金魚鉢みたい? 「建築界のノーベル賞」
2024-11-03
「建築界のノーベル賞」といわれるプリツカー賞の2024年の
受賞者が発表された。
プリツカー賞の52人目となる受賞者は、
日本の建築家・山本理顕氏(1945年-)。
日本人としては、
丹下健三、槇 文彦、安藤忠雄、妹島和世+西沢立衛、伊東豊雄、
坂 茂、磯崎 新の諸氏に続き、9人目の受賞者となり、
日本は世界で一番同賞の受賞者の多い国となった。
この山本理顕氏が設計したのが、2010年、
京畿道城南市盆唐区雲中洞(キョンギド・ソンナムシ・
ブンダング・ウンジュンドン)に位置する「板橋(パンギョ)ハウジング」
(山雲2団地ウォルデンヒルズ)だった。
当時、土地住宅公社(LH)が新しい集合住宅を建てるとし、
3ブロックの住宅用地をめぐって異例的に国際設計公募展を開いたのだ。
米国・フィンランド・日本の建築家がそれぞれ選ばれて実際に建設が進んだ。
その中で日本の建築家である山本理研が設計した2団地だけが
売れ残りとなった。
計100世帯のうち、契約した世帯数が10余世帯だけだった。
分譲で建てられた家を見て回った人たちが
このように話したという。
「金魚鉢みたいです。これでは買えません。」
2階の出入り空間を丸見えのガラスで作ったためだ。
タウンハウスである板橋ハウジングは、3~4階建ての一軒に
一世帯が住んでいる。1階はリビングルーム・キッチン及び奥の間、
2階は出入りのスペース、3階は子供部屋だ。
地下駐車場に駐車し、2階に上がって共同の庭を通って
各家に出入りする。
10~13世帯がエレベーターと1つの庭を共有する。
既存の家とは違う構造に最初はそっぽを向かれたのだが、
約3年で売り切れた。
人々が入居するにつれて、状況はさらに反転してゆく。
完成から10年後、入居者は山本に感謝の手紙を送った。
10月17日には住民たちが山本を招待してプリツカー賞受賞を
祝う場まで設けた。
住民となって13年目のキム・ヨンブさん(69)は
入居当時の建築家との約束だとし、
これまで撮ってきた団地の写真を集めて発表した。
写真の中の住民たちは、家を行き来しながら集まり、食べ、笑っている。
隣に誰が住んでいるのかも知らずに暮らすのが当たり前なこの時代、
見慣れない風景だった。
--今日の様子を予想しましたか。
「公募展の時、正直当選するとは思わず出品しました。
当選して驚きました。コミュニティを大切にして作った団地の中で、
初めて実現した団地です。近代化以降、住宅が大量に供給され、
外部に開いていた住宅が密室のような住宅に変わりました。
板橋ハウジングの2階の出入り空間をガラス張りにしたのは、
その空間をカフェ・居酒屋・ギャラリーなどに変え、
外部の人たちも来て、住民たちもお金を稼げる空間にして
ほしかったからです。
個人的にマッコリ・バーができればいいのですが、
法律上、住居専用地域では不可能なことです。」
板橋ハウジングには2階のガラス空間を美術塾として使う家がある。
家主のキム・ミギョンさん(54)は「もともと家賃を払って
美術塾を運営していたが、暮らしながら塾もできると思って
引っ越してきた」とし「玄関のドアさえ開けば車が通らない
庭が広がるので子供たちも安全で、
ここで隣人であり先生として生きることができてうれしい」と話した。
--住居地で生産活動が起きるのが難しいですが。
「政府の住宅供給システムが最も問題です。
少子高齢化問題も今のような住宅供給システムのせいだと思います。
第二次世界大戦後、アジアも欧米の住宅モデルに一斉に従い始めました。
できるだけ多くの人が住むための収容施設のような住宅が
供給されました。『1世帯1住宅』がこの時登場しました。
以前までは一つの家で数世代が暮らし、助け合っていました。
だが、1次産業から2次産業に産業構造が変わり
家族4人を構成員とする『標準家族』が作られ、
それに合わせた住宅が大量供給されました。
しかし産業がまた変わり、1人世帯も途方もなく増えました。
しかし住宅供給政策だけが依然として変わっていません。」
--かつて相互扶助していた時代に回帰しようということですか。
「人工知能(AI)のような技術の発達により、
もう集まって働く大きな工場は必要ありません。
オンラインでつながり、在宅勤務する人も増えました。
人々が会って働ける住宅を作らなければなりません。
そのような家は仕事と家庭が両立しやすいです。
お年寄りや体の不自由な人の世話にも最適です。
社会保障サービスのために多くの国家予算を使うのですが、
働いてお互いに助け合える家と町を作れば、
結局国家競争力も強くなります」
--良い家とは何ですか。
「コミュニティが生きている家です。自分だけ好きだとか、
建築主だけ好きだとか、作る家は絶対に良い家にはなれません。
周りの人たちも一緒に楽しめる家を作るのが建築家の役割です。」
--日本は1979年以来、プリツカー賞の受賞者が9人です。秘訣は何ですか。
「それでも周辺を考える建築家たちが賞を受賞しているようです。
建築の社会的な役割に悩む建築家たちです。
職人精神が生きている緻密さも受賞に影響を与えたのでは
ないかと思います。
もちろん、社会的な役割を考えるふりをして、建築主のためだけに、
自分の有名税のためだけに建築する建築家が多くなっています。
日本建築の将来がそれほど明るくはありません。」
--(まだプリツカー賞受賞者がいない)韓国建築はどうですか。
「建築家が自ら責任を負わせるシステムがないのが問題です。
建築家が設計から施工まで最後まで責任を負わなければ
なりませんが、韓国では設計まで関与し監理ができません。
緻密な建築をするために建築家が監理まで関与しなければなりません。
特に、公共建築プロジェクトにおける政府の統制が強すぎます。
外国の建築家には自由を与えながらです。」
--ソウルでは東京の麻布台ヒルズのような超高層再開発の事例を革新モデルとして挙げていますが。
「最悪です。金持ちだけのためのプロジェクトです。
デベロッパーだけが莫大なお金を儲けます。
そのような家は高いほどよく売れます。
高く売り戻すことを考える投資家が買うからです。
その結果、日本では社会的弱者が居住できる空間がほとんど残っていません。
それでも韓国では政府が賃貸住宅を着実に供給していて良かったです。
韓国の素晴らしい点です。」[中央日報参照]
コメント
いいニュースをご紹介いただき、感謝です。
山本理顕さんの「コミュニティーを重視」した建築設計を初めて知りました。
これはすぐれもの。こうした建築群がもっとできるといいですね。でも、残念ながら、ここと同じような建築群はどうやら他には造られていないようです。
写真を見て、関連して記憶がよみがえってきたのが、斜面住宅。
「斜面の魔術師」と呼ばれる建築家・井出共治さん(故人)の建築群はこれまた素晴らしいです。
参考までに下記サイトをご覧ください。
「斜面の魔術師」建築家・井出共治が手掛けた斜面住宅の世界
https://note.com/take_housing/n/n3bfdc43d8117
山本理顕さんの「コミュニティーを重視」した建築設計を初めて知りました。
これはすぐれもの。こうした建築群がもっとできるといいですね。でも、残念ながら、ここと同じような建築群はどうやら他には造られていないようです。
写真を見て、関連して記憶がよみがえってきたのが、斜面住宅。
「斜面の魔術師」と呼ばれる建築家・井出共治さん(故人)の建築群はこれまた素晴らしいです。
参考までに下記サイトをご覧ください。
「斜面の魔術師」建築家・井出共治が手掛けた斜面住宅の世界
https://note.com/take_housing/n/n3bfdc43d8117
コメントの投稿
トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://cheonan.blog.fc2.com/tb.php/587-e3fb6cce
びっくりしました。
ほんと、井出共治という人は
「斜面の魔術師」
と呼ばれるに相応しい人ですね。
斜面を利用していろんな住宅があるのを
はじめて知りました。
中でも以下の部分には感服^^。
躯体は丈夫に。
その代わり、外部の仕上げなどは
多少雑でもかまわない。
そして不必要なもの、
あってもなくてもかまわないものは
一切省く。
そんなGパンとTシャツのような
住宅をつくることにした。
すばらしいです。