文化ブログ
阿部和璧(あべかへき)が世の中の良いもの、凄いものを紹介する。
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「傷ついた街」展に観る3.11後の世界 写真家レオ・ルビンファイン講演を聴いて
展覧会のちらしにあった9.11がもたらした「心理的な傷」という言葉を意識しなくなるまでは、どうしても被写体にある様々な表情を「傷」として読み取ってしまっていた。しかし、幾つかの写真は単なるポートレートとしても優れたもので、自然に良い写真だなと思いだすと、ある瞬間を切り取られた様々な国に生きる人々の姿だけが見えてきた。
そんな写真を撮った写真家が、一体どんな言葉を語るのかを楽しみに向かった講演。演台に立った写真家は、強い作家性を感じさせる人物というよりも、リゾート地にいるようなごく普通のアメリカのおじさんといった感じの人だった。
また講演で語られた言葉の多くは、「写真が持つあいまいさを受け入れて撮っている」と言った写真ほどには良さを感じるものは少なかった気がする。しかし、9.11以降感じ続けてきたことを語った部分には、今後の我々にとってもヒントになるようなことが含まれていたように思う。
「精神的な傷はひどかった」という世界貿易センターの崩壊を目の当たりにした後、ニューヨークが包まれていた「暗さ」を抜け出すことができなかったというルビンファインさん。それは多くのアメリカのアーティストにとっても同様だったらしく、そのことを「感情が麻痺した状態」と表現。「様々なものが空っぽで、つまらないものに見えてしまった」のだという。
そんなルビンファインさんの救いとなったのが、「避難所のようだった」という東京での生活。そして少年時代を過ごしたという東京で撮った一枚の写真だった。渋谷を歩く金髪の日本人少女の表情。そこに不安さやはかなさ、「美しくもあり、美しくもない仮面のようにも見える」といった様々ものを感じ取ったのだという。
そのことは、国家や戦争といったものが、人々を覆い尽くし、「個人的なものより国や戦争が大事なんだ」という印象。さらには、「個人的な希望や夢がつまらないもの」という感覚を残した9.11以降のルビンファインさんにとって、何かしらの琴線に触れるものだったらしい。
以後、様々なプロジェクトと並行して撮影された世界各地に住む人々を撮る中で、「日常的に頑張っている人たちの多様性」。またそんな人々だけでなく、自分たちさえも犠牲者になりうるからこそ感じる、そこにいる人々のはかなさを感じるようになったのだという。
「このプロジェクトを通して迷いながら見えてきたものは、人々の髪の毛一本、目の中の光。口、小さな傷やささいなディテールが非常に意味を持って貴重なものになってきた」といったルビンファインさん。「傷ついた街」の撮影という行為そのものが、9.11以降、自分が負っていた深い傷を癒すための過程だったのだろう。
3.11という未曽有の危機に直面し、「傷ついた街」を幾つも抱えるこの国。これからの私たちに求められるものは、それらの街や、自身が住む場所に存在する他者とのある種の地縁、血縁、趣味や興味をはじめとした感情によるつながりというだけでなく、時には国や人種、宗教や言語を超え、そこに見出せる個人的かつ人間的な共感によってつながる絆のようなものなのだろう。
概念や数字で物事を考えるとき、ともすれは個人を見失いがちになる世界の中で、新たな他者と向かい合うことで見えてくる風景が、時に自分にとっての新たな道しるべとなるのだろう。
※注 展示は大きめのギャラリーサイズの空間に35点の作品が割合窮屈に展示されているので、すべての人々にお勧めできるものだとは思えませんでした。
「傷ついた街」展が紹介されている東京国立近代美術館のページ
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