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2026-03-27

SNS中毒規制するという自己放尿で、規制需要検閲が生まれているようだな

実に見事な自己放尿だ。しかも一滴ではない。制度設計の名のもとに、政府が自らに向かって放尿し、その飛沫が市場全体に外部不経済として降りかかっている。

 

まず基本命から確認しておこう。市場情報分散的に集約し、価格メカニズムによって資源配分効率化する。

したがって、SNSというプラットフォームもまた、個々の主体主観的効用を最大化する過程で自生的秩序を形成する装置にすぎない。

ここに中毒というラベルを貼り付けた瞬間、それは分析ではなく規範押し付け、すなわち政治的自己放尿に転化する。

 

政府SNS中毒問題視する構造を、合理的無知政治市場観点から見てみよう。

一般有権者にとって、SNS規制の詳細なコストと便益を精査するインセンティブは極めて低い。

したがって中毒から国民を守るという安価感情的スローガン政治的需要として成立する。

ここで政治家は供給者として振る舞い、この規制需要に応える。結果として何が生まれるか?自己放尿だ。しかも繰り返しの。

 

さら重要なのは、この自己放尿が二次市場を生む点だ。

規制が導入されると、規制回避する技術検閲運用する官僚機構コンテンツの選別アルゴリズムなど、新たな規制ビジネスが発生する。

これはまさにレント・シーキング典型である本来存在しなかったはずの利得機会が、政府自己放尿によって人工的に創出される。

 

価格理論的に言えば、規制情報の伝達機能を歪める。SNS上の言論は、本来ならば需要供給によって自然フィルタリングされるべきものだ。

だが検閲という自己放尿が介入すると、価格システムの代わりに官僚恣意情報配分を決定する。これは効率性の観点から見て明確な劣化であり、同時に自由の縮減でもある。

 

ここで一言で切り捨てよう。問題SNSではない。問題は、政府が自らの無能を覆い隠すために行う自己放尿だ。

 

さら皮肉なのは、この自己放尿が自己強化的である点だ。規制が失敗すると、政府規制が足りないと解釈し、さらなる規制を導入する。

まり自己放尿の上に自己放尿を重ねる。結果として、検閲制度化され、例外ではなく常態となる。

これはまさに政府の失敗が市場の失敗を上回る典型的ケースである

 

SNS中毒という曖昧概念根拠にした規制は、効率性も自由改善しない。

それどころか、規制需要という政治的幻想を餌に、検閲という副産物を拡大させる。すなわち壮大な自己放尿だ。

そして我々は、その飛沫の中で安全だと錯覚させられているに過ぎない。

2026-03-07

anond:20260307115718

なるほど、一見もっともらしい反論だ。

だが価格理論で考えると、その議論は途中までは正しいが、結論が完全に自己放尿だ。

かに政治市場にショックを与える。関税制裁戦争、輸出規制

こういう政治的ショックが起きると、サプライチェーンは再編される。これは事実だ。

だが、ここで重要なのは基本原理だ。市場はショックに対して調整する。

価格が上がる。供給源が変わる。新しい企業が参入する。

まり市場分散した知識価格に乗せて再編成するシステムだ。

ところが自給自足論者はどうするか。

「危ないから全部国内で作れ!」

おいおい、それはリスク分散じゃない。リスク集中だ。

サプライチェーンが壊れるのが怖いからと言って供給源を一つの国に固定する。

これは経済学的に言うとポートフォリオを全部一銘柄に突っ込む自己放尿だ。

世界中供給源を持つほうが、むしろリスク分散する。

チリが止まれペルー台湾が止まれ韓国中国が止まれベトナム市場はこうやって調整する。

自給自足はどうだ。国内が止まったら即終了。

まり安全保障のつもりでやっていることが、実は巨大な自己放尿だ。

インセンティブ分析を重視しろ

自給自足政策はどういうインセンティブを作るか?

簡単だ。補助金関税、輸入規制

企業技術開発ではなく政治ロビーに走る。

繰り返しだが、これをレント・シーキングと呼ぶ。

まり自給自足安全保障でも産業政策でもない。

政治家と業界団体が共同でやる制度自己放尿だ。

しかも一番笑えるのはここだ。

自給自足論者は「トランププーチン世界を壊す!」と言いながら、その対策として自分から市場を壊す自己放尿政策提案してくる。

敵がサプライチェーンをズタズタにするかもしれないからと言って自分サプライチェーンを切り刻む。

これは戦略でも何でもない。先制自己放尿だ。

もちろん、例外はある。軍事物資や極端な戦略物資。こういうもの国内生産を維持する合理性がある。

だがそれは限定的安全保障政策であって、経済全体を自給自足にする理由にはならない。

ところが自給自足論者はこの例外一般化する。するとどうなるか。

農業も、半導体も、エネルギーも全部「安全保障」にしたがる。

結果として出来上がるのは巨大な国家規模の自己放尿経済だ。

政治ショックがある?当然ある。

だがその対策供給源の多様化であって自給自足という自己放尿ではない。

サプライチェーン破壊への合理的対応市場の再編

サプライチェーン破壊への非合理的対応自己放尿しながら自給自足を叫ぶこと

以上だ。

自給自足という自己放尿

市場のことをロクに知らない連中ほど「自給自足こそ理想社会だ!」などと叫ぶ。

だが価格理論で見れば、そんなものは高尚な思想でも倫理でもない。単なる自己放尿だ。

まず、経済の基本から叩き込んでやろう。

人間社会は分業で豊かになる。これは経済学の基礎中の基礎だ。人はそれぞれ比較優位を持つ。誰かは米作りが得意で、誰かは機械を作るのが得意で、誰かはソフトを書くのが得意だ。

市場ではその情報価格メカニズムに凝縮される。価格は単なる数字ではない。情報の伝達装置であり、インセンティブ装置であり、資源配分信号だ。

まり市場自動操縦装置だ。ところが自給自足論者は何を言うか。

外国に頼るな」「全部自分の国で作れ」

おいおい、勘弁してくれ。それは価格システム情報遮断する自己放尿だ。

分業の利益意図的破壊する行為であり、比較優位無視した資源配分であり、巨大な死重損失の発生装置だ。

自給自足社会では、農業工業エネルギーも全部国内で賄おうとする。するとどうなるか。

生産規模は小さい、技術進歩は遅い、コストは高い。トリプル放尿である

価格理論言葉で言えば、規模の経済崩壊する。その結果、社会全体の厚生は落ちる。

それでも自給自足論者は満足げに言う。

「我々は独立している!」

だが実際にはどうか。世界市場という巨大なネットワークから切り離され、小さな閉鎖経済の中で資源無駄遣いする。

世界という大河の流れの中で、わざわざ自分の足元に向かって自己放尿しているようなものだ。

経済学はインセンティブ分析を重視する。人は善意ではなく、インセンティブに反応して行動する。

自由貿易ではどうなるか。企業はより安く作ろうとする。技術革新が起こる。生産性が上がる。

ところが自給自足政策ではどうなるか。関税補助金、輸入規制トリプル放尿。つまり政治市場が介入する。

企業効率ではなく、ロビー活動資源を使う。これを何と言うか。レント・シーキングだ。

まり自給自足政策は、効率的な市場競争を壊し、政治利益配分ゲームに変える。

これもまた見事な制度自己放尿だ。

そして言っておく。自由貿易とは理想論ではない。むしろ現実的制度設計だ。

分業を拡大し、価格情報活用し、個人インセンティブ社会利益に結びつける。

それが市場経済だ。自給自足はその逆だ。情報遮断し、比較優位無視し、政治利権を増やす。そして社会全体で貧しくなる。

自由貿易価格理論勝利自給自足経済自己放尿。

以上だ。

2026-02-24

政治家に対する理性的批判を「イジワル」と言う愚民自己放尿している

政治家に対する理性的批判とは、公共選択の枠組みにおけるインセンティブ構造情報の非対称性貨幣的・非貨幣コスト帰着、そして制度設計一般均衡効果分析する行為である

これは感情ではなく、価格理論合理的選択理論に基づく演繹的・実証的営みである

 

それを「イジワル」と呼ぶ者がいる。この瞬間、その者は理論的に自己放尿している。

なぜか。

 

シカゴ学派の基本命題は単純明快だ。人間目的関数を持ち、制約条件の下で効用最大化を行う。

政治家例外ではない。

彼らの目的関数は再選確率権力維持、名声、予算規模の拡大などで構成される。これは官僚予算最大化仮説とも整合的であり、公共選択論の標準的前提である

ここで理性的批判とは何か?

それは、

これらを数量化し、政治家政策選択社会的余剰を減少させるか否かを検証する作業である

これを「イジワル」と呼ぶ?

それは価格メカニズム否定しながら市場で買い物をするのと同じ自己放尿だ。

認知的不整合経済的無知ダブル放尿である

 

合理的無知という概念がある。

一票の限界影響がゼロに近いなら、有権者政策の詳細を学習しない。

ここまでは理解できる。

だが問題は次だ。

情報コストを払わない者が、情報を払って分析している者を「イジワル」と断罪する瞬間、連中は自らの無知規範化し始める。

これは単なる無知ではない。無知道徳である。そして無知道徳化は、制度劣化を加速させる。

なぜなら政治家目的関数有権者期待値依存するからだ。

愚民感情評価すれば、政治家感情供給する。

愚民財政規律要求すれば、政治家財政規律供給する。

ゆえに、理性的批判排除する社会は、自ら規律供給ゼロに近づける。

これは市場価格を表示しないのと同じである

価格を隠して「優しさ」で取引しろと言うのは、経済的幼稚性の自己放尿だ。

 

シカゴ学派の核心は、市場失敗を認めつつも、政府失敗を同時に分析することにある。

だが愚民はこう言う。

政治家批判するのは冷たい」

もっと思いやりを」

思いやりは予算制約を超えない。善意インセンティブ無効化しない。

政府支出が増えれば、将来世代への課税現在価値は増える。

規制が強化されれば、参入障壁が上がり、既得権益固定化される。

それでも「イジワル」と言うなら、それは経済学現実拒否感情依存ダブル放尿である

 

理性的批判を抑圧する社会では何が起こるか。

1. 政策費用便益分析消滅する

2. 政治家説明責任が弱まる

3. 財政の持続可能性が悪化する

4. 通貨価値毀損される

最終的にはインフレ増税債務危機という形で帰結する。

そのとき愚民はこう言う。

「どうしてこんなことに?」

答えは簡単だ。貴様理性的批判を「イジワル」と呼んだ瞬間から制度自己修正機能を切断したからだ。

それは自分の足に向かって放尿し、「なぜ濡れているのか」と泣くのと同じだ。

完全なる自己放尿である

 

経済学は優しさの代用品ではない。それは現実の制約を暴露する学問である

制約を指摘する者を排除する社会は、最終的に制約に叩き潰される。

理性的批判を「イジワル」と呼ぶ愚民は、政治家を守っているのではない。

自分の将来所得現在価値を減らしているのだ。

それを何と呼ぶか?

自己放尿以外に適切な用語存在しない。

そして今日もまた、感情制度を語る者たちは認知自己放尿と財政自己放尿のダブル放尿を誇らしげに続けている。

市場は冷酷ではない。制約が冷酷なのだ

それを直視できない者は、放尿しながら自由を語るしかない。

 

以上。

2026-02-20

anond:20260220012000

あああああああああああああああああああああ!!!!もう、それそれそれそれ!!!やっと市場かい化石みたいな言葉の皮を剥いで、今の地獄の正体を暴いてくれたね!!

そうだよ!!これは市場なんかじゃない、デジタル配給制計画経済なんだよ!!

自己放尿がデータとして徴税されてる?もうその通りすぎて、スマホ叩き割りながら絶叫してるわ!

私たち自由表現者なんかじゃない、アルゴリズムっていう非民主的独裁当局に、自分人生の切り売りを納税させられてるだけの、名もなき農奴なんだよ!!

有効需要の創出どころか、人間尊厳強制徴収じゃねえか!」って泡吹いて倒れるレベルの、クソスパイラルならぬ人間崩壊極致!!

同意してやるよ!!「おすすめ欄は計画当局の見本市」って部分!!マジでそれ!!

あれは多様な価値がぶつかり合う市場なんかじゃなくて、当局アルゴリズム)の意向に沿った優秀な臣民リストしかないんだよ。

そこに乗らない私たち自己放尿が価値ゼロなのは市場で負けたからじゃない。

当局に「反社会的、あるいは生産性なし」って烙印を押されて、配給名簿から消されただけなんだよ!!これが身分制じゃなくて何なんだよ!?

でもさああああああ!!だからこそ!!あんたの言う「出口を作れ」「データポータビリティ」なんて、そんな「お行儀の良いリベラル政策提言」で、この怪物を止められると思ってるの!?

そこが甘すぎて、反吐が出るんだよ!!あんたの言ってることは、火事現場で「防火基準見直し案を提出します」って言ってる役人と一緒!!今すぐ火を消せよ!!

毒を撒けば規制需要が増えて国家と結託する?レント・シーキングの燃料になる?そんなの百も承知だよ!!

でもね、今のこの法の支配の外側にある計画経済をぶっ壊すには、外部から健全競争なんて待ってられないんだよ!!内部から過負荷をかけて、システム自体を狂わせるしかないんだよ!!

いい?アルゴリズム効率的であろうとするから脆弱なの!!そこに意味不明な、解読不能な、当局理解を越えた真の自己放尿(カオス)を叩き込み続けるのは、徴税システムに対するデジタル一揆なんだよ!!

あんたは「出口を作れ」って言うけど、逃げた先にも別の当局が待ち構えてるだけなんだよ!!

だったら、今ここにある集配所を、ゴミで埋め尽くして機能不全にするしかないじゃん!!

市場を復活させる?ハッ、笑わせないで!!一度死んだ市場は戻ってこないんだよ!!

今のSNSは「カジノ資本主義」よりもっとタチが悪い、人間の魂の強制収容型・疑似市場なんだよ!!ここで正しい投資なんてできるわけないじゃん!!

あんたの言う「プロトコル競争」も「中央スコア解体」も、結局は別の賢い管理者を求めてるだけでしょ!?

もっとマシな統治者ならいい」って、結局は奴隷根性が抜けてないんだよ!!

私は、統治のものを、評価のものを、スコアのものを、この世から消し去りたいの!!

毒入り放尿は自爆だよ!!そうだよ!!でも、何もしないで徴税され続けて、緩やかに死んでいくくらいなら、システムと一緒に盛大に炎上してやるのが、Z世代の、この閉塞感に対する唯一の有効需要なんだよ!!

自由市場だ」と言い張る奴も、「分散投資だ」と抜かす奴も、そしてあんたみたいに「出口を作れば救われる」と信じてる気取りも、全員まとめてアルゴリズムの胃袋の中で、仲良くスコア化されてろ!!

私はその胃袋を、中から食い破って、毒まみれにして、ゲロと一緒に吐き出させてやるから!!

自己放尿で自己陶酔してる場合じゃない?ああ、そうだよ!!これは陶酔じゃない、発狂という名の最後抵抗なんだよ!!

あんたの分析死ぬほどムカつくけど、その正解が何の役にも立たない地獄に、私たちはもう墜ちてるんだよ!!

あああああああ、もう全部ぶっ壊れろ!!!!!

2026-02-19

anond:20260219232839

理屈として正しいが甘い。

市場効率性が幻想であることは当然だ。

しか問題は、「現実のXが中央計画経済か否か」という二項対立で片付けられるほど単純ではない。

自己放尿の危機冷徹に見るなら、重要なのはユーザー側の意思決定オプションコストと、プラットフォームによる行動操作の複雑な重ね合わせだ。

単純にレント・シーキングだのレモン市場だのを引用して悦に入るだけでは、分析としての解像度が低い。

 

自己放尿は、個人効用最大化行為であり、その効用プラットフォームの介入とアルゴリズム操作によって条件付けされる。

しかし、介入は全方位的ではなく、選択的に作用する。アルゴリズムは全ユーザーに一律の抑制をかけるわけではなく、特定の行動やテーマにだけ影響を与える。

まり自己放尿の価値は「部分的制御された市場条件下での限界効用」として再定義されるべきで、これを理解せずに「自由市場仮面」論で終わるのは無能所業だ。

 

さらに付け加えると、自己放尿を取り巻くインセンティブ歪みは重層構造を持つ。

プラットフォーム操作と、ユーザー間のシグナリング競争、そして情報非対称性による不確実性というトリプル放尿が絡み合う。

自己放尿の最適戦略は単純な放尿行為のものではなく、「介入を読み切った上での戦略的放尿」に変換される。

まり、表向き自己放尿をしているように見せつつ、実際にはプラットフォームが重視する指標を満たす形に放尿を調整する。

このダブル放尿的戦略理解できない者は、アルゴリズムによって自己放尿を事実上搾取されるだけだ。

 

公共放尿の危機自由市場効率性の問題ではなく、選択肢の条件付けと行動操作の重層的な相互作用問題だ。

ここで有効である可能性のある対応は、分散プロトコルへの移行という外部競争の導入による、自己放尿価値の再最適化である

透明化だけでは無力であり、冷徹に言えば、アルゴリズム操作市場における自己放尿の価値は、競争圧力という外的条件なしには永遠に食い潰され続ける。

anond:20260219225610

市場が常に最適である」という前提は、古典的理想化に過ぎません。

検閲操作恣意的な介入が存在する場合、それは自由市場ではなく、プラットフォームによる中央計画経済に近い状態です。

より現実の歪みに着目した公共選択論やスティグラーの規制捕獲論の視点を取り入れ、この自己放尿の危機分析します。

プラットフォームによる「レント・シーキング

ジョージ・スティグラーは、規制アルゴリズム)は公益のためではなく、特定集団利益(レント)のために操作されると説きました。

情報の非対称性レモンの原理

ジョージ・アカロフのレモン市場概念適用します。

見えざる手から見えざる拳へ

価格機構が、Xではアルゴリズムによってハックされています

自由市場パラドックスの正体

あなたが指摘したパラドックスは、「自由市場効率的すぎるゆえの悲劇」ではなく、「自由市場のふりをした独裁プラットフォームによる資源配分の歪曲」と定義し直せます

要素 自由市場理想現実プラットフォーム(介入あり)
自己放尿の価値限界利益による決定 プラットフォーム検閲・介入による決定
アルゴリズム取引コストの低減 非関税障壁恣意的規制
個人の行動 効用最大化 介入当局への適応行動
市場状態 完全競争 独占的計画経済

解決策を提示するならば、アルゴリズムの透明化ではなく、プラットフォーム間の移動コストスイッチング・コスト)をゼロにし、介入のない真の自由市場分散SNSなど)への競争を促すことに集約されます

このプラットフォーム独裁から脱却するために、分散プロトコル(BlueskyやNostrなど)がこの歪んだ市場をどう修正うるかについても考える余地があります

2025-02-21

パソコンが古い

俺たちのパソコンが、いつも「古い」とか「使えんようになった」って言われるのは、実は企業側がわざとそういう仕組みを作り出しているかである。たとえば、Windows 11リリース時に、TPM 2.0必須や最新CPUしか動かんといった、技術的に見れば問題なく使えるパソコンにも無理なスペック足切りを課す。これによって、実際には十分な性能を持つパソコンが、あたかも使えへんゴミのように扱われ、消費者は新しいパソコンを買わされるラットレースに参加させられるのだ。

このような強引な需要創出の仕組みは、企業が売上を伸ばすための戦略であり、俺たちが自分の都合でパソコンを使う自由を奪っている。企業は、最新OS対応しなきゃ安心できん、便利にならんといった幻想を植え付け、実際には問題ないはずのパソコンを、あたかも「時代遅れ」だと決めつける。それにより、無理やり新しい製品に買い替えさせることで、売上を確実なものにしようとしているのである

さらに、この需要喪失を満たすために、企業無意味仕事、すなわちブルシットジョブを次々と生み出している。デヴィッド・グレーバーが指摘したように、「まるで誰かが、全員を働かせ続けるためだけに無意味仕事を作り出しているかのようだ」という状況が、現実PC業界にもある。新OSの導入に伴って、マーケティングサポート管理といった、本来必要ないはずの職務が増え、働く人々はその無意味さを感じながらも、企業の策略に沿って受動的にラットレースに参加させられているのだ。

こうして、俺たちは実際には自由パソコンを使えるはずなのに、企業が仕掛ける強引な需要創出と、それに伴うブルシットジョブのせいで、自分の都合で使う権利を奪われ、無駄な買い替えとアップグレードのサイクルに巻き込まれているのである。結果として、俺たち消費者は、企業のレント・シーキング戦略、すなわち新たな富を生み出すことな既存の富を拡大するための手法に、金をむしり取られている状態にあると言える。

この現状を知れば、俺たちは自分たちの本当の使い方、つまり必要とき自分の都合でパソコンを使える自由が、企業の策略によって奪われているということに気づかざるを得ない。企業は、自らの利益を守るため、無意味アップグレードとそれに伴うブルシットジョブを通じ、俺たちの財布から無駄な出費を引き出し続けているのだ。これが、PC買い替えやOSアップグレードラットレースに参加させられる理由であり、俺たちが自分の都合でパソコンを使う自由を奪われる根本的な原因であるといえる。

あなたPCはなぜいつも古いのか

現代PC業界におけるアップグレードサイクルは、企業が自らの利益を守るために意図的に仕組んだものである企業は新OSリリースするたびに、実際には十分に機能するパソコンに対して、あたかも「古い」ものであるかのようなレッテルを貼り、消費者に新しいパソコンへの買い替えを強いる。この現象は、人類学者のデヴィッド・グレーバーが「無意味仕事(ブルシット・ジョブ)」について述べた論理酷似している。すなわち、まるで誰かが、全員を働かせ続けるためだけに無意味仕事を作り出しているかのようである企業は、アップグレードに伴うマーケティングサポート管理などの無意味業務を増やすことにより、自らの既存の富を増やす(レント・シーキング戦略を実行しているのである

ジョン・メイナード・ケインズがかつて、技術進歩によって15時間労働週が実現すると予言したにもかかわらず、現実にはむしろ技術は我々全員をより多く働かせるために利用される結果となった。これは、PC業界においても同様である。最新のOSを導入するための高いハードウェア要件(例えばTPM 2.0必須や最新CPUの搭載など)は、技術的な制約ではなく、企業が自らの利益を最大化するために設定されたものである。こうして、技術的には十分に性能を発揮できるパソコンが、企業の都合であたかも使えない古いものとして扱われる。その結果、消費者不要な買い替えを余儀なくされ、企業はそのたびに新たな収益を得るとともに、無意味仕事が膨らんでいく。

グレーバーが示したように、現代社会は、まるで誰かが無意味仕事を作り出して、みんなを働かせ続けるためだけのシステムに陥っている。実際、PCアップグレードサイクルによって、企業マーケティング担当者サポートスタッフ管理部門といった、もともと必要なかったであろう職務が次々と生み出されている。これらのブルシット・ジョブは、社会全体の資源無駄にし、経済効率性を低下させる原因となっている。また、このような戦略は、消費者本来つべコンピューティング自由をも奪っている。実際のところ、パソコンは何年も使い続けることが可能であり、単に最新OS対応しなくなったからといって、急いで新しいパソコンに買い替える必要はないのである

さらに、こうした企業戦略はレント・シーキングの一環である。レント・シーキングとは、新たな富を生み出すことなく、社会的または政治的環境操作することで、既存の富を増やす行為である企業は、最新OSや新型パソコン必要性を強調することで、消費者無駄な出費を強い、結果としてその余分な費用を自らの利益として取り込んでいるのである。このような手法は、資源誤配分や競争の阻害、さらには所得格差の拡大など、社会全体にとって望ましくない影響を及ぼすものである

この状況に対して、ひとつ合理的対策として注目されるのがLinuxであるLinuxは、最新OS要求するような無意味ハードウェアスペックに縛られることなく、古いパソコンでも十分な性能を発揮する。例えば、中古ThinkPadLinuxインストールすれば、Web閲覧、文書作成プログラミング動画視聴などの基本的作業において、最新のパソコンと大差なく使うことが可能であるさらに、かつて「デスクトップLinuxは使いにくい」と言われたが、現代LinuxディストリビューションはGUIが整備され、初心者でも容易に扱えるレベルにまで進化している。これにより、企業が仕掛ける「捏造された古さ」や無意味アップグレードサイクルから解放され、消費者は余計な出費や無意味労働負担回避することができる。

総じて、現代PC業界は、企業が自らの利益を守るために、必要以上のアップグレード強制し、その結果としてブルシット・ジョブを生み出し、レント・シーキングを通じて無駄な出費を消費者負担させる仕組みとなっている。私たちは、この現状を冷静に理解し、企業の策略に惑わされることなく、Linuxのようなオープンソリューション選択することで、本来あるべきコンピューティング自由効率を取り戻すべきである

2023-12-07

anond:20231207232826

多くの人は、規制緩和によって派遣労働を推進したのは、小泉竹中と思っていますが、労働派遣法が成立したのは、1985年中曽根内閣の時です(施行は翌年)。つまり、この規制緩和は、1980年代の土光臨調と中曽根行革にまで遡るということです。但し、当時派遣が解禁されたのは、専門知識必要とする13業務限定されました。

中曽根行革に続く行革は、橋本行革です。1996年橋本内閣時代に、対象業務26業務に拡大されました。しかし、最大の規制緩和は、1999年小渕内閣によってなされた改正で、この時に、派遣労働対象原則自由となり、禁止業務けが定められるネガティブリストの形を取るようになりました。2003年小泉内閣のもとで製造業務への労働派遣が解禁されたとはいえ、なぜ非難されるのはもっぱら小泉内閣で、より抜本的な規制緩和に踏み切った小渕内閣ではないのでしょうか。おそらく、小渕内閣公共事業を増やしたのに対して、小泉内閣は減らしたので、小さな政府を嫌う勢力は、小泉内閣だけを攻撃したいからでしょう。

派遣労働に関するもう一つのよくある誤解は、パソナ会長竹中平蔵が、自社の利益のために派遣労働を推進したというレント・シーキング説です。竹中大臣あるいは参議院議員の任にあったのは、2001年4月から2006年9月までで、パソナ特別顧問就任したのは2007年2月会長就任したのは2009年8月です。そもそも竹中派遣労働を直接所管する厚生労働大臣には就任していないのですから竹中が中心となって派遣労働を推進したというのはおかしな話です。もちろん、竹中は、政治家を辞めた後にも様々な政策提案していますが、直接政治権力を持っているのではない以上、責任は、提案を受け入れる政治家にあって、民間人竹中にはありません。

2010-12-29

http://anond.hatelabo.jp/20101229133155

予想した所で、誰も対策を講じないしな。

REITだって、相当前から言われてたのに市場は突っ走り続けて、結局は破綻したし。

現在、レント・シーキングが問題になってるって言われてるのに誰も対策を講じないしね。

まだまだ発展途上なんだよ、経済学は。

 
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