はてなキーワード: 丸尾とは
間違いあれば突っ込んでください。訂正します。
2024年3月12日にばら撒かれた告発文書は憶測の多い「怪文書」であったため公益通報に当たらない。
斎藤知事は犯人探しをするが「怪文書」なので公益通報者保護法違反に当たらない。
4月4日、元西播磨県民局長公益通報窓口に内部告発文書を提出。
「厳しい叱責を受けたことがある方は結構いた」と話しているが切り取られている。
よく20m歩かせただけでとかセンセーショナルに報じられたが
発言のニュアンスがわからないため「どういったつもりだったのか?」はわからない。
業者これいいでしょう(知事宣伝して)→斎藤知事「いいですね、欲しくなりました」
も「お金を出して買いたい」なのか「無料でください」なのかわからない。
なので事実だけ列挙。
革ジャン→もらってない
「姫路ゆかたまつり」での浴衣→丸尾まき議員が語ったがまつり担当者否定
デマ。
県の外部監査が、港湾事業の不備を指摘したことに基づく主張だが、監査人を務めた公認会計士は
「監査で知事の提案を受けることはないし、知事の意向をくむこともありえない」と強く否定。
斎藤知事は否定。1度面識があるくらいで協力要請はしていない。
稲村氏が否定。
https://note.com/kaede_merchu/n/n32f7194e67e0?sub_rt=share_pw
こちらの方が広報を担当された模様。従業員全て使ったとしても10人。
何かあれば補足お願いします。
あーあ、兵庫県民がアホな選択をしたせいで県議の人困ってるじゃん
@maruomaki
県議会によるこのタイミングの不信任案の提出は間違いでした。率直にお詫び申し上げます。
会派間調整で進む中、「最後までやり切った上で、不信任案を出すか、中間報告を出した方が良い」との意見も出しましたが、それは受け入れられませんでした。
https://megalodon.jp/2024-1118-1448-39/https://x.com:443/maruomaki/status/1858330120626536451
どーすんのこれ
斎藤知事のパワハラ問題について、情報が錯綜しているのでまとめてみた。
またここでは文書問題については言及しないし、斎藤県政への評価や今回の選挙結果についても同様とする。
本件についての調査・報告は以下の3つがある
百条委員会と第三者委員会はまだ結論は出ていないが、百条委員会は途中報告がある。
これについてはパワハラ、おねだり共に認定はされないという結論が出た。
ただ知事と職員とのコミュニケーションに問題があったことは言及されていて、あと贈答品などについて制度等の改善は必要との事。
これについては、59件が「A.目撃(経験)等により実際に知っている」と評価されたが、この方がChatGPTで再分類したところ、Aは実際は10件となった。
https://note.com/red____/n/n673e1f914a85
「10件でも多い」や「ChatGPTを信じるのか」や「百条委員会が全てだろう」との意見もあると思うが、時間がある方は一読をお勧めする。
自分の読んだ感想は、少なくともパワハラ気質であっただろうとは推測する。
アンケート結果を受けて、県職員6人に証人尋問を行われた結果だが、奥谷委員長は「明確に知事からパワハラを受けた方は、いらっしゃらなかった。」としている。
"奥谷委員長は、証言した6人のうち「厳しい叱責を受けた人は結構いました」としつつ、「『パワハラにあたる』と回答した人はいなかったと考えている」と話しました。"
これについてはまだ調査中なので、それを待ちたい。ただ前述の通り財務部での調査では(これ以外のパワハラも含めて)認定されていない。
3つの調査のうち、調査権限に法的根拠があるのは百条委員会だけなのだが、これは利害関係者(委員全員が県議)による調査なので、皆が予想している通り、今回の選挙結果を受けた結論になると思われる。
世論迎合した結果としか言えない。反斉藤の急先鋒だった丸尾県議も、今回の結果を受けてXで「県議会によるこのタイミングの不信任案の提出は間違いでした。率直にお詫び申し上げます。」と言っている。本来であれば、すべての調査結果が出てから判断すべきである。
パワハラはあったのか?という点は、現時点では「財務部は無いと言っているが、アンケート結果を踏まえると0とは言えない」というのが結論になる。ただ
については、まだ結論が出ていないので、ここでは推測は述べない。
うちの自治会の回収は月一で、年末年始の掃除を考えると2月になりそうだなー
ていうか好きなときに捨てたいしってことで市のHPで調べました。(リサイクルショップも遠いのだ)
フレンドリーそうな、知己の地域拠点では古着の回収はしておらず、というか古着は各環境事務所でしか回収していませんでした。
しかし回収している拠点一覧には載っているものの、事務所自体の情報が問い合わせの電話番号とメールアドレスしかなく、回収方法も分からなかったので道の確認がてらお伺いに行ったわけです。
どことなく中小企業というか商工会というか、いやどちらも詳しくないですが昭和な匂いがする建物です。あきらかに一般人を対象としていない。
おそるおそるドアをくぐると、案内もなにもなく早速途方に暮れる。
右手側に胸までの壁とガラスで区切られ見渡せる事務室らしき部屋があるものの、はたして何をすればいいのやら。
恐る恐るすいませーんと声をかけ、奥からおっさん二人が出てきました。
閑話ですが私はこの「受付に誰もおらず通りがかりの声をかけられた人が応対する」仕組みがかなり苦手です。職員室とか会社の別部署とか。
明らかにメインの職務ではない余計なタスクを持ち込む厄介者になる感覚。いっせいに耳目が集まる羞恥心。結局応対してくれた人の分野ではなく他人に繋ぐあの空虚感。会社での電話の取次ぎも苦手で、明らかに自分宛でない電話を取り、互いに無意味な敬意込みの挨拶を送りあい結局取り次ぎ先でもう一度同じ挨拶をするであろう徒労感。かけるもとるのも苦痛です。
休題。
おっさん方をみた瞬間私は後悔しました。その雰囲気は明らかに「内輪の場に知らない人間が入ってきた」あの感覚です。ふらりと個人経営の居酒屋に入ってみたら常連らしき人たちから怪訝な目を差し向けられるアレです。「オマエダレ?ナニシニキタノ?」いや経験はないですけど。分かるでしょ?若い頃でも似た感じのこと起きるでしょ?
あれです。
ひとりのおっさんが面倒そうに「あーどうしました」と聞いてきてくれました。
ありがたがるべきなんでしょう。私は了見が狭いのでただただ後悔と萎縮の塊でした。あと身勝手な恨みが少し。
私もですね、年末の最終営業日になんか来るのも悪かったのですがね。通常の人員体制でないかもしれないですし最終日なんて来客少なく片付けとかに費やすところもあるでしょうとも。
でですね、ま、その、コミュ障の私がしどろもどろになりながらなんとか古着を回収できますか?HPを見てきたとお伝えしたわけです。
先方は個人?業務?(なんか違う言い回しだった)量は?と折々お尋ねになられました。なるほど見知らぬ個人が古着の回収についてたずねてもスッと一本道のフローに入らないものなのだなと感慨にふける…間もなくわちゃわちゃします。コミュ障ですからね。
なんとか捨て方を聞きにきただけということ。個人なので大量には出ないことを伝えようとしました。伝えられていない気もします。言いたいことも言えない、出力がなんだったかもおぼつかない人間でして。
ひとまず伝わったと思われるおっさんの返答は
「少量ずつ燃えるゴミに混ぜて」
でした。
あの時の絶望たるや…。筆舌に尽くし難いのは単純に力量不足です。
確かに私の地域はおそらく分別に厳しくありません。母親も時折燃えるゴミにマズそうなものを入れているのも承知しています。私も倣い燃えるゴミに混ぜる方法も頭によぎっていました。おそらく誰からもバレず責められない方法でしょう。
いやしかし、市のHPや分別方法の紙では地域回収と拠点回収が指示されており、それに従い拠点に持ち込んだ(持ち込んでない)人間に対して環境事務所の人間がルールを守らず分別せず捨てろと指示するとは。
もしかして環境事務所の職員ではなかったのか?建物内になんの案内もなく見かけた第一村人を職員だと思い込んでいただけで事情通のただの追い返したいだけのおっさんだったのか…?
私は当然コミュ障なのでそれ以上深い話はできず、いたたまれない空気から逃げるために「あー燃えるゴミに混ぜていいんですねーありがとうございましたー」と(気持ちの演出上)朗らかに謝辞を告げ事務所を後にしました。
当然、同時に回収しているであろう古紙については聞けるわけもなく。
ルールとはなんぞや。何のために守るのか。私が分別しなくてもそれで私が死ぬまでには困ることにはならないだろう。いや守るべきだろう。環境事務所ぞ?彼、環境事務所ぞ?腐るのは良くない。信号守ってる横で信号無視されるのいつもイラだってただろーもう好き勝手生きようぞ。ルールを破る人間全てを滅ぼす。てか全てのルール遵守なんて自分含めて一人もいないよね。そして私も消えよう。
そんな優等生的な丸尾くんと人類滅殺系ラスボスなメンタルをいったりきたりしていました。
ユニクロに古着回収ボックスあるらしいんだよなー。でもユニクロ製品限定らしい。燃えるゴミにするぐらいならこっちのルール破るほうがマシだよね!だとか。ライター捨てるつもりでガス抜き面倒に思ってたけどそのまま捨てよう。とか考えています。たぶんどっちもするんじゃないかな。ペットボトルのフタやキャップも分別しない。
誰かが、誰もがやってるゴミのルール破り。今まで私は(できる範囲で・気力があるなら)しないでおこうと思っていたけれど、なんのインセンティブもないと分かった。守ろうとするから守らないことにいらだつ。この「私がするからしないこと・人を嫌うストレス」があることは前々から分かっていた。分別もそうだったかと今回気づいただけ。気づいたならしない側に回るが精神衛生上、吉。囁くのよ、私の経験則が。
なんだ、そうだったのか。
帰路、もうひとつの目的地の地域センターへ赴いた。こちらは古着の回収をしていないが、環境事務所より近く蛍光灯や古紙も回収してくれるのだ。HPの上では。
場所の確認のため入ってみると、入り口すぐそばに全種類の回収ボックスが置いてあった。
ボックス最高!誰ともおしゃべりせずに入れて終わり!これだよこれ!
ちょっと中を覗いてみて、分別して捨ててくださいと書かれている蛍光灯の箱ごと捨ててあるのを確認して、もはや感が動じなくなった私をも確認して帰った。年明けに出しにこよう。
なお改めて市のHPを見ると大量持込は断る可能性がある旨、家庭で不要になったもののみが対象である旨が記されていた。きっとゴミ袋数袋とかだとOKで服1枚2枚とかはスルーなんでしょうね。もごもごしているコミュ障な自分にはまだまだ自己嫌悪している。
僕は小学5年生で、来年小学校6年になります。スタンド能力は「良くなる可能性を百分率で表示する」能力です。
何かを選ばなければならない時、どれがどれだけ上手くいくか百分率で出てくるんです。
例えば右の道で帰る時と、左の道で帰る時。右86%、左23%みたいに出ます。
サクセスでケガする可能性があったり、ロボットがミサイルをかわしたりする割合のことだと友達と遊んでてなんとなく知っていました。
時々、左の道の百分率が上がることがあります。右86%、左94%、みたいな。
そんな時左を選ぶと、お母さんと道で会えたり、友達と遊べたりします。
逆に右が9%になったことがありました。
多分、右を普段通り歩いていくと怖いことが起こるんだと思います。
その日右の道で大きな交通事故がありました。
出た百分率がどれも悪かったら、選ばない、ということも全然できます。
友達とトランプで遊ぶときはこの能力は使いません。面白くないからです。
スマブラはスタンド出す前に殴ったり殴られたりするので、そう言うの考えなくて気が楽です。
たまたまお姉ちゃんと花川さんと播磨さんがどこかに出かけて行って、丸尾さんと部屋で二人きりになったとき、丸尾さんが二段ベッドの僕のところに来て隣に座りました。
そして、ちょっとやってるゲームについて話した後、手を握られて、それで、しばらくしてギュってされました。
誰もいなくてすごく怖かったんだけど、女の人の、シャンプーみたいないい匂いがして、髪が触れる感じとか、手の柔らかな感じがしました。
僕は小学5年生です。そーいうのはもうなんとなくわかります。クラスの早い人は同学年で付き合っている人もいます。
でも、小学生と高校生はお付き合いしていいのかわかりません。できるんでしょうか?
丸尾さんを追いかけるかどうか、スタンド能力で百分率を出しました。
部屋の向こう、追いかける先は50%、部屋の手前、ゲームのあるところは50%とでました。
数日後、右の道で丸尾さんを見かけました。右の道が50%、丸尾さんのいない左の道は50%でした。
道の豆腐屋で見かけたときも、中に入る50%、そのまま行く50%。
丸尾さんに関しては、いつも選ぶ百分率はどれも50%になります。
お付き合いしてないのに抱きつくのはいけないことだと思います。でも、丸尾さんはそれをちゃんとわかって謝って、それでどこかに行きました。
この後は何もありません。もっかい、直接あの話じゃなくても、ちょっとずつ話したほうが、丸尾さんは気が楽になるのかもと思います。
心で思っている通り「ちょっと怖かったけど気にしないよ」と伝えたほうがいいかも。もっと普通の話をしたりゲームで遊んだりしたら、何か変わってくるかも。
でも、もう、こういうことがあったら話をしないほうがいいのかも。
僕は丸尾さんにどうしたらいいのでしょうか。
スタンド名:白虎野の娘(パプリカ聴いてたら次の動画で出てきて知りました)
射程範囲:D(用具室にある先生が使うでかいコンパスくらいです)
精密機動性:D(図工は苦手です)
成長性:B(この前の通信簿がこれくらいでした)
いただろうか?
さくらももこ氏の訃報を聞いてふと気になったが、どうにも思い出せない。学齢で言えば小学1、2年生の頃だが、どちらかというと幼い頃は『なかよし』に夢中になっていたような気がする。
当時の『りぼん』は、『なかよし』に比べて恋愛要素の強い作品が多いイメージだった。とは言え対象年齢的には、自分のような田舎の女児がぼんやり理解してドキドキできる程度の、恋の入口やもどかしさを描いた作品が多かったのだと思う。
言わずもがなの「ちびまる子ちゃん」と「お父さんは心配症」である。
私は、ひたすらに「お父さんは心配症」の父・光太郎が怖かった。ハイテンションで誌面の中を飛び回り、典子への行き過ぎた愛情から北野くんとの恋愛どころか自分自身まで自虐でぶち壊しまくる光太郎が、ひたすらに怖かった。ページを開きたくなくて、作品ページをホチキスで止めていたかもしれない。他の怖い本はそうしていたから。
逆に「ちびまる子ちゃん」は癒しの作品だった。恋愛ものに息切れした女児のオアシスのように、まる子はただただ普通に、家族と友人と、そこで暮らしていた。あるあるネタと少しだけ古い時代背景と共に、穏やかに、時にシニカルな空気を携えて、毎月私の所へやってきた。
そう、「ちびまる子ちゃん」は連載時に既にレトロだった。私の知っている人気アイドルはヒデキではなく光GENJIだったし、百恵ちゃんは引退していた。アニメ放送を母と見ながら解説を受けるまで、私の中でヒデキと西城秀樹は繋がっていなかったし、百恵ちゃんはまる子が憧れる女の子のままだったのだ。
「お父さんは心配症」の異質性が『秩序の破壊』だったとすれば、「ちびまる子ちゃん」のそれは『虚実を織り交ぜた過去』だったと私は思っている。
乱暴な括りだが、私にとっての当時の『りぼん』作品は、基本的には未来を指向した現在進行形のものだった。ドジで失敗ばかりの現状であっても、これから自分はどうしたいか、どうなりたいのか、主人公は常に考え続ける。人の自然な成熟過程をなぞり、周囲の支えを受けながら、成功も失敗も糧にして成長していく。
そういう理想の学園生活がキラキラと眩しく、同時に私にはどこか息苦しかった。
「今よりももっとかわいくなれる」
その語尾に、私は「…なくてはならない」という言葉を感じ取っていたのだと思う。
作品世界に憧れることと、自分の身に置き換えることは決してイコールではないのだが、拙い想像の中であっても「私はこうなれないだろうなあ」と諦めることは、大人になった今思うより苦しかったのかもしれない。
前述の時代背景と共に、まる子が作者の子ども時代をモデルにしているということは知っていた。つまり、すでに「結末が確定していること」であり、「私ではないひと」の話だった。
まる子も成長し、恋愛や友人関係や自分のコンプレックスに深く思い悩む日が来るのかもしれない。しかし、それは永遠の小学3年生の「ちびまる子ちゃん」のまる子には当てはまらないし、モデルとなっている作者はマンガ家という進路を選択済みなのだ。
私は、まる子でもたまちゃんでも丸尾くんでも花輪くんでもはまじでも永沢でも藤木でもなく、ただの読者として、安心して「ちびまる子ちゃん」を楽しむことができた。
勿論リアルタイムで読んでいた小学生時代にこんなことを意識していたわけではなく、単純に『りぼん』の中で一番楽しんで読むことができた作品だったのだと思う。
クラスのどのカーストの女子でも「ちびまる子ちゃん」は必ず読んでいた。あの頃の共通言語になっていた作品の代表格だった。
その後私はくるりと掌を返し、破壊度の増したあーみんギャグに恐ろしい程はまった。「こいつら100%伝説」は現在も本棚に置いてある。「ちびまる子ちゃん」はもう手元にはないが、「心配症」の方のまる子×心配症コラボの掲載巻は実家にあると思う。
成長していく私は、いつの間にか自分がまる子ではないことに安心するだけでは物足りなくなってしまったのかもしれない。けれど、久々にニュースで見た「ちびまる子ちゃん」の表紙には、やはりとてつもない懐かしさと安心感があった。
そして散々言われているが、彼女の初期エッセイは最高に面白い。読書慣れしていないひとに「おすすめの本は?」と聞かれた時に挙げる1冊に必ず含めていた。
私にとってさくらももことは、この4000バイト強の文字の分しか接点がないひとではある。
しかし、訃報を聞いて、居ても立ってもいられず匿名アカウントを取るおばさんを生み出してしまう、そういうひとだったのだと思う。
横だけどあんまいないよ
アラレちゃんはのりまき博士にマシリト、つんつるてん、警察、栗頭先生、スコップ、ニコチャン大王等々居るけど女の子は可愛い
ドラゴンボールはクリリン亀仙人、ウーロン、ミスターサタン、魔神ブウ、ヤジロベエ等々多数居るけどメインの女には居ない
不細工は丸尾くん、はまじ、ブー太郎、永沢、藤木、山根、小杉、山田、関口、たかしと様々な性格に不細工が分散されてるけど
ブスはみぎわ、前田、冬田、と性格の悪いキャラに偏ってるし人数も少ない、性格が悪くないブスは野口さんくらいでは
クレヨンしんちゃんもまさおくんやボーちゃんなど男のデザインバリエーションの方が豊かで女キャラは大半顔が整ってるし