はてなキーワード: 昭和生まれとは
昔読んだ漫画の中で、墓石屋の若手社員が発注ミスをして、「こんなものどれだって同じなのに」とぼやいたところ、上司が「自分たちは石を売っているのではなく、同じような石でも客の気持ちに寄り添って唯一無二のものとして扱うという対応を売っているんだ」と言い聞かせる場面があり、昭和生まれの自分はなるほど本質だなと思った。
しかし、本当にそうだったんだろうか。
昔から、バイトであろうとスーパーの店員もコンビニの店員も笑顔で明るくと言われ、そういう「対応」を売らなければならなかったが、最近になって、もうそういう時代は終わったんじゃないかと感じることが増えた。
近所のドラストやスーパーのZ世代の店員や外国出身の店員は基本的に無愛想だが、仕事は普通にやる。ちゃんとレジを打ち、レジに入金し、棚出しや値札付けをやってはいるが、無駄な愛想や慇懃さはない。
彼らが切り売りしているのは純粋な労働力であり、「対応」や「感情」ではないのだ。
だが、本当はそれで良かったんじゃないだろうか。
お客様は神様ですと思ってもいない事を口では言いながらニコニコと虚しい愛想笑いをしているより、今の方がよっぽど人間らしい働き方じゃないだろうか。
医療や福祉、教育など、業種によっては利用者や客の気持ちに寄り添うことを求められる仕事も多いだろうが、それは「気持ちに寄り添う」という仕事をプロフェッショナルとして遂行し、見合った報酬を貰えばよいのである。そうならなければいけない。
しかし一介の労働者が、本来の労働と同時に感情を削り、感情を売るというのはあまりにハードだ。特に日本ではその傾向が過剰すぎていた。他国に行った時、庶民が利用するレベルの店やサービス(コンビニやタクシーやカフェ)で、日本のように労働者が個人の感情を消して客の機嫌を取ろうとすることはまるでなかった。カフェの店員は面倒くさそうに美味しいカプチーノを淹れ、タクシーの運転手は「面倒くせぇ」と言う顔をしながらしっかり運転する。求めたサービスはちゃんと提供される。
それでいいのだ。
会社内でも「やる気」や「モチベーション」を、あるいはそれらが高いというアティテュードや「パフォーマンス」を売っているような気になることがままある。われわれはパフォーマーとして就職したわけでもないのにだ。
自分は出世のために、社内で以下の行動を取っているが、これらは私利私欲のために、差別的な社会構造の維持に加担してるのではないか。
まず、「男に期待される役割」を出来るだけ全うする。重いものを運ぶ、自分の作業が終わったら走って相手の作業を手伝い、真夏や真冬で屋外の作業に手を挙げて、権利主張をせずに黙って休日の付き合いもこなして、同性だけの会話ではひょうきんな変態スケベを演じる。
次に、「女に期待される役割」を奪う。誰かがやらないといけないが、直接評価には繋がらない雑用のポジションを譲らず、女しかいない会話では「女上げ、男さげ」発言をしてジェンダーフリー論者を演じている。
このように動くことで、昭和生まれから男女問わず支持を集められていると思う。年長男性からは「ハラスメントを心配せずに、安心して雑に扱って良い(=タフな)奴認定」され、年長女からは「女の苦労に理解のあるフェミニンな男」と認定されている(気がする)。
しかしこれは、ゴミを好き勝手に排出して、未来の世代「環境汚染を押し付ける企業と同じようなことをしてるんじゃないのか?と思うようになった。
自分が率先して負担のある仕事を引き受ければ、他の「男らしさ」から降りる同僚や後輩は「相対的に使えない(男らしくない)やつ」と認定される。事務職でも貢献が出来る難易度の低い雑用を俺が占領するから、女の同僚や後輩は評価を上げる足場を失っている。
「新人に任せない、女に押し付けない」のは良いことだと思っている。しかし後輩がメンタルを病んで休職しはじめたのは、彼女が評価を上げれる筈だったイージーな業務を、俺が自分の点数上げのために占領して、準備が出来ていない相手に対等を要求する職場にしたのが一因なのではないか。
本稿で提示するプロファイルは、10万件以上のブクマを有するidを対象に公開コメントをAIが解析し、その深層心理や思想傾向をモデル化した「テキスト・ペルソナ」です。これは実在する個人のプライバシーを暴くものではなく、言語活動に基づく批評的なシミュレーション(思考実験)です。特定の個人の社会的評価を操作する意図はなく、あくまでテキスト分析の一環としてお楽しみください。
世代・時代背景 (Generational Cohort):
生活圏・経済階層 (Habitat & Economic Class):
ライフステージ・役割 (Family & Social Roles):
専門性と認知スキル (Expertise & Cognitive Style):
情報摂取源とリテラシー (Information Sources & Literacy):
政治的・経済的スタンス (Political & Economic Stance):
「敵」と「味方」の認定 (Enemy & Ally Designation):
道徳的基盤 (Moral Foundations):
対人スタンス (Interpersonal Stance):
コミュニティ帰属意識 (Community Belonging):
「世界の全てを冷笑し、ワンルームの『コックピット』から呪詛を撒き散らす、孤独な氷河期サバイバー」
この人物は、現代日本が抱える「氷河期世代の棄民化」と「ネット世論の分断」が生み出した、悲しきモンスターです。経済的な停滞と社会的な孤立が、彼から他者への共感能力を奪い、代わりにネット上の過激なイデオロギーで空虚な心を埋めさせました。彼は社会に対して「復讐」するかのように冷笑的なコメントを書き込み続けますが、その刃は巡り巡って、誰とも繋がれない自身の孤独をより一層深めていることに、気づかないふりをし続けています。
5時夢月曜最新回で「昭和生まれへの誤解」というテーマで話してたが
「全員が戦争経験者」って思ってる奴は、小学校卒業したのか?第二次世界大戦が何年に終わったかわからないってことだよな?悲惨だ。教育の敗退
「全員バブル時代の恩恵を受けた」って思ってる奴も同様。バブル崩壊が何年か、中学の歴史の教科書には書いてある筈(小学校は知らん)
「ガラケーやワープロなど古い機械しか使えない」って…寧ろ家庭用PC使い始めた世代だが。昭和40年代初頭生まれだと仕事で紙テープにパンチした記録媒体とか使ってる人とか居て、そっから現代的なPCへの移行、並びにインターネットの黎明期から現代に至る進化を経験している生き字引だろが。そういうタイプはレアだとしても、団塊ジュニアくらいだとPC使うの当たり前、そのちょっと後だと学校で授業あり。そして勿論現在はスマホを使っている。というか。きょうび、老人施設に居る老人ですらスマホやタブレット使うだろ。お前らの爺婆も使ってるだろうが
「昭和生まれ同士に世代間ギャップは無い」わけない。ギャップは数年で生まれる。「伊沢みなみかわのクイズに出ない世界」という番組でここ数回「平成クイズ」をやっていた。平成生まれパネラーの3人の中でもギャップが生まれているのがつぶさにわかる内容だった
昭和は63年と一週間もあるんだぞ?50年前の世界と現在がどれだけ違うか考えてみろっての。昭和だけ60数年間同じ世界なわけないだろが。思考停止しとんのか。というか釣りか?ネタ?
今現在のパパ達は子煩悩だし育児参加率が高いから必然的に「ママ化」してるので好感度もそれなりに高いだろう
そして子供の反抗期も減り気味だろうから「親父うぜえ」ってのが無い可能性も高い
昭和生まれの父親はマツコ有吉が言う様にほぼほぼ嫌われてると思うわ
(「母親が異常で、父親が人としてマトモで子供に対する愛が深く面倒見も良い場合」は別だが)
そりゃあ「育ててくれてる」のが母親なんだから、子供がなつくのは母親になるよな
マツコが「父親は家に居なかった」「居てもほぼ口もきかない」と言っていたが、コミュニケーションも取れない人間を好きになるわけないよな
おまけに「父親・夫」というだけで威張り散らしてる様な男を好きになるわけがない
(ましてや金も稼いで来ない様な男とか人間としてだらしない男だったら、「世界一嫌いな人間」になるよな。他人より悪い)
母親が子供に対して「お父さんは外で一生懸命働いて、この家を支えてくれてるんだよ」と洗脳教育してくれてれば「尊敬」とかはあるかもしれないが「好き」とは違うよな
現代のパパ達はそんなクソ親父の孫世代になるのかな?(団塊の孫だとまだ子を持つに至らない年齢かなあ。昭和10年代生まれの孫とかが親になってるかね)
隔世の感じゃないけど、クソ親父の子供がクソ親父を反面教師として、自分が親になった時に多少マシになり、その子供は更にマシになった感じか
良かった良かった