S家の別宅

夫婦ふたりきりになりました。ふたりの生活をこれから楽しみたいなと思います。

猫道の家

2008-01-30 16:34:46 | Weblog
クジラは一日に9トンものお魚さんを食べるそうだ。

だから増えすぎたクジラを捕って食べることは、お魚さんたちの生態系を守る意味でもいいんじゃないかと思う。

牛肉や豚肉や鶏肉を食べている国が日本の捕鯨に目くじらを立てて怒るのも、本末転倒みたいな気がする。

食べるということで生きている命は、どうしたって何かを食べなければならない。
菜食主義を貫いても、植物の命を断つことでは意味は同じだ。
生きていたら食べなければ生命維持は不可能だから・・・・

みんな自分のことしか考えていないし、考えられないのが人間の本質?

つなぎ法案なんて姑息な手段を使っても既得権益を死守しようとするのも、人間の本質?
いや、これは違う。本質ではなくて欲だ。
国民に選ばれた議員は国民の方を向いて、国民の為に働かなければいけない、そのために国民は選んだんだよ!


きょうは寒さがゆるんできのうの雪から一転晴れ。
朝、見たことない猫がベランダを横切っていった。体デカっ!
我が家は猫の道・・・・・






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こだまはコタツから出られない・・・寒っ・・

2008-01-29 16:34:15 | Weblog
日曜日にお父さんといっしょに信濃美術館で展示されている障害者の人の展覧会を見にでかけた。

長女の働いている施設や県外の障害者施設からも出品されてる。この間長女がいっしょに付き添いで行った香港へ招待されたKさんの作品も飾ってあった。

それはとてもいい作品ばかりだった。

斬新な色彩感覚もデザインも、すごく素敵だと思った。

この作品展はスイスのローザンヌ美術館(ここはアールブリュットという精神障害を持った人たちのすごい作品を展示している美術館です)の館長さんも見に来たと長女が言ってた・・・


以前、軽井沢のメルシャン美術館で「アールブリュット」の展覧会があって、わたしも見に行ってすごい衝撃を受けました。

たくさんの人たちに見てもらいたいなあ・・・
そしていろんなものを感じてほしいなあ・・・


義父の初七日も過ぎた。
あれから仙台も雪が降って寒い日が続いているみたい。
死・・・そのものは遠くなるのに、生きていた頃のおじいちゃんの言った言葉や、笑い顔やそんな生きていた頃のものは鮮明になってくる。

何かが音も無く終わって、そこからまた新しいものが生まれてくる気配がする。

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あいた口はふさがなくていいさ。

2008-01-26 16:36:26 | Weblog
ガソリン税の2兆円ぐらい景気対策の為にみんな国民にあげましょう!・・・
っツーぐらい、アメリカぐらいドーンとした景気対策を打ち出せないかねえ、日本は。

チマチマとブリッジ法案なんツーのを考え出し、どうしたって税金をとろうとする日本の政府の島国根性というか肝っ玉の小ささっツーかを痛感する。

ねんきん定期便をまた送りなおし、1億円もまた余計にかけるおバカぶりが、いかに能力がないかをまたもや国民に露呈してるし・・・・

あいた口がふさがらないので、当分あいた口のままにしとこうと思うのだ。
しかも国民が払ったそのガソリン税で、国土交通省はリクレーションの用具とか買ってたっツーんだから、口が開きすぎてアゴがはずれちまう!

いかに道路だけでなくいろんなところにばらまかれていた税金かがわかって、こんなことゆるす国民でいいのかい!とわたしは怒る。

暫定的な税金を何十年も既得権益として、この既得権益を死んでも放さないと抱え込んでいる道路族議員たちも、みんなピロリ菌みたいに駆除されるべきだ。


そうそう、1週間飲み続けた膨大な量のピロリ菌駆除の薬は、かなり効いている気がするなあ。

こうして怒ることとキレることは違う。
怒りは正当なものだ!
自分の権利は自分で守らないと誰も守ってはくれない。

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我が家の猫関係

2008-01-25 16:46:04 | Weblog
我が家の人間関係、ではなく猫関係。

ブテと2匹の子どもたちがよくご飯を食べにきて、そこにどんこちゃんがたまに悲しげな顔でやってくる。

ブテと子どもはどんこちゃんにご飯を捕られるのはゆるせないのか?どんこちゃんにはすごい剣幕で怒る。
猫のけんかはものすごいのだ。
夜、わたしはブテの子どもとどんこちゃんがケンカして、とっくみあって、ボールのように一体化して、向かいの自治会館の庭の物置の戸に「ドカーン」とすごい音でぶつかるのを目撃して・・・・びっくりした。

体が大きいのに、妙に幸薄そうな顔をしたどんこちゃんはそれ以来、ブテの姿を見ると逃げる。(どんこは眼が大きく目じりが下がっていて人間っぽい顔してるのです)

そして我が家のこだまはブテやどんこちゃんはそれほど敵対していないけれど、お母さんに似た子供たちを見るや、興奮してしっぽが倍ぐらいふくれ、すごい声で家のなかから威嚇している。

そういう興奮状態の時、そばに寄ろうものなら、家族でもウギャーっと噛み付かれるのだ、


こうして我が家の猫関係の相関図が複雑化している。

そしてそんな猫たちを見てお父さんは「みんな仲良く共存できないのかい?」と言っている。


食うか食われるかの競争をしている今の社会とどこか似ている。


きのうの夜は冬の嵐で風の音でなかなか眠れず、埴谷雄高の「不合理ゆえに我信ず」という詩集を読んでいたら妙に頭が冴えてしまって、深みにはまり摩訶不思議な夢、しかもかなり不幸な・・・夢ばかり見ていて、ほとんど眠れず・・・・

ぐったり

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道路族議員はピロリ菌みたい・・・

2008-01-24 16:49:46 | Weblog
道路族議員がうじゃうじゃいてキモイ!

ガソリン税をなくせば国民の為にならないとかなんとか言って、口から泡をとばして意気込んでいる議員の上っ面の厚さ・・・

ガソリン税で箱物つくったりしてるだろうが・・・

地方はガソリンが高い。そして地方ほど公共の乗り物が不便だから、車に頼らざるえない・・・だからガソリン税が無くなれば地方にとっては私はプラスだと思う。

いろんな思惑が交差しているのがガソリン税だろう。
本当に何兆円も道路が必要だろうか?

先日、仙台に車ぶっ飛ばして行ったときも磐越道なんか、サービスエリアでさえ車が一台もとまってなくて、しかもご飯食べるところもシャッターおりてて、使えるのはトイレと自販機だけだった・・・


本当に必要な額だけを税金でとるべきで、あのうじゃうじゃいる道路族議員は、わたしの胃の中にいるピロリ菌みたいなもんだ。

せめてガソリン税の25円を半分にしろ!
30年も暫定で税金とって、おかしいだろうが・・

民主党も一度言ったことを変えるなよ。なおさら印象悪い。

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生きてる匂い。

2008-01-23 16:45:22 | Weblog
長女も香港から元気で帰ってきた。
車椅子のKさんも元気で帰ってきたようでほんとによかった。

招待なので、食事も豪華だったらしくKさんも長女もすごくおいしくたくさん食べたみたいで・・・・

ただ香港は車椅子の人には優しい街ではないから、どこに行くにも大変で、それがすごーく疲れたみたい。

その点は日本の方がすすんでるかもしれないな。

長女は香港が初めてだったんだけど、香港のエネルギッシュさと雑多な感覚がすごく気持ちよかったみたい。

わたしもそう、香港に行ったとき、肉屋さんのとなりに棺桶屋さんがあるのに、どひゃーっと感動?してしまった。
こういう感覚は人間っぽい。
インドで結婚式の行列とお葬式の行列がすれ違う感覚に似てる。

人の営みはそのぐらい自然で雑多でごちゃごちゃしていていろんな匂いがあって、悲しみのまわりにも喜びがあって、そして現実の生活があって・・・


おじいちゃんが死んでしまった日にも、きっと新しい命が生まれてきて、わたしがいつか死んでしまった日にも、赤ちゃんが生まれ、光がふりそそいでいて、誰かの笑顔があって・・・・そんな世界がわたしは好きです。

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他人の街だ・・・

2008-01-22 17:08:08 | Weblog
1月19日の夜中に義父は、亡くなりました。

お父さんとわたしは20日の朝、車で仙台にぶっ飛ばしていきました。

行く時、合津の磐梯山が雪をかぶってとてもきれいでした。
空はとても青くて、雲は夢のようにあって天気のいいきれいな日でした。
そのきれいな山を見ていたら涙があふれて仕方なくて、となりでお父さんも泣いていた・・・
こんな美しい日にじいちゃんは死んだんだなあ・・・・

じいちゃんが容態が悪くなったのは15日からでもうまったく何も食べられなくなり、わたしたち家族が3日のお正月に行ったときはまだ、酸素は吸入していたけど、庭でゴルフのクラブを振って笑ってたのに・・・・・


じいちゃんの日記は1月14日まで書かれていた。

1月13日に
「はじめて紙オムツをした。自然に生きていくことはけして恥ずかしいことではない。やわらかい心、かたよらない心で。どんど焼きがすんで正月も終わった」
と記されていた。


じいちゃんの日記をおばあちゃんに許可をもらってわたしは家に持ってきた。

ていねいに読みたかったので。

ご住職に枕経をあげてもらって、少したって大学病院の車が献体するじいちゃんの遺体を引き取りにきた。
みんなで見送ってしまったら、もう家はがらーんと空虚になった。

じいちゃんは献体する手続きを自分でしていたので、お骨もいつ還ってくるかわからないからお葬式はしないようにと手紙に書いてあった。


お父さんとわたしは次の日仙台を後にした。
「おやじがいない仙台は、なんだか生まれ育ったところなのに他人の街みたいだ」
とおとうさんがぼそっと言った。

わたしも何度もきている仙台の街が大好きだったのに、じいちゃんがいなくなったとたん、まったく違う町に見えた・・・

淋しい淋しい街になってしまった。

さよなら・・・大好きなおとうさん。
私の父が死んだ時と同じに、ぽっかり大きな穴が身体の中にあいてしまった・・・


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ブテのち、お子、時々どんこ

2008-01-19 16:44:15 | Weblog
ここのところ朝や夜の寒さはハンパじゃない。
ものすごーく寒い。

でもこれが信州の本来の冬の寒さです。

こだまは家猫の特権で、こたつにもぐりこんだままあまり外にも出ない。
最近、家のまわりはブテにブテのお子達、それとどんこちゃん・・・・猫だらけだから、かなりこだまは警戒している。

暮れに障子を張り替えたから、穴がなくなったので、こんどは息子の部屋のカーテンの隙間から外をじーっと観察している。

他の猫が庭にいると絶対出ない。


最近わからないのは、なぜ救急車に乗せられるほど重病な人なのに、病院は搬送拒否できるんだろう?
なぜそんな理不尽なことで命を落とさなければいけないんだろう?
まったく理解できない。
救急車の意味がない。

私も腸ねん転になったとき、一番近くの病院は麻酔科の先生がいなくて、手術ができないと断られた。
次に電話した病院がたまたま麻酔科の先生がその日はいたのでよかったけど、そこもいなかったら・・・・どないなってただろう?と少し恐ろしい。

救急車はきちんと受け入れてほしい。

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「取っちまえばどうってことない」・・・とドクター

2008-01-18 16:29:57 | Weblog
胃の検査の結果が出て、胃がんはだいじょうぶだった。
ただ、ピロリ菌に感染しているので、これからはそのピロリ菌の除去の治療をすると先生に言われた。

ピロリ菌は胃潰瘍や胃がんの原因にもなりやすいから駆除してしまわないといけないんだって。

昔、井戸水なんかを飲んでいた50代以上の人には7割いるんだそうだ。

まあ、ガンじゃなくてピロリ菌ちゃんぐらいでよかった・・・・
ピロリ菌って聞いて、頭に浮かんだのがマンガのアンパンマンにでてくるドキンちゃんのイメージだった・・・

「ガンだったら生き方考え直すと思ってました」、と先生に言ったら、先生は「そんなのとっちまえばいいんだからどうってことない」と軽く言われたので力がぬけましたが・・・
それでも手術のダメージは6月に経験済みなので、もう手術はいやだと思っていたからほっとした。


きょうは長女が香港へ旅立つ。
施設のKさんがとてもいい絵を描くので、香港に招待されて、車椅子なので長女はつきそいでいっしょに行くのだ。

企業がお金を全額出してくれるので(太っ腹!)お金は心配ないんだけど、車椅子のKさんをひとりで連れていくのが少し不安もあって、きのうは「だいじょうぶだよね」と同意を求めてたので、「だいしょうぶ、どうにかなるし、いざとなったら誰にでも助けてもらえ」と私は言った。

ほんとは少し心配でもある。

でも香港に着けば、スタッフがいるので手助けしてくれるだろうし・・・・
Kさんの絵はもう香港に展示されていて1枚は売れたそうだ。

障害を持っていても、絵はすごくすばらしい絵です!

Kさんにとっても長女にとっても楽しい思い出になりますように!

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義父の手紙の重さ

2008-01-17 16:26:47 | Weblog
仙台のじいちゃんから手紙。

この間みんなで来てくれてありがとう。写真を早く送ってほしいとのことで、ちょうど写真を送ったばかりだった。

8月にじいちゃんの生まれた広島に行ってきて、広島の空に向かって手を合わせたときのこと、広島に原爆が落とされ、20数万人の人たちが亡くなり、廃墟と化した広島・・・・核の恐ろしさをもっと世界中にわかってもらわなければならない、と書かれてあった。

高齢者のがんは今まで一生懸命生きてきたご褒美に仏様がくださった天寿がんであること。心の準備をさせていただくにはこの上ない病気なのだということ。

親が子を殺す、子が親を殺すという悲惨な事件が起きている今の社会は、死の意識を故意に遠ざけているのではないか?
もっと身近に死を想え、死を忘れるなと教えることで生命の尊さがわかり生きる意欲と生かされている喜びがわかるはずだということ。

戦前戦後を生き抜いた私たち老人が今こそ生命の尊さ、生かされている喜びを声を大にして訴える時だということが書かれていた。

最後に今年も多くの友人に年賀状を書くことができて有り難いことです。自分のまわりの人たちみんなが良い一年であることを願っていると結んであった。

じいちゃんはすごい人だと思う。
そして自分は大きな力で生かされてきたといつも言っていた。
今まで生きてきたじいちゃんの本音だろうと思う。

わたしも若い時はけして思わなかったけれど、病気をしたりして、やっぱり自分は生かされているんだと思えるようになった。

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