はてなキーワード: アンポンタンとは
幼い日に父親を脳腫瘍で亡くした主人公は母一人子一人で頑張っていたが、最近母には中国系の恋人ができウキウキで気に入らない。ある日、母親はカレシと2人でコロンビアに旅行に行くことに。ティーン真っ盛りの主人公はこれ幸いとパーティー三昧。あっという間に時は経ち、2人の帰国の日になり空港に2人を迎えに行くもいつまでたっても降りてこない。2人が止まっていたホテルに電話すると、荷物を全部置いて出て行ったとのこと。2人に何が起こったのか。PCの中の大探索が幕を開ける。
まぁ、よくできてたわね。
前作はPC内だけで話が進むギミック系映画の良作として有名だけど、今作でもその部分は活かした上で、とにかくミステリというか謎解きゲームとしての脚本の強度が異常に高い。
ギミック系映画としては前作はプログラマおじさんが主役だったけど今作ではゴリゴリのデジタルネイティブのティーンが主役なのもよい。冒頭の母親失踪までの間のくだらないSNSの乱用シーンで彼女がどういうカテゴリの人間なのか、そして彼女がどれくらいSNSを使いこなしている人間なのかをテンポよく説明してて良い。
そしていざ両親が行方不明になり、そこがコロンビアでFBIにも捜査権がないとわかると積極的に母親のGoogleアカウントにログインを試み、それに失敗するとその彼氏のアカウントにログインを試みる。そしてログインのために彼のSNSを片っ端から開き、最もセキュリティが緩そうなサイトのコールセンターにパスワードを失くしたと電話をかけ、本人確認の質問にSNS上の情報をつなぎ合わせて回答しまんまとパスワードを聞き出し、そのパスワードを使って彼氏のGoogleアカウントを割ることに成功する。
そしてGoogleアカウントが割れたことで、彼が使用するあらゆるサービスにアクセス可能になる。パスワードが分からなくてもパスワードを忘れた場合はこちら、でGmailに新パスワードが送られてくるからだ。こうして彼女は母親の彼氏の使用するサービスから彼の軌跡と裏の顔を知るようになる。
このあたりの柔軟さはいかにもデジタルネイティブ世代のSNS感だなと思うし、パスワードの使いまわしは辞めようねという制作陣の強い啓蒙の姿勢を感じる。
謎解きゲームとしての強度という話だと、パーティ三昧した主人公は母親を空港に迎えに行く直前まで眠りこけてしまっており家はめちゃくちゃ。なのでギグワークサービスを使って家の片づけを雇う。という展開が冒頭である。それがその後、コロンビアで母親が泊まったホテルの監視カメラ映像を確認する必要が出たがFBIはあてにならず映像が消えるまでに時間制限がある、というときに同じギグワークのコロンビアで展開するサービスを検索し、そこで人を探し雇って見に行かせる、という展開につながっている。
他にもパーティーでスマートウォッチを忘れて帰ったアンポンタンが出てくるけど、そのスマートウォッチもちゃんと後半で生きてくるし、母親が何するにしてもsiriに頼むというデジタルポンコツエピソードが冒頭に出てくるけど、それが最後の大逆転で作用するし、ウザいくらい過保護なのにも意味がある。とにかく出てくる情報に無駄がない。
一方でテーマ性としては1でもフィーチャーされていた「自分が見ている相手とネットの中の相手は同じ相手なのか」という部分から絶妙にズラしてさらに規模を大きくしているというのは偉大な1に挑む続編として意気やよし。
サラっとネタバレすると、彼氏はもともとはネット上で名前を変えてロマンス詐欺を繰り返す詐欺師だったが逮捕さていたネット上で誰でもなかった人間だし、なんなら母親は証人保護プログラムで名前も過去も変えた人間だった、そして死んだと言われていた父親は薬中のDV野郎で刑務所にぶち込まれていた。
登場人物の多くが「知っている人間ではなかった」ことが母親の失踪とその真実に迫る中で次々に明らかになっていく。そしてそのことがゆえに、恋人同士の失踪が、ロマンス詐欺からの誘拐に変化し、さらには恋人を利用した意図的な失踪へと疑惑が変化していくという、小さな謎が解けるごとに本流の謎が大きく変化していく形式は上本当によくできていると思う。
DV夫による連れ去り被害とか証人保護プログラム問題とか現代的なテーマも配置されていて隙がないよね。
細かい謎解き用のピースの配置に余念がなく、さらには大きな話の流れとしてもダイナミックで無理がない。そして小さな謎が回収されてみれば別にそれはそれで問題なくて、というような迷路に意図的に作られた行き止まりみたいなものもちょこちょこ配置する余裕。PC場でだけ話が展開するというギミックを除いても脚本の強度が本当に強く良くできてるなと思った。
まぁ、1と同じでこいつ24時間facetimeつけてるな、どんだけナルシストやねんと思う部分はあるがさすがに映画という形式上、主人公の顔が本当にぜんぜん映ってなかったらさすがに画が持たないよなとか思う部分がなくもない。あと、コロンビアのギグワークおじさんとのけんかパートはさすがにとってつけた感すごすぎて、なにこれってなった。
前作でも登場したネットの名探偵たちの無責任な方言の数々や積極的に消費しようと群がってくるマスメディア。今回はネトフリで見たんだけど作中でネットフリックスの担当者が映像化にご興味ありませんかって電話かけてきてて笑ったし、最後の最後、どうやって助かったの?というところを後に作られた再現ドラマでちょっと派手に見せてくれるのも楽しいし、映画の冒頭で前作も同じ再現ドラマで配信されているという展開があるのもニクい。
そんな感じかな。
当たり前だけど「さす九」を肯定するとかそういう話ではないことは分かって欲しい
祖父母が健在な頃はお正月とかに親戚一同が集まり一番年の若い自分よりも本家の祖母(祖父は婿養子)が下座にいた
違和感を覚えたのは中学に入る前ぐらいだと思う、祖父から上座に座っていき10歳の自分より還暦を超えた祖母が下座にいる違和感
門松作りとか力仕事は男性の仕事でお茶出しとかが女性の仕事って感じの分業制
親の代では通夜や葬式とかの時は、女性が料理を準備したり諸々の仕事をこなして男性はまあ、喋るだけ
町内会の役員とかそういうのは男性の役目、基本、女性はやりたがらない
自分たちの世代では、18歳で地元を出て今年帰ってくるまでいなかったから高校までの話だけど特にアレと思うようなことはなかった
家庭内の事情までは分からないけど地元でそこそこの進学校で女子は同数ぐらいだったし進路に制限を受けたという話も聞かなかった
理系は男子が多くて文系は女子が多いとかはあった、選択で生物を取ったけど女子が多く男子の多くは物理を取ってた
今の職場は周りが親世代なので自分が休憩の時に皆のお茶を入れたりすると驚く年配の女性は多い
なんで「さす九」が響かないのか考えてみたけど
一つは祖母や母親を見てきたから、親の世代までは差別というか、何かがあったけど祖母も母も私をとても愛してくれたから
罪悪感というか後ろめたさなのか何なのか、上手く言語化出来ないが幾らかの申し訳なさを覚えている
もう一つは自分たちの世代ではそれを感じないことによる切断処理
差別は過去のもの、自分たちの世代には関係ないということで「さす九」と揶揄されても他人事として見ている節がある
他にもあるけどこの二つが大きいかなと思う
「女性委員に怒られるけど」と前置きした上で「サイン、コサイン、タンジェントを社会で使ったことがあるか女性に問うと、10分の9は使ったことがないと答える」
「高校教育で女の子にサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」「社会の事象とか植物の花や草の名前を教えた方がいい」
こんなことを言っちゃったアンポンタン知事がいたという負い目も少なからずあり、2015年に中高一貫の全寮制公立男子校を作った人でもある・・・
発言の影響がどれほどかは分からないけど発言後の4期目を狙う知事選で新人に負けた、その後また出たけど負けた
今の知事は件の公立高校の共学化を掲げ来年度からは女子も入学できる
自分の周りの話だけど上の世代の人も下の世代に昔の価値観を強要する人は少ないし言われるほど悪い所じゃないよ
ぼく好きだよ鹿児島
男女の前提を狂わせるクソみたいなジェンダー論が原因だと思う、
頭が弱めの女性は、男女の友情だったり平等だったり、『まずは1人の人間として接するのが当たり前』と半ば本気で考えていて、男には何のためにおちんちんがついていて女には何のためにおまんこがついているのか考えられないアンポンタンが量産されてしまった。
こんなことを言うと『性欲でしか考えられない猿』呼ばわりされるのだが、それが生物ってモンでしょうがよ。
とにかく、現代は理性に振りすぎている。そのうち本能へ揺り戻されるので、トレンドに左右されがちなマジョリティの思考がさらにアップデートされる未来まで待つしかない。
お左翼な活動家って「自分の設定した討論会的なやつ」に「相手が参加した上で相手を総括できなかった」場合には身内からめっちゃ詰められると聞いている。
なので鴨下さんも、それが誰なのかは知らんけど日曜日から月曜朝にかけてめっちゃ詰められて「こういう言い方でちょっとでも勝ち筋を見いだせ!」みたいなことになっちゃったんだろうな。
Twitterで見てると鴨下さんに対して「これが素なのか」とか「本性が出た」みたいに言ってる人が散見されるが、違うんだよ。あれはそう言うように総括されちゃった結果なんだよ。
何もわかっとらんのに首突っ込んでくんなアンポンタン
いやお前さぁ
ADHDとかアスペルガーとかの発達障害なんて言葉は近年の甘え用語としてインターネットで広まっただけだぞ
それまではただの「バカ」「アホ」「マヌケ」とか「アンポンタン」とか「ウンコマン」とか言われてただろ
そんでそういう奴らは
北海道でじゃが芋を作ったり新潟県で田植えしたり農業をやってきた
あるいは漁師になって魚とるか水産物を加工したりする漁業をやってきた
大体この3つをバカは誰でもやってたんだよ
お前が自分に問題あるならいますぐこれら3つのどれかを従事すればいい
お前は北海道へ行って
「ここでジャガイモ作りをさせてください!」
さすれば「よかろう」と恩赦をいただける
何年も何十年も
インターネットなんてつかってねーでジャガイモのことだけ考えればいい
これだけやってりゃいいんだ
さっさと北海道へ行ってこい
男は黙ってジャガイモだろ
アンガーマネジメントのことを
「まず6秒間我慢する。そうすれば怒りが収まるので、その後冷静に対応すること」
みたいな感じで理解してて、
とか言ってるバカが世の中に多すぎる。
あのな、アンガーマネジメントにおいて「怒り」とは「二次感情」と定義されるんだよ。
二次ってことは一次感情があって、「悲しい」、「不安」、「苦しい」、「後悔」、「困惑」、「恐怖」……こうした一次感情が積み重なって怒りという感情が発露される。
アンガーマネジメントとは、誰か・何かに怒りをぶつけてしまいそうになった時に、6秒間自分を落ち着かせて、そしてちょっとだけ冷静になった頭で怒りという二次感情の原因となった一次感情は何なんだと自己分析しろということ。
※6秒ってのも目安であって別に多くても少なくてもいい
例えば、仕事において部下や後輩から出来の悪い成果物が出てきて怒りを感じたとしよう。じゃあ何故自分は今怒っているのか?
出てきた成果物の出来が悪かったならば、つまり自分は部下がもっと良い成果物を出してくると期待していたことに「後悔」しているし、今後の仕事に「不安」を感じている。
だから自分は怒っているんだ。だったらまず部下に対して「失望している」ことを伝えて、次から部下への期待度を下げてもっと面倒を見るようにするとかしなきゃいけないよね。
……みたいに自分の「怒り」を分析して、本当の感情をはっきりさせ、対処しようというのがアンガーマネジメント。
まあお前らはバカの一つ覚えみたいに「6秒我慢6秒我慢」とか言ってろってこった。
「もうね、アホかと。馬鹿かと。」を入れていなかったことについては正直反省している。
あと「失望していることを伝えるというのは例として不適切なのでは」という指摘、うん、そこはあんま考えずに書いたのでごめん。
ただ、何人か「分析した結果、やっぱり怒りが適正とわかった場合にはどうしたら」とか「分析したらブチ殺すしかないと確信した」みたいなアンポンタンなことを言ってる奴らがいて、いい加減にして欲しい。
だから、「何故それほどまでに自分が怒っているのかを分析しろ」という話だということが本当にわからないのか?
あくまで一例としてだが、例えば「相手の態度にムカついた」→「相手が自分を侮った言動だった」→「相手に失望させられた」「自分を尊重してくれなくて悲しい」→「自分は、自分に対しもう少し敬意を持って接して欲しいと内心で思っていた。だから怒ったのだ」→「今後それを改善したいなら、相手に言動を改めてもらう必要がある」みたいに流れるわけよ。
ほんで「お前いい加減にしろよ、なんだその態度は」みたいに怒りをたたきつけるんじゃなくて、「~~~というような言葉は敬意に欠けるんじゃないかな。もう少しその辺を気を付けてね」みたいな指摘になるわけさ。
てかビジネス上におけるアンガーマネジメントって、暗黙に、目上の人間が目下の人間に対してパワハラにならないように注意・指導するためのテクニックだったりするわけで。
なんかこう、本当にわかってない奴多いなって改めて思ったわ。
「アンガーマネジメントにおいて怒りは二次感情と定義される」「原因となった一次感情は何なんだと自己分析しろ」という文章を読まずに・読めずに「怒りが二次感情なわけないだろ」とか言ってるブクマカさんたち、君たちには本当に失望させられるよ。