文化ブログ
阿部和璧(あべかへき)が世の中の良いもの、凄いものを紹介する。
凄い演劇3 『みやちゆうきのハレンチ学園望郷編』
詳しくは知らないけれど、数年前から京都大学11月祭で不定期に上演されているのがこのシリーズ。出演者は京大公認の「劇団ケッペキ」のOBと現役団員が中心。作品名に名前が書かれた「みやちゆうき」と言う人もそんなOBの一人らしい。
物語はこの作品のサブタイトル「クッキング・すくらんぶる~料理で世界を救っちゃえ!~」というものからも分かる通り、主人公が料理で世界を救う話。簡単に言えば昔、少年マガジンで連載してた『ミスター味っ子』の主人公を女性に変え、戦う度に相手のスケールがデカくなる『ドラゴンボール』の要素をパロディー化したような荒唐無稽なもの。
しかし、作品全体の持つ強烈なエネルギーは見る者を魅了する。大学の教室を会場とした仮の舞台ということもあり、演技者も演出もバタバタしたものになっているが、それも含めて演技者たちが作り出す笑いや作品のスピード感が客席との一体感をもたらす。
教室一杯の観客は何かの主張を求める訳でもなく、舞台上で役者たちが繰り広げる無意味な物語を半ばあきれながら見ている。そして見終わった後、ああ面白かったといって普段の日常に戻っていける。そんな突っ込みどころ満載で、毒にも薬にもならない娯楽に徹したところがこの作品の凄さだ。
ちなみに今年の作品のタイトルは『みやちゆうきのハレンチ学園れもん味』。空から妹が降ってくる話らしい。日程は11月下旬で会場は京都大学吉田南キャンパス4共11教室。料金無料、詳細未定。
(写真は11月祭の会場となる京都大学)
ウィキペディア 『ミスター味っ子』
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凄い歌舞伎1 『勧進帳』
少し前に紹介した能『船弁慶』のすぐ後に、義経と弁慶が奥州へ逃れるため通過する安宅の関。山伏に身をやつした義経一行の前に、関守の富樫や彼の部下たちが立ちはだかる。
すでに一行が山伏姿だという情報を得ている富樫の追及に、弁慶が機転を利かせ危機から逃れる駆け引きは絶品。君主想いの弁慶が、疑惑を晴らすために義経を打ち据える場面や、正体を悟りつつ弁慶の忠義心に打たれ関所を通す富樫の姿が美しい。
観客の心をつかんで離さない物語。「飛び六方」や見得をはじめとするダイナミックな演出。衣装や空間美といったみどころ満載の『勧進帳』。そこには江戸時代以降、大衆の娯楽として発展してきた歌舞伎を作りあげてきた人々の洗練された美意識が宿っている。
ウィキペディア 勧進帳
アマゾン 『松竹大歌舞伎 松本幸四郎「勧進帳」』~999回静岡公演・1000回東大寺記念公演~[DVD]
凄い演劇2 演劇集団Qプロデュース公演『幸せ最高ありがとうマジで!』
普段は明確にされない悪意や絶望を表にさらし、「いま」を語らせたら右に出るものはいない本谷さんの作品中、最も理不尽かつ暴力的な物語。しかしだかこそ、傷口に塩を塗られたようにして、現代のあいまいな苦しみや痛みが鮮やか突きつけられる。
自分を「モンスター」と名乗るヤバイ主人公が、ある新聞販売店一家の元に押し掛けて引き起こす「無差別テロ」。それによって吹き荒れる感情の嵐と、暴かれてゆく人々の歪み。エキセントリックな主人公が周囲を傷つけるために発する言葉の一つひとつが胸に刺さる。
そんな危険でスピード感のある物語に、京都の演劇サークルに所属する学生集団が挑戦。序盤は狂った言動を見せる主人公についていけなかったが、その勢いが噛み合い出すと、登場人物たちの感情の乱れや舞台上の世界と一つになれた。
特に中盤以降、これまで隠されていた一家の本音が次々と暴かれていく場面は凄かった。激しい感情のぶつかり合いや目まぐるしい展開をもろともせず、荒削りな部分をそのままに演じきった演技者たち。彼らが生み出した世界に、思わず我を忘れてしまった。
舞台美術や様々なディティーについては気になる部分もなくはない。しかしその世界に入ってしまえばそれが当たり前。逆にそんな部分さえも「理不尽な不幸」がより具体化されていて、良かったのではと深読みしてしまえるほど。
それにしても、この脚本の凄さは何だろう。理不尽な悪意が突然訪れ、ぬるく停滞した現実をぶち壊す。全てがぶちまけられて右往左往するしかない人々の悲喜劇。それを娯楽としても社会批判としても成立させうる圧倒的才能。演劇でも小説でも活躍する作者の今後の作品から目が離せない。
ウィキペディア 本谷有希子
アマゾン 『幸せ最高ありがとうマジで!』
凄い能1 『船弁慶』
古典芸能に興味を持つようになって、まだ能のことなど何も知らずに行った公演で出会ったこの演目。最初に驚いたのは小鼓の突き抜けるような響きと笛音が作り出す独特の雰囲気。その音たちに導かれて演目の世界の入って行くと、そこには極めて前衛的な演劇空間が広がっていた。
物語は大きく分けて2部構成なっている。前半は平家を打倒した義経が頼朝に謀反の疑いを掛けられ都落ち。それに付き従った静御前との別れの場面を描く。そして後半は義経一行が船で海に出ると、そこに平知盛の亡霊が現れ、義経、弁慶と対決する。
前半では別離の悲哀、後半には怨霊世界が描かれるこの作品だが、道具立てや、動きは極めてシンプル。背景に松が描かれただけの舞台では、わずかな所作や道具だけで場面が陸地から海へと転換。骨組みだけの船に乗る義経たちを見ていると、それは最も前衛的な演劇を見ているように思えてくる。
また動きの一つひとつに対しても神経が行き届いており、演技者の立ち位置や並び方など空間としての美しさにも配慮がなされている。中世という激動の時代に、これほど研ぎ澄まされた美と象徴性を持つ作品が作られたのならば、当時の日本文化の精神性はいかに高いものだったのだろう。
(写真は昨年国立能楽堂で行われた『船弁慶』のパンフレット)
ウィキペディア 『船弁慶』
凄いオペラ1 ワーグナー『ワルキューレ』
音楽、物語、舞台の、どの部分から見ても常人のレベルを遥かにしのぐ才能を発揮し、この作品を創り上げたワーグナー。普通なら、どれか一つの才能があればそれで十分なのに、その全てが一体となったオペラという世界で創り出されたこの傑作。
映画『地獄の黙示録』で使用されたことでも知られる『ワルキューレの騎行』は、この作品の第3幕で演奏される音楽。何かが起きる予感と、胸の高鳴りを覚える旋律は、ワーグナーの作曲家としての才能を最も実感できる音楽。
また神話をも含む壮大な物語を巧みな会話表現を用いて、人々の胸を打つ作品にまとめ上げた作家としての手腕。劇的な構成力で観客の興味を一瞬たりとも離さない舞台を創り上げた劇作家としての才能。その全てが一体となったこの作品にどんな欠点があるだろうか。
総合芸術としてのオペラを製作するためには、ある一つの分野に突出した才能でなく、芸術全般に対する優れた才能を持った人間が要求される。そんな数少ない全人的な才能の、生涯の傑作がこの『ワルキューレ』である。
(写真はリヒャルト・ワーグナー)
ウィキペディア 『ワルキューレ』
ウィキペディア ワーグナー
You Tube 『ワルキューレの騎行』
凄い演劇1 野田秀樹独自の世界・夢の遊民社『半神』
演劇の魅力とは結局、劇場という閉鎖空間の中で、いかに現実とは別の世界を作り出せるかということなのだけれど、『半神』はそれを軽々とやってのける。
息もつかせぬ動きと、独特の言葉回しによって進展していく作品世界。そこは不思議な空間でありながらも、現実以上の密度を持って主人公たちの感情の変化が描き出されていく。
それぞれに葛藤を抱えた二人の主人公。さらに二人が巻き込まれる皮肉な運命。見ている者たちはそんな彼女たちの心の変化に自然と感情移入していく。
そしてやってくる結末には、居心地良く乗っていた乗り物から突然放り出されたような複雑な感情が湧き上がる。それは一級の芸術作品を鑑賞してもめったに出会えないほどのものだと思う。
今から約20年前に初演されたこの作品は、今も古びることなく、見る者に不思議な感動を与える力を持っている。そんな深みと普遍性を持った『半神』の凄さをぜひとも体験して欲しい。
ウィキペディア 夢の遊民社
アマゾン 劇団夢の遊眠社 『半神』 [VHS]
凄い舞踏1 混沌の中の輝き『ギリヤーク尼崎さんの踊り』
何がそんなに凄いのかというと、まず次に何が起こるのか全く予測できないことが凄い。テレビや新聞、ネットなどの情報伝達手段が発達している現代では、まあ大抵のものは予測可能で、そうそう驚かされることはないはずなのです。それなのにギリヤークさんの踊りは予測するものを遥かに超えて、自分の予測というものが常識の枠にとらわれた狭いものでしかないことを教えてくれる。
大道芸の一環として入念に行われる前準備。汚れた衣装を身にまとい、精神が錯乱してしまったかのような予測不可能な動きを見せるその踊りは、理性や常識といったもので縛りつけられた現代人の思考の枠ではつかみきれないもの。無意識に目をそらしてきたものの存在に気づかせてくれる。
また一見古い大道芸という形式で踊られているこのような踊りの中にこそ、ジャンル分けや細分化によって力を失ってしまった現代の様々な分野を活性化させる根源的なエネルギーが秘められているのではないかとも思えてくる。
様々な点で制度化されてしまった現代は、一見居心地も良く、快適ではあるのだかれど、その分多様性や陰影といったものを失ってしまったのではと思わせる深みと広がり持った凄い踊りだった。
ウィキペディア ギリヤーヤーク尼崎
テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術
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