はてなキーワード: 大腸とは
4.佛跳牆(中国・広東)
13.ローストビーフとヨークシャー・プディング(イギリス)
21.ガスチョ(スペイン)
43.ドーサ(南インド)
50.サテ(インドネシア)
51.ナシ・ルマ(マレーシア)
54.アドボ(フィリピン)
62.鰻の蒲焼(日本)
71.セビーチェ(ペルー)
87.オッソ・ブーコ(イタリア)
93.サムサ(中央アジア)
163. あんかけスパゲッティ(日本・愛知)
213. マフェ(西アフリカ)
216. ターメイヤ(エジプト)
225. ゴルメ・サブズィ(イラン)
237. ロティ(トリニダード・トバゴ)
250. フリターダ(エクアドル)
251. チュラスコ(ウルグア
内視鏡検査で下剤飲んだけど、黄色透明になったあとも十回以上しったけど結局最後まで無色にはならないんだね。
そう考えるとアナルセックスってどう頑張っても衛生的にはならないよね。まあ衛生的だと思ってやってるやついないからいいのか。
dorawiiより
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納豆と大腸がんの関連については、興味深い統計や研究結果が存在します。直接的に「納豆を食べない=大腸がんになる」と断定するデータは少ないものの、「納豆(大豆食品)をよく食べる人は、そうでない人と比べて死亡リスクが低い」、あるいは「大腸がんの発生リスクが低下する傾向がある」という研究結果は報告されています。
具体的には以下の通りです。
国立がん研究センターなどが実施した多目的コホート研究(JPHC Study)によると、以下のような結果が出ています。
納豆を多く食べる人ほど、総死亡リスクが低下する:1日約50g(1パック程度)の納豆を食べるグループは、ほとんど食べないグループに比べて、死亡リスクが低いという結果が報告されています。
大腸がんへの直接的な影響:納豆を含む大豆製品の摂取量が多いグループは、大腸がんの発生リスクを低減する可能性がある(特に女性において)という研究結果があります。
豊富な食物繊維:腸内の善玉菌を増やし、発がん物質を体外に排出する働きがあるため、大腸がん予防に重要です。
大豆イソフラボン:大豆製品に含まれるイソフラボンは、ホルモン関連のがんだけでなく、腸内環境を整える効果が期待されています。
発酵菌:納豆菌(Bacillus subtilis natto)は、腸内で悪玉菌の繁殖を抑える働きがあります。
3. 注意点
納豆だけで予防はできない:大腸がんは、欧米化した食生活(赤肉・加工肉の過剰摂取)や、運動不足、喫煙、飲酒など、複合的な要因で増えます。納豆だけを食べていれば良いわけではありません。
薬の相互作用:ワーファリン(抗凝固薬)を服用している人は、ビタミンKを含む納豆の摂取を避ける必要があります。
治療中の場合:抗がん剤治療中で白血球が減少している期間は、発酵食品(納豆を含む)を控えるよう指導されることがあります。
統計的には、納豆を日常的に食べる習慣を持つ人は、そうでない人に比べて健康的な傾向があり、大腸がんを含む死亡リスクが低い傾向にあります。しかし、大腸がんの予防には「納豆を食べる」ことに加え、加工肉を減らし、野菜を食べるなどの食習慣全体のバランスが重要です。
発がん性物質への分類: アルコールおよびその代謝物であるアセトアルデヒドは、アスベストやたばこと同等の最も高い発がん性リスクを示す「グループ1」に分類されています。
→濃い薄いは関係ない のどが焼けるような酒であってもジュースみたいな酒でも体内に入ったあとに効く
安全な摂取量はない: WHOは「安全な摂取量はない」という指針を2022年に発表しており、少量であっても健康リスクは存在します。
たまに飲む人は全く飲まない人より発がんしやすい
関連するがんの種類: 飲酒は口腔、咽頭、喉頭、食道、肝臓(肝細胞がん)、大腸、乳房など、複数のがんのリスクを高めることが多くの研究で示されています。
お通じの話をしようと思う。あまり気の利いた話題じゃないかもしれないけれど、そういう日も人生にはある。
エンジンは一応かかっているけれど、ピストンが本気を出していない四気筒みたいな感じだ。アクセルを踏めばそれなりに回転数は上がるが、トルクがついてこない。出るべきものが出ない。どこかで詰まっている。詰まったまま、日々はそこそこ過ぎていく。
便秘というほど劇的でもなく、快調というにはあまりに心もとない、そういう中途半端な地帯がある。私はその灰色地帯に長いあいだテントを張って暮らしていた。五日出ない、みたいな派手さはない。ただ、毎朝トイレに座って、うん、そうか、今日もこの程度か、と思いながら、膝の上に載せたタブレットで新聞アプリをなんとなくスクロールしている。そのうちニュースも頭に入らなくなる。大したニュースなんてそうそう起きない。
そんな私の前に「強ミヤリサン」という名前の小さな錠剤が現れた。
名前だけ聞くと、冬季オリンピックで地味にメダルを重ねる中距離種目の選手の名前みたいだ。派手な四回転ジャンプは跳ばないけれど、気づけば表彰台の端っこにきちんと立っている、そんな安定感がある。でも実際には、酪酸菌だの宮入菌だのが入っていて、大腸まで生きてたどり着き、悪玉菌を抑えて腸内環境を整えます、という、いたって真面目な整腸剤であるらしい。
薬局の棚でその瓶を手に取ったとき、私は別に人生を変えようと思っていたわけじゃない。
ただ「なんとなく、今よりはマシになるかもしれない」くらいの、曖昧な希望を持っていただけだ。だいたい腸内細菌なんて、目で見たこともないし、触れたこともない。彼らが本当に大腸で酪酸を作って、善玉菌の環境を整え、悪玉菌を抑えてくれるなんて話は、教科書の片隅にいる妖精みたいなものだ。
それでも私は瓶を買って帰り、説明書に書かれている通りに、きちんと水で飲み込んだ。
朝食のあとに数錠、夜にも数錠。そうして数日が過ぎた。
トイレに座っていると、いつもと違う種類の静けさがあった。何というか、腸の中の交通整理が、急にプロの警備会社に外注されたみたいな感じだ。無駄なクラクションが鳴らない。渋滞の列がするするとほどけていく。私はタブレットで新聞アプリを立ち上げる前に、そのことに気づいた。
あまり力を入れた記憶がないのに、ちゃんと出ている。しかも量が多い。……。いや、たまたまかもしれない、と僕は自分に言い聞かせる。たまたまという言葉は、世界をこれ以上変えたくない人間が好んで使う、安全装置のような単語だ、とそのとき私は思った。
しかし次の日も、その次の日も、状況は同じか、もしくはそれ以上になった。
トイレに座る時間は短くなり、出てくるものの量は目に見えて増えた。知らないあいだに、私の腸は長年のサボりをやめ、真面目に勤務表どおり働き始めたようだった。
数年ぶりに「快調」という言葉を、遠くからではなく手触りのあるものとして思い出した。
朝、コーヒーを飲みながら、私はふと、腹部の違和感が薄くなっていることに気づく。変なガスの張りもない。出るものは出ているから、残っているものが少ない。当たり前と言えば当たり前だが、その当たり前を私の体は長いあいだ忘れていた。
そしてある日、クローゼットの奥から、昔履いていたお気に入りだったスラックスを取り出した。
なんとなく、試してみたくなったのだ。そういう瞬間が、ときどき人生にはある。試す理由はなくて、試さない理由もない。
何年も前、同じスラックスのチャックは途中までしか上がらず、そこで静かに現実を突きつけてきた。布地は嘘をつかない。そういう誠実さを、私は少しだけ恨んでいた。
だが今回は、チャックは最後まで素直に上がり、布地はほとんど抵抗しなかった。
ボタンはすんなりと穴に収まり、ウエストまわりには、わずかだが確かな空白があった。鏡の前に立つと、腹部のラインが前より平らになっているのがわかる。脂肪が劇的に燃えたわけじゃない。ただ、内部に溜め込んでいたものが、きちんと毎日出ていく。それだけのことで、輪郭はこんなにも変わる。
「ここにいたんだな」と私は思う。
つまり、ここ数年の間、私のウェストに居座っていた数センチ分の正体だ。彼らは脂肪と便とガスと、いろんな名札をつけられながら、結局のところ「出て行くチャンスを与えられなかったものたち」だったのかもしれない。強ミヤリサンは、彼らに退去勧告を出す弁護士のように、淡々と仕事をこなしてくれた。
スラックスのサイズが二つ落ちたとか、体重が一カ月で十キロ減ったとか、そういう話ではない。数字にすれば誤差の範囲かもしれない。でも、ベルトの穴が一つ分だけ内側に移動したとき、人はちょっとした勝利を感じるものだ。その勝利は派手なファンファーレを鳴らさないが、小さくて静かな音で、確かに胸の内側を叩く。
不思議なことに、腸がちゃんと働き始めると、気分も少し軽くなる。
腹のなかの不要物が定期的に外に出ていくと、頭の中の澱のようなものまで、ついでに流れていくような気がする。もちろん科学的根拠はさておくとして、少なくとも私の朝は以前よりほんの少しマシなものになった。
私は今も、洗面台の横に置いた小さな瓶から、毎日決まった回数だけ錠剤を取り出して飲んでいる。
何かの儀式みたいに、特別な意味を込めているわけではない。ただそこにあるから飲むし、飲めば腸はそれなりにうまく回る。宮入菌たちは、今日も大腸のどこかで酪酸を作り、腸内を弱酸性に保ち、悪玉菌の増殖を抑え、善玉菌の背中を押しているのだろう。
私は彼らの顔を知らない。声も聞いたことがない。
けれど、朝トイレを出て、ベルトを少しきつめの穴で締め直すたび、見えないどこかでちゃんと働いている小さな連中のことを、少しだけ思い出す。世界にはいろいろな仕事があるが、彼らの仕事もなかなか悪くない。
そうやって今日も、数年ぶりに劇的に改善されたお通じと、ほんの少しだけ細くなったウェストと、いつもより少しだけ機嫌のいい私の一日が、静かに始まる。
自分がパニックで相談したくても相談できる人がいないからここに吐き出す
まだ本当に弱者男性だっていう確証は無いしただ紹介状書いてもらってる段階で大きい病院に後で行くらしいって状態
でも健康診断で大腸検査とか胃カメラではきれいだって言う話だったから多分違うんじゃないかなって信じてる
それでも、今自分がかなり混乱しててこれを書いてるだけで涙が止まらなくなってるくらいだからだいぶパニックになってるだなっていうのはわかる。
20年前に腎結石とったり入院してたりしてその後糖尿の薬飲んだり注射してたけど今日まさかのそれが連絡きてパニック
吐き出そうと思って書いてるんだけどやっぱ混乱してるんだなって何書いていいかわかってないwww
数時間したら帰ってくるってわかってるんだけどさ
こういうとき落ち着けって言われても何も手につかないからなにかしてたほうがいいんじゃないかって思っちゃう
何書こうとしてたんだっけ?頭真っ白で言葉にできる状態じゃないや
自分がパニックで相談したくても相談できる人がいないからここに吐き出す
まだがんだっていう確証は無いしただ腹水で紹介状書いてもらってる段階で大きい病院に後で行くらしいって状態
もしがんだったら?末期の可能性がある
でも健康診断で大腸検査とか胃カメラではきれいだって言う話だったから多分違うんじゃないかなって信じてる
それでも、今自分がかなり混乱しててこれを書いてるだけで涙が止まらなくなってるくらいだからだいぶパニックになってるだなっていうのはわかる。
20年前に腎結石とったり入院してたりしてその後糖尿の薬飲んだり注射してたけど今日まさかのそれが連絡きてパニック
吐き出そうと思って書いてるんだけどやっぱ混乱してるんだなって何書いていいかわかってないwww
数時間したら帰ってくるってわかってるんだけどさ
こういうとき落ち着けって言われても何も手につかないからなにかしてたほうがいいんじゃないかって思っちゃう
何書こうとしてたんだっけ?頭真っ白で言葉にできる状態じゃないや
一家代々痔持ちなので普通に切れ痔だと思ったが、血便が大腸がんのサインというネットの記事が頭をよぎる。
大腸カメラで診てもらうために近くの病院を調べてたんだが、自分が大して落ち込んでないことに気付いた。
自分は中学から自己肯定感の低さからぼんやりした鬱を抱えたまま年齢を重ねて、気付けばアラフォーになったおっさん。社会的ステータスとしては普通に働いて結婚しているし、家もローン組んで買ったんだが、この年になっても気持ちは昔と変わらぬままで、時たま希◯念慮が訪れたりもする。
環境には恵まれてる。妻は優しいし、職場の人間関係も悪くない。端から見たら何で?と思われるかもしれない。
大して落ち込まなかったのは、本当の患者に失礼なのは百も承知で、仮に癌なら団信でローンが消し飛ぶかもとか思ってしまったから。それと癌なら色んな事ができなくても仕方ないねって自分で思えそうだから。これはセルフハンディキャッピングというらしい。こう考えるのも含めて自分が情けない。