文化ブログ
阿部和璧(あべかへき)が世の中の良いもの、凄いものを紹介する。
「アートフェア東京批判」
人々にとってアートが身近でなく、コレクターも少ないと言われてきた日本のアートマーケット。そこに「見本市」的にフェアを開催してきた功績は大きいが、「東京」という日本の首都名を冠したアートフェアとしては、方向転換すべき時期にきているのではないだろうか?
東京に転居し、最初のアートイベントとして訪れることになったアートフェア東京。4月開催予定だったものが、震災の影響で7月に延期され、その結果、初めて足を運ぶことができた。日本の首都である東京の実力ギャラリーが集うということで、かなり楽しみにしていたイベントだったが、全体としての印象は決して良いものではなかった。
2日目の開始直後から回りだした会場は、薄い仕切り壁で区切られた企業の新製品紹介ブースのようなまさに「見本市」的空間。手狭な展示場所のせいもあって足を止めることが難しい状況では、作品にしっかり向かい合うこともできにくく、これでは購入したくなる人も少ないのではと思えてくる。
このような場の作り方は現代アートの状況を、とりあえず多くの人に知ってもらおうという主旨ならば理解できなくもない。しかし現代アートに興味を持つ人々や、コレクターと呼ばれる人々が増えつつある状況で、日常と変わりばえのしない空間を慌ただしく巡回させられ、うわべだけの印象を残して帰っいくようなイベントで果たして良いのだろうか?
また、130以上のギャラリーが出展していた会場に、外国のギャラリーが少なかったことも残念だった。骨董や工芸といった分野の出品が多かったことは、このフェアー独自のカラーとして「カオス」的な日本の美術、芸術状況が表れていて良かった。しかし、原発や放射能問題で出展の取りやめがあったにしろ、90年代にはアジアNO1の国際都市として知られた東京で行われる、国内最大級のアートフェアに、海外の、特に欧米系のギャラリーの出展がほとんどないことには問題があるように思えた。
東京国際フォーラム地下2階という一見派手に見えるけれども、決して使い勝手が良いとは言えない空間。そこにプラスチック容器で仕切られた幕の内弁当のように一通りのものが詰め込まれていた今回のアートフェア。その空間状況が、いかにも日本的と言えば日本的だけれども、アートにちょっとした高級感や非日常性を求める人々が増えている時代には、より日常から逸脱できる多彩で異界化された空間が必要なのだと思う。
アートフェア東京のウェブサイト
ウィキペディア 東京国際フォーラム
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