともに最高裁の裁判官を務めただけあって,実務に裏ずけられた切実な死刑廃止論だと思います。博士の死刑廃止論の核心は,無実の人が処刑されてはならないという強い信念にあると思います。
団藤博士はイギリスにおける例を紹介しています。
1956年の「殺人(死刑廃止)法案」が議会に提出されたときに,無実の者が処刑されてしまうリスクの有無の問題に関して詳しい討議が行われ,内務大臣が自信たっぷりに「近時においては,無実の者が絞首刑を執行されたようなメースがあるとは自分は信じません」と答弁したので,法案は成立しませんでした。
ところが1950年に処刑されたティモシー・ジョーン・エヴァンズが,その後真犯人が現れて実は無実であってことが判明して,死後恩赦が与えられるということが起きました。これで事態は一変して1956年の法案が一気に通過しました。
日本でも無実の者が処刑されたことが判明したとき,死刑存廃についての議論が巻き起こる可能性があるかも知れませんが,議論が巻き起こるために無実の者が処刑されてしまうことは絶対にあってはならないことだと思います。
和歌山カレー事件については、ほとんど状況証拠の積み重ねであるとともに,必ずしも絶対に正確とは断言できない物証のために,冤罪である可能性が高いと思います。
死刑制度を悪用する人たち
犯行の動機については,第3回公判で「死刑のため」と述べました。弁護人から「死にたいのか死刑になりたのかどちらですか」と聞かれ,「死にたいが先です。その手段が死刑です」と答えました。さらに弁護人から「何人殺しても死刑にならないというのであれば,事件は起こさなかった?」と聞かれると,明確に「はい」と答えました。
一審判決前の2009年6月,水戸拘置所で産経新聞の取材に答えた金川死刑囚
は,死刑になることが犯行の理由であり,早く死刑になりたいと述べました。また,拘置所内では「日々,殺すことしか考えていません」と告白し,「殺すこととは,もし外に出られたら,どうやってまた殺しをするかということです。それは死刑になるためです。もし今解放されたら,また殺人をするかと問われたら,答えは『します』です」と断言したそうです。
2003年8月埼玉県熊谷市のアパートで風俗店店長の男性を殺害し,それを目撃した3人の女性を拉致し,1人を殺害,2人に重傷を負わせた尾形英紀死刑囚は,次のように手記の中で述べました。
俺の考えでは死刑執行しても,遺族は,ほんの少し気がすむか,すまないかの程度で何も変わりませんし,償いにもなりません。俺個人の価値観からすれば,死んだ方が楽になれるのだから償いどころか責任逃れでしかありません。死を覚悟している人からすれば,死刑は責任でも償いでも罰ですらなく,つらい生活から逃がしてくれているだけです。だから俺は一審で弁護人が控訴したのを自分で取り下げたのです。
死刑を悪用する人が例外的だとしても,最近では実際に存在しています。
死刑制度はそういう人に対して無力になっているのではないでしょうか。
国家秩序維持のための死刑制度
内乱罪は人を殺したことが構成要件にはなっていません。
国家秩序はそのまま法秩序であり,法秩序はすなわち国家秩序です。内乱罪はそういう法(国家法)を滅却する行為ですから,法はその犯人の存在を否定する以外にないというのが,おそらく内乱罪についての死刑を規定する理由だと思います。このように内乱罪と殺人罪とでは,死刑の根拠が違いますから,イデオロギーによっては,一時期のソ連のように,殺人罪には死刑を規定しないで,反革命の罪には死刑を規定するような立法例さえもが見られたくらいです。個人の生命よりも革命的体制の方が重要だという考えです(「死刑廃止論」団藤重光・有斐閣)。
旧刑法を立案したボアソナードは内乱罪について死刑を廃止すべきだと主張していました。
第一に,政治犯は個人の犯罪ではないから,首謀者を死刑にすることによって他の者の犯行を抑圧できるどころか,むしろこれを激発する。
第二に,政治犯を通常犯罪と同じ扱いにするのは不正義であり,政治犯について死刑を廃止するのが衡平に合致する。
第三に,政治犯は既遂にならなかった場合にしか罰せられない。政治犯が罰せられるのは,未遂の形態だけである。未遂が当然に刑を減刑すべきものであるとすれば,それに死刑を科するのは非論理的である。
刑法第37条は「天皇,大皇太后,皇太后,皇太子又は皇太孫に対し危害を加え又は加えんとしたる者は死刑に処す」と規定していました。
天皇が命を落としたわけではないのに,幸徳秋水たちはこの規定によって死刑となりました。
皇太子に爆弾を投げつけようと計画していたとして,金子文子は死刑を宣告(のちに恩赦により無期懲役に)されました。
これらはいずれも国家秩序を危うくするということで死刑宣告がなされたものです。
治安維持法は日本の内地では日本人が死刑に処せられたことはありませんでしたが,2000人ほどの朝鮮人が処刑されたと言われています。
中国では麻薬の持ちこみに対して死刑をもってのぞみ,このために処刑された日本人がいます(2010年4月6日に赤野光信さんが覚せい剤密輸の罪で死刑を執行された)。ポルノ製品の所持だけで処刑されることもあるようです。
このように死刑は純粋法学的なものではなく,政治色の強い制度だと思います。
イギリスではわずかな窃盗を行った子どもを多数処刑してきた歴史があります。いったいどこに国家秩序を破壊する理由を見つけたのでしょうか。
理由をつければいくらでも死刑は可能となってしまいます。それほど死刑はあやふやで恐ろしい制度なのだと思います。
虚偽自白について
再審第5回公判では録音テープで菅家さんを追及した森川大元検事に対する証人尋問が行われました。
弁護側「真美ちゃん事件で少しでも無実と思ったことはないですか」
森川元検事「ないです」
菅家さんが釈放されたとき,足利事件で陣頭指揮をとった森下昭雄元刑事部長が報道機関に語ったこと
まだ(再審で)無罪が確定したわけでは無く,自供も得ているし,(菅家が)犯人だと信じている。
驚くことに,この録音テープでは,菅家さんが警察に対して別の二つの女児殺害事件についてもいったんは犯行を認めていたことです。それだけ警察の取り調べが厳しかったということでしょう。結果的にその二つの女児殺害事件は証拠不十分につき起訴されませんでした。
あるベテラン刑事の発言
人間はな,そんなに強いもんではないよ。細かな所はどうでもいい,キメ手などは出さんでもいい,ただ殺しを自供させてくれ,と被疑者をあてがわれれば,三人でも四人でも同じように自白させてみせるよ。今どきそんなことが,という顔をしているナ。何ならやってみるか。お前さんでもいいよ。お前んとこは刑事の手の内を多少聞きかじっているから,少しゆとりを見て,そう三日でいい。三日あったら,お前に殺人を自白させてやるよ。三日目の夜,お前は,やってもいない殺人を,泣きながら自白するよ。右のとおり相違ありません,といって指印を押すよ(「冤罪はこうして作られる」小田中聡樹・講談社現代新書)。
恐ろしい発言です。島田事件のときに複数の自白者が出たというのもよく理解
できます。
当然ながら,犯人は逮捕や起訴を避けるために,そう簡単には本当のことを言わないだろう。その結果,捜査当局は知らず知らずのうちに虚偽の「自白」を強要してしまうことがあるのである。
虚偽の「自白」を導いてしまう危険性は,犯罪を取り締まる捜査当局の活動そのもののなかに避けがたく含まれているのだ。
そうである以上,冤罪の可能性もまた避けがたくそこには含まれていることになる。構造的に,冤罪の可能性を公権力の活動は排除できないということだ(「死刑 その哲学的考察」萱野稔人・ちくま新書)。
冤罪が判明された足利事件について
それを受けて再審公判が2009年10月21日に開始されました。菅家さんが釈放されて4ヶ月後のことでした。つまり検察は再審がなされる前に判決で確定した刑の執行を停止し,菅家さんを釈放したわけです。
菅家さんは17年もの間無実の罪で拘禁されていました。過酷な取り調べは1日5時間に及び,足を蹴る,髪の毛をつかむなどの暴行も行われたそうです。
菅家さんの有罪判決の決め手になったのは,科警研が行ったDNA鑑定で女児の下着に付着していた精液のDNA型が菅家さんのものと一致したということでした。
菅家さんの弁護側は東京高裁が控訴を棄却した1997年に日本大学医学部の押田茂實教授に独自のDNA鑑定を依頼したところ,両者は異なるという結果が出ました。
弁護側は押田鑑定を上告審の補充証拠として最高裁に提出し,DNAの再鑑定を請求しましたが,最高裁はこれを取り上げず有罪判決が確定しました。
再審公判が開始されたのが2009年になってからなので,押田鑑定を補充証拠にしてDNA再鑑定を裁判所に請求してから12年かかったわけです。
1993年の一審(宇都宮地裁),1996年のニ審(東京高裁)判決いずれにおいても,裁判所は科警研によるDNA鑑定の結果を証拠能力があると認定しました。
弁護側は1997年に最高裁に押田鑑定を提出し,DNA再鑑定を請求しましたが,最高裁は2000年裁判官全員一致で科警研のDNA鑑定の結果を裁判の証拠と認める判断をくだし,上告を棄却しました。
2002年に菅家さんは宇都宮地裁に対して再審請求を行いました。2008年宇都宮地裁は再鑑定を実施することなく再審請求を棄却しました。
足利事件において科警研によDNA鑑定の結果が示された1991年というのは,日本の警察捜査にDNA鑑定が本格的に導入されたばかりの時期でした。
当時のDNA鑑定で識別できる確率は830人に1人(10,000人に12人)ぐらいだったと言われています。当時のDNA鑑定は技術的にも不完全なものであり,DNA型を判定するものさしとなるマーカーに狂いがあったことを警察庁が認め,現在は使用中止にしているそうです。
当初DNA再鑑定を依頼されたとき押田教授は固辞したそうですが,弁護団から科警研鑑定の画像を見せられ,測定方法が精度が低いものであったうえに,読み間違いが起きそうな部分の画像が不鮮明だったことが分かり思い直したそうです。そこで押田教授は刑務所で服役している菅家さんの毛髪を郵送させ,鑑定しました。
科警研の鑑定結果を否定する押田鑑定が提出されたあとも,裁判所は科警研の鑑定結果を証拠として認め続けました。
その事情とは,刑事司法において一度くだされた判決は裁判所はそう簡単にくつがえすわけにはいかない事情である。その事情こそ,裁判所が科警研の鑑定結果を支持し続けたことの背景にあるものにほかならない。再審の壁がこうして高くなる,と萱野稔人氏は指摘しています。
以上,「死刑 その哲学的考察」(萱野稔人・ちくま新書)から,内容を一部引用しながら書き込みました。
死刑廃止論から死刑肯定論に転向した人減
ところが驚くことに,司法修習生時代は死刑廃止論者でした。教育刑を唱えた牧野英一博士のもとで住み込みで書生として仕えていたからでしょう。
土本氏は検察官になってから様々な犯罪を目にするようになって,教育刑など絵空事だと感じるようになり,世の中には死をもって償わせるしかない罪が存在すると思い,「(牧野)先生は死刑廃止運動をされたわけでもなく,死刑に特化した論文も書かなかった。刑罰は教育刑であるというならば,先生は死刑をどのように考えておられたのか,死刑を廃止するならばどのような代替刑がありえたのか。今できることなら先生の墓を掘り起こしてでも聞いてみたい」と師匠を痛烈に非難しました。
実務を通じて消極的な死刑廃止論者から積極的な死刑廃止論者となった団藤重光教授とは正反対です。
土本氏が検事として唯一死刑を求刑したのは,長谷川武死刑囚でした。長谷川武死刑囚は1966年に強盗殺人事件を起こしました。拘置所では,小説『宣告』のモデルとなったバー・メッカ殺人事件の正田昭死刑囚といっしょでした。
長谷川武死刑囚はおおむねおとなしく裁判に臨みましたが,判決訂正申立書のなかで,樋口和博裁判長が弁護士に対して「来年にもちこしても何ですから,どうでしょう,今年いっぱいに片付けてしまいましょう」と言ったことに,とてもいやな気持になったそうです。
長谷川武死刑囚の教誨師を務めた僧侶は,「死刑が殺生,人殺しであることは,これもまた間違いない事実でしょうな」と語りました。
死刑廃止論者は,土本氏のように死刑廃止論者から死刑積極的肯定論者に転向した人に対して説得・論破できる理論を用意しなければいけません。
凶悪殺人事件が発生すると私たちは当事者でもないのに,感情にとらわれ厳罰・死刑を望みます。被害者遺族が犯人に死刑ではなく一生刑務所で罪を償ってほしいと表明したところ,そのことを非難する人がたくさん現れました。被害者遺族のことなどどうでもよく,自分で裁きたいのです。何の責任を引き受けることなく。事件については,事件の発生と判決に興味があるだけで,あとは被害者遺族や加害者側のことなどこれっぽちも関心を持たなくなります。
宅間守死刑囚の兄,宮崎勤死刑囚の父,佐世保北高等学校殺人事件で事件を起こした女子生徒の父(弁護士)はいずれも自殺しました。
その家庭の問題かも知れませんが,犯罪の凶悪性を強調することによって加害者家族を追い詰め,自殺においやるような風潮はとても安全で平和な社会とは思えません。
久間三千年さんは無実のまま処刑されたのではないか。
1992年3月20日に福岡県警は久間三千年さんを参考人として取り調べ,任意提出された毛髪をつかって科警研はDNA鑑定を行ったところ,女児の遺体に残された血痕のDNA型と久間さんのそれがほぼ一致するという結果が出ました。
福岡県警が同じ試料を使って東京大学及び帝京大学に依頼したDNA再鑑定では,女児の遺体に残された血痕からは久間さんのDNA型は検出されなかったので,久間さんは逮捕されませんでした。
ところが福岡県警はあきらめませんでした。再鑑定でDNA型が検出されなかったのは試料の残量がわずかだったからだという理由でした。1992年9月に押収したワゴン車からは徹底的に捜査したにもかかわらず何も手掛かりは出てきませんでした。1993年の末頃,押収したワゴン車から微量の血痕や尿痕が突然発見され,科警研で鑑定したところ,女児の一人と血液型が一致するという結果が出て,さらに女児の衣服から発見された繊維片とワゴン車のシートに使われていた繊維の特徴が合致するという鑑定結果が出て,1994年9月23日に久間三千年さん(当時54歳)が死体遺棄の容疑で逮捕されてしまいました。
久間さんは町内会長を務めたこともあり,人望がありました。逮捕以来一貫して容疑を否認し,ポリグラフでも否認しました。
1999年9月29日,福岡地裁は久間さんに死刑判決,2001年10月10日福岡高裁は控訴棄却,2006年9月8日に最高裁は上告を棄却しました。この間久間さんは一貫して無実を主張していましたが,2008年10月28日に死刑執行がなされました。なお,足利事件の菅家利行さんは2009年6月4日に釈放されました。
足利事件と飯塚事件では,科警研によるDNA鑑定のメンバーも鑑定方法もほぼ同じでした。坂井活子(さかい いくこ)技官が証人として出廷し,どちらの事件でもDNA鑑定の正確さを主張しました。
DNA鑑定の権威と言われた石山昱夫(いしやま いくお)帝京大学教授は飯塚事件の第一審第27回公判で証言しました。科警研のDNA鑑定のひとつの(HLADQa法)について,久間さんのDNA型が検出されたとは思えないと証言,またもう一つの鑑定(MCT118法)について「鑑定方法がずさんで技術が低い。(私の教室なら)やり直しを命じたほどだ」と述べました。さらに「整合性がつかず,その理由を科警研に尋ねたが,いまだに回答がなく大変不満だ」と科警研を批判しました。
ほぼ同じ時期に,同じ鑑定方法で,ほぼ同じメンバーでDNA鑑定が行われ,「拙劣極まる」と批判されながら久間さんは死刑を執行され,菅家さんは無期懲役から身柄を釈放され冤罪であることが証明されました。
久間さんについては冤罪で処刑された可能性が極めて高いと思います。久間さんはさぞかし無念だったことでしょう。
虚偽の自白はヒューマンエラーではなく,公権力の執行上発生する構造的なものです。
物証も試料がきわめて少なく,正確さに万全でないことがありえます。当時の裁判官がDNA鑑定を過信したことがうかがえます。
石山教授は菅家さんが釈放された翌日,産経新聞に「このレベルでも,(飯塚事件)当時の警察の技官は『DNA分析が完成した』と宣伝し,裁判官も検察官も信じ込んでしまった。DNA鑑定という『証拠』があれば,それ以上に捜査する必要もないと信じこんでしまうだろうし,手抜きの判決が出ることもあるだろう」と寄稿しました。
表題の訂正です。
すみません。おわびします。
パキスタンで公開絞首刑決議を議会が採択
議会担当大臣が提出した決議案は過半数の賛成を得て採択されましたが,人権大臣と科学技術大臣は反対票を投じたそうです。
子どもの性的虐待・殺害というのは,きわめて卑劣な行為ですが,有罪と認定した者を公開で絞首刑にするというのは残酷にすぎます。冤罪の場合もあるかも知れません。
国民の前で絞首刑を執行するということは,ギロチンでの処刑を民衆が楽しんだときのフランスのように民衆の心がすさんでいきます。
このような決議が21世紀に起きるというのはたいへんに悲しいことです。
ガンビアに学ぶ
1994年に軍による無欠クーデタが起こり,英国へ亡命した初代大統領に代わり,ヤヤ・ジャメが政権を掌握しました。
ジャメ政権下では,政府批判をした人々が厳しく弾圧されました。行方不明になったジャーナリストや反体制派は数知れないと言われています。拘禁中の拷問,治安部隊による違法な殺害,国家情報局による脅迫やいやがらせが行われました。
2008年には演説でLGBTの人々に対して「国外に出ていかなければ喉を切り裂く」と放言しました。魔女や妖術師が国家に害を与えているとして,1,000人以上の女性が村々から連れ去られました。
ジャメは4期大統領を務めた後,2016年の大統領選挙に敗れましたが退陣を拒否し,任期切れ後も大統領職に居座り続けました。周辺諸国の介入や説得の結果,2017年1月に退陣を表明し,その夜のうちに赤道ギニアへ亡命しました。
人権尊重を掲げて当選したアダマ・バロウ新大統領は,2019年1月にジャメ政権下での人権侵害を調査する委員会を設置しました、アムネスティに対し,調査結果に基ずき加害者を必ず裁くと約束しました。2018年には死刑執行停止を宣言し,死刑廃止条約も批准しました。2019年5月には死刑囚を終身刑に減刑しました。
デモ隊への実力行使や不当な逮捕・拘禁はまだなくなっていないと言われていますが,日本が進むべき方向を示しているように思います。ガンビアから学ぶことがあるのではないでしょうか。
僕の父は母を殺した(2)
そこには,「父さんの死刑を願う母さんの親類」と「父さんの死刑を食い止めたい僕」がいました。
数か月後,言い渡された判決は,「被告人を極刑に処する」でした。
母方の親戚は死刑判決に拍手を送りました。
2011年6月7日,最高裁は上告を棄却し,死刑判決が確定しました。大山清隆死刑囚は広島拘置所に拘置されました。
大山寛人さんが母親である大山博美さんあてた手紙を紹介します。
母さんへ
母さんを殺した父さんの死刑を望まない僕を,母さんはどんなふうに思っていますか?
それを母さんの口から聞くことは,もうできません。
きっと母さんは、父さんをかばう僕を見て,悲しんでいるのではないかと思っています。
僕は,父さんを許したわけではありませんし,これからも許すことはできません。
もし,父さんが死刑になることで母さんが生き返るのなら,僕は父の死刑を望んだでしょう。
しかし,それは叶わぬ願いです。
父さんは心から反省し,毎日のように後悔し続けています。
その思いが,ひしひしと伝わってきました。
父さんが死刑になったとしても,何も変わらない。
だからこそ,これからも生き続け、反省し続けて欲しいと思っていました。
どんな残酷なことをした人でも,僕にとってはたった一人の父親です。
僕はもう何も失いたくなかった。
母さんを裏切るようなことをして,ごめんなさい。
あの最後の叫びに気ずけず,助けてあげられなくてごめんなさい。
僕が母さんにできた親孝行といえば,あのハンカチをプレゼントしたくらいです。
もっと親孝行したかった。
卒業式も見せてあげたかったし,成長していく僕を,そばで見守って欲しかった。
いつもいつも心配ばかりかけて,何もしてあげられなくてごめんなさい。
母さんのことを思うと,胸が締めつけられ,涙が溢れます。
これまで,非行や荒れた生活,自殺未遂など,色々心配をかけてしまったけど,もう大丈夫です。
これからは,どんなに辛い現実も受け入れ,しっかりと生きていきます。
だから,もう何も心配せず,安らかに眠ってください。
数えきれないほど苦悩はあったけれど,今僕は幸せです。
僕を産んでくれて,ありがとうございました。
十二年間,誰よりも深く愛情を注いでくれて,ありがとうございました。
世界中の誰よりも,母さんを愛しています。
寛人より
以上,「僕の父は母を殺した」(大山寛人・朝日新聞出版)から引用しました。
また,「おわりに」の中で,大山寛人さんが書いていたことを一部引用します。
母を殺した父の死刑回避を願う僕に,共感することは難しいかもしれません。
被害者やその家族は,加害者に対して厳罰を望むのが普通です。父の事件においても,僕以外の遺族の大半が,死刑を望みました。
しかし,僕のように死刑を望まないケースは少なからず存在しています。加害者の死刑が,被害者遺族に新たな傷を負わせてしまうこともあるのです。
こんなにも辛い思いをするのは,僕が最後でいい。
第二の大山寛人を生みだしてはならない。
こんなふうに言うと,綺麗事のように思われるかもしれません。でも,僕は心の底からそう願っています。
死刑囚から牧師へ
1944年6月15日,米軍がサイパン島に上陸すると三郎少年は日本軍に合流し,出会った土屋学伍長に心酔しました。のちに彼が陸軍中野学校の憲兵だったことを知ります。
土屋は少年に,おまえは先に捕虜になり,後から民間人に偽装して投降する私の身元保証人になれ,と命令しました。その目的は敵情視察に加え,収容所内に愛国集団を組織し,「大和魂を喪失したアメリカかぶれの非国民,国賊」すなわち負け組のテロにあると言いました。
土屋はあらかじめ売国奴のブラックリストを作成していて,4人が暗殺対象になりました。手始めにY(日本軍下士官)を消すと言いました。米軍作業班の班長という立場から日本軍の機密を漏らす売国奴ということでした。
土屋が言う軍機密など,敗残兵集団にはありませんでした。その決行日が1945年9月20日で敗戦から1ヶ月以上過ぎていたからです。
三郎少年は「男は国賊だ,殺すことは天皇陛下のためだ,祖国のためだ。責務だ」と確認しつつ,Yにとびかかり短剣で2回刺して殺害しました。
Yといっしょにいた女の通報により軍の捜索が開始され,無実の男が矢継ぎ早に逮捕され,拷問を受けました。三郎少年は土屋とともに脱走しました。
山中で捕虜の日本兵がきて敗戦を伝え,山を降りるよう説得しました。この捕虜を「生かしておけない人間だ,サブ,君は経験者だからまたやってもらう。今度は拳銃でやれ」と命令し,三郎少年は実行しました。
土屋ら敗残兵が終戦を認めて投降したのは1945年12月1日でした。
土屋は「お互いがやったことを白状すれば間違いなく死刑だ。だが俺が殺人を命令したとは言うな。独断だと自白しろ」と言いました。三郎少年は現地人刑事,アメリカ検察から執拗に尋問されましたが土屋との約束を守りました。
1946年3月に軍事裁判が三郎少年に死刑判決を下したとき,民間人に偽装した土屋は祖国日本を目指す帰国船の中にいました。
三郎少年は刑場があるグアムへ送られました。日本人教誨師が最後の説教に来ました。三郎少年は全身震えがとまらず立っているのがやっとでした。「あなたのお名前は」と聞かれ,「あら,あら,あら。あらかきさぶろう」とどもって答えました。「あ,まちがえた」と軽く教誨師が言い,少年はへなへなと崩れ落ちました。
三郎少年は長い煩悶の時をへて洗礼を受けました。大統領特赦により釈放され,「神様,あなたに私は一生従います」と誓いを立てました。
土屋の帰還から9年,27歳となった新垣さんは神学校に学びながら土屋を探しました。実は憲兵であり、本名は「加賀」で東京に住所があることが分かりました。
「土屋さん!」新垣さんへの仕打ちを思い出したのか,加賀は真っ青になって震え上がりました。
「私はあなたを許します。このことを伝えにきました」と言う新垣さんの言葉に,恐怖に歪んだ加賀の顔に疑念がわいたものの,ほっとした表情に変わりました。
新垣牧師は言いました。「私が許したのではありません。私の中に宿るキリストの力によって,許すことができたのです。だからキリストがいなければ許すことはできないわけです」と。
奥さんが補足しました。「主人は許していません。けれども救い主イエスが許された。主人は主イエスに従うと約束しました」と。
なんと卑劣な憲兵なのでしょうか。
他人に罪を背負いこませ,自分は自らの手をよごさずに逃げる,これが典型的な憲兵の姿だったのかも知れません。
僕の父は母を殺した(3)
ところが携帯電話が鳴り,「寛人君か? おまえの父親は大山清隆か。今すぐ娘と別れなさい」と彼女の父親から言われました。
大山寛人さんは彼女に別れを切り出しました。「なんでなん?悪いところがあるなら直すから。お願いだから・・・・」と彼女は別れたくないと泣きました。
大山寛人さんは,数日後彼女に一方的に別れを告げ、彼女の前から消えました。
大山寛人さんはホームページを立ち上げました。取材をしたいという記者からの電話をうけ,早稲田大学で死刑についての講演をすることになりました。
被害者家族が望まない加害者の死刑もあるという事実を,少しでも多くの人に伝えたいという思いでした。
お母さんが殺される直前,寛人さんの名前を叫んだという場面を語るときは涙が出そうになりましたが,必死にこらえました。学生の中には泣いている人もいました。講演終了後,最前列で涙を流しながら話を聞いていた女性から声をかけられ,「貴重な経験を聞かせていただき,ありがとうございました。すごく勉強になりましたし,考えさせられました」とまた泣きだしそうになったそうです。
その後も死刑制度をテーマとする講演を行いました。講演前に司会者が参加者に死刑制度に賛成か反対か聞いたところ,20人ほどのうちの半数以上が「賛成」でした。しかし,大山寛人さんの講演が終わった後は,半数以上が反対になり,答えが逆転しました。
これは興味深いことだと思います。死刑事件に関して当事者の話を直接聞くことによって,死刑「賛成」から「反対」へ変わる可能性がある(実際に変わった)ということです。
なお,大山寛人さんは死刑制度には反対しているわけではないと語っています。
愛知県弁護士会の「死刑廃止を考える日 シンポジウム」では死刑事件の被害者遺族である原田正治さんとともにパネルディスカッションに参加しました。原田さんは1983年に京都府で弟を保険金目的で殺害されました。様々な葛藤の末に加害者は生きて罪を償ってほしいと思うようになりましたが,2001年に死刑が執行されました。
立場は違うものの,大山寛人さんは原田正治さんの思いがどこか共通するものがあるように感じたそうです。
地下鉄サリン事件から25年
つい最近,地下鉄サリン事件で被害に遭った方が25年間寝たきりの状態であったまま,亡くなられたということを聞きました。
「オウム死刑囚 魂の遍歴 井上嘉浩 すべての罪は我にあり」(門田隆将)と「オウムと私」(林郁夫)を読み比べてみました。
門田隆将氏の井上嘉浩死刑囚への思い入れが強いのか,同死刑囚は地下鉄サリン事件では連絡調整役や後方支援を行ったにすぎないこと,いかなる殺人行為にも逃げ回って直接の加害行為を行わなかったという主張には違和感を考えました。
ポツリヌス菌をアタッシュケースで拡散することが失敗に終わったとき,リムジンの謀議の中で「ポツリヌス菌ではなくサリンだったらよかったのではないでしょうか」と提案し,これを受けて村井邦雄が「地下鉄でサリンをまくのはどうですか」と発言しました。井上死刑囚の「サリン」発言が地下鉄サリン事件の発生に因果関係があるのです。
直接殺害の加害行為を行わなかったとのことですが,落田耕太郎さんの殺害現場では落田さんの足を押さえつけて殺害を容易にしました。
刑法では共謀共同正犯という考えがあって,共謀した者は実際に加害行為を犯した者と同様に正犯として処罰するという考えがあります。
井上死刑囚が,ことさら他のオウム事件の殺人犯より軽い刑罰とすべきだったということにはなりません。
林郁夫懲役囚は,若いころは首相などの閣僚が靖国神社を参拝しないことに強い憤りをもっていました。日本軍が中国では強盗・強姦・殺害ばかり行っていたこと,満州では民間人を残して関東軍が先に逃げたこと,サイパンや沖縄では民間人に自決を強要し,ときには殺害も行ったこと,A級戦犯が靖国神社で祭られていることの認識がありません。なによりも日本兵のために口では表すことができないほどの被害を被ったアジアの人々に対する思いがまったくなかったようで
す。このような薄っぺらな歴史認識が地下鉄サリン事件で地下鉄職員2名の方の命を奪いました。
林死刑囚が直接2名の方の命を奪いながらも無期懲役となったことは,他の加害者も無期懲役にしてもよかったのではないかと思います。被害者の方々の怒りは当然ですが,オウム真理教がなぜ若い人々をひきつけ,凶悪な犯罪集団に至ったかという十分な研究はなされていないのではないででしょうか。
林死刑囚はサリンのために25年間寝たきりで亡くなった人及びその遺族の苦しみを背負い,刑務所において一生謝罪を続ける人生を送ってほしいと思います。
トマス・モア処刑前の祈り
彼が処刑1週間目前にしるした祈りを紹介します。
よき主よ,わたしにお与えください
栄光の神,
恵みによって,わたしの生涯を正し,
死を恐れることなく,
自分の終わりを見つめることができるよう,お助けください。
あなたのうちに死を迎える者にとって,
よき主よ,それは豊かな命の門であります。
よき主よ,わたしにお与えください
謙虚でへりくだり,静かで平安な心を,
忍耐と慈悲に富み,優しく,思いやりと慈しみに深い心を,
わたしのすべての仕事,すべての言葉,すべての思いにおいて,
そのようにして,あなたの聖なる祝福に満ちた霊に,
いささかでもあずかることができますように。
よき主よ,わたしにお与えください
まったき信仰,たしかな希望,燃える慈しみ,
そして,自分を愛するよりもはるかにあなたを慕う愛を。
よき主よ,わたしにお与えください
あなたとともにありたいという憧れの思いを,
この世の苦悩から逃れるためではなく,
天国の喜びを手にするためでさえなく,
ただ,あなたに対する愛ゆえに。
そして,よき主よ,わたしにお与えください
あなたの愛と恵みを。
あなたへのわたしの愛がいかに大きくても,
あなたの大いなるよさに,わたしはふさわしくはありません。
これらのことを,よき主よ,わたしは祈り求めます。
あなたの恵みをわたしに満たし,
これらのものをわたしが切に求めることができるよう,
助けてください。アーメン
私は,処刑を前にしたトマス・モアが決して平静ではいられなかった,死を迎えるにあたってに信仰告白をし,神に懸命に救いを求めたと,この祈りを解釈しています。
米コロラド州が死刑廃止に
死刑廃止は世界的潮流であるとの主張は死刑廃止の決定的な理由にはなりえませんが,死刑存置国は日本を含めて人権を軽視している国が多いと言えると思います。
サウジアラビアが18歳未満の死刑執行廃止
あのサウジアラビアがと驚いてしまいますが,とにかく小さな第一歩だと思います。
そういえば,日本には人権委員会を設置しようという声は起きないんですね。
免田栄さんを支えた死刑囚たち
免田さんは木材伐採の仕事を探していたのでナタを持っていました。現場の状況からすれば,犯人は大量の返り血をあびていたことになります。
警察が証拠品として押収した免田さんのナタと着衣には返り血どころか血痕もありませんでした。証拠品が無実を証明する。だから検察はこれらの証拠品を警察が紛失したとして提出しませんでした。
裁判官は物証なしで死刑判決を下したわけです。地裁支部だけでなく,高裁,最高裁もそれを承認しました。
検察は無実と分かっていながら免田さんを犯人として起訴し,裁判所は検察が主張するままに死刑判決を下したというのは,日本の司法はたいへんに程度が低いのではないかと思います。
免田さんは死刑判決が確定した最高裁の上告棄却から半年後には自らの手で再審請求を行いました。1979年9月27日の再審開始決定まで,本人だけで行ったものも含めて十数回に及びました。しかも棄却されるたびに新しい証拠をつけ直さなければ次の請求ができないわけですから、免田さんの精神力の強さには驚かされます。
1956年8月に再審開始決定がありました。しかし検察の即時抗告によって1959年4月,高裁は再審請求を棄却しました。このときのエピソードを免田さんは語りました。
「夕方,再審開始決定書が届いたのです。翌朝私が掃除にでたら,隣の死刑囚が,『免田,何かきたろ?』といって,机のうえにあった決定書を読んだのです。『おお!これは』と大声をだしたから,みんなでてきて『よかった,よかった』と口々にいって,40人くらいいましたかね。みんなで胴上げしてくれました。それまでは人を殺した死刑囚が怖かったし,自分と同じようには思いたくなかった。だから距離を置いていたんですけど・・・人はみんな同じだと,人間に変わりないと思いました」
免田さんは,この日から死刑囚たちと対等に付き合うようになりました。周囲の人間と心を許しあうことで精神の安定がはかられ,くじけそうな心は花壇づくりと点訳のボランティアをさせてもらったのでもちこたえられた,と話しました。
永山則夫死刑囚の死刑執行はすさまじいものだったそうです。殺されてなるものか!と激しく抵抗する永山死刑囚を数と力で押さえつけ,死刑場にかつぎこんで刑務官たちは首にロープをかけました。格闘は約1時間に及びました。
本来ならば遠藤誠弁護士には遺体をそのまま引き渡すべきだったのですが,拘置所は撲殺されたような遺体を外に出すわけにはいかないと,火葬し遺骨を引き渡しました。
戦後3人目の女子死刑囚である日高信子死刑囚の死刑執行は痛ましいものであり,立ち会った女性刑務官は辞職したとのことです。
最新の死刑統計(2019)について
2019年,世界で657件の死刑執行が確認された。前年690件から5%の減少で,2年連続で過去10年間,最も少ない数値となった。この数値には,これまでと同様に死刑情報を国家機密扱いとする中国の数千件ともいわれる処刑数は含まれていない。
国別では,前年より執行数が大幅に減ったのは,エジプト(43件→32件),日本(15件→3件)、シンガポール(13件→4件)だった。反対に執行数が大幅に増えたのは,イラク(52件→100件),サウジアラビア(149件→184件),南スーダン(7件→11件),イエメン(4件→7件)だった。
イラン,サウジアラビア,イラクの3ヶ国が,2019年に確認された世界の執行件数の81%を占める。サウジアラビアの死刑執行数184件は,アムネスティがこれまで同国で確認した年間件数で最多だった。イランでは,2019年も死刑執行数が減少(253件→251件)している。歴史的に見ても低い水準にある背景には,
2017年に改正された麻薬取締法が機能していることがある。とはいえ,イランは,いまだ世界の死刑執行件数の38%を占める死刑大国に変わりはなかった。
2019年は死刑を廃止した国は一つもなかったが,死刑制度の存置に積極的な姿勢がうかがえる国が複数あった。米国では,ニューハンプシャー州が死刑を廃止した21番目の州となり,全米で最多の死刑囚がいるカリフォルニア州は死刑執行を停止した。カザフスタン,ロシア,タジキスタン,マレーシア,ガンビアは死刑執行の停止状態を維持,バルバドスは絶対的法定刑としての死刑を憲法から削除した。中央アフリカ共和国,赤道ギニア,ガンビア,カザフスタン,ケニア,ジンバブエでも死刑廃止に向けた動きがあった。
日本では死刑執行は3件あり,2008年以降最多であった前年の15件から大幅に減少した。日本人男性2名が8月2日に,中国籍の男性1名が12月26日に,それぞれ処刑された。弁護人によると,中国籍の男性は再審を請求していた。死刑に直面する者の権利を保障する国際上の保護措置に反し,日本は3年連続で再審請求中の死刑確定者に死刑を執行した。
年度末時点での死刑確定者数は,死刑判決を受けている121人中112人となった。死刑確定者121名のうちの一人である袴田巌は,2014年に釈放されたが,死刑判決は維持されたままだった。
精神。知的障がい者数人に対する死刑判決も維持されたが,彼らに対する死刑は,国際法・国際基準に違反しており,重大な懸念がある。
「死んでお詫びをする」ことは日本の伝統なのか
日本の場合,「死んでお詫びをする」ということが一つの伝統になっているように思う。悪いやつを殺すのではなく,犯人が反省して,死んでお詫びするという心境になり,既に「仏さん」になった状態で,死ぬことを手助けしてあげるイメージがあるように思う。
・・・それよりも重要であるのは,たとえばフランスにおいて,逮捕時に犯人が警察官によって多数射殺されていることである。正当防衛だから問題ないと抗弁されるが,これは無視し得ない。犯人でない市民が人違いで射殺されることが問題化しているぐらいであるから,かなり容易に銃撃しているようである。車で逃げ去るアラブ系青年をピストルで首を討ちぬいて射殺し暴動に発展した事例もある。
刑務所内での,受刑者の死亡事件,第三世界では軍や機動隊によるデモ鎮圧などを含めて,国家権力による市民の殺害として人数を数えれば,日本ほど少数の国はない。EU諸国の死刑廃止は,本物ではない。
アムネスティなどが発する,日本が欧米諸国よりも遅れた国であることを前提にしているかのような発言に,私は,強いエノセントリズムを感じてしまう。犯罪対策において,けた違いに成功している日本や韓国から学ぼうという態度が,欧米諸国の人間に欠けていることは残念である。
「死んでお詫びをする」のは日本の伝統であるという言い方は,まさに森山真弓法相が批判された「死刑は日本の文化なので,欧米諸国は口をはさむな」という相対主義に基ずくものです。
この教授には,ローマ教皇が発言した「死刑は人間の尊厳に対する冒とくである」という考え方を全く相手にしないのだと思います。きわめて人権感覚のない
教授のように思えます。この本は一度読んだので捨てます。
北朝鮮人権白書2020
白書は「注目する点はこの何年かで薬物取引と韓国の録画物の視聴・流布行為に対する死刑の事例が増加しているという事実」とし,これら行為が共和国の全域に拡大したことで,取り締まりが強化されたためとの見方を示しました。
これまでよりも公開処刑の頻度が減っており,公開処刑の現場に住民が動員されるケースも減っていると把握された」と説明しました。
ただ,公開処刑が秘密裏に行われている可能性もあり,実際に効果処刑の回数が減少しているかどうかについては明らかではないと説明しました。
白書はまた,収容所などの施設内での暴行や虐待などが減少したとする証言も収集されたとし、「施設内の栄養・衛生・医療状況も一部改善されていると把握された」と説明しました。さらに裁判で私選弁護人の助力を得た例や,違法な家宅捜索に対して異議を申し立てて抗議するなどの事例もたびたび捉えられているそうです。
公開処刑が秘密裏に行われているならば,「公開」と言えるのかどうかその表現にちょっと疑問があります。
うわさには聞いていましたが,韓国の映画やテレビドラマを視聴したり複製物を所持していると処刑されるというのは本当なのですね。
シンガポールでZoomによる死刑宣告
アムネスティ・インターナショナルは「Zoomだろうが体面だろうが,死刑は残酷で非人道的。コロナで世界が人の命を守ることに集中しているときの死刑など,とんでもない」と反発しています。
まったくそのとおりだと思います。
ヘロインの違法取引で死刑というのは,罪刑が均衡しません。
シンガポールの死刑執行数は2018年の13件から2019年は4件に減少しています。
また死刑執行数を増大させようというのか,とんでもないことだと思います。
北朝鮮人権白書2020(続)
辺見庸氏の考える「死刑と戦争」
「愛と痛み 死刑をめぐって」(辺見庸・毎日新聞社)から一部引用します。
死刑は地方自治体や中央裁判所が執行するものではありません。私はこう考えます。死刑は国権の発動ではないのか。国権の発動とは,自国民への生殺与奪の権利を国家にあたえるということです。私たちがその権利を黙契によって国家にあたえる。これが死刑なのではないでしょうか。
これを敷衍して考えてゆくと,他国民にも死刑を拡大していくのが戦争という
ものではないか。戦争とは大規模な死刑執行のことではないか。したがって死刑と戦争は通底すると考えざるをえない。
アフガンで無差別殺略をおこなったのは死刑廃止国のイギリスの飛行機でした。死刑廃止国の兵隊たちが国権の発動たる戦争のなかで殺人をおかしているのです。じつはこれはEUの精神と矛盾するようで矛盾していない。つまりEUは,死刑が本質的に戦争と似ているという私のような考えはとっていない。私はここにEUの欺瞞や狡猾さがあると考えます。
日本には憲法第9条があります。憲法第9条は戦後の遺産のなかで秀逸なものだ
と思っています。「戦争の放棄,戦力の不保持,交戦権の否認」これは究極的には死刑という国権の発動をも否定しているのではないでしょうか。私はそう思いたいのです。そう考えるべきだとも思っています。いま,第9条は危機に瀕していますが,第9条を死守することは死刑制度の廃止,死刑執行の即時停止につながるのでなければならない。私はそう考えます。
第9条には国権の発動たる戦争を永久に放棄すると書いてある。第9条にはある種,国家の否定のようなふくみがある。だからこそ,私のような法を無視する人間であっても第9条には耳を傾けざるをえないのです。国権の発動たる戦争をやめると明文化しているのであれば,当然,死刑を廃止するべきだと私は思うのです。
国権の発動たる戦争と死刑を永久に放棄する。それが第9条の本質的な精神であるべきではないでしょうか。
以上で引用終わり。
国権の発動が外に向かうのが戦争であり,内に向かうのが死刑であるということなのでしょう。
とても分かりやすいと思います。
苦悩する裁判官(2)
2007年2月の報道ステーションで熊本さんは告白しました。
事件の公判途中から一貫して無罪の心証を持ち続けていたこと。合議の場で他の裁判官と意見が割れ,2対1で自分が敗れたこと。取り決めに従って死刑判決文は自分が書いたこと。その後まもなく,責任を感じて裁判官の職を辞したこと。今後は再審開始に向け尽力したいことなどを語りました。
「自分の子どもや親の顔を思い出さない日はあっても,彼が手錠を外されて被告人席に来たときの顔・・・そして判決言い渡しの日のガクンとしたときの顔は・・・1日たりとも決して忘れたことはありません」「もし彼に会えることがあったら・・・目の前で・・15分なら15分・・・ただ泣いているしかないと思います」
熊本さんの告白は海外メディアで大きく取り上げられました。ロサンゼルスタイムズは「無実の人を自白に追い込む日本」と見出しを打ち,日本の人権意識の低さと司法制度の実態を糾弾しました。ほかにもフィガロ,ザ・タイムズなども
良心的な判事として絶賛しました。
「袴田巌さんを救う会」の門間幸枝さんは「先生は,日本の人権はプラトニックライツで,ヒューマンライツじゃないとおっしゃるんですね。つまり,個人的,利己的な人権はあっても,人間の存在そのものに関する意識が非常に低いと、全く同感です。人権に関して言えば,日本は発展途上国じゃなくて,発展後進国ですよ」と語りました。
また「ドイツのTVの記者が言ってました。熊本さんのような裁判官は,世界中を見回してもいない,それほど評価すべきなんだと。対して,日本のマスコミからは,なぜもっと早く告白しなかったのか,なぜ今ごろになってとか,守秘義務を破ったことに対してとか,突き放したような質問が出ました。私は頭にきましたね。何をくだらないことを言ってるんですか。私たち,支援者からしたら,先生,今まで生きていてくれてありがとうございました,という感謝の気持ちでいっぱいです」とも語りました。
熊本さんは高校卒業後医学部に進学するはずだったところ,寸前で考えを変え,九州大学法学部に進み,在学中に司法試験にはトップで合格したそうです。
判事補として最初に赴任した東京地方裁判所の3年間で4回死刑判決に関わり,そのすべての死刑囚と東京拘置所で面会を行っています。
「裁判官を辞めた後、弁護士になったんだけど・・・なんというか,自責の念を通り越して、もはや生きてても仕方がないというのかねぇ。酒は浴びるほど飲んだよ。でも,何の解決にもならなかったです」
死に場所を探し,日本各地をさまよい,ノルウェーのフィヨルドにも足を運んだものの死ぬことはできませんでした。
後に付き添いをするようになる島内和子さんが熊本さんに出会ったころは,熊本さんはホームレス同然の生活を送っていたそうです。
熊本さんは事件のことを家族に話しませんでした。長女が高校1年生のときに2人でヨーロッパ旅行に行きました。熊本さんは今まで黙ってきた過去を洗いざらい打ち明けました。
「お父さんは昔,裁判官をやっていて,心に背く死刑判決文を書いた。死刑を言い渡した彼は,今も冤罪を訴えている。お父さんが早く死んで,もしそのとき事件が良い方向に解決していなかったら,おまえはその後も人殺しの娘として生きていかなければならない。これは一生,ついて回る。だから,おまえが将来就職することがあっても,法律関係,その周辺の仕事だけは絶対に選んではいけない・・・」
娘は唖然とし,その後,一切話題には触れなくなったそうです。
以上,「『美談の男』尾形誠規・鉄人社」から引用しました。
Re: 苦悩する裁判官(2)
熊本典道元裁判官のことは何度か取り上げました。ここにもそのうち3つをセルフメモしておきます。熊本さんの残したブログはまだありますね。
熊本典道・元裁判官のブログ「裁判官の良心」
2007/06/13 20:00
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-260.html
袴田巌死刑囚の再審だけではなく、冤罪を作った者たちと国に責任を取らせることが必要。
2014/04/30 16:00
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-5560.html
冤罪を生む構造が警察・司法制度にあるとしたら
2007/08/30 13:00
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-384.html
心に背く殺人をさせる構造を内包するのが日本の司法なのだと改めて思います。
苦悩する裁判官(2)続
教えていただいたブログ「裁判官の良心」は,最初の結婚で生まれた長男が勧め,立ち上げまでの作業をすべてこなしたそうです。
二度目の結婚で生まれた長女とヨーロッパ旅行に行き,「お父さんは昔裁判官だった。おまえは人殺しの娘なんだ」と言われたのは,長女によると「あれはたぶん父の作りはなしですね。単にベルサイユ宮殿が見たかっただけで,就職の相談なんかいっさいしていません。高校1年のときでしたから」と言ったそうです。また父が元裁判官だったことを知ったのは,ずっと後に報道ステーションを見たときだったそうです。
本(美談の男)を読み進めていくうちに分かりました。前回の投降内容は一部訂正しなくてはいけません。
それにしても袴田さんはひどい扱いを受けたものです。逮捕・勾留された1966年8月18日から9月9日まで,1日も休まずに平均12時間以上の取調がなされています。
自白調書45通のうち44通が証拠能力なしとされ,採用されたのは検事が取り調べた1通だけでした。判決文によると,「警察官が立ち会っていない」「警察と検察は違うから,警察に述べたことにこだわらなくていいと告げた」ことで証拠能力を認めたそうです。
警察は66年7月4日の家宅捜索で工場内を徹底的に調べたはずなのに,事件から1年2月後の公判中に5点の衣類が入った麻袋が突然見つかったなど,捏造が強く疑われます。
また凶器とされたクリ刀は小さなものでとても遺体50ヶ所以上突き刺したものとは思えない,先端がわずかに欠けている程度だったそうです。
このように自白も物的証拠も有罪を認定するには極めて合理性がないのに,有罪とし死刑を宣告したなど,とても信じられません。
河井克行前法相
彼は筋金入りの死刑存置論者。
死刑存置論者は概して自分に甘くて他人に厳しい。
法相就任時には「法の規定に従い厳正に対処する」と死刑執行への意欲を積極的に語っていました。
金で票を買うような男が法相になり死刑執行命令を出す。
そんな不条理があっていいはずはありません。
この一事でも死刑制度は廃止すべきです。
金子文子の獄中歌
大杉の自伝を読んで憶(おも)ひ出す幼き頃の性のざれ事
ブルヂュアの庭につつじの咲いて居りプロレタリアの血の色をして
浴(ゆあ)みする女囚の乳のふくらみに瞳そらしぬなやましきさ覚えて
真白なる朝鮮服を身に着けて醜き心をみつむる淋しさ
我が霊よ不滅なれど希(ねが)ふかな閉し込められの獄に居る身は
さりながら我が霊滅び人の世の醜と手を切る其れもまた好し
ギロチンに斃れし友の魂か庭のつつじの赤きまなざし
亡き友の霊に捧ぐる我が誓ひ思ひ出深し九月一日
我が心嬉しかりけり公判で死の宣告を受けし其の時
花は散る花は散れどもギロチンに散りて花咲く××者かな
夏の夜をそぞろに集ふ若人の群れを思へば我も行きたし
人力車梶棒握る老車夫の喘(あえ)ぎも険し夏の坂道
資本主義甘く血を吸ふかうもりに首つかまれし労働者かな
同志てふ言葉を他処(よそ)に権力の腕に抱かれ友は逝きけり
ダイナマイト投ぐる真剣さもち床の上に彼はぶちまけぬ冷えし紅茶を
訂正があります。
お詫びして訂正します。
裁判関係の書類(東京地方裁判所第3回被告人尋問調書)を読むと,金子文子は九津見房子を嫌っていることが分かり,意外な感じがしました。
いわく,九津見房子は少しも子どもの面倒をみずに若い男と終日出回っていた,名前を売るために過激な演説をする「主義者」の売名売りに嫌になった,冬が迫り必要となることが分かっていながら米代金に窮して私の着物を無断で質入れして流してしまった,自分の口を肥やすために他人の防寒を思わぬ「主義者」としてその態度を憎む,とありました。
また本名は「文子(ムンジャ)」なのに,判事にあてた書状などにはときどき「婦美」と書いてあった理由が分かりませんでした。
カトリック正平協「死刑廃止を求める部会」が上川法相に要請
その内容は次のとおりです。
私たち日本カトリック正義と平和協議会「死刑廃止を求める部会」は,先月発足した菅義偉内閣において,第104代法務大臣に就任された上川陽子衆議院議員に対し,大臣就任のお慶びを申し上げるとともに,本日10月10日の第18回「世界死刑廃止デー」にあたり,今回の法相在任中の死刑の執行を再び命じることがないように要請いたします。
国際的な人権状況に大変詳しく,「持続可能な開発目標」の推進に精力的に取り組まれているあなたに改めて申し上げるまでもありませんが,世界の多くの国々では人道的観点からすでに用いられなくなっている死刑を未だ毎年のように実施している日本に対し,国際社会からはたびたび強い非難が向けられています。また,現代のカトリック教会は福音の光のもとに,死刑は許容できない刑罰であることをはっきりと教えています。2018年に改訂された『カトリック教会のカテキズム』でも,先週発表されたばかりの教皇フランシスコの最新の回勅
『Fratelli Tutti』でも,全世界で死刑を廃止するためにカトリック教会を挙げて取り組む決意が明確に示されています。私たちも全世界のカトリック教会と声を合わせ,そしてすべての善意ある人々とともに,日本政府に対して死刑廃止を求め続けてきました。
にもかかわらず,9月17日の法務省発登庁後の記者会見において,死刑廃止について「現在のところ適切ではない」とあなたが答えたことを,私たちはとても憂慮しています。適切ではないどころか遅すぎるくらいですが,今からでもまだ間に合います。幸いにも2020年は現在のところ,1件の処刑も実施されていません。どうか今この瞬間から,死刑廃止に向けた国民的議論を呼びかけてください。来年3月に延期開催される国連犯罪防止刑事司法会議開催国の法務大臣として,必ずやその決断が世界から称賛されることでしょう。
政治家や法務大臣である以前に一人の人間として,あなたの良心の声に今一度,鏡を磨いて耳を傾けてください。あなたに与えられた豊かな能力,そして法務大臣としての強い権限は,人を殺すためではなく人を生かすために,「すべてのいのちを守るため」に使ってください。昨年11月に来日した教皇フランシスコが首相官邸にて語った「結局のところ,各国,各民族の文明というものは,その経済力ではなく,困窮する人にどれだけ心を砕いているか,そして,いのちを生み,守る力があるかによって測られるのです」という言葉を,相次ぐ自然災害を前に,そしてこの未曽有のコロナ禍にあって,再び思い起こしてください。
あなたがこれまで発した死刑執行命令によって命を奪われた16名のために,私たちは祈ります。今なお悲嘆のうちにある人々のために,私たちは祈ります。
あなたに命じられて直接の殺害行為に従事させられた多くの人々のためにも祈ります。そして何より,あなたのために,私たちはいつくしみ深い神に祈り続けます。あなたが法務大臣としての職務を全うすることができますように。
2020年10月10日
日本カトリック正義と平和協議会死刑廃止を求める部会
部会長 ホアン・マシア神父
上川陽子はオウム真理教死刑囚の処刑前に赤坂自民亭ではしゃぎ,上機嫌でした。ホアン・マシア神父が言うように,法相としての強い権限は人を殺すためではなく人を生かすために使ってほしいと思います。したがって法相在任中は死刑の執行停止をすべきです。
残念だが,あんたの兄さんは逃がした。だが,あんたを逃がしはしない。
1943年,洋裁店の顧客の一人でファシズムに夢中になっている将校の妻に向かって,エルフリーデはファシズムに反対する発言を行い,ヒトラーの頭を弾丸で撃ち抜きたいと言いました。大尉の妻は夫にエルフリーデを密告させました。
判決について
ドイツ民族の名における判決。
エルフリーデ・ショルツ(旧姓レマルク)被告は,一兵士夫人に対して数か月に及ぶ,極度に煽動的かつ敗北主義的な言説によって,大胆にも以下のことを表明した。
総統の頭を銃で撃ち抜くつもりであること,わが国の兵士たちは屠殺用の家畜になり果て,その責任は総統にあること,また前線の兵士に対しては妻たちが爆撃されて死ぬことを,勝利を確信する女性たちには夫が戦死するのを願っている,と触れまわったことである。
わが国の戦士に敵対する破廉恥かつ狂信的な破壊宣伝行為によって,被告は永久に市民権を失い,死刑に処せられる。
判決理由
正確に表現するならば被告は,自らのドイツ民族としての血に対する,ドイツの戦線に対する,ドイツ民族の生命に対する,恥知らずな裏切り者であり,戦争敵対者たちの敗戦思想を煽動する宣伝屋である(戦時特別刑法第5条及び刑法第91条b)。名誉をもたない被告に対しては,われわれが自己放棄するのでなければ,ただ一つの刑罰しかありえない。死刑に処す。
フライスラー博士 シュルツェ=ヴェッケルト博士
判決を言い渡す際,ローラント・フライスラーは冷酷に言い放ちました。
残念だが,あんたの兄さんは逃がした。だが,あんたを逃がしはしない。
帝国最高裁検事総長は1943年12月13日に民族裁判所長官かつ参事官と民族裁判所司法出版部長官に「本日11時より刑の執行を許可する」旨を伝えました。
彼女は1時4分に連れて行かれ,3人の補佐人の立ち会いのもと,死刑執行人により断頭台で斬首されました。
1968年12月11日オスナブリュック市議会は,25年目の命日に通りに名を残すことによって,エルフリーデ・ショルツの名誉を回復しました。兄レマルクはローマから「寛大で気高いご配慮に,深く感動しています。皆々様方に心より深謝いたします」と謝意を述べました。
エルフr-デの極刑には,兄レマルクの名が影響したことは間違いないように思います。
密告者インゲボルク・リースレは民族裁判所に対してエルフリーデ・ショルツを非常に不利な立場に追いやった発言のために人間性に対する犯罪のかどで,1950年にドレスデン検察庁から告訴され,5年の懲役刑,債権債務の制裁措置および財産の没収が言い渡されました。
以上の内容は「ヒトラーに抗した女たち」(マルタ・シャート・行路社)からい一部引用しました。
白バラの学生たちを断頭台に送り込んだローラント・フライスラーは,このように卑劣で残酷な裁判官でした。
池田晶子氏と陸田真志死刑囚の獄中哲学対話
SMクラブの従業員だった陸田真志(むつだ しんじ)は自身の双子の兄とともに,SMクラブのオーナーと社長の二人を殺害し,お金を奪いました。
「自身を卑下したのは,二人も殺しておきながら,それでも,まだ,『自分は死刑になりたくない』と考える自分がいる事でした。それは,二重の罪悪感となりました」と池田晶子氏に手紙を書きました。
ソクラテスやヘーゲルについて語るなどの哲学談議が手紙を通じて行われました。第一審で死刑判決が下される少し前から文通が始まりました。
池田晶子氏は,あなたはソクラテスの言葉を見事に正確に理解しています。私の著書,私の言葉は現代日本の人々には,ほとんど通じません。やっと私と対等に議論できる相手ができたのが嬉しい,と書きました。
永山則夫死刑囚から手紙が来ましたが,彼がマルクス・レーニン主義に固まり,自分の出自にこだわって,事件を起こしたのは社会のせいだ,極貧だったからだと言う様子を見て返事を書かず,彼をきびしく批判しました。
陸田死刑囚に対しては,善く生きること,死刑が執行されるまでの間たどりついた真理や幸福を世間に知らしめる義務があると池田晶子氏は手紙に書きました。
陸田死刑囚は被害者であるSMクラブのオーナーを自分以上に金に汚い男だったと手紙に書きましたが,殺されてもいい人間などいるものでしょうか。自分が生命を奪った被害者を侮辱してよいのでしょうか。
池田晶子氏は文通を始めるにあたって,予断をもたないために陸田死刑囚の事件の詳細など形而下のことはまったく知りたくなかったし,知らなかったと言いました。
しかしながら,陸田死刑囚の同僚が,どうもクスリをやっているらしい,目がいっちゃってる,二人を殺すと言いだしたので怖くなって翌日から店に出なくなったと言っているのですから,そうした異常な心理で行われた殺害事件であることは事前に知っておくべきだったと思います。
この本はかなり評判がよく,今でも池田晶子氏は人気があるのですが,私には池田晶子氏がやっと自分と対等に議論できる相手が現れたと言って,今までは私の言葉が分からないバカばかりだったという上から目線が気になりました。自分は何でも知っているというような傲慢さを感じました。
池田晶子氏は永山則夫死刑囚を嫌っていましたが,彼が犯罪に及んだのは貧しかったためで,ペルーではわずかなお金のために売春せざるをえない子どもたちがいることを彼が知って基金を立ち上げ,遠藤誠弁護士に運用を依頼し,その基金のおかげで大学に進学した,看護師になった,国会議員になったことを評価しなかったのでしょうか。永山死刑囚への見方は一面的だったと思います。
シモーヌ・ヴェイユは博識でたいへん頭のよかった人だと思います。兄(のちに数学者となる)に比べて自分は何と頭が悪いのだろうと14歳のときに本気で自殺を考えたことがあるそうです。大学教授資格を持ちながら,女性工場労働者の実態を知るべく,病弱な身体ながら工場労働者として働きました。キリスト教にはたいへんな関心を持ち,神父とも議論を重ねたにもかかわらず,生涯キリスト教の外に立ち止まったまま洗礼を受けることはありませんでした。
私はシモーヌ・ヴェイユの人間性や思想が好きです(「根をもつこと」で若干国家主義的になったのは違和感がありますが)。
池田晶子氏は2007年に47歳で病気のために他界,陸田死刑囚は2008年に37歳で処刑されました(宮崎勤死刑囚と同じ日に執行)。
自堕落だった人間性が死刑の宣告を受けることによって,陸田死刑囚はまっとうな人間になりました。加賀乙彦氏による小説「宣告」の主人公のモデルとなった正田昭死刑囚も死刑の宣告を受けたことでまっとうな人間,敬虔なクリスチャンになりました。
まっとうな人間になったのに,国家がその人間の生命を奪ってもよいのかという疑問が起こる一方で,死刑が宣告されなかったらその人間はまっとうな人間に変ることはなかっただろうとも思えます。悩ましいところです。
暴力的な取調を受けた林眞須美死刑囚
毎日,朝の8時半から夜の12時半まで,窓のない狭い部屋で,刑事,検事,事務官など常に3~4人の男たちに囲まれていた。机は蹴る,椅子は蹴飛ばす,怒鳴る,殴る,灰皿をぶつける,捜査書類で頭を殴るなど,当たり前のように暴力が振るわれた。机を押されて壁との間に体を挟まれたり,食べ物に中に安全ピンを入れられた。子どもたちの写真を見せつけられ,その写真で頭や腕を殴られたときが最も辛かった。
検事から,「自殺して死ね。そしたら東警察署の霊安室から引き取り手のない死体として出しちゃる」と何十回も言われた。
頭が変になり,幻覚が見えるようになった。一人の刑事が「やりました」という5文字を書けと言って,座っている私の左腕を思い切り殴ってきた。私は殴られたとき目が覚め,立って右手をぐうにして,思い切り刑事の左のほっぺを殴り返した。
私を殴った刑事は,激しく暴れて,そこらを蹴飛ばして出て行く際に,「私を「殺しちゃろか」と言うので,「根性あるなら,今ここで殺せ」といってやった。「28年間で,女に殴られたのは初めてや。よう覚えとけよ」と刑事は言った。
他の2人の刑事は「ええ根性した女やなあ」といってきた。
黙秘したまま取調の最終日,身上調書を含め1枚の供述調書も作成されなかった。検事はこのうように罵りながら出て行った。
「眞須美,よう覚えとけよ。おまえは,わしの言うとおりにしないで逆らった女や。一生拘置所生活さしちゃるからな。わしに,眞須美,お前が逆らったバツとして一生都島の大阪拘置所に放り込んどいてやる。死んだ時やないと出れん人生やぞ。わしからの,お前のプレゼントとして,都島の大阪拘置所に一日も早く送り込んでやるかたらな。お前が大阪拘置所に行ったら,わしの生きてる限り毎年,死刑執行してやるから,覚悟しとけよ。眞須美,そのたびに,震え上がってすごせ。健治や子供達は,その度,お前以上に震え上がるぞ!」
冤罪被害者となった村木厚子さんは検事から精神的に追い詰められたものの,暴力は受けなかったそうです。村木さんが礼儀正しい官僚で,夫も官僚だった
からかも知れません。大阪拘置所で村木さんが入った独居房は,その少し前までは林死刑囚が入っていたところだったそうです。
林死刑囚は松本サリン事件の冤罪被害者である河野義行さんと連絡を取りました。
またロス疑惑の三浦和義さんが支援の手を差しのべ,名誉棄損に対する本人訴訟の方法を教え,安田好弘弁護士が弁護士につくよう奔走したそうです。
以上の内容は,「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実(田中ひかる・ビジネス社)から一部引用しました。
著者が林死刑囚が状況証拠のみ,自白なし,動機も未解明のまま死刑を宣告されたことや,逮捕後6年以上も接見禁止とされたのは,刑事や検察の逆鱗に触れたからではないか指摘していました。
なかなか興味深い指摘だと思いました。
刑事や検事の逆鱗に触れたから,状況証拠,自白なし,動機を問わずに死刑というのではたまったものではありません。
再審請求が認められるべき事件だと思います。
なぜ人間を殺してはいけないのか。
つまりそのような質問を発する人は,すでに人間を殺すことはよくないことを知っていて説明不要であり,他人を困らせるために問うのだ,ということのようです。
人間の祖先の頭の骨を見ると,明らかに脳を食べられた形跡があると聞いたことがあります。人間の祖先の時代には,同種を殺すのは「(脳を)食べるため」だったのではないかと思います。
しかし,それを許していると種が撲滅してしまうので,殺すことはよくないことであるというタブーができたのではないかと思います。誰がタブーを作って,皆が従ったのかは分かりません。人間が暗闇を恐れるのは太古からの記憶が伝承されたからだという言い方がありますが,人間を殺すのは不快で耐え難いという感情が伝承されていったのではないかと思います。
近親相姦,例えば妻(母)をめぐって父と息子が争う,殺し合いをするというのでは家庭が崩壊し,種の存続が危ぶまれます。そこで近親相姦についてタブーができたのではないかと思います。
殺人も近親相姦も本能による禁止ではなく,あくまでもタブーなので破る人間が少数現れます。
シュタウフェンベルクが計画し失敗したヒトラー暗殺未遂事件,いわゆる7月
20日事件ですが,事件に関係した5000人ほどが逮捕され,その多くが処刑されました。ピアノ線で絞首され,苦しみもがきながら生命を終えていく様子を記録映画に残し,ヒトラーはそれを繰り返し見て復讐心を満足させたそうです。
このようなサディストは正常な感覚を欠いた人間です。
免田栄さん天国へ旅立つ
免田栄さんは死刑囚として再審無罪を勝ち取った最初の人でした。冤罪に苦しむ死刑囚の味方となり,死刑反対の立場から精力的に講演をこなしていました。
獄中ではたいへんに勉強したそうです。
私がアムネスティの会員になるずっと前,大学の先生のお誘いにより,アムネスティ主催の免田栄さんの講演会に聞きに行きました。
そのとき,「私は〇〇を拝命しました」という人の言うことは信じられない,と語っていたことだけはよく覚えています。警察官,検察官,裁判官などの意識は天皇制に密接に関係しているという趣旨でした。
お年とは言え,残念なことです。
ご冥福をお祈りします。
被害者参加制度について考える。
2.量刑だけを判断する独立の手続が存在しない。
日本における死刑事件の公判は,被告人が事実を争う場合であっても,有罪
か無罪かを判断する段階と量刑を判断する段階とに二分されていない。東京地
方裁所で2011年に審理された伊能和夫氏の公判でも,手続は二分されていなか
った。
3.死刑を求める被害者の声が事実認定をゆがめている。
死刑事件の公判が二分されていないために,被害者や被害者遺族が事実認定
(有罪か無罪かを認定する手続)において,どのような処罰を求めるかを陳述
することが認められている。しかし,二つの観点からこれは非常に危険であ
る。第一に,これまでの研究によれば,厳罰を求める被害者の声を聞いたと
き,事実認定者は被告人に対して有罪を言い渡す可能性が高まるからであ
る。第二に,被害者らがどのような処罰を求めるかという問題は,有罪か無
罪かという判断とは関係がない。
原理的にいえば,このような実務を正当化することはできない。したがっ
て刑事訴訟法上,裁判官は裁量で被害者陳述を認めないこともできる。しか
し,ほとんどの場合において,裁判官は被害者の陳述を認めている。
2008年から開始された「被害者参加制度」は被害者や被害者遺族の権利を
拡張し,彼らの声を強めた。しかし,被害者参加制度のもとでは法廷に現れ
る厳罰を求める感情的な声は,真実発見を阻害する。
裁判員制度とともに日本の司法制度を大きく変えたもう一つの改革が,被
害者参加制度である。この制度によって刑事手続の表舞台に被害者や被害者
遺族が入りこんだ。
日本の刑事手続において被害者たちは長きにわたって無視されてきた。し
たがって,被害者たちはこれまでよりも多くの支援や配慮を求める必要があ
ることは間違いない。しかし,彼らを助ける必要がある一方,被害者の権利
運動の多くは厳罰志向である。被害者支援の他の方策は無視されてきた。
日本の被害者権利運動も厳罰志向であり,被害者やその家族は刑事手続の
中で神聖というべき地位を得てきた。このことによって彼らに対する反対尋
問や彼らの主張への異議は困難になってきた。
熱心な反対尋問は公判で真実を判断するための重要なツールであるから,
被害者や遺族に対して反対尋問しづらいという状況は深刻である。例えば,
東京のある殺人事件で,被害者の母親が死んだ娘に会えなくて辛いと証言し
た。しかし,実際には母親は娘と殺害の何年も前から仲が悪く,娘の死亡後
に母親が相当な額の生命保険金を手に入れていたことを弁護人は知ってい
た。弁護人は,母親を「再被害者化」したと批判されることを恐れ,これら
の点について黙っていたことを後に明かした。被害者が神聖化されてしまう
と,真実が語られなくなる。
死刑存置論者の多くは,死刑判決や死刑執行により,被害者や遺族は「ク
ロージャ―」,つまりひどい出来事がようやく終わったという満足感を得る
という。しかしクロージャ―は神話にすぎない。なぜなら遺族の喪失感に
「終わり」はないからである。不幸なことに,彼らの苦しみは終わらないの
である。
日本では,被害者参加制度によって,殺人の被害者遺族や友人が死刑判決
の言渡しを求めることが可能であり,実際にもしばしば行われている。しか
し遺族が死刑判決を懇願するという状況になれば,裁判所の判断や検察官に
よる死刑求刑の判断はゆがめられかねない。ある殺人事件の公判では,遺族
である2人の親たち,彼らの代理人,4人の被害者,そして2人の検察官が公
判審理の最終日,3時間にわたって被告人に死刑判決を言い渡すよう訴え続
けた。実際,被告人には死刑が言い渡された。
日本の役人たちは,死刑が応報によって正当化されるという。しかし,実
のところ応報というのは,形を変えた被害者の復讐である。さらに,死刑存
置論者は被害者の怒りを盾にとって死刑を正当化しようとする。直接的に自
分たちの感情を口に出すよりも,その方が言いやすいからである。このよう
な隠れ蓑は,検察官によって特によく用いられる。検察官は被害者のために
というが,実際には被害感情が自分たちと同じ方向に向かうときはそれを利
用し,(死刑の適用を認めないという)別の方向に向かう時には被害者感情
を無視する。さらに,検察官たちは,死刑が言い渡される場合には執行前の
裁判がより長くなってしまうことを被害者に告げない。
被害者が求めるからという理由で,あるいは被害者のために死刑を言い渡
すべきか否かを決めるべきではない。死刑の言い渡しは,あまりに重大であ
る。民主主義社会においては,少数者が全員を代表して語るべきではない。
たとえその少数者が非常に気の毒な境遇に置かれていてもそうなのだ。ま
た,民主主義社会において刑罰の運用の在り方を考える際に,市民の選好が
果たすべき正しい役割を見極めるのは難しい。被害者や被害者遺族の選好は
関係がないわけではない。しかし,それによって他の実務的・法的な考慮が
周辺に追いやられてよいわけはない。それにもかかわらず,なぜか遺族の感
情は,その他あらゆるものを凌駕する切り札のようにして提示される。
今のところ,復讐を渇望する被害者の声は,日本の死刑制度におけるもっ
とも強い力の一つであるが,それについてほとんど議論はない。日本の法は
死刑が特別であるとはいっていない。したがって遺族たちの怒りや苦悶など
の強い圧力からの保護はほとんど提供されていない。
日本の殺人事件の裁判では,感情が中心的な役割を担う。だからこそ,裁
判において事実認定と量刑判断の段階を分けるという手続の二分を行うこと
が不可欠である。特に被告人が無実を争っている事件では手続を二分するこ
とが必要である。なぜなら裁判官と裁判員が,有罪無罪の判断には直接関係
しない被害者の証言(「被告人は罪をつぐなうべきである!」)を聞いた場
合に,有罪判決を言い渡す確率がかなり増加することがかなり増加すること
が研究でも示されているからである。
死刑はつまるところ復讐であると認識されなければならない。しかし復讐
は極刑を正当化するものではない。復讐は狂暴な感情であり,大義名分であ
る。したがって,それは復讐心をもつ人自身にとっても危険である。「復讐
の旅に出る者はその前に墓穴を二つ掘れ」という格言が語り継がれてきた。
以上で引用終わり。
被害者参加制度にも負の面があること,被害者感情を重視しすぎると事実
認定がうとんじられ,冤罪を生むことがあることの危険性を認識しておくべ
きだと思います。
9年ぶりに死刑執行なしの年に
死刑廃止は世界の常識になりつつあり、国連も死刑廃止を求めています。
しかしそれをあざ笑うかのように自民党政権及び法務大臣は死刑執行に積極姿勢、しかしコロナ禍のために執行を控えたというのが実情でしょう。
理由はともあれ突極の人権侵害、国の行う人殺しが行われなかったというのは2020年の数少ない国内の明るいニュースです。
年頭に当たり一日も早く過った過去の遺物である死刑制度が廃止されることを願いたいものです。
カザフスタンの死刑廃止を歓迎する
心より歓迎したいと思います。
死刑廃止を正式に決定した英断に対して心より敬意を表します。
死刑賛成弁護士
同書の中で,市野川容孝・東京大学大学院総合文化研究科教授が述べていた箇所を少し紹介したいと思います。
相模原事件をはじめ,2020年もいくつかの事件で死刑判決が出た。昨年7月には犯罪被害者支援弁護士フォーラムが『死刑賛成弁護士』(文春新書)を出版した。死刑制度について賛否が分かれていた日弁連が,明確に死刑廃止に姿勢を打ち出すのは,2011年10月の高松宣言以降だが,同フォーラムの弁護士たちが,日弁連のそうした姿勢を民意に背くとして批判する。
同フォーラムの人たちが死刑に賛成するのは,殺された被害者とその遺族の立場に立って考え,行動しているからである。同フォーラムの弁護士たちからすれば,日本で最も差別されてきたのは,「法律上保護される利益は認められない」とされてきた犯罪被害者とその家族や遺族だろう。そうした状況を変えねばならないという同フォーラムの主張と行動は間違っていない,と私は読んで痛感した。
しかし,その主張ならびに行動と,死刑賛成というもう一つの主張の間にはいくつか飛躍がある。
たとえば,高橋真人弁護士は,被害者が刑事裁判に直接参加するドイツの公訴参加制度を一つの範とし,日本が2007年の被害者参加制度でそれに近づいたことを是としつつ,その導入に反対したとして日弁連を批判しているが,ドイツのその公訴参加制度は,死刑廃止とセットで運営されているのである。法廷で被害者やその家族の声に耳を傾けることと死刑廃止は,制度として全く両立可能である。
2007年8月の闇サイト殺人事件で、見知らぬ男3人に当時31歳の娘さんを殺された磯谷富美子さんの「私が願ったのは全員の死刑」は,読んで胸がえぐられる思いがした。その末尾で磯谷さんは次のように訴えている。「最後に,死刑反対の人にお聞きしたいことがあります。あなたの娘や息子,愛する家族の命を奪った加害者に対しても,あなたは堂々と死刑反対と言えるでしょうか?本当に親として家族の一員として,反対で満足なのでしょうか。他人事としてではなく,自分の降りかかったらどうだろうかと,今一度お考えください」。
まず,私自身の答えを言う。磯谷さんには拒絶されるだろうが,もし私の娘が
磯谷さんの娘さんと同じように惨殺されたとしても,私自身は死刑を求めないだろう。死刑によっては何も解決しないと考えると思う。
死刑に反対する被害者遺族は日本にもいる。弟さんを殺した犯人とその犯人が処刑されたときの気持ちについて,原田正治さんは次のように述べている。「面会に行って彼が直接謝ってくれると,ある程度気持ちが落ち着くのです。なんと表現したらいいのかわかりませんが,「ああ,あいつは謝ってくれてる」と感じると,安堵感とでもいうような気持が出てくるのです。・・だから,僕が法務省や拘置所に求めたのは,一般論としての死刑廃止ではなく,長谷川君の減刑でもなく,僕が納得するまで彼と会わせてほしい,そのために死刑はまだ執行しないでほしいということでした。じゃあ,いつになったら執行していいのか,という期限については,僕もわかりません。・・・それなのに長谷川君と僕を会わせないというのが,今の法務省や拘置所のやり方です。そしてついには,僕を癒してくれる長谷川君を,死刑によって僕から奪ってしまったのです」
原田さんにとって一つの救いは,弟を殺した犯人が謝ってくれたことだが,すべての加害者がそうするわけではない。磯谷さんの娘を殺した犯人の一人は法廷で「殺害行為は仕事感覚だ」「ゴキブリを殺すのと一緒だ」と言ったという。原田さんのケースを一般化することはできない。しかし,磯谷さんのケースも一般化できない。
被害者遺族の立場に立つという信条を,弁護士として本当に貫くなら,それぞれに異なりうる遺族も声に耳を傾けながら,死刑を時に否定し,時に求めるという,それ自体は一貫しない態度をとらなければならないはずだ。なのに,なぜ死刑賛成と言い切れるのか?所々で何かが省略されているように思う。
以上で引用を終わります。
修復的正義
ひどい事件が起こったときに,どうすることが正義なのだろうか。現在の刑事司法制度は,その問いに応えるべく発展してきた制度である。一方,1970年代に被害者加害者対話プログラムとして開始された修復的正義(restoractive justice)は,その問いをめぐり,既存の刑事司法制度へのオルタナティブとしての意味合いももちながら,一定の評価を得て世界中に広まった。
修復的正義は,北米にメノー派キリスト教徒を中心とする人々によって,被害者加害者和解調停プログラムとして開始された。メノー派の検察官が少年犯罪を扱うにあたり,通常の刑事司法システムで裁くだけでなく,その加害少年を被害者に直接会わせてみたところ,加害少年が被害者に会って実際に悲しみを聞くことで,より反省が促されたという。さらには,被害者に側も加害者への過剰な恐怖が消え去り,加害者が犯罪に至った背景にも理解が深まり,更生に協力する動きさえ生まれた事例もあった。
刑事司法では通常,①どの法律を,②誰が破り,③どの罰に値するか,という考え方をするが,修復的正義では,①誰が被害を受け,②害を受けた人のニーズは何で,③誰がどのようにそのニーズを満たす責任をとっていくのか,という考え方をする。
その背景には視点の違いがある。刑事司法では「法を犯したかどうか」を基準に考え,修復的正義は「傷つける行為が起こったかどうか」を基準とする。修復的正義では「問題」とする行為を,国家との関係ではなく,人と人の関係で見ているのである。
もう一つは「問題」が起こったときに,どのようにするのが「正義の道」かについての考え方である。刑事司法における刑事罰の基礎には,「問題」を起こした人は「報い(罰)を受けるべきという考え方(=応報的正義)がある。一方で修復的正義の基礎には,「問題」を起こした人はその「問題」を「解決することに責任をもつべき」だ,という考え方がある。
(被害者の心理サイクルと修復的再生モデルという図があるのですが,文章にして説明します)。
暴力やトラウマとなる出来事→心理的変化→ショック,傷つき,否定,不安,恐れ→喪失・パニック→悲しみや恐れを抑圧 孤独化・孤立化→侵入的再体験
記憶喪失,過覚醒→サバイバーとしての罪悪感→救いのない感覚→激しい怒り
スピリチュアルな疑問 人生の意味の喪失→正義のニーズ 復讐を夢想
(ここから2つに分かれます)。
正義のニーズ 復讐を夢想→自分を責める→自暴自棄やストレス病→自傷・自死 アクトイン(自分への怒り・攻撃)
正義のニーズ 復讐を夢想→悪者・善者(敵・味方)という語り→(応報・征伐・自衛という名における)正当化された攻撃活動 アクトアウト(他者への怒り・攻撃)
しかしアクトインとアクトアウトには厄介な面がある。両者とも,結局は傷つき(の原因となった暴力)を次に持ち越して新たに傷つく人を生むという「暴力の連鎖サイクル」の中にあるという点だ。「暴力的な刑」により死刑囚の家族は傷つき,やりきれない絶望の底におかれる。被害者家族も,一時は救われても,自分の家族に関連してさらに一人の命が絶たれたという重荷は続いていく。
この連鎖を断ち切るべく考え出されたのが,被害者回復モデルにおける修復的正義のプロセスである。
正義のニーズ 復讐を夢想:安全,自由 生きることを選択→回想,喪の作業
安全な怒りの表現→回想,根本的な原因理解,敵の側のストーリーを知る 自らの短絡に向き合う→リスクをとる勇気 寛容と共存→敵と向き合う→補償の責任を認め正義の確立→解決策の模索・交渉→トラウマの歴史を含めた新しいアイデンティティの確立→赦しと和解の可能性へ
筆者は,水俣病公害事件を経験した水俣に住んでいるが,地域の基幹産業会社が加害企業になった水俣では,地域の人間関係が複雑な加害被害関係の中におかれ,正義を求める中で敵味方として分断していった。しかしその中で「私と同じ苦しみを経験する人は二度と出ないでほしい。加害企業も政府も赦すから,過ちのない社会を一緒に作ってほしい」という被害者リーダーの声に救われて,地域は和解と再生に向かっていった。しかしそのリーダーたちも,最初から赦していたわけではない。苦しみを味わい尽くし,後に,憎しみや復讐からは未来が生まれないと変化したという。
筆者は,現存の修復的正義のプログラムですべてが解決するとは思っていない。特に被害者加害者対話プログラムの中には,修復的な変容には至らずに形ばかりで終わる例も存在するし,一方で,被害者との直接対話によって加害者が自分の罪の重みに気づき,自ら死を選んでしまった事例もある。
以上で,引用を終わります。
天皇制と死刑
1910~11年の「大逆事件」に象徴されるように,「死刑」と天皇制の分かち難い結びつきも過去の歴史として葬り去るわけにもいかない。事実,戦後過程においても「大逆罪」の復活を想起させる死刑判決はあった。いわゆる「連続企業爆破」を行った東アジア反日武装戦線に所属した被告に対する第一審判決(1979年)は,天皇が乗った「お召列車」の爆破を計画したとして「国民統合の象徴たる天皇に対する攻撃」という言葉遣いで,未遂に終わったにも拘わらず,死刑判決の理由のひとつとした。2018年,オウム真理教幹部13人の死刑執行が行われたとき,メディアは一斉に「法務省幹部」の言葉を伝えた。「2019年には天皇の退位で元号が代わり,新天皇の即位に伴う皇室の行事が予定されている」「オウム事件は平成を象徴する事件,平成のうちに区切りをつけるべきだ」。
竹内好の言い方に倣えば,天皇制が「一木一草にある」社会なのだ,日本は。
私たちは,敗戦の翌年に坂口安吾が書いた「堕落論」「天皇小論」「続堕落論」などに書きつけられた言葉を,今なお心して読む必要があると思う。「そこには,戦時中の軍部のみならず,「我々国民」もが,主体的な判断を先延ばしして,「外ならぬ陛下の命令」を待ち続け,「朕の命令」がいったん下ると,泣いて,忍びがたきを忍んでそれにひれ伏すさまが,憤怒を込めて記されている。
死刑を廃止するにも,戦争を拒否するにも,民衆の主体的な判断が何よりも重要である。重大な出来事を前に判断停止に陥り,ひたすら「上からの」指示を待ち,それに付き従う日本社会特有の在り方は,このコロナ禍の下でも繰り返されている。天皇制を抱え込んだままの日本社会が孕むこの基本的な矛盾に目を瞑っていては,何ごとも始まらないのだ。
死刑廃止運動の場で同席する機会のある作家・加賀乙彦氏が語ってくれたことがある。1929年生まれの氏は,日本帝国の敗戦直後には20歳前後だったから,当時の時代的な記憶が鮮明だ。1947年に施行された新憲法が「戦争放棄・軍隊不保持」を謳った以上,同時に「死刑による死」もなくすことも当然とする雰囲気が社会にはあった,と。
以上で引用終わり。
平成天皇が退位を希望したために,オウム真理教の死刑囚13人は悔悟・反省を熟考する時間を奪われ,真相解明にも早々と蓋をする結果になったのは,なんともやりきれません。
加賀乙彦氏が語った敗戦直後の社会的な雰囲気として,当然「死刑による死」をなくそうとする動きがあったことは,とても興味深いものがあります。
修復的正義の実例
米国の殺人事件被害者家族と加害者の対話の実例
Aは15歳のときに仲間と女性を誘拐し,性的に犯して銃で殺害し,実刑判決を受けて収監された。被害者の女性には当時5才の娘がいたが,15年経って一児のシングルマザーになっていた。被害者の娘とその祖母は15年経って加害者と直接会うことを決意し,被害者支援センターの被害者加害者対話支援サービスに申し込んだ。
センターは個別訪問や詳細な調査を行い,対話可能と判断した。
午前9時に刑務所内の礼拝堂にて,被害者家族が待つ部屋にコーディネーターが加害者を招き入れた。
被害者の女性は,車が故障して困っていた自分たちを助けてくれただけだった。それをだまして草むらに連れて行き,性的に犯して,顔を見られたので銃で撃った・・・と,加害者は当日のことを語った。
被害者の母が娘の最後の言葉を尋ねたところ,「私たちが殺そうと銃を向けたとき,彼女は『私はあなたたちを赦します。神もそうなさるでしょう』といったのです。今でも,そのことだけははっきり覚えています」と嗚咽しながら語った。被害者の母は孫娘の肩を抱き,「それがあなたのママなのよ」と泣いた。
孫娘もコーディネーターも涙していた。
昼食をはさみ午後の対話が始まった。午後は和やかな雰囲気で始まり,加害者の幼少期からの人生について語られた。「母の顔を知らずに施設で育ち,養父に性的暴力を受けました。居場所がなくなって夜の街へ。薬と自殺未遂を繰り返しました。そんな中,あの事件を起こしてしまった」と加害者は語り,加害者の痛々しい少年時代に被害者家族は言葉を失った。
加害者が「私が仮釈放になることがあるとすれば,どうお感じになるでしょうか」と尋ねると,被害者家族は「残りの人生を前向きに生きるなら,どこに行ってもかまいません。ただ,刑務所にいる間,できるだけ長く刑務所内学校で教育を受けてほしいのです」と答えた。
対話コーディネーターが「最後に言いたいことは」と尋ねたところ,被害者家族はひそひそと話した後「一緒に写真を撮りたいのです」といった。そんなことが許されていいのか,とためらう加害者を被害者家族は抱き寄せた。申し訳なさそうに,しかし初めて愛を知った少年のような笑顔を見せる加害者。被害者家族にも,何かから少し解き放たれたような安堵の表情があった。
以上で引用終わり。
ウソのようで本当にあったことです。
パキスタンの最高裁が精神疾患者の死刑執行を禁止
今回の判決により,精神疾患を持つ者あるいは精神疾患の可能性がある死刑囚の執行がなくなることになります。
殺人罪に問われていたイムダド・アリさんとカニザン・ビビさんは,統合失調症と診断されていたにもかかわらず,それぞれ1991年と2002年に死刑が確定していました。統合失調症を患っているとして死刑執行停止命令が出されるまでに,何度も死刑執行命令が出されていました。
最高裁判所の裁判官は死刑の減刑を言い渡すにあたり,次のように語りました。「これまでの議論を考慮し,精神疾患の囚人が,罰を受ける理由を理解できないことが判明したならば,執行は,正義をはたすことにはならない」
改善の一歩だと思います。
米バージニア州の死刑廃止を歓迎する
今では先進国で存置している国は、日本とアメリカの一部の州だけになりました。
2月22日アメリカのバージニア州議会は死刑を廃止する法案を可決、ノーサム州知事は法案に署名し発効することになりました。
バージニア州はアメリカで死刑を廃止した23番目の州になりました。
そして米南部で初の死刑廃止州が誕生。
心より歓迎したいと思います。
死刑を存置する他の州、そして連邦政府もバージニア州にならい、死刑制度廃止の英断を!
そしてアメリカも死刑廃止国の仲間入りを!
修復的正義の実例(2)
韓国の連続殺人事件被害者家族K氏の事例
韓国で史上最悪といわれた連続殺人事件があった。K氏が仕事から家に戻ると,自分の母と妻,息子が殺されていた。一日にして残酷な方法で愛する人々を失ったK氏は生きる気力をなくし,うつ状態になり,死のうと思った。橋から飛び降りようと足を欄干にかけた瞬間,突然K氏の頭に「どうせ死ぬなら赦してから死んではどうか」という思いが降ってきたという。応答するように「自分は赦します」とK氏は心に決めた。そう思った瞬間,急に死にたい気持ちが消え,生きる希望が湧いた。
その後K氏は韓国の死刑廃止運動の中心の一人になった。彼は,自分の家族を殺めて死刑囚として収監されている加害者に手紙を書き始めた。返事がなくとも,ずっと書き続けた。そして加害者が出獄してくるときのために.少しずつ彼に送金した。のちにK氏は韓国の修復的正義のリーダーを通じて修復的正義の考え方とも出会った。彼はその考え方に共鳴し,東アジア各国の若者たちと共に修復的正義を学び,自身の人生史を語った。カトリック信者で若かりし日に日系企業で働いていたK氏は日本語が堪能だった。日本で修復的正義を研究する筆者(石原明子准教授)に,彼は温かくしかし整った文字で,「大切なお仕事のために祈っています」と手紙をくれた。
以上で引用終わり。
信じられないようですが,本当の話です。
村野瀬ソンセンニム,カムサハムニダ(村野瀬先生様,ありがとうございます)。
死刑判決の取り消し
南スーダンのマガイ・マティオップ・ンゴングさんは15歳のときに死刑判決を受けていましたが,2020年7月に取り消されました。南スーダン政府に判決の取り消しを求める要請及びメッセージは765,000件にのぼりました。
「本当にどうもありがとうございました。言葉もありません。僕がどんなに嬉しいか,皆さんにはきっと想像もつかないでしょう」とマガイ・マティオップ・ンゴングさんはメッセージをよこしてくれました。
日本キリシタン殉教史における子どもたちの処刑
秀吉は京都から長崎まで800キロの道を行進させて,長崎で処刑しました。そては街道の人々と,長崎に住むヨーロッパ人やキリシタンたちとに対する見せしめとして意図されたものでした。これが1595年2月5日におきた「日本二十六聖人殉教」ででした。
処刑責任者は長崎奉行の唐津藩主寺沢広高でしたが,秀吉の朝鮮出兵にあたり博多から離れることができないので,死刑の執行は弟の半三郎にまかされました。名簿の中に12歳のいたいけな少年ルドビコ茨木がその中にいることを知り,なんとか助けたい,それには信仰を捨てさせねばならないと考えました。
半三郎が『お前の命は見どもの手のうちにある。私に仕えることを望むなら助けて遣わそうぞ。キリシタンを捨てることが条件だず』と言ったののの,元気のよい12歳の少年ルドビコは『それほどまでして生命を助かろうとは思いませぬ。たちまち滅びる短い肉体の生命と永遠の霊魂の生命とを取りかえられるわけがございませぬ』と答えました。
丘の上には26本の十字架が備えられていて,殉教者たちは自分の十字架を求めて走りより,それを抱きしめました、
12歳のロドリゴは槍をうけとき,“パライソ(天国)”,パライソ(天国”とつぶやいて目を天に向けながら息を絶えました。すべての遺骸は80日間十字架上に曝されました。
1609年1月11日に加藤清正の命により,2人の慈悲役(ミゲル,ジョアンナ)と
その子(トマス12歳,ペトロ6歳)が斬首されました。
ミゲルは一撃で首が落ちました。トマスは父の遺体の前で死にたいと,父の血が流れている土の上にひざまずき天を仰ぎながら刀を受けました。ジョアンナも一刀の下に斬られました。首切り役人は静かに斬られるのをまっているいたいけな子(ペトロ6歳)を斬ることを次々と二人が断り,三人目の役人は斬り損ねて右肩を傷つけ,ペトロは横ざまに倒れました。役人はたまらず役目を断ってしまったので,朝鮮生まれの非人がひきうけ,斬り損ねようやく三太刀で首を落としました。
1619年10月11日には,徳川秀忠の命により五十二人の大殉教が加茂川六条河原
で行われました。27本の十字架が建てられ,おびただしい薪が積み上げられました。人々の涙をさそったのは5人の子供と捕らえられた橋本太兵衛夫人のテクラでした。彼女は身重でした。3歳のルシアを胸に抱き,12歳のトマスは右につらされ,8歳のフランシスコは左の方に一つの柱に縛られていました。13歳のカタリナと6歳のペトロはその側の十字架にくくられていました。太兵衛は妻子から離れた十字架に縛られていました。
火が付けられ、猛烈に炎があがりました。娘カタリナは「母さま,私もう目が
見えない」と言いました。母は「ゼズースさまとマリアさまにお願いなさい」と答えました。抱かれたルシアは死後もしっかりと母の体にくっついていました。
わが子の顔をさすって涙を手でふいている母親の姿が炎の間から垣間見られました。キリシタンでない人も「こんなに殊勝な信心家たちを見たことがない」と
ささやきあっていました。
1622年9月10日には長崎の西坂で五十五人の大殉教がありました。神父9人を含み修道士,信徒をあわせて25人は火刑,30人は斬首刑に処せられました。
斬首組の中には,ダミアノ多田の子ミカエルが5歳,永石夫妻の子ペトロは7歳,クレメントの子アントニオは3歳でした。
純心短期大学副学長などを務めた片岡弥吉氏が,故矢内原忠雄東京大学学長が,かつて長崎を遊んだ時に西坂に案内したことがあったそうです。「ここで殉教した六百余人のキリシタンの中には,1歳,2歳という幼児もいた」ことを何心なく話しました。そのときはただ頷くだけだった学長が,帰りの自動車の中で「気分が悪くなった」といわれたそうです。わけを尋ねると「日本人はなぜこんな小さい子どもまで殺したのか」と嘆かれたそうです。
片岡氏は,幕府の非道なキリシタン弾圧も人間関係をタテ割りに階級づけた封建制も,異常な政治体制である。異常な政治・社会や異常な環境の中に住む人間にもまた異常な心理が起こる。矢内原学長が嘆かれた残酷は,この異常心理が生み出したものだろう,と述べました。
以上,「日本キリシタン殉教史」(片岡弥吉・時事通信社)から一部引用しました。
いとけない子どもの信教の自由を認めずに死刑に処したというのは,なんとも非道で言葉を失ってしまいます。
思想・信条・信教を理由に子どもたちが殺される社会がこれから存在することはない,などと楽観的な気持ちにはなれません。昔のこととは言え,実際に日本人が起こしたことです。
「2020年の死刑判決と死刑執行」
全文は26ページにのぼりますが,ごく一部だけその内容を紹介します。
法律上・事実上の廃止国数:144(2019年142)
すべての犯罪に対して廃止:108
通常犯罪のみ廃止:8
事実上の廃止:28
存置国数55
〇 死刑執行件数 483件以上 前年より26%減少 過去10年で最少
*数千と言われる中国と北朝鮮はそれぞれ2件とカウント
〇 死刑執行をした国の数 18
上位5ヶ国 中国,イラン(246),イラク(45),サウジアラビア(27)
〇 死刑判決件数 1477件以上
〇 死刑囚の人数 28567人以上
エジプトでは執行数が前年の3倍を超え,米国では7月に連邦レベルでの執行をトランプ政権が17年ぶりに再開し,5ヶ月半あまりで10人の死刑を執行した。
インド,オマール,カタール,台湾も死刑執行を再開した。
中国では数千人に死刑が執行されたと思われるが,その件数は依然として国家機密とされている。
バーレーン,ベラルーシ,日本,パキスタン,スーダンでは前年にあった死刑執行が1件もなかった。カザフスタン,ロシア,タジキスタン,マレーシア,ガンビアでは死刑執行停止が維持された。
米国ではコロラド州が国内22番目の死刑廃止州となり,カリフォルニア,オレゴン,ペンシルバニア州では州知事による死刑執行停止が維持され,オハイオでは予定されていたすべての死刑執行が延期された。
1月,バルバドスは絶対的法定刑としての死刑を廃止する決議をなし,4月,サウジアラビアは反テロ関連を除いて犯行時点で18歳未満の被告人の死刑を適用をやめると発表,7月,スーダンが背教罪への死刑の適用を廃止した。
処刑された483人のうち3%にあたる16人が女性だった。
エジプト(4),イラン(9),オマーン(1),サウジアラビア(2)
イラクは前年の少なくとも100件から45件に減少,サウジアラビアでは184件から27件に減少した。
2月20日,大阪地方裁判所は松本健司の8回目の再審請求を退けた。起訴される以前から水銀中毒(水俣病)が原因の精神障がいにあり,死刑確定囚の独房に収監されている間に妄想性障がいを発した。弁護人によると,これらの障がいが尋問中に及ぼした影響は甚大で,自白を強要されることになった,また裁判を理解したり参加したりする能力を欠き,科された死刑の意味や目的を理解できないという。
最高裁は12月23日,袴田巌の地裁の再審開始決定を覆した東京高裁の決定を取り消し,審理を東京高裁に差し戻した。
以上です。
遠藤誠弁護士による死刑廃止論
しかし,66年頃から始まった仏教への信仰が本物になった75年頃に考えが変わりました。その原因は仏教における不殺生戒の教えと,死刑制度の持つ意味についての全体的・本質的分析の結果だったそうです。
死刑存置理由として主張される点は次の3つの点に尽きます。
① 応報刑思想について
一つの犯罪に対して,それと同じことを犯人に対しても加えてやるべき
だという応報刑思想は,古代・中世のような野蛮な時代にはありました
が,近代刑法思想では,これはすべて否定されています。現在の世界的
刑法思想はすべて教育系思想です。
「目には目を,歯には歯を」という考え方は,旧約聖書やコーランとい
う原始経典にある考えであって,「罪を憎んで人を憎まず」という近代刑
法思想とは,本来相容れないものなのです。
もし応報刑思想を貫くとすれば,傷害罪についての刑法204条の規定
もおかしくなるのです。人の腕を切り落とした者に対する刑は腕の切り
落とし刑にし,女性を強姦した犯人に対しては女性によって強姦される
刑に処すべきことになってしまいます。
しかし,そんなおかしなことを考える人間はいません。ところが殺人
についてだけは,なぜか「殺せ」というのです。こえは矛盾していま
す。
すべての人間には,生まれながらにして仏性(ぶっしょう)がそなわ
っているのです。仏性とは,いいことをすればすべての人間がお釈迦様
と同じ素晴らしい人間になる種(たね)のことで,悟りを開きうる可能
性のことです。人を何十人と虐殺した凶悪犯人も,生まれた時はかわい
い赤ん坊だったのです。
その生まれながらに持っていた仏性のまわりを厚く覆ってしまっ諸々
の欲望,すなわち煩悩の奥底に,なお厳然として存在している仏性の存
在にもう一度気づかせ,まっとうな人間として立ち直らせるのが,仏教
の立場から見た刑罰の目的です。
② 死刑制度の犯罪抑止機能について
「死刑制度があるから,殺人が増えないのだ」という考えは,幻想です。
アメリカの犯罪学者サザーランドが1955年に発表した統計によると,死刑
を廃止し た国や州の死刑廃止前後での犯罪統計では,死刑制度を廃止して
も,殺人罪はまったく増えていないだけでなく,却って減っている所もある
と報告されています。
私が激情犯の死刑囚から直接聞いたところによると,彼らは「自分がこれ
をやれば死刑になるんだ」ということは,これっぽちも考えないで犯行に及
んでしまったそうです。殺し屋のような計画犯の場合はなおさらで,死刑が
あろうがなかろうが,確信を持ってやるわけですから,彼らに対しても抑止力
はないことになります。
もともと,人間が他の人間を殺すということは,本能的にいやなことで
す。したがって人間が人間を殺すということは,よほど追い詰められ,せっ
ぱつまった心理状態におかれた者か,あるいは殺し屋のようにゆがめられた
人格に形成されてしまった者のなす行為なのです。
自分の心がいいから人を殺さないのではなく,殺さなくても済む環境に長
いことおかれていたから殺さないのです。人を殺さざるを得ない環境で育っ
たとすれば,たまたまその人が頭の中で殺すまいと思っていても100人も100
0人も殺すことがある。これが親鸞聖人の世界です。
問題は,そのように犯罪者を作り上げている家庭環境,学校,社会,国家
という縁を,よりよいものに改革することなのです。
③ 被害者の遺族の感情について
死刑存置論者の最後のよりどころがこの問題です。しかし,これは感情であ
って理論ではありませんから,説得不可能です。
私が1975年まで死刑存置論者でしたが今は違います。敬虔な仏教として,
教主釈尊のつぎの言葉を心から信じているからです。
「怨みは怨みにて息(や)むべきようなし。怨みなきにて息む。この法,易(か)わることなし」
犯人を殺しても,失われた被害者の生命が戻ってくるわけではありません。
それならば,むしろ犯人を殺さずに,その一生を遺族と一般社会に対する贖
罪的奉仕に長く専念させることによって,被害者感情を慰謝させることのほう
に意味があるはずです。
死刑を廃止するかわりに,仮出獄のない,文字通りの終身刑をつくるべきで
す。文字通りの終身懲役刑に処したとすれば,死ぬまで労働させるわけですか
ら手当(作業賞与金)が出ます。それを刑務所長の責任のもとに管理してお
き,被害者の遺族に送るようにすればいいのです。そのほうが,被害感情の慰
謝になるはずです、被害者側の応報感情を,そのような終身の贖罪によって慰
謝させるという,より冷静な解決法が分化社会としての責務であると私は思い
ます。
被害者の復讐感情の問題については,国家権力がしゃしゃり出るべきではな
い,あくまで死刑制度を存置する最後の根拠が被害者の復讐感情にあるのだと
すれば,そしてそれが説得不能であるとすれば,当事者間の問題として委ねる
べきだと呉智英氏は主張しています。
私も呉氏の仇討ち論に賛成です。ただし,仇討ちですから,返り討ちも覚悟
しなくてはなりません。しかし,実際のところ復讐権を復活させたとして,い
ったい何人の遺族が犯人を殺せるでしょうか。ましていわんや,遺族が宥恕し
ているのに権力がしゃしゃり出て殺すに至っては言語道断です。
長い時間がたつと被害者遺族の感情も変わります。被告人を殺しても被害者
が生き返るわけでもないし,被告人にも家族がいるだろうし,自分たちが味わ
った苦しみを,何の罪もない被告人の家族に負わせるのは気の毒だから死刑に
しないでほしいという上申書を,被害者遺族として裁判所に出すケースが時た
まあります。ところが,裁判所はそれを無視して死刑判決を出すのです。被害
者の感情を尊重すると法務省は主張していますが,裁判の現実では全く無視し
ていることもあるのです。
最後に,これが最も強調したい点ですが,死刑は国家権力による殺人なので
す。「人を殺すな」と言っている国家権力そのものが人を殺すという制度なの
です。仏教の教主釈尊がさだめられた十重禁戒(十善業・じゅうぜんごう)の
第一条は,不殺生戒です。「人間を殺すな。殺させるな。またひとが殺すのを
傍観するな。そしてその理由いかんを問わない」という意味です。
国家権力というものは,国民の公道に対する管理・支配だけでなく,その生
命に対する生殺与奪の権をも握ることによって,その権力的支配を貫徹しよう
とする欲求を持っています。死刑制度は,その現れなのです。
国家権力の存在そのものを諸悪の根源と確信している私は,死刑制度を,断
じて認めるわけにはいきません。それは国家権力による殺人なのです。
・・・普通の弁護士がやりたがらない事件を私が引き受けているのも,「自分ノ
コトヲ勘定ニ入レ」ない生き方を示しておられる釈尊のお言いつけによるもの
です。帝銀事件,永山則夫事件,暴対法事件等すべてそうです。国選弁護人だ
った永山則夫事件の第二審を除き,これらの事件では一円も着手金・報酬金を
もらっておりません。かくして弁護士遠藤誠をその根底において支えているの
はやはり仏法ということになるのです。
以上「私は『悪者』に味方する」(遠藤誠・筑摩書房)から一部引用しまし
た。
遠藤誠弁護士の仏教者らしい死刑反対論でおおむね賛成します。
しかし,名古屋大学女子学生による殺人事件,佐世保北高校女子高生による
同級生殺人事件などは激情犯でもなく,せっぱつまった訳でもなく,殺し屋に
よる殺人でもありません。人が死ぬのをこの目で見てみたいというかなり病的
な性格から引き起こされたものです。なかには自分では死にきれないから,無
関係な人を殺害して死刑を希望する人間も出てきています。
養老孟司さんが,人間は本能的に人間の死体を見ることを厭うと言ったそう
で,私も賛成するところがありますが,そうではなくて人が死ぬのを見たいと
いう人間もいるのですから,さまざまです。遠藤誠弁護士が存命中であったな
らばどう考えるだろうか気にかかります。
永山則夫事件東京高裁船田判決
「少年法五十一条によれば,十八歳に満たない少年に対しては,死刑を科し得ないことになっている。被告人永山は,十九歳であったから,法律上は死刑を科することは可能である。しかし,少年に対して死刑を科さない少年法の精神は,年長少年に対しての判断に際しても,生かさなければならない。
被告人永山は,出生以来きわめて劣悪な生育環境にあり,父は賭博に狂じて家庭を省みず,母は生活のみに追われて被告人らに接する機会もなかった。幼少時に母が,被告人らを見放して実家に戻ったため,兄や妹の新聞配達の収入などにより辛うじて飢えをしのぎ,愛情面においても経済面においても,きわまて貧しい環境に育ってきた。人格形成に最も重要な幼少時から少年時にかけて,右のように生育してきたことに徴すれば,犯行当時十九歳であったとはいえ,精神的な成熟度においては,十八歳未満の少年と同視しうる状態にあったと認められる。
かような生育史をもつ被告人に対し,犯した犯罪の責任を問うことは当然であるとしても,その責任をすべて被告人の帰せしめ,その生命を以って償わせることによって事足れりとすることは,酷に過ぎないであろうか。
劣悪な環境にある者に対し,早い機会に救助の手を差しのべることは,国家・社会の義務であって,その福祉政策の貧困も,原因の一端というべきである。換言すれば,本件のごとき少年の犯行について,社会福祉の貧困も,被告人とともに責任をわかち合わなければならない。
以上のとおり考慮すると,死刑を維持すべきことは酷に過ぎ,各被害者の冥福を祈らせつつ,その贖罪に捧げしめるのが,相当というべきである」
として,東京地裁の死刑判決を破棄し,無期懲役を言い渡しました。
1997年8月2日の新聞により永山則夫死刑囚の死刑執行が一面トップにのりました。遠藤誠弁護士は東京拘置所に電話して責任者を呼びだし,声をあらげて抗議し,8月4日には安田好弘弁護士および大谷恭子弁護士とともに遺骨と遺作を含む遺品をうけとり,8月14日には東京小日向の林泉寺で葬儀をとり行いました。
遠藤誠弁護士は,以後,毎朝,自宅仏間で般若心経と観音経を読誦し,最後に「観音さま,何卒,永山則夫君を,すばらしい人間に生まれ変わらせてください!」と心の底から唱えていたそうです。
なお遠藤誠弁護士は縁があった人で亡くなった人104柱の戒名・俗名を読み上げて祈ったそうですが,その104柱の中には永山則夫死刑囚のほかに次のような人が含まれていました。
亡き父,別れた妻の父,今の妻の両親,遠藤三郎(元陸軍大将で反戦運動家),内山愚道(大逆事件の当事者),奥崎シズミ(奥崎謙三夫人),ディートリッヒ・ボンヘッファー牧師,森川哲郎(平澤貞通を救う会の創立者),野村秋介,コルベ神父,佐倉宗五郎,平澤貞通
以上,「怪物弁護士・遠藤誠の事件簿」(遠藤誠・社会批評社)から一部引用しました。
なお死刑が問われる事件においては,裁判官は裁判員には最高裁が示した永山基準を説明していないのが現状だそうです。裁判官としては裁判員に余計なことを知らせて死刑判断を躊躇させたくないからでしょうか。
共犯者がいる場合の死刑事件における弁護士の苦悩
「私の友人である宮崎知子を助けていただけませんでしょうか。今年の2月9日に富山地裁で死刑判決が出されました。
彼女は逮捕時,当時の恋人をかばうため,罪をかぶることしたことがアダとなり,判決でも罪をかぶらされる破目になりました。『宮崎死刑,共犯者無罪』の判決は認めがたいものがあります。もともと,自白中心で証拠不十分なら被告2人とも無罪になるべきではないか。片方だけ極刑とは,非常におかしいと思っております」との弁護依頼でした。
遠藤誠弁護士は熟読した後,時間がなくて受任は無理なのでくずかごに捨てたところ,奥さんは手紙を読んだらしく,「誠さん,この女性がもし冤罪だったらどうするんですか。やってもいないことで死刑判決を受けたと書いていますよ。こういう人を弁護するのが,弁護士ではないですか?」と言われ,まさに正論だと思い,奥さんとともに富山まで宮崎知子被告(当時)に面会に行きました。
一審の認定事実はつぎのとおりでした。
被告人・宮崎知子は,金ほしさのために,昭和55年2月25日,富山市内のOLのN子さんを誘拐し,岐阜県の山中において絞殺し,N子さんの実家に身代金を要求した。
金ほしさのために同年3月5日,学生のT子さんを誘拐し,長野県の山中において絞殺し,T子さんの実家に身代金を要求した。
起訴された愛人のKは共犯とされたところ,一審判決ではKは証拠不十分で無罪とされました。知子被告は無罪を主張して控訴。検察はKの有罪を主張して控訴していました。裁判所は名古屋高裁金沢支部でした。
面会のあいだ,知子被告は男性Kだけが実行犯であって,自分は実行にも共同謀議にも加わっていないと縷々説明しました。
遠藤誠弁護士は受任するかどうか決心するために,富山の弁護士に一審記録全部を貸してほしいと依頼しました。はたして段ボール12箱が自宅に届きました。
相前後して知子被告から遠藤誠弁護士および奥さんあてに手紙が届きました。
遠藤誠弁護士は10日間,朝の9時半から夜の11時まで食事のときを除いて段ボール箱12個の一審記録全てを読破しました。千葉地裁の裁判官をしていたときの経験を生かして克明なメモをとりながら吟味しました。
遠藤誠弁護士は次のように考えました。
二人の被害者が殺害される直前までK君と知子さんがいっしょにいたことは,K君と知子さんも認めている。したがって,客観的事実の可能性は次の四つになる。
①の場合 二つの殺人ともK君がやって知子さんが無実である場合。
②の場合 二つの殺人とも知子さんがやってK君が無実である場合。
③の場合 二つの殺人ともK君と知子さんの共謀共同正犯の犯行による場合。
④の場合 二つの殺人の双方につき,二人が無実である場合。
分かっているのは,検察官の起訴状が③であり,K君の主張が②であり,宮崎知子さんの主張が①であり,富山地裁一審は②であるということである。
葛飾地方裁判所刑事部・遠藤誠裁判長は10日間の集中審理を経て,一つの事実認定に達した。①でも④でもなかった。もう一つの結論は,富山地裁の一審判決,すなわちK君無罪,知子さん死刑判決もまちがっているということだった。
私が仮に知子さんの弁護を引き受けて第二審を闘う場合,知子さんの死刑を阻止すればするほど,K君を死刑に追いやることになる。
私は死刑制度は廃止されるべきだと信じている。したがって,この二人が二人とも冤罪であったら,私は弁護料タダでも引き受けて,二人とも無罪判決を取ったろう。しかし,自分の依頼者を弁護すればするほど,同じ法廷に座っているもう一人の被告人を死刑に追いやるということは,弁護士法も弁護士倫理も別に禁止していないけれども,人間ないし仏教者・遠誠誠としては,どうしてもできないのである。
さんざん悩みに悩んだ挙句,私は知子さんあてに弁護人受任辞退のやむなきに至ったことを書いた手紙を出さざるを得なかった。
起訴されている被告人が,私の依頼者でなくとも,その被告人が「私は罪を犯していない」と主張しているのに,「いや,この被告人は有罪である」と主張・立証することはできない。1999年の今も,11年前,有刺鉄線に囲まれた富山刑務所のせまい接見室で,小さい穴のあいた透明ガラス越に,必死に私に訴えていた長い髪の知子さんの顔が目に浮かんでくるのである。
死刑制度が廃止されるか,または全面的にその執行を停止する方針が決定されない限り,いずれ彼女は,国家権力の手によって殺される。その彼女の魂を救って上げることはできないものであろうか。
私は,自分の非力を嘆くのみである。
以上.「怪物弁護士・遠藤誠の事件簿」(遠藤誠・社会批評社)から一部引用しました。
死刑制度に反対する弁護士にとって,共犯者がいる死刑事件で被害者が複数,被告人二人がお互いに「自分はやっていない。共犯者がやったのだ」と主張する場合,たいへんに悩ましい事態になるということは今まで考えたことはありませんでした。
死刑と恩赦
恩赦とはなにか。絶対君主制のもとで君主は「神授権」をもち,神の名においてかつ国家の名において,罪人に恩赦を与えることができた。君主がそなえている「恩赦権」とは,「一つの権利であり,法=権利の次元に属し」てはいるが,しかしそれは「諸々の法のなかに法を超える権力を書き込む権利(ジャック・デリダ)」である。
デリダはつぎのように注意を喚起する―「恩赦権ということの絶対的例外において重要なことは,権利の,法=権利からのこの例外,法=権利に対する例外が,法律=政治的なるものの,頂点あるいは基礎に位置しているということ」である。つまり,このでの赦しは、法権利における,法権利にとっての例外として例外者の権能によって授けられるものであり,その位置とはたらきは,法秩序に対して超越論的なものなのである。
天皇もまた恩赦を与える権能を有することに強く留意すべきである。『日本国憲法』第七条【天皇の国事行為】は,その六号につぎのように明記している。―六 大赦,特赦,減刑,刑の執行及び復権を認証すること」。この規定にしたがって戦後の象徴天皇は,その即位・結婚・死去の際に恩赦を実施してきた。現天皇もその「即位礼正殿の儀」に合わせて,当日の2019年10月22日付けで「政令恩赦」(対象者約55万人)を,ついで2020年12月18日付けで「特別基準恩赦」(対象28件)を実施した。新憲法のもとでの恩赦は,内閣が決定し天皇が「認証」する行為であるとはいえ,第七条六号の文言は『大日本帝国憲法』第十六条を(「命ス」を「認証する」に変更した以外)そのまま引き写したものであり,かつ,司法による決定を行政と一体化して覆す点において,象徴天皇もまた例外者として法を超える権力を保持していると言える。これは,死刑廃絶と天皇制廃絶とが同じ課題であることを意味している。
以上で引用を終わります。
私は今まで恩赦によって死刑が回避されるのであれば,それでいいのではないかと単純に考えていました。恩赦によって死刑判決が取り消された例をあまり知りません。死刑判決を受けた金子文子が,恩赦によって無期懲役とする旨の恩赦条を破ってすてたことくらいしか記憶にありません。
法体系的に考えれば,司法が下した決定を行政が覆す,しかも司法・行政ともに主権者である国民の意思に従っておこなうというのは奇妙なものです。いったい誰が主権者なのでしょうか。
恩赦を必要としない「死刑制度の廃止」に向かうのが法論理的にも妥当だと思います。
和歌山カレー事件は冤罪ではないのか。
「暴走する検察 歪んだ正義と日本の劣化」(神保哲生・宮台真司/光文社)が『やはり和歌山カレー事件は冤罪だったのか』として,疑問点をよくまとめていたので,紹介したいと思います。
検察の主張
① ヒ素を入れられたのは眞須美さんだけ
② 見張りのときの動きが不自然
③ 亜ヒ酸が合致
④ ヒ素を使って人を殺害しようとした前歴がある
①については,カレー鍋ははす向かいの家のオープンスペースのガレージに置かれていたが,果たしてそんな場所で向いの家の住人がヒ素を入れるか疑問が残ります。もし眞須美さんがやっていれば,自分が疑われるに決まっているからです。
②については,道路を挟んで2階から高校生が見たという。しかし目撃者が見たという窓から実際に犯行現場を見ようとすると,植え込みがあってよく見えなかった。ガレージにはアクリル製の透明の天蓋があって見にくい。室内からだと,レースのカーテンや網戸もあります。それらを通して見たという証言です。
目撃者の証言は,最初は「自宅の1階から見た」のが,途中から「2階で見た」に大きく変わっています。1階からだと物理的に見えないんですね。目撃者の証言も「ヒ素が入っていないほうのカレーの鍋を眞須美さんが開けたところを見た」というだけなんです。
③については,犯行現場に捨てられていた紙コップにヒ素が付着していました。紙コップに付着していたヒ素が,眞須美さんのお兄さんの家に保管されていたヒ素,彼女が前に住んでいた家に放置されていたヒ素,彼女の自宅にあったプラスチック容器に付着していたヒ素のすべてと一致したというわけです。眞須美さんの自宅を家宅捜索した際に,捜索開始から4日目に台所のシンクから発見されたというんですね。眞須美さんは,見たことも置いたこともないと言っています。
東京理科大学の中井教授がスプリングエイトを使えば微量のヒ素であっても鑑定できると言って鑑定を買って出ました。カレーの中に混入されたヒ素と林さんの自宅にあったヒ素が,同一工場で同一時期に製造されたものであって,同一物だという鑑定でした。
京都大学の河合教授が検討したところ,中井鑑定はずさんで精度が悪く,とてもヒ素が同一かどうか判定できるものではないことが明らかになったんですね。
最近では,河合教授は,中井教授が分析を切り捨てていた鉄などの軽元素についてもその異同を検討し,モリブデンの含有濃度の大きな差異を見つけ出して,眞須美さんの関係個所のあったヒ素と紙コップに付着していたヒ素とは別物であると結論されているんですね、
④については,夫の健治さんが自分でヒ素を飲んで病院に運ばれたときに,「眞須美にやられた」と言っていたと証言した人がいました。健治さんが「私が保険金ほしさに飲みました」と裁判で証言したのに,妻をかばって嘘を言っているとして,証言は取り上げらえませんでした。いったい,眞須美さんが健治さんにヒ素を飲ませた場合,健治さんとしては怖くて家では一緒にいられなかったのではないでしょうか。
犯人がヒ素を入れたのは12時台と言われていますが,実際にカレーが配られたのは5時です。その間に自分の娘さんもカレーを食べる可能性があったわけですね。そもそも彼女が,誰を何のために殺そうとしたのか分からない。判決文には「動機がわからないことが,やっていないことにつながらない」と書いてあるわけです。
一審では動機として「かっとすると何をしでかすかわからない性格だから」と
検察は主張したのですが,途中でひっこめてしまいました。調べてみると,彼女は近所の人たちと仲が良かった。とくに裏の家に住んでいる人とは一緒に食事をするほどでした。
現場には鍋が四つありました。二つはカレーの鍋,残りの二つはおでんの鍋です。ヒ素が入れられたのはそのうちの一つです。もし誰かを殺すつもりなら,すべての鍋にヒ素を入れるはずです、しかも,ヒ素は耳かき一杯程度で何人も殺せる強い毒です。それを160~170グラムも入れている。犯人の感覚は常識を超えています。だから,真犯人はヒ素の怖さを知らない。そういう人がいたずらでヒ素を入れた。もしかすると殺虫剤程度に思っていたのかもしれません。だから,警察も検察も見立てを誤ったのではないかと思っているんです。
仮に眞須美さんが犯人だとすると,カレーの鍋にヒ素を入れて彼女に何の得があるのでしょうか。彼女は一銭も得をしないんです(安田好弘弁護士)
以上で引用を終わります。死刑が執行されることがあってはなりません。
ましてや冤罪で死刑が執行されることは絶対にあってはならないと思います。
パンデミックの中の死刑
5月15日にはシンガポールでマレーシア国籍の男性がZoomで死刑判決が言い渡されました。
トリニダード・トバゴではオンライン裁判が導入された一方で,すべての陪審裁判が停止されました。
日本ではバーチャル審理では民事裁判においてパンデミック前から導入が始まっていましたが,今政府は提訴から判決まで,民事裁判手続の全面オンライン化に向けた法改正を目指しているそうです。
2020年の各国の死刑執行数は前年比26%減となりました。イラクとサウジアラビアでの執行が激減したことが主な要因ですが,新型コロナの影響ももちろんあります。サウジアラビアの執行数は前年から85%も減少しました。同国は2020年のG20の議長国で,国際的な非難をかわすために死刑を延期したと見られています。G20の会合が開催された7月下旬から11月までの間は死刑執行は1件もありませんでしたが,G20終了後にはすぐに死刑が執行されました。
死刑は政治的な司法の象徴と言えるのではないかと思います。
アメリカではトランプ政権下の連邦政府が17年間行ってこなかった執行を再開し,10人が処刑されました、いくつかの州は執行に固執し続け,強引に死刑を進めた結果,執行に立ち会った者全員が新型コロナウイルスに感染してしまいました。全米刑務所で亡くなった死刑囚33人のうち,15人は新型コロナあるいはその疑いがあるとされています。
以上,アムネスティ・ニュースレターvol.494から一部引用しました。
日本でも五輪開催中は死刑の執行を手控えると思いますが,五輪が終わり拘置所職員などに新型コロナウイルス感染の恐れが払拭された時点で,待ち構えたように死刑執行を再開しそうです。
木村修治死刑囚が唱えた死刑廃止論
寿司職人の木村修治死刑囚は何とひどい人間なのだろう,被差別部落出身者だからと言って,無垢で純心なお嬢さんを殺していいのかと怒りを持ったものです。
彼は1995年12月21日に45歳で死刑執行を受けたのですが,死刑廃止運動を獄中にありながらも行いました。彼はこのように主張しました。
わが身に向けて投げつけられた「極刑もって臨むしかない」とい言葉を,私は二度聞いている。それは,お前を殺す」という宣告である。お前は殺されるべき人間である。だから死ね――と。人間を否定する上において,これほど完璧な方法はない。死刑判決を受けるのは,そのほとんどが「殺人」を犯した人間である。しかし,人間である。さまざまな事情を抱えたその人間が「生きる」こと,すなわち人間として存在することまでも否定しようとする死刑という刑罰に貫かれている思想は,「不要な奴は殺してしまえ」という,人間を人間として扱わない差別の究極的形態であり,それなくして死刑という殺人刑は可能たりえないのだ。
何にもまして重要視されねばならない死刑反対の最大の根拠は,人間には生きる権利があるということであり,その生存権は,いかなる事情に先行しても護らなければならないということである。どんな人間であれ,人間は生きるものであって殺すものではない,ということである。
清末愛砂・室蘭工業大学大学院工学研究科准教授は,「福音と世界2021年3月号」で次のように述べました。
司法が,刑事裁判の被告人に対し,死をもって償う以外に方法はない,と宣告することは,木村さんが「不必要な奴は殺してしまえ」の意味だと書き表したように,これ以上社会の構成員である必要はないとして,排除する/追放することを意味する。<死による償い>は,耳に美しく響くかもしれない。しかし,それは排除を正当化するためのレトリックにすぎず,排他主義に他ならないのである。死刑制度の根底にある排他性のメンタリティは,日本を含む世界各地で引き起こされてきた隔離やジェノサイド等の背景にあるレイシズムや優性思想のそれと類似するものである。言い換えると,その共通点は,社会にとって必要であるか否かを線引きし,不必要とわれたものを捨てたり,その存在をなきものとしたりすることにある。
しかし,生きるに値しない人間はどこにもいない。この単純明快な論理を圧倒的に是とする社会が構築されない限り,差別や排除をなくすことは永遠に不可能である。いかなる人間であろうとも,変わろうという意思を持つことができれば変わりうる。そのための機会を完全に閉ざすのが死刑制度なのである。
以上で引用を終わります。
木村修治死刑囚に殺害された女子大生にも生きる権利があったのに,それを彼は奪った,人を殺しておきながら自分は国家により殺されたくないというのは身勝手で虫が良すぎるという印象を持ったのは確かですが,彼の主張にも傾聴すべき点があると思います。おそらく木村修治死刑囚は自分が死刑を宣告されなければ考えなかったことだと思います。
ともあれ,「殺すな」と法で規定(条文があるわけではありませんが)し,生命の尊厳を守ることを命じておきながら,国家が法の名のもとに殺人を犯すのは矛盾していると思います。
シエラレオネが死刑廃止に向かう。
2021年2月,ビオ大統領は,死刑廃止の手続きを取るよう議会に指示し,5月には,ジュネーブであったシエラレオネの国連普遍的定期審査の際,国際社会の要請に応じる形で,同国の法務副大臣が,ビオ内閣は死刑の完全廃止を約束するとしていました。
今回,法案が可決されたことで、あとは大統領が署名すれば死刑廃止法が公布されます。大統領には、現在死刑判決を言い渡されている人たちへの減刑も求められます。
アムネスティの最新の調査では,シエラレオネの2020年の死刑判決は,前年の21件から39件に増えていました。一方で昨年は死刑執行は一度もなく,大統領の恩赦による死刑の減刑が7件あり,昨年末時点の死刑囚数は94人でした。
アフリカでは,6月末時点で22カ国が死刑を全面的に廃止しています。
日本も死刑を廃止したアフリカの国々の人々の人間性の尊厳への思いに学ぶべきです。
塔和子(1929~2013)は,1943年にハンセン病を発病し,香川県の国立療養所大島青松園に入園しました。特効薬であるプロミンにより治癒しましたが,その後も療養所にとどまり詩作活動を続け,島の教会で洗礼を受けました。
「いのち」という詩を紹介したいと思います。
人も
魚も
植物も
傷つけられると
たちまち死がおそう
薄い皮膜で
守られている
けれどもなにもないときは
爽やかにいる命の宮で
笑い泣き
しなやかに飛びはね
すいっと立ち
どんな精巧な細工師の手になるものより
美しい
いのち
この微妙に美しくもろいもの
私も他者も
この神妙な
命の圏内にあり
そこからはみ出ると
忽ち
物体
私は「美しいいのち」を強制的に「物体」に変えてしまう「死刑制度」は,たとえ犯人が極悪人であっても人間性の尊厳に反すると思います。
死刑と無期懲役を分けるもの
(田口修二さん殺害事件,坂本弁護士一家殺害事件)で自首した岡崎(一明)が死刑になり,また東京地下鉄サリン事件の実行役の横山(真人)が担当した地下鉄線では死亡がなかったのに,やはり死刑になった。しかし実行犯であり,(VX事件で)被害者(濱口忠仁さん)が死亡したにもかかわらず,山形(明)が死刑にならなかった(懲役20年)とならなかったのは少し不公平だと中川(智正)氏は言わんとしている。山形の刑が軽すぎるというのではなく,岡崎や横山は運がよければ死刑にならなかったかもしれないという中川氏の気持ちであると私は思う。
面会したとき,中川氏は,死刑か無期懲役かのボーダーラインにいる人の場合,判決の基準があいまいだと何回も言った。中川氏の考えでは,生きるか死ぬかの裁判の違いは,被告人の話し方の上手下手,裁判官のそのときの気持ちによる。裁判官によって違った判決をする。社会の怒りの度合い,そしてランダムな「運」に左右されると話していた。裁判は所詮裁くものである。裁判官は誠意と確信をもって決断するが,ものさしできちんと測れるようなものではないのである。私も彼の言い分に同感する。
以上で引用を終わります。
VXで殺人事件が起きたのは,山形明が濱口忠仁さんを殺害したのが世界で最初のことだったそうです。マレーシアで暗殺された金正男さんの例は世界2番目の例になります。私は当初この事件発生を聞いた時,シロートながらVXではないかと思いました。たまたま当たりました。朝鮮民主主義人民共和国はオウム真理教の毒物に深い関心を寄せていたそうです。
なお,中川智正死刑囚はいい人だ,いつもにこにこしていて開業すればいいお医者さんになれる,罪を憎んで人を憎まず,という表記が前掲書に出てきますが,同死刑囚は坂本堤弁護士の幼い長男(1歳)の殺害に関与しています。罪を反映しての人間性ではないでしょうか。
死刑と無期懲役のいずれを選択するか裁判官の判断は必ずしもはっきりしたものがあるわけではない,裁判官の気分にもよるというのではあまりにも人命軽視だと思います。職責上死刑を宣告せざるをえないかと思いますが,裁判官はどうしても絶対死刑を言い渡さなければならないのか,永山基準に従っているかどうか,真剣に悩んだうえで判決をくだすべきだと思います。すなわち死刑判決は極力抑制的でなければならないと思います。
暴力団工藤会の元会長に死刑判決が下されました。一般市民を殺害したひどい事件ではありますが,直接殺害に関与してはいない点では麻原彰晃死刑囚の場合を思わせます。国家や警察にさからったみせしめではないか,ともとれます。いずれにせよ,国策裁判ではなくきちんとした法律論で判決を下してもらいたいものです。もちろん反社会的存在である暴力団を擁護するわけではありませんが。
2021年12月21日の死刑執行に強く抗議する
古川禎久法相は就任してから、わずか2ヶ月余りしか経っておらず、記録を精査できるはずはありません。
オリンピックも終わり、国会閉会日を狙っての執行であり、世界から非難されず、国会でも追及されないこの時期を計画的に選んで行われた反人道的な国の行う人殺しです。
外交では人権を守り抜くと言いながら、足元の国内では人権を蔑ろにする岸田政権の姿勢の表れです。
死刑執行で命を奪われた藤城康孝さん、小野川光紀さん(第二次再審請求中であり自由権規約第6条に違反するものです)、髙根沢智明(精神耗弱で減刑されるケースです)さんの3名の方の冥福を心より祈ると共に、本日の死刑執行に強く抗議します。
死刑は日本の日常風景か。
これだけ人が死んでいるのに,これだけ人が殺されているのに,連綿として死刑執行は続いている。大地震があっても行われている。死刑報道があるとSNSで「いいね」ボタンが500万回押される。その隣には腋臭のCMが載せられている。
総理大臣が「いやさか」と言った。言葉をよく間違える副総理が「いやさかえ」と言った。読み方を知らないと批判があがり,電子掲示板に「いやさか」と表示された。ある老人が「ばっかじゃなかろうか」と言ったら,若者に殴り倒された。
なんとも心寒い日本の日常です。
いったい死刑執行は日本にとって日常風景になっているようです。人の生命が強制的に奪われることを私は喜びません。オサマ・ビンラディンが暗殺されたときに,アメリカではお祭り騒ぎになりましたが,そのような心情にくみしたくありません。
辺見庸さんが別のところで書いていたと思いますが,死刑執行を廃止した欧米諸国や州が戦争で無辜の人びとを含めて殺害しているのはダブルスタンダードだと思います。死刑執行だけが到達点だとは思えません。
死刑の執行方法について
閻魔の閂(えんまのかんぬき):死刑囚の頭を金具で締め上げる。
腰斬の刑(ようざんのけい):寝そべった死刑囚の腰を斧で切り,身体を
二分させる。
凌遅の刑(りょうちのけい):存命中の人間の肉体を少しずつ切り落し,
長時間にわたって激しい苦痛をもたらす。
ある例では刀で500回切り分けて,500回目
に絶命させた。明代の宦官は絶命まで335
7刀を浴びせられた。
韓国の開化派だった金玉均(キム・オッキ
ュン)は上海で暗殺された後,遺体はこの
刑を受けた。
白檀の刑(びゃくだんのけい):白檀で作ったなめらかに磨かれた先の丸
い杭を肛門から入れ,内臓を傷つけない
ように体内に差し込み,肩のあたりで先
端を突き出す。五日ほど生きて苦痛を味
あわせるための執行方法
いずれも,みせしめのために激しい苦痛を死刑囚に与えるための執行方法
です。これらの残虐な死刑執行が現在では見られないのは,人心が著しく荒廃するからです。死刑を公開しないのも,やはり同じ理由かと思います。
死刑は復讐感情を利用した政治制度です。
團藤重光博士が紹介したように,旧ソ連では普通殺人に対しては死刑を適用せず,社会主義の根幹を揺るがすような犯罪に対して死刑を執行していた時期がありました。
日本の治安維持法は,日本国内では死刑を執行したことは一度もありませ
んでしたが,朝鮮半島では猛威を振るい,多数の朝鮮人が死刑を執行されました。
遠藤誠弁護士が言っていました。感情論に対しては法律論では論議できな
いと。
被害者遺族の感情を考慮してと言われますが,犯人を死刑にしないでほし
い,生きて一生償ってほしいと被害者の遺族が願ったにもかかわらず,死刑が執行されてしまった例があります。
日本の国家権力は,何としても死刑を執行したいという強い意志を持っているのだと思います。
新憲法制定時に死刑廃止を盛り込むことの議論があった。
「日本ハ御覧ノ通リ平和主義ニ徹底スル為ニ,戦争ヲ抛棄シテ居リマス,更ニ自衛権ヲスラ抛棄セントシテ宣言ヲサレタノデアリマスガ,翻ツテ,日本ガ平和主義ニ徹底スル為ニハ国内的ニソレヲ裏付ケルモノガナケレバナラヌ,同時ニ人道上カラスルモ,ココニ考ヘラレル点ハ,世界各国ニ率先シマシテ,文明国トシテ死刑ノ廃止ヲ憲法ニ規定スルコトガ,確カニ日本ハ文明国デアリ,国内的ニ平和主義ニ徹底ヲシテ居ルコトニナルト思ヒマスノデ,死刑廃止ヲ憲法ニ取リ入レルベキデアルト考ヘルノデアリマス」。
これに対して司法大臣の木村篤太郎はこの要求を退けました。
「少クトモ現今ノ情勢ニ於テ死刑ヲ廃止スルコト云フコトハ,此ノ社会秩序カラ見テモ宜シクナイ,ヤハリ或ル一定ノ行為ニ対シテハ,ソレ相当ノ刑罰ヲ科スルト云フコトハ此ノ社会秩序ヲ維持スル上ニ於テ必要ナリト考ヘルノデアリマス,勿論将来ニ於テ死刑ヲ廃止スルト云フ議論ガ旺盛ニナツタ場合ニ於テハ,是ハ又別問題デアリマスガ,現在ノ状態ニ於テハマダ死刑ヲ廃止スルト云フ程度ニナッテ居ナイ」。
国の姿を決める憲法制定の議論において,死刑廃止の要請が保守系議員からなされたことは注目すべきだと思います。
死刑制度に対するアンケートへの宗教団体からの回答
死刑制度に対して宗教団体へアンケートを行い,次のような回答があったそうでです。〇ははい,×はいいえ,△はどちらとも言えないを示します。
1 イエズス会社会司牧センター:×いかなる理由でも人の命を奪うことに
は反対。死刑は償い改めの可能性を奪う。
2 黄檗宗:△死刑を執行したところで,犯罪は減るどころか増加してい
る。
3 大本:刑法の目的は遷善悔悟にあるので復讐的であってはならない。神
より見れば一人の生命も大地より重い。死刑は愛善の精神に反する。
4 高野山真言宗:回答なし
5 死刑廃止キリスト者連絡会:×死刑は殺人であり,キリスト教の基本倫
理である隣人愛に反する。
6 真言宗御室派:回答なし
7 真言宗豊山派:△教団にて協議したことがないので是非についての回答
は致しかねます。
8 真宗大谷派:×死刑制度は被害者も加害者もそして被害者遺族をも救う
ことのない制度であり,加害者の悔悟や反省が成し遂げられることも,被
害者遺族の悲しみや怒りが癒されることも,死刑制度を持つ社会では困
難。
9 浄土宗:回答なし
10 浄土宗西山禅林寺派:回答なし
11 神理教:△世の中に不要な物や人はいないという教義から反対である。
安全な社会の維持のためには抑止力が必要。
12 生命山シュバイツァー寺:×いかなる理由があっても人が人の命を外か
ら奪うことに反対。宗教の名の下に賛成することはありえない。
13 創価学会:×不殺生は仏教の根本原理の一つ。自然界も含めたあらゆる
生命に尊厳を見る仏教の視点から見ても反対。報復ではなく更生させるこ
とが必要。
14 玉光神社:回答なし
15 天台宗:×1997年に「死刑制度に関する特別委員会」を設置し,3年間
の議論を経て1999年3月31日付で,基本的に死刑に反対する答申を出し
た。
16 西山浄土宗:回答なし
17 日本キリスト教協議会:×どんな場合でも命をうばうことは許されな
い。
18 日本聖公会正義と平和委員会:×いかなる理由であれ,神から与えられ
た人の命を人が奪うことはできない。
19 福田海:〇日本国憲法を尊重する。
20 辯天宗:△個々の信者の判断に委ねている。
21 法華宗(本門派):△人が人の命を奪う制度は望まれることでは決して
ないが,今日の日本において凶悪事件が多発する現状では厳しい警告の制
度は研究の余地有り。
22 立正佼成会:回答なし
23 臨済宗永源寺派:△
24 臨済宗南禅寺派(ただし個人としての回答):〇但し,理由なき殺人で
ある場合,止むをえない。人口が増え,世情が乱れている中にあって,明
らかに罪を犯した場合,秩序維持に必要。
なお,同署のまえがきには次のような記述があります。
宗教は,「悪人正機」という親鸞の言葉や、「わたしは罪人を招くために
来た」というイエスの言葉が示すように,社会の支配的な見方(現代では警察・マスコミ・裁判所・世論の多数意見によって代表されている)によって「極悪非道」という烙印を押されて非難され排除される人々に注がれる超
越者(神仏)の逆説的な愛を信じて,彼ら彼女らも等しく「いのちの尊厳」
をもち「生存権」を賦与された人間であることを主張します。それは,「正
義の見方」を自任する「立派な人々」からは嫌われ,憎まれる主張ですが,
その逆説的な立ち場に立つことが宗教の存在意義であり,そこから社会に問
いかけを発し,支配的な見方の欠陥を指摘することが宗教者の役割です。
アイヒマン処刑に反対した哲学者
1962年に,ナチスドイツのユダヤ人虐殺の責任者アイヒマンが逮捕されて裁判にかけられたとき,ユダヤ人の哲学者マルティン・ブーバーは生命の危険を冒して,公然とアイヒマン裁判に反対した。その理由は,イスラエルをナチスと同じ道徳的水準に落としてはならない,ということであった。われわれは、このユダヤ人哲学者の思想から深く学びたいと思う。
殺人事件の加害者を死刑にすることは,加害者と同じ水準に立って暴力を認めることであり,それは暴力の連鎖にほかならない。これに反して,加害者の暴力を超えるレベルにあって暴力の連鎖を断ち切ることが,死刑問題や戦争問題を解決する道であり,それは反流血・非暴力の立場である。われわれは,「目には目を」(同害報復)を否定したイエスの思想によって,暴力の連鎖を断ち切るという死刑廃止を含む現代世界の課題を示されている。
以上で引用を終わります。
アイヒマン処刑に反対することは,たいへんに勇気が必要だったでしょう。それこそブーバーの生命が奪われる危険性がありました。
ひるがえって松本智津夫死刑囚の処刑に反対した言論人,知識人はいたでしょうか。自身オウム真理教から生命を狙われた江川紹子さんは,彼の処刑だけには賛同を示しました。
親鸞の「悪人正機」とは
親鸞の教えというのは「悪人正機」です。なぜそういうふうに悪人と言わなければならないかというと,人間は善人だということだと思います。善人とは別の言い方をすれば,「自分は加害者にはならない」「いつ被害者になるかは分らないけど,加害者にはならない」と固く信じている人のことをいいます。私たち自身もそう思っているのではないでしょうか。
死刑制度を考える時に,「もし,身内の人が殺されたらどうしますか」とは聞かれますが,「もし,身内が人を殺したらどうしますか」とは一切聞かれない。つまりそれは本質的にそういう意味では善人なのでしょう。善人は必ず被害者の側に感情移入します。そのことによって,免罪されると同時に正義の味方であるというわけで,つまり犯罪に対して私たちはとても不誠実です。
実際は,犯罪の加害者であるか,被害者であるかというのは,常にフィフティ・フィフティです。そういうことをきちんと知るのを悪人と親鸞は言っているように思います。
以上で引用を終わります。
自分は絶対に殺人事件の加害者にはならない,殺人を犯すのは救いようのない悪人であると物事を単純化してよいのでしょうか。相続問題で争う,家族や知人の間で口喧嘩となり勢いあまって突き飛ばし,打ち所が悪くて亡くなってしまうこともあるのではないでしょうか。
終身刑について
死刑囚は,単に長期間拘禁されたからではなく,死刑囚として,いつ処刑されるかわからないという状況に置かれたが故に,精神的に病んでしまうのです。”いつ処刑されるかわからない”という思いを抱かずにすむのであれば,長期間拘禁されても,精神病を病む人は少なくなるはずです。
たとえば生涯,塀の外に出ることができなくともです。塀の中の生活もまた人生です。シャバとかけ離れた厳しい生活のなかにも,喜びや生きがいを見つけさすことは可能です。終身刑を死刑の代替刑とすることで,百年先の死刑廃止の実現よりも,近未来の死刑廃止の実現をめざすべきだと思います。
日本の法律では無期懲役は10年服役することで仮釈放されることができますが,実際は21年くらいだそうです。アメリカでは終身刑のみがあって,日本の無期懲役に相当する概念はありません。パロール(仮釈放)のない終身刑でも20年ないし25年を経過すれば仮釈放するものもあります。菊田幸一氏は「死刑廃止に向けて 代替刑の提唱」(明石書店)の中で次のように述べています。
アメリカにおいても世論の大多数は死刑存置であるが,最近の世論において注目すべき動きは,死刑に対する不信感である。その背景をなしているのは,死刑の威嚇力が信じられているほど効果的でないこと,死刑の適用が黒人をはじめとする少数民族に対し不公平に適用されていること,無実の疑いある者に対する死刑適用への不信感,死刑執行までに要する費用が終身刑より高く付く,という報告の影響などが死刑の支持を低下させていると指摘されている。
世論調査によると,パロールのない終身刑に損害賠償を課する代替刑を提案すると死刑賛成の意見は劇的に減少する。
死刑廃止に先だって,終身刑の導入が真剣に議論されてもよいと思います。
死刑制度と被害者感情
死刑存置の根拠の一つに被害者感情がある。被害者感情を満足させるために死刑は止むを得ないとするものである。
しかし,その根拠は実体をなしていない。まず年間仮に1000人の殺人者がいたとして,そのなかで現実に死刑になる者は最終的に0.01%にもならない。その他の大部分の殺人の被害者の遺族は加害者が死刑にならなくとも悲しみと苦しみに耐えている。被害者のために死刑制度があるとの論拠は被害者を欺瞞している。
仮に加害者が処刑されれば被害者は満足し,事件のすべてを過去のものとすることができるとの錯覚がある。遺族の感情は相手が処刑されるか否かで解消される性質のものではない。
以上で引用を終わります。
田鎖麻衣子弁護士は「福音と世界 2021年3月号」の中でより詳しく紹介しています。
司法統計により産出すると,殺人の罪(既遂)で起訴され2019年度に有罪となった169人のうち,有期懲役の刑を言い渡されたのが162人(95.9%),無期が5人(2.9%),死刑は2人(1.2%)であった。死刑はおろか,無期となるケースも全体から見ればほんの一握りということになる。
被害者遺族のみならず,加害者の家族もたいへんな苦しみを受けます。保険金殺人事件で弟を殺害された原田さんは長谷川敏彦死刑囚の処刑を望みませんでしたが,その望みは叶いませんでした。処刑される前に息子と姉が自殺を遂げ,長谷川死刑囚は自分のためにこのようになってしまったとたいへんに苦しみました。県立佐世保北高校生徒殺人事件では,加害者の父親は県内の顔役であり弁護士でしたがマスコミや世間に責められ自殺しました。被害者遺族と加害者家族は決して対立するものではありません。マスコミの過剰な加害者家族叩きはやめるべきだと思います。
死刑と無期懲役を分けるものは
死刑と無期懲役の選択における裁判官の判断基準に明確な基準はない。このことと死刑と無期懲役の問題が重なって,止むを得ず死刑を選択する裁判官もいる。その背景には,日本の裁判では量刑基準から著しく離れた判決を下すことが事実上困難であることもある。
なお,同氏は2001年6月21日付けの毎日新聞の記事を紹介しています。「宮崎地裁の裁判官は涙声で死刑を言い渡し,控訴をすすめた」。
木村修治さんはすでに処刑されてしまいましたが,家庭教師のアルバイトを求めてきた女子大生(22)を誘拐して殺害し,身代金を要求して遺体を木曽川に投棄しました。名古屋地裁で死刑判決,名古屋高裁はは控訴棄却,最高裁は上告を棄却しました。
一方で同じような事件,甲府信用金庫女子職員殺害事件では甲府地裁,東京高裁ともに無期懲役(上訴審で確定)でした。犯行当時,被害者は19歳,加害者は38歳でした。犯行後出頭し犯行の詳細を供述しました。
ある事件では,妻と口論して激高し妻と長女を絞殺,自宅に放火,翌日父親に犯行を打ち明けたところののしられ,父親とその内縁の妻を絞殺し放火した事件がありました。4人を殺害し非現住建造物放火をしながら,1990年12月19日東京高裁は一審を支持し,無期懲役としました。
事件の詳細は分かりませんが,外形だけからすると,この事件ではなぜ死刑になって,なぜあの事件では無期懲役になったのか分かりません。無期懲役の判決を下した裁判官は,極刑をもってするには躊躇を感じたのではないかと推察します。
これはひどい。
「私は人殺しはしなかかった。真犯人は兄だ。兄もそれを認めている」と最後の最後まで叫びつづけ,昭和28年2月20日,大阪拘置所で絞首された死刑囚・古川高志の意思を受けて,その執行にも立ち会った教誨師・山中厳彦・神父が「もう一度審議してほしい」と最高裁長官になした”直訴”に対して,当時の最高裁刑事局長が同師に送った返事は,そのことをよく示している。
事件当時,古川高志は,兄が妻子持ちであったことなどから罪をかぶったものの,一審で死刑判決(兄は従犯として一審で無期が確定)がでてから恐ろしくなり供述を翻したが二審も死刑,最高裁では24年5月原判決破棄・差戻しとなったが大阪高裁の最終審では再び死刑となり確定。その後「弟をさそい,殺したのは私だった。弟が私を救ってくれたことを私はいま後悔している」といった兄の告白書をもとに再審請求したが,二審公判時にも「弟がやった」と証言していたこともあって,この告白は新証拠のキメ手にならないと27年11月棄却,それから四ヶ月半後の執行だった。そして「私は立派に昇天します。しかし裁判所が二度とこの誤りを繰り返さぬように・・・」と刑場で言い残して死んでいった古川高志の最後の言葉がいつまでも耳に残る神父の”直訴”に岸盛一刑事局長は,「あなたは兄時夫が下手人と信じこんで大阪高裁の決定を非難しておられるが,神戸地裁姫路支部,大阪高裁の裁判官はいやしくも一人の人間を絞首台に送るか送らぬかの境にあって,慎重に審理した上で高志を下手人と判定したのであって,真実発見のために人力の限りをつくしたものといえる。”私がやった”という時夫の告白も決してあなたが考えているほど明確なものではない。仮にあなたの主張通り高志は下手人ではなかったとしても,強盗犯人の共同正犯と同じ刑事責任を負わねばならず,やはり再審請求の理由は成り立たない。(中略)なお死刑執行後でも再審事由があれば,一家の親族か検察官は再審請求できるが,今日までそのような請求はなされていないことからも,第三者がこの判決や決定がもっともなものであることを証明している」と居丈高に判決・執行性の正当性を弁じたのである。あわせて同刑事局長は「判決について感情的にとやかくいう人もいるが,それが裁判の権威を傷つけることのないように望みたい」とマスコミに論評している。
そしてこの問題は,この”所感”後,当初「小生三年の在職中の最も深刻なショックであります。(中略)取返すことの出来ぬ事柄ながら事実とすればかかる誤りを繰り返さぬよう裁判所として務める他ありません」云々と”返事”していた田中耕太郎最高裁長官も.「すでに山中師あてには私信も出してあるが,この問題について,私はこれ以上意見を述べないことにきめている」としてウヤムヤになっていったのであった。
以上で引用を終わります。
ひどいことです。正犯として死刑を宣告し執行した後に,かりに直接手を下さなかったとしても共同正犯だから直接関与しなくとも死刑は正当であるなど,後出しの論理で片付けてはならないものです。裁判所としては,誤判で人が死刑になっても裁判所の権威を守ることのほうがはるかに重要なのです。
オウム事件の井上嘉浩死刑囚が,直接殺害の加害行為を行っていないにもかかわらず謀議に参加した共同正犯として,一審では無期懲役,二審死刑,上告審は上告棄却,死刑執行となったのとは違うのです。
高齢者の死刑執行
後にキリスト教に深く傾倒し,1989年12月25日には洗礼を受けた熱心なクリスチャンでした。年齢を重ねるごとにいくつもの病を患い,リューマチ,関節炎,緑内障に罹患していました。とくにリューマチの痛みはひどかったらしく,91年には「布団の重みで寝返りを打つのも辛い」との手紙を友人に送ったそうです。
2005年10月から2006年9月まで法相を務めた杉浦正健は弁護士であり,宗教上(真宗大谷派)の信念から死刑執行命令書へのサインを拒みました。死刑執行は国会の会期中は行わないという慣例がありました。当時臨時国会は9月26日から12月19日まで開会されていました。このままでは2006年は執行ゼロになりかねない,確定死刑囚の総数が12月には98人に達しており,このままでは100人を超えてしまう、と法務省としては何とか年内に執行をする必要があると焦っていたようです。12月23日は天皇誕生日であり,翌日は日曜日となっていました。したがって法務省としては年内に執行を行うために12月25日にする必要があったようです。欧州のメディアは「クリスマスに4人を処刑」(ル・モンド)などと批判的に報じました。
藤波死刑囚は車椅子に乗ったまま刑場に運ばれ,顔を白布で覆われ,両腕には手錠がかけられました。車椅子が執行台脇まで寄せられると、2人の刑務官が両脇をかかえて藤波死刑囚を無理やり立たせたそうです。首に太いロープをかけられても,藤波死刑囚は自力で身体を支えることはできない状態だったそうです。
このように高齢で病気を持ち,自力で立てない死刑囚を無理にでも立たせて絞首刑に処する必要があるのでしょうか。
ピアノ騒音殺人事件の大濱松三死刑囚は93歳なので,もう死刑執行はないと思いますが,富山・長野2女性連続誘拐殺人事件の宮崎知子死刑囚は76歳です。この年齢になっても法務省は彼女を死刑執行するのでしょうか。
サッコとヴァンゼッティ事件
二コラ・サッコは南イタリアのトレマジョーレに1891年4月22日に生まれました。17歳のときにアメリカに渡り,道路工夫,鉄工所工員などを経て靴職人になりました。労働運動の中でアナーキズムに接近し,「口数は少ないものの行動的でまじめ」なオルガナイザーと評価されていました。
バルトロメオ・ヴァンゼッテイは北イタリアのヴィラファレットに1888年6月11日に生まれました。20歳のときにアメリカに渡り,レストランの皿洗い,農家の下働きなどを経て魚の行商を行いました。徴兵を忌避してメキシコに渡り,そこでサッコに出会いました。
裁判では検事が被告は第一次世界大戦で兵役を忌避したことを執拗に攻撃しました。サッコは答えました。「この国にきて,一生懸命働いた。それも13年間も働いたが,思ったようには家族を楽にしてやれない。銀行に貯金もできない。子供を学校にやることもできない。私は人間が人間らしく生活することこそいいことだと思う。人間がみな自然の与えたすべてを享受するのがいい。だから私は労働し,毎日何とかいい生活をしようと努力している人々が好きだ。彼らは戦争を好まない。戦争って何だ。戦争というのは自由のために闘うのではなくって,大金持ちのためにあるのだ。我々はお互いに殺し合う権利があるだろうか。私はアイルランド人のために働いた。またドイツ人の友だちとも働いたし,フランス人やその他の人とも働いた。妻が好きであるように,私はこれらの人々が好きだ。何故私がこういった人々を殺しに出かけなければならないのか。私は戦争を信じない。私が社会主義者を好むのは以上のような理由による」。
しかしながら1927年8月23日に二人は電気椅子によって死刑に処せられました。1977年になってマサチューセッツ州知事は二人が冤罪であることを公式に認めました。
サッコの言葉は労働者であることを誇り,他の国々出身の人を尊重し,徹底的に戦争を嫌った,とても格調高いものでした。そのような人を無実の罪で生命を奪った死刑制度は許せません。
死刑廃止・最新の死刑統計(2021):アムネスティ発表
2021年、死刑制度を存置する国は世界的には少数派ではあるが、死刑執行数と死刑判決数は増加した。アムネスティの調べでは、世界の死刑執行数は、前年比20%増え(2020年の483+件から2021年は579+件)、死刑判決数は40%増(1,477+件から2,052+件)だった。
これらの数値に含まれていない中国の死刑判決数と死刑執行数は、それぞれ数千件とみられ、世界最多の死刑国と言える状況が続いている。北朝鮮とベトナムの秘密主義に加え、情報の開示を制限している国が他にも数カ国あり、世界の死刑動向を調査する上で今回も障壁となった。
死刑執行数の増加は、イランで前年から28%増えた(2020 年246+件から2021 年314+件)ことが大きい。この件数は同国の執行数としても2017年以降で最も多かった。増えた背景には、薬物関連の犯罪での死刑執行が132件もあったことだ。この数は前年23件の5倍以上で、執行数全体の42%にあたる。サウジアラビアでも前年の27件から65件へと2倍以上増えた。
世界では、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)対策としての制限措置が解除され、また代替策が取られたことで、バングラデシュ、インド、パキスタンなどでは、死刑判決数が2020年より大幅に増加した。一方シンガポールでは、2 年続けて死刑執行がなかった。訴訟やパンデミック対策の制限で、予定されていた絞首刑が延期されたことによる。
人権危機が進行したいくつかの国では、国際人権法、国際人権基準に基づく保護措置が無視され、弾圧政策の一環としてデモ参加者や少数派の人びとが、またもや死刑判決を言い渡された。国軍が戒厳令を発令したミャンマーでは死刑判決が急増し、民間人が軍事法廷での略式裁判や控訴の余地がない裁判で裁かれた。90人近くが恣意的に死刑を宣告され、被告人不在のケースもあった。政敵やデモ参加者を標的にしたものだと、広く考えられている。
エジプトでは、拷問で引き出された自白に基づく死刑判決や大量処刑などが横行する事態が続いた。イランでは、死刑判決が「神に対する敵意」などの漠然とした容疑で、また政治的弾圧の手段として、少数民族の人びとに適用された。確認できた死刑執行のうち少なくとも19%(61件)は、イランの総人口約5%を占める少数民族バローチの人びとに対するものだった。サウジアラビアでは、テロ関連の犯罪で9人が処刑された。そのほとんどが殺人、暴行、共謀を伴う犯罪だった。サウジアラビアの少数派シーア派の若者、ムスタファ・アル=ダーウィッシュは、暴力的な反政府デモに参加したとして死刑判決を受け、6月に処刑された。
このように死刑廃止に後退する動きがあった一方で、世界的傾向として死刑という残虐な刑罰の廃止に向けた動きもあった。国によっては死刑が増加傾向にあるとはいえ、世界で確認できた死刑執行数は歴史的にみて少ないことに変わりなく、アムネスティが記録を取り始めた2010 年以降で2 番目に少なかった。ただこれには、中国の数千件ともいわれる執行数は含まれず、また数カ国で情報の入手に制約があったことを考慮する必要がある。死刑の執行が確認できた国の数は前年と同様18 カ国で、アムネスティが記録を取り始めて以来、前年に続き最も少なく、死刑を執行する国はごく少数派であることが、あらためて浮き彫りになった。
2021年の画期的出来事の一つに、シエラレオネ議会が7月に死刑を全面的に廃止する法案を全会一致で可決したことが挙げられる。12月には、カザフスタンの大統領が死刑を全廃する法案に署名した。米国のバージニア州は3月、同国で死刑を廃止する23番目の州になり、米国南部の州としては初めての死刑廃止州となった。アルメニアは、死刑廃止条約(死刑廃止を目的とする自由権規約第二選択議定書)を批准した。
他の地域でも死刑廃止に向けた前向きな動きがあった。死刑廃止法案が、中央アフリカ共和国とガーナの立法機関に提出された。パプアニューギニアは、2022年1月の議会に先立ち、死刑に関する国民的協議に着手した。また、マレーシア政府は2021年末、2022年の第3四半期に死刑に関する法改正を審議すると発表した。フィリピンでは、死刑を支持していた上院議員3人が死刑反対を表明したため、死刑制度復活のおそれは少なくなった。
米国は7月、連邦政府による死刑執行を一時的に停止した。カザフスタン、ロシア、タジキスタン、マレーシア、ガンビアは、死刑の執行停止を継続した。タイでは、ワチラロンコン国王による2 度の恩赦で、死刑囚数が大幅に減った。バージニア州のラルフ・ノーサム州知事は、死刑廃止法案に署名するとき、同州で何世代にもわたり死刑廃止に向けて活動してきた人びとのたゆまぬ努力に感謝の意を表した。
Ⅰ 死刑執行
2021年、世界で確認された死刑執行数は579 件で、2020 年の483 件より20%増加した。増えはしたが、死刑執行が減少傾向にあることに変わりなく、アムネスティが記録を取り始めた2010年以来、2021年の死刑執行数は2番目に低い数値になった。
この数値には、これまでと同様に死刑情報を国家機密扱いとする中国の数千件ともいわれる処刑数は含まれていない。また、多数の死刑執行が行われていると思われる北朝鮮とベトナムの情報がほとんど入手できなかったことも、数値に影響している。北朝鮮に関しては情報を独自に検証することは不可能であるし、ベトナムの死刑数値は国家機密扱いである。ベラルーシなど他の複数の国でも、秘密主義の壁に阻まれ、公表する上で十分な数値情報を得ることができなかった。
2021年に世界で死刑執行が確認された579人のうち女性は24人(4%)で、国別では次の通りだった。エジプト(8)、イラン(14)、サウジアラビア(1)、米国(1)。
アムネスティは、記録を取り始めて以来、最も少なかった2020年と同じく、18カ国で死刑執行を確認した。インド、カタール、台湾は2020年に死刑を執行したが、2021年の執行はなかった。
2020 年に執行のなかった日本とベラルーシ、2017年を最後に執行のなかったアラブ首長国連邦の3カ国が、死刑を再開した。米国では、ミシシッピ州とオクラホマ州がそれぞれ2012年、2015年以降初めてとなる死刑を執行した。
3カ国が世界の死刑執行数の80%を占めた。イラン(314+)、エジプト(83+)、サウジアラビア(65)だ。
世界の執行数の増加には、主にイランとサウジアラビアでの増加が背景にある。イランでは、前年246+件から28%増え、サウジアラビアでは前年27件から65件に倍増した。また、ソマリア(11+→21+)、南スーダン(2+→9+)、イエメン(5+→14+)も顕著な増加を示した。
一方、エジプトは22%減(前年の3 倍だった2020年の107+から83+)、イラクは62%減(45+から17+)、米国は35%減(17 から11)と、それぞれ減少した。
Ⅱ 日本の状況
日本は24カ月ぶりに死刑執行を再開した。12 月21 日、いずれも殺人罪に問われた男性3 人に死刑が執行された。うち再審請求中である2人を執行したことは、死刑に直面する者に対する権利保護の保障を求める国連決議や国際人権規約に違反する行為である。
複数の地方裁判所で新たに3人に死刑判決が下された。アムネスティが入手した公的数値によると、女性1人を含む4人の死刑判決が最高裁で新たに確定した。12月31日時点で、合計117人が死刑判決を受けているとされ、外国籍の6人を含む107人の死刑確定者がいた。
死刑確定者が訴訟を起こしたことで、過酷な拘禁状況や、執行通知がわずか数時間前だという慣行の問題に注目が集まった。死刑確定者は依然として独房に収容されており、適切な保護措置や定期的な精神鑑定がないため、国際法・基準に反して精神障がい者や知的障がい者に死刑を科している。
2014年に釈放された袴田巖は、自らの再審開始請求について東京高等裁判所が判断を示すのを依然として待っている。静岡地方裁判所による2014年の再審開始決定は2018年に東京高等裁判所によって覆されたが、この高裁決定を最高裁判所は2020年12月に取り消し、審理を東京高裁に差し戻した。袴田は1968年に不当な裁判で有罪判決を受け、死刑確定者として収監されている間に重度の精神障がいを負った。
人民革命党事件
1974年5月,ある男性がバスの隣に坐っていた女子高生に「政府は安い食事を奨励しているが,政府高官は肉をたらふく食っている。維新体制のもとでは民主主義が発展しないから,北側といっしょになり国がなくなっても腹いっぱい食べられればいい」と話したのが,緊急措置違反と反共法違反の容疑で起訴されました。男性は2010年になってようやく無罪判決を得ることができました。
1974年4月には,中央情報部が「北朝鮮の指令を受けた人民革命党再建委員会が民生学連を背後で操って,学生デモと政府転覆をたくらんだ」と発表しましたが,これはでっちあげでした。1975年4月8日,最高裁判所は関係者8名に死刑を宣告し,確定判決から20時間後に死刑は執行されました。人民革命党事件の被害者家族が,スパイにでっちあげられ長期間被害を被ったとして国家を相手に損害賠償請求訴訟を起こし,勝訴判決を得ました。この事件は司法を利用して反政府活動家を弾圧した代表的な事件として「司法殺人」と呼ばれました。2008年ソウル中央地方裁判所は再審宣告公判で彼らは無罪だったと宣告しました。
死刑制度の存在と,政権が司法を操作して無実の反政府活動家を処刑した恐るべき事件として記憶されなければいけません。
死刑囚安重根が唱えた東洋平和論
安重根は検察官の,キリスト教徒にして人を殺すことは罪悪であり,人道に反することをしたのではないかとの問いかけに,「人の国を取り人の命を取ろうとする人物の存在しているときに傍観していることは罪悪であり,その罪悪を除いたのある」と反論しました。さらに大願成就の暁には自殺あるいは逃亡する意思があったのではないかとの尋問にも「私は韓国の独立と東洋平和の維持にあって,伊藤公の殺害は私怨により出たものではなく,そのような気持ちはまったく持っていなかった」と断言しました。「私は三年間各地を遊説し,義兵の参謀中将として転戦した。今回の凶行も韓国の独立戦争であって義兵の参謀中将として韓国のために行ったもので,普通の刺客として行ったものではない。したがって,私は被告人ではなく敵軍の捕虜となっているのであると思う」と最終の陳述で述べました。もとより,今日,すべての人間は法治国家のもとにあり,人を殺害した人間が罰せられずして生存することはできない。自分はあくまでも韓国の義兵の捕虜として国際法によって処断されることを要求すると主張しました。
安重根の死刑判決は1910年2月14日,関東都督府地方院で宣告されました。真鍋裁判長は死刑を言い渡したものの「その行為たるや私憤にあらず」と認めざるを得ませんでした。
大韓民国において安重根は「侵略に対抗する近代教育運動・国債補償運動・義兵戦争に参与し活動した」人物であり「一切の私心を捨て大義のために真の殺身成仁(身を捨てて仁を成すこと)とはいかなる人智であるかを自らの実践で示した活動家」(金炯睦)として語り継がれ,英雄として尊敬されています。また,朝鮮民主主義人民共和国においても安重根は「傾いていく国と民族の運命を助けるために,一身を投げ打って戦った強烈な愛国心と意志を持った愛国者」(卞宰洙)と高く評価されており,南北朝鮮で尊敬される数少ない共通の偉人です。
安重根が伊藤を射殺した理由を 15項目に整理して理路整然と述べています。「安応七訊問調書」によると,
伊藤博文を敵視するに至った原因は多々ありますが,次の通りです。
第一、いまから十年ほど前に伊藤さんの指揮によって韓国王妃(閔妃) を殺
害しました。
第二、いまから五年前に伊藤さんは兵力を以て五ヵ条の条約を締結しま
したが,それはすべて韓国 にとっては非常なる不利益をもたらす箇条で
した。
第三、今から三年前に伊藤さんが締結した十二ヵ条の条約は、いずれも韓国
にとって韓国にとって軍隊上(軍事 的に)非常なる不利益の箇条でし
た。
第四、伊藤さんは強いて韓国皇帝の廃位を図りました。
第五、韓国の兵隊は伊藤さんのために解散させられました。
第六、条約の締結について,韓国の国民が憤って義兵が起こりましたが,そ
の関係から,伊藤さんは韓国の良民を数多く殺させました。
第七、韓国の政治その他の権利を奪いました。
第八、韓国の学校で用いている良好な教科書を伊藤さんの指揮のもとで焼却
しました。
第九、韓国の人民に新聞の購読を禁じました。
第十、なんら充当できる金銭がないにもかかわらず、韓国の官吏に金銭を与
え,韓国の国民になにも知らせずに,ついに韓国銀行券を発行していま
す。
第十一、韓国国民が負担することになる国債二千三百万円を募集し,そのこ
とを韓国国民に知らせず,その金銭を官吏たちの間で勝手に分配したとも
聞き,また土地を奪うために使ったとも聞きました。これは韓国にとって
は非常なる不利益なことです。
第十二、伊藤さんは東洋の平和を撹乱しました。その理由は,日露戦争の当
時から(開戦の詔勅では 戦争の目的は)東洋平和の維持のためだと言い
ながら,韓国の皇帝を廃位し,開戦当初の宣言とはことごとく反対の結果
を見るに至っているので,韓国国民二千万人は皆が憤慨しています。
第十三、韓国が望んでいないにもかかわらず,伊藤さんは韓国保護のためだ
という名分で、韓国政府のごく一部の者と意思を通じて、韓国に不利な施
政をしています。
第十四、今から四十二年前に現在の日本皇帝(明治天皇)の父にあたる方を伊
藤さんが亡きものにしました。そのことは、みな国民が知っています。
第十五、伊藤さんは韓国国民が憤慨しているにもかかわらず、日本皇帝やそ
の他の世界各国に対して,韓国は無事であると言って欺いています。
この訊問において早くも安重根が伊藤射殺の理由の一つとして、伊藤博文が「東洋の平和を撹乱」したことにあると12番目に述べている点は注目に値するとされています。
高等法院長が被告が抱いている政策とはどのようなものかを問うと 、被告は以下のように答えました。一、自分が抱いている政策意見を陳べても差し支えないとのことならば申し上げます。私の意見は、もしかしたら愚見として笑われるようなものかもしれませんが、これは最近になって考えたものではなく、ここ数年来ずっと考えてきた意見です。自分がこれから申し上げる政策を実行すれば、日本は泰山の如くになり、各国から非常なる名誉を得るようになります。 覇権を掌握しようとすると、非常の手段を施さなければならないと言いますが、日本がこれまでとって来た政策は、二十世紀の政策としては甚だ飽き足らないものです。つまり、これまで外国がやってき た手法を真似ているだけで、弱国を倒して併呑するという手法です。こんなことをしていても覇権を握ることはできません。まだ列強国がやっていない行為をしなければなりません。いまや日本は一等国として列強国に並ぶ勢いで進んでいますが、日本の性質は言わば「速成速決」で立っているのであり、これは日本の欠点で、日本の為めには残念なところです。 一、日本がいますぐになすべきことは財政整理です。財政は人に例えれば元気の源です。つまり、財政を健全にして国の健康状態を強くしておくということです。第二に、列強国からの信用を受けることが 重要です。いま、日本は信用を受けていません。第三に、すでに申し上げた通り、日本はいま各国から、その伱を覗かれていますから、それに対する方法を考えなければなりません。この三大急務を解決する方法は、私の考えでは、簡単なことだと思います。戦争もなにも必要ありません。それは、唯ひとつ、心を改めることにあるのです。伊藤公がやってきた政策を改めるのです。伊藤公の政策は全世界の信用を失ってしまいました。日韓協約を見れば明らかなように、韓国人が心服するどころか、反抗心を高め させるに至った過ちであり、(日本にとっても)なにも得るところがありません。 日韓清は兄弟の国です。ごく親密に過ごしてきたのですが、それなのに今は、まるで兄弟の仲が悪くて、 ある一人がほかの一人を助けないような状態で、世界に向かって不和であることを発表しているようなものです。日本がこれまでにとってきた政策を改めて、それを世界に発表するというのは、(日本にとっては)多少は恥ずかしい面もあるでしょうが、それは止むを得ないのです。 いますべき政策としては、旅順を開放して日本、清、韓国三国の(共同)軍港とし、この三国を中心に これらの者を同地に会合させて、平和会というようなものを組織して、それを世界に公表するのです。こうし て日本に(領土的な)野心がないことを示すのです。旅順をいったん清国に還付して、そこを平和の根 拠地とするのが最も賢明な策となると信じます。覇権を握ろうとするならば、通常ではない手段が必要であるというのは、つまりこのことを言うのです。旅順を還付することは日本にとっては苦痛であるかもしれませんが、結果としては、かえって利益を生むことになるので、世界の各国はその英断に驚歎し、日本を賞賛し、清国と韓国を加え、日清韓は永久に平和と幸福を得ることになるのです。 また、財産整理の観点から言えば、旅順に東洋平和会を組織して会員を募集し、会員から一人当り一円 を会費として徴収するのです。日清韓の人民のなかから数億人がこの会に加入することは間違いありま せん。そして、銀行を設立して(共通の)通貨[兌換券]を発行すれば、必ず信用は得られるので、金融についてはおのずと円満に進みます。また、重要な場所に東洋平和会の支会を設けて、そこに銀行の支店を置くのです。そうすれば日本の金融は円満になり、財政は万全となるでしょう。旅順を警備するためには、日本の軍艦五、六隻を旅順港に繋留しておけばいいでしょう。そうすれば、日本は旅順を還付したとしても、実際には日本が領有するのとなにも違いません。 以上の方法によって東洋の平和は完全になりますが、列強国に対応するためには対策を講じなければな りません。そのためには、日本、清、韓国の三国から各国の代表を派遣して対応にあたらせます。また、 三国から強壮な青年たちを集めて軍隊を編成するのです。そして、強壮な青年たちに二ヵ国語の言語を 習わせて友邦であり兄弟の観念を高めるように指導します。このような日本の偉大な態度を世界に示せば、世界はこれに感服して日本を崇拝し敬意を表するように なります。なぜならば、たとえ(他国が)日本に対して(領土的)野心を持っていたとしても、それを 画策する機会を失うことになるからです。こうして日本は輸出も増加し、財政も豊かになって、泰山のような安定を得ることになるのです。 清と韓国の両国もともにその幸福を享受し、また(世界の)各国に対しては、その模範を示すことにな ります。こうして清と韓国の両国は、日本を星として仰ぐことになり、(商工業など産業発達の)覇権も 日本に帰することになります。そうなると清と韓国が申し立てた影のようなものは夢にも現れなくなる でしょう。そのようになれば、インド、タイ、ベトナムなどアジアの各国は進んで東洋平和会に加盟を申し込み、日本は争うことなく東洋を掌中に収めることになります。 一、かつて殷の国が滅びる頃、劣国は周という君子を担いで天下の覇権を握らせるに至りました。今日の世界の列強国がどんなに力を尽くしてもできないことがあります。ヨーロッパではナポレオンの時代まではローマ教皇から冠を受け取ってかぶることによって王位に就きました。しかし、ナポレオンがこ の慣習を破壊したため、それ以後はこのような儀式を行うことができた者はいません。日本が、私がこ こまで述べたように、いよいよ覇権を掌握することになれば、日本、清、韓国の三国の皇帝はローマの カトリック教皇に面接して(平和の)誓いを立てて、冠をお受けになれば、世界はすぐさまそれに驚歎するでしょう。現在、カトリックは世界に存在する宗教徒の三分の二を占めています。世界の三分の二を有する民衆から信用を受けることになれば、その勢力は非常に大きなものです。(逆に)もしこれら (の人びと)が反対すれば、どんなに日本が強国だとしてもどうにもなりません。 一、韓国は日本の掌中にあり、日本の方針によってどのようにでもなるのですから、私がここで申し上 げた通りの政策を日本が執るならば、韓国もそれに従って、日本が遺した徳を得ることができます。 一、ひとつ、日本のせいで慨嘆に堪えられないことがあります。それは、日露戦争の当時は「日出露消」、つまり、日本が現れてロシアが消えるという言葉があったほど、日本は金銭のある限りを尽くした時代でした。それなのに、今では日本、清、韓国の人々は「日冷日異」、すなわち、「一日で冷え込み一日で 変わってしまう」と称しています。これは日本が衰微の状態にあることを言っているのであり、日本は最大限の注意を払って政策を行わなければ、回復することのできない苦境に陥ります。この点については、 日本当局の反省を求めます。
ノルウェーの大量連続殺人について思うこと
2012年8月23日,オスロ司法裁判所は禁固最低10年,最長21年の判決を言い渡しました。これは同国の最高刑にあたります。裁判中は死刑制度の復活や無期刑導入が呼びかけられる動きがあったものの,被害者・家族の人権のみならず,加害者の人権についても徹底して保障するという原則が貫かれました。
ブレイヴィークはオスロ近郊の刑務所に服役していて,2015年夏にはオスロ大学への入学を認められ刑務所内で政治学を学ぶことになりました。学長は「必要な条件を満たせば受刑者も高等教育を受ける権利がある」と述べました。まさに応報刑ではなく教育系を刑罰の基本としていることの現れです。
ここには「排除」の考えはありません。ノルウェー国民は死刑制度を復活させて犯人をこの世界から排除して事件を忘れてしまうことよりも,国民全体で悲しみ・痛みを共有し事件を決して忘れないことを選んだように思います。それには多数の無辜の人命を奪った人間であってもその人権を保障するという強い決意が認められます。
秘密主義は誰のため?
韓国には死刑制度があり死刑判決も出していますが,執行はもう20年以上ありません。大きな転機になったのは金大中(キム・デジュン)氏が死刑囚から大統領になったことです。彼は軍事独裁政権だった80年代の韓国で民主化を主導し,全斗煥(チョン・ドファン)政権から死刑判決を受けました。その後民主化を達成した後に選挙で大統領に就いた。政治的な死刑判決を受けた大統領が当然死刑を執行することはない。これにより韓国は死刑を選択しなくなったと言えるでしょう。李明博(イ・ミョンパク)大統領時代に死刑再開の動きがありました。法務省は死刑を再開したかったものの,外交通商部(今は外交部と通商部)が強く反対したそうです。韓国は対外的な貿易に依存している国です。当時ちょうどEUとFTAの交渉中で,死刑再開は死刑に敏感なEUとの交渉にマイナスになるからです。
米国の死刑廃止は,バイデン大統領の選挙公約です。「死刑を廃止する。1973年以来,この国で死刑を宣告された160人以上の人たちの潔白が,後に証明された。死刑のケースを常に正しく扱うことが保証できないため,連邦レベルで死刑を廃止する法案を可決し,連邦政府の決定に従うよう州政府に促す」というものです。バイデン大統領とハリス副大統領の下,死刑制度を検証するために,2021年7月から連邦政府は死刑の執行を一時停止しています。
2016年テキサス州の刑務所に収監されていたロバート・プルエット(後に執行された)という死刑囚を取材しました。日本で「心情の安定」を理由に面会が非常に制限されていることをどう思うか聞くと,彼はこう答えました。「僕はいろんな人に出会うことで,そして自分の考えを伝えることで,心の安定を保てている。もし誰とも会わなかったら,完全にクレージーになる。なぜ日本の当局はそんなことを言うのか,理解できない」と。
日本では死刑のことは知らなくていい,究極の権力行使は俺たちがこっそりやる,という姿勢です。
以上で引用を終わります。
死刑制度が秘密主義で貫かれているのは,情報を公開すると死刑反対の議論が起きるのを懸念しているからです。死刑によって死刑囚を国家権力の名の下で絶命させたいと真底願っているのは法務官僚です。情報公開とそれに基づく国会での議論がなければ死刑制度は廃止できません。おそらくアメリカが死刑を廃止しても日本は追随しないでしょう。死刑制度を権力維持のために手放さない法務官僚の人権蹂躙の感覚は厳しく問われなければなりません。
映画「KCIA 南山の部長たち」をCS放送で見て,初めて朴正熙の暗殺事件の詳細を知りました。実行犯のKCIA部長たちは絞首刑になりました。韓国が民主化を実現し,死刑執行停止に至るまで長い時間と苦労があったことがしのばれました。日本はまだそこまで行っていません。
ローマ教皇フランシスコ改めて死刑廃止を訴える。
世界中で高まっている極刑の廃止を求める声は、カトリック教会にとって「希望のしるし」となっています、と教皇は2022年8月31日、「教皇による祈りの世界ネットワーク」が配信したビデオメッセージで強調しました。
「被害者にとり死刑は正義とはならず、むしろ復讐を助長します。そして、誤審を取り消す可能性を阻みます」と教皇は続けます。
「法的な観点から言えば、死刑は必要ではありません」と教皇は断言しています。
教皇による祈りの世界ネットワーク」は毎月の初めに、教皇がその月の祈りの意向について話すビデオメッセージを配信しています。9月の教皇の祈りの意向は、「死刑廃止」です。
教皇フランシスコは9月のビデオメッセージで、死刑が不必要なのは、社会が「犯罪者から罪を償う可能性を決定的に奪うことなく、犯罪を効果的に抑制すること」ができるからだと説明しています。
さらに、「死刑は道徳的に許されないもの」だとして、「私たちが受け取った最も重要な贈り物である命を破壊するからです」と強調しています。
「最後の瞬間まで、人は回心し、変わることができることを忘れてはなりません」と教皇は訴えます。「殺してはならない」というおきては、「罪なき者と罪ある者の両方に向けられています」。
教皇フランシスコはビデオメッセージの最後に、「全ての善意ある人々に、世界中で死刑廃止のために行動するよう呼びかけ」ている。「人間の尊厳を侵害している死刑制度が、全ての国で法的に廃止されるよう祈りましょう」と。
教皇は2018年に、『カトリック教会のカテキズム』の死刑に関する項(2267)の改訂を命じていました。改訂後の文は、「死刑は許容できません。それは人格の不可侵性と尊厳への攻撃だからです」と言明して、教会は「全世界で死刑が廃止されるために決意をもって取り組みます」としています。
新潟デザイナー誘拐殺人事件(1965年)
そこで山川真也は,右商会の工場の改装方を父親にも進言しましたが,これを真剣に取り上げて貰えず,自らこの資金を作ろうとして東京に赴いて知人から融資先の紹介状を貰い,これを携えて福島県郡山市にある福島県信用組合に行って,同組合理事長などに山川自動車の事業経営が極めて順調である旨誇大に吹き込むなどしてまず取引の下地を作り,両親には同組合より700万円の融資を受ける話ができたとうそを言って,これに必要な書類の作成方を懇請しましたが,大金の割には余りにもうまい話に不審を感じた両親から軽くあしらわれたこともあるなどして,自己には他から融資を受けるに必要な担保物件もなく,両親には自己の事業経営に対する構想を理解して貰えず一人で悶悶としていました。しかも,持病の発作に悩まされ,新潟市内の2か所の病院で3人の医師から治療を受け、この間入院することもありましたが,胆のう炎の疑いがあるものと一応は診断されたものの,はっきりとした病因がつかめないまま,治療の効果もさしてあがらず,その後もときおり腹部等の激痛におそわれ,その病状は思わしくなかつたところ、昭和40(1965)年1月1日夜,たまたま住居で発作をおこし,またその夜,自己が死んだ夢を見て,いまのままで死にたくないとうわごとを言ったと聞くに及んで,これまで病因もはっきりとせず病状も漸次悪化しているように思われたことなどもあつて,不吉な予感におそわれ、自己の寿命は長くないと思うようになり,なかば追いつめられたような気持となりその年のうちに,何としても早く前記のような構想を実現し,病弱な父親に代わり自己の手で山川自動車の確固とした基盤を作りあげ,自己が死んだ後,一人で残る妻のためにも,どうしても700万円を早急に入手しようと強く思いつめるに至りました。しかしこのような大金を他から融資を受けるなどして自分の手で作ることはとうてい不可能であると思い,金に執着する余り,同年1月8日ごろ,こうなっては人を誘拐してその家族などから身代金をとろうと思いつき,その手段方法、とくにわが身の安全を図りながら確実に身代金を入手しうる方法について思いをめぐらしているうち,かつて、新潟市内の映画館で観たことのある映画「天国と地獄」を思い出し,この映画の筋のうち、誘拐犯人が列車の発車間際に電話で、拐取した子供の親に列車に乗るよう指示し,その子供を目印に列車の中から金銭を投げるという点をヒントにし,列車への乗車指示の時間が列車の発車時間の間際であればあるほど警察官の捜査も困難になることから,これを利用し,金銭投下の目印には子供の代わりに動かない旗を使用しようと考えるに至ったものの,その際犯行の具体的な日時,場所,対象等については未だこれを決めるに至りませんでした。
山川真也は,昭和40(1965)年1月13日、五泉市内に居住してメリヤス販売会社O商店を経営するO宅のデザイナーとして同店に通勤していたその三女K子さん(24)に自動車を販売したことがあつて,同家が右会社のほか,他にもガソリンスタンドを経営するなどかなりの資産家であることを知っていたことから,かねて考えていた誘拐の計画をO家を目当てに実行しようと思いつき,同家の家人を誘拐して,同家より身代金を出させようと考え、午後8時30分ころ公衆電話から電話をかけ,電話口に出たK子さんの母親やこれと代ったK子さんに対し,「警察の交通課のものだが,お宅の車が日赤の横のMさんの玄関の前をふさいで邪魔になつている。確認してくれ」とうそを言いました。
同市営所通二番町寄居中学校(後に横田めぐみさんが在籍)附近路上において,いつわりの電話におびき出されて帰宅途中のK子さんを前方に発見するや,ここに同女を誘拐しようと企て,同女に追いつき,「お宅の車のことで来たのです。そこまでどうです。」などとうそを言つて、あたかもそのころ,話が出ていた前記O家に販売した自動車の買戻しの用件のため,同家に赴く途中であるように装って,これと誤信した同女を誘い自己の運転する自動車の助手席に乗せたうえ,言葉巧みに話しかけたりしてそのまま同女を右自動車に引き留めたうえ,同市内を約一時間にわたつて運転し,これを自己の支配下におき,もつて,同女を拐取しました。
同日午後9時40分ごろ,同市内の公衆電話ボックスから,同女を自動車内に待たせたまま,同女の安否を憂慮する母親に対し電話をかけ「娘さんを捕えておくから,明日の朝10時までに700万円揃えておけ。サツに言つたら命なんかないぞ。」と怒鳴りつけるように言い,さらに同女を殺害した後,翌14日午前10時すぎごろ,金銭投下の目印の旗に使用するため,赤い布切れ1枚を買い求めたり,新潟駅構内に赴いて利用する列車の時間を調べこれを午後1時27分新潟駅発越後線柏崎行と決めるなどして右700万円の受け取り方の準備を整えたうえ,同日午後0時10分ごろ,同市内の赤電話から,K子さんの安否を憂慮する母親に対し電話をかけ,「娘は倉庫の中にぶち込んである。金さえ貰えれば帰してやるよ。あんたがいうこと聞かなきゃそれでいいんだ。1時までとにかく新潟駅の待合室に金を持って来るんだな。」などと言い,その後自動車を運転して同市西堀前通りの飲食店で同日午後1時ごろまで知人と世間話をしたあと同日午後1時12分ごろ同市内の公衆電話ボツクスから新潟駅案内所係員に電話をかけ,O家の者を呼び出してくれるよう依頼し,K子さんの安否を憂慮し、身代金をもって同駅構内に来ていた同女の実兄が電話口に出るや,「いいか,これからいうことをきいて間違いなくするんだぞ。娘の居場所は後で電話する。これから5番線から柏崎行の列車がすぐ出る。線路をすぐ見ていろ。途中で赤い旗が立つている。そこで金を投げろ。」と指示するなどし,もつて,前後3回にわたり,K子さんの安否を憂慮する近親者の憂慮に乗じてその財物を要求する行為をしました。
昭和41(1966)年2月,新潟地方裁判所は求刑どおり山川真也に死刑を言い渡しました。昭和46(1971)年5月11日,最高裁判所は上告を棄却しました。昭和52(1977)年5月21日(土),山川真也は東京拘置所内で自殺を遂げました。
当時は「吉展ちゃん誘拐殺人事件」など,身代金目的誘拐の殺人事件が多い殺伐とした時代でした。K子さんの遺族の方々の気持ちは分かりませんが,国からの罰(死刑)を受けることなく勝手にこの世を去った山川真也のことをどう受け止めてよいか途方に暮れたと思います。
結果論ですが,もし死刑ではなく無期懲役だったら,山川真也は絶望することなく一生刑務所で被害者の冥福を祈りながら贖罪の日々を過ごしたかも知れません。
なお,新潟市郊外にあった山川自動車工場には,子どもたちなどから石が投げつけられてたいへんだったそうです。
20歳女性に迫る投石刑(スーダン)
3年前に革命が起き,軍事政権が倒れたにもかかわらず,スーダンではいまだに女性の権利が認められていません。
何とか死刑を阻止すべく世界各国からの署名が集まればよいと思います。
処刑された女詩人
魚玄機
844~871 中国,晩唐の女流詩人。長安の人。詩文の才能は抜群。妓楼に生まれ育ち,18歳のときに美貌を見込まれ,官僚である李億の妾となる。正妻に疎んじられ,李億に捨てられ女道士になる。嫉妬により召使いの女を笞殺して斬刑になった。享年26歳。
贈隣女 隣に女に贈る
日を羞じて 羅袖(らしゅう)を遮(さえぎ)り、
春を愁いて 起妝(きしょう)に懶(ものう)し。
無價(むか)の宝を 求むることは易(やす)きも,
有心(ゆうしん)の郎(ろう)を 得(う)ることは難(かた)し。
枕上(ちんじょう) 潜(ひそか)に 涙を垂れ,
花間(かかん) 暗(あん)に 腸(はらわた)を断つ。
みづから能(よ)く 宋玉(そうぎょく)を窺(うかが)う,
何(なん)ぞ必ずしも 王昌(おうしょう)を恨まん。
昨夜は遅くまで,あなたのことを思いつづけて,やっとうとうとしましたのは,もう明け方近くでしたから,今,目がさめますと,もう朝日が高くのぼってしまっています。そのあかるい日ざしの下に出ることは,なんだかお日さまにははずかしいように思われて,思わずうすものの袖で,胸もとをおおってしまいました。すると窓の外で,小鳥のさえずっているのが聞こえてきました。この春も,一日ごとに過ぎてゆきます。それは,とりもなおさず,自分の青春が過ぎ去ってゆくわけで,とてもさびしくなって,ベッドからぬけ出して朝のお化粧をするのも,ものういような気持ちになってしまいました。あなたの側にいて,かわいがっていただいたころには,朝のお化粧にも張りあいがあり,また楽しい一日が始まるかと思うと,心もはずんだものでしたが,今はそうではありません。ほんとに,どんな高価な宝だって,人間の力で求められないことはないと思いますが,さて真心でもって愛してくださるよい殿御というものは,なかなか見いだせないものでございます。
そうお思いになりませんか。わたくしは,あなたこそ,ほんとうに真心から,わたくしを愛してくさるお方だと思っていたのですが,げんに捨てられてしまいました。今日このごろでは,夜ともなれば,わたくしはベッドのなかで,ただひとり,ひとしれず涙にむせんで,自分のふしあわせをかこっております。また,昼間は昼間で,ふつうは楽しいはずの春ですのに,花の下にただひとり立って,はらわたもちぎれるような,さびしさに泣き悲しんでいます。捨てられたと,わたくしは申しましたが,実をいえば,あなたのところへまいったのは,わたくしがみずからすすんでしたことで,あなたこそ,昔なら宋玉のような,美しいお方でりっぱな詩人でいらっしゃると思い,すきになってこの身をささげたようなわけでございます。ですから,今のような悲しい身のうえになっても,あなたの側へまいったことを,しまったなどとは,決して思っておりませんのよ。ただせめて,あなたが最後まで,愛情をつらぬき通してくださるようなお方であったら,このわたくし,どんなに幸せであったろうと,それのみ口惜しく思っているだけでございます。
無價の宝を求むることは易きも,
有心の郎を得ることは難(かた)し。
の箇所がすばらしいと言われています。
12月に死刑執行はあるのか。
葉梨法相(東京大学法学部卒,キャリア警察官僚)が,法務大臣は死刑のハンコを押して,昼のニュースのトップになるのはそういう時だけの地味な役職,金にはならないし票も増えない,と暴言を吐き辞任。
太りすぎて死刑を回避した死刑囚
執行のため,処刑に関しては問題がなかったものの,陪審員が死刑を支持しなかったために,結局,ループの死刑判決は覆りました。ループは巌のように動かしがい巨体を維持するために1日6000カロリー以上を摂取し,囚人の権利である2時間の運動も断固拒否しました。結局,死刑の執行を回避したものの,2006年2月7日,ワラワラにあるワシントン州立刑務所で肝疾患により死亡しました。
ジャンヌ・ペキュ(1743~1793)は,目の覚めるような美貌に恵まれ,ジャン・ド・バリー侯爵と結婚し,後に「宮廷娼婦」と言われました。夫の手助けもあり25歳のときに60歳近かったルイ15世の寵愛を得ました。度を越した浪費家で傲岸不遜で巨万の富を強奪しました。40歳を越えてからはかつての美女は太りだしました。1774年にルイ15世が死去しました。専制君主の元愛人は旧体制の走狗と結託し,反革命を企図したのではないかと疑われ,革命法廷から死刑を宣告されました。ジャンヌは断頭台に送られ,すさまじいほどの恐怖で取り乱しました。彼女は「もう少しだけ待って,死刑執行人さん」と言いましたが,民衆は「やれ!やれ!ジャンヌ・ペキュを!やっちまえ!でか尻ジャンヌを!」と叫びました。彼女はあまりに太っていたので,首がギロチンの穴に入りませんでした。死刑執行人のサンソンは2回やり直して,苦しがるジャンヌの首を落としました。肩と首のあたりがぶよぶよししすぎていて,刃がすんなり通らなかったのです。
ミッチェル・ループは悪賢く太ったおかげで死刑を免れましたが,ジャンヌ・ペキュは太っていても死刑から逃れることはできませんでした。
王族にも容赦がないサウジアラビア
孫娘については,「王の善意」によって例外的に約2m離れた位置からのピストルによる射殺刑に切り替えられました。公開上で,王の孫娘が黒い服に身をつつみ背中を見せて坐っている写真が残されています。公開処刑目前の写真です。殺人の罪を犯したわけでもないのに,姦通罪を理由に死刑など,許されるべきではありません。
山上容疑者に極刑を求める署名
死刑囚家族の悲劇
長女の前夫との間に生まれた長女は昨年自宅で16歳で亡くなりました。外傷性の傷が多数あったそうです。次の夫との間に生まれた次女を道連れに,真須美死刑囚の長女は関西空港付近で無理心中をとげました。カレー事件との関連は不明ですが,前掲書からは後にこのような事件が発生するとは予想できません。
長男は児童養護施設に入って,殴る・蹴るのいじめを受けたそうです。「ポイズン」というあだなをつけられ,鉄アレイで頭を殴られたり,給食のカレーに乾燥剤を入れられたり,エアガンを発射され歯を折ることもあったそうです。20台の女性職員からは2年間にわたって性的虐待を受けました。
会社をクビになり,結婚も破談となりました。
「半田保険金殺人事件」の長谷川敏彦死刑囚はすでに執行されていますが,執行される前に次姉と息子が自殺し,たいへんに心を痛めていたそうです。
宮崎勉死刑囚の父親は自殺しました。
死刑囚ではなく医療少年院送りとなった建立佐世保北高校女子生徒殺人事件の犯人の父親は当該地域では有名な弁護士でしたが,事件の2月後に自殺しました。
2022年7月に執行された加藤智大死刑囚の弟はすでに自殺しています。
死刑囚や殺人事件の犯人の家族は壮絶な非難を受けます。住所を変えても追いかけられるそうです。一方で神戸連続殺傷事件の犯人は,名前を変え,何ら責められる恐れもなく平穏に暮らしているようです。どうにも理不尽な気がします。死刑囚や殺人事件の犯人の家族を徹底的に責めないでほしいと思います。彼らの最後の逃げ場は自殺しかないというのは,たいへんな悲劇です。
年末を迎えて死刑囚について考えること
尾田信夫さん(76)「マルヨ無線強盗殺人放火事件」(1966.12.5)
最高裁の判決は1970年11月12日
事件から60年,最高裁判決から52年経過しています。
大濱松三さん(94)「ピアノ騒音殺害事件)(1974.8.20)
控訴審判決は1977年4月16日
事件から48年,控訴審判決から42年経過しています。
山野静二郎さん(84)「不動産会社連続殺人事件」(1982.3)
最高裁判決は1996年10月25日
事件から40年,最高裁判決から26年
これらの人々は高齢であり,40年から60年ほどまで身柄を拘束sれています。拘置所は冷暖房がないので,高齢者にはこれからの寒い冬は体にこたえます。これほど長い期間,明日は処刑されるのだろうか,と恐怖に戦いながら毎日を過ごしてきました。人道にもとるのではないでしょうか。
袴田巌さん(86)「袴田事件」(1966.6.30)
最高裁判決は1980年11月17日
拘置執行停止中ですが,無罪として釈放された訳ではあ
りません。
冤罪と思われ,精神に異常をきたしているところからも
一刻も早い無罪釈放が実現されなければなりません。
藤波芳夫さん(75歳で逝去,死刑執行は2006年12月25日)
「覚醒剤殺人事件」(1981.3.29)
最高裁判決は1993年9月9日
キリスト教徒でしたがクリスマスの日に執行されました。立
って歩くことができないので,車椅子に載せたまま絞首台に
移動させました。
吉岡(宅間)守さん(40歳で逝去,死刑執行は2004年9月14日)
「附属池田小学校児童殺傷事件」(2001.6.8)
2003年9月26日に控訴取り下げ
宮崎勤さん(45歳で逝去,死刑執行は2008年6月17日)
「警察庁指定117号事件」
最高裁判決は2006年1月17日
久間三千年さん(70歳で逝去,死刑執行は2008年10月28日)「飯塚事件」
最高裁判決は2006年9月8日
吉岡(宅間)守さん,宮崎勤さんの死刑執行は裁判確定から2年ほどで行われています。社会的に大きな衝撃を与えた事件なので法務省は死刑執行を急いだと思われます。
久間さんの死刑執行から7ヶ月経過した後,「足利事件」のDNA鑑定は誤りであったとして無期懲役の菅家利和さんが釈放されました。DNA鑑定の方法・時期は飯塚事件,足利事件ともにほぼ一緒でした。菅家さんを釈放する前に,つまりDNA鑑定の誤りを認める前に急いで死刑を執行したのではないかと言われています。久間さんは一貫して無実を主張していました。冤罪だと思われます。
林眞須美さん(61)「和歌山毒物カレー事件」(1998年7月25日)
最高裁判決は2009年4月21日
事件当時37歳でしたが,現在は61歳で歯は抜け落ち,
頭髪はすべて白髪になってしまったとのことです。
日本人は,死刑囚は自分とは無縁の悪党と考える人が多いのだと思います。しかも森鴎外の「最後の一句」のように『おかみのすることに間違いはありますまいから』と冤罪などありえないと考える人もまだいると思います。たとえ冤罪で処刑されてしまっても,人間に誤りはつきものだ,無実でも死刑になる人が出るのは交通事故で死者が出るくらいなものだと考えるのでしょう。いったい自分や自分の家族が犯罪被害者となって生命を奪われることを予想しても.自分や自分の家族が加害者になって他人の生命を奪うことがあるかも知れないなど考えたことがない人ばかりでしょう。何らかの口論で突き飛ばし相手の生命が亡くなってしまうこともありえますし,家族が大病して暴力団系のサラ金からお金を借り,追い詰められて保険金殺人を犯すことだってありかも知れません。私たちは想像力を働かせて生きていかなければなりません。生きていていい人,生きていてはいけない人,と区別する発想は何らかの事態で自分が生きてはいけない人のグループに入ってしまった場合,何の文句も言えなくなってしまいます。
永山則夫死刑囚は理由のない殺人を犯した。
1970年6月30日の公判では,ボンガーの「犯罪と経済状態」の一節を英語でしゃべったそうです。「貧乏は,人の社会的感情を殺し,人と人の間における一切の関係を破壊し去る。すべての人々により捨てられた人は,かかる境遇に置き去りにせし人々に対して,もはや,なんらの感情も持ち得ぬものである」と。法廷内は騒然としました。永山死刑囚は自分の思想を代弁できないとして何度も弁護人を解任し,自分の弁護をしたいのならば100万円をカンパしろと要求したり,身柄引受人に自分の面倒を見るのは当然だと言ったりしました。獄中結婚しましたが後に離婚しました。執行にあたっては暴れまくり刑務官はたいへんに苦労しました。その一方でペルーの貧しい子どもたちのためにと印税で得たお金を役立ててほしいと言い残すなどやさしい面もありました。永山死刑囚が育った家の写真を見ると,このような悲惨な境遇から凶悪な殺人犯が生まれ出たのかと思います。
金川真大死刑囚は死刑になりたくて殺人事件を起こし,自分の希望どおりに処刑されていきました。死刑が悪用されたのです。死刑という制度が抑止力を示したのではなく,むしろ殺人を奨励した結果になってしまいました、死刑に抑止力があるというのは幻想だと思います。
小松川事件
逮捕当時の読売新聞の記事には「逮捕令状を見せられた李はニンマリと笑い『とうとうやって来ましたネ。やはり完全犯罪は敗れましたよ・・・とうそぶいたのち『後に残る両親や兄弟が本国へ送還されることのないように考えてくれ』といいながら・・」とありましたが,後にこれは記者の作文であることを読売記者は認めました。朝日新聞以外の各紙は少年容疑者の氏名を公表し,日経と読売は取調室を出る容疑者の全身大写し写真まで載せました。
李珍宇死刑囚の父親は窃盗の前科六犯を持つ日雇い労働者であり,母親は聾啞者で兄弟は6人の極貧家庭で育ちました。ご版を食べれなかったために学校をよく休んだと法廷で陳述しました。李珍宇死刑囚はIQ138と頭脳は優秀であり,生徒会長を務めるなど人柄も明るかったそうです。ただし朝鮮人であることを理由に大手の会社からは採用されませんでした。
彼の起こした事件は在日朝鮮人の社会に大きな衝撃を与えました。獄中で朝鮮人としての自覚を持ちはじめ,死刑確定後であっても朝鮮語の勉強を始めました。「私は『鎮宇』として生きるよりも,『긴우(ジス)』として死ぬ自分を誇りに思う」と言いました。
マスコミは李珍宇死刑囚を異常性格と報じました。
善悪の観念はみうけられないが,その半面母思いという奇妙な矛盾した性格(1958年9月2日読売新聞)。
金子は表情はいたって朗らか,寺本捜査一課長と向き合って好きなキツネウドンを一緒に食べながら「人を殺したという気持ちがどうしてもおきない」とたえずニコニしながら答えるという異常さだった(1958年9日毎日新聞)。
私もあきれたのだが,彼が犯行後も全然悔悟の念もなくほがらかであったことだ。これは彼が精神異常者であることを示すもの(1958年11月14日)。
読売新聞は少年法の趣旨に反して実名・全身写真を公表し,李珍宇を精神異常者であると決めつけています。精神異常者ならば心神喪失または心神耗弱であるとして厳刑は避けるべきであると主張すべきなのにそれをしませんでした。下山事件では「誰が犯人であるか読者諸氏はもう気がついていると思うが」と当時噂になっていた共産党・労働組合の関与をにおわせる社説を書きました。何の根拠もなしに共産党・労働組合を敵視する風潮を率先して指導していました。
李珍宇死刑囚はこのように述べています。
私が捕らわれてから,何の後悔も見せず,むしろ快活にふるまったことは,少なくとも故意的ではなく,それは自然でした。何故なら,私は自分の罪に対して何の後悔も感じていなかったからです。私は人を殺したことについて何の後悔も感じませんでした。私は捕らわれてからも,若しも自分が社会に出たら,また人を殺すかも知れない,ということを感じていました。第一に,私は人を殺すということについて,何の感動もないのです。(中略)私は被害者のこと,家の人達のことを思って涙を流しました。しかしそれは,ただの涙で,私の本性は無関心です。(中略)私の本性は,私の感情的な性質にもかかわらず,非情です。人の命の価値を認めません。一般的な意味で認めます。しかし本性に従うものは価値がなくなります。私が捕らえられても後悔しなかった理由はここにあります。
私の頭にいつも残っていた問題は,体験が「夢」のように感じられることだった。(中略)私がそれをしたのだった。それを思う私がそれをした私なのである。それなのに,彼女達は私に殺されたのだ,という思いが、どうしてこのようにヴェールを通してしか感じられないのだろうか。
イラン代表のサッカー選手に死刑宣告
こちらはドカ雪に殺されそうです。やっとのことでsupermercado(スーパー)に着いても,食料品に欠品があって思うように買い物ができません。停電の可能性もありますので,停電の際は暖をとることができません。
ミャンマーの民主活動家に死刑宣告
7人は2022年4月,元軍人でグローバル・トレジャー銀行支店長銃撃事件への関与の疑いで逮捕されました。
軍事政権は,2022年7月25日の時点で既に4人の民主化活動家を処刑しています。
2021年2月のクーデタ以来,2500人以上を殺害してきた軍事政権は,国の支配権を握ろうと躍起になる中で,反対派への威嚇戦術として死刑を利用してきました。
国際世論を盛り上げ,死刑執行停止を果たさなければなりません。
イランで死刑執行が続く。
カラミさんの家族は司法当局に死刑執行をやめるよう訴えていました。死刑執行前にカラミさんと家族との面会は許可されませんでした。イラン司法当局が運営するミザン通信は,2人が準軍事組織の幹部ルホラ・アジャミアン氏殺害の主犯だったと報じました。検察側は殺害された抗議参加者を弔う人々がアジャミアン氏を裸にして殺したと説明しました。
現在同じ件で3人が死刑判決を受けていて,11人が禁固刑を受けています。アムネスティ・インターナショナルは,裁判はでっちあげであると非難し,イラン当局はほかに少なくとも26人について死刑を求めていると指摘しました。
昨年12月にも,イラン当局はモフセン・シェカリさんとマジドレザ・ラフナヴァルドさんを準軍事組織のメンバーを攻撃したとして死刑に処しています。
第8回死刑廃止大会
開会式にはドイツ,フランス等の外相や法相,欧州連合と欧州評議会の人権閣僚が参席し,世界の死刑廃止に向けた想いが語られました。アフリカ諸国の法相は自国の廃止への取り組みを説明し,リベリア,ザンビア,マラウイの大臣は2023年中には死刑を廃止すると述べました。
ドイツの元法相のマルコ・ブッシュマンは「世界のただ一国においても,そしてただ一人にでも死刑が執行される限り,私たちはこの運動を休んではならない。死刑は民主主義に異質であり,相容れない。強い民主主義に死刑は要らない」と述べました。
ISの死刑廃止アドバイザーが司会を務めたセッションでは,日本の元法相の平岡英夫氏が登壇し,日本の死刑制度がいかに秘密主義であるかを紹介し,廃止への想いを語りました。アジアの話題では,2017年に死刑を廃止したモンゴルの話,死刑の再導入を阻止したフィリピンの話,2022年1月に死刑を廃止したパプアニューギニアの話を聞くことができたそうです。
日本はどこにいるのでしょうか。中国,朝鮮民主主義人民共和国,イラン,サウジアラビア,ミャンマーと同じグループに所属しています。
山上徹也容疑者の起訴に思う。
帝国日本の逆賊である無政府主義者の大杉栄,伊藤野枝,橘宗一(6)を惨殺した甘粕正彦には多数の助命歎願書が集められ,1923年12月の軍事法廷において禁固10年の判決が下されたものの,1926年10月にわずか3年足らずで仮出所しました。
浜口雄幸銃撃事件を起こした佐郷屋留雄(1908~1972)は殺人罪で1933年に死刑判決を受けましたが,1934年恩赦により無期懲役となり,1940年に仮出所しました。
原敬刺殺事件を起こした中岡艮一(1903~1980)は無期懲役の判決を受けましたが,3回の恩赦により1934年に出獄しました。
浅沼稲次郎社会党委員長を公衆の面前で刺殺した山口二矢(1943~1960)は少年鑑別所で自殺しました。右翼の間ではたいへん尊崇されています。
安倍晋三が戦後最長の総理を務めたこと,山上徹也容疑者が入念な計画をしたことから死刑判決を予想する人も少なくないようです。しかしながら,死刑判断を下すにあたっても(私は死刑判決を望みませんが),職業裁判官は永山基準をきちんと裁判員に説明すべきだと思います。近年では裁判員に永山基準がていねいに説明されることはないと聞いていますので。
永山基準:その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には,死刑の選択も許されるものといわなければならない」としており,(1)犯行の罪質,(2)動機,(3)態様,とくに殺害の手段方法の執拗(しつよう)性・残虐性,(4)結果の重大性,とくに殺害された被害者の数,(5)遺族の被害感情,(6)社会的影響,(7)犯人の年齢,(8)前科,(9)犯行後の情状等を総合的に考慮して判断すべきである。
加賀乙彦さん亡くなる。
小松川事件被害者遺族の気持ち
寺内捜査一課長と向き合って好きなキツネウドンを一緒に食べながら「人を殺したという気持ちがどうしてもおきない」とたえずニコニコしながら答えるという異常さだった,と毎日新聞は報じました。逮捕された直後に「人を殺した実感がない」と発言したことに注意すべきである,と指摘する人もいます。「女の人(おそらく賄い婦だった被害者)を自転車からひきずりおろしたとたん,ぼくは夢を見ているようだったと。これは夢なんだと思った」とも発言しています。無実だったから実感がなかったのか,それとも一部の犯罪者のように犯罪を実感として受け止められなかったのかはよく分かりません。李珍宇死刑囚は無実だったという声はいまでもあります。
映画監督の朴壽南(パク・スナム)さんが小松川事件被害者遺族宅を訪問し,謝罪と救命運動を許してほしいとお願いしたところ,そのときご両親から思いがけない発言を受けました。
「あの関東大震災の時,この江戸川一帯は,たくさんの朝鮮の方々が虐殺された土地です。江戸川の川水が何日も何日も血の水でした。わたしたちはあれだけひどいことをしておきながら,これまで一度もお詫びもしてきませんでした。この度,娘の事件を知って朝鮮の方々からお詫びの手紙やらご香典をいただきました」と。さらにお父さんは「もし李君が外に出てこられたら,私の工場で迎えたい」と言ったのを聞いた記者が全国紙に記事を配信しました。この後,O家にはすさまじい脅迫が連日のように舞い込みました。「朝鮮人に娘を殺されたお前は,それでも大和魂をもっている日本人か。死ね。」という脅迫でした。その後お父さんは1年足らずで他界しました。李珍宇が処刑される前の年でした。獄中の李珍宇に面会を求め,文通や本の差し入れを行い,面会室は教室になったとのことです。
正田昭死刑囚は加賀乙彦さんに対して次のように書いていました。「R少年は生前私に,自分の犯罪が在日朝鮮人一般の問題として広く展開されてゆくことに戸惑い,困ってしまう・・と申しておりました」と。
10代後半が殺人などの反社会的行動を行う背景
「10代後半には性衝動が昂進しますが,前頭前皮質の発達と扁桃体とのコネクティビティがまだ十分ではありません。そのため,ブレーキとなる良心の形成ができず,反社会的な傾向が強くなりやすいのだろうと考えられています。
前頭前皮質は,ブレーキとしての役割だけでなく,判断,感情のコントロール,組織的な考え方や計画,実行機能も司っている部分です。こうした高次の行動を担う部分は,時間をかけて完成していきます」
李珍宇死刑囚,浅沼社会党委員長を刺殺した山口二矢,永山死刑囚,高齢者を殺害した元名古屋大学女子学生(無期懲役),県立佐世保北高校女子生徒殺害事件の実行犯,山口県光市の母子殺害事件の実行犯,いずれも10代後半が起こした殺人事件です。身体的発達が未成熟なために反社会的な殺人行為に及んだのでしょうか。
また次のような記述もあります。
「心理学的な調査からもてる男性には『子育てに子育てに協力的に見えるタイプ』と『強そうに見えるタイプ』の2タイプいることがわかったわけですが,脳科学的に見ても,たしかに男性には2タイプいるのです。女性の側にも2タイプいて,それぞれも男女がマッチングしているのでしょうか,それとも女性の中には2つの意思決定システムがあって,あるときには養育を大事にしてくれそうな男性を選ぶほうに傾き,あるときには強そうな男性を選ぶほうに傾くようにできているのでしょうか。
脳のなかでも原始的な部分である大脳辺縁系(扁桃体など)が『快』と直観する相手と,背外側前頭前皮質(DLPFC:合理性にもとづいた判断をする部分)が『この人が繁殖に適している』と下す理性的な意思決定は,必ずしも一致しません。どちらを選びやすいかは,その女性の生理周期によるのです。
DLPFCの出す理性的な答えを踏みにじりやすい,つまりダメ男の方に引き寄せられてしまう周期が,女性には月のうち2回あります。
排卵期の前後3日ほどと,生理前の1週間です。
この時期に女性の体では,女性ホルモン(エストロゲン)の濃度が下がるのと同時に,セロトニンの濃度も下がります。
すると不安傾向と衝動性が高くなり,冷静な判断がしにくくなってしまう可能性が高くなり得るのです。そのためにダメ男を選んでしまう,と考えられます。
文明化された現代社会では迷わず養育行動を取る男性を選びそうなものですが,ホルモンバランスが変化し,よりプリミティブな意思決定に促されると,サイコパス傾向の高い男性が,より女性に選ばれることもあるわけです」
10代後半の殺人事件,ダメ男につくす女性など社会現象でありながら,身体の状態の問題でもあることは留意しておく必要があると思います。
国家権力と戦った孫斗八死刑囚
大阪地裁に提起した「死刑執行処分取消請求事件」では,死刑執行停止命令を2回取りつけることに成功しました。この訴訟の進行過程では死刑執行場を現場検証しました。嬉々として絞縄に触れ,縄の寸法を計り,巻尺をもって3時間以上あまり飛び回りました。裁判長は「もっと調べたいことはありませんか。遠慮なく申し出なさい」と何度も声をかけ,検証は彼の指図で行われました。写真の技術者はあらゆる角度から死刑場をフィルムにおさめました。絞首刑の実演にあたっては,看守の一人を死刑囚に仕立て,管理部長は足に縄をかけようとしたものの,手足がぶるぶるふるえ,縄を結ぶのが困難でした。
「文書図画閲覧禁止処分に対する不服事件」では,一審判決で彼は勝訴しました。裁判所は「拘置所の管理権の行使が,申し立ての事実について必要最小限度の合理的制限を越える」と判断しました。孫斗八死刑囚に勝訴を言い渡した裁判官は判決理由の中で述べました。
「・・他のどんな被拘禁者にも社会復帰の希望があるが,死刑囚にはそれがない。死刑の判決に対する上告棄却によって,一条の望みも消え,生の本能が脅かされるや調子が狂い,ひどい苦悶の中でもがきあえぐ。死の恐怖は死よりもさらに過酷な苦痛であり,絶対的な必然まで心の休まる日はない。想像される処刑の恐怖の有様が眼底から去らない。かきむしりたい。壁にぶっつけたい。狂うような気になる。またしても脱走と自殺の誘惑にとりつかれる。優しさと思いやりに対しては感動を抑えることはできないが,力と圧迫に対しては死を背景にして捨鉢的な強さをもって犯行する。死刑囚の心理や気持について書かれたものは少なくない。だがもっと確かなことは,死刑囚の本当の気持ちは死刑を言い渡され,決定的な瞬間まで拘禁され,そして刑場に消えていった本人だけが知っているだけだ,ということではあるまいか。
原告も死刑囚の一人である。わが国は若干の文化国家におけると同様に刑罰としての死刑を是認しているが,死刑制度はこれを存立する合理的理由に乏しく,死刑の廃止はもはや日時の問題だと思われる。原告は少しばかり早く生まれ,少しばかり早く犯したがゆえにその刑罰を背負わされたものということができよう。
死刑は,犯罪の故に国家が一人の命を奪う。健全な精神と肉体を人間の手で作られた欠陥―道徳的な欠陥の故に神の意に反して奪うことである。残虐な刑罰ではないかも知れないが残酷である。生きたい本能から生まれた狂乱の心のまま死刑を執行するのは,より一層許せない残酷である。死刑囚と同じく拘置所も死刑を回避することはできない。とすれば,いかにして罪の自覚を完全に与え,被害者に対する贖罪の念を起こさせ,死そのものを安らかな気持ちで迎えられるように仕向け,教育していくかという大きな務めが拘置所に負わされる・・・」
孫斗八死刑囚は執行当日は大暴れをしました。両方の腕にはっきりと5本の指のあとがアザになって残っていたこと,両足にひきずられたらしいすりきずがあったとのことです。おそらく両方からあざができるほど強く腕をつかまれ,絞首台へひきずっていかれ,首縄をかけるやいなや踏板をはずすハンドルがひかれたのだろうとのことです。
執行は1963年7月17まで享年37歳でした。
母親思いだった菊地正死刑囚
母親の白内障の手術代を工面するために4人もの人々を殺害したのは間違っていました。また自分が殺人事件を起こして最愛の母親を悲しませる結果となることを予期できなかったのでしょうか。残念なことでした。
袴田巌さんの一刻も早い無罪を切望する。
袴田巌さんは無実の罪により57年間身体を拘束され,死刑判決を確定させられていました。精神に変調をきたしています。お姉さんは高齢にもかかわらず,弟の無罪を主張するために北欧で行われた死刑廃止大会で講演を行いました。
警察・検察は凶悪な事件が起きると,証拠を捏造してまで目をつけた人を犯人に仕立て上げます。裁判官は検察の言うことばかり耳を傾けます。冤罪事件として有名な島田事件では,冤罪の汚名を着せられた赤堀政夫さんのほかに犯行を自供した人が複数いました。担当の紅林警部の拷問まがいのすさまじい取調に音を上げたためです。
袴田巌さんには一刻も早く無罪判決が下され,裁判官と検察官の誠実な謝罪が行われることを切望してやみません。
冤罪で死刑を執行された森近運平
石川三四郎,堺利彦,山川均,荒畑寒村は獄中にいたため巻き添えになることがありませんでした。
袴田巌さんの冤罪に関して,岡山県以外の人はあまり知らないのだろうと思い,森近運平を紹介しました。ほんとうに痛ましい冤罪犠牲者でした。
名張ぶどう酒事件は冤罪である。
1961年3月28日,三重県名張市葛尾の公民館で生活改善クラブ「三奈の会」の懇親会が行われました。この時,女性会員用に用意されていたぶどう酒の中に農薬が混入されており、乾杯と同時にそれを飲んだ女性会員のうち5人が死亡,12人が傷害を負うという事件が発生しました。
この死亡した5人の女性の中に奥西勝さんの妻及び愛人が含まれていたことから,奥西さんに殺人罪,殺人未遂罪の嫌疑をかけられました。奥西さんは当初否認していましたが,捜査機関の厳しい取調べにより自白に追い込まれ,その後、否認、自白と変転し,操作の捜査の最終段階で再び否認し,以後一貫して無実を訴えていました。
第一審の津地裁は,、①奥西さん以外の者にも犯行機会がある、②ぶどう酒の王冠上の傷痕は奥西さんの歯牙によって印象されたか不明である、③奥西さんの捜査段階の自白は信用できない,として,1964年12月23日に無罪判決を言い渡しました。これに対して検察官が控訴し,控訴審の名古屋高裁は,1969年9月10日、第一審判決を破棄し死刑判決を宣告しました。そして、1972年6月15日,最高裁によって上告も棄却され,控訴審の死刑判決が確定しました。
多数の事件関係者は,事件発生当初、奥西さん以外の者の犯行機会を否定していませんでしたが,相当な日時を経過した後に,検察官が一斉に供述を変更させています。しかも,証拠として提出されていない供述調書が多数存在していますが,その多くは未だに開示されていません。
ぶどう酒の王冠上の傷痕について,控訴審で検察官から提出された鑑定は,奥西さんの歯牙によって印象されたものと断定し,死刑判決の大きな根拠となりました。しかし,弁護団が提出した新証拠により,この鑑定は,写真の倍率を操作した虚偽鑑定,不正鑑定であることが明らかとなりました。
奥西さんが所持していた農薬はN社製「ニッカリンT」でしたが,弁護団の提出した新証拠により,本件で使用された農薬は「ニッカリンT」ではなく、S社製「Sテップ」であるという可能性が非常に高くなりました。
また,本件のぶどう酒は白ぶどう酒ですが,弁護団が提出した新証拠により,「ニッカリンT」は赤色であり,これを混入するとぶどう酒が赤色に変色してしまうことも明らかになりました。
さらに,弁護団が提出した新証拠により,ぶどう酒瓶に巻かれていた封緘紙に製造過程で使用されているCMC糊だけでなく家庭用に使われているPVA糊の成分も付着していることが明らかになりました。この新証拠は自白を弾劾するとともに第三者の犯行可能性を高めるものです。
2005年4月5日,第7次再審請求において、名古屋高裁は,奥西さんの主張を認め,再審開始と死刑執行停止を決定しました。しかし,これに対して検察官が異議申立てを行い,2006年12月26日,名古屋高裁は,再審開始と死刑執行停止を取り消しました。
2010年4月5日,最高裁は再審開始決定を取り消した異議審決定を更に取り消し,名古屋高裁に差し戻しました。
しかし,2012年5月25日,名古屋高裁は再審開始決定を取り消し,2013年10月16日,最高裁もこれを追認しました。
2013年11月5日,弁護団は第8次再審請求申立てを行いましたが,2014年5月28日,名古屋高裁は請求を棄却し、2015年1月9日、名古屋高裁は異議申立てを棄却し,特別抗告を申し立てましたが、奥西さんの体調が思わしくないため,同年5月15日,弁護団は特別抗告を取り下げ、直ちに第9次再審請求を申し立てました。しかし、同年10月4日,奥西さんが死亡し,同月15日に訴訟手続の終了決定がなされました。
2015年11月6日,弁護団は,奥西さんの妹の岡美代子さんを請求人として,第10次再審請求(死後再審)を申し立てました。
しかし,2017年12月8日,名古屋高裁は請求を棄却し,2022年3月3日,名古屋高裁は異議申立てを棄却しました。
一貫して無実を訴えながら獄中(医療刑務所)で死亡というのは,帝銀事件の平沢貞通さんのときと同じです。すでに奥西さんは存命ではありませんが,何としても無実判決が下るよう関心を持ち続けるべきだと思います。
動物裁判と死者裁判
1457年クリスマスを目前に控えた日,ブルゴーニュのサヴィニー・スル・エタジュ村で事件が起きました。被告席には雌豚がいて,6匹の仔豚が乳を吸って同席していました。村の5歳の少年ジャン・マルタンが餌をあげようと近所の仔豚に近づいたところ,我が仔を守る母豚に攻撃され食い殺されました。人々は豚の分際で人間を食うなどとはと憤激しました。「神に似せて造られた人間,動物を支配する側の人間」に対して動物のなんたる所業と非難され,母豚には死刑(裁判所の中の木に後ろ足で吊るされる),仔豚には無罪放免(原告である女領主の貴婦人に譲渡)の判決が下されました。フランスの田舎ではロベスピエールの恐怖政治全盛の時代,「王様,万歳!」と啼いたオウムがその飼い主とともに王党派と認定され裁判にかけられました。飼い主である人間はギロチン刑を科せられ,オウムは新しい飼い主が「教育し直す」との約束で無罪となりました。アルザス地方のホーフェンとビューレン近くのヘッツェルホルツの森で殺人事件が起きたものの犯人を見つけ出せなかった事件では,裁判所は森に死刑を宣告し,大樹林は切り倒されました。鐘楼の鐘が反乱を起こした人間たちの共犯であると認定され,ひきまわし死刑囚とともに市内引き回しの刑に処せられ,郊外へ流刑となり地下室に11年間幽閉されたということもありました。
17世紀のイギリスでは,ピューリタン革命を主導したクロムウェル(病死)の遺骸が,王政復古後の議会法廷で反逆罪を宣告されました。チャールズ1世は反乱軍により逮捕され,「専制,反逆,殺人,国家への裏切り」の罪で48歳にして1649年に斬首刑になっていました。父を殺され,長い亡命生活からもどった新王のチャールズ2世は父の仇をうちたいと思いました。クロムウェルの墓はあばかれ,半ば白骨化したクロムウェルの死体は刑場で絞首刑の後,斬首,切り刻まれた体は穴に打ち捨てられ,タール漬けにされた首は鉄の棒に刺されて高々と掲げられました。
人間はこんなにしてまで秩序を正し,正義を回復しようとしたのでした。
飯塚事件について思うこと
鑑定のもとになった試料については,もともと相当量あったのに,科警研は大半を消費してしまっていました。同時期に起きた足利事件では,飯塚事件とほぼ同じ科警研のメンバーで,まったく同じ方法で実施されていました。足利事件では菅谷利和さんの冤罪が発覚しました。
無期懲役事件(足利事件)の冤罪はやむを得ないが,死刑事件で冤罪が発覚すれば法務省・検察へ轟々たる非難が寄せられ,死刑制度を維持できなくなるから久間さんの死刑執行は急いでなされました。確定から執行まで約2年という「スピード執行」でした。注目すべきは,久間三千年さんは取調から公判に至るまで一貫して否認していたことです。私は久間三千年さんは無実の罪で死刑に処せられたと思っています。
いったい検察・法務省は凶悪な殺人時間が起きると,必ず犯人を探し出して処刑することが使命になっているようです。迷宮事件などありえない。真実かどうかは関係ない。世間が納得するような犯人を仕立て上げて処刑してしまえば,未解決事件と非難をあびることはないという考えなのでしょう。
こう考えると,中世のヨーロッパの裁判所が真犯人を見つけられなかった殺人事件で,「森」に「死刑」を宣告したのはまだましな判決だったように思えます。構成要件該当性もなく,物証もなく証人もいませんでしたが,無実の人を捕まえて死刑に処するということはしませんでした。日本の司法は中世のヨーロッパの司法に劣る杜撰で残酷な司法と言えるのではないでしょうか。
アムネスティが2022年死刑統計を発表
サウジアラビアは1日で81人を処刑
20カ国で死刑執行があった
6カ国が死刑を全面的・部分的に廃止
2022年は20カ国で死刑が執行され、総件数は前年比53%増の883件だった。中東・ 北アフリカ地域での執行数が2021年の520件から825件と大幅に増えたためだ。またこの数には、中国であったとされる数千件の執行数は含まれていない。
サウジアラビアは81人もの人を1日で処刑し、民衆蜂起を抑え込もうと躍起になっているイランは、抗議する権利を行使しただけの人びとを処刑している。
中国を除く死刑執行数の9割を、以下の3カ国が占める。
イラン:2021年314件から2022年は576件へと急増
サウジアラビア:2021年65件から2022年196件とほぼ3倍増・この30年で
最多
エジプト:24件
中国、北朝鮮、ベトナムなど、死刑を多用することで知られる国々は、死刑に関して秘密主義を貫いているため、実際の総数ははるかに高い。中国での正確な執行数は不明だが世界で最多の国であり、イラン、サウジアラビア、エジプト、米国が続く。
また、数年間執行を停止していた5カ国(アフガニスタン、クウェート、ミャンマー、パレスチナ国、シンガポール)が死刑を再開した。
薬物犯罪での処刑が増加
薬物関連の罪での死刑執行は、前年比2倍超と大幅に増えた。中国、サウジアラビア(57件)、イラン(255件)、シンガポールの4カ国で行われ、全執行数の37%を占める。ベトナムでも行われた可能性が高いが、国家機密のため数は不明だ。
死刑執行数は増加したものの、死刑判決数はほとんど変わらず、2021年の2,052件から2022年の2,016件へとわずかに減少した。
前向きな動き
カザフスタン、パプアニューギニア、シエラレオネ、中央アフリカ共和国の4カ国が、すべての犯罪で死刑を廃止し、赤道ギニアとザンビアの2カ国は、通常犯罪に対する死刑を廃止した。その結果、2022年12月時点では112カ国が死刑を全廃し、9カ国が通常犯罪に対して廃止している。 また、リベリアとガーナでは死刑廃止に向けた法的な取り組みが進み、スリランカとモルディブの当局は死刑を執行しないことを明言している。マレーシアの議会では絶対的法定刑としての死刑を廃止する法案が審議中だ。
国連総会では、過去最多となる125カ国が死刑執行一時停止決議に賛成票を投じた。
永山則夫「無知の涙」
ノート8(1970.5.25~6.27)の中では,既に刑死した李珍宇死刑囚を友と呼び,「珍宇よ!あなたには怒りというものがなかった」「私は思う,珍宇よ,あなたは石だ。その辺の道端の石だ。でも,けなしている訳じゃけっしてないよ。私もその辺の石っころに成ると思う(なりたい)。そしてその石が何時かきっと誰かの手に拾われて,私たちをこのように陥れた張本人に投げつけられるのを祈って・・・。私はこの以降珍宇にライバル意識を感じることと思う。君より私は出来が悪いが,私は私なりでやって逝くつもりだ」と書いていました。
永山則夫死刑囚の絶望を感じます。ジャック・ブレルは「愛しかないとき」を歌いましたが,永山則夫死刑囚には絶望しかなかったように読めます。
一方で,このような詩をノート1に残していて,驚きます。
童謡「小さな花と蟻とお嬢ちゃま」
小さな花が咲いていた
小さな花の幸せは
小雨のおやつが
欲しいのよ
小っちゃな小っちゃな幸せを
小さな花には夢がある
小さな花の見る夢は
にっこりお陽様
夢見てる
小っちゃな小っちゃな幸せを
小さな花に蟻さんは
いっぱい蟻さんのっかって
いたいたいじめ
今日もする
蟻さん蟻さんいやですよ
小さな花をお嬢ちゃま
ぽっきんとおっちゃった
えーんえーんと泣いたの
涙ポロポロ
お嬢ちゃまのポッケで泣いたの
若い刑務官に気遣いを見せた死刑囚
精神科医の野田正彰さんは,事件の被告の精神状態について意見を求められるとたまらなく苦しくなり,不眠の日が続くと言っています。死刑制度は残酷な犯罪を引き起こす社会について,私たちの反省を忘れさせる,さらに殺さなくてもいいのではないかと訴えています。
刑務官や精神科医など死刑に関わる人々もたいへんに苦しんでいます。
この世はダブル・スタンダードにあふれている。
学校で生徒や児童が殺人事件の当事者になったとき,政府や教育委員会はさかんに命の大切さを訴えますが,死刑囚の死刑執行には素通りです。世の中には生きていてもよい人と,生きていてはいけない人を私たちは無意識に二分しています。人を一人殺せば殺人犯だけれど,戦争で何百人殺せば英雄になれる,そんな言い方がされてから一歩も進歩していません。
ノルウェー政府庁舎爆発及びウトヤ島での銃乱射事件
犯行の動機は,ノルウェーの多文化主義やイスラム系移民から国を守るためだったとし,「残酷だが、必要な措置だった」とブレイビクは警察に話し,最高刑に相当する禁錮21年の判決が下されました。
ノルウェーには死刑制度がありません。「快適すぎるのでは」という刑務所の環境,オスロ大学政治学科への通信制による入学許可などは外国からは奇異に見えました。。そして,「隔離収監が人権侵害だ」というブレイビクの訴えの一部は裁判所によって認定されました。
ブレイビクが特別扱いされているのではなく,どの受刑者とも同じ権利を国や大学,裁判所が提供しようとした結果なのだそうです。ブレイビクだけに厳格な処置をすることを,ノルウェーの人々は拒否しました。死刑を復活させよという声は起きませんでした。異例の対応は,国の価値観の変化を意味し,ブレイビクの憎悪が勝利したことになると考えています。ノルウェーの人々は,ブレイビクの「思う壺にはさせない」と,「憎悪犯罪に,さらなる憎悪や刑罰で答える」ことを否定します。刑務所というのは,罰する場所ではなく、社会復帰のためのリハビリを行う場所なのだと。
ウトヤ島の生存者であるスティーネ・レナーテ・ホーヘイムさんは,CNNのインタビューにこう答えました。「暴力は暴力を、憎悪は憎悪をうみます。これは良い解決策につながりません。私たちは、私たちの価値観のための戦いを続けます」と。
ノルウェーは教育熱心で若者の育成に力を入れ,高福祉国でもあります。そのような理想的な国においても爆破・銃乱射事件が起き大勢の犠牲者が出ました。それでもノルウェーの人々は死刑復活の議論をおこないませんでした。ノルウェーのこのような対応は日本でも多くの人々が知るべきです。
戦争と死刑の間にあるもの
個人が故意をもって他の個人を殺害すれば違法であり,死刑に処せられるというのが過去から現在に至るまでの世界的なルールです。現在は死刑を廃止している国も多いのですが。
中には被害法益が人命ではなくとも死刑を科している国もあります。
韓国製DVDの所持,視聴(朝鮮民主主義人民共和国)
汚職,強姦,誘拐,麻薬密輸(中国)
児童人身売買(アフガニスタン)
同性愛(イラン)
ムハンマド侮辱の冒涜(パキスタン)
強姦被害者(サウジアラビア)
戦争は主権国家が相手国に宣戦布告して行う実力行動であり,戦闘で生じた相手国人の殺害は違法ではないと一般に理解されています。相手を百人,千人殺せば英雄として賞賛されます。民間人の殺害についても特に悪質でなければ非難もされません。ソンミ村での虐殺は非難されましたが,アメリカは責任を取りませんでした。
オサマ・ビンラディンもウダイ・フセインもアメリカの軍事組織が内密に外国に乗り込んで暗殺されました。これはどのような法律的根拠があるのでしょうか。裁判にもかけていない。相手は主権国家ではないから戦争ではない。国家が行ったテロという以外に法律的根拠はあるでしょうか。裁判なしにオサマ・ビンラディンを暗殺させた憲法学者のバラク・オバマはノーベル平和賞を受賞しました。アメリカはCIAを使って外国の要人を暗殺してきました。これらの殺人はどのように法律的に説明できるのでしょうか。ぜひ法律の専門家に教えてもらいたいものですが。個人の犯罪についてはデュー・プロセス・オブ・ローが必要と力説する法律の専門家はなぜアメリカの国家テロを承認するのでしょうか。ならず者国家はアメリカではないでしょうか。
Re: ノルウェー政府庁舎爆発及びウトヤ島での銃乱射事件
テロの犠牲になった悲しみのノルウェーの民主社会維持の意思に連帯する (ヤメ蚊弁護士さんの記事から)
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-2712.html
2011/07/27 16:00
衝撃の日と、衝撃を和らげた一つのツイッター
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-2820.html
2011/09/11 02:00
「たとえひとりの男がこれだけの憎悪を生みだせるとしても、私たちが連帯してどれだけの愛を生み出せるかだけを想像してください」という当時の一人のノルウェー人のツイートを日本人には無心に噛みしめてみてほしいと私は静かに願っています。
死刑再開を議論しなかったノルウェーについて思うこと
私が長野県中野市で起きた,立て籠もり・刺殺銃殺事件で連想したのはひとつはキム・ヒロ事件でした。朝鮮人を差別・愚弄する暴力団員や警察官の言動に激怒したことが事件の発端のようでした。立て籠もりの際は,人質には危害を加えることもなくきわめて優しかったそうです。
ノルウェーは民主主義の伝統が強い国です。一人の男による大量殺人に対して,ノルウェーの人たちがあのような苦しみを経験しながらも死刑再開を議論しなかったことを皆さんに考えていただきたくコメントしました。
1940年4月,ドイツ軍はノルウェーに侵入し占領しました。42年には傀儡政権の首相としてクヴィスリンクが任命されました。彼はファシズム的な国家改造を企て,教育統制に乗り出しました。すでに40年9月には教師たちはオスロで秘密の会合で話し合いをもっていました。「ドイツでは多くの教師たちに市民的勇気が欠けていた,それがファシズムに抵抗できなかった原因だった。家族のことを考えれば現実に折り合いをつけなければならず,そうしないと失業してしまう」と。こうした検討から引き出されたのは財政的保証のことでした。職場にとどまった教師には,給料の40%まで救援資金がカンパすることも惜しまなかったそうです。
41年夏には教員組合は占領軍の下におかれ,《非合法》とされました。しかしながら,教師たちは静かに抵抗を続けました。特定のリーダーが選ばれることなく,誰が指令を流したか分からないままでした。教師たちを守るために学生も抵抗しました。42年2月5日にクヴィスリンク政権は教師たちの強制的組織化をはかる教員組合法を施行しました。従来の教員組合からの退会が奨励され,言うことを聞かなければ無報酬のまま免職され,ノルウェー北部の強制収容所に送られるだろうと脅迫されました。《非合法》の教員組織の指令によって教師たちはストライキと解釈されるいっさいの措置を避け,職場にとどまり,平常どおり授業を続けました。同僚が逮捕されても,自分自身が直接阻止されるまで授業を行い続けました。教師たちの抵抗の背後には広い国民的な支持がありました。父母は一人ひとり実名を出して教育省に抗議の手紙を送りました。
ノルウェー語はかなり難しい言語とされています。ポーランド語と現代ヘブライ語をすこしかじっただけの私はノルウェー語にとりかかったことはありません。日本人からすると笑ってしまいそうな人名がたくさんあります。ヤンネ・アホネン(スキー・ジャンプ選手),エスコ・アホ(元首相),ヒエタラ・イルカ,エーロ・カッパ,スンマネン、ミルカ・パンツ,ウーント・マッテロ,いずれも実名です。
オウム真理教事件における警察の不可思議な動き
オウム真理教の松本智津夫被告に対して,東京地裁が三大事件の共謀を認め死刑の判決を出したのは今年2月27日。その直後,国選弁護団の団長だった渡辺脩弁護士が『麻原を死刑にして,それで済むのか?』(三五館)と題する,八年近くに及ぶ弁護活動を総括する本を出した。
この本を読むと,「麻原が悪いのは決まっているのだから,早期判決を」と望む世の大勢に抗し,渡辺さんが高い見識を持ち続けていたことがよく分かる,彼は弁護人の故をもって,麻原の無罪を主張していたのではない。彼は,二度と同じ犯罪を起こさないために真相究明をきちんと行う,それによって,オウム関連事件と麻原裁判で誰が得をし,誰が損をしたのか,今日の刑事司法の現実を明らかにする,というものだった。
このような構えによって,坂本弁護士一家殺害事件について,事件発生の四か月後,実行犯の一人だった岡崎被告より,遺体を埋めた正確な地図が神奈川県警に投書されてきており,警察は投書者が岡崎被告であることを知っておりながら,その後五年間にわたって岡崎被告と奇妙な交際関係を続けてきたのはなぜか,追及している。
九四年六月二十七日に起きた松本サリン事件については,長野県警科学捜査研究所が散布されたガスがサリンであると,事件後二,三日のうちに認識しておきながら,サリンを作れないことがはっきりしていた河野義行さんを被疑者とする捜査を維持し続けたのはなぜか,問い質している。
地下鉄サリン事件についても,警察は数日前にその情報を知り,防毒マスクなどで捜査準備をしておきながら,事件が起きると現場遺留品が鑑定されたという証拠さえないのはなぜか,批判している。このような警察の闇の部分がオウムの犯罪といかに係わっているのか,何も解明されていない。渡辺
脩さんは麻原の弁護人であるとともに,あるべき司法の弁護人であることを私は知った。
以上で引用を終わります。警察はオウム真理教と当初は裏取引でもあったのでしょうか。幹部たちが死刑を執行され,オウム真理教事件はすべて落着したかのように思えわれていますが,警察の闇の部分は未解明です。同じ事件を二度と起こさないためにも,警察の闇を明らかにする必要があると思います。
マレーシアで死刑廃止法案が可決,施行された。
マレーシアではこれまで33の犯罪に対して死刑が刑罰に含まれていました。強制死刑廃止法により,死刑以外の刑罰規定がなかった麻薬密売,殺人,誘拐,国家反逆罪,組織犯罪,銃火器犯罪,テロ行為やテロ支援を含む11の犯罪に対する強制死刑が廃止され,刑罰は30年以上,40年以下の禁固刑,および12回以上のムチ打ち刑に置き換えられることになります。また殺人未遂や誘拐など7つの犯罪に対する選択肢としての死刑を完全に削除しました。終身刑についても,30年から40年の禁固刑に置き換えられます。
マレーシアで最後に絞首刑が執行されたのは2017年で,2018年7月以降は死刑執行を停止しているものの,法律上,強制死刑の規定が維持されていたため死刑囚の数は増加していました。アザリナ・オスマン首相府相(法務担当)によると,法案提出時点で1,340人いる死刑囚,100人いる終身刑受刑者にも法改正が適用されるとのことです。
「なぜ人を殺してはいけないか」をハイデッガーに即して考える。
ます。
わたしたちは,「存在」とは何であるかを知らない。しかしわたしたちが
「<存在>とは何であるか」という問いを立てたときからすでに,この「ある」ということについては,何らかを了解しているのである。
わたしたちはつねにすでに,ある存在了解のうちで動いていることを示唆
しておいた。
これを「なぜ人を殺してはいけないか」に応用すると,私たちはすでに
「人を殺してはいけない」という了解のうちに動いていると言えます。「な
ぜ人を殺してはいけないか」と問いを立てる人間は,「いけない」ということを何らか了解しているのだと思います。
とは言え,「なぜ人を殺さなければならなかったか」という疑問を解決
できない事件もありました。
1963年10月18日、福岡県京都郡苅田町堤の国鉄日豊本線苅田駅の西側にある山道において,専売公社職員が殺害されているのが発見されました。同日に,田川郡香春町の仲哀峠で運転手が殺害されているのが発見されました。
,
この2件の殺人事件は,目撃者の証言から、詐欺や窃盗などで前科4犯だった西口彰が捜査線上に浮上し,福岡県警は西口彰死刑囚(以下,西口彰とします)を全国指名手配しました。
西口彰は潜伏先の佐賀で、自分が全国に指名手配をされていることを知ります。そして警察を煙に巻くために,瀬戸内海の連絡船で靴をおいて遺書の書置きを残し、投身自殺を偽装しました。
1963年11月、静岡県浜松市にいた西口彰は、偽名を使って大学教授を装い,旅館の女将と親密な関係になりました。しかしその後,西口彰は貴金属や衣類を強奪する目的で,女将とその母親を絞殺しました。12月頃から弁護士を騙るようになり,千葉県から北海道,さらに東京に戻ったり栃木県に潜伏するなどして,金品類を詐取して回りました。
西口彰は1963年12月29日に,東京都豊島区に住んでいた一人暮らしの老弁護士を殺害し,弁護士バッジを強奪しました。
1964年1月2日,西口彰は東京の弁護士を騙って熊本県玉名市に住む,冤罪事件防止の活動に取り組んでいた教戒師・古川泰龍さんの家を訪れました。当時10歳の古川瑠璃子ちゃんは,西口彰と同級生の名前が似ていたことから全国指名手配犯の情報を覚えており,家を訪ねてきた男が西口彰だと見抜きました。 娘からこれを聞いた聞いた古川泰龍さんは,これ以上西口彰に人殺しを繰り返させないために,あえて危険を承知で,西口彰に家に泊まるように勧めました。そして弁護士団体の名前や,西口彰が卒業したと主張する東京大学の著名な法学部教授などの名前などを聞き出し,嘘が露呈したところで犯人だと確信し,警察に通報しました。
西口彰は5人の殺害と,10件の詐欺,2件の窃盗の容疑で起訴されました。
裁判での検察の論告では、西口彰のことを「史上最高の黒い金メダルチャンピオン」と揶揄し、地方裁判所の判決文では「悪魔の申し子」と呼ばれました。検察は死刑を求刑し,1964年12月23日に福岡地方裁判所小倉支部において死刑判決が言い渡されました。
「死刑の求刑は、当然だと思っております。不平も不満もありません。(中略)ですから最後は、人間らしい気持ちで刑場に上がりたい。どうかその姿を想像して、笑ってください」と西口彰は言いました。
これほどの事件を起こした西口彰の動機については,全くの不明でした。警察の取り調べでは「借金の返済と、愛人に気に入られるため」と述べているものの,犯行内容とあまりにも乖離していることから、より西口彰の不気味さが際立つこととなりました。
1970年12月11日、収監されていた福岡拘置所内で西口彰の死刑が執行されました。享年44歳でした。佐木隆三原作の「復讐するは我にあり」の主人公として描かれ,今村昌平監督が同名で映画を作成しました。
ガーナの死刑制度廃止を歓迎する
アフリカでは近年、死刑制度を廃止する国が増えています。
これでアフリカでは29カ国目、世界では124カ国目の死刑廃止国となりました。
心より歓迎したいと思います。
イスラム教の教えにも死刑に抑制的な考えはある。
イブン・アラビー(1165~1240)はイスラム神秘主義(スーフィズム)の偉大な思想家であり,著作はたいへんに難解であるとされているようです。彼は次のようなエピソードを紹介しています。
ダヴィデは神殿の建築にとりかかったけれども,神殿は常に倒壊し,決して完成されることはなかった。ダヴィデが神に訴えた時,神は次のような啓示をダヴィデにくだした。「私の神殿は,血を流した者の手によっては建てられない」。ダヴィデが,「しかし,私はあなたのために殺したのです」というと,神は,「たしかにそのとおりだ。しかし殺された者たちも,また私の僕ではなかったのか」とお答えになった。
この教訓は,人間の生命は,たとえ相手が異教徒など神に対する敵であったとしても,何よりも尊重されなければならないということです。イブン・アラビーは『コーラン』8章61節,「もし彼ら(神の敵)が和平にかたむくならば,汝もそれにかたむき,すべてを神に頼れ」を引用しました。
シャリーア(イスラム法)の精神は,「眼には眼を」式の報復(キサース),すなわち死刑を可能な限り避けて賠償金(ディヤ)を受け入れ,赦してやることを勧めています。また預言者も,近親者を殺した男に復讐しようとしている男に向かって,「もしも,汝が彼を殺すならば,汝は彼と同じである(つまり彼と同様の殺人者である)と言いました。『コーラン』にも,「悪業に仕返しすることは,悪業と同じような最悪のもの。よく赦し,よく和解する者には神から報酬が与えられる」(42章40節)と書かれているとのことです。殺人に対する報復( キサース)はシャリーアに反していないものの悪しき行為とされています。なぜならば,殺人者といえども神の似姿に創られており,彼を赦し,その命を奪わなかった者は,創造主である神から報酬が与えられるからです。
現代の死刑廃止論がヒューマニズムに基づいているのに対して,イブン・アラビーが説くところによれば,人間の生命が神の似姿として創造されたがゆえに尊厳なわけです。このような考え方を進めていけば,ヒューマニズムという思考を通ることなくイスラム法において死刑の抑制,廃止は十分に可能かと思います。
8月1日は永山則夫死刑囚の命日
「そう,明日8月1日は永山則夫の命日だ。1949年6月27日,この世にひとつの生をうけた男は,1997年8月1日の午前に,全身を瘧のようにうちふるわせて監房からの連行に抵抗し,あらんかぎりの声でいくたびか絶叫したものの,刑務官たちに制圧され,東京拘置所の刑場で絞首刑に処された。しいて区切れば,たぶん,その日以来である。わたしがいわば穏和な死刑反対者からあまり穏和ではない死刑反対者になったのは。あるいはこう言ってもいい。死刑という徹底的に抽象概念化され,おそらく抽象概念と錯覚されることによってのみ長くなりたちえている最悪の国家的儀式を,より具象的,人間身体的にかんがえはじめたのは,会社を辞めた翌年の1997年8月1日からである。改築前の東京拘置所のまわりをいくどとなくうろついた。絶叫がまだ壁にしみついてはいないか,草木はそれを聞いていなかったか,頸骨や舌骨が砕ける残響をどこかにただよわせていないか,気配をうかがったものだ。あらゆる種類の死刑を抽象概念ではなく,肉感的に官能的にかんがえるようになった。永山が獄中ですぐれた作家になったから他の者と区別して想像したのではない。それはちがう。青森県北津軽郡の板柳町はいま,気温21℃,風向は北西,風速は3m/s,湿度は94%であるという。なんてこった!こんなことがいっぱつでわかるなんて。肝心なことはなにも,なにひとつわからないというのに。しかし,永山が母親たちと暮らしていたあのボロ長屋(いまはないであろう)のトイレの臭気は,わたしの惛い記憶箱のなかで,この湿気である,ますます濃くなるばかりなのだ。板柳町に行ったのは,病気に倒れ,ヨイヨイになる前のことだった。永山がいたボロ長屋のにおいは,変わらずにわたしの胸骨にしみついたままだ。2階中央のガラス窓の内側に永山がいて,殴られたりどなられたり,ぜったいに見てはならぬものを見てしまったり,ときには殴ってはならない者を殴ったりしていた。あの窓だ。あの窓の内側だ」。
冤罪死刑囚の林眞須美さんと風間博子さん
★木谷明(30件の無罪判決を出した元判事)による裁判官には3つのタイプ── 1つは「迷信型」。捜査官はウソをつかない、被告人はウソをつく、と頭から信じているタイプで3割ぐらいいるという。2つ目はその対極で「熟慮断行型」。被告人のためによくよく考え、最後は「疑わしき」の原則に忠実に自分の考えでやる人で、1割いるかいないか。3つ目は中間の「優柔不断・右顧左眄型」。この6割の人は「こんな事件でこういう判決をしたら物笑いになるのではないか」「警察・検察官から、ひどいことを言われるのではないか」「上級審の評判が悪くなるのではないか」と、決断できず、結局、検事の言う通りにしてしまうそうだ。
林眞須美さんについては、以下の書籍が出ていて、通常ならこの本で無罪は確定だが、木谷明の言うようにまともな判事はごくわずかだから、再審決定はなかなか出ない。
■河合潤『鑑定不正―カレーヒ素事件』2021年、日本評論社
ガーナで死刑廃止案が議会で可決された。
ガーナでは刑事犯罪改正案と軍隊法改正案が議会で可決されました。死刑の全面廃止のためには,大逆罪での死刑を適用する憲法の改正が必要とされているようです。ガーナでは2022年には7人の死刑判決があり、年末には死刑囚は172人で,実際には1992年以降に死刑執行はなされていないとのことです。
死刑をめぐる微妙な問題
このように死刑に相当する重大な犯罪を犯した人間がどの国の裁判権に服すかで,死刑の適否が決まってしまう微妙な問題も起きました。
3年ぶりに死刑執行なし
理由はともあれ死刑執行が行われなかったということは歓迎したいと思います。
過った過去の遺物である死刑制度が一日も早く日本からもなくなることを願いたいものです。
無実で処刑された死刑囚は確実にいる。
これまでに100人を超える死刑囚を弁護してきたが,無罪と思われた死刑囚が7人いる。彼らが死刑に追いやられたのは,無能,あるいは低報酬の法廷弁護人に頼らざるを得なかったからであり,人が過ちを犯すものだからである。彼らは,私や同僚たちがそれを阻止する方法を見つけられないがために処刑されていく。
テキサス州はアメリカの中でも群を抜く死刑推進州として知られています。アメリカの「死刑情報センター」によると,2011年にはアメリカ国内で43件の処刑が執行され,そのうちテキサス州は13件だったそうです。
被害者が白人,被告人が黒人であると,それだけで予断が持たれてしまいます。陪審員は検察官と裁判官のことをよく聞きます。
無実の人が処刑されないためには死刑制度の廃止がどうしても必要です。
免田栄さんも実体験から,これは無実だと確信した死刑囚が何人かいたそうです。
「死んでお詫びをする」はおかしい。
しかし文化であれば何でも正当化できるものではありません。「間引き」は日本の文化でしたが,現在でもあかちゃんを育てられない女性や家族がとってよい行為ではありません。西村康稔は裏金問題について明石駅でビラを配布して謝罪していますが,「死んで」いません。別に自殺を求めているわけではありませんが,「死んでお詫びをする」にはほど遠い行為です。殺人という重大な人権侵害を犯した訳ではありませんが,西村康稔の謝罪行為はとても受け入れることはできません。
「半田保険金殺人事件」最高裁判決から30年
上告棄却は5裁判官全員一致の結論でした。判決直後に大野正男裁判官(弁護士出身)が補足意見を述べました。「死刑制度の前提となる事実に重大な変化が生じていることに注目すべきだ」「死刑制度は違憲とはいえないが残虐な刑罰にあたると評価される余地は著しく増大している」と述べました。また国民の意識は一貫して大多数が死刑の存続を支持しているものの、国際的動向と国民意識が大きな隔たりをもち続けるのは決して好ましいものではない、打開策として一定期間、死刑の執行を実験的に停止し、死刑制度があることと犯罪の発生との間に何らかの関係があるかどうかを見るなどの立法上の施策も考えられると提言しました。
今ではこのような提言をする裁判官も法学者もめっきりいなくなったように思います。
ロベール・バダンテール元法相が死去
例えば猫や犬の野生をぶっ壊す方向に進んでいてるが、これは必ずしも正しくない。人間界に出没する動物の多くは人間に依って食料を探すことが難しくなっているし、熊問題だって人間の都合で小熊すら殺される。
人権が野生を壊し、そしてペット業界も独占化を狙う人達がいる事を知ってほしいと思います。
例えば猫や犬の野生をぶっ壊す方向に進んでいてるが、これは必ずしも正しくない。人間界に出没する動物の多くは人間に依って食料を探すことが難しくなっているし、熊問題だって人間の都合で小熊すら殺される。
人権が野生を壊し、そしてペット業界も独占化を狙う人達がいる事を知ってほしいと思います。
連続企業爆破事件
大道寺将司死刑囚は2017年5月25日に病気のため東京拘置所で死亡しました。生前は辺見庸さんと交流がありました。彼は次のような文章を書いていました。
2004年11月3日 三菱重工爆破によりお亡くなりになられた〇〇さんの御身内の方のインタビューを拝読しました。一日も早く大道寺たちを殺してもらいたいし,自分でできるのであれば刑場の踏み板を落すハンドルを何十回でも回したいとおっしゃっておられますが,かけがえのないお兄さんの命を理不尽奪われたことへの自然な感情だと思います。ただただ申し訳なく,お詫びするほかありません。死刑に反対しているぼくが,ぼくに対する死刑の要求を”自然な感情”と書くことに疑問を持たれる方があるかもしれませんが,加害者本人として被害に遭われた遺族の方々の怒りや悲しみをありのもまに受け止めなくてはならないと想うのです。(中略)日本はもっと早々に朝鮮を植民地支配すればよかったとか,国力回復につながったのだから朝鮮戦争は日本にとって都合がよかったとか,歴史認識では納得し難いところがあるのですが,それと,三菱重工爆破に誤りとは別のことです。衷心より謝罪いたします。
なお東アジア反日武装戦線が制作した『腹腹時計』では次のように書かれていました。
● 日本は朝鮮や台湾などを植民地支配し,アイヌシモリや沖縄を同化吸
収してきた。われわれは帝国主義者たちの子孫である。
● われわれは自らの”繁栄と成長”の源泉を植民地の人々の屍の上に求
めている。本国の労働者の”闘い”,つまり賃上げや待遇改善の要求
は,植民地の人々からの収奪,犠牲を求めているのと同じである。
● 日本の帝国主義に対してアジアの人々は闘い続けた。たとえばタイで
は「日貨排斥運動」や「日本商品不買運動」がある。だがわれわれは
またもや洞ヶ峠を決め込み,ベトナム戦争についても,逆に特需で腹
を肥やしている始末だ。
ジャーナリストの斎藤貴男さんは,方法論や結果が誤っていたからといって,基本的な認識まで全否定してしまうことはないのではないかということだ,と「戦争経済大国」(河出書房新社)で書いています。私も同感です。
赤堀政夫さん亡くなる。
さらなる継続、そして廃止を!
理由はともあれこのことは歓迎したいと思います。
死刑執行停止期間のさらなる継続を、そして廃止に結びつけることを求めます。
ベトナムで銀行詐欺訴訟の被告に対して死刑判決
ベトナムの裁判所は4月11日,25億ドル(約1兆9000億円)規模の銀行詐欺訴訟に関して,不動産開発会社の元会長の被告に対し,死刑判決を言い渡した。同国では強力な反汚職のキャンペーンに絡んで,厳しい処罰が相次いで下されている。
アナリストらによると,チュオン・ミー・ラン被告が犯した不正の規模は,長年権威主義の下で安定したイメージを打ち出してきたベトナムの大衆社会に動揺を引き起こしている。経済成長の主要な牽引役を担ってきた外国人投資家の間でも,不安が広がっているという。ラン被告の裁判は先月始まり,国営メディアで一般向けに報じられた。これは通常情報統制が厳しいベトナムにあって方針の転換を意味する。60代後半のラン被告は、収賄、銀行規制に対する違反、横領の罪で有罪となり,死刑判決を受けた。ただ被告の家族は被告が上訴すると示唆している。
捜査員によれば,ラン被告と共犯者らは民営のサイゴン商業銀行(SCB)から125億ドル超に相当する資金を横領した。被告は数十人の代理人を通じて実質的に同行をコントロールしていたが,規制では金融機関に対する株の大量保有が厳しく制限されている。ロイター通信が報じた。国営メディアのVNエクスプレス・インターナショナルによれば,ラン被告の行動の結果,SCBは270億ドル相当の損害を被った。ラン被告が横領した金額は、ベトナムの経済規模のおよそ3%に上る。
アムネスティの統計でも中国とべとナムは死刑囚の数,執行者数などを秘匿しているため死刑に関する情報が国外に漏れることは極めて稀です。
社会主義国では厳格な罪刑法定主義を取らないので,人命を奪わない犯罪に対しても死刑をもって臨むことが珍しくありません。本件はまだ控訴が予定されてはいますが,やはり世界の動向から大きくように思います。
死刑執行の当日告知は憲法違反との訴を棄却した大阪地裁
死刑執行を当日に通知する運用は違憲だと死刑囚2人が訴えていた訴訟で、大阪地裁は(2024年4月15日)訴えを退けた。だが、当日の通知では家族らとの面会もできない。国際的には非人道的な扱いとみなされる。この運用は見直されるべきだ。
死刑執行は今なおベールの中。現在の運用では執行当日、1~2時間前に知らされ、そのまま死刑囚は刑場に連行されるという。
この運用だと不服申し立てができず、「適正な手続きによらなければ処罰されない」と定めた憲法31条に反するとの訴えだった。
だが、大阪地裁は「死刑囚は現行の運用を含めた刑の執行を甘受すべき義務を負う」と述べて、原告の求めを退けてしまった。
死刑は人の生命を奪う特別な刑罰である。執行のみが刑罰だが、当日の通知では執行までに残された時間は限られる。
それを考えれば死に直面する人に対し、もっと人間らしい対応があってしかるべきではないか。家族や知人との面会をできるだけ自由にし、手紙のやりとりなどにも制限を加えるべきではない。
弁護側によれば、1960年代ごろには日本でも2、3日前に告知されたことがあったという。国側は前日に死刑囚が自殺した事例があったことから、「死刑囚の心情の安定を図るため」と現行の運用にしたと説明する。
だが告知と自殺にどのような因果関係があるかは不明だ。今では拘置所の独房に監視カメラがつき、厳重に警戒される。自殺を防ぐことは可能であろう。
米国では告知なしに死刑執行できる州法について、1890年に連邦最高裁が違憲判決を出していた。現在、米国では執行日の告知は1週間から1カ月前になされていると聞く。「当日告知・即日執行」するのは、東欧のベラルーシだけだともいう。
日本では告知の規定自体がなく具体的な運用は行政側の裁量に委ねられている。人間らしい最期の時を迎えられるよう、少なくとも事前告知に改めるべきである。
死刑廃止国は144カ国。先進国で死刑が残るのは日本と米国だけだが、米国でも存続するのは一部の州に限られる。
以上で引用を終わります。
法務省は事前告知を行うと死刑囚が絶望のあまり自殺してしまうからと主張していますが,新潟デザイナー誘拐殺人事件の山川真也死刑囚は死刑執行を告知されないまま拘置所内で自殺しました。死刑囚ではないものの,浅沼稲次郎社会党委員長を刺殺した山口二矢は拘置所内で自殺しました。自殺防止のために事前告知しないというのは根拠がありません。永山則夫死刑囚は当日に告知されたかどうか分かりませんが,執行日には暴れて刑務官数名で取り押さえ2時間ほど予定時間から過ぎて執行したと言われています。しかもふつうは執行後の遺体を引き取り人にそのままの姿で引渡すのに,遠藤誠弁護士のもとには遺骨となった状態で引渡されました。執行時にいかにひどい暴力を受けて制圧され,あざが鮮明に残っている遺体を法務省側は見られたくなかったのだろうと言われています。
2023年「死刑執行と死刑判決」報告書
中国とベトナムは、死刑に関する情報を国家機密扱いしている。情報制限を敷く複数の国、特にベラルーシと北朝鮮では、ほとんど、あるいはまったく情報を入手することができなかった。従って、本報告書では多くの国で最小値を示したが、実際の数字はおそらくもっと多いと考えられる。
なお、報告書の文中や図表の中で数字の隣に「+」がついている場合、例えば、マレーシア(38+)は、アムネスティは、マレーシアで38件の死刑執行 (あるいは死刑判決)を確認したが、実際には38 件以上あったとみられることを示している。国名の後の数字なしの 「+」の場合、例えば、オマーン (+)は、アムネスティはオマーンで1 件以上の執行 (または判決)があったことを確認しているが、信頼に足る数字を示すほど十分な情報を得ていないことを意味する。世界の総数と地域別総数では、中国を含めて「+」は2 件としてカウントした。また、文中の総数に関しても同様に、確認できた最小値を記している。
法律上・事実上の廃⽌国数: 144 (2022 年 144) すべての犯罪に対して廃⽌ : 112 (112) 通常犯罪のみ廃⽌ ① : 9 (9) 事実上の廃⽌ ②︓ 23 (23) ① 通常犯罪のみ廃⽌︓軍法下の犯罪や特異な状況における犯罪のような例外的な犯罪にのみ、 法律で死刑を規定 ② 死刑制度を存置しているが、過去10年間に執⾏がなく、死刑執⾏をしない政策・確立した慣例を 持っていると思われる国 存置国数: 55(55)
●死刑執⾏件数︓1,153件以上 (2022年︓883件以上) 31%増加 ※数千件と⾔われる中国を含め、十分な情報を得ていない国に関しては2件とカウント
●死刑を執⾏した国の数︓16カ国 (2022年︓20カ国) 上位 5 カ国︓中国、イラン、サウジアラビア、ソマリア、米国
●死刑判決件数︓2,428 件以上(2022年︓2,016件以上)
●死刑囚の⼈数︓27,678⼈以上(2021年︓28,282⼈以上)
世界の動向: 死刑を執行した国の数はこれまでで最も少なかったが、執行の件数はこの10 年近くで最も多いことが明らかになった。執行国数の減少は、死刑存置国の孤立がますます進んでいることを示している。 死刑執行数は激増したが、これは主にイランで、当局が国際的な死刑の制限をまったく顧みない中、薬物関連犯罪での執行が大幅に増えたことによる。薬物関連犯罪は、国際人権法・基準では、死刑の対象にはなっていない。また、死刑の適用は、イラン社会で最も疎外される人びと、とりわけ当局の抑圧を受ける民族少数派バルーチの人びとに偏っている。ミャンマーでは、国軍当局による極めて不公正で秘密裏の手続きを経て、国軍管理下の裁判所で死刑判決が言い渡されている。同様に米国の複数の州では、死刑執行に使用する機器や薬物の調達源を秘密にし、監視を妨げる法案の手続きを進めた。典型的な事例としては、アラバマ州当局が窒素ガスによる窒息という執行手順の重要部分を改訂したことが挙げられる。 数カ国で、死刑には犯罪抑止の効果があるという根拠がないにもかかわらず、世間の耳目を集めた事件の後あるいは選挙前、死刑賛成派の主張が目立った。注目を集めた一連の事件を受けて韓国の国会で9月、新生児の殺人や遺棄の最高刑に死刑を科す改正法が可決された。台湾や米国などでは、大統領選の最中に死刑の問題が取り上げられた。
7 月、パキスタンでは薬物関連の犯罪への死刑を、マレーシアでは絶対的法定刑(裁量の余地のない法定刑)としての死刑を、それぞれ廃止する法律が施行され、ガーナ議会では、刑法と軍法から死刑を排除する2つの法案に賛成票が投じられた。 2023 年末、この残酷な刑罰を廃止する法案がケニア、リビア、ジンバブエの議会で審議されており、世界中から死刑がなくなるのも時間の問題だという希望が持てる。
■死刑執行 2023 年の死刑執行数は1,153件で、2022年(883件)比で270件(31%)増加した。
2023年に死刑を執行した国と件数
アフガニスタン(+)、バングラデシュ(5)、中国(+)、エジプト(8)、 イラン(853+)、イラク(16+)、クウェート(5)、北朝鮮(+)、パレスチナ(国)(+)、サウジアラビア(172)、シンガポール(5)、ソマリア (38+)、シリア(+)、米国(24)、ベトナム(+)、イエメン(15+)
世界の死刑執行数の大幅増は、イランでの急増を反映している。同国の死刑執行数は前年の576件から853 件と48%増加し、一昨年(314件)の2倍超となった。これは、薬物関連の死刑執行が481 件(前年255件)になったことによる。イランの死刑執行数は世界全体の74%を占め、2番目に多いサウジアラビア(15%)を合わせると、この2カ国だけで世界の執行数の89%になる。 イラン以外で執行数が大幅に増えた国には、前年比で6倍(6+→38+)のソマリア、33%増(18→ 24)の米国、4 倍近い(4+→15+)イエメンがある。死刑を執行された女性の数は、中国(+)、イラン(24)、サウジアラビア(6)、シンガポール(1)だった。 一方、死刑を執行した国は16カ国で、アムネスティが記録を取り始めてから最も少なかった。前年に死刑執行があったベラルーシ、日本、ミャンマー、南スーダンなどの20カ国では、2023年の執行は1件もなかった。
●執行方法 斬首 サウジアラビア
絞首 バングラデシュ、エシプト、イラン、イラク、クウェート、シンガポール、シリア
致死薬注射 中国、米国、ベトナム
銃殺 アフガニスタン、中国、北朝鮮、パレスチナ(国)、ソマリア、イエメン
死刑を「最も重大な犯罪」のみに制限するよう求める国際法に反して、以下のように故殺以外の犯罪に死刑が適用された。 麻薬犯罪 死刑が執行されたのは、中国(+)、 イラン(481)、サウジアラビア(19)、 シン ガポール(5)で、総数は507件。この件数は、世界の死刑執行数の44%を占める。ベトナムでも薬物犯罪で死刑の執行があったとみられるが、数字を示せるほどの情報は得られなかった。 死刑判決を言い渡したのは次の10カ国、246件。バングラデシュ(1)、中国(+)、エジプト(6)、インドネシア(99、全判決の86%)、イラン(+)、ラオス(4件+中4件、100% )、 マレーシア(38件+中20件、53%)、シンガポール(6件中6件、100%)、スリランカ(40件+中6件、15%)、ベトナム(122件+中100件、82% )。 タ イ では2023年末の死刑囚325人のうち、199人(うち女性26人)の罪が麻薬関連だった。
汚職などの経済犯罪 中国
背教 イラン
同意のある成人同士の婚姻外の性的関係 イラン
誘拐 サウジアラビア 強かん バングラデシュ、エジプト、イラン、パキスタン、サウジアラビア
反逆、国の治安に反する行為、外国組織との共謀、スパイ行為、国の方針への疑問、反乱やテロへの参加、権力への武力蜂起、国家に対する犯罪 (いずれも犠牲者の有無は問わない) イランとサウジアラビア
財田川事件について考えたこと。
自白調書の不正作成,犯行自白の手記の偽造,公判不提出書類の破棄,親族であるからとして弟によるアリバイ証言を無視しました。
再審無罪が確定する前に矢野弁護士は他界してしまいました。再審裁判ではこの期に及んで検事は死刑を求刑しました。
獄中生活34年を過ごした谷口繁義さんは自由を得たものの,20年ほどした2005年に74歳で他界しました。
矢野弁護士が谷口死刑囚にあてた手紙には「検察が有罪を主張することと,被告人が無罪を主張することにどちらも同じくらいの真実性があると思料される場合,裁判官は検事の言うことを信用する。だからこの戦はたいへんに厳しいものになる」と書いていました。
冤罪が無くならないのはここにもあります。裁判官が同じ国の機関である検事をまず信用するということです。検察の力の大きさのほかに裁判官の検察だのみではとても公正な裁判は望めません。検事と裁判官が一体となったお奉行・遠山の金さんの感覚が抜けないのでしょうか。
佐世保北高校の同級生殺害・遺体損壊事件から今年で10年。高校では命の大切さを強調する校長か教頭かによる校内放送が流れたそうです。事件を起こした元少女はまだ改善が認められず少年院にとめ置かれていると聞きます。殺人事件や自殺が発生すると,命の大切さがさかんに協調されます。それだけでは足りず,無罪の人が有罪となる冤罪の予防を強調することも必要だと思います。松本サリン事件で河野さんが受けた残酷な犯人扱い。遠い過去のことではありません。
死刑執行なしが2年に
理由はともあれこの2年間死刑の執行がなかったということは歓迎したいと思います。
日本も死刑執行の停止、そして廃止の英断を!
狭山事件に日本の司法の著しい劣化を見る。
いくつかの疑問点
・ 遺体の後頭部には裂傷があり,地底まで3mの芋穴に逆さ吊りにしたら穴
の中に血痕がしたたりルミネ―ル反応があるはずなのに陰性だった。
・ 遺体を両腕に載せるような形で158.5㎝,54㎏の被害者を204mも運搬す
るのは,ほぼ同じ体形だった石川一雄さんには不可能だったはず。当日
はどしゃぶりで,本当に運搬したのなら着衣は泥まみれになっていなけ
ればならないのに,そうはなっていない。
・ 脅迫状とその封筒からは石川一雄さんの指紋は発見されなかった。万年
筆,腕時計,鞄にも指紋は発見されなかった。
・ 5月23日の逮捕とともに警察官11名が2時間以上かけて被害者の遺留品を
発見できなかったのに,3度目の6月26日には捜索後25分程度で,かもいに
被害者の万年筆を突然発見した。東京高裁の寺尾裁判長は,石川が万年筆
を奪取した時期や場所については嘘と言わざるを得ないが,万年筆を鴨居
に隠匿していたという点は信用できる,とした。なお押収された万年筆に
詰められていたのは被害者が日記などに残っていたライトブルーのインク
ではなく,ブルーブラックだった。
・ 法廷に提出されていない未開示証拠は積み上げると2,3mにはなると高等
検察庁の検事が認めた。
どうして裁判官は客観的な判断ができないのか。警察・検察が提出した証拠はことごとく認め,裏付けを取ろうとしない。これでは冤罪で死刑が執行されても不思議ではない日本の司法の異常さ・劣化が見えてきます。
あるイラン人女性の死刑執行
中東やパキスタンなどでは,強姦された女性は家族の恥であるとされ,家族に殺害されることがあります。ある少女はオートバイに乗った男に2度色目を送ったという理由で家族から殺されました。
「サルバドールの朝」
サルバドールを処刑するにあたっては海外から猛烈な反対運動が起きましたが,フランコは耳を傾けませんでした。おそらくスペイン人は自分たちの国はとんでもない野蛮なことをしているのだと思い知らされたのではないでしょうか。ガロットは受刑者にたいへんな苦痛を味あわせる,とても人道的な処刑方法ではありませんでした。スペインはフランコ独裁終了から20年ほどを経て死刑・無期刑を廃止しました。
後に、反政府活動から死刑執行までの実話を描いた映画「サルバドールの朝」が製作され,話題になりました。
袴田巌さんに再審無罪判決
大谷恭子弁護士亡くなる。
2024年も死刑執行なしを期待したい。
2024年は死刑執行はなしを歓迎する
理由はともあれ今年も死刑執行が行われなかったということは心より歓迎したいと思います。
今年12月17日に死刑の執行停止を求める10回目の国連決議が採択され、最初は104カ国だった賛成票が今回は130カ国に増加しました。
この決議は、道義的にも政治的にも大きな影響力を持っており、死刑という残酷な刑罰を国連加盟国が合法的な刑罰として否定する方針であることの証左です。
死刑制度が一日も早く日本からもなくなることを願いたいものです。
ジンバブエの死刑廃止を歓迎する
エマーソン・ムナンガグワ大統領は死刑囚約60人の刑を禁錮刑に減刑する法律に署名しました。
ジンバブエの死刑廃止法は、裁判所は今後いかなる犯罪に対しても死刑を言い渡すことができず、既存の死刑判決はすべて禁錮刑に減刑される必要があるとしています。
心より歓迎したいと思います。
ただ非常事態時には死刑停止が解除される可能性があるとも定めていますのでこの一点だけは残念です。
非常事態時の死刑適用を認める条項を削除し死刑の完全廃止に直ちに移行するべきです。
親がそれを求めるから、funaborista政策の無い石丸伸二は政治家ではありません。自分の利益を追求するだけの選挙屋です。 #石丸伸二に騙されるな自己顕示欲のオナニズムに政治が扇動されてしまう危うさ政治を志向するのではなく、自己顕示欲ゆえの権力欲追及
ハシモト&トランプと同じですね
石丸も立花も、「公安」の監視対象にすべきです。
本来はハシモトこそそうあるべ津木野宇佐儀NHK大河ドラマ「べらぼう」は、「男が女『で』遊ぶ性搾取の仕組み」の普及宣伝装置、「性売買ウォッシング」、「管理売春ロンダリング」に見えます。訂正八百屋お七の放火は天和の大火事で、明和の大火は目黒行人坂の大火のようでした工作員z日本のオトコの性暴力加害者の欲望と心理の一端 (メモ)被害者は病院に行き、医師は警察に届け、加害者を逮捕すべき。工作員zNHK大河ドラマ「べらぼう」は、「男が女『で』遊ぶ性搾取の仕組み」の普及宣伝装置、「性売買ウォッシング」、「管理売春ロンダリング」に見えます。No title私の方も見識不足でした。(無記名コメント)NHK大河ドラマ「べらぼう」は、「男が女『で』遊ぶ性搾取の仕組み」の普及宣伝装置、「性売買ウォッシング」、「管理売春ロンダリング」に見えます。明暦の大火はローマ、ロンドンと並ぶ世界三大大火だそうですが、これによって吉原遊廓は日本橋人形町から浅草千束に移転したようですね。八百屋のお七の情事による放火の明工作員zNHK大河ドラマ「べらぼう」は、「男が女『で』遊ぶ性搾取の仕組み」の普及宣伝装置、「性売買ウォッシング」、「管理売春ロンダリング」に見えます。明暦の大火(振袖火事)はにより吉原は日本橋・人形町から浅草・千束に移転したのですね。後の明和の大火(八百屋のお七)の情事による放火と、明暦の大火の放火は事情が違う模工作員z#立花孝志を逮捕しろ そして、玉木雄一郎も立花孝志と同じ穴のムジナ。(メモ)立花孝志の1日も早い逮捕を切望する。斎藤元彦県政のもとで3人の自殺者が出ているのは極めて異常です。立花孝志は軽率な発言だったと謝罪したようですが、謝って済む問題ではありません。竹内元県議の家族は嫌Takeshi兵庫県の斎藤元彦県政のもと、そのお仲間立花孝志らから受けたSNS上での暴力の末に、斎藤県政検証の第三者委員会の元メンバー、竹内英明元県会議員が自殺。東日本震災後の政局の混乱時に政界進出したN党は純粋なアナーキー。それが軍隊的な暴力性と悪徳商法を振るうファシストに変質してゆく日本の民主主義の病巣。犠牲者・立憲工作員z「難聴の少女が得られた逸失利益は健常者と同等」という高裁判決を喜ぶ。障がいの有無だけでなく、性別、職業、雇用形態などで逸失利益算定の差別をしてはならない。万民平等は鉄則辺野古基地訴訟のように当初から結論ありき、政府のいいなり判決だらけの日本の司法において、難聴の少女が得られた逸失利益は健常者と同等という高裁の判決は真っ当な判決閉口#立花孝志を逮捕しろ そして、玉木雄一郎も立花孝志と同じ穴のムジナ。(メモ)急進的な看板で政界進出したN党はアナーキーですが、カリスマ党首の反自由主義的な暴力性にはファシズムが同居し、党名改称を繰り返して選挙となると各地に現れるN党は悪工作員z玉木雄一郎の正体 #玉木雄一郎に騙されるな #玉木を衒いて石を売るNo titleまだまだ支持率が高いし、参議院比例での投票先として立憲の次くらいというので呆れます。不倫もそうですが、宗教右翼というのがミエミエであることを隠ぺいする報道業者(アンドリュー・バルトフェルド兵庫県の斎藤元彦県政のもと、そのお仲間立花孝志らから受けたSNS上での暴力の末に、斎藤県政検証の第三者委員会の元メンバー、竹内英明元県会議員が自殺。話にならない「あれは嘘でした」と謝罪したら、それより先に指弾しない報道業者も共同正犯と見なすべきです。
「いつまで謝ればいいんだ」と絶対に開き直ります。支持者どももそうですアンドリュー・バルトフェルド大企業の内部留保は過去最高。実質賃金は減り続けて過去最低。最高の税収。止まらない物価高。「ありがとう自民党政治。(棒読み)」資本主義社会搾取と抑圧で成り立っているのが資本主義社会です。
大企業の内部留保は過去最高、されど実質賃金は減り続けて過去最低というのは資本主義を象徴する姿でしょう。
多くの資閉口震災地や被災者への支援の不足や遅れを見ると、軍事力優先の防衛政策や兵器産業優遇の政治では日本国民の安全保障はもたらされないだろうと予測できます。大日本帝国のと同じ末路に戦前の大日本帝国は軍事力優先の防衛政策や兵器産業優遇の政治を行っていました。
そしてその末路は日本国民に安全保障をもたらすどころか日本国民に大惨事を被らせたあげ閉口兵庫県の斎藤元彦県政のもと、そのお仲間立花孝志らから受けたSNS上での暴力の末に、斎藤県政検証の第三者委員会の元メンバー、竹内英明元県会議員が自殺。痛ましい事件です斎藤元彦のもとその同志で極右政党N党を率いる立花孝志らから受けたSNS上での暴力の末に百条委も務めた竹内英明元兵庫県会議員が自殺しました。
まったくもって痛まし閉口日本の性的コンテンツは性加害を助長すると考えるべき理由No title 日本の性的コンテンツが「18禁」のアダルトコンテンツに限られないことも深刻な問題です。公式に年齢制限のない漫画やアニメ、ゲーム、ライトノベルなどの中には実質的にクテシフォン日本のオトコの性暴力加害者の欲望と心理の一端 (メモ)お金も地位もあっても・・・お金も地位もあっても、ご自分に本当の自信が無いんでしょうね。
そういう男は多いです。同性ですから、沢山見て(聞いて)来ました。
その様な男は、心底、軽蔑します。DANGER MELON日本のオトコの性暴力加害者の欲望と心理の一端 (メモ)支配服従させることでしか満足感が得られない。日本の有名な性加害者は、相手女性を支配服従することでしか満足感が得られないということですね。どうしたらそのような性格ができるのか。まさに団藤重光博士が言ったようTakeshi大企業の内部留保は過去最高。実質賃金は減り続けて過去最低。最高の税収。止まらない物価高。「ありがとう自民党政治。(棒読み)」Re: 記事のタイトルに感心しました。Takeshiさん、ご指摘ありがとうございます。そういうことにいたしましょう。笑
たしかに、他国では賃金が上がっているのに、日本の賃金の上がらなさは「大奇病」ですね。村野瀬 玲奈大企業の内部留保は過去最高。実質賃金は減り続けて過去最低。最高の税収。止まらない物価高。「ありがとう自民党政治。(棒読み)」記事のタイトルに感心しました。タイトルで、大奇病の内部留保とは最初何のことか分からなかったのですが、大企業の内部留保を皮肉ったものだったんですね。感心しました。Takeshi小池百合子都政のプロジェクションマッピングは税金で電通を潤すだけで都民全体のための使い方ではない。報道業者はそこをほとんど批判しない。 #マスメディアへの不満花粉症0を目指すのであれば、他にすることがあるのでしょうが、都心の森を伐採し、都庁の天下り先の便宜を謀り、都心の熱帯火を進めたり、稲荷の野良猫を殺処分して食中毒工作員z中居正広・フジテレビによる女性アナウンサーへの性暴力疑惑で、新たな被害者が声をあげた。海外重要株主も調査を要求。 (メモ)Re: 出しゃばりですみません> H さん
初めまして、コメントありがとうございます。
この青木歌音という人のtwitter.com/X投稿は、今回はフジテレビをめぐる性加害疑惑の傍証として採用しました。村野瀬 玲奈日本の性的コンテンツは性加害を助長すると考えるべき理由ラオスにおける日本人の少女買春 ラオスのビエンチャンに一部の日本人人が少女買春を目的に訪問している実態があります。タイなどが国際的な批判を受けて摘発を強化する中で、取り締まりの緩いラオスに小Takeshi中居正広・フジテレビによる女性アナウンサーへの性暴力疑惑で、新たな被害者が声をあげた。海外重要株主も調査を要求。 (メモ)出しゃばりですみません引用にある青木歌音という人、有名なトランスヘイターです。自分もトランスなのに他のLGBTをヘイトしまくっている酷い人です。あと元アナウンサーという経歴も嘘。目に入っHオーストラリア「謝罪の日」(5月26日)民主主義社会とは動的で学習能力のある社会であるカロリン・エムケは、次のように言っています。
民主主義社会とは、動的で学習能力のある社会のことだ。そんな社会はまた、個人および集団の犯した間違いを認め、歴史的Takeshi「批判したがらないZ世代の美徳」??教材 竹田青嗣って人、大衆的な本を書いているって印象は、わたしには無いんですが、著作を読んだことはないから、わたしのいうことは「批評」にもなりません。ああ「現象学」kuroneko「『正しさ』のない日本、『正しさ』から逃げる日本。」 (中嶋 哲史 (@J_J_Kant)さんの指摘)東京女子医科大学元理事長の背任 東京女子医科大学元理事長の岩本絹子容疑者(78)が大学に1億1700万円の不正支出をしたことにより、損害を与えたとして逮捕されました。実態のない工事費を振り込み、一TakeshiNEC社員による就活生への性暴力事件 (メモ)伊藤詩織さん事件の異常さ 伊藤詩織さんが仕事を真剣に探しもとめていたことを悪用し、二人きりで酒場で会うことを約束した元TBS社員。飲み物に薬物を入れ、性的暴行を行った。伊藤詩織さんはそのTakeshi感染症予防法 (メモ)No title職場でも「ノーマスク」、「ウレタンマスク」のいずれかの人達が多いです(呆れ)。
不織布マスク着用でも「意味ねえよ」とツッコミたいのがいますが。
咳エチケット一つでアンドリュー・バルトフェルド