文化ブログ
阿部和璧(あべかへき)が世の中の良いもの、凄いものを紹介する。
「学生アニメ制作者たちが語る 自主制作アニメの魅力」というイベントを開催します。
自主制作アニメとは、商業を目的とせず制作されたアニメーションのことで、それが利益を目的としないものだけに、作り手の思いを直に感じることができる作品に出会えます。
今回は学生アニメ制作者たちの声を聞きながら、彼らが感じている自主制作アニメの魅力や、面白さを来場者のみなさんとシェアするイベントを行います。
タイトル 「学生アニメ制作者たちが語る 自主制作アニメの魅力」
日時 2013年2月2日(土)10時から11時45分まで
会場 豊島区民センター1F総合展示場(東京都豊島区東池袋1‐20‐10、豊島区役所から南へ3軒目のビル内)
ゲストスピーカー 斉藤靖征さん(アニメーション研究会連合代表)、東京理科大動画研究同好会の方々、塩原璧(ペキサイト代表)ほか
参加費無料/参加申し込み不要
連絡先 Miracle Water(ミラクルウォーター)阿部和璧 abekaheki@gmail.com
もしこのようなイベントに興味を持たれた方は、当日、会場まで足を運んでいただければと思います。
また、当日には「北斗の拳」のケンシロウや「キン肉マン」の声優として知られている神谷明さんらのトークベントや、マンガやアニメで地域活性化を行っている自治体が集っての展示やシンポジウムも開催されますので、そのついでにでも来ていただければと思います。
豊島区の「東京マンガ・アニメカーニバルinとしま」のページ
「時空を越えた希望の光」~『魔法少女まどか☆マギカ』11話、12話を観て~
もし、これまで自分の全てを賭け、闘い続けてきたことが、実は全くの無駄であり、むしろ敵対者の利益にしかならないと知らされたらどうすればよいのだろう。前回の10話では、同じ時間を何度も繰り返し、主人公を助けるために闘い続けていた少女。そんな彼女が11話の冒頭で知らされたことは、自分が闘い続ければ続けるほど、より事態を悪化させ、負の連鎖を生み出すという事実だった。
一方の主人公は、これまで知らなかった魔法少女という存在が辿ってきた運命の数々、自分を守ってくれていた少女がなぜ、そこまでして自分を助けようとするのかという理由を次々と知らされていく。「祈りから始まり絶望で終わる」全ての魔法少女たちが繰り返してきた運命。幾つもの時間を重ねてきた少女が語った自分に対する特別な想い。彼女はそんな全ての魔法少女が背負わされた哀しみを、これまにで自分のが失った仲間や、失いつつある少女の気持ちを思いながら理解していく。
そんな中で、彼女たちの住む街に訪れる「一度、具現化しただけでも何千人が犠牲になる」という災厄。「魔女」という形で現れたその災厄は、人の力ではどうすることもできない圧倒的な力で主人公を含む、ささやかな日常を送る人々を飲み込もうとしていく。まるで今起きているこの国の現実をデフォルメしたかのような世界では、「希望を持つ限り救われない」という閉塞的なルールが全ての魔法少女たちを支配している。
何度もくじけそうになりながら、必死でそのルールに抗ってきた少女が、絶望の淵に立たされた時、それまで自分に自信が持てず、漠然としか家族や友人に囲まれた日常の価値に気づかなかった主人公が、自分が大切に思い、守りたいと願うもののために決断する。その決断はたぶん、95年にアニメーションとしては驚異的なヒットとなった『新世紀エヴァンゲリオン』の自己承認の物語や、その流れを汲む「セカイ系」、「空気系」の作品群。さらにそこから先に続く決断主義(バトルロワイアル)的なものとは異なる感覚の上に成り立っている。
周囲からの自己承認でも、社会とのつながりの希薄なセカイでも、まったりとした仲間内でも、殺伐とした生き残りゲームでもない感覚。それはたぶん、多くの複雑な問題を同時に抱えながら、それを自分の頭で考え、迷いながらも単に自分のためではなく、一人でも多くの人の心にまで届く力のある答えを導き出していくような態度なのだと思う。ある種、献身的な思いから生まれる決断の先にあるものは、もしかすると、場所や時間を越えたこれまでにはないつながりを人々にもたらしていくのかもしれない。
震災という大きな災厄が降りかかった日本という国で、今、幾つもの善意が結びつき、新たなネットワークを築こうとしている。それは国や組織や時間といったこれまで私たちを縛ってきた存在の枠組みを越え、個人と個人が感情という緩やかなつながりによって結びつき、確かな変化を社会にもたらしていくのかもしれない。チュニジアを震源として始まった中東の「草の根」的な革命の動きも、不条理な現実に死をもって抗議した一人の青年の死が、多くの民衆の心を動かし、人々の前に立ちはだかっていた理不尽な「ルール」を壊すことを可能にしたのだから。
もしかすると『魔法少女まどか☆マギカ』という作品は、あまりにも現代日本的なリアリティーを反映させた「萌」的な外見をしながら、その実、人々の心に、「理不尽な制度やシステムがあるのならば、それを変え、壊していくことを人々が望めば叶うかもしれない」という気づきを生じさせた作品として後世まで語り継がれるものになるのかもしれない。時空を越えた様々な情報が飛び交い、それを自らの力で判断していく「魔法」の力を持つネットユーザーたちにこれほど支持されている作品なのだから。
4月25日からニコニコ動画で一週間無料後公開される『魔法少女まどか☆マギカ』第11話「最後に残った道しるべ」へのリンク(12話へのリンクも有り)
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『魔法少女まどか☆マギカ』公式サイト
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長年、魔法少女ものでは暗黙の了解として問題視されてこなかった、「なぜ少女は魔法少女になれるのか?」という根本的な問題を突き詰め、魔法を得るためには代償があること、その裏に隠された悪意などを盛り込んで、一見、よくある萌系アニメという外見をしながら、その中に現代の厳しく残酷な社会の姿を盛り込んだこの作品。第1話を見た時は、そのいかにも無害で気の弱そうなキャラクターデザインに違和感を覚え、つながりの薄い断片的なストーリーにも入り込めず、大した評価をしていなかった。しかし、これまでにない戦闘シーンの異質さや、いつもなら無条件で少女の味方になるはずの、少女の傍にいる小動物の不審な振る舞いなど、過去の作品とは異なる要素が気になって作品を見続けた。
すると、3話では、それまで主人公を親身になって助けてきた少女が、互いに力を合わせようという約束を交わした直後に魔女に食い殺され死亡。魔法少女の世界ではタブーとされてきた死や、残酷な描写で、この作品がこれまでのものとは違うのだということを印象付けた。それ以後も、魔法という存在が生む非日常が、日常を侵食していく不穏な空気や、魔法少女という運命が、登場人物たちにもたらす不安や絶望を、まるで物語のパズルが次々とはめ込まれ、奇妙な絵を浮かび上がらせてていくようにして表現。互いに異なる価値観を持ち、時としてぶつかり合い、また助け合う彼女たちの姿や、様々な事実が明らかになるたびに揺れながら、それでも自分にとっての真実を抱き戦いの渦に飲み込まれていく様子は、ある種、巨大な社会システムや天災に翻弄され、その状況に適応していくしかない、我々の姿を思わずにはいられない。
異なる過去や価値観を持つ他者が溢れた世界では、たとえわずかでも分かり合える存在に出会うことは難しい。だからこそ人は時として、多くの犠牲を省みず、自分にとって大切な存在を守ろうとするのかもしれない。しかし、そんな努力が実を結ぶとは限らない現実は、予想もしなかった出来事を巻き起こし、容赦なく人々を飲み込んでいく。東日本大震災が起きた前夜に、関西で放映された第10話では、魂を賭けるほどの願いと引き換えに魔法少女になったもう一人の主人公が、永遠とも思えるループ状況の中で、たった一人の友達を救うためにのために多くの困難と闘い続ける。確かに現実は、どんなにやり直すことができたらという思いがあっても、それを巻き戻すことは決してできない。しかし、巻き戻した現実が同じ状況を永遠と繰り返すような世界の中で、確信や覚悟を持ち続け、出口を見出していくことも難しい。
「萌」、「セカイ系」、「空気系」、「ループ」といった90年代中盤以降、サブカルチャーの中に出現してきた様々な要素を盛り込んだこの作品は、もしかすると、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が起きた、95年に放映された新世紀エヴァンゲリオンと同じように、アニメファン以外の人々にも大きなインパクトを与え、その後の文化や表現に対して何らかの影響を与えるものになるのかもしれない。自分探しや、社会との断絶、自傷行為や日常への回帰といった個人の様々な揺れが入り乱れたこの国の、「ゼロ年代」や「失われた20年」と言われる時代の閉塞感。その先にある、日常と非日常の境目さえもが曖昧になり、死の影が周囲に漂っているようなリアリティーの中で、人がどう生きていけば良いのかを示した作品として、残り2話を残すこのアニメーションは、人々の心に刻み込まれるのかもしれない。
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村上隆さんのスタジオで開催されたワークショップに参加するために、埼玉の三芳という町を訪れることになった今回の東京滞在。初埼玉ということで、折角なら他にもどこか訪れようと、思い浮かんだアニメ『らき☆すた』の聖地巡礼。双子の主人公の父親が、宮司を務める鷹宮神社のモデルとなった鷲宮神社は、神社という「巡礼」に適した場所性や、熱狂的なファンの巡礼によって、たぶん最も知名度の高いアニメ聖地として知られている。特に今年は大晦日に主演声優が神社からテレビ中継を行ったこともあって、三が日の参拝客が47万人と、ちょっとあのスケールの神社では考えられない状況が起きていたという。
そんなこととはつゆ知らず、軽いノリで降り立った東武伊勢崎線鷲宮駅。特に『らき☆すた』が好きな訳ではないはずなのに、微かな胸の高鳴りを抑えることができなかった。早速、駅の階段を下り、駅前のロータリー的場所にあった雑貨屋を覗くと、そのガラス戸からすでに「萌え化」が始まっていた。築40年ほどの年季の入った駄菓子屋兼たばこ屋は、昔ながらの雰囲気を残す落ち着いた佇まい。しかし、店と外とを仕切る8枚ほどのガラス戸のには必ず『らき☆すた』をはじめとした萌え系少女のポスターが貼られており、それが醸し出す非日常的破壊力に思わず苦笑がこぼれてしまう。
折角なので内部も覗いて見ようと、ガラス戸を開け店内に入ると、昔風の陳列ケースに収められたお菓子類と共に、『らき☆すた』みやげ「ツンダレソース」といったいかにもな商品が置かれている。他にも店内の棚や天井周辺にも、様々な冊子やイラストといった形で、萌え的侵食は終了済みだった。クラクラする頭を何とか正常に保ちながら、店にいた60代位のご主人に、「お正月も聖地巡礼とかで人が来ましたか」と尋ねると、そういった対応に慣れた感じで、「結構来ましたね。今年は元旦の夜中に声優さんが来たし、三が日の天気も良かったから」とにこやかに応えてくれた。
駅とほぼ同時期に開業したという「染谷商店」の歴史も教えてくれたご主人は、これまでの経緯を、「5、6年前までは年配のじいちゃん、ばあちゃんばかりだったのが、アニメの登場で、最初は30代ぐらいの『らき☆すた』ファンが多くなって、この1、2年はカップルでやって来る。年齢も若くなって、大学生はもちろん高校生まで来るようになった」と説明。元旦の状況についても、「昔は行ってすぐ初参りできたが、2、3年前からは時間の見当がつかなくなった。拝殿からの行列が道路の先までつながって、4、5時間待っているのが普通になった」と教えてくれた。
切り抜いた新聞による話では、2007年に15万人だった三が日の参拝客が、2008年には30万人と倍増。「去年はちょっと少なかったかな」という数字が今年より2万人少ない45万人。今では大宮の氷川神社に次ぐ埼玉県で2番目に初詣客が訪れる場所として賑わいを見せている。「アニメもマンガも区別がつかなくて見ていない」というご主人から見た「聖地巡礼」をする人々は、「やさしい、親切な人が多い」とのこと。「ゴミくずを捨てないし、汚さないから。紙くずなんか持って来るからね。じゃあウチに置いといていいよって言ったりする」という人々らしい。
中でも、「いつも朝食代わりに菓子類を買いに来てた人」として印象に残る「もてぎくん」という人物は、テレビのドキュメンタリー「オタクと町が萌えた夏」という番組で有名になった人らしい。「原作者より上手いんじゃないか」という痛絵馬(アニメキャラクターを描いた絵馬)を巡礼記念に奉納し、1000枚奉納を今も目指しているという青年の第一印象は、「暗い感じに見えた」。しかし、奉納を重ねていく内に「だんだん友達も出来てきて、顔も明るくなってきた。上海万博に自分が絵を描いた『らき☆すた』神輿が行く時には、みんなのカンパで一緒に行くことができた」という「ご利益」もあったらしい。
「他にもいい話がいっぱいある。神社の取り持つ縁じゃねぇか」と誇らしげに語ったご主人の頭上には、「地元新聞社に務める息子の友人」が、原作者に描いてもらったサイン入りのイラストが飾られており、神社と共に『らき☆すた』という作品が、少なくとも商売に関連したこのお店にとっては、特別な存在になっているようだった。懐かしいキャラメルやチョコレートを購入し、お礼と共に店を出た時には、すでに30分以上過ぎていた。しかし急ぐ旅でもないので、冷たい風の吹く町を買ったばかりのキャラメルを舐めながら歩いていった。
駅前から徒歩5分程度で着いた鷲宮神社は、アニメのオープニングシーンで使われた風景が現実にあるというだけで、特にこれといった感慨もなかった。作品や登場人物に強い思い入れがある訳でもないし、関東最古の大社と言われても、境内を散策し、拝殿に参拝してしまえば、他にすることもない。かなりの数奉納されていた痛絵馬を写真に収め、参道に書かれていた神社の由緒を読み終えた頃には、大晦日以来営業しているであろう出店の人々が、お昼の参拝客を見込んで動き始めていた。平日の午前中ということで、少なかった参拝客の中には、2、3人の「巡礼者」を見かけたが、あとは中学のサッカー部員らしき5、6人の少年たちが、互いに冷やかしながら痛絵馬を覗き込んでいた。
境内を後にして、以前は門前町として栄えていたであろう寂れた通りを歩いていると、ここにもさっきの「染谷商店」と同じように店頭に萌え系ポスターを貼った店があちこち見かけられた。中には靴屋なのになぜか「ツンダレソース」を売っている店や、上海にも行ったという『らき☆すた』神輿が店頭に鎮座しているフォトショップがあったりと、この場所自体が日常から少し浮き上がった空間として、また「侘び、寂び、萌え」を地でいく場所として独自の存在感を示していた。それはちょうど昨年訪れた『見っけ!このはな』という地域アートイベントで感じた「異界化」と同じように、強い熱量を持つ何ものかを、固着した現実に融合させることで、より広いものの見方や、固定観念に囚われない発想を生み出ことを可能にしているように思えた。
今回、聖地巡礼をきっかけにした「萌えおこし」の現場を歩いて感じたことは、アートだけでなく、ある人々の強い思いが凝縮した存在が生み出す熱量の可能性だった。去年一年間、「オタク」や「萌え」といったものをリサーチした中で、まだこれといった答えは見つかっていないけれど、「萌え」という存在が生み出すある種の熱量が、現実を拡張し、それによって広がった空間に一風変わった風をもたらしてくれることは、鷲宮神社の幾つもの「ご利益」と共に確かなことのように思えた。
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鷲宮神社ホームページ
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YouTube 「オタクと町が萌えた夏」 らき☆すた 聖地巡礼 Part1/5
ウィキペディア 痛絵馬
ウィキペディア 萌えおこし
アマゾン 『らき☆すた』 ブルーレイ コンプリートBOX 【初回限定生産】 [Blu-ray]
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今年9月、京都国際マンガミュージアムで開催された「マンガ表現規制問題の根源と問う」というシンポジウムに参加するまでは、この問題はいわゆる「エロ」とか「ロリ」とかいった分野に関わる人以外、関係無いものだと思っていた。しかしパネリストの呉智英さん(評論家)や、山口貴士さん(弁護士)の話を聴けば聴くほど、この問題が単なる趣味や性的嗜好の問題ではなく、民主主義の根幹に関わる問題だということが見えてきた。
条例を簡単に説明すると、東京都が条例内に定めた性的描写のあるマンガ、アニメ、ゲームを青少年(18歳以下)に売ったり、貸したり見せたりしないように出版社や制作会社、販売者は勤めなければならないというもの。定めた性的描写については、法律に触れる性行為やそれに近い行為、また近親相姦やそれに類した行為が対象となる。これらは「努力目標」であって、具体的な罰則はないけれど、現在、出版分野で行われている「東京都の不健定図書(有害図書)」の指定を受けた場合、業界の自主規制ルール(連続3回、もしくは1年に5回以上指定を受ける)により、それらの出版物は、通常経路での販売が不可能となる。
この条例の狙いは「東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案質問回答集」というネット上でも見れる都が提示した長いQ&Aで再三書かれているように、「青少年が性的対象として描写された悪質な漫画などを青少年の目に触れさせないこと」というものであり、その趣旨自体に反対する人は少ないと思う。(今年4月版で今回の可決版とは異なる部分もある)しかしだからといって、出版社や制作会社のほとんどが東京に集中している状況で、それらの企業やマンガ家をはじめとした創作に関わる人々が強く反発している条例を、たった3週間で再提出して通過させるようなやり方が果たして正しいのだろうか。
一連の石原都知事の発言のように、自己の「健全さ」を信じて疑わない人々が一方的に条例を推進し、それを制度として多くの人に押し付ける。確かに過激な性表現を含むマンガやアニメ、ゲームなどが氾濫した現状に問題がないとは言えないが、それがあたかも青少年の「不健全さ」を助長した戦犯のように扱われ、短絡的に制度化されてしまうこと。複雑な背景があるにもかかわらず、問題を単純化して解決しようとする人々が、そこから零れ落ちるものの存在を見つめることなく、切り捨て多数決で押し切ることに強い違和感を感じる。
これまで便宜上優れた制度として採用されてきた民主主義という手法は、確かに多くの人々が共存していかなければならない社会を運営していくためには大きな力を発揮してきた。しかし、人々の多様な内面に関わる極めてデリケートな問題に対して、積極的に介入し、それを制度化するような場合には、あまりにも柔軟性を欠くのではないだろうか。東京都は過去にも、君が代不起立問題などで教師らを戒告、減給処分にしたりと、公権力という強者の力によって個人の行動を制限する動きを見せてきた。今回は制作や創作に関わるより多面的な文化の問題に規制の網を張るのだから、上から視点で物事を一方的に押し付けるのではなく、互いの妥協点を見出すような建設的な対話が必要ではなかったのか。
最近よく行く講演会やシンポジウムで、一般的に行政と言われる側に立つ人々の、あまりにも社会や文化を作り出す個という視点を欠いた発想や、個から生まれる熱量や思いの欠けらもない発言を聴いていると、戦後日本の復興にはこういうシステムが極めて有効だったのかもしれないが、未だにそのような価値観や発想が蔓延した状態ではこの国の未来は本当に危ういのではないかと思う。個人的に問題が起きることは、その問題に向き合い解決していくための絶好の機会と考えている人間にとっては、今回の改正案可決によってあぶり出された問題に向き合いながら、より多様な価値観を受け入れる社会のあり方を模索していきたいと思う。
ウィキペディア 東京都青少年の健全な育成に関する条例
東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案質問回答集のサイト
ウィキペディア 呉智英
ウィキペディア 山口貴士
ウィキペディア 石原慎太郎
9月20日に京都国際マンガミュージアムで行われたシンポジウム「マンガ表現規制問題の根源を問う」の書き起こしが掲載されたサイトのページ
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まばゆいばかりの光の中で、無垢な姿を見せる少女たちを見ながら、最初に思い出したのは、現在も京都市美術館で開催中の『ボストン美術館』の中で見た、モネの作品の中にある光の効果のことだった。野外制作によってもたらされた鮮明な色彩を表現するために、点描的な手法を用いたモネ。それまでの絵画にはない、圧倒的なまばゆさを手に入れたモネは、その光によって睡蓮や積わらの風景の中に生まれる、その一瞬がもう二度と戻らないかけがえのないものであるということを表現したのだと思う。
それは当時のフランスで流行した日本の浮世絵の中に結果的に込められていた、「もののあわれ」や「せつなさ」といった存在と同じで、自身の中にもあったそんな思いを絵画の中に込めたということが、少なくともモネの絵画の中にはあるのだと思う。そうでなければ、最初の妻の死顔の、刻々と変化していく様子を素描で描き残そうとするような行為はしなかっただろう。光の変化によって作り出される一瞬。開きかけた睡蓮の花の淡いピンクが作り出す「せつなさ」。そういったもと共通するものを村田蓮爾さんの作品の少女たちにも感じることができる。
そんな風に考えていくと、村田蓮爾さんの作品に描かれた少女たちは、鈴木春信や歌麿が描いた「美人画」の系統をきっちりと受け継いだもののように思えてきて、まばゆい光の中で表情豊かに描かれた少女たちの、もう二度と戻らない一瞬の「せつなさ」に思わず目を細めてしまいたくなる。そしてだからこそ一見日常のありふれた瞬間のようでありながら、もう二度と帰らない一瞬を切り取った作品として、国内だけでなく海外でも多くの人々から評価される「美人画」になりえているのだと思う。
そんな少女たちを描く作家がどんな人なのかは、「一番最初の方は昨夜の3時に並ばれた」という熱狂的なファンでなくとも気になるところ。さらにカラスケース内に収められた鉛筆書きの「原画」の質の高さを見ても、ぜひともライブペインテングが観たくなる。そんな期待を胸にして臨んだイベントは、誰もが気軽に参加できるものというよりも、主に10代後半から20代の村田蓮爾ファンであり、自身もイラストを描いているような若者たちのワークショップ的な「ガチ」なエネルギーに満ちていた。
第一印象としてはちょっと近寄りがたい雰囲気を漂わせていた村田蓮爾さんは、全身黒づくめの服装で登場。司会者からの紹介も早々にあいさつ代わりとして自身の中で、「最もスタンダードなキャラクター」という「たけおちゃん」のライブペインティングを披露。描きながら質問に答えていくという、素人からみれば離れ業のような描き方でさらりと絵を完成させていく。さらには観客の要望に答え、まるで下絵があったかのように描かれていく人物たちにはそれぞれに魅力があり、そこで何かが生み出されていく臨場感を味わうことができた。
しかしイベント全体としては質問する若者たちの緊張した空気が最後まで会場を覆い、一般の人には分からない用語や制作に関する技術的な質問が多く、「村田蓮爾さんアレンジによる『ちびまるこちゃん』のたまちゃん」が見たいと思っていた人間にとっては肩苦し過ぎた。イベント後のサイン会でファン暦10数年という方に聞いた話では、「村田さんはライトノベルベやゲームのイラストレーターの先駆者のような人だから、リクエストをして描いてもらえる機会はない。ここはどうなっているのかとか知りたいことがあるから今日のような感じになったのでは」ということだった。
サイン会終了後、、折角話を聞ける機会があるんだからと控え室まで同行し、イベント中に思ったことや、先ほどのファンの方からの話を元に「聞きたいことがあるんですが?」と尋ねてみた。すると村田蓮爾さんは第一印象とは違った打ち解けた感じで、「何かに萌えるとかフェチとかってあるんですか?」という質問に、「ショートカットの女の子というのが好きで、色はオレンジが一番好き」と「たけおちゃん」に込められているであろう要素について回答。
その答えに勢いづけられ、「お尻や胸に対するこだわりについても教えてください」と言ってみると、少し呆れたような照れたような感じで、「巨乳とかよりお尻が好きなんで、お尻の丸みとかパンツの食い込みとかいいですよね。でも胸がぜんぜんないのも寂しいんで、ちょっとあるぐらいに描くことが多いですね」とその辺のこだわりについても聞くことができた。
さすがにそれが最後の質問ではまずいと思い、「ではこれからどんな風に作品を作り続けていかれたいですか?」と問いかけると、村田蓮爾さんは真面目な顔に戻り、「自分の求める絵は描けてないんで、毎回描きながらそれより良い絵を作る努力をしている。もっといいものができるはずだけど、上手く描けないから、もっといい絵を描きたいです。絵は終わりがないんで、どこまでいっても満足できないんで」とこちらの身まで引き締まるような回答で質問を締めくくった。
正直、あれだけのクオリティ-の絵を描ける村田蓮爾さんから、そのような言葉が発せられるとは思ってもいなかった。しかし「小さい頃から絵が上手かった訳ではなく、いとこのお兄ちゃんが電車とか描いてて、それを貰ったり、絵を教えてもらってて、上手く描けたら楽しいじゃないですか」という言葉を信じるならば、イベントでの「描けなくなることってありますか?」という質問に対し、「今でも描けない時はあって、じたばたする以外にないです。ずっと絵を描くしかなくて、自分の気に入った線が描けるまで努力するしかない」という言葉が本来の村田蓮爾という作家の姿なのかもしれないと思った。
京都国際マンガミュージアム 村田蓮爾展紹介ページ
ウィキペディア 村田蓮爾
村田蓮爾さん公式ホームページ
京都市美術館 ボストン美術館展 西洋絵画の巨匠たちのページ
アマソン 『村田蓮爾責任編集 「robot」 vol.6』
アマゾン 『村田蓮爾責任編集 「robot」 vol.10』
アマゾン 『村田蓮爾責任編集 「robot」 vol.4』
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最初の動機は、ネット上で「ワンフェス」について検索しても、充実した「フォトレポート」はあっても、その詳細を記録した文章が存在しないと感じたのが始まりだった。そんな中で、ならば「文化ブログ」でそれを書き、日本だけでなく、世界の人々に、「ワンフェス」がどういうものかを紹介し尽くしてやろうという野望を胸に向かった会場。しかし実際、いざその状況に身を置いてみると、落ち着いて人の話を聞いたり、細かくメモを取りながら状況を理解していくということがほぼ不可能だということを思い知らされた。
まず何より大前提として会場が広すぎるのだ。規定除外枠で朝8時からイベント終了時の5時過ぎまで会場を彷徨い歩いたのだけれど、それでやっと会場全体を見終えたというとてつもない広さ。そしてディーラーという出店者の方々も販売や撮影許可への対応で精一杯で、落ち着いて来場者と話すような余裕はほぼ皆無といってよかった。予想とは大きく異なった展開に、なぜ「フォトレポート」にならざるおえないかを十分理解しながらも、しかし、少なくともその1日の流れを個人的な体験を元に記録してやろうとあがいた文章を、興味のある方はお読みください。
2010年7月25日、朝5時5分、東京駅の改札内を走り抜ける一団が、まるでお約束のようにいて、逆に安心してしまった。それほど多い数ではないが、彼らが目指すのは中央の乗り場から最も離れた京葉線のプラットホーム。その勢いにつられ足早について行ったが、結局、5時11分発の電車に乗り込むためには猛烈なダッシュが必要だった。息を切らせて乗り込んだ車内は無理すれば座れなくはない程度の乗車率。客層はもちろん若い男性がほとんどだが、見るからに「おたく」な人は2割程度であとはどこにでもいそうな普通の大学生風の若者たち。手に携帯ゲーム機PSPを持ち、何かをプレーしている人の数が通常より多い気がした。
約30分ほどの電車に揺られ、着いた海浜幕張駅。そこでも大した混雑はなく、足早に会場に向かう人がほとんどだった。ここで一旦その流れから離れ、「早朝からやっているコンビニは一軒のみ」というローソンに立ち寄り十分な飲食物を購入。この行動は昨年夏にネット上で研究したコミックマーケット(コミケ)による情報を自分なりにアレンジしたもので、食べ物や飲み物の補給がおろそかになりがちな会場では大変役立った。規定外入場が可能なため、急ぐ必要はなかったが、特にやることもないので、周辺のベンチに座り朝食を済ますと、ゆったりした足取りで会場へ向かった。
駅から会場前待機列に着くまで割と時間がかかったのと、駅周辺でゆっくりし過ぎたこともあって、最後尾に並んだのは7時15分。その時点で待機列は約500メートル、一列8人で1メートルに1列半が入ると考えると、約6000人が開場2時間半前に並んでいることになる。元々大きなイベントにあまり興味がない人間にとっては、コミケの待機列の凄さがだけが画像として焼きついているだけに、結構当たり前のように思っていたが、今思い返してみるとやはり凄いものだと思う。男女の比率は9対1か8対2ぐらいで、茶髪ギャル系の女子などもいてバリエーションに富んでいた。
周辺の人と仲良くなれたら、ワンフェスについて色々教えてもらおうと思ったのだが、そういうことは全く起きず、仲間同士でトレーデングカード(トレカ)で遊び始めた人々を眺めていると時間は過ぎ、規定外入場が可能な時間が近づいたので列から離れた。正面の受付で事務手続きを終え、そわそわしながら入場可能な8時を待っていると、目の前を折り目正しい服装の人が行き交っている。何かと思いそんな人々の後について行くと、『「エホバのもとにとどまりまさい!」地域大会』というのがすぐ横のイベントホールで開催されるようで、そこにも小さな列ができていた。
運営スタッフの方に2度ほど、「もう少し待ってください」とたしなめられられながら、規定外入場者としては一番乗りした会場。テレビやネット上で見たそのままの会場俯瞰位置から1階フロアーに降りて行ったが、その後一体何をすればよいのかが分からない。とりあえず設営中の企業ブースに展示されている萌系、ロボット系アニメのフィギュアを見始めてはみたものの、準備に忙しい人々の中、冷やかすようにショーケースを覘いていくのはどこか気恥ずかしい。それに後からもう一度時間をかけて見直して思ったことだが、企業が作った製品としてのフィギュアは、あまりにアニメや原作に忠実過ぎて面白みに欠ける気がした。確かに精巧に3次元化されてはいるのだけれど、あまりにも原作のキャラクターそのままで、それを確認するだけで十分なような気がした。(アニメキャラに対する愛着がほとんどないもので…)
そんなこんなで企業ブースエリアを後にして、右も左も分からずに歩いていると、いきなり後ろから声を掛けられた。知り合いなどいるはずもない状況なだけに、驚きながら振り返ると、そこには前回紹介した「フィギュアの系譜」展で作品解説をしてくださった海洋堂ミュージアムの方が立っていらした。その方は、「今回はフィギュアミュージアムブースと四万十川カッパ造形大賞の応援」ということ来場されていたのだが、その時点ですでに完全なアウェー感を味わっていただけに、これは大変有難がった。すがるような思いでその方の話を聞き始め、「ワンフェス初体験の初心者が一体どのようにしてワンフェスを楽しめるのか」を尋ねた。
するとその方は、「ワンフェスは当日版権の作品販売があって、人気ディーラーさんのフィギュアは販売数も決まってるんで、コレクターとか転売屋とかがそういうのを入手するために徹夜したりするんです。もともとはガレージキットといった個人レベルのスピリッツから始まったものだから、そのスピリッツを感じてもらえば」と遠慮深げに話された。その内、その方が手伝われている「四万十川カッパ造形大賞」の話になり、すぐ横に展示してあった作品を見ていくと、夏休みの工作的作品から、制作期間3ヶ月以上という精巧な作品まで、そのクオリティーは本当に様々。同じカッパをテーマとした作品でも、色々なアイデアが盛り込まれており、その多様性が本当に面白かった。
「モデラー(模型制作者)は作った後、人に見せるということに意外と無頓着だったりするので、枠装とか見せ方とかもっと工夫すればさらに良くなるのに」とその方はアートや文章の世界にも共通する鋭い意見を述べられていた。個人的には完成度の高いものより、「素朴な作品」が結果的に生み出す「面白さ」に目が行ってしまい、まるで作者の奥さんの裸をそのまま3次元化したかのような作品「かっぱのかみさん」には、深い愛情やら、隠された制作意図があるような気がして、この文章を書いている今も深く考えさせる作品だった。その他にも数多くの注目作があり、長い時間その場にいたのだが、忙しい設営時間を割いて、話を聞かせてくださったその方の助力がとても有難かった。
「免疫がついてくると大丈夫ですよ」と言って送り出してくださったその方の声を背に、次は個人ディーラーが集うブースへと向かった。予想ではもっと大掛かりな設営や準備をしている所が多いのかと思いきや、意外に小さなテーブルに作品を展示するようなディーラーが多かった。開場前1時間を切っているというのに、ブース内で塗装を続けている方がいたりと、案外のんびりとした雰囲気が個人的には良いように思えた。フィギュアの種類としては事前情報通り、圧倒的に「美少女系」又は「萌え系」と言われるような作品が多かった。中でも東方プロジェクトのキャラクターたちのは、「今一番流行っている」らしく、8頭身サイズのリアルなものから2頭身サイズの「ねんどろいど」タイプまで開場の至る所で見かけられた。ちなみに2番目に多かったにはヴォーカロイドキャラの初音ミクだったと思う。
そんな中、ウルトラ怪獣のフィギュアの展示準備をされていたディーラーの方と目が合い、話を聞くことができた。その方はガレージキットの創成期の気合だけで作品を作っていた頃から、この世界に興味があったという方で、20代後半にしか見えない外見だが、実は40歳とのこと。「コンパとかで造形が趣味と言ったりするとやっぱり引かれるんですよね。怪獣系は3次元をそのまま大きくしただけだけど、美少女フィギュアをやってる人は2次元を立体化してるんで、そっちの方がレベルは高いかも。最近は女性の原型師さんも多いんですよね」と最近のフィギュア業界の事情を話してくれた。
やっとこの場に馴染んできて、さあ色んな人の話を聞きに行こうと思った途端、館内放送が「まもなく開場時間が近づいております。プレス関係者は事前に指定された待機場所へ集合してください」と告げ始めた。慣れない場所なので、慌てて指定場所の特設ステージ前へ行くと、そこにはすでに80名ほどのプレス関係者が待機していた。本格的なカメラを手にしたり、いかにも関係者っぽい雰囲気を漂わせた人々は、こういう場所でよくあるように、お互いに同業者に対する無言のプレッシャーを与え合いながら居心地の悪い雰囲気を作り出していた。どうせ暇ならお互いに気持ちよく情報交換すればいいのにという思いから2人ほど話しかけてみたが、どちらもこちらが無所属の人間だと分かると蔑むようにして離れていった。
そんな悲しい出来事に心を痛めている暇もなく、外から直接つながった入場ゲートのシャッターが閉じられた。どうやら開始と同時にシャッターが開き、そこを猛者たちがダッシュで入場していく、噂の「シャッターダッシュ」が見れるらしい。そんな「コミケ」を研究した時に資料でしか読んことのない出来事が、実際この目で見れるとは。そんな思いに胸を高鳴らせ、小型のデジカメを構えていると、警備の人に「そこ勝手に待機場所からはみ出さないで」と怒られた。今日は朝から悲しい思いばかりするなぁと思いながら枠内に戻ろうとした瞬間、入場ゲートのシャッターが開き、朝の光が開場内に差し込みだした。
(その2につづく)
ウィキペディア ワンダーフェスティバル
ワンダーフェスティバル 公式サイト
ウィキペディア モデラー
ウィキペディア 東方Project
ウィキペディア ねんどろいど
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もともと形状、色彩といった細部にまでこだわり抜いたクオリティーを誇る海洋堂作品なだけに、一度1つの作品の前で足を止めその細部を目で追い出すと、時間を忘れて見入ってしまう。特に入った左手にあるウルトラマン関連の作品が並べられた場所のカネゴンのフィギュアは、成田亨さんの斬新なキャラクターデザインと相まって、独特の世界に引き込まれる。
ウルトラマンをリアルタイムで見たことのない世代にとって、1部の部屋にあったソフトビニール製の怪獣たちでさえ、極めて現代美術的面白さを感じるのだが、ここまで精巧かつ緻密に再現してあると、その不思議なフォルムや色彩に、視点を移しながら長時間見続けてしまう凄みがある。原型制作者は中澤博之さんという方らしく、電柱の上で思案するカネゴンの姿は、その方が独自に考案された設定らしいが、当時の時代背景やカネゴンという怪獣の悲哀を巧みに演出している。
入り口付近の特撮関連の展示から奥へ進むと、次はアクションフギュアと言われる関節可動式のフィギュア展示へと続いていく。「リボルテックヤマグチ」という開発者・山口勝久さんの名前を冠したシリーズたちは、歌舞伎で言えば見得を切るように、アニメや歴史上の人物やロボットが様々な「決め」ポーズを取ることが可能。人形としてどうしても動きの少なかったフィギュアの世界に動きをつける面白さをもたらした画期的な技術だという。
それまでにもマクファーレン・トイズ社の『スポーン』が関節可動式を採用してヒットを飛ばしていたが、海洋堂は、『北斗の拳』シリーズなどで積み重ねてきた技術に山口さん独自の発想を注入し、関節可動率が格段にアップ。大ヒットした「エヴァンゲリオン初号機」のポーズ再現率は多くのフィギュアファンに「革命的」とまで言わしめた。現在ではその技術が美少女フィギュアにまで転用され、様々なアニメシーンが再現可能になるなどファン拡大に大きく貢献しているという。
そこから右手奥に展示されているのは、一世を風靡した「チョコエッグ」をはじめとする食玩やボトルキャップシリーズの作品群。一見すると何でもない動物フィギュアだが、そのシリーズごとの動物のチョイスや、それぞれの動物の特徴を最も現した動きの切り取り方は松村しのぶさんろいう造形作家あってこそ。プロの博物館員や海外の造形作家たちをも唸らせる手腕は、『ゴジラ』や『エヴァンゲリオン初号機』でも発揮され多くのファンに支持されているという。
ちなみにこれらの情報はこの日が展示の初日ということで、設営や展示の最終チェックに来られていた海洋堂フィギュアミュージアムの方に教えていただいた話や、今週末に開催されるワンダーフェスティバルについて学ぶための資料として読んだ宮脇修館長の『創るモノはきらめく星の数ほど無限にある』や、あさのまさひこさんの『海洋堂マニアックス』などの情報を元にしたものです。(作品自体の凄さや面白さは理解できるが、作品詳細についての知識は皆無なので)
展示室の一番奥、ロボット系フギュアの最後を飾るのは谷明さんの作品群。第2次世界大戦で活躍した戦車などを食玩としてシリーズ化したワールドタンクミュージアムで知られる造形作家が最も得意とする分野で、その造形力を最大限に発揮した『ファイブ・スター・ストーリーズ』のヤクトミラージュというロボット兵器は必見。周囲の原型師からも天才的とまで言われる凄さが、作品背景やガレージキットという名称すら知らない者にも伝わる作品となっている。
これら特撮、ロボット、動物系のフィギュアの後に続くのが、美少女フギュアなど女性キャラクターを中心とした作品群。村上隆さんとのトークショーで自らの作品史の大枠を話されたBOME(ボーメ)さんの代表作『鬼娘』や、村上さんとのコラボ作品『KO2ちゃん』のナースバージョンが見られるなど、まとまった数のBOME作品が展示されている。その中の幾つかには、確実に「萌え」という言葉でしか表現できない不思議な吸引力を芽生えさせるものがあり、トークショーでBOMEさんが話していた「立体を所有したい」という気持ちが理解できる気がした。
そんな「萌え」要素を個人的に最も掻き立てられた作品が、大嶋優木さんの造形された『新横浜ありな』。2004年のベネチアビエンナーレ日本館の公式カタログのおまけとして制作されたフィギュアであり、その作品自体は何度も写真で見ていたが、実物の威力は圧倒的。「魚の造形が好きで海洋堂に入ったので、美少女系はあまり得意ではない」という海洋堂スタッフの方でさえも、「これは私にも来るものがある」と言わしめるだけの破壊力が、なぜ10センチ四方にも満たないあのフィギュアに宿っているのか今だ謎のままである。
最後にぜひ紹介しておきたいのが、世界名作劇場などのヴィネット(作品世界を凝縮したジオラマ風フィギュア)で知られる香川雅彦さんの作品群。『赤毛のアン』や『アルプスの少女ハイジ』といった名作アニメから『カードキャプターさくら』まで、そのアニメ世界が数センチ四方のフィギュアの中に凝縮された作品群には、何か特別な魔法でも用いたかのような不思議な力が宿っている。
このようにそれぞれに得意技を持ち、フィギュア造形に対する高い戦闘力を誇る「海洋堂」という造形集団。元は一坪半しかなかった大阪の一模型店が、ここまでの知名度とブランド力を誇るまでになったのは、「好きを極める」という「おたく」スピリットと、それを厳しくも暖かい目で見守り続けた創業者の人間力の賜物なのだと思う。
(前編を読む)
ウィキペディア 海洋堂
ウィキペディア 成田亨
ウィキペディア アクションフィギュア
ウィキペディア リボルテック
ウィキペディア 松村しのぶ
ウィキペディア 谷明
ウィキペディア ワールドタンクミュージアム
ウィキペディア ガレージキット
ウィキペディア 大嶋優木
ウィキペディア ヴィネット
ウィキペディア カードキャプターさくら
アマゾン 宮脇修著『創るモノは夜空にきらめく星の数ほど無限にある―海洋堂物語』
海洋堂 リボルテックヤマグチ紹介ページ
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土偶、埴輪といった現在ではその制作理由が明確でない存在から始まり、奈良・平安時代の呪術や祓えの際に使用された人形(ひとかた)などは、土や木で作られた存在に対して何かしらの思いを込めるという、現在の我々が人形やフィギュアに対する時の態度と基本的には同じ構造が、1万年前から続いているという事実を確認できた点では興味深かった。
さらにそこからいきなり江戸時代の雛人形や伏見人形へと時代がワープした点にはもう一つ納得いかないものがあったが、すでに庶民の娯楽となりながら、そこには同時に自然や死や闇といった得体の知れない存在に対する恐れのようなものがはっきりと刻印されており、当時の人々の内面が投射されていて面白かった。医学や科学が未発達な時代、人々が頼りにできたものは信仰しかなく、それが人形という存在にまで及んでいること。そんなことを考えながら展示を見て回った。
大正時代に新たな気風風俗を取り入れ復活した博多人形や、西洋から輸入されてきてビスクドールなどを起源とするフランス人形といった第二次大戦以前の人形たちにも、ハレ的な存在でありながらも、どこかしらに残る穢れ的な恐ろしさを感じさせるものが残り続けていた。それらはたとえば最近再びブームとなりつつある妖怪といったものに対する、本来人間が持つ自分より大きな存在や得体の知れないものへの恐れの表れなのだと思う。
しかし、そんな恐れも第二次世界大戦を経た戦後日本では急速に忘れ去られていく。アメリカ的大量消費を背景とした社会では、日本の土着的闇や自然を恐れるといった概念は消し去られ、表面的で空洞化した人形たちが大量生産されていく。ブリキのオモチャから始まって、セルロイド人形から昭和40年代のリカちゃん人形。男の子用で言えばGIジョーを始めとした軍隊関連の玩具や、『ウルトラQ』から始まる特撮ものや怪獣ブーム。そしてその直前の50年代、消えかけたともし火が最後の輝きを放つようにして起きた「こけしブーム」や「河童ブーム」を見ていると文化の組み換えが確実に進展していったのだと理解できる。
それはリカちゃん人形のパッケージに記された文字にも見て取れる。昭和40年代の和洋折衷のちぐはぐな家付の「リカちゃんドリームハウス」や、平成2年(1990)の「リカちゃん朝シャンドレッサーさわやかさん」。リカちゃんのライバル的存在、ジェニーは昭和61年(1986)と62年(1987)にピエール・カルダンやハナエ・モリの着せ替え衣装付きのセットが販売されるなど、いかにも時代を感じさせる人形たちが世に送り出されていった。
また海洋堂前史を語る上で忘れてはならない存在として大正11年(1922)に大阪三越で販売を開始した『グリコ』がある。「ひとつぶ300メートル」のキャッチコピーで知られるこのキャラメルは、おまけに造幣局で制作されたメダルが付くなど、その後のおまけ文化に大きな影響を与えた。また1950年代以降のグリコのおまけを見て思ったことは、この世代から野球選手カードや仮面ライダーカード、ビックリマンシールや現在のトレーディングカード、さらにはキン消しやポケットモンスター内のモンスターなど、確実に収集に対する喜びを植えつけられた世代が育っていったことだろう。
そんな世代が着実に育っていき、いわばいわば豊かに耕された土壌の上に、大きな社会現象を巻き起こすことになる食玩という収集癖をくすぐる高品質、低価格のおまけをひっさげて海洋堂が登場してくる。そしてその圧倒的勝利はこれまでフィギュア(人形)というものに興味のなかった人々にまで興味を持たせ、広くフィギュアに対する認識を新たにすることに成功したのだった。(後編に続く)
京都国際マンガミュージアム 夏の特別展 フィギュアの系譜展--土偶から海洋堂まで
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