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はてなキーワード: 血液型とは

2026-05-02

anond:20260502205243

特定血液型の人に許された休暇ってなーんだ?

2026-04-15

anond:20260414172014

当時の空想上の名探偵仕事科学ができるようにしたからね。

劇中で、ホームズ血液だけに反応する試薬を作ろうとしているけど、現代にはもうすでにそれがある。

薬莢や弾丸データベースもあるし、動画から人相をマッチングさせることもできる。

高い推論力を持ったAIもある。

ホームズが書かれたころの世界は、科学捜査なんてなく、

事件が起きると、怪しそうな奴を適当に捕まえて"お前がやったんだろう"と自白を迫っていたわけよ。

当然、そんなずさんな捜査では、複雑な事件解決できるわけもなく・・・

冤罪だとしてもとりあえず犯人を上げられれば解決になるのかもしれんけどね、

(今も日本人質司法から自白偏重で変わっていない気もするが。)

そんな状況だったから、理想科学捜査をして犯人を追い詰める名探偵ヒーローだった。

現在科学捜査が発展してそれが標準になっただけさ。

ホームズの頃はその赤いのが血糊なのか、動物の血なのか、人の血なのかもわからない時代

江戸川乱歩あたりになると、血液であることは分かるようになった。

戦後直後の金田一耕助時代になると、血液型までわかるようになり、

CSI現代ではDNA鑑定でほぼ確実に特定できるようになった。

そして、名探偵プリキュアの今は・・・

課長血液型B型ならその課じゃB型作業所であります

いやならトップを変えろよ

B型作業所みたいな出力してさ

ダメだよもっとやれるんだから

2026-04-06

血液型の嘘をついている

自分血液型B型なのだが、嘘をついている

無難A型を名乗っている

B型には悪いイメージがあるからである

もちろん血液型パーソナリティの関連性には科学的な根拠はないが、そんな事実血液型を聞いてくるような人間の前では関係がない

A型はこう、B型はこう、という「イメージ」こそが大事であり、B型は「嫌な奴」のイメージであり、そんな奴にB型だと言ったとたん、うわあ…という反応か、イジリの対象になるだけだからである

女は血液型の話が大好きだ。合コンでも定番だよな。マジで血液型だけで金持ちの優良な男切り捨てた女を複数人知っているので、マジで気軽にBとは言えない。モテる女は選び放題なので血液型ですら不合格要因になるらしい。だから無難にAと言っているわけだが

2026-03-23

anond:20260323130334

自衛隊が今どの血液型でも使える人工血液作ってるらしいし、チー牛の血がますます不要になるな

2026-03-07

anond:20260307104446

先生遺伝子の例として血液型O型遺伝子があると思うんですが、O型の子近親相姦の結果生まれてるってことなかい?!

かくいう私もO型でね

2026-03-06

「クソデカ主語警察」が心の底から嫌いという話

クソデカ主語警察とは

Twitter(現X)には「クソデカ主語警察」なる存在がいる。クソデカ主語警察というのは何かというと、ある文章主語が指す集合が大きい場合にどこからともなく湧き出てきて「主語がクソデカですよw」などのリプを残していく存在である。そして、このリプには「主語がクソデカですよ(なので、あなた発言は間違っていますよ)」という含意がある。例えば、「女性は〜なとき暴力的である」といったツイート炎上していると、決まってリプ欄(あるいは引用欄)には、こういったクソデカ主語警察が湧いて出てきて、毎度のごとく論破芸を披露してくれるのだ。

そして、私はこのクソデカ主語警察が本当に嫌いだし、この世から消えて欲しいとさえ思っている。正直、台所の隙間から這い出てくる黒い虫よりも嫌いだ。見た瞬間に全身の毛が逆立つレベル。ただ、誤解のないように予め述べておくと、私自身はこうした主語の大きい発言をすることはほとんどない(ではどういうときにするか、ということは後述する)。むしろ、「女性は〜である」のような、ジェンダーバイアスを明確に再生産する言説が蔓延っている現状には、正直かなり辟易しているし、こうした不健全な状況は是正していくべきだとさえ思っている。にもかかわらず、では何故そんな私がクソデカ主語警察が嫌いなのか。

クソデカ主語警察が嫌いな理由を先に述べておくと、まったく問題本質を捉えられていないくせに、紋切り型の指摘を繰り返して、問題所在不明確にするからである。このことについて以下で詳細に述べる。

クソデカ主語警察の何が問題

クソデカ主語警察害悪であることを話す前に、そもそもクソデカ構文とは何かについて確認しておこう。

クソデカ構文には当然ながらアカデミック定義存在しないので、ここではさしあたり「主語がある属性を指す文」としておく。この定義にも異論はあるだろうが、暫定的定義なので一旦受け入れてほしい。例えば「リンゴは赤い」とか「インターネットはクソ」とか「日本オワコン」とか、そういう文のことだ。

さて、我々は実はこうしたクソデカ構文というもの日常的に用いている。例えば「リンゴは赤い」という文章は、日常的な文脈使用される場面が想像できるだろう。友達と会話をしているとき相手が「リンゴは赤い」と言ったとして、我々は別に何の問題もなくそれを受け入れるはずだ。逆にそこで「いやいや、主語がでかいですよw青いリンゴもありますからw」などと言おうものなら、LINEブロックされ、あなたの表示名は「クソデカ主語警察」に変更され、そしてあなただけのいないLINEグループで一生そのことをいじられ続けるだろう。

これは何故だろうか? つまり、何故クソデカ構文に対して「それは違う。◯◯なものもある」という反論妥当ではない場合があるのだろうか。これに回答するためには、そもそもクソデカ構文という文章がどういう性質のものかを明らかにしておく必要がある。小々専門的な話題になり恐縮だが、「◯◯は〜〜である」という形式文章は、「すべての◯◯は〜〜である」という全称命題解釈と、「◯◯は典型的には〜〜である」という総称文の2通りの解釈があり得る。前者の典型的な例は数学命題だろう。例えば「2以上の素数奇数である」という文章は通常「2以上のすべての素数」として読まれる。後者典型的な例は統計的文章だが、性質を表す日常的な文にも見られる。例えば「犬は吠える」という文章は通常「犬は典型的には吠えるという性質をもっている」として読まれる。そして、全称命題総称文の両者には、ある重大な違いがある。それは、全称命題解釈場合には反例が一つでも見つかれば元の文が誤っていると言うことができるが、後者場合にはそうではない、ということだ。「2以上の素数」かつ「奇数ではないもの」はもしもあったとしたら、先ほどの数学命題は一気に誤りになる。他方、「犬」かつ「吠えない」ような存在がいたとしても(そして実際にいるのだが)、そのことは「犬は吠える」という総称文をただちに誤りにはしない。これは「犬は吠える」という文章意味するところが、「典型的な犬」についてに文だからであり、根本的に例外を認めているからだからだ。先ほどの「リンゴは赤い」の例で言えば、この文は「典型的にはリンゴは赤い」という意味であって、青いリンゴのような存在は初めから想定しているのである。クソデカ主語警察は、このような総称文を勝手全称命題に都合良く読み替えることで、いわば藁人形を叩いているのである

おそらく、クソデカ主語警察からは「全称命題であるかのように話すのが悪い」といった反論が飛んでくるだろう。これにも反論しておく。我々がコミュニケーションを行う際には、我々は通常「必要な量の情報だけを話す」という量の格率に従っている。これは円滑なコミュニケーションのために我々が従っているルールのうちの一つとされている。クソデカ主語警察検閲に引っかからないように発話をしようとすると「​私がこれまでに観測した範囲内、かつ統計的有意と思われるデータ、および社会通念上の傾向を鑑みると、リンゴのうちかなりの割合リンゴが、赤い傾向があると言えるかもしれない(※ただし青いリンゴ存在する)」となるが、これでは円滑なコミュニケーションは成立しない。むしろ我々は、「リンゴは赤い」という文章全称命題解釈するとすぐに不整合が生じるという事実と、発話者が量の格率に従っているという前提に基づき、発話者総称文を意図しているというチャリティを発揮して、コミュニケーションを行っているはずだ。

つまるところ、クソデカ主語警察というのは、総称文を勝手全称命題に取り違えるカテゴリーミステイクを犯している上、そのミステイクに気づかずに「自分コミュニケーションができません」と大声で宣伝する、非常に恥ずかしい行為なのである

クソデカ構文の本当の問題

さて、ということでクソデカ主語警察が実はコミュニケーション原則をまったく理解できておらず、それ故、紋切り型コピー・アンド・ペーストすればお手軽に相手論破できると思っているだけの単なる凡愚であることは明らかになったわけだが、クソデカ構文がまったく問題がないというわけではない。むしろ、ここからが本当に自分の言いたいことになる。

クソデカ構文というのは本質的に問題含みのものであって、それ故、慎重に使わなくてはならないことは事実だと思う。たしかに、主語デカいことによって必然的問題が生じるわけではない。例えば「2以上の素数はすべて奇数である」という文章主語の指す集合は無限であり、考え得る限りほぼ最大のクソデカ主語(とは言え高々加算ではあるの)だが、普通にである。だから主語デカいことそれ自体一般問題にはならない。しかし、世の中には問題になるクソデカ構文というものはたしか存在している。それは大きく分けて2種類あり、①そもそも事実とは異なるクソデカ構文②仮に事実だとしても望ましくないクソデカ構文、である

まず1つ目について。クソデカ構文には、単純に事実誤認になっているケースがある。そうしたクソデカ構文の典型例を挙げると「B型自己中心的である」のようなものがそうだろう。もはや常識となっていると思うが、血液型とその人間性格にはまったく関係はない。こういった血液型診断は事実とはまったく異なるデタラメであるので、完全に間違えている。ただし、注意が必要なのは血液型診断が誤っているのは、主語がクソデカから「ではない」ということである。こうした疑似科学が誤っている根本的な理由主語デカさではなく、科学的な根拠の無さに由来している。他にも「若者は本を読まない」といった例も考えられる。統計的には不読率は全世代を通して年々減少傾向にあるし、むしろ学校読書教育を考えれば若者の方が読んでいる可能性すらある。

しかし、仮に事実だとしても問題のあるクソデカ構文というもの存在するし、これこそが一番の問題だと思う。それが問題となるクソデカ構文の2種類目「仮に事実だとしても問題のあるクソデカ構文」である統計的事実マジョリティ傾向)が仮に含まれていたとしても、それをクソデカ主語で語ることが社会的な害悪を引き起こすことはある。例えば、「低学歴犯罪を犯しやすい」という事実が仮にあったとしよう。強調しておくが、これは仮の話であり、そういった事実が実際にあるかは知らない。あくまで「もし事実だとしたら」という体で話を進める。つまり低学歴典型的には犯罪者予備軍の性質がある」という総称文を確証する統計的相関が仮にあったとしよう。そうだとしても、このクソデカ構文には問題存在する。それは、「統計的相関」と「属性への本質化」のすり替えである。「低学歴ほど犯罪を犯す傾向がある」という事実は、「低学歴から犯罪を犯す」という因果関係説明にはならない。例えば「貧困」や「劣悪な成育環境」といった第3の変数教育機会を奪い、それが同時に犯罪への原因にもなっている可能性は十分にある。このとき、もしこの言説の問題点が「主語デカいこと」にあると主張してしまうと、「学歴の低さそのもの犯罪を誘発する性質がある」という本質主義的な前提を暗に認めることになってしまう。そうではなく、本当の問題は「低学歴」と「犯罪率」には相関はあるが因果はない、ということのはずだ。「アイスの売り上げが増えると溺死者が増える」という相関データからアイス溺死を招く悪魔の食い物だ」と騒ぐ馬鹿がいたとして、そいつに対して「主語がでかいから間違ったことを言っている」などと、もっと馬鹿なことを言う必要なんかないのだ。

そして、第2種のクソデカ構文が余計に問題なのは、それが差別助長するからに他ならない。例えば先ほどの統計的相関に従って、「低学歴=危ない」という言説が流布すれば、おそらく企業採用担当はは低学歴雇用を控え、周囲は低学歴偏見の目を向けるだろう。その結果、彼らは正当な労働から不当に排除され、生活のために余計に犯罪に手を染めるしかなくなる。これは少し誇張して書いてはいるが、好ましくない事実自体が、その事実さら悪化させる機能果たしてしまうこと自体は往々にしてある。

この記事を読んでいるあなた高等教育特に自然科学)を受けた経験があるとしたら、おそらくこの論点は受け入れにくいかもしれない。つまり科学的な事実事実であって、社会的な価値とは無関係だ、という科学価値自由性を引き合いに出されるかもしれない。しかし「事実から言っても構わない」という態度は、自分が石を投げて相手を転ばせておいて「ほら、あいつは転びやすいという事実は正しいだろ」と言い張るようなものであって、それは事実公表に伴う社会的影響をあまりにも軽視しすぎていると思う。

クソデカ主語警察は何故ゴミ

話を戻そう。では結局、何故クソデカ主語警察インターネットに漂うゴミなのか、一言で言えば、それはクソデカ主語警察自身が、彼らが批判している奴らの「共犯者」になってしまっているからだ。以上で確認したように、問題のあるクソデカ構文には大きく分けて2つの類型がある。そして、それぞれが問題である理由は異なっており、発言ごとに核となる部分を潰していかなくてはならない。にもかかわらず、クソデカ主語警察の指摘は、批判相手問題含みの前提は基本的にすべて無視している。 本来ならば「その相関は教育格差や貧困という社会問題の結果であり、属性のせいにするのは筋違いだ」と論理的欠陥を指摘するか、あるいは「その発言差別助長するヘイトだ」と倫理的視点から叩くべき場面であるにもかかわらず、だ。結局、クソデカ主語デカ警察は、差別発言の内容には目もくれず、発言形式だけをたしなめることで、本来問題点そのものを温存する共犯者に成り下がってしまっている。彼らの「主語がクソデカですよw」などという空っぽの指摘は、問題を本当に解決したい側からすれば、救いでも何でもない、ただのノイズしかない。

さいごに

ここまでクソデカ主語警察が何故害悪かを、かなり憎悪混じりで書いたが、もしもあなたが今現在クソデカ主語警察であって、あなたがリプを送りつけようとしているツイートの内容が本当に問題だと思っているのだとしたら、これからは「主語がクソデカですよw」などというクソリプを送りつけて悦に入るのをやめることを強くオススメする。差別助長するようなツイートに強く反発し、憤りを覚えるという点では私はあなたを強く支持する。しかし、それを表明するために「主語がクソデカですよw」などという薄っぺらな借り物の言葉脳死で使えば、むしろ相手の主張を助長することになる。もし本当に、クソデカ主語警察あなた良心があるなら、ちゃんと何が問題なのかを一つ一つ見極めてほしい。我々の社会に本当に必要なのは盲目警察ではなく、不条理に立ち向かう勇気と理性なのだから

2026-02-26

献血って、金で集めたほうが合理的じゃない?

もちろん「善意で支えられてる仕組み」ってのは綺麗だよ。

でもさ、医療ってインフラじゃん。

安定供給が最優先でしょ。

なのに、

善意に頼ります

「足りません、協力してください」

って毎回やってるの、仕組みとして弱すぎないか

需要はほぼ予測できる。

血液型ごとの不足もデータある。

保存期限もわかってる。

だったら普通に

価格つけて安定供給させたほうが合理的じゃん。

お金目当ての人が来るのは問題」とか言うけど、

労働だって全部そうだろ。

医者看護師給料もらってる。

なんで血液だけ聖域なの。

しろ

ちゃんと対価を払えば、

若くて健康な人が定期的に来る仕組み作れるし、

供給予測も立てやすい。

善意に頼るシステムって、

崇高だけど不安定なんだよ。

命を救うためのインフラを、

気持ち」に依存させ続けるのって、

本当に正しいのか?

合理性で考えたら、

一度ちゃん議論してもいいテーマだと思うんだけどな。

2026-02-20

高齢童貞おじさんだが女の血液型の話に付き合える男はすごい

私はA型からとか⚪︎⚪︎さんはO型からとか真面目な顔して話を聞いて返答できる男はすごい

俺の脳内には血液型意味なんかねえよバカマンコという言葉しかかばないよ

2026-02-08

「今どき血液型診断なんていう非科学的な話を信じてるやついないだろ」と思いきや、意外と真顔で自分血液型性格を語る人がいるから、スピリチュアル文化根深さ、罪深さがわかる

2026-01-25

anond:20260124150111

血液型とかDHA鑑定で誰の子供か判定できるのが良くないのだろうな

江戸時代とかは

2025-11-28

anond:20251127074805

心配しなくてもここ20年くらいは出生時に血液型は調べない(生後1年経たないと型が安定しない)し

その後も何事もなければ調べる機会がないか子供自分血液型を知らんはずだぞ

もしも輸血が必要な時は直前に調べるから(自己申告通りで輸血なんてしない)知っとく必要もないしな

2025-11-27

血液型性格診断って、軽い遊びみたいに扱われがちだけど、地味に効いてくる弊害が多いんだよなと思う。

 

たとえば「O型から大雑把」「A型から神経質」って言われ続けると、だんだん本人のほうが「自分はそういう人間なんだ」って思い込んで、実際にその通りに振る舞ってしまう。

あと逆に、「A型から…」って言ってる奴が、めちゃくちゃテキトー仕事してるけど、本人は自覚してないみたいなギャップ。これは本人を不幸にする。

性格って本当はめちゃくちゃ多面的なのに、たった4種類に押し込めてしまうから理解も浅くなるし、考えるのをやめやすくなる。「自分が短気なのはB型から」は免罪符にはならんのよ。

 

人間関係では、たとえば「B型自己中」みたいなイメージを持ってしまうと、相手ちょっとした言動まで全部ネガティブに見えてしまう。恋愛でも「この血液型とは合わない」みたいな、根拠のないフィルターで人を選んだり避けたりするせいで、本当は相性が良かった人との関係自分から潰してしまうこともある。それに「B型っぽいね」「O型って雑だよね」みたいな軽口も、言われた側にはちゃんと小さなストレスとして積み上がっていく。

 

日本では履歴書血液型を書く文化が長く残っていたくらいだし、教育現場でも「O型の子は明るい」「A型の子は慎重」みたいな見方が、子どもへの期待や接し方を変えてしまって、自己肯定感や学習意欲にまで影響することがあり得る。

血液型性格診断みたいな疑似科学に慣れてしまうと、根拠のない話でも信じやすくなって、フェイ科学への耐性まで下がるんじゃねーかという懸念もある。

遊びのつもりでも、積み重なるとちゃん社会の歪みになる、という話。

2025-11-21

anond:20251121130713

ありがとう可能性とお題目としてという話だったから、可能性あるし、研究は多々あると言うことが言いたかったんだよ

そして血液型論文てめちゃくちゃ多くて面白いんだよなわいも研究つづけるでー

血液型性格にはこんなに関連性がある」という論文でも無いと、「血液型性格診断はスピリチュアルじゃ無い」にならなくない?

なんでそんなにスピリチュアルに傾倒するかな

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