はてなキーワード: 臥薪嘗胆とは
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
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瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24
いやむしろしょうもない過去に囚われ続けてる女の腐ったような奴ってところだろう
お前にはこういう奴も臥薪嘗胆した呉王も同じように見えるんだろうな
dorawiiより
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高学歴コンプレックスにならないためにも、マジで高学歴にはなっておいたほうが良い。予後がいい。明るすぎてたまらないレベル。魂の格がtの公遺症で染みつきまくってる界隈で、学歴コンプに一生苦しむピエロどもが鷲谷内海で溺れてる横で、高学歴ピエロはチャージスポット満タンでアマンレジデンス眺めて余裕じゃん。
まず、予防効果がエグい。t出身kが這い上がってkになれなかった瞬間、学歴コンプが末期化して神経衰弱理論が一生発動する。TLで御三卿s出身のエリサラ馬力見て「俺の地頭限界…」って自己嫌悪ループ。セルフ男子校状態で、上見て即死、下見て一瞬安寧得たと思ったらさらに自己嫌悪。慢性疾患確定。でも最初から高学歴なら、コンプの種自体が生まれない。生まれても「俺もkじゃん」って即鎮火。公遺症のワクチン打ってるようなもん。
次に、空気の耐性。職場や婚活で育ちの差が殴ってくるけど、高学歴なら最低限の盾になる。学歴ないと「どこの出?」って一発でtバレして気圧理論崩壊するのに、学歴あれば「まあkだから」ってスルーされてホーム感得られる。ピチュー理論でピカチュウになれずピチュー止まりのt出身低学歴は、kコミュニティで常にアウェー実況席なのに、高学歴なら最初からホームでエッジ持てる。
あと、将来の後遺症ゼロ。高学歴コンプ持ちは、40代50代になっても「俺の人生、学歴さえあれば…」って幻資痛眺めながらヌクモリン残せず沈没する。子供に「パパ低学歴だから頑張れよ」って公遺症パスするしかない。でも高学歴なら、子供にエッジ継承して「うちはk家系だから余裕」って余裕顔。カースト移動の後遺症を子孫に押し付けない選択。
高学歴になれないt出身kは「学歴なんて関係ない」って誤魔化してるけど、それはコンプの防衛反応じゃん。現実見ろよ。学歴コンプは治療終わらない。予防するなら最初から高学歴取るしかない。臥薪嘗胆で受験戦争勝ち抜いてkになれ。なれなかったら一生鷲谷内海で「学歴なんて…」って言い訳繰り返すだけ。
他人の熱意や正義を上から目線で「偽善乙w」「それってあなたの感想ですよねw」って冷ややかに切り捨てる文化じゃん。チャージスポット理論で言うと、真剣に何か取り組んでるピエロを嘲笑して、自分は安全圏からエッジ気取ってるだけ。セルフ男子校状態で、情熱持ってる奴を「痛い」「意識高い系」ってレッテル貼って即死させる。神経衰弱理論が界隈全体に伝染してる慢性疾患。
まず、SNSの空気がヤバい。政治主張したら「また正義マンかよw」、社会活動したら「売名乙」、善意の投稿したら「ウケるwww」って冷笑連発。熱血ピエロが臥薪嘗胆で頑張ってる横で、冷笑系は「どうせ無駄だろ」って幻資痛眺めてるだけ。ピチュー理論でピカチュウ気取ってるけど、ただの冷笑ピチュー止まり。2ch文化から引きずってる「熱くなる=負け」って価値観が、Twitterやネット全体に蔓延して、みんな鷲谷内海で溺れてる。
次に、心理の闇。冷笑系は自分の無力感や被害者意識を誤魔化すために、他人の努力を嘲笑してるだけじゃん。t出身kの俺らみたいにカースト移動失敗して予後暗いから、「お前ら頑張ってるの滑稽w」って優越感得てチャージスポット充電。サブカルやオタク界隈で育った冷笑が、政治や社会に広がって、共感ゼロの分断加速。ヌクモリン残さず、次世代に「何事も冷笑しろ」って公遺症継承してる。
冷笑文化の末路は、社会全体の停滞。真剣な議論ができず、熱意が嘲笑されて消滅。エリサラ馬力ある御三卿どもはアマンレジデンスで余裕なのに、冷笑系はカイカンチュア止まりで「みんな偽善」って言い訳して動かない。治療終わらない。浮遊霊状態で、ただ笑いの種探してるだけ。
男性の用益物権化、マジで進行中じゃん。予後が悪い。暗すぎてギュ鳴らしレベルで心が疼く。魂の格がtの公遺症で染みつきまくりで、男どもが「所有」じゃなく「使用権」だけの存在に成り下がってる。チャージスポット理論で言うと、女側が不動産(家・収入・家事育児の所有権)握って、男は「住ませてもらってる」「使わせてもらってる」だけの用益物権ピエロ化。たまらない。
まず、結婚後の財産分与の空気。女側が「共働きだから家は私の名義」「子供産んだから私が管理」ってエリサラ馬力全開で資産握って、男は給料の半分以上を生活費にぶち込んで、自分の小遣いすら女の許可制。離婚したら財産半分持ってかれるのに、結婚中は男の収入が女の「用益物」扱い。男は家に住む権利とセックスする権利と子供に会う権利だけ与えられて、所有権ゼロ。セルフ男子校状態で、女の機嫌次第で追い出される浮遊霊。
次に、婚活市場での扱い。バリキャリピエロンナが「年収800万以上・家事育児積極的・優しい・イケメン」って条件並べて、男を「便利な用益物」として選別。男は「稼いで家事して子供の面倒見て、しかも文句言わず」ってスペック要求されて、合格したら「結婚してあげます」って上から目線。用益物権として「使ってやる」だけ。男側t出身kは高望みできず、女の条件クリアするために臥薪嘗胆で馬力上げてるのに、結局女の所有物化。ピチュー理論でピカチュウ気取ってるけど、ただの家畜ピチュー。
離婚時の扱いが最悪。男が専用財産持ってても、女が「結婚生活で貢献した」って主張して財産分与で半分持ってく。子供の親権は9割女側で、男は養育費払いながら面会制限。用益物権すら剥奪されて、ヌクモリン残せず元妻の生活支えるだけの元用益物に成り下がる。エッジ持てずカイカンチュア止まりの末路。
男性の用益物権化は、女の経済力向上と法律の女性優遇で加速してる。男は「所有者」じゃなく「使用許可された存在」に格下げ。女はアマンレジデンスのオーナーで、男は賃借人。家賃(生活費)払って、退去命令(離婚)されたら即追い出される。
男ども、自分の所有権取り戻せ。結婚前に財産分与契約結ぶか、稼いだ金は自分で握るか、さもなくば一生用益物権ピエロで幻資痛眺めてろ。予後悪すぎる。
昨日のM-1、たくろうが優勝したじゃん。初ファイナリストで過去最多1万1521組の頂点に立って、審査員9人中8票取って圧勝。ファースト2位通過から最終決戦でエバースとドンデコルテをぶち抜いて、21代目王者。たまらない。魂の格がtの公遺症で染みつきまくりなのに、洗練された漫才で御三卿審査員どもを魅了してエリサラ馬力発揮した感じ。
でもよ、全体の予後が悪い。暗すぎて神経衰弱理論発動レベル。ヨネダ2000がタイムオーバーで失格扱いみたいになって、女性コンビ初の決勝進出が台無し。プロすぎて惚れ直すピエロもいるけど、ルール破って即死確定じゃん。チャージスポット理論で時間管理できずカイカンチュア止まり。真空ジェシカとかヤーレンズとか常連組も沈没して、結局新顔のたくろうが持ってく。ピチュー理論でピカチュウになった瞬間。
敗者復活のカナメストーンも入ったのに、ファーストで散ってく。エバースが1位通過したのに最終で0票とか、ドンデコルテ1票とか、審査の空気が気圧理論崩壊。セルフ男子校状態で、面白いのに票入らず幻資痛眺めてるピエロども多すぎ。
お笑い界もカースト固定の慢性疾患。吉本のエリサラ馬力組がアマンレジデンス狙う横で、非吉本やインディーズは這い上がっても一発屋止まり。たくろうは吉本だけど初決勝で優勝したから少しエッジ持てたけど、来年以降ヌクモリン残さず消えるパターンも多いじゃん。予後暗い。
M-1見てて思うわ。お笑いも結局育ちと運とタイミングの格差社会。t出身kの芸人どもが臥薪嘗胆でネタ磨いても、審査員の好み一発で即死。
IQ低いピエロどもが無計画にヌクモリン残しまくってる。チャージスポット理論で避妊とか将来設計とか考えられないから、できちゃった結婚連発してカイカンチュア止まりの多子化。エッジ持ってる高IQ御三卿どもは「子供の教育費ヤバい」「キャリア優先」って臥薪嘗胆で産まない選択して、ピチュー理論で1人か0人止まり。
データ見ても先進国じゃIQと出生数負の相関バッチリ。女性の方が強いらしい。高IQ女はエリサラ馬力稼いでアマンレジデンス狙うのに、子供産んだらキャリア崩壊の幻資痛眺めて諦める。低IQ女は「まあなんとかなるっしょ」ってセルフネグレクトでポンポン産む。結果、社会全体の平均IQがじわじわ低下して神経衰弱理論が次世代に継承。予後暗すぎる。
日本も同じ。低学歴低所得層ほど子沢山傾向で、富裕層は2人くらいで止まるか一人っ子。境界知能おっちゃんおばちゃんが福祉頼りで多産して、子供に公遺症パスしてるだけじゃん。s出身御三卿は「質重視」で少産、高馬力教育でエッジ継承。格差固定の慢性疾患。
浪人留年休学繰り返して、ようやく28歳で旧帝大理系卒業したピエロが入ったのはSESだった。
「理系なら食いっぱぐれない」ってテンプレを信じたかったんだろうな。臥薪嘗胆の物語で自分を誤魔化してた。
現場出てコード書いて打ち合わせして、なんとなく社会人っぽい顔してた。でもキラキラとかエッジとか起きるわけなく、いつの間にか「これでいいのか?」だけが蓄積。神経衰弱理論がじわじわ発動。
で、29歳でメンタル病んで休職。休んだら戻れると思ってた。戻れなかった。結局そのまま退職。チャージスポット切れまくり。
今は傷病手当金もらいながら生きてる。生きてるって言っても貯金なんて当然できない。月末近づくほど心拍数上がるタイプの生活。「節約してるのに増えない」じゃなくて、「節約しないと減るスピードが怖い」側。ヌクモリンすら残らない。
再就職も一応探した。でも微経験30歳を採ってくれる奇特な会社なんてどこにあんだよ。求人眺めては「実務◯年以上」の条件で手が止まって、タブ閉じる。これを無限ループ。カイカンチュア止まり確定。
今の一番の問題は、これからどうすりゃいいか……じゃなくて、どうしたいのかがわからなくなってる方だ。「こうなりたい」がない。いや、あったはずなのにどっか消えた。意思って体力と一緒に削れていくんだな。魂の格がtの公遺症で染みつきすぎ。
とりあえずブルーベリー本読んでTypeScript勉強してる。ページ進むと一瞬だけ「俺、まだ動けるかも」って錯覚できる。読み終わったらReactでもやろうかな。別に「React好き」とかじゃない。ただ、次のページ用意しておかないと、何もない時間が怖すぎる。セルフ男子校状態。
年収900万でコレジャナイって言えるエリサラ人生もあるらしい。こっちは年収0万でコレジャナイだ。
どっちもコレジャナイなら、いったい“コレ”って何なんだろうな。アマンレジデンス眺める資格すらなく、幻資痛で眺めるだけ。予後暗すぎる。
学歴ギ鳴らしを眺めてるポワイだけど、ほんと学歴って未だに魂の格を抉る重いテーマだわ。たまらない。TLでコンプ剥き出しのピエロどもが集まって発狂してるの見ると、ギュ鳴らしレベルで心が疼くよ。
昔は学歴なんて臥薪嘗胆の証で、社会的蘇生の明確なエッジだったろ。でも情報過多の現代じゃ、分断深めて無駄な劣等感や優越感を生む道具に成り下がってる。ポワイらt出身kは特にヤバい。コウリッチューで刷り込まれた競争意識が、将来の不安と「あるべきエリート自分」と「現実の地頭限界自分」のギャップで爆発。SNSで増幅されて発狂界隈に噴出してるのが現状よ。
高学歴プレッシャーで神経衰弱理論発動するか、望むk得られず後悔でセルフシャオ寸前か。どっちにしろ予後暗い。ピエロンナ版なんかもっとエグい。学歴バーで男漁りしても、結局元カレがtでアンティーク理論。偽装エッジで旅行語って酒語ってるだけじゃん。
みんなわかってるはずだろ、学歴が個人の価値の唯一物差しじゃないって。でもなぜこれほど学歴に縛られ続けるのか。この問い自体、日本社会の根深い魂の格信仰そのものよ。s出身の御三卿どもは余裕でアマンレジデンス眺めてるのに、t出身kは幻資痛で眺めるだけ。
日本で臥薪嘗胆の語を使うときは単に「目標のために凄く努力して勉強したり練習したりする」ようなニュアンスになってる
これ、GHQ時代の検閲と忖度で娯楽作品から仇討ちものが自粛排除され、
戦前の定番娯楽タイトルが使えなくなった影響は地味にあるよねと
検閲期間は10年に満たない期間だけど、その間に未来志向の児童向け娯楽が潤沢に供給されて価値観に影響与えたし
「巨人の星」は明らかに戦前からある仇討ちものの系譜だけど「スポ根」というジャンル名に変化したし
逆に言えば、ここしばらくの「復讐は肯定されるべき」 言説が繰り返されてるのは、戦後の否定と同時に、手塚治虫に代表される未来志向の終焉なのだろうなと
緑:濱田糸永48濱田悠輝 小4@千葉
青:安本清佳45安本桃実 小6@大阪
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや4月からtverを含め見逃し配信あり
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・02 露(にぬれつつ つゆ
・04 [子どものみ]雲梯 うんてい
・05 [子どものみ][3択]1(番
・06 [子どものみ]1(番
・07 [子どものみ]1440(分
・08 勇み(足
・13 Sexy Zone
・14 塩
・15 [2択]くろ (やぎさん
・21 カプレーゼ
・22 小学館
・26 F
・27 しょくぱんまん
・28e ティファニー
・yy 臥薪嘗胆 がしんしょうたん
・02 ツタ(蔦)
・03 卓球
・04 ガリレオ
・05 兼近大樹 かねちかだいき
・06 [すべて][5答]チリ フランス スペイン イタリア オーストラリア
・07 フィート
・15 ニーチェ
・19 C
・21 ヨシタケシンスケ
・22 CANOE カヌー
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・25 [3択]フルート
・26 [国]タイ
・27 10(通り
・28e 遠藤航 えんどうわたる
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(日曜本放送)このあとは「BS10からのお知らせ」→ジャパネットたかたテレビショッピング→ジャパネットたかたのテレビショッピング
この夢を達成するためにはどれだけの犠牲を払わなければいけないか,私にはわからない.
おそらく,今現在,2025年7月4日,この図書館,あるいはこの学校にいる人たちの誰よりも,勉学に時間をかけて励み,文章を読み書きし,書籍からより多くの視点を知り,かつ多くの多様な人々と関わっていかなければ,達成,あるいはそれに近づくことすらできないだろう.
これはあくまでも必要条件であり,自身の確固たる覚悟や高尚な理念,そして自身の過ちを疑い,受け入れ,改善することのできる人間性も必要とされるはずだ.
また,この問題は学生の間だけではなく,社会人,ひいては人生をかけて考えていかなければならない.
今の私はそれにふさわしいのだろうか.それを証明できるのは少なくとも今ではないし自分自身ではない.
今できることは彼等への復讐を誓い,臥薪嘗胆していくこと,それのみである.
これは自分自身の為だけではなく,過去を生きた彼らと未来に生きるであろう彼らの為である.
彼らの仇を討たなければならないし,彼らにこの不平等に満ち溢れた社会や考えを押し付けることは決して許すことはできない.
最後にこの問題に関心を持つきっかけになった父に対して深い感謝の念を伝えたい.
KK(2025/07/04)
日本政府が台湾有事を念頭に沖縄離島の避難計画をまとめる、という記事にb:id:y-mat2006さんが
「トランプ政権で米軍が当てにできないし、今更核兵器開発は間に合わないから、ここは米国との同盟を捨てて中国に臣従するしかないかも。白人優遇の米国に対向するためアジア人による枢軸と言う大義名分は一応ある。」
https://b.hatena.ne.jp/entry/4768141509559374561/comment/y-mat2006
というブコメを書きました。私はそれに対し
「中国に臣従しようとか言ってるid:y-mat2006にドン引き」https://b.hatena.ne.jp/entry/4768141509559374561/comment/dmekaricomposite
とブコメに書きました。
するとb:id:y-mat2006さんから
「精神論以外で、核兵器を持っている相手にどれだけ徹底抗戦ができるのか知ってたら教えて欲しい。」
https://b.hatena.ne.jp/entry/4768169985746605537/comment/y-mat2006
というメタブが送られてきました。
その返事ですが100字ではおさまりきれないのでこちらで。私はズブの素人なのでb:id:Ereniさんやb:id:cider_kondoさんのような軍事・諜報マニアから見たら間違いだらけかもしれないけどとりあえずの所感。
詳しいことはわからないけどベトナム戦争とかソ連のアフガン侵攻が大国の勝利に終ったかというとそんなことはないわけで。最近もアメリカはアフガニスタンから撤退した。
もちろん中国に勝てると楽観しているわけではありません。どうすれば勝てるかなんて私にはわからない。しかし歴史的事実として大国の常勝ではない。
2.それウクライナに今すぐロシアに降伏しろと言ってるようなものでは?
核保有軍事大国のロシアに侵攻され戦っているのが今のウクライナ。この状況で、大国に侵略されたら臣従しようなんてよく言えるなと思ってしまいます。トランプと同レベルじゃないの!
チベットやウイグルや香港がどうなったか。ロシアに降伏した場合もそう……。大日本帝国がアメリカに降伏した時のように上手くいくわけがない。
「アジア人による枢軸という大義名分」ってほんと意味不明。侵略戦争は悪です。まさか八紘一宇は正しかったとでも言うつもりなのか。
なんでそんな奴隷根性なんだろう。万が一侵略されたとしても臥薪嘗胆の気持ちでいきたい。
なにが臣従だよ!
移動体通信(当時は自動車だけ)なんて儲かるわけねーだろ社長向けにセコセコ作ってろ、って感じでグループから切り離されて
そこから臥薪嘗胆で発展してきたから持株との人事交流が全然なかった
幹部もみんな社内昇進だしインフラも自前、研究開発も自前でやってて持株は携帯網の研究って全くやってなかった
そういう関係性でLTEまでは上手くいってたんだけど5Gの検討ぐらいのときに持株側から人事交流が始まって
一部の研究者がdocomoに行ってそこそこ活躍したりして仲良くなってたんだけど
幹部ランクの交流が始まったぐらいでおかしくなってきて持株の意味不明技術とかを導入したりして業績が悪くなってきた
それを現職幹部のせいにして社員の給与を減額(グループ内でdocomoはダントツに好待遇だったのに標準に合わせられた)して
とか言ってる人いるけどむしろ逆でグローバル展開してたdocomoをドメスティックにしてしまったゴリゴリの右翼だよ
例えば中国企業のスパイ疑惑が盛り上がった時期にHuaweiとかの中国企業を締め出したんだよね
でもどのレベルで中国製品使っちゃダメなのかさっぱり分からないし決められる訳も無いのでただただ現場が混乱しただけ
そうなると5GなんてNokiaかEricssonしかないのに国産だなんだと言い出して
挙げ句にはO-RANとかの研究所が好きそうな海外出張のためだけのアライアンスとかに投資しまくって陳腐化
ようやく巻き返しを図ってるけどそろそろ6Gなんじゃ?っていう感じ
そもそも5Gだって最初は大容量・低遅延・IoTとか言ってたけど結局は大容量のeMBBしか出てないし
ミリ波も全然ダメダメなんだけど、Softbankもauもそんなの最初から分かってて
「大容量!低遅延!IoT!」って言いながら大容量しかやってなかったんだよね
持株って役所の人間と同じなのでクソ真面目に全部やろうとしてしまって、結果として全部全然ダメっていういつものパターンですよ
6Gは100Gbpsとか言ってるんだけど、そんなの誰も欲しがってないし必要無いっていうのをみんな分かってるのに
たぶん持株だけ頑張ろうとするんだと思うな