韓国化学研究院が新しいポリカーボネートの開発に成功。
3歳くらいの子どもが遊ぶおもちゃ。
自動車とかロボットとかいろいろあるけれど、
窓ガラスなどのところに使われる透明な素材、これはだいたいプラスチックの一種であるポリカーボネートで作られる。
ガラスのように透明で、強度はガラスの100倍を超え、おもちゃやの自動車部品などに多く使われるが、
環境ホルモンのビスフェノールAが多量含まれているという短所があった。
韓国化学研究院が、環境ホルモン、ビスフェノールAの心配のない環境にやさしいポリカーボネート技術を開発した。
主原料である石油系ビスペノールAを、トウモロコシや木などから抽出できる天然原料に代替したもの。
韓国化学研究院のある研究員の話では、
「自然系の植物原料と自然系のナノ繊維がお互いにシナジー効果を発揮し、強度がさらに良くなる現象を発見、これを基盤に基礎技術を開発した」という。
これまでは世界で唯一日本だけが商用化の技術を持っていたのだが、今回はじめて韓国での国産化技術開発に成功したもの。
性能も既存製品よりずっと優れているという。
透明度がガラスレベルほどに高く、引張り強度は石油系や日本製品より20%程度高い。
韓国化学研究院の別の研究員の話では、
「材料の特性が優秀で、環境ホルモンがないため乳児用品やバイオメディカル素材として活用できると思う」ということだ。
世界のポリカーボネートの需要は年間5百万トン。
韓国の研究陣が日本と肩を並べて競い、環境にやさしいプラスチック市場の先取りのために有利な立場に立った。
環境にやさしくて性能が優れているなら、どこの国で作ってもいいものはいいとしよう。
クールコリア004 デモ文化
前回韓国は、このデモがクールだと書いた。
なぜデモがクールなのか。
市民が全員で力を合わせて国の姿をちょっとでもよくしようと団結するのがデモだから。
日本にはほぼ見れないクールな姿だ。
デモの話を書くには、その源流というものをあげないといけない。
源流は、たぶん、朝鮮時代(あるいはその前から)の「コドゥオ ジュシ オプソソ」に辿り着くんだと思う。
筆者の第一エッセイ集『おしょうしな韓国』にも書いたことなんだけど、
この「コドゥオ ジュシ オプソソ」。
意味は「とりさげてください」という義。
王様がある方針を出す。それは民衆にはあまりにも厳しくかつ民衆に受け入れがたいものだ。
このようなときに、王をとりまく国の官僚(ヤンバン)たちが、
王のいる建物の前の広場に列を作って座り込み、
一晩中、「コドゥオ ジュシ オプソソ」といいながら、王のその政策をやめさせようとする。
すると、王は、一人自分の部屋で彼らの声を遠くに聞きながら考える。
これほどまでにやつらは「やめよ」というのか。
そんなにこの政策がだめなのか。
しかし王とて、自分なりに考え抜いて出した方針だけにそう簡単には「取りやめる」とは言えない。
朝方、それでもヤンバンたちの王のやり方をたしなめようとする声がやまず続いている。
おもむろに王は出てきて、「わかった」という。
そんな時代劇がこれまでに韓国のテレビの中に何度も出てきている。
王に逆らう意見を部下がいうのである。
日本ならどうか。
天皇の意見に逆らえるだろうか。
あるいはさむらい時代に、徳川家康の方針に部下が反対意見を述べることができたろうか。
たぶん、否だ。
日本は受け入れる文化。
韓国は王にでも逆らう文化。(それが理に叶わぬときは)
そしてこの伝統が今に受け継がれているのが、きょう日(び)、毎日テレビを賑わしている
100万単位のデモ隊なのではなかろうか。
日本の人口の半分にも満たないこちらの国民が、100万単位でデモをするのである。
主張はそれぞれいろいろあるけれど、
主張がなんであれ、このデモのエナジーはただ見ているだけでも爽快でありあっぱれである。
この100万単位のデモがきょう日急に発生したのではなく、これも源流がある。
古くは上述のように「コドゥオ ジュシ オプソソ」であるが、
現在に直で関係するのは、大統領選挙などに関して繰り広げられた一連の流れがある。
大統領選に関する内容がメインとなるので、まずは大統領の系譜について書いてみる。
(1~3代)イ・スンマン(李承晩)*在任期間:1948~1960年
選出方法: 1代:制憲国会議員による間接選挙で選出。 2~3代:直接選挙で選出。
(4代)ユン・ボソン(尹潽善)*在任期間:1960~1962年
選出方法:国会にて間接選挙で選出。
(5~9代)バク・ジョンヒ(朴正煕)*在任期間:1963~1979年
選出方法:5~7代:直接選挙で選出。 8~9代:統一主体国民会議にて間接選挙で選出。
(10代)チェ・ギュハ(崔圭夏)*在任期間:1979~1980年
選出方法: 統一主体国民会議にて間接選挙で選出。
(11~12代)ジョン・ドゥファン(全斗煥)*在任期間:1980~1988年
選出方法: 11~12代 : 統一主体国民会議にて間接選挙で選出。
(13代)ノ・テウ(盧泰愚)*在任期間:1988~1993年
選出方法: 直接選挙で選出。
(14代)キム・ヨンサム(金泳三)*在任期間:1993~1998年
選出方法: 直接選挙で選出。
(15代)キム・デジュン(金大中)*在任期間:1998~2003年
選出方法: 直接選挙で選出。
(16代)ノ・ムヒョン(盧武鉉)*在任期間:2003~2008年
選出方法: 直接選挙で選出。
(17代)イ・ミョンバク(李明博)*在任期間:2008~2013年
選出方法: 直接選挙で選出。
(18代)バク・クネ(朴槿惠)*在任期間:2013~2017年
選出方法: 直接選挙で選出。
(19代)ムン・ジェイン(文在寅)*在任期間:2017~2022년(現在)
選出方法: 直接選挙で選出。
以上、大統領の在任期間や選挙の方法などについてあげてみた。
ここで、13代のノ・テウ(盧泰愚 在任期間:1988~1993年)から、
全部、選出方法は直接選挙で選出となっている。
韓国は今も勿論大統領は直接選挙で選んでいるのだけれど、
それは、昔からずっとそうなのではなかったのだ。
1代目のイ・スンマンのとき、彼は1代、2代、3代の大統領になるわけだが、
2代目と3代目のとき、形上は一応直接選挙となっているけれど、
このときの不正選挙が目に余るものがあった。
田舎の部落にイ・スンマンの参謀が入り、お年寄りたちに金を渡して「イ・スンマン」と書かせたり、
開票の場で、わざと停電にして、そのどさくさにまぎれて票を「イ・スンマン」と入れ替えたり、
考えられるありとあらゆる方法で不正がなされた。
これに国民が爆発する。
テグの高校生がその火蓋を切ってデモをはじめると、たちまち全国に広がっていく。
時の権力者に真正面から立ち向かう市民の戦いは、このときが近代になってからは最初である。
1代から3代目までやりながらも、さらに第4代目の大統領にまでなろうとしたイ・スンマンであったが、
結局、市民代表5人との面談で下野することを決心する。
そのときの5人のうちの一人のインタビューを見たことがあるが、
大統領は部下からの意見は聞かなくなっていたため、(部下も大統領には言えない雰囲気になっていた)
市民5人で編成した決死隊みたいな感じのグループが直でイ・スンマンと向き合ったのである。
5人を前にしてもはじめは一言もなかったイ・スンマンであったが、数時間の後、
「国民がみな、自分にやめろといっているのか」と5人に聞くと、
5人ははじめから申し合わせてでもいたかのように同時に「はい、おりてください」と言ったという。
このときのデモによる大統領下野を「4.19革命」(サ・イルグ・ヒョンミョン)とよんでいる。1960年の出来事である。
このときの市民の犠牲者は統計があるだけでも186人にものぼった。
とてつもない市民行動だったわけだ。
このときの伝統がその後もずっと韓国には生き続けている。
その後は1980年の「5.18(オ・イル・パル)」=「光州事態(クァンジュ事態)」でのデモと軍の発砲による市民の犠牲。
(民主化というものを、このときの市民のデモおよび犠牲によって勝ち得たのである)。
そして1987年6月29日の「6.29(ユク・イ・グ)宣言」。
これは時の権力者、民主正義党代表の盧泰愚(ノ・テウ)が直接選挙制の改憲要求を受け入れて発表した特別宣言である。
このとき以来、韓国は大統領選は必ず「直接選挙」の形態となった。
これらはすべて市民のデモ行動によって勝ち得られたものであり、
その伝統は今も連綿と行き続けている。
2002年のワールドカップのときの「テーハンミングク、チャチャンチャチャンチャン」というあのリズムも懐かしいけど、
あのときのロードビューで市民100万人が街に繰り出し応援していたわけが、
あれはあのとき急に出来心ではじまったわけではなくて、
そういう伝統が韓国には通奏低音のように脈々と生き続けていたということなのである。
これがクールでなくしてなんであろうぞ。
大統領を国民が直接選挙で選べる爽快さはどういった感じなのであろう。
わが日本はどうか。
選挙で選べるのは党であり(もちろん個人もあるけど)、いちばん多く票をとった党の党首が首相になる仕組みだ。
国の長(おさ)を直接選べない歯がゆさは、いかなることばをもってしても表現しきれるものではない。
いつか日本も国の長を国民が直で選べる時代がくるんだろうか。
そのためには、国民の意識レベルがあと10段階くらいあがらないとだめなのかもしれない。
日本には日本のやり方があるんだと言う向きもあろうけれど、
今の日本のやり方だって昔、人間が決めたものにすぎず、
いつだって代えられるシロモノだ。
国の長は、国民の直の選挙で選んだほうがすっきりすることだけは
そういう経験のない日本の方々にだって、すぐにご理解いただけるはずだ。
そんな日がなるべく早く来ることを願いながら、今回の筆をおく。
祝 吉野さん、ノーベル化学賞。祝
吉野彰さんが2019年度のノーベル化学賞受賞が決まった。外国人2人(合わせて3人)との共同受賞となった。
10月9日、夜7時15分ごろからあったライブ中継をネットで見た。
旭化成の社屋内での記者会見。
71歳の吉野さんはとてもかわいく見えた。その笑顔が純真そのもの。
こういう魂の人がノーベル賞を取るんだなという典型的な顔だと思う。
まるで腕白坊主がそのまま71歳になったような感じ。
きらきらしている目が印象的だったし、破顔一笑のあの笑いがなんとも愛嬌ものだ。
「リチウムイオンの動きがこの電池の一番のポイントなんだけど、
リチウムイオンそのものについては、まだわからないことだらけ」
という部分が筆者には一番印象的だった。
リチウムイオン電池という項目を高校化学の教科書などで見ると、もうすべてわかったもののように記載してある。
でも、ノーベル賞を取る人でも「わからないことだらけ」なんだ。
高校生、中学生などにはこういう部分をよく噛みしめてほしいところだ。
教科書にある内容は、もう全てわかって決まってしまったことだけがあるんじゃなくて、
リチウムイオン電池のように、まだまだわからないことがいっぱいあるんだってことを、しみじみと感じていただきたい。
また、座右の銘は
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」。
という。
座右の銘が吉野さんの中に100%生きている。
かといって変に卑屈に下手(したて)にならない。
人間としてのすばらしさが自然に滲み出てくる。
日本の至宝であり、アジアの至宝、人類の至宝である。
韓国の人も、アジア人(日本人)のノーベル賞受賞を是非、祝ってほしいところだ。
今日は、とりあえず「日本人ノーベル賞」受賞の喜びを、メルマガの方々と共に分かち合いたいと思い書いた。
でも、文明の利器の発達のおかげで、
韓国に居ながらにしてライブで受賞インタビューを見れるってのには、つくづくと驚いている。
ネットは今やほんとうに空間的距離をゼロにしてしまった。
ネットに感謝、文明の発達に感謝しつつ、筆をおく。
2つのデモ
10月5日に「れいわ新選組」というタイトルでちょっと政治的な記事を書いた。
政治的という点に関しては、こちら韓国の人々が日本の100倍くらい熱い。
韓国は今、大規模市民デモが華やかなりし時である。
2つのデモがある。
1つは、ヂョ・グク氏を支持するデモであり、1つはヂョ・グク氏を糾弾するデモである。
まったく反対方向のデモが連日とまではいかないけど、3日に1度くらいの割合で行なわれている。
しかもその規模がまたすごい。
ヂョ・グク氏を支持するデモは200万人という発表があるかと思うと、
ヂョ・グク氏を糾弾するデモは300万人という発表。
実数のほどは両方ともよくわからない。警察も把握していないもようだ。
しかし、ニュースの画面で日本でも伝えられているかと思うけど、
人人人の海はあの2002年のワールドカップのときよりもすごいことは一目瞭然だ。見物というしかない。
ヂョ・グク氏については、本ブログでも書いた。
現在は、彼の妻ジョン・ギョンシムが検察の取調べをうけているという状況である。
妻ジョン・ギョンシムの調べの結果がどう出るのかは今のところわからない。
どうもあまり芳しい結果が出ないんじゃないかと世間では騒がれている。
(つまりお縄となるような決定的な証拠がつかめずにおわるんじゃないかということ)
娘の表彰状偽造に使われたと疑われるノートブックが見つからないようだし。
当然本人のジョン・ギョンシムがどっかに隠しているわけだけど、
証拠物件がないことには、検察としてもにっちもさっちもいかないわけだ。
とにかく、ヂョ・グクという男は、法学部の教授だけあって、
ありとあらゆる法の抜け道を利用して自分には罪が降りかかってこないようにしてあるようだ。
この人が今法務大臣としての任命を文大統領から受けたのだ。
なぜこのものを法務大臣にしたかというと、
前々から韓国の検察改革について本を書いたりしゃべったりしていて
それが文氏の心をつかんだらしい。
同じ釜山出身というのもあるのかもしれない。
韓国の検察のどこをどういうふうに変えたいのか、筆者には今のところわからない。
韓国の検察には、どうも強圧的な部分があるらしい。
そんなところを改革しようっていうのだろうか。
でも、検察ってところは、悪を取り払うのが目的の部署だから、
悪に対してはあくまで強圧的でもいいんじゃないのかと筆者などは素人考えとしてはあるんだけれど。
文大統領の就任期間中にやりたいことのうち重要な柱の一つがこの検察改革であるらしい。
それを推し進めるにふさわしい人間がこのヂョ・グクという人間のようだけど、
彼の所属するソウル大の学生でさえ、ヂョ・グク反対デモを最初にやったくらい、
このものは偽善者としての烙印を大々的に押されている人間だ。
こういう人間を法務大臣にするってこと自体、正気じゃないとわたしには思われる。
しかし、ここがまたわからないところなんだけれど、
2019年9月9日、ヂョ・グク氏が法務大臣の任命を受けてすぐの週末、
検察庁の前の道路を出発点として、長くあるデモ隊(デモ隊発表で200万人)が道を埋めたのだが、
それがなんと「ヂョ・グク支持」デモだった。このときには筆者もたまげてしまったものだ。
前日までソウル大や高麗大などで大学生の「ヂョ・グク糾弾」デモが大々的に報道されていたため、
デモ隊のニュースを画面で見たときは、ははあ、やっぱり「ヂョ・グク」はだめじゃないか、と
思いながらみていたのだけれど、よく見るとなんと「ヂョ・グク支持」デモだったのだ。
開いた口が塞がらないとはこういうことをいうのだろう。
これじゃ、保守の自由韓国党(ジャユーハングクダン)はもう終わりだなと筆者も思わずうなだれてしまった。
決して筆者は自由韓国党支持ではないのだけれど。
あれだけ不正に取り巻かれているヂョ・グク氏を糾弾しようという党がこの党だからだ。
学生らももうなんの力もなくなってしまったのかと冴えない気持ちで1日、2日過ごした。
すると次の週末くらいに、今度は検察庁の前ではなくてソウルのグァンファムン(光化門)の道路を
埋め尽くしているデモ隊がテレビの画面に映っているじゃないか。
これが300万人と報道された「ヂョ・グク糾弾」デモであった。
安心した。
不正に対して断固示威を示した学生や市民、そして自由韓国党などが中心となって
不正糾弾デモを繰り広げていたのだ。
韓国は、このデモがクールだ。
クールジャパンは、すしとか自販機とかお祭りとかいろいろあるけど、
こちら韓国のクールコリアは、このデモがナンバー5以内には入るはずだ。
はじめにも書いたように、連日とまではいかないにしても
3日おきくらいに両方のデモが行なわれている。
ニュースにはほぼ毎日どっちかのデモの様子が画面を賑わすといっても過言ではない。
だから毎日デモがあるような錯覚に陥るくらいだ。
実は、今回のブログは、この韓国のデモについてそのルーツから探ってみようと思って書き始めたのだけれど、
文章が余りにも長くなってしまった。
韓国のデモの源流についての文章は、次回に書いて見たい。
れいわ新選組
このブログ、いちおう基本コンセプトは韓国に住む日本人が、
韓国の生のフェーズphaseを日本語で日本の方に紹介するというもの。
でも考えてみると、あくまで筆者のアイデンティティは日本人であり、日本のためになることを願うメルマガでもある。
日本のため(ひいては世界のため、あるいは人類のため、地球のため)になるのならば
内容はどんなことでもいいんじゃないのか。
発信する内容はなにも韓国情報にかぎらなくて、自由に書いてもいいんじゃないのかと思うようになってきた。
なぜこんな前置きのことばを書いたかというと、最近「山本太郎」が北海道から駅前街頭演説ツアーをやっている
ユーチューブをみて非常に感銘をうけ、いてもたってもいられない心境になったからである。
れいわ新選組。
太郎氏本人は今は参議院議員ではない。この前の選挙で落選したゆえ。
でも「れいわ新選組」から二人の議員を国会に送ることに成功し、本人は同党の党首だ。
議員時代よりもっと忙しいと本人は言っている。
太郎氏の「北海道旅打ち演説会」を見てはじめて知ったのだけれど、日本って、こんなにもヒンコンだったのか。
子どもたちの7人に1人が貧困、高齢者5人に1人が貧困、障碍者4人に1人が貧困、単身女性3人に1人が貧困。
こちら韓国でもよく言われるのは、
日本は、国は金持ちなんだけど個人は貧乏なんだという話。
ネット記事をみると、韓国が日本の貧困率をみてばかにしているとか、
そういうくらだらない記事が目に入るけれどそういう話ではない。
実際こちらで暮らしていて感じるのは、マンションの作りが韓国のほうがはるかに「豪勢」だし、
不景気だとはいっても人々の購買意欲とか建設事業の活発さは日本よりはやはり高いレベルにあるといったことども。
30年前、筆者が韓国に来て語学の勉強したりしているころ、
たまの一時帰国で田舎に帰り、久しぶりに幼馴染にあってしゃべったとき、
「韓国にも信号ってのがあるかい」
と聞いてきた友がいた。
「おめえ、知らねえのもホドがあるべ」
とやつの顎にストレートをかましてやりたい気持ちをぐっと抑えて、
「こんど、来てみろよ」
とおだやかに言ったことをきのうのことのように思い出す。
あれから30年(実際には31年)。
日本も変わり、韓国も変わった。
今でも勿論日本のほうが経済的にもノーベル賞的にもはるかに「上」をいっているけれど、
どこまで持つかいな? という気持ちが太郎さんの「旅打ち演説会」を聞いて、ものすごく強くなっている。
日本、危うし。
でも、こういうことはある。
2017年の4月ごろ、北朝鮮のキム・ジョンウンが弾道ミサイルはぶっとばすわ、核実験はするわで、
周辺国がパニックに陥ったときがあった。
すぐにでも韓国のソウルが火の海になるんじゃないのかといわれたことがあった。
筆者もmag2メルマガ(キムチパワー#159)でも書いたけど、風雲急を告げる韓国情勢ではあった。
日本にいる友らからも、「おい、大丈夫か」というメールやラインをもらったりした。
でも、韓国にいる当事者(わたし)は、けっこう何事もなく天下泰平といった気持ちで過ごしていたことを思い出す。
つまり当事者というのは、周りで心配するほどではないという定理があるということ。
こういうことを思うと日本の貧困に関しても、案外当事者(日本の方)たちは、
けっこうそんなこと実感せずにすごしているのかもしれない。
ただ問題は、人々の実感がナマのものとなったときには、すでに時遅しということだろう。
日本は過去20年間、はげしいデフレの時代をすごした。
20年間もデフレを経験した国はないというではないか。
でもなんとか日本が壊れずに生き残っていれてるのも、
日本という国の底力のようなものが何千年も昔からずっと存在してきたからではないのか
なんてことも思う。
このメルマガ、けっして山本太郎の機関誌になるつもりはない。
しかし、現在の日本を見ていると、いろいろの意味で心配になることも多い。
命をかけて日本のためを考えている(ように見えるし、たぶんそれは間違っていない)彼、太郎さんを
今回は応援したい。この前の選挙で議席を2つとって国政政党になれた「れいわ新選組」。
彼らの次の選挙に掲げる8つのテーマをご紹介して今回のメルマガをしめたい。
1.消費税を廃止にする
2.全国一律最低賃金1500円政府が補償
3.奨学金徳政令
4.公務員増加
5.1次産業戸別所得補償
6.「トンデモ」法の一括見直し・廃止
7.辺野古新基地建設中止
8.原発即時中止。
文言だけをこんなふうに箇条書き的に書くと、誤解される恐れもある。
消費税をゼロにするなどもってのほか。じゃ国の金をどうやってまかなうのか。と興奮する方もいらっしゃるはずだ。
太郎さんの「北海道旅打ち演説会」のユーチューブの中にその答えがあまりにも明確に出ているので、
関心のある方は是非そちらをご覧いただきたい。
9月28日が北海道路程の最後の日だった。
次は東北に下りてくるのか、はたまた全然違う沖縄あたりに飛んでいくのか。わからない。
けれど、草の根で駆け回っている太郎さんに心からのエールを送りたい。がんばれ太郎!。