村野瀬玲奈の秘書課広報室

教育行政が、というか、文部科学省が、学校でのいじめを減らしたり学力を向上させようという目標のもとにいじめの発生率やテストの点数について集団を対象にした「数値目標」をかかげることがよくあります。そのことについて考えたことをメモします。

簡単に言うと、特に初等・中等教育の場では、「児童生徒全体への数値達成目標」が先に出てくる発想に疑問を感じる、ということです。それはどういうことか、説明します。

学業の達成やいじめ問題の解決は、民主主義の原則にのっとって、教育学的によく考慮の行き届いた方針に沿って行なうものだと思います。素人の思いつきのような教育再生井戸端会議によってでなく教育学を修めた専門家が中心になって、国家のためや教育産業の利益増大に奉仕するためではなく個々人の発達のために、教育は行われるべきであるという意味です。

そのためには、個々の教員や学校がその教育的な創意工夫を発揮できるように国が教育環境を整えるべきです。その一方、国家が教育そのものを細かく統制すべきではないと思っています。特に、子ども全員に国家主義的な統制をかけることは人間の自由な精神と創造力が発揮される邪魔になると思います。

このあたりは、言ってみれば、1947年版教育基本法の精神です。2006年版教育基本法でそれは改悪されてしまいましたが...。

さて、ここから本題です。教育では、個々の児童・生徒への教育的なはたらきかけが個々の子どもの成長という形で実を結ぶことをまず先に目標とすべきだと私は考えます。あくまでも個々の生徒の総和として、結果的に児童・生徒集団（学級単位とか、学校単位とか、地方単位とか...）での数値が出てくるのであって、その逆ではないと思います。

個々の子どもから出発するのではなくて「集団の平均を上げる、数値目標を達成する」ところから出発する考え方は個々の子どもの姿を見失うことにつながるように思えます。個々の子どもへのはたらきかけの結果として集団の成績が上がるか、全体の平均を上げることをまず考えてそれが個々の子どもたちの成績を上げるのか、この二つは似ているようですが、全然違うのではないでしょうか。

自分の意思で学ぶ大学以上の教育では少し別でしょうが、初等・中等教育では、日本全体での数値目標や、学級単位、学校単位、自治体単位、都道府県単位での競争が先に設定されるのは、子どもたちを、一人一人の個性が消えた集団の中の単なる数で見ることにしかすぎなくなります。

学級単位、学校単位、自治体単位、都道府県単位の平均点で競争させると、一人一人の子どもに適切な教育を保証することではなく、集団の平均点を上げることだけが必然的に自己目的化する危険性が高いと思います。教員が「集団の平均点」で教育の成果を評価され、管理されてしまったらなおさらです。

その実例が広域学力テスト中に試験官の先生が児童に正答を示唆したり、点数の低い子どもをテストからはずそうとしたりした、あまり教育的とはいえない出来事でしょう。また、いじめ抑止の「数値目標を達成」するために、教育現場での意図的ないじめ隠しも起こったではありませんか。その「いじめ隠し」は、いじめがあると現場の教員の「評価」が下がるという「賞罰体系」から来ていることは明らかだと思います。

これらの例は数値目標や平均点競争の必然的な結果だと思います。それはすでに教育ではなく、単なる点取り競争、あるいは、上辺を取り繕う方法探しにすぎないとしか思えません。そういうごまかしをきちんと禁止すればいいという考えもあるかと思いますが、そんなことの禁止に知恵や労力を使ってまで「集団の数値目標設定」や「集団の平均点競争」をやる必要はないと私は思います。一人一人に適切な教育を保証する、そして、そのための条件を整える、その基本に立ち戻ることこそが教育行政の基本でなければならないはずです。日本の教育の現状がそこからどんどん離れていくように見えること、子どもたちが一人の人間として尊重されるのではなく、集団の成績を形成する一員としてその存在が希薄にされることを私は心から憂えています。

さらに、「規制緩和」や「競争原理による教育の活性化」などという名のもとに教育バウチャーが導入されようとしていますが、そのような学校単位の競争をさせても、上で説明した非教育的な現象が学級単位からさらに広域に拡大するだけではないでしょうか。純粋な個人間の競争よりも、教育が歪む原因となるとすら思います。個々の生徒の達成感と個々の生徒の学習意欲喚起を基本にすえた教育観って、日本ではもう流行らないのでしょうか？

（本当はもう少し具体的な検証が必要なのだと思いますが、それは教育行政学を専門にしている方々におまかせします...って、だめ？滝汗）

純粋な個人間競争は、評価のものさしが多様なものであること、親の財産や社会的地位から発生する出発点の不平等が教育の機会均等の考え方のもとで適切に是正されること、などの条件が満たされれば私も否定しませんが、今の日本の現実はそうなっていないと思うので、これにもあまり賛成できません...。

そもそも、人間を相手にした教育という営みと、物を相手にした商工業（特に、製品管理をおこなう製造業）という営みとは違うということを前提として考えなければならないと考えます。

工業製品の不良品は取り除いて良品に替えればよいでしょう。また、製造工程の改善を通じて不良品発生率は（たとえば）1ppm以下にする、という目標設定はありでしょう。でも、人間を対象にする教育では、子ども一人一人はそれぞれの人生を生きるかけがえのない存在であり、不良児童として排除したり交換したり廃棄したりすることはできないのです。

製造業で不良品発生率をモニターすることと子どもの問題を調査して「なんとかの発生率」をモニターすることを政府や財界主導の「教育カイカク派」は同じことだと思っているのではないでしょうか？

数値目標を設定しそれを管理しようとする発想は、子ども一人一人を尊重するという教育思想と共存できるのでしょうか？

教育バウチャー構造改革特区は子どもを実験材料にするだけのものではないでしょうか？

悩みは尽きません。

Rolling Beanさんの最近の至言がこの記事の中にありますので、ここに引用します。

●Like a rolling bean (new) 出来事録
死刑執行での実名公開は、この法相が絡むと「公開処刑」であるように感じ取られてしまいます…
http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10059099931.html

(...)与党とその周辺の力が守りたいのは名のない人ではなく、道具や金づるとしての「ヒト」の調達可能性なのだということを改めて思い知ります。(...)

私たち一人一人は工業製品のように交換可能な存在ではなく、一人一人が尊重されるべきかけがえのない存在です。与党や財界は、一人一人を尊重するのではなく、頭数さえ調達可能であれば一人一人の幸福なんてどうでもいいと考えているとしか思えない政策を次々と繰り出してきます。みなさんは与党に馬鹿にされているとお思いになりませんでしょうか？

何度でも繰り返させていただきます。

集団の平均点や集団単位の数値目標設定ではなくて、目の前の子ども一人一人に向かい合う営みを援助し重視する考え方の積み重ねしか教育の基本的方法論は成立しないと私は思います。数値目標や集団での点数競争にどうしても賛同できない私です。

教育に王道はなく、また、教育の成果がはっきりと目に見えるまでには長い時間がかかります。逆に言うと、教育の失敗が目に見えるまでにも長い時間がかかるということです。そして、教育の失敗が目に見えたときにはもう遅いということでもあります。

よろしかったら、同じくRolling Beanさんの記事を参考にパブリックコメントよろしくお願いします。
●Like a rolling bean (new) 出来事録
【リマインド＋追記】 明日、12/11が教育振興基本計画策定へのパブリックコメント締め切りです
http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10059480119.html


さらに関連参考記事
●アルバイシンの丘
構造改革と評価・評価・評価・・・
http://papillon99.exblog.jp/6447458/#6447458

●教育基本法の再改正を求める会
いよいよ明日締め切り！教育振興基本計画へのパブコメ募集（追記あり） [教育基本法]
http://blog.so-net.ne.jp/kyoikushiminnokai_in_shiga/2007-12-10

最後になりましたが、（私のような一般人が）教育問題について発言するときには、教育学（その周辺領域も含む）を大学や研究機関で専門に研究している人で、民主主義の原則に忠実な人の書くものを読むことはとても有益だと思います。そこで、私も読んだり参照したりしていて、おすすめしたいブログやサイトをいくつかあげておきます。

●今日行く審議会＠はてな　（←リンク集も貴重！）
http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/

●ONO-Masa Home Page (はてな出張所)　（←教育以外の話もあり。）
http://d.hatena.ne.jp/annntonio/

●日本教育法学会　教育基本法研究特別委員会
http://kyokiho.org/

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