文化ブログ
阿部和璧(あべかへき)が世の中の良いもの、凄いものを紹介する。
「多様性の受け皿としての余白」~建築連続レクチャー「可能性の空間」長坂常さんの話を聴いて~
今回のゲストである長坂常さんという方のことは建築が専門でない自分には、全く知らない人だった。ただ、このレクチャーの対話相手である片木孝治さんが、以前の講義の時に非常に刺激的な話をされていた事と、レクチャーのタイトルが「Space For Imaginatio
n(想像力のための空間)」という興味深いものだったので、京都市北部の山奥にある精華大学に足を運んだ。
レクチャー会場の正確な場所を忘れていたたことや、どうしても聴きたいレクチャーという訳でもなかったため、遅れて会場入りし、中盤から聴いた話は、様々な事例のスライドを見ながらの解説といったもので、「空間は体験してしか理解できない」と思っている人間にとってはそれほど興味深いものではなかった。しかし、翌日、アーカイブ化されていたUstの前半部分を見ると、長坂さんの代表作「sayama flat(狭山フラット)」の話がされており、その現代アートにも通じる場の変容の説明は凄かった。
格安のリノベーションの依頼に、「何かを作って満たしていくよりも、すでにあるということにして、その状況を受け入れていく」という発想で、壁や装飾を取り払い、残ったものだけで構成された剥き出しの空間は、デザインの分野で言えば「不完全プランニング」にも似た、住む人が空間づくりに深く関われる建築として人々の関心を集めた。また、そこにあったもの自体も「人間側が見る視点を変えることで、格好悪いと断定していたものがそうじゃなく思える」という状況を作り、価値観を揺さぶる場を生み出した。
そんな話を含んだレクチャーが終了し、質問の機会が与えられたので、ぜひ現在の日本の西洋と東洋が混じった、悪く言えば節操のないカオス的なものであり、良く言えばあんことパンという東洋と西洋の、ユニークな融合としての「あんパン的」リアリティーの今後の可能性。さらにはホテルの室内をリノベーションしていくような動きが多い理由について尋ねると、長坂さんは、「ちょっと変わっちゃうかもしれないけど」と言いながら答えてくれた。
「西洋的視点で見れば『カオティツクで面白いよ』となり、自分より上の世代の西洋文化を学んだ人からは『何て日本の風景は悪いんだ』という、その間のどっちでもないという視点があって、だからこそ、それに対して自分たちで記述して表現していかなきゃいけない。(ホテルについては)これまで色んな問題をパーツ、パーツで捉えたり解決したようにメディアを通して話されてきたが、これからは数珠つながりで、360度自由になる視野で捉えていき、街のことを考えていかなければならない。そういう風になってきている時に見せる立場と見せられる立場といった形は成立しなくなっていて、ホテルには色んなコンテクストが絡んでいてそういったものを見せ易いのだと思う」。
学生が尋ねた狭山フラットに関しての質問には、「大抵の建築家が作っている建物は、自分が想像していたストリーに外から色んなものが入ってくるのを嫌がるというか、哀しい感じになる。だけどsayama flatはそういう感じはなく、100円ショップで買ってきたものから、凄い高級なソファーまで全部受け入れられる。僕が何で価値観を揺さぶるような、色んな価値観を吸収するような空間を作っているかというと、予想していなかったものが入って来たりできる、幅を持った空気感や間口の広さが好きだから」と回答。
フェイク的なものと本質的なものが均一に並び、その振幅の間を面白がれるような状況が、街中に広がったり、予想もしてなかったことが起こる。そんな「右を見ても、左を見てもいつも豊かなことが起こっている」という社会のあり方を長坂さん自身が建築という手法で広めようとしている。建築科で学んでいた頃に感じていた、「予定調和」や「身の丈に合ってない」といった社会的な価値観。その一般的な「枠組み」を取り外し、そこに人や状況が自由に変化を生み出せる空間を作りながら、これまでの価値観にズレを生じさせる「文脈」を一例として提示していく。
高度資本主義社会といわれる、過剰にものや情報が溢れた時代を通過した社会では、人々は共通の価値観を持つのではなく、個別的で多様な価値観を与えられ、また時には自ら試行錯誤を行い、自分の現実に適した価値観を選び取っていく。今、現代アートやデザイン、建築などの分野で本当に求められているものは、多様性を促すような開いた価値観の提示と共に、その価値観を受け取った人が立ち止まって考え、自分なりの価値を試行錯誤できるような「余白」のある空間なのかもしれない。
連続レクチャー「可能性の空間」長坂常さんUstアーカイブ
精華大学公開講座 2011年前期「可能性の空間」へのリンク
長坂常さんが主宰するスキーマ建築計画のウェブサイト
アマゾン 『1995年以後~次世代建築家の語る建築』
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京都造形芸術大学の国際交流プログラムの一環として行われた今回のレクチャー。海外のアート状況を知るために、ぜひ聞きに行きいと思いながら、つい時間に遅れてしまい、到着した時には会場外にまで聴衆が溢れるほどの状況だった。結果、同時通訳用のイヤホンが足りず、かすかに聞こえてくるネイティブの英語を必死につかまえるような感じでレクチャーを聴き始めた。
だから同然、聞き取りにくい英語を追うよりも、背後に映されていた作品のスライドを見ることが多かったのだが、それらはスライドで見るだけでも、何かしら訴えかけてくるような、独特の構成力や色彩感覚が伝わってくる作品が多く、これだけの聴衆が集まる理由も理解できた。そんなダインさんが語った作品のことや、作家を目指す学生たちの熱心な質問への回答には、「アーティストというよりも自分自身である」ために歩んできた道程のことが率直な言葉で語られていた。
両親に連れられ6歳で見たディズニーの『ピノキオ』。母親が亡くなり預けられたシンシナティーの祖父母の家の金物店。そこにあった様々な工具に魅せられ、見よう見まねで使い方を覚えていった子供時代。学校では難読症という学習障害を抱え、「言葉を喋ることはできるけれど、言われることに答えることができなかった」。「普通のやり方では学べなかった」という孤独な学校生活の中で気づいたことは、「みんなと話す事ができなくても、外に出て駆け出していけばいいんだ」という事実だった。
そんな少年時代を送ったダインさんは、16歳で車の免許を所得すると、昼は仲間と悪さをするような生活を送りながら、夜にはそれまで自分が自由になれる手段として描いていた絵を学ぶためにアートスクールに通い出す。学べば学ぶほど、自分の中に、「ペインターになりたかった。アーティストになりたかった」という思いがあったことに気づいていき、さらにはシンシナティー大学、ボストン美術館芸術大学、オハイオ大学でアートを学び、「時間と場所を提供してもらって自分を育てていった」。
美術界で最初に評価されたハプニング。そしてアンディ・ウォーホールやロイ・リキテンスタインらとポップアートとして評価された時も、自分がやったことがアートとは認められなかったことや、何かの枠組みに括られることに違和感があった。そんな日々の中で、さらに自分を磨くために、67年から71年まで、自分にとって帰属意識のなかったニューヨークのアート界を離れ、「もっと希望を持つことができる社会」と感じたロンドンで版画制作に集中し始めた。
金づちや刷毛といった工具やバスローブなど身近な素材を主題にすることについて、「何か手放したくない。道具として惹かれたたりする時があって、テーマのバリエーションとして生まれたアイデアを無駄にしたくないと思うんです」と語ったダインさん。作品に込められた思いを「ツールは代理として使っていて、それは私の人生を道具として表しているのであり、その意味は変遷していくということ」と率直な言葉で語った。
聴衆の大半である学生たちに向かって「アーティストには信念が必要です。表現はこうすべきと思った時にするもので、自分で自分のすべきことに責任を持ってやらなければならない」と落ち着いた口調で話した姿には、「アートはいつも空っぽの空間から私を救ってくれた」というアートに対する感謝の思いや、「何でも自分の手で作り出すことが可能だと思っている」というアーティストであり続けてきたことに対する誇りのようなものが感じられた。
学生たちに尋ねられた制作に関する質問に、「(彫刻では)早く制作した時に失うものもあり、テクニックにいきすぎるのも駄目。だから色んな心配をして一つずつやっていくのもいいが、歯医者のドリルをを使うとタッチに軽さが生まれる。ブロンズや木ではチェーンソーを使っている」といった回答や、「(色は)あまり意識して考えてはいない。そのものに対して適切だと思う色を使っている。言葉と一緒でツールだと思っているから色について論理を持っている訳ではない」と現在の制作が感覚を重視したものであることを説明した。
レクチャーの半分以上の時間が会場からの質問に充てられ、果たしてそれだけの質問が聴衆から寄せられるかという心配をよそに、学内の教員の方に始まり、質の高い質問を投げ掛けた学生たち。その様子には、明治時代、お抱えの外国人教師から少しでも多くの知識を引き出そうとする日本人学生ような真剣さを感じさせた。そんな学生たちへの最後の言葉として、「アーティストとして挑戦し続けなければならない。やるべきと思ったことはやるんです」と力を込めて語った75歳の老芸術家の姿は、先人として少しでも多くのことを若者たちに伝えたいという迫力に満ちていた。
ウィキペディア ジム・ダイン
ジム・ダイン-主題と変奏が開催中の名古屋ボストン美術館のウェブサイト
ウィキペディア 学習障害
ウィキペディア アンディ・ウォーホール
ウィキペディア ロイ・リキテンスタイン
アマゾン 「ポスター ジム ダイン The Philadelphia Heart」
アマゾン 「ポスター ジム ダイン The Red Bandana」 限定作品
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今回のシンポジウムに、ある種、記録係的な立場で関わっていた自分にとって、個人的な感想を正直に言って良いのかという思いもある。しかし、率直な意見が結果的には、自分を含む全ての参加者にとって、何らかのプラスになるのではと思い、正直に感想を述べると、2時間半を費やした今回のシンポジウムはそれほど面白くなかった。
では一体何が面白くなかったかというと、まず最初に、シンポジウムで話し合われた「近江八幡でBIWAKOビエンナーレをする必要があるのか?」というテーマ設定に問題があったように思う。司会兼コーディネーター役の松尾寛さんが切り出したテーマは、すでに近江八幡市で3回も行っているビエンナーレが、町に根付いてないという面での問題提議としては理解できた。しかし、アートの側面から考えると、古い日本家屋と現代アートの融合というBIWAKOビエンナーレの独自性は、近江八幡という町以外で成立し得ないのではという疑問があった。
またそのテーマは、今回のパネリストだったBIWAKOビエンナーレや近江八幡市の関係者、さらには市内からの参加者にとっては重要なことだったかもしれない。けれど、それ以外の地域から来た聴衆にとっては、それほど重要なことではなかったように思う。そういう意味では、今回のシンポジウムの構造が、来場者全体に向けた枠組みというよりも、パネリストや地元の人々に向けたものとなっており、一般聴衆的立ち位置にいた自分にとっては、参加しにくい話し合いの場になっていた。
そういった大枠としてのシンポジウムのあり方は、実際に始まりだした論議の流れにも影響していたように思う。6人の登壇者が、並び順で発言を繰り返した進行形式は、公平な発言機会与えるという意味では良かったかもしれない。しかし、一人の発言から話が展開し、互いが触発されるような論議の場を生み出せていなかったように思う。このことは、今回のパネリスト全員に、話し合いの共通基盤が少なかったことも含め、シンポジウムでの論議の柔軟性を阻害していたように思う。
大枠、内部構造かこのような形をしていた今回のシンポジウム。その枠内で話された内容は、最初の話し手だったビエンナーレ総合ディレクターの中田洋子さんの話が、日本とヨーロッパのアートや文化に対する姿勢の違いという面に偏っていたため、その後の流れも、どちらかと言うと抽象的で極私的なアートや文化に関する話に多くの時間が費やされた。
個人的感覚としてはパネリストと聴衆の間に微妙な温度差を感じた話し合いの場。それは、そこに作られた枠組みからだけでなく、会場だった建物の構造からも大きな影響を受けてたように思う。築180年を越す近江商人の邸宅だった日本家屋は、パネリストたちが並んだ場所だけ、一段高い「上座」となっており、聴衆が座る「下座」とは、10センチほどの段差で分断されていた。
交流会で話した一級建築士の方に、「日本人建築家の特徴ってあるんですか?」と質問した答えとして、「少し前までは、家の中の畳的なものを拒否するような素材を使っている人が多かったけれど、畳的なものに座ったり足を伸ばしたりといったことを繰り返してきた日本人にとって、畳的な存在が人と人とのあり方を身体的に規定してしまうことがある」と返された言葉は、わずか10センチではあったけれども、「上座」と「下座」の違いのあった建築空間によるパネリストと聴衆の微妙な乖離を示唆していたように思えた。
ウィキペディア BIWAKOビエンナーレ
BIWAKOビエンナーレを主催するエナジーフィールドのホームページ
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「開いた心に映るもの」~『ハーブ&ドロシー』佐々木芽生監督トークショー@奈良~
昨年冬、大阪であった伝書鳩プロジェクトというイベントで、圧倒的なプレゼン力を見せたやまもとあつしさんが活動の拠点を置く奈良。秋にあった奈良アートプロムの野村ヨシノリさんなど、面白い人々がユニークな活動を行っているこの地で、今回はアート業界を中心に話題となったドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』の佐々木芽生監督を招いてトークショーを行うという。まだ見ていない映画だし、わざわざ奈良までという気持ちがあったが、やまもとさんからちらしが送られて来たこともあって足を運んだ。
佐保川沿いの桜並木を、家族連れと共に歩きながら、散りゆく花びらに、震災で亡くなった人々のことを思った昼下がり。奈良図書情報館の「七個のアングル」という展示を見て、その後向かったならまちセンター。少しおくれ入った会場では、すでに野村さんによる奈良アートプロムの報告会が行われており、「参加アーティストが自分たちで展示場所を見つけて来て、90会場以上になった」という手作り感と真剣さが溢れたイベントことを思い出した。手短な報告が終了し、早速始まったトークでは、佐々木監督が、2002年にヴォーゲル夫妻との初めて出会い、二人のことを聞いた時の話から始まった。
「心臓が止まるほど感動して、この話を伝えたいという気持ちでいっぱいだった」という二人の外見は、普通のおじいちゃんとおばあちゃん。しかし彼らこそ、大金持ちのコレクターと肩を並べるほどの優れたコレクションを持ち、「デザイナーズブランドに身を固め、シャンペンやワインを片手にしているようなアートの世界で、間違って入ってきちゃったような普通の格好をしながら、その中の中心人物」というヴォーゲル夫妻だった。「最初は半年ぐらい追いかけて30分ぐらいの小さな映画ができたら」という感じで撮影を始めたが、知れば知るほど「とんでもないコレクターだ」ということを理解。結局は様々な困難を乗り越え、4年の歳月を撮影に費やした。
現実的には資金面、作品的には「一般的な質問をしても、気に入ったとか、いい色だからとかいうシンプルな答えしか返って来ない」という制作上の問題に直面するが、知人のアーティストに相談すると、「だから凄いんだよ。アートは本来、見て楽しむものだから。二人が作品を目の前にした時、どういう風な目をしているのか注意してごらん。僕たちにはほとんど見えていないものがきっと見えてくるから」と教えられ、彼らの姿を言葉で伝えるより、映像で表現していこうと覚悟が決まった。
郵便局員として働いたハープと、図書館史書として働いたドロシーのコレクションの保管場所は、彼らが結婚当初から住み続けているニューヨークの小さなアパート。至る所に作品が積み上げられたその空間には、約30年間、二人が収入の半分を注ぎ込んだ膨大なコレクションで埋め尽くされている。そんなアパートに通い続け、時にはカメラを回し、時にはご飯を食べ、家庭の細々とした雑用を手伝うなど、長い時間を共有した佐々木監督は、徐々に二人の信頼を獲得。これまで誰にも見せることがなかった、作家のスタジオを訪れ、作品の購入する場面の撮影を許されるまでになった。
「自分の親以上に旅行のスケジュールを報告しなきゃいけなくて、日本にいる間もメールが5通ぐらい来る」という関係が今も続く、佐々木監督とヴォーゲル夫妻。交流会で聞いた話では「おじいちゃんのハーブの方の健康状態が少し心配で、もしかしたら見てもらえないかも」ということもあり、作品の完成を急いだという。「こういう風な生き方とか、増えていったら面白いな」。そんな思いを込めて、日本での上映を配給会社に打診。しかし、映画業界の厳しい現状や、「有名人も出ていない現代アートの作品」ということもあり、どの会社からも良い返事は来なかった。
配給の目処が立たない中、制作同様、初めてとなる自主配給での上映を決定。「広告費を使わずに、見て欲しい人にどうやって届けようと真剣に考えた結果、twitterやmixi、さらには文化教室に行ったり、口コミで熱く語ってくれる人々を探し、思いを集約するためのありとあらゆることをやった」。その結果、東京で30年の歴史を誇るミニシアターの歴代2位の観客動員数、全国50館近い上映を実現するなど、これまでにはない形で人々を巻き込む流れを生み出した。
トーク後の交流会では、「アートの見方は変わりましたか」という質問に、「心を開いて作品に触れることが一番大切。この作品何か凄いとか、心に刺さってくるものがあるかだけなんです。それは周りが好きとか、みんながいいと言うからじゃなくって、自分にとって刺さるか刺さらないか、それだけ。考えてもいいけれど最終的には分からないし、説明しようとすればするほど離れていく」と回答。お酒を交えての、参加者との会話の中では、「この映画はお金にはならなくても、人とのつながりが生まれ、色んな人に出会える。それぞれの思いで見てもらって全然いいので、これをきっかけに人と人とがつながり、話をしてくれれば」と作者としての思いを込めた。
東京で仕事をしていた時に体を壊し、それが切っ掛けとなって様々な国を旅しながら辿り着いたニューヨーク。手元に20ドルしかなかった旅の途中の、「住む予定じゃなく、成り行きで居ついてしまった」という街で長年、ジャーナリストをしながら世界の国を旅してきた。そんな佐々木監督が「コレクターという以外は普通のアメリカの、普通の家族の日常でしかないのです」という二人の物語を映画化したのは、日常の中のにある夫婦や友人関係、アートといった趣味に対する思いこそが、人の心を豊かにし、幸せをもたらす近道だと伝えたかったからかもしれない。
『ハーブ&ドロシー』のウェブサイト
『ハーブ&ドロシー』のtwitter
佐々木芽生監督のtwitter
やまもとあつしさんのtwitter
奈良アートプロムのホームページ
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「戻って来ない伝書鳩」~中之島4117という大阪市のアート支援センターが主催したイベントに参加して~
”わいわいトークイベント”「藝会!」開催のお知らせ
アートや芸術の話で盛り上がる”わいわいトークイベント”「藝会!」を開催!!
タイトル ”わいわいトークイベント”「藝会!」
~関西や日本のアートをどうやって盛り上げていくか~
内 容 最近、京都をはじめとする関西のアート界がちょっとした盛り上がりをみせている。そんな中で、よりアート界が盛り上がるために何が必要かを、いろいろな場所で面白い活動をしている人の話を聞きながらみんなで考えていく。
日 時 2011年3月19日(土)15:00~20:00(日帰りコース)、~翌朝まで(朝までコース)。(途中退場自由)
場 所 天籟宮(てんらいきゅう) 滋賀県近江八幡市玉屋町6 JR東海道本線・琵琶湖線「近江八幡」駅北口から、近江鉄道バス6番乗り場「長命寺・国民休暇村行き」で「大杉町」下車し徒歩2分ほど。または「近江八幡」駅北口のレンタサイクル(500円)か、徒歩30分程度となっております。TEL・FAX:0748-26-4398(Googleマップによる地図)
参加資格 なし(アート好きでない人も歓迎)
参加費用 日帰りコース500円(夕食代込み)、朝までコース1000円(飲み会代込み)
進行予定 15:00~15:10 開会、あいさつ 中田洋子(BIWAKOビエンナーレ総合プロデューサー)、司会進行 阿部和璧(ライター)
15:10~16:30 ゲストプレゼン
スピーカー 近藤志人(kyoto 家 Gallery代表)
中澤春香(関西美大生団体SHAKE ART!スタッフ)(予定)
吉本直子(作家)
藤本兵馬(コレクター)
中田洋子(BIWAKOビエンナーレ総合プロデューサー)
16:30~18:00 全体トーク
18:00~18:30 休憩、食事準備
18:30~20:00 交流会兼飲み会
20:00~22:00 仕切りなおしトーク兼飲み会
22:00~ 翌 朝 フリートーク
持ってくるもの 家にある食べ物やお酒など(持ち込みが多いほど楽しい時間が過ごせるでしょう)、朝までコースの方は寝袋的なものと十分な防寒(3月といっても夜は凄く冷え込みます)、名刺(交流用)、ポートフォリオ(作家の方のみ)。
ウェブ連動 可能ならばUstもやりたいと思います。
あと参加を予定されている方は阿部和璧twitterへの返信(リプライ)かDM、又はメール([email protected])を送っていただけると夕食の事前準備量などが分かって大変助かります。
さらに当日朝からの会場の掃除や料理などを手伝ってくれる方も募集しております。3月19日、朝10時30分に会場となる滋賀県近江八幡市の天籟宮に集まっていただければと思います。(参加費が無料となります。こちらも事前DM、リプライなどしていただけると助かります)
では参加者の方や、Ustがあれば視聴者の方、3月19日に滋賀県近江八幡市の天籟宮(てんらいきゅう)でお待ちしております。
「剥き出しのリアル」~Chim↑Pom(チンポム)エリイさん卯城竜太さんトークを聴いて~@京都嵯峨芸術大学
最近はそうでもないけれど、少し前まではその名を呼ぶことにかなり抵抗があったChim↑Pom。作品もそれと同様で、一見近寄り難いギャルやストリート系の表現の、露骨で、剥き出しな感覚は、上品な「美術」というものに慣れた日本人にとっては抵抗があるかもしれない。しかし、そのような固定観念が、芸術の幅を狭め、アートの豊かさを不自由なものにしていると考えることもできる。性や暴力といった日頃は隠されがちな表現を使い、今のリアルに迫ろうとしているアートグループと考えることができた時、自分の中でChim↑Pomという名前を呼ぶことに抵抗がなくなった。
そんなChim↑Pomメンバー2人のトークは作品紹介から始まった。デビュー作と紹介され、映し出された「スーパーラット」の捕り物劇は、実は「ネズミ駆除業者たちの中で『スーパーラット』という言葉が流行っていて、毒餌に体が順応して、大きさとか運動能力とか、特別なのが出てきていた」という東京の街のリアリティーや、その頃渋谷・センター街をピカチュウの着ぐるみで歩いているギャルたち。さらに村上隆さんが提唱した「スーパーフラット」。そして深読みすれば当時出版された村上さんの『芸術企業論』での「ぼくはアメリカで太った鼠になるしかないと思いました」という言葉の持つ「ネズミ性」を重層化した作品。
しかし、初めて観るその映像は、それらの意味を吹き飛ばすぐらいの躍動感を持っており、東京の街をサバイブする「スーパーラット」たちと、6人のChim↑Pomメンバーたちが、はしゃぎながら戯れ合うユニークな作品として成立していた。海外でも「超面白い!君たちビッグになるよ」と言われるという映像は、堅苦しい「美術」の世界を突き抜けて、一般の人々にまで届く力を持っている。「ネズミ捕りでは若い小さなネズミしか取れない」ということで、素早く逃げ回る「スーパーラット」たちを網で捉え、ピカチュウに似せ剥製化。さらにそれを渋谷のジオラマ上に並べた立体版『スーパー☆ラット』は、オス5匹、メス1匹という構成も含め彼らの姿そのものだろう。
そこから続いた東京の街のアイコン的建造物に、死をイメージさせるカラスを呼び集める『BLACK OF DEATH』。セレブに憧れのあるエリイさんが夢見た、最もセレブ的な行為である機雷除去をカンボジアまで行って行い、そこでブランド物の私物を爆破。日本に持って帰った「作品」を当時バブル化していたアートオークションを皮肉る形で落札させ、義足購入代金として現地に寄付するという、『Thank You Celeb Project I'm BOKAN』などは、あの頃、若者たちが感じていた孤立から生み出される絶望や死の影、世界経済の躍進が生み出す圧倒的な経済格差などを地べたからのリアリティーで掬い上げた作品として迫ってきた。
この他にも、戦時中の日本兵と防空頭巾姿の日本女性に扮したメンバーが、スプラュシュマウンテンでバンザイをしながら滝を下りて行く『バンザイマウンテン』。日米の男性の無駄な性欲を電気に変える『エロキテル』など、滑稽な中にもそれだけで終わらない、人間や歴史の愚かさを匂わす装置として成立していたように思う。昨年8月に結成5周年を迎えたというChim↑Pomの作品には一見バカげたものや、下らないものも多い。しかしそこには若者らしい率直な問い掛けや素朴な疑問があって、彼らがその状況を体験していく中でしか見えてこない「剥き出しのリアル」が見えてくる。
東京だけでなく、カンボジア、インドネシアなどを実際に訪れ、そこに住む「胡散臭くて、いい人で、良く分からなかった」という人々と交わりながら作られる作品の数々は、確実にゼロ年代と言われる時代の中でしか生まれ得なかったものとしての迫力がある。それだけにtwitterやUst(ユーストリーム)が普及し、時代の風が動き出した2010年代にChim↑Pomというアートグループがどんな動きを見せるのかに興味があり質問をしてみると、リーダーの卯城さんは「それは今テーマになっていることでもあって」と前置きして語りだした。
「この2年ぐらいは海外の仕事や美術館の仕事が増えてきて、仕事として自分たち主導のものと、美術館の仕事をそれぞれ落とし込んでいくのは質が違う部分がある。俺らは日本の中では特異なポジションや特別感があったけれど、世界中にChim↑Pomみたいなヤツらが出てきていて、グラフィティライターや過激なパフォーマンスをする人とかが、事件を起こして社会に直接影響を与えていく表現が増えている。そういう人たちが世界中に同時多発的に出てきていて、つながっていければと思う」と回答。
「6人でやるメリット」を尋ねられたエリイさんは、「とても超ラッキーだったのが、面白くいいと思う点が一致するウチら6人がめぐり合えたこと。ウチら6人全員がここが超面白いって一致できないと本当に面白いと思うところまで届かないし、それができないから。あと心強いよね。別に一人でも心強くない訳ではないけど、一人だとできないこともあるし、性に合ってるか合ってないかだと思う。6人はちょっと多かったかもしれないけど」と、ちょっとアニメのツンデレ的発言でメンバーに対する思いを述べた。
ゼロ年代後半のアート界に突如出現し、アートの世界だけでなく一般の人々を巻き込んだ広島上空に「ピカッ」という文字を煙で描く作品などで物議をかもし出したChim↑Pom。絵画や彫刻というこれまでに「美術」の枠に囚われない表現や、メンバーの5人は、国内アーティストのほとんどが持つ「美大卒」という背景を持たないことなど、野放しで荒削りな活動でゼロ年代を生き延びてきた。だからこそ彼らには、美術館をはじめとした権威に媚びることなく、いつまでも過激で野放しな『スーパー☆ラット』として世の中を引っ掻き回して欲しい。
ウィキペディア Chim↑Pom
Chim↑Pomのホームページ
chimpom-worksのtwitter
Chim↑Pomメンバーエリイさんのtwitter
ウィキペディア 京都嵯峨芸術大学ウィキペディア ピカチュウ
ウィキペディア スーパーフラット
Chim↑Pomのtwitter
ウィキペディア スプラッシュマウンテン
ウィキペディア グラフィティ
Chim↑Pomのかなり詳しいインタビューが掲載された武蔵野美術大学芸術文化学科のページ
ウィキペディア ツンデレ
アマゾン 『Chim↑Pom---チンポム作品集』
アマゾン Chim↑Pom 、 阿部 謙一 (編集)『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』
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「反フラット化としての土着性」~北川フラムさん講演@琵琶湖高島「風と土の交藝」プロジェクト~
これまで芹沢高志さんや藤浩志さん、永田宏和さんなど中小規模のアートプロジェクトの中心人から、特にアートやアーティストの側面から数々の貴重な話を聴くことでできた。しかし、今回の北川フラムさんの話では、作品の話は出てきても、アートやアーティスト的な話はほとんどなかった。今回のイベントがアートではなく、「交藝」色の強いものであったとしても、そこで語られたことの大半は、越後妻有や瀬戸内の歴史や、そこで暮らす人々の生活に生まれた変化だった。特に序盤は越後妻有の地理的条件や、歴史的変遷のようなことが話されるばかりで、これが北川フラムさんの講演なのかと聴く側が心配するほどだった。
しかし、「明治維新の時に美術館、博物館に展示できる『美術』、あるいは教えられる『美術』だけになってしまった。それまでの食事や料理、儀式や音楽や祭りや庭といったものは美術館でやれるわけがないから、生活から離れた『美術』になって、『美術』は嫌なもの、分からないものになっていった」という歴史の説明から、美術本来の「こんなに楽しいものというのを忘れている。それを味わってもらおうとしてやった」と一昨年の「水都大阪」の開催経緯が話されだすと、話は一挙に広がり湧き水のように溢れ出してきた。
「お年寄りの自殺率がトップ5に入っていた(越後妻里周辺)町村で、『効率が悪いから先祖代々やってきたことを捨てろ』という農業政策に対する疑問。そしておじいちゃん、おばあちゃんが元気になることをやろうというのが私たちの出発点」という思いを実現するために、動いた結果が周囲の大反対。しかし、「手を挙げてくれ幾つかの集落」を中心に開催した第1回目が、「やって楽しかった人もいらっしゃって」ということで、50集落、100集落と参加地域が増加。一昨年に開催された第4回では、約200の集落、38万人以上の来場者が訪れる世界最大規模の芸術祭となった。
その後話は、北山善夫さんの廃校となった学校を再構成した作品や、イリヤ&エミリヤ・カバコフの『棚田』など約20の作品の解説へと続いていき、それぞれの作品の思い出や、そこにあったエピソードを語る北川フラムさんの姿は、まるでついさっきその作品を観たかように熱のこもったものだった。解説の途中、「空間さえもお金でやり取りされる時代に、時間という記憶だけが人間に残された最後のものではないか」と語ったその姿が、多くの人や作品と出会い、その中で生まれた豊かな記憶をいつまでも大切にしている人なのだと思わせた。
アート作品という媒介物によって、人と人とがつながり、互いの知らなかった一面に出会うこと。自分とは違う他者の存在を知り認め合うこと。そんな幾つもの出会いから生まれた、「アートというのは赤ちゃんと同じではないか」という言葉には、「手間がかかるし、面倒くさいし、役に立たない」アートという存在が、「しかしそこには人を呼ぶ力があって、その時に『持ち主』たちが作品について語り、その土地について語ることで元気になる。場所と人、人と人とをつないでいるのがアートではないか」という思いが込められていた。
「アーティストは文明、人間、社会との関係性を考えてきた。だけど今あらゆることが効率的になっていろんなことが捨てられている。全てが平均化して管理しやすいようになっている。便利なことがいいとなっていて、全部貨幣に換算される。そういう時にアートだけが人と違っていいもの。人と違って褒められる唯一のジャンル。世界の全ての人が違っていいというのがあるから、アートが今もほそぼそと生きている理由」。多分、講演の山場であったこの言葉を語り終えた北川フラムさんが一息つくと、そこには確かな熱量と、聴衆一人ひとりがその言葉に圧倒されたような静寂が生まれた。
越後妻有では山や田んぼ、空き家といった効率化から言えば負の側面しかないものを「資産」と呼び、瀬戸内では「捨てられた島」や瀬戸内海こそが「資源」ということで、その場に埋もれた歴史や人々の現実に向き合った。そして、「地域、世代、ジャンルが180度違う人が集まっているのが面白い」と地域の人々から見れば、「都市のアートなるくだらないもの」という存在を「新たな祭り」として融合させることで、現在の閉塞感に覆われた日本社会に新しい可能性を生み出した。
「14万年前、イブの子孫である人類は、好奇心で様々な場所に住みながら頑張ってきた。黒人が2000年間北欧に暮らすと白人になるというように、地域が人間を決めてきたと考えるならば、めちゃめちゃ雨が多くいろんな岩石が溶けて豊かな土壌が作られてきたこの列島には土に対する決定的な親和感がある。水と土の列島で作られてきたものの凄さ。それが我々の美術の根本にあるものであり、同時に世界の人が暮らしている地域にはそれそれの凄さがある」とこの国の土着性に地域という視点で関わりながら、それが世界にもつながる普遍性を語った。
「大きな物語」といわれるイデオロギーや価値観が信じられなくなった時代に、地域アートフェスティバルという中間領域を生み出しながら、自分自身の「小さな物語」を人々と共に作り、その影響を日本や世界というスケールにまで波及させ、変革の波を生み出し続ける北川フラムさん。地域の持つ土着性や歴史に根を下ろし、そこから得られる水や風、光や土の恵みを受けながら生み出される人と人、場所と人との出会いには、ノルウェー語で「前進」を意味するその名のように、この国の未来を切り開く、多くヒントが含まれている。
ウィキペディア 北川フラム
「風と土の交藝」を紹介した結びめのウェブサイト
ウィキペディア 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ
越後妻有大地の芸術祭の里のウェブサイト
ウィキペディア 瀬戸内国際芸術祭
瀬戸内国際芸術祭のウェブサイト
アマゾン 北川フラム著『大地の芸術祭』
アマゾン 北川フラム著『希望の美術・協働の夢 北川フラムの40年 1965-2004』
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「若手表現者たちの思い」というテーマで開催されたイベントは、まさにこれまでなぜ日本のアートが、一般の人々にまで波及しなかったかを象徴したようなイベントだった。11時から開催された催しは、参加した16組のアート関連グループが、10分から20分のプレゼンを行い、壇上のコメンテーターが寸評を述べる繰り返しが、17時半までひたすら続く、ある種苦行のようなイベントだった。
休日の忙しい中を交通費や入場料を払って来場した観客は、約6時間、パイプ椅子に座らされ、延々と続くその様子を聞かされる。そこには「表現者」たちの「想い」はあっても「観客」の視点は全く無い。それだけならまだしも、長時間かけたこのイベントには、幾つもの事例報告があっただけで、「ではこの先、アートはどこへ、何を目指していくべきか」というビジョンすらなかった。
主催者側からすれば、予定が大幅にオーバーして、「公開討論」が行えなかったこと。さらに観客が何か発言したいのなら、その後に行われた「交流会」に参加してもらいたいという気持ちがあるのかもしれない。しかしそれなら、少なくとも事前のパンフレットやちらしに、明確なビジョンや何を話し合うかを言語化しておくべきだし、長時間の退屈なイベント後、有料の「交流会」に進んで参加する人がどれだけいるかを考えるべきだと思う。
あと一つ、腹立ちまぎれに言わせてもらえば、「16組の表現者」がプレゼンを行い、「コメンテーター」がそれについて壇上から寸評をするという形式が古すぎる。会場にいた人なら実感したと思うが、中盤以降のギャラリストやアートプロジェクトの代表が行ったプレゼンの幾つかは、多様化するアートの「現場」を知る発表者の方がよほどその分野の専門家であり、同業の「コメンテーター」が壇上から寸評を加えることに強い違和感があった。
イベントとして数々の欠点があった「伝書鳩プロジェクト」。一言で言わせてもらえば、市民の税金を投入して中之島4117という組織を運営する意味自体から、もう一度問い直すべきだと思う。「戻って来ない伝書鳩」というタイトルをつけて批判をしているこのイベント。しかし、そこに全く得るものがなかったかと言えば嘘になる。特に発表された幾つかのプレゼンには、自分の知らなかったアートの動きを知ることができ極めて有用だった。
中でも、最も優れていた藝育(げいいく)カフェ「Sankaku」(さんかく)の活動は、今後のアートの流れを見ていく上でかなり重要になると感じた。昨年まで材木屋を経営していたという藝育ディレクターのやまもとあつしさんは、自らで設計した自宅を、「いろんな人に見ていただいて仕事を取っていこう」と開放。訪れた人々と接していく中で、建物だけでなく、そこで人がどう住んでいくかを提案していきたいと思うようになった。
そんな時に訪れた直島のベネッセハウス。衣食住の全てが「アートに囲まれた素晴らしい体験」をしたことで、アートが身近な生活を自分の家でも行ってみたいと思うようになった。そのことを知人のアーティスト夫婦に相談すると、彼らの展覧会を開催しようと話は進み、以来、AAラボ(アート&アーキテクチャー ラボラトリー)と名付けられた自宅で、年に数回づつ展覧会を開くようになった。
建築関係の人だけでなく、作家の知人や近所の人まで出入りするようになった空間は、次第に参加者とのワークショップや、やまもとさんの奥さんが振舞うケーキや料理も食べることができる不思議なギャラリーへと変化。そんな活動の中から、やまもとさんの考えもより大きな、「地域に住む」というものに変わっていった。「歴史はあるが文化がない」と言われる奈良という地域。そこに根を張ることで、「新しい交流」を生み出していければと考えは育っていった。
現在活動拠点とする藝育カフェ「Sankaku」は、昨年4月、「まちをアートでいっぱいに」を理念としてオープン。「藝育」という言葉には、「作家さんがまちに溶け込んでいく」というアート側からの視点だけでなく、「今アーティストではない人々のアーティスト的な部分を育てていきたい」という思いも込めた。アーティストの紹介はもちろんのこと、ワークショップ、カフェ、まちのネットワークづくりの拠点して、ユニークな活動を行っている「Sankaku」。その先には経済発展という古い価値観に囚われない、多様で面白みのある社会の姿が描かれている。
この他にも、写真初心者を巻き込み、「小さな気づきが重なって何か自分の可能性が広がっていったら」という活動を続けるギャラリー・アビィ、「地元」にしっかりと根ざしながら、砕けて柔軟なプロジェクトを開催する淡路島アートフェスティバルなど、自分の視野の及ばなかった活動について多くの情報を得ることができたことは、このイベントの優れたところだったと思う。
約6時間、16組のプレゼンを聞いてそこに共通して出てきた、この国を覆う不景気の問題。その結果生じるアーティストや団体の「活動資金」や「運営資金」不足という問題は、どのグループにとっても深刻な問題だった。今現在、大きな価値観の転換が続く激動の中、新たな価値観を求める人々には、ある種のノマド(遊牧民)として生きることが強いられる。そんな彼らが逞しく生き延びるためにも、互いの情報を交換し、深い交流が可能な開かれた「場」が求められている。
伝書鳩プロジェクトのウェブサイト
伝書鳩プロジェクトのtwitter
藝育カフェ「Sankaku」を運営するアート・アラウンド・奈良のウェブサイト
アート・アラウンド・奈良のtwitter
ギャラリー・アビィのウェブサイト
淡路島アートフェスティバルを主催するNPO淡路島アートセンターのウェブサイト
アマゾン 『直島銭湯 アイ・ラヴ・湯』
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「次世代型!クロスボーダーアーティスト、スプツニ子!」@京都精華大
長谷川祐子さんの展覧会形式の大学院実践プログラムのオープニング行事として行われたこのイベント。会場に到着した時点で、小さな室内は立ち見の人々で、話す人の顔が見えないほど盛況だった。(聴衆約60人)何とか背伸びをして覗いてみると、そこには黒いメガネとネクタイをした女性のような男性のような人が、マイクを手に生理の話や、好きな女性のタイプについて話ていた。
「僕」という人称を使って話すその人が、どうやらちらしに書かれていたスプツニ子!さんが男装したタカシという人物らしい。会場を煙に巻いたような存在に、一体どう迫っていいのかと聴衆からの質問も手探り感が強かった。しかし、話が「タカシの経歴」や「スプツニ子!さんの名称の由来」、「トランスジェンダー(男女の性的役割の揺れ)の今後」といった点に及ぶと硬かったタカシさんの語り口も滑らかになっていった。
タカシという青年は、「中流のフランス人と日本人の家庭に生まれ育った」人物で、「フランス、ソルボンヌ大学に留学し、25歳の現在は、日本と外国を行き来するような会社に勤めている」という。「最近になって女装をはじめ、変態と言われることもあるが、これといって変わったことをしたつもりもなく、アジアやヨーロッパの文化に触れ合い、その文化の違いに寛容」と「生い立ち」を紹介。
そんな人物が話す「スプ子」の由来は、「身長173センチで色が白いので、高校時代にはイギリスと日本人のハーフでなく、ロシアとのハーフと思われて、ロシアと言えば思い浮かべるスプートニックからスプちゃんというあだ名で呼ばれるようになった。大学時代に書いた曲でライブをする時にスプツニ子!名乗ったのが最初で、『!』はノイ!(NEU!)ってバンドのビックリマークがカッコイイと思って付けました」と解説。
「最初はグループバンドにしようと思っていたけど誰も集まってくれず、一人でバンドをやり始め、曲とか作っていく内に、長谷川さんに見出されました。2年間の無視と沈黙をおいて発掘されたスプツニ子!によろしく伝えておきます」と言いながら、「無視はつらいですね」とつぶやいた感じが可愛かった。トランスジェンダーの今後については、「日本という場所だと女性、男性はこうあるべきって概念は根強く残ってます。僕はそれに真っ向から対立せず、境界線のバカらしさを発信することが大切だと思っています」と回答。
その後、「では」という感じで聴衆に2分間目を閉じてもらい、自演鼻歌ソングか流れる中、上着を着込み、メガネを外したところでタカシさんから変身したスプツニ子!さんが登場。(薄目で見ていた)「生理マシーンをなぜ作ったか」という問いに対し、「去年の1月にイギリスのヴィダルサスーンのサロンで、『2010年なのになぜ私たちは出血するのか?』という女性誌の特集を読んで、それを破って持って帰って、RCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)で『これをやりたい』と言ったのが最初」だと言う。
「それから生理は何だろうと生理研究20年の教授たちに教えてもらったデータを元に中身の研究を3月に始めました。構想を思い立った時はもっとドバッと血が2リットルぐらい出ると思ったので、5日間で80ミリリットルぐらいしか出てこないのが残念でしたけど、事実に忠実に表現した訳です」と「地球上の半分の人(女性)が毎月、血を流している」現状に対するリアクションとして作品を制作。「ハイテクな生理マシーンを変身願望が強くて、テクノロジーをフィクションのために使っていることが多い日本で、タカシくんの物語としてミュージックビデオも撮影しました」と制作過程を語った。
twitterでスタッフを募集して撮った映像は、スプツニ子!さんの他の映像作品と共に、YouTubeやニコニコ動画で見れるようになっており、最近はめっきり動画を貼り付けなくなっていたので、久しぶりに2010年のYoutubeビデオアワード「テクノロジー・乗り物」部門で部門賞を受賞した『スプツニ子!「生理マシーン、タカシの場合」』を貼り付けてみたい。
5月に編集し6月の卒業制作に出品した作品は、英語圏のみでなくフランス語圏や中国語圏のメディアでも取り上げられた。最も多かったのは、「日本人の男のアーティストは何を考えているんだ」といった宗教的なものを背景にした反対意見だったが、中には「タカシ君はカッコイイし、私たちの痛みを理解しようとしている」という好意的な意見もあり、本人としては、「アート、デザインの外の人たちのためにYouTubeでこの作品を出しました。ミュージックビデオにしたお陰で、普段アートに触れたことのない人からもディスカッションが生まれて本望」という結果が残せた。
トークはその後、『生理マシーン』とは別の2つの作品解説が行われ、『スシボーグ☆ユカリ』は、「ロボット工学を勉強してきた理系女子としては、そこで研究している男性の周りに女性が少ないのは同情しますが、女性型ロボットを作ったりしているのを見ると他に使い道がないのかなと思ってしまう」という発想から制作を開始。「女体盛りという海外で有名になったカルチャーからサイボークが生まれてくるかもしれない」という未来妄想の中で、「疲れたサラリーマンたちを癒していた彼女は、人工知能が発達し過ぎてしまい、自分の体を改造してサラリーマンを切り殺して逃げ出してしまう」というストーリーを組み立て作品化。
もう一つの『カラスボット☆ジェニー』はまだ映像が作られてない未完の作品で、本で知った「人間と動物の境界が面白くなってきている」ということを形にするために、「ケンブリッジ大学に飛び込んで、大学やバーでビールを飲んだりして教えてもらった知識」や、「イギリスのカラス語」の音声をもらい受けたことから、「人間の友達ができないジェニーという女の子がテクノロジーを使ってカラスと会話ができる」というコミュニケーションの物語を軸に作品化した。
自作解説の終了後、もう一度行われた質問の時間には、「新しいことをなさっているスプツニ子!さんから見た日本とイギリスを中心とした世界のアートの違いと今後」という質問がなされ、スプツニ子!さんは「一つあるとすればイギリスのファインアートの活発さ。イギリスの美術館はアトラクション性があって娯楽として面白い。サッカーに行くか美術館に行くかという感じの面白い場所として街の中心地にあって、ファインアートの文化が長くない日本とは違うと思う」と回答。
今後については、「アーティストをサポートしている超富裕層が世界にはいて、日本はそれがないのを悲観するよりも、ポップカルチャーへの寛容さや完成度の高さに着目して、オルタナティブ(既存でない)に活動できる場所と捉え、それを解析したり、日本のアニメ史を歴史とかに入れることをすれば、日本のアートシーンが貧しいとは思わない」と発言。「イギリスにいればファインアートができるのにと色んな人に言われたけれど、たくさんの人の意識を変えることが目的なので、日本はポップカルチャーに寛容な部分もあり、ちょっと実験して嫌なことがあったらニューヨークに逃げますので、その時は長谷川さんよろしくお願いします」と笑顔を見せた。
インペリアル・カレッジ・ロンドンの数学科と情報工学科卒業という経歴に裏づけられたテクノロジーへの親和性と知性。西洋と東洋の入り混じった個人史や、女性という立ち居地。さらにはパンクな感性がはぐくまれるロンドンという街で学んだアートといったものが、今、日本という土壌で混じり合い、新たなものを生み出そうとしている。今回の話を聴いて、様々な二元論的枠組みがゆるやかに解体していこうとしている時代だからこそ、人々の意識の境界を乗り越える次世代型のアーティストが生まれているのだと思った。
ウィキペディア Sputniko!(スプツニ子!)
スプツニ子さんの公式ブログ
スプツニ子さんのtwitter
東京都現代美術館で1月30日まで開催中のトランスフォーメーション展のページ
ウィキペディア ノイ!(NEU!)
ウィキペディア トランスジェンダー
ウィキペディア ヴィダルサスーン
YouTube 『スプツニ子!「生理マシーン、タカシの場合」』
ウィキペディア 女体盛り
ニコニコ動画でスプツニ子タグが付けられた6つの動画(要無料会員登録)
アマゾン スプツニ子!さんの15編の映像が収録された『Parakonpe 3000 [DVD]』
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「『近代』を越えたアートの地平」~メディア芸術ってよくわからないぞオープントーク京都編に参加して~
昨年秋、京都で開催された「文化庁メディア芸術祭 京都展」。そのイベントの一つとして行われた養老猛さんとゲームクリエーターの宮本茂さんの講演については創造的な対話がなされていなかったのではと、このブログでも紹介。展示会場となった京都芸術センターの作品群については、技術を主体としたまだヨチヨチ歩きの作品がほとんどで、注目度が高いはずのマンガ、アニメ、ゲーム関連の展示は、作品以外のキュレーションの部分が弱い気がしてこのブログで取り上げることはなかった。
そんな行政色の強いイベントに関連した今回のオープントークは、「芸術」という自分の専門ジャンルのタイトルが付いてなければ、たぶん参加しなかっただろうイベント。話し手の方々にはそれなりに興味はあったが、このような話し合いによくある学術トークに終始して、聴衆を置き去りにする毎度のパターンを想像していた。しかし、実際イベントが始まってみると、ことのほか開けた話し合いがスピーカーの4人だけでなく、聴衆も参加して行われ、有意義な時間を過ごすことができた。
3時間という長丁場のイベントであり、活発な意見交換が行われたこともあって、このトークを単純にまとめることは難しいが、それぞれの話し手の特色が出た部分に絞って紹介していくと、東京大学大学院情報学環教授の吉見俊哉さんは、「マンガやアニメの起源を鳥獣戯画まで戻るのはやめましょう」という言葉に象徴されるような、「近代」という現代から手の届く距離に視点を限定することで、より明確にテクノロジーや「近代」が及ぼした影響を「メディア芸術」の中に見ていく立場を提示。
豊富な情報の中から、「大衆的な興行」として生まれた映画産業から紙芝居、貸本漫画、マンガ、アニメ、ゲームと派生していった、「視覚的映像のテクノロジーを前提として出てきたものがメディア芸術ではないか」という視点を提供。アーティストで東京藝術大学大学院映像研究科教授の藤幡正樹さんのプレゼン資料に触発されて、約半日で作ったというパワーポイントにはかなり説得力があった。またこのような「単線的図式や、ハイカルチャーやサブカルチャーといった二元論でメデイアが理解できるのか」という疑問も同時に投げかけた。
そこには現在起きている「グローバリゼーションによる国民国家の衰退や、カテゴリーの境界が曖昧になってきている状況。さらにはある種の歴史的必然があるのではないか」と「近代」や「現代」の先に生まれつつある同時並行的で、様々なものが入り混じった状況を示唆。「分からないぞと考えていることで、深いところにいきつくのではないか」と今回のオープントークで「メディア芸術」について話し合うことが、「カテゴリー論争」ではなく、その奥に潜むものに関わるものだと語った。
4人のスピーカーの中で最も活発に意見を述べた藤幡正樹さんは、その奥に潜むものをアーティストとしてより明確な言葉で言及。西洋の近代国家の成り立ちの中で、「国家が国民を文化的主体にする必要があって、そういう文化的教養を身につけなければならないというので、自分で物事を判断できるような能力や、ものを自分で考え主体的になる国家と個人の関係が生まれたが、最近ではそれが崩れてきている。しかし実は、日本にはそのような関係がもともとなかったし、今現在も個人主義や民主主義が社会の中で根付いていないのではないか」と問題提議。
そこから「これまで日本では『世間』が個人が考えることの代行をしていた。そしてコメディアンやマンガ家といった『世間』の外に出たもの。『外道』な人たちが『世間』のことを考えずに作ってきたもことが面白いし、そこに『世間』を越えたメッセージがある。メディア芸術が『世間』的に認められ、発展していき、『世間』からはみ出した表現が受け入れられていくことで、誰もが自由に考えることや、民主主義や個人的なものに向き合うきっかけになっていくのではないか」とメディア芸術が含む今後の可能性を語った。
控えめなスタンスに立ちながら、美学者の観点で「メディア芸術」について語った京都大学大学院文学研究科教授の吉岡洋さんは、「新しい表現形式が出てきた時にまず怪しいものとして出てきて、その後、どのように語られ出したか、厳粛(げんしゅく)に語る人が沢山続いてていくことで、厳粛なものとして認められていく流れがある。その意味ではギャグマンガもそうなりえると思う」とこの国に独自に発達している表現を擁護。この分野について様々な名称を考えてきた中で、「メディア芸術はもう、メディア芸術という名称でいいんじゃないか。概念定義は僕の病気みたいなものだけど、その加減が難しい」と概念化でこぼれ落ちるものあるとも語った。
進行役として場内を含む様々な意見の引き出し役を務めた京都精華大学芸術学部教授の島本浣さんは、専門のフランス美術史の立場から具体的な事例を挙げて話し合いの間口が狭まらないように腐心。様々な意見が対立せず、建設的な対話が生まれる状況を作り出した。映画と漫画との中間に出現したメディアの一つとして紙芝居の実演も行われ、その土着的なアナロク性や双方向的コミュニケーションが、多くの参加者に真新しく映ったこのイベント。日本という国の持つ独自性と、西洋的価値観が生み出した「近代」。その2つがハイブリッドに交じり合った先にある可能性が、「メディア芸術」という言葉や、そこに含まれる表現に秘められているのだと思った。
メディア芸術オープントークの情報が掲載された公式サイト
昨年行われた文化庁メディア芸術祭京都展のウェブサイト
ウィキペディア 吉見俊哉
ウィキペディア 鳥獣戯画
ウィキペディア 藤幡正樹
吉岡洋さんのウェブサイト
島本浣さん プロフィール - あのひと検索 SPYSEE [スパイシー]
アマゾン 吉見俊哉著『メディア文化論―メディアを学ぶ人のための15話 (有斐閣アルマ)』
アマゾン 藤幡正樹著『不完全な現実―デジタル・メディアの経験』
アマゾン 吉岡洋・岡田暁生共編『文学・芸術は何のためにあるのか? (未来を拓く人文・社会科学)』
アマゾン 島本浣著『美術カタログ論―記録・記憶・言説』
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