はてなキーワード: スイスとは
また戦略的にやっているところもあるよね。アメリカとかスイスとか。
アメリカは自国兵器を売ることで影響力を強められるし、戦闘機のテレメトリ―取れるし(なんならキルスイッチもあるかも?)で覇権を取れる。スイスはNATO規格の銃弾を大量に周りの国に売ることで、うちを攻めたら銃弾なくなるよ?と圧も兼ねてやってる。
4.佛跳牆(中国・広東)
13.ローストビーフとヨークシャー・プディング(イギリス)
21.ガスチョ(スペイン)
43.ドーサ(南インド)
50.サテ(インドネシア)
51.ナシ・ルマ(マレーシア)
54.アドボ(フィリピン)
62.鰻の蒲焼(日本)
71.セビーチェ(ペルー)
87.オッソ・ブーコ(イタリア)
93.サムサ(中央アジア)
163. あんかけスパゲッティ(日本・愛知)
213. マフェ(西アフリカ)
216. ターメイヤ(エジプト)
225. ゴルメ・サブズィ(イラン)
237. ロティ(トリニダード・トバゴ)
250. フリターダ(エクアドル)
251. チュラスコ(ウルグア
綿花が禁輸されたときレーヨンや武器製造で儲けたのは、ドイツ、イギリス、スイスのライセンスを買っていた金持ちの鉄鋼会社と化学会社
化学会社はまず1928年に外国ライセンスをとってレーヨン工場を作り、軍に満洲を侵略させ、経済制裁を被るようにして綿業を破綻させ、首相に国家騒動員法と経済統制法を作らせ、燃えやすいレーヨンを買わざるを得なくした
こういうことを学校で習えない日本人は、日本人女性だけではない
人権を認められてきてない
非国民と言われようと
どこかには国連ぐるみで感染症テロすら起こせる資金と人員がある
https://www.counterfire.org/article/what-the-butler-didnt-see-book-review/
リンジー・ジャーマンは、ジュディス・バトラーの新著『Who’s Afraid of Gender?』における議論と概念的混乱を検討している。
著者はまず、1970年代の女性解放運動期に、米国のマルクス主義人類学者イヴリン・リードが書いた「生物学は女性の運命か」という問いを引く。リードは、女性が母親であることを理由に、社会的役割を限定されるべきではないと論じた。同時に、資本主義社会における生物学や人類学は、性役割や女性劣等視に関する社会的前提を多く含んでいるとも批判していた。
今日、性とジェンダーをめぐる論争、とりわけトランスジェンダーをめぐる論争は、自然と文化、生物学と社会的態度、性とジェンダーの関係を再び問い直している。バトラーは、いわゆるジェンダー・アイデンティティ運動における中心的な学術的人物であり、ノンバイナリーを自認し they/them 代名詞を用いている、と著者は紹介する。
ただし、著者はバトラーの新著について、以前の著作よりは読みやすいとしながらも、「読みやすい」といっても相対的なものにすぎないと述べる。中心概念はしばしば曖昧で、「phantasm」という語が100回以上出てくる一方、バトラーが反対する立場への批判は十分ではない、という評価である。
著者の基本的批判は、バトラーが「ジェンダー」も「性」も明確に定義していないという点にある。バトラーは、自分が性の存在を否定しているわけではないと言うが、実際には性とジェンダーの「共構築」を語り、両者をほとんど完全に絡み合ったものとして扱っている、と批判される。
書評は次に、バトラーの本の多くが「容易な標的」に向けられていると述べる。ジェンダーは文化戦争の一部となっており、バトラーは右派や極右による「ジェンダー理論」攻撃を大きく扱っている。取り上げられるのは、ドナルド・トランプ、イタリア首相ジョルジャ・メローニ、ハンガリーのヴィクトル・オルバーン、ローマ教皇などである。
バトラーは、反ジェンダー運動が各国の選挙で強い影響を持っていると指摘する。ブラジル、コスタリカ、コロンビア、フランス、スイス、英国、スコットランド、エクアドル、ドイツ、ハンガリー、スペインなどが例に挙げられている。スペインの極右政党 Vox は「ジェンダー・ジハード」や「フェミナチ」といった表現を用いている、と紹介される。
著者は、こうした反動的勢力が個人的・性的平等を求める人々にとって脅威であることは疑いない、と認める。彼らは、法律を制定し、国家的差別を執行できる権力を持っているからである。彼らが守ろうとするのは、キリスト教的・異性愛的家族を中心に据えた、国家と結びついた保守的な性・生殖・家族モデルである。
しかし著者は、バトラーの分析が「なぜ今このような反動が起きているのか」を十分に説明していないと批判する。バトラーは「反 woke」の感情を、家父長制・異性愛規範・白人至上主義的秩序の喪失に対する心理社会的幻想として説明する。しかし著者は、これでは新自由主義資本主義の危機、脱工業化、生活水準の低下、反移民感情や人種差別の政治的動員、米国社会の軍事化・暴力化などの物質的条件が抜け落ちると述べる。
つまり、著者の立場では、反ジェンダー運動は単なる「幻想」や「心理的不安」ではなく、資本主義の危機と社会的荒廃のなかで生じている政治現象として分析されるべきだ、ということである。
著者によれば、バトラーは実質的に「性/ジェンダー」の区別を崩壊させている。性とジェンダーを同じものとして扱い、「性が文化的規範の枠内で捉えられるなら、それはすでにジェンダーである」と論じる。
著者はこれを、現実の身体的カテゴリーをイデオロギーへと作り替えてしまう議論だと批判する。性や生殖という現実からイデオロギーが生じるのではなく、逆にイデオロギーが性を作るかのように語っている、という批判である。
さらに著者は、これは「馬車を馬の前に置く」ようなものだと言う。社会的要因が生物学的要因を完全に上書きできるかのように見えるが、それは経験的に誤りである。人間は200年生きることはできないし、食物と水を必要とし、種の再生産は生物学的事実である。人類の存続は、圧倒的には男女の性的関係に依存してきた、というのが著者の主張である。
著者は、性とジェンダーについて語る際には、自然的事実とそれに付与される社会的構築との関係を論じることができると認める。しかし、自然的事実そのものが存在しないかのように扱うのは観念論である、と批判する。
また、バトラーがスポーツをめぐる議論で、男性思春期だけでは偉大なアスリートにはなれず、テニスコートへのアクセスや個人トレーナーの存在も関係すると論じている点について、著者は「それは論理の飛躍だ」と批判する。階級的不平等があることは事実だが、それは身体的性差の問題を消すものではない、という趣旨である。
著者は、社会的構築が幼少期から始まることは認める。子どもが「男の子」「女の子」と告げられた瞬間から、服装、興味、教育機会、性格などについて多くの社会的期待が付与される。しかし、それは性という自然的事実を消すものではなく、物質的要因とイデオロギー的要因が密接に絡み合っていることを示すだけだ、と述べる。
著者は、バトラーが『ドイツ・イデオロギー』のマルクスとエンゲルスを引用しているにもかかわらず、その要点を誤解していると批判する。マルクスにとって、思想は人間の物質的生活過程から生じる。観念やイデオロギーは現実を補強することはあるが、現実から切り離されて現実そのものを作るわけではない、というのが著者の理解である。
著者は、バトラーが「phantasm」とマルクス=エンゲルスの「phantoms」を似たものとして扱っているようだが、それは違うと述べる。バトラーの議論は、人が自分でそう考えれば何者にでもなれるかのような前提に近づいており、これはマルクス主義的唯物論からは遠い、と批判する。
マルクスとエンゲルスは、人間が自然に働きかけ、食物や住居などの生存手段を獲得する過程を通じて歴史が発展し、観念も変化すると見た。人間は自然の一部であり、単なるイデオロギー的構築物ではない。したがって、ポストモダン理論に合わないからといって、この見方を時代遅れとして退けるのは、社会発展の理解を放棄することだ、と著者は述べる。
著者は続いて、マルクス主義的な家族論を説明する。初期の「原始共産制」社会には、性別間に一定の素朴な平等があり、女性の母性役割を理由とする差別は必ずしも存在しなかった。しかし、余剰富の蓄積、階級の成立、支配階級の財産を守る国家装置の形成、財産継承を保証する家族構造の成立によって、女性抑圧が階級社会の特徴となった。エンゲルスはこれを「女性の世界史的敗北」と呼んだ、とされる。
資本主義のもとでは、家庭と職場の分離が明確になり、家庭内の無償労働は有償労働から切り離され、劣ったものと見なされるようになった。資本主義的搾取の規律は、家庭と職場の分離、個人化、ヒエラルキー、同調性に適した家族を必要とした。そこには性的同調性も含まれ、女性と子どもは男性に従属し、性は結婚内の生殖のためのものとされた。
この観点から著者は、LGBT抑圧の根源は、核家族の規範への挑戦と見なされる点にあると説明する。したがって、それは家族制度と女性抑圧に結びついている。著者は、この歴史的唯物論的な家族分析は、バトラーに見られるポストモダニズムや多くのジェンダー理論よりも優れており、同時に一部ラディカル・フェミニストの生物学的決定論や実証主義よりも優れている、と主張する。
著者は、女性の再生産における役割は中心的だと述べる。女性は人類の再生産に不可欠であるだけでなく、資本主義体制における労働力の再生産、つまり養育・ケア・社会化・教育にも深く関わっている。家族は次世代の労働者を比較的低コストで育成するため、経済的・社会的役割を果たす。
女性が母親であること自体が不利益でなければならない自然的理由はない。しかし、それが資本家階級に利益をもたらす社会的・経済的理由は多く存在する、というのが著者の主張である。
この過程において、性は現実であり、大多数の人々は生物学的に明確に男性または女性である、と著者は述べる。例外的に曖昧なケースはあるが、それは性発達の差異であり、「インターセックス」という連続的スペクトラムがあると示唆するのは誤りだ、という立場である。
一方で、性が社会的にどう組織されるかは変化しうる。たとえば、2024年の英国の家族形態は、20世紀初頭の男性稼ぎ主モデルとは異なる。しかし共通しているのは、家庭内労働の多くを依然として女性が担い、家庭外のケア、料理、清掃などの社会的再生産労働も、低賃金で女性が多く担っているという点である。
著者は、自然と文化の関係は複雑だが、女性の生物学的役割に色づけられていると述べる。女性だけが出産できるという事実に、女性はより養育的で、自己主張が弱く、特定の仕事に向いているといったイデオロギー的前提が付随する。こうした前提は、生物学とは無関係で、社会関係に由来するにもかかわらず、労働市場における女性の不利益を補強する。
妊娠、授乳、更年期、月経など、女性抑圧において生物学的要因はなお大きな役割を持つ。社会主義社会であれば、それに伴う圧力や不利益の多くを取り除けるかもしれない。しかし資本主義のもとでは、女性はそれらの要因に個人的に対処することを求められ、その結果として不利益を被る、と著者は論じる。
著者は、バトラーが「子どもを産まない女性もいる」「閉経後の女性もいる」「さまざまな理由で子どもを持てない女性もいる」といった例外を挙げることで、女性抑圧に生物学的要素があるという議論を無効化しようとしている、と批判する。しかし、それは成り立たない。個々人の状況にかかわらず、家族における女性の中心的役割、出産・養育者としての役割が、女性抑圧を規定しているというのが著者の主張である。
著者は、バトラーの議論が女性抑圧という特定の問題を、より広い「ジェンダー抑圧」の一部として矮小化していると批判する。性差別を禁じる平等法も、バトラーにおいては、本人の性ではなく、ジェンダーや社会的前提に関わるものとして扱われる。著者はこれを、現実のカテゴリーである性をイデオロギーへと作り替える主観的観念論だと見る。
また著者は、バトラーが、女性専用空間や、レイプ・家庭内暴力から逃れるためのシェルターなど、フェミニストが闘ってきた現実の問題を軽視していると述べる。バトラーは「TERF」批判の章で、キャスリーン・ストックや J.K.ローリングを中心に攻撃するが、同様の懸念を持つ多様な個人や組織を十分に扱っていない、と著者は批判する。
著者は「TERF」という語を侮辱的かつ誤解を招くものだと述べる。それは、ジェンダー・アイデンティティ理論に批判的な人を信用失墜させ、議論を沈黙させる効果を持つという。著者は、反トランスの人々は存在し、それは間違っているとしつつも、左派や社会主義の立場にありながらバトラー流のジェンダー理論に納得していない女性たちがいることを強調する。
そのような人々まで、極右やファシストの側に客観的に立っていると見なすのは馬鹿げている、と著者は述べる。人種差別の分析にもさまざまな立場があるように、性とジェンダーの分析にも複数の立場がありうる。トランスの権利を支持し、あらゆる差別に反対することと、バトラーの理論全体を受け入れることは同じではない、という主張である。
著者は、ラディカル・フェミニズムについても、男性暴力や男性からの分離を強調しすぎ、女性抑圧への階級的対応を弱めていると批判する。しかし同時に、家庭内暴力、レイプ、女性の客体化と従属化の文化が深刻であることは認める。こうした問題は、女性解放運動によって政治問題化されたが、十分な資源や関心は向けられてこなかった、と述べる。
特に著者が不快に感じた箇所として、バトラーが女性刑務所や女性専用空間におけるレイプや性的暴行への恐怖を過小評価している点が挙げられる。バトラーは、男性看守による女性囚人へのレイプがすでに存在することや、レイプが必ずしもペニスによるものに限られないことを指摘する。しかし著者は、圧倒的多数の暴力は男性から女性に向けられており、レイプの大多数は男性がペニスを用いて行うものだと述べる。そのため、多くの女性が男性や男性身体に恐怖を抱くことには根拠があり、それを見下したり退けたりしてはならない、と主張する。
著者は、バトラーの理論が抽象的で、階級と抑圧の関係を十分に扱っていないと批判する。バトラーは「女性とは何か」を理解するには、グローバルかつ多言語的に考える必要があると述べるが、著者は、文化的差異だけでなく、物質的生活の現実も見なければならないと言う。
たとえば、フィリピンやスリランカの女性たちは、自分の子どもを残して海外へ行き、清掃やケア労働に従事することがある。こうした女性たちは、受け入れ国の労働者、女性・男性、黒人・白人、性的指向やジェンダーに
日本以外にもたくさんばら撒かれてるよ
| 順位 | 国及び地域 | 世界銀行(2020) | CIA(2023) |
| 200 | 大韓民国 | 0.8 | 1.11 |
| 199 | 香港 (中国領) | 0.8 | 1.23 |
| 198 | プエルトリコ (アメリカ領) | 1.2 | 1.25 |
| 197 | シンガポール | 1.1 | 1.17 |
| 196 | マルタ | 1.2 | 1.51 |
| 195 | ウクライナ | 1.2 | 1.57 |
| 194 | スペイン | 1.3 | 1.29 |
| 193 | マカオ | 1.3 | 1.23 |
| 192 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | 1.3 | 1.37 |
| 191 | イタリア | 1.3 | 1.24 |
| 190 | モルドバ | 1.3 | 1.59 |
| 189 | 北マケドニア共和国 | 1.3 | 1.52 |
| 188 | キプロス | 1.3 | 1.48 |
| 187 | ギリシャ | 1.3 | 1.40 |
| 186 | 日本 | 1.3 | 1.39 |
| 185 | ルクセンブルク | 1.3 | 1.63 |
| 184 | フィンランド | 1.3 | 1.74 |
| 183 | アラブ首長国連邦 | 1.3 | 1.63 |
| 182 | ベラルーシ | 1.3 | 1.52 |
| 181 | ポーランド | 1.3 | 1.41 |
| 180 | ポルトガル | 1.4 | 1.44 |
| 179 | カナダ | 1.4 | 1.57 |
| 178 | セントルシア | 1.4 | 1.72 |
| 177 | モーリシャス | 1.4 | 1.35 |
| 176 | オーストリア | 1.4 | 1.51 |
| 175 | リヒテンシュタイン | 1.4 | 1.69 |
| 174 | スイス | 1.4 | 1.58 |
| 173 | クロアチア | 1.4 | 1.46 |
| 172 | セルビア | 1.4 | 1.46 |
| 171 | ノルウェー | 1.4 | 1.83 |
| 170 | リトアニア | 1.4 | 1.61 |
軍拡競争はそのうち各国経済が耐えられなくなって、モームリとなって、1930年代のロンドン軍縮会議みたいなことになりそう。
軍隊はコストセンターなわけで、攻められないように軍拡するお、という路線はそのうち限界が来ると思う。
ガンガン増税して、その国家予算をカネを産まないコストセンターの軍隊にぶっこんでいるわけだし。
軍事技術を民間転用して花開く・・・のは、できたとしても10-20年後ぐらいか。その前に経済が悲鳴を上げると思う。
だったら、互いに貿易しあって、相互依存の関係になって、共に栄えるのが一番いいと思う。
お得意様を攻撃しにくいわけだし。
スイスとか、もう一歩進んで、弾丸を大量に輸出することで、周りの国をお得意様にして、うち攻めたら武器なくなるよね? と、安全保障にも使っているわけで、こういう賢い方法を考えてほしいものだ。
緑:山[崎]香里@兵庫
白:泉良祐@東京
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
次回は山好き大会
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・01 [隠し絵][あるゲーム機の名前]PlayStation 5
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・02 中島健人 なかじまけんと
・03 [3月と]5(月
・04 ふたご座
・05 [カラハとも]マンカラ
・06 法務(省
・08 すぎやまこういち
・10 [正しいのはどれでしょう]英国王のスピーチ タイタニック パラサイト半地下の家族 シンドラーのリスト ラストエンペラー 炎のランナー ゴッドファーザー グラディエーター ロッキー
・14 宇都宮)市
・15 シャッフル
・16 『メダリスト』
・19 [よく覚えましょう]スイス
・25 三谷幸喜 みたにこうき
・26 フランス
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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語【2日間で驚きの腰痛改善】」
15:25-18:00 映画マトリックス(たぶん英語音声のみ/字幕スーパー)
(08日日曜日)
子どもの急な発熱で仕事を休むことは、現代の制度とエビデンスから見ると「かなり正当性が高い行動」で、単なる甘え・過度な社会変容とまでは言い切れません。一方で、昭和期と比べて「ゼロリスク志向+共働き・少子化構造」で休まざるを得ない頻度が目立つようになった側面はあり、「昔より過剰に敏感になっている部分がある」のも事実です。
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つまり、「昔問題なかった」のではなく、「母親が家に張り付いていて、父が休まずに済んでいただけ」という要素が大きいです。
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つまり、先進国の標準的な考え方として、「子が病気なら親が一定期間仕事よりケアを優先するのは権利であり義務でもある」という方向に寄ってきていると言えます。
ここから、「病気の時くらい親がしっかりそばにいる」ことを社会的にサポートするのは、かなり合理的な投資と見なされつつあります。
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なので、「過度に敏感になった部分」もあれば、「ようやく安全・発達に見合った水準に近づいた部分」もあり、一概に「行き過ぎ」とは言いづらいです。
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- リモートワーク・時差勤務
といった設計とセットで考えることが前提になりつつあります 。
要は、「休むこと自体の正当性」は高いが、「どう休んでもいい」わけではなく、組織設計・家庭設計とのパッケージで見ないといけない、という感じです。
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その意味では、現代の「子どもの健康・安全>親の仕事一択」という価値観は、過度というより、ようやくリスクを正面から認識した結果とも言えます。
リアルで知ってる他の人に
って言うとよくわかんない自慢になるらしくてかれこれ20年くらい愚痴ることもできんのでいろいろつらいんだ
今度嫁が自分の妹、これはアメリカに住んでて弁護士してて、その妹と一緒に イタリアに旅行するらしい
昨日、aiで調べてもらったら、某都市部で裁判記録に名前ありますってことで、アメリカの某州の検察官で、稼ぎも結構いい
これ、日本円にすると1800万ぐらいもらってる
日本の検察官に比べりゃ、ちょっと安いのか高いのか わかんない、特に昨今のアメリカの物価とかも考えるとちょっと、高くもない気もするんだけど
それはいいとして 、俺の嫁と妹は、1年ほど前からイタリアに旅行に1週間ぐらい行きたい、最初妹の奢りでいいから行こうって言ってて
そのときはそんなに金もないし、さらにこちとらは、日本でしがない安月給の公務員やってるわけですから、まあはっきり言うと 1800万の生活レベルには到底到達していないわけです
だけど、こっからもまた自慢 入るかもしれんけど、株で今年だけは少し儲けがあって年収で言うと実は、嫁の妹よりもいい
それにプラス株で1500万
最大瞬間風速なんだけど、アイツにはそれは、わからんのよね
で、今年は株で儲かったっていうと、嫁が、旅行は最初、金ないから妹の奢りで全部出してもらえるんなら行こうかな、なんて話になってたのが、知らない間に そんなにお金あるんならこっちも出せばいいじゃん、みたいな話になってきてさ
で、こっちが知ってる情報で推論することに
スイスの日経新聞に出てる高級旅行で、だいたい150万くらいとかさ、こっちが教えてやる必要があるという
でさ、おいおいおいおい
お前わかってんのか、と
150万
家にいてめし作って、俺の郵便出すのくらいじゃんか仕事って言っても
お嬢様が何も知らなくてさ
ただ優秀なファンドマネージャー(俺なw)から、財産が増えた減った
聞いてるだけでいいけれどさ
エアコン更新したいし、家の外壁も直したいし、最近人手もないから、300万円かかるかなあ?とか、まだリタイヤできるほどは金も貯まってはない
半分は建前はあんたの金だけどさ、家計への向き合い方、違いませんか
確かに糟糠の妻っていうか、俺がちっとも金ない時から一緒にいてくれたんだから結局財産価値の上昇だって半分あんたが頑張ったってのは間違いないんだけど、でもお前そういうところで金使ってたら結局
困るのはお前の老後だぞ
俺が死んだ後にどうすんのお前
増田は4年前にこんなのを書いていた。
https://anond.hatelabo.jp/20220220201505
性懲りもなくまた書こうと思う。なお1日前に1回書きかけたが途中で登録してしまったので削除して書き直している。
まずは4年前の答え合わせだが、豪快に外した。
もう浮上することはないとみていたフォルティウスが五輪代表にまでなるとは…
北海道銀行に捨てられてから活動資金とトレーナーを集めるのは本当に大変だったと思う。五輪本番は残念な結果だったが、まずは日本女子カーリングの連続五輪出場を続けられたことと合わせて賞賛したい。
ただ、「スキップを全面的に支えるバイススキップ」が居れば、もっと良い結果を出せたのではと思う。初代フォルティウスの小笠原歩さんに30年以上ストーカーされ続け、気付いたらコーチ席で一緒にいる船山弓枝さんや、中電で残念な結果になり失意の底に居た藤澤五月さんの力を引き出し「私は五月のバディ」と公言するまでになった吉田知那美さんにあたる人材が、今のフォルティウスには居なかった。旧知の仲であり船山さんのスキップ操縦術を間近で見ていた小野寺佳歩さんをバイスにするか、吉村さんと大学まで一緒にやっていた石垣真央さんを招いたほうが良かったのではないか。
あと、「男子が出られていない」のも地味に痛かった。自国内でアイスの情報共有が出来ないためだ。これは前回決勝でロコ・ソラーレが予想外の大敗を喫した主因でもあった。世界選手権は男女で会場が分かれるため男子が出てなくても関係ないが、五輪は同一会場で同じ日に男女入れ替わって試合を行う特性があるのだ。
ロコ・ソラーレは藤澤五月さんのボディメイク(ボディビル)挑戦を境に完全に歯車が狂ったと言わざるを得ない。ワールドカーリングツアーではそれなりの結果を残しているためチームランキングは高いが、2024,2025の日本選手権では決勝にすら行けてないし、3チームによる五輪最終予選決定戦では最初に脱落。その後、フォルティウスの代わりに派遣されたパンパシフィック選手権では予選リーグ5位で敗退。負けた相手は五輪出場チームと同じチームを出してきた米国、韓国、中国。何故かカナダには勝ったが、オーストラリアにも肉薄されており、「ツアー番長」状態だったのは否めない。
ツアーと選手権・五輪の違いはエンド数。ツアーは8エンド制、選手権や五輪は10エンド制。10エンド制の大会をこなせる体力が衰えてきてる可能性がある。
だから、とても「ロコ・ソラーレを出していれば五輪でもっと勝てた」とは言えない。今のロコだと五輪最終予選(米国が出ていてフォルティウスは当時勝っている)を突破できなかった可能性のほうが高かったかも知れない。
他国については、米国が初めてクオリファイしたこと、ポスト・ミュアヘッドのモリソン率いるイギリス(スコットランド)が健闘したこと、中国がフォルティウス同様盛大に逆噴射(6連敗で予選リーグ敗退)した事が意外だったが、全体的には「なんか新鮮味がないなあ」という印象だった。デンマークのデュポン姉妹なんかいつから出てるんだ状態。イギリス以外は全体的に世代交代が課題に見える。
今回五輪の振り返りはここまでにして、以下、4年後の予想。
まず、フォルティウスは今後どうなるかわからない。次回五輪への意欲があまり聞こえてこない。
ロコは次回五輪への意欲は見せているものの、吉田知那美さんが五輪解説で「ライフイベントが〜」と何度も言及していたことから、妊娠出産による一時離脱が可能な最後の時期である次の4年間のうちに出産を済ませたい意思が垣間見える。今の4人が全員そろっている期間はあまりないかも知れない。そしてメンバー一時離脱の穴埋めが誰になるかは未知数。今度の世界選手権で4人制から離れている小穴桃里さんをリザーブに招聘したのは謎としか言えない。下部組織のロコ・ステラの意味は何だったのかと…
そうなると若い世代の2代目北海道銀行とSC軽井沢がどれだけ世界で頭角を現すかが次回五輪出場権獲得を左右する。ツアー成績がロコ、フォルティウスと遜色ない北海道銀行が今のところ最有力か。
次回フランスアルプス五輪は、カーリングが弱く1度も五輪に出ていないフランスが出場国枠を取ってしまうため、実質的な出場枠はこれまでより一つ少ない。日本が五輪出場権利を逃してしまう可能性も十分ある。従って「世界で勝てるチーム」の育成は待ったなしである。思い切って北海道銀行とSC軽井沢に強化資金を集中投下し、昔のチーム青森・チーム長野のように「2強」の姿にさせるほうが良いかも知れない。「国内は2強とそれ以外」という状態は、今回金銀となったスウェーデン、スイスが当てはまる。この2国に倣うことも考えたい。
なお中部電力についてはSNS更新が止まってる時点で察するしかない。
スウェーデンは円熟味を増したハッセルボリの全盛期が続きそうな一方、スイスはチリンゾーニが今年限りの引退を示唆しており今後が不透明。国内2番手のチームに入れ替わられるかも知れない。
イギリスのモリソンはここ数年でかなり伸びた。今後もこの調子ならポスト・ミュアヘッドの地位確立し、メダル候補にもなるだろう。
ユルディズ率いるトルコがそろそろ五輪代表に手が届くかも知れない。テイク系の綺麗なカーリングを志向するチームだが、石を多く貯めるカーリングを身に着けられればワンランク上がる。逆に言えば日本の五輪出場権獲得に関しては壁になる。昨年の五輪最終予選ではフォルティウスが一蹴したが、世界選手権では三連敗中と分が悪い。ロコ・ソラーレ、フォルティウス、SC軽井沢が負けている。ランキングは低いが舐めてはいけない相手である。五輪最終予選に回ったら高確率でトルコも出てくるため、出来れば五輪最終予選に回ることなく五輪出場権を確保したいが…
次回は日本代表が男女MDどれも五輪に出られないかも知れない。日本カーリング協会も危機感は持っていて、チームランキング重視の方針に転換し始めているが、「ツアー番長」を代表に選定してしまったら悲劇にしかならない。五輪が8エンド制に変わるなら話は別だがそうなる可能性は低いので、10エンド制の大会を増やして選考の一助とするなど、「五輪出場権利だけは絶対確保」するために更に知恵をひねって欲しい。日本という娯楽・エンタメ過多の国では、五輪出場権利が取れなかったら一気に競技全体が冬の時代になり、大半のチームが潰れてしまいかねないのだから