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「ありふれたものの凄さ」~建築家・藤森照信さんの「土と建築」講演を聴いて~

京都国立近代美術館で8月22日まで開催中の『生存のエシックス』展という展覧会の関連イベントとして行われたこの講演だが、正直、「エシックス」(倫理、道徳)なんて一般化されてない言葉をタイトルにつけた展示には、何か小難しそうな印象を持ってしまい足を運ばなかった。だから講演以外のことは全く分からないけれど、講演は終了後、参加者たちの「面白かったよね」というささやきがあちこちで聞こえてくるほどに良いものだった。
「土と建築」という地味でパッとしないタイトルなにの、始まる前には定員の200名を上回る人々が開演を待っていた。来場者は年齢や男女構成もバラバラで、しかしどこか建築や美術といった匂いを感じさせる物静かで個性的な人が多かったように思う。そんな人々の前に現れた藤森照信さんは、あまりにも普通に居そうな雰囲気の人で、きっとマイクの前に立たなければこの人が著名な建築家とは分からなかったと思う。

それに始まった話も、最近ネット界隈の論者たちの早口で濃密な講演とは違い、大らかでのんびりとした展開。始まった時は、「こりゃ大丈夫かな?」と思っていたが、牛が草を反芻するようなじっくりと味わい深い語り口調が次第に心地よくなると、そこはかとないユーモアのセンスと相まって最後の最後まで聴衆の知的好奇心をそそる講演を繰り広げていった。
一見何の脈絡もないようなアフリカのマリ共和国にある「泥のモスク」から話は始まり、何度となく、「建築家として日本人で一番にそこに行きたかった」と悔やみながら話すアフリカ話には、未知の文化に対する純粋な好奇心と個人的な感動が入り混じった人間味に溢れた体験談で、聴いているこちらまで楽しい気分になってくる。それだけでなく「工業製品は結局、5、60年だからダメですね」とか、「循環性を考えると土は究極の建築材料」といったふとした言葉にハッとさせられるものが多く、メモを取る手は休む暇もなかった。

「45歳までは建築を手掛けたことはなく、考えるのが専門だった」というだけに、「泥のモスク」の床から壁が立ち上がる姿を見て、「泥の建築には目地(継ぎ目)がない。それは茶碗や泥で作られたもの全てに共通する性質で、これほど大きなものを見ないと気づかない。そして実は生物にも目地がない。生物に継ぎ目がないというのは1つの細胞からできているからであり、人工物には目地がある。泥は生物と人工物の中間にあり、今や私にとって別格のものとなっている」と土の独自性を強調。
さらに、「いいかげんなんだけど、核心を掘り下げていくことには真剣」という藤森さんは、自身の処女作となる長野県の『神長官守矢史料館』の建築で、「現代の建築の何にも似てはならない、あと歴史的な様式のどの様式にも似てない」という課題を自らに課し建物を設計。「何にも似てないようにつくったので村の人たちにはえらく不評で、今でも村人は一切理解していない」という史料館は、一部の建築家や赤瀬川さんをはじめとする周囲の友人から、「よく分からないが面白いからやれ」と言われて建築家としての道も歩むことになった。

以来、まだ知らなかったアフリカ建築などを全く意識することなく土を使った建築を通し、土の持つ「人の意識を吸収する魔力がある」という性質や、「何の印象も残さないし、与えない」という特徴に気づきながら建築に関わってきたと自身の作品をスライドで示しながら解説。そして「これは何か根本に深く関係していることで、土とはそういう不思議な性格を持ったものだ」という「何か」を残して講演を終了。まだ分からないことは分からないままで終えた講演にはちょっと驚いたが、藤森さんの飾らない人柄が表れているようで好感が持てた。
聴衆からの「ユニークな建築はユニークな人柄から生まれているように思います。そのユニークな人柄はどのようにして形づくられたのですか?」という質問には、「これでも日本の建築史の大家なんで…」と笑いながら、「子供の頃の経験が大きかった気がする。あと設計を始めたのが45ぐらいで、現代建築から離れてやってきたのが大きい。自分のやっていることはよく分からないが、関心を持ってくれる割に追従者がいない変な存在」と自身を客観視したコメントを述べた。

午後8時の閉館アナウンスが流れる中、ほぼ2時間の講演は一人の途中退場者も出ないほどの独特の面白みを感じさせながら聴衆を魅了し続けた。それはまるで何の変哲もない古びた朝鮮茶碗の中に美や「おかしみ」を感じる茶道の世界のように、ありふれたものがありふれたものでなくなっていく不思議な味わいを持った講演会だった。
(先日、講演のほぼ全文がART iTというサイトに掲載されましたのでリンクを張っておきます)
ウィキペディア 藤森照信
ウィキペディア 赤瀬川原平
関心空間 宇宙の缶詰
ウィキペディア アーキテクチャ
ウィキペディア 泥のモスク
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