文化ブログ
阿部和璧(あべかへき)が世の中の良いもの、凄いものを紹介する。
「境界線の美学」~風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアからを観て~
児玉画廊での京都市立芸術大学出身者の展覧会、アートゾーンでの梅田哲也さんの個展、京都市立芸術大学ギャラリーでの「転置」展など、昨年頃から、関西を中心に急速に見かけるようになったデュシャンを彷彿させるような作品展。既製品を組み合わせた作品という共通性を持ちながら、「芸術への問い」を内包したデュシャンの作品とは違い、作家自身の表現の可能性の模索という個人的な動機から作られた作品が大半のよう感じられる。
たぶんそれらは、一度ストリートや資本主義マーケットという芸術の枠外に飛び出てしまった存在たちが、作家たちの感覚に根ざした構成力によって再び、美術館やギャラリーといった枠内に入り込み、互いの境界を越境し、新たな地平を見出そうとする動きの現れなのだと思う。そんな方向性を決定つけるような展覧会が、今回、美術館という最も美術的な空間を使用して行われた「風穴」展。出展作家は5組の日本人を含む、中国、韓国、タイ、ベトナムの9組のアジアの作家たち。
主に60年代後半から70年代生まれの作家の作品が並ぶ会場は、現代美術の展示ということで、ルーブル美術館店やルノワール展の時の混雑が嘘のような閑散とした状況なのだが、そこにある作品群には極めて刺激的なものが多かった。チープなモチーフや、光、風といった軽さや動きを取り入れた作品を展示したヤン・ヘギュ(韓国)や木村友紀の2次元と3次元の狭間を意識させる作品は、意味性を排除した際に生まれる、まだ言葉にされてない感覚のようなものを感じさせた。
中国の邱志傑(チウ・ジージェ)のダンボールで作られた文字を裏返した作品や、contact Gonzo(日本)、アラヤー・ラートチャムルーンスック(タイ)、ディン・Q・レー(ベトナム)、立花文穂の作品は、街中に広がるそれぞれの国の日常の中のリアリティーと、国家や美術といった現在も存続している「権威」というものの中間にある領域に鑑賞者を誘い込むような感覚的余白や、放置された感を観る者に与える面白みがあった。
山や川といった美術的空間外での活動を40年以上前から続けてきたパフォーマンス集団、プレイの活動も60、70年代生まれの作家たちが今向き合っているアートと日常の境界を探る動きの先進的なものとして今回の展示に加えられていた。プレイを含む読売アンデパンダン展のような何でもありの動きと、若い出展作家たちの違いは、すでに制度に取り込まれたしまったことを前提とした個人が、自分の感覚を軸として変質を生み出し、視点や境界線にズレを生じさせることで新たな領域を生み出したことにあるのだろう。
そういう意味では最もデュシャンを彷彿させる少ない手数で、2つの存在の中間や、存在の意味性を考えさせる作品を展示していた島袋道造の作品には、美術の枠内だけでなく、人々の小さな日常にも確かな「風穴」を開けることができる優れた力を持っていた。その名の通り『輪ゴムをくぐり抜ける』という作品は、鑑賞者が箱に入った輪ゴムを取り出し、それを広げてくぐり抜けるという単純な作品なのだが、そのくぐり抜けをやった前と後では、まるで作者の思考にスキャンされたかのような不思議な感覚がいつまでも残った。
さらに流水の中に同じ種類の果物を流し、一つは沈み、もう一つは浮かぶという状況が延々と続く『浮くもの/沈むもの』。展示会場を出たすぐの場所にホワイトキューブ的空間を作り、そこに一匹のケヅメリクガメを放した『カメ先生』などは、2つの存在の間に生まれた違いや、日常とアートの間に建てられた目には見えない境界線にゆらぎを生み出すことで、鑑賞者の様々な思いを受け入れる余白を生み出した。
今、西洋を中心とした「先進国」が成長の限界を迎え、様々な社会問題の解決の糸口をアートや芸術といった、個人のオリジナリティーを基盤とした創造力に見出そうとしている。そんな時、西洋美術史的積み上げからは全く想定外の東洋的文化背景を背負いながら、その持ち味である多様性を生かした作品により、閉塞した制度や権威に「風穴」を開こうとする試みが行われている。ポストモダンという言葉を繰り返しながら、なかなかその先に到達できていない現代社会にとって、アジアや東洋という文化的背景から生み出される多様な創造力と、テクノロジーの発展が、現状の閉塞感に「風穴」を開ける最大の力となるのだろう。
国立国際美術館「風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアから」のページ
ウィキペディア マルセル・デュシャン
ウィキペディア 読売アンデパンダン展
島袋道造ウェブサイト
ウィキペディア ポストモダン
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