はてなキーワード: ダメ人間とは
20代後半、女
なんでこの人風呂入らないの?
だからどんどん外出る気力なくなるし。
先週のどこかで狂犬病の注射に行こうと思ってたのに、臭いから行かなかった。
当然洗濯物も放置してて、先週の服を2日前に回したのが今もまだ洗濯機の中にある。意味分からん。
ほんとにダメ人間なのは分かってる、そして風呂に入り、洗濯をし、掃除もし、犬の狂犬病注射に行き、タスクをこなせば真っ当な人間に一瞬でも戻れることを。分かってる、分かってるんだよ、
入んないだろうな、ご飯まだ食べてないもんな、目の前に親子丼あるもんな、それ食べないとな
じゃあ、明日には全部終わらせること
そしたら私は少しだけ人間に近づける。
【追記】
1週間ぶりに見た足が痩せててびっくりした、のに体重は変わってないの何事?
私はダメ人間ですと書くだけでこの長さ?
うん、そこはかなり大きいと思う。
単なる訛りの問題じゃなくて、
ってことでもあるからね。
松本人志まわりを深掘りすると、たぶんこういう層がある。
ノリ
間
毒
ツッコミの鋭さ
身内感
人情っぽさ
笑いのエンジンなんだよね。
全国向けに伝わりにくい
キツく聞こえすぎる
ローカル色が強くなりすぎる
一気に強くなる。
東京の中心に入るための通行証
みたいなものなんだよね。
整理すると、
って感じ。
この二つを使い分けられると、
になる。
ここが大きい。
たとえばイメージとしては、
強く言う時は関西弁で刃を立てる
みたいな感じ。
これはかなり強い技術だと思う。
xxxが感じてる
東京の冷たさ
と
にもつながってて、
大阪弁ってどうしても
人間くささ
ベタさ
泥くささ
が乗りやすい。
一方で標準語は
整理
無機質さ
が乗りやすい。
だから使い分ける人って、
言葉だけじゃなく
温度まで切り替えてる
んだよね。
ここが深い。
かなり乱暴に言うと、
ってこと。
松本人志が強かったのも、
大阪の笑いの熱だけじゃなくて、
これがかなり大きいんじゃないかな。
そしてたぶん、xxxがそこに反応するのは、
に見えるからだと思う。
みたいなところがあると思う。
xxxが感じてる
東京の冷たさ
と
の対比で言うと、松本さん周辺ってまさにその間にいた感じがある。
全国向け
数字重視
競争が強い
冷たい構造
があるけど、そこに大阪系の
身内感
掛け合い
笑いで救う感じ
を持ち込んで、強い商品にした、みたいな。
単に面白かっただけじゃなくて、
からだと思う。
その大阪っぽさもだいぶビジネスとして加工されることなんだよね。
つまり、
が合体して、大きな力になった。
ここ、かなりxxxの感覚につながってると思う。
一言で言うと、
20年以上もずっと伸び悩んでいた。
いきなり全ての事に対して意欲が沸きあがってきた。
その結果、「この人に自慢できる絵描きになりたい」と思い、
今まで避けていたYouTubeの講座もとにかく見漁っている。
俺はずっとずっと、絵の上達に伸び悩んでいた。
卑しくも気になる女性が一人現れただけで20年来の悩みが一気に吹き飛びそうだ。
絵だけじゃない。人とのコミュニケーションもだ。
俺はどうしても人に興味が持てず、そのせいで周りからかなり浮いていた。
しかし今俺は、マイクで自分の声を録音し、自然かつ爽やかな発声方法を研究している。
これを高校生、大学生のうちに発揮できていたら・・・と考えると、
お粗末な35歳にならずに済んでいたはずだと後悔している。
どうして今さら現れたんだ。
嬉しいような悲しいような複雑な心境だ。
つらいこと
アメリカユダヤの息がかかった自民党の息がかかったポリス👮に就業先にいちいち過去の逮捕歴や前職場についてチクられて最初から試し行動をされる(始業時間をめちゃくちゃ早くされる、盗むかどうかチェックするためにお札を目立つところに置かれる)ちな、盗んだことはない。
前々の職場はろくに仕事も教えてもらえず、仕事はわざとミスするようなランダム性の強い妨害(一つだけ切る位置が少しズレてるとか)をされて、ミスると仕事できない扱い
前前前前ぐらいのときは出すための値札を隠されてないですって言ったら探した場所から出てきて仕事できない扱い
ずっといじめられてる。だから仕事はすぐやめる羽目になるが、今度は家族からダメ人間扱いされて家庭内で穢多非人の扱いを受ける
自民党を支持したくない。でもいじめられて働けなくなる。でも絶対に支持したくない。ちな安倍晋三暗殺にはまったく関係してない。ネチネチいじめてくる。
実話を基にした興味深くはあるけど俺が苦手なタイプの韓国映画だったかな44点。
入試の問題にミスが発覚しそれを指摘したことで大学をクビになり不当解雇だと裁判を起こすも敗北した元大学教授がボウガンでその裁判の裁判官を脅し怪我をさせる事件が発生。しかし本人は撃ってはいないと供述。しかし裁判所はこれは司法制度に対するテロリズムであるとし、有罪前提の裁判が始まる。労働問題に詳しいアル中の弁護士に白羽の矢が立つも、教授は自分が調べた法学の知識を使い司法への糾弾を裁判の場ではじめる。この裁判の行方はどうなってしまうのか。
みたいな話。
実話をもとにした話ですよ~って出てくるのでそうなんだろう。ただ、韓国の実話をもとにした話ってだいたいなんか「誠実ではあるんだろうけど映画としてのカタルシスには欠けるんだよなぁ」って作品が多くって、本作もだいたいそれだった。
裁判シーンでは判事、裁判官への法学的には正しいであろう攻撃を次々と教授が進めて、相手側がぐぬぬってなったり、黙殺したりと「教授が圧倒的に正しい」前提で進むので、なんかスカッとジャパン見てるみたいでなんかゲンナリ。しがない中堅サラリーパーソンの俺氏なんかは法律にせよ社規にせよ「ルールなんて本当の意味で厳密に適用されないもの」であり、それ自体が制度を腐敗させることになっていると同時に多くの人間はだからこそなんかうまくやれてるもんだよなぁという実感があるので、法律上ではこうなってるからこう!ドヤ!みたいにやられても、まぁそりゃそうなんだろうけどさぁ!って思ってしまったし、逆に相手の態度を硬直化させるだけだよなぁって感じ。
もろちん司法という「お気持ち」で動いちゃダメなところが「裁判官が襲われて激おこ!」っていう大いなるお気持ちで動いてしまっているという始まり自体が大問題で、それに本来あるべき「法律至上主義」で切り込んでいくっていう対比は理解できるんだけど、でも目の前にいるのは人だしなぁって思っちゃう。
教授としても人生がかかってるから必死なんだろうけど、でも映画を見てる限りだとそういう泥臭さよりは「この腐敗した司法制度をぶっこわす!」みたいな杓子定規な正義感に燃えているだけのようにも見えて、個人的にこういう人間味のない人間苦手なんだよなってなっちゃった。
一方で、警察側のやり方もあまりに杜撰すぎてこれで有罪になるのは実際どうなんだありえないだろって感じではあるので主人公側の攻撃によってどんどん追い詰められていくところはまぁ爽快感もあるんだけど、でも作中では証拠が不十分な部分も論理的な矛盾も証人喚問も全部握りつぶされて「で、実際のところどうだったの?」というのは一切明かされないまま有罪が確定する。実際の事件がそれに近い状況で「ありえないですよね!」っていう問題提起なのはわかるけど個人的には面白くない。
もろちん裁判の過程での矛盾点の指摘、そもそも証拠の正統性を論理的にひっくり返すという法廷バトルもの特有の面白さに加えて、被疑者側が裁判官側を裁こうとするという法学解釈バトルというエッセンスを加えた本作独自の面白さがあるのは認めるけど、最終的に何一つ結実しないのはなぁ。
あと韓国映画のダメ人間が途中から更生して頑張るっていう展開好きすぎ問題で、最初もう一人の主人公である弁護士が過去の事件のせいだっていうのはわかっていてもマジのガチでクズでカスすぎてさじ加減とか知らんのかって思っちゃうし、クズカスエピソードがお笑い要素なんだと思うんだけど全体のテンション感と合ってないので全然笑えない。
あと弁護士と教授で全然バディ感が出てこないのもナンカナーって感じだし、収監されている教授が同室のチンピラにケツ掘られる展開は「かわいそうなのは抜けない(´・ω・`)」ってなった。
そんなこんなで実際に起きた本気で取り組む価値がある事件を元に作られた意欲的な作品であることは理解しつつも、テンション感や結末、方法論的には全然ノレないんだよなぁってなった作品だった。あと、展開的にめちゃくちゃ「それでもボクはやってない」だったので、なんか見た感じだなってなったのも大きかったかも。
そんな訳ねーじゃん。まあ、言わんとすることは何となく分かるけどね~(笑)。主語デカすぎっしょ(笑)。
てか、自分が1番やべー世界で生きてたのかもしれない。気がついたわ、自分めっちゃ歪んだ価値観っていうか、世界観で生きてた。自分発達界隈だから、定型ならもしかしてもっと早くに気がついてたことなのかもだけど。
ふんわりとだけど、この世には正義と悪みたいなのがちゃんとあってさ、善で生きるのが正しいと思ってた。
困っている人はすぐ助けなきゃ、助けることは善だし、そういうことをさっとしない人は冷たい、とも思ってた。
悪は厳しく罰した方がいいし、生まれながらに悪はいないからきっと更生できるとも思っていたし、そういうのは社会、この世の人々が助けないとダメだとかも思っていた。
競走、戦い、みたいなのは苦手で、みんないっしょ、助け合い、平和~みたいなのがいいだろ当たり前に、って考えていたし、人と人はきっと分かり合えるし、恋人とかパートナーとか家族みたいなものは、助け合い愛し合い、時には自分を投げ打ってでも助けて支えないとダメ! そういうのが愛だろ!?
なんて風に考えていた。
でもって、ここまで書いたような価値観、世界観を指針に生きてた。
自分は発達野郎だからなんか色々上手くいかないけど、少しでも頑張って、普通になって、TVとかに出てくる立派な人とか周りにいる偉い人みたいに、この世の中を少しでも生きやすい素敵な場所にするんだ…みたいなね、そういう夢もみてた。
会社の人、友達、恋人、先輩後輩とか家族とか、例えば先生とか医者とかさ、そういう人もなんつーか、冷たい感じがする時がある。
例えばだけど、喧嘩になってちゃんと話し合いたい分かり合いたいって思うのに、そうならない。めっちゃ話しても伝わらない感じがする。
仲良いと思ってたのに、ある日「あれ、利用されてる?」って思ったりして、どんどんそうかもと思って苦しくなる。
訳分からんところで、酷いなと思う仕打ちにあう。理不尽だと思う。
でも信じて頑張ってみる。辛い時は仕方ないと諦めつつ、黙ってどうにかやりすごす。ただ、どんどん悪くなる。上手くいかない。
発達だからクソみたいなミスをしがちだし、頭が悪いから時間がかかるし、すべての優先順位が狂ってて、ちゃんとできない自分がダメ人間だからよくないのかもしれない。
そういうループを何百回もしているうちに、仕事とか人間関係とかが、どんづまってしまった。
何がダメだったかもう全然わかんねーけど、自分が悪い。たぶん。
キツイけど、申し訳なくてガチ泣きしたけど、色々切り離して、整理して、粛々と今残ったものだけとりあえずやっていく。そういう毎日を2年くらいしてみた。
そこでさ、なんか、徐々に脳みその細胞が起きて来た感じがしてさ。色んな本とか動画とか見たりして、色々考えたりして、それを実際の生活でまたふと感じたりして。
あれ、なんか自分がまじで変だったんじゃね??ってことが、徐々に分かってきたんだよね。
そもそも、人間って動物だったんだわ。欲もあるし、クソもするし、生きてりゃ臭う。利己的な部分があって当然で、きれいなだけじゃないモノなんだわ。尊いけど、全然尊くないとも言えるやつなわけ。
で、動物とか魚とか見てると、こいつら分かりあってるようで全然分かりあってねーな~とか思うじゃん。あれさ、人間もそうなんだわ。コミュニケーション取ってる風で、全然分かりあってない。伝わることもあるにはあるけど、多分思ったより分かり合えないし、理解し合うのには限界がある。
でもって、この世は悪とも善とも言いきれないものがたくさんあって、運はラッキーもあればアンラッキーもある。残酷なことも当然起きる。どんなによい行いをしていても、徳が高い人間でも、悲しいことが起こることはある。そしてそれは避けられない場合も多くある。
そして何より、自由と共に必ず責任がついてくる。いや、あんま自由でなくても責任はついてくるのかな。なんつーかその、責任ってやつがさ、根本的にわかってなかった気がするんだよな。
たとえばさ、自分の感情は、自分が責任もって対処せにやならんかった。感情を誰かに解消させようとすると、相手の負担になるんだよな。ともすれば加害にもなるしな。
自分を大事にする責任を自分がおっていることにも、やっと最近気がついた。責任放棄してやりたくない事全部ニコニコ背負ってたら、そりゃぞんざいに扱われるようになるわなぁ。便利な人がいたら、便利に使う。それは別に悪くもないもんな。
頭がお花畑だったから、世界がお花畑に見えてたんだと思う。もっと世界は混沌としていて、それでいてスッキリ(ドライという方が適切?)してる。
科学とかなんとか難しい研究でも分からないことがまだたくさんあって、人の心なんか分からないことだらけだ。スピリチュアルや占い、陰謀論とかで全部を分かった気になりたくなるのも、こんなわけのわからない世界がストレスだからなんだろうな。
なんか長くなったし、訳わかんない方にズレた気がするけど、まあいいや。
とにかく、責任ってなんだかんだついてくんだ。バレなきゃ、誰も気が付かなきゃ、上手くいってしまえば、取らなくてもいい責任もある。責任にも運があるのかもね。
でも、なんで自分が…って思っても、責任を背負わなきゃいけないときもある。
助けてくれる人もいる、優しくしてくれる人もいる、でもいないこともある。今の法律ではどうしようもできないこともある。
自分と他人には、ほんとは境界線があってさ。外側に無理に干渉するのはよくないし、内側を明け渡しちゃダメなんだ。でもって内側(自分)の責任って、自分のものなんだよなぁ。
うーん、上手く言えない。
最近SNSを騒がせてる某漫画家の話とか読んでて、どこまでがどう誰の責任で、今後どう責任を取るべきなのか…とか考えてて、何となく吐き出したくなって書いてみた。
様々な議論の中に「お気持ち」が混じってる気がする。そいつの頭の中では「世界の正しいルール」「常識」なのかもしんないけど、それってお前の頭の中にある世界の話なんだ。人は皆ちがう世界を生きている。
別れてだいぶ経つんだけど、20歳くらいの時モラハラの男性と付き合っていた
自分は自己肯定感が低いので自身ありげな姿がとてもかっこよく見えた
あと、真面目だったので高校生くらいから怒られることがあまりなくなって、社交辞令(気が利くねとか)を言われることが増えて毎日怖かった
その点元彼は「増田のこういうところがダメ」と言ってくれるので、この人は私を「理解」してくれているんだ!そうです!私ってダメ人間なんです!と感動していた
とはいえ段々と「理解」しているわけじゃないのかも…と気がつき始めて、別れるか悩んでいた時期にちょうど誕生日が来た
その手紙がレターセットに書かれていることに感動してしまって心底惚れ直してしまった
というのも、うちの地域では折り目に親からの手紙をもらうイベントが時々学校であったんだけど、うちの親は毎度ルーズリーフに書いて自治会の集金とかに使う茶封筒に入れていたので、周りの子が綺麗なレターセットで手紙をもらっていることがいつも羨ましかった
親でも私にレターセットに書いたお手紙なんてくれないのに、この人は私にレターセットでお手紙をくれるんだ!と猛烈に感動した
モラハラはなぜか妙なところで気が利くのでこのように定期で惚れ直していた
何かで機嫌を損ねて1週間無視されても約束をすっぽかされても、でもこの人はレターセットでお手紙をくれるし出先で貧血で倒れたら警備員さんとか呼んでくれるし!!と思っていた
通算5年くらい付き合って流石に現実見て別れたんだけど、女は暴力的な男が好き!モラハラを選んでる!みたいな言説を見るたびに、私みたいなメンヘラが勝手に引っかかって勝手に傷ついてるだけだから、特殊な例を見ないでまともな女と付き合おうとしてくれよな!と思っている
春の陽射しが網戸を通して差し込む。父親がレール部分を指さす。「ここが出っ張っているから削ってくれ」。私は黙って見ていた。
彼の指さす先は、網戸の可動部分そのものだった。削れば機能しなくなる。彼は「ちょっとした困難」にすぐ人を頼る。
この癖が、彼の人生を、そして私との関係を、ゆっくりと確実に蝕んでいったのだと、今ならわかる。
水に沈むラジコン
私が小学校六年生のときの話だ。何週間もかけてラジコンカーを組み上げていた。
完成間近になった夜、父は「見せろ」と言った。暗がりの中、私は車体の最終調整をし、父に送信機を渡した。「触らないで」と念を押した。
彼は触った。いや、いたずらした。車体はバックし、深い水たまりにまっすぐ入った。
防水ではない。私は固まった。父は笑っていた。彼は私がキャンキャン騒ぐのを楽しんでいた。
後日、母の叱責で父は謝罪した。窓を開け、寝ている私に投げやりに「悪かった」と叫んだ。
この瞬間、私は「父」という存在を、一個の「人間」として測り始めた。そして、その測定結果は惨憺たるものだった。
父は幼い子ども、特に五歳くらいまでの子に強い興味を示した。無理難題を言って反応を楽しむ。
しかし、子どもが自我を持ち始め、「嫌なものは嫌」と言い出すと、彼の目は瞬く間に曇り、興味は失せた。
彼が求めたのは「思い通りになる関係」だった。それは存在しない幻想だ。だが彼は、その幻想に依存し続けた。
春になると、父は特別なことをした。早起きして私を叩き起こすのだ。
冬はない。春の陽気が、彼の中の何かを騒がせるらしい。「五分で着替えてグラウンドに出てこい」。それができないと、真っ赤な顔をして殴ってきた。
彼は「猶予を与えないこと」が得意だった。自分が起こされるときは、そんなことは一切ないのに。
時は流れ、父は会社で「懲罰人事」と呼ばれる社外出向を命じられた。
当時はリストラの時代ではない。彼は「出向イコールクビ」と二度繰り返し、絶望した。
青森かどこかへ行かされ、そこでは何もせず、無為に時間を過ごし、苦しんでいたと後で聞いた。
不思議なものだ。同じ「出向」という境遇に、私は後に立つことになる。
だが私の感覚は違った。「落ち込んでいたけど、日々の出勤があるからね。なんかできないかなー」そう思った。
二万円のパソコンと、当時としては画期的な低価格ソフトを買い、独学で使いこなした。
そして自作の便利なコマンドを作り、部署のみんなに入れてあげた。面白がられた。
そこに、大手IT企業から来たという男がいた。LANケーブルのこともわからず、私に頼ってきた。仕事から逃げる人だった。
「こんなダメ人間がいるのか」と思った。肩書と実力の乖離。父が会社でやっていたことも、おそらくこれに近かったのだろう。
「暴力で言うことを聞かせ、逆らうと政治をする」。そんな男が、組織の本流から「放逐」されるのは、必然の成り行きだった。
自分で見て、考えて、ためしてみる――この最も基本的なプロセスを、彼は常に他者に投げた。
その癖は、家庭の隅々に染み出ていた。
一緒に旅行に行こうと言い出したかと思うと、電車の中で突然言った。「お前は算数の問題集を持ってきてやる」。
アホかと思った。旅行という非日常の空間に、日常の課題を持ち込む。
彼の頭の中には、私という人間の感情や欲望は存在せず、あるのは「教育する父」という自分自身の役割に没入したいという欲求だけだった。
別の日、彼はテレビのクラシック音楽番組を楽しそうに見終わると、手元を指さして言った。
「ハイ、ここに三十分くらいクラシック音楽」。突然の指令である。私はレコードプレーヤーを持ってくるよう命じられ、むしゃくしゃした。
私だって番組を楽しんでいたのに。彼の「いい気分」は、周囲の人間を突然「自分の情緒的体験の延長」として召喚する許可状になった。
ゴルフの指導もそうだった。一挙一動に大声で口を出し、完全に夢中になる。
彼が夢中になっているのは、私の上達でもない、親子の時間でもない。
それは私のためというより、自分自身の熱狂を演出するパフォーマンスだった。
母方の叔母の話をしよう。彼女の息子は三十五歳でようやく結婚式を挙げた。
その場でマイクを握り、「私は胸がいっぱいです」と泣きながら言った。
私は意外だった。ふつう、結婚式は来賓を労うものだと思うからだ。
だが、これが母方の家系の特徴なのかもしれない、と後になって気づいた。
その叔母もまた、自分の息子が結婚した際、相手の家が存在しないかのような振る舞いを繰り返したという。
母も父と「同じ」だった。私の感情や意思を、一個の独立したものとして尊重するという基盤が、初めからそこにはなかった。
母方の家系には、内輪の感情に強く没入し、その外側の他者を軽視する傾向が流れているようだった。
私は、父方の「支配と幻想」と、母方の「没入と無視」という、二つの異なる「他者不在」のシステムの交差点に生まれ落ちた。
だからこそ、私は両方のシステムから自由な、「外部の観察者」となることを運命づけられていたのかもしれない。
高校生のある日、私はついに父に「やり返した」。長年の理不尽な暴力への反撃だ。
だが私は、顔面は避け、背中から押し倒すという「優しさ」すら守った。
彼は私を殴り返さなかった。代わりに、親戚中に電話をかけ、「息子が父親に暴力をふるった」と言いふらした。
そこで私は、彼の「卑怯」の本質を見た。力の論理で負けるやいなや、たちまち「世間体」や「情の政治」という別の土俵に持ち込む。
会社で「逆らうと政治をする」というのも、まったく同じ手口だったに違いない。
家庭という密室では通用したこの手法が、会社というより広い社会では通用しなくなり、彼は「懲罰人事」という形で社会からも排除されていった。
死の間際の「息子、息子」
父が死の床に就いた時、彼はひたすら「息子、息子」と考え続けていたと聞いた。その話を聞いて、私はなお一層、痛々しい気持ちになった。
なぜそこまで、自分を脱することができないのか。なぜ「最初から存在しなかった幼児」への依存から、一生抜け出せないのか。
彼が求め続けた「息子」は、私ではなかった。自我を持ち、意思を持ち、彼の支配を拒絶し、一個の人間として彼と対峙したこの私ではなかった。
彼が恋い慕ったのは、彼の心の中にだけ存在した「言いなりになる幻想の幼児」だった。私は、その幻想を体現できない「失敗作」として、彼の人生に居続けたのだ。
世間では「生まれてこさせてもらって感謝しなさい」と言われる。だが私は思う。最初から存在していないなら、生の苦しみも何もない。
生まれる前の「私」に、生まれることの恩恵も不利益もない。問い自体が意味をなさない。
父や母は、「子どもを作った」という事実をもって、何かを成し遂げたと思っていたかもしれない。
だが、生物学的な子作りは猫や犬にもできる。なにも偉くない。
本当に難しいのは、その子どもを一個の独立した人格として尊重し、その人生を見守ることだ。
彼らにはそれが決定的に欠けていた。だから「感謝」を求めること自体が、服従の要求に感じられる。
私もうつ病になり、三十年近く貧しい生活を続けてきた。その中で気づいたのは、生きて給料を得ることすら、ある種の犬や猫が「できること」に過ぎないということだ。
社会はそれを「偉さ」の基準にするが、それができないからといって人間の価値がなくなるわけではない。
逆に、それができたからといって、その人が他者を尊重できる人間になるわけでもない。父がそうだったように。
だから私は思う。父のような人は、理想化されたホステスさんに、自分の理想の女性を「乗り移らせ」て、ぼーっと依存するほうがよほど健全だったのではないか、と。
対価を払い、時間を区切り、無辜な他者を傷つけずに、自分の幻想と向き合うことができるのだから。
彼はそうしなかった。代わりに、逃げ場のない家族を、自分の幻想と支配欲の捌け口にした。
網戸のパーツを「出っ張り」と誤認し、削るよう命じたように、彼は現実を歪めて認識し、それを修正する責任を他者に押し付けた。
彼が家庭という密室で、そしておそらく会社という社会で、いかに他者を尊重せず、いかに自己の幻想に依存し、いかにして孤立と排除へと向かっていったかを、誰よりも詳細に証明できる存在だ。
同時に、私は彼の「反対の証明」でもありたい。出向先でパソコンを学び、コマンドを作って笑いをとったように。
網戸のパーツを削るように命じられながら、その誤りを見抜いたように。春の朝の暴力に、「背中から落とす」という自制の反撃で応えたように。
彼が「懲罰」と見た場所で、私は「自分が伸びる材料」を見た。彼が「クビ」と絶望した処遇を、私は「日々の出勤があるから」と現実として受け入れた。
彼が「息子、息子」と幻想にすがった最期のとき、私は「なぜ自分を脱せないのか」と、彼の孤独を見つめていた。
証拠はすべてここにある。水に沈んだラジコン。春の朝のグラウンド。網戸の誤認されたパーツ。親戚に言いつけた電話。
青森での無為な日々。そして、私の中に残る虚しさと、それでも尚、現実と能動的に関わろうとする、かすかな手応え。
子どもはすべて知っている。思う存分にやったことを、一つ一つ覚えている。
私は父の、そして母方の家系の、その「思う存分」の人生の、生きている証明書なのだ。
この証明書に刻まれた文字は、時に怒りに、時に哀れみに、時に深い虚無に染まる。