文化ブログ
阿部和璧(あべかへき)が世の中の良いもの、凄いものを紹介する。
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「他者の視点で見えるもの」~第5回グラフィック「1_WAll」展公開最終審査会~
写真新世紀と共に、90年代のガールズフォトブームをけん引した「ひとつぼ展」。そのイベントが「1_WAll」展という名でリニューアルし、5回目を迎えた今回。最終候補に残った河野裕麻さんからのDMが送られて来るまでは、グラフィック部門があることを知らなかった。
東京へ引っ越して1カ月、まだ勝手のわからない東京のアート事情を知るための、ギャラリー巡りの一環として立ち寄ったガーディアン・ガーデンというスペース。審査対象となる作品が展示された室内は、グラフィックというくくりの微妙さがそのまま提示された、勝手気ままな合同展のような空間だった。
現代美術やアートといったくくりとは微妙に異なる、発想の面白さをビジュアル化した作品が多い点を除けば、それほど違和感なく見ることのできた展示。しかし、それを見ただけでは、どれか一つにどうしてもグランプリをあげたいというほどの作品がなったのも事実だった。
6名の作家の作品には、それぞれにそれなりの魅力があり、平面、立体、パフォーマンス、展示方法と、各作家のなりの味わいのようなものが見えてくるのだけれど、そのためには、観客が慎重に作品に向かい合うことが必要で、それはつまり、観る人全てを説得できる強さを持った作品がなかったということなのだろう。
実際、始まった審査会で行われたプレゼンでは、各作家の個性を反映した作品解説や、それに対する質疑応答が行われ、小さくはあるけれども、確かに他人とは異なる世界を作り出せるそれぞれの個性というものが、作者の存在を通して伝わってきた。
中でもグランプリを取った斉藤涼平さんのプレゼンは、自分自身や対象、審査員やこの審査会自体に対する距離の取り方や立ち位置が優れており、チープさを含みながらも皮肉の利いた後味を残す作品を生み出した作者ならではの人柄が感じられた。
また、広告や雑誌関係のメディアで活躍するアートデイレクターを中心とした審査員の発言にも、大学や教育機関が主導する関西のアートにはない、商業的な視点や、より流行のようなものを反映した発言が多く興味深かった。
特に言語化しにくい作品が多い中で、それらの特徴を的確な言葉で切り取った菊地敦己さん。さらにはイラストレーターでもあり、自身の体験を元に「登りやすい山でも、面白さや達成感がある」といった発言をした大塚いちおさんの言葉には、ジャンルを超えて人々を説得するだけの力があった。
ペインテングからパフォーマンス、イラストや展示方法までも含めた、一言では捉えにくい6人の作品から、グランプリを選ぶ過程の中で、「グラフィックの定義をどう捉えるか」という問いが再三出てきたことにも、これまで定まって見えた様々な枠組みさえも、今問い直すべき時期に来ているのだということを思わせた。
予定を大幅にオーバーし、最後は多数決で決めることになった公開審査会は、古い日本社会の体質をそのまま引きずったような、微妙な力関係や場の空気で受賞者が決まるような、ある種の古さを感じさせるものがあったし、今のスピード感から言うと、受賞者の個展開催が1年後になるというのは、あまりにも遅すぎるように思う。
しかし、グランプリを取った斉藤涼平さんの作品をその最たるものとして、6人の候補者の作品全てに、表現方法は異なりながらも、目には見えにくい毒のようなものが小さな世界観の中に潜んでいたこと。そしてその、アイロニー的な毒を持った作品に様々な視点で光を当て、ある種の合意に辿り着くまで徹底的に話し合う場が公開されていることは十分評価できた。
たぶん、今のリアルでは、そこから先、観客も論議に加わりながら、最終的には審査員が全体の意見を誘導し、より多様な視点を取り入れた形で審査をやっていくというのが、最も新しい公開審査のあり方なのだと思う。しかし、そのためには、フラットな状況でも力の差を見せつけられるだけの審査員の実力と、場の混乱を覚悟しながらもオープンさを保てる主催者の腹の括り方が不可欠なだけに、多少の古さはあったとしても現状で満足するしかないのだろう。
9月15日(木)まで第5回グラフィック「1_WALL」展が開催されているガーディアン・ガーデンのページ
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