はてなキーワード: エトワールとは
https://www.youtube.com/watch?v=TCBYrMVIVLA
これをオタクの友人とさっき見た感想。それから50分ぐらいでががーーって書いたので誤字脱字はすまん。
0:45~
文字で説明かよクソがっ!って文句言ったら友人「スターウォーズと同じやろにわか乙」って言われて落ち着く
1:31~
2:06~
スパイファミリー劇場版でアーニャがトイレするシーンの方がよほどすごい
これ劇場作品の冒頭かつWeb公開を想定したヒキの必要な場面だよな?
なんでこんなにしょぼいんだ?
ここでガッツリバレエの演技見せてバレエってすごい!!ってするほうがよくない?
主人公はバレエに見てトリップする異常体質だからって話なのか?
2:31~
2:45~
全部説明してくれる!親切!止め絵で全部会話文使って説明してくれる!
省エネ!まあ退屈!
3:13~
薙刀おじおば出てくる
写真撮影、ロング、歩きながらのアップ、アップ、自己紹介とつながるけど
無意味にスケッチ落とした後のカットがハイアングルのロングだけど使用用途が不明すぎる
こういうのは状況説明とかキャラクター同士の距離感を見せるのに使うんだが、今いらんやろどっちも
事前のカットがわかりにくかったからこういう説明を入れたのだと思うけど、客を信頼してなさすぎるのか
ここまで、とにかく必要な情報のピースを紙芝居的につなげてるだけになってる。冒頭文字説明したことも含め、
とにかく導入は捨ててでも、すべての客に背景情報を叩き込むという強い意志を感じる。
ここから見えるのは、谷口はとにかく観客を信頼してないし、1から10まで説明しないとダメだと思ってる。
4:03~
壁掛け写真の前でヒロインが困惑みたいに見えて、実は左下の写真に気付いて注目してるカット。
クッソわかりにくい。これいる?
4:08~
スーパーオーバーアクトメガネが中心になってすごくすごく丁寧にいろいろ説明するシーン
4:32~
からの~パリの写真のアップ、ハイアングルのロングでヒロインが写真を凝視してることがわかる。
一番ゴミな部分。
これ入れて「10000 Years later・・・」みたいな演出なんだろうけど、だったら一旦建物の外のカット入れるんじゃなくて、
パリの写真のアップのところで、大人の会話の音のフォーカスを外して、パリに思いをはせる主人公の妄想カットでも入れろや
クッソベタだけど今のすげえテンポ悪い映像より一億倍マシだろ。客信頼してないならベタなカットの方がましだしな。
ていうかこのシーンずっとカメラが外にあって外部記録の羅列ばっかやってんのなんで?バレエ鑑賞のシーンでチープながらも主人公の内面にカメラ持って行けてただろ?
5:06~
手提げを取りに行って、薙刀ヒロインのラジオ体操を目撃するシーン
ここもダサい。
一目見て惹かれたってのはわかるけど、カメラはヒロインの肩越しから始まって、すぐに回転してヒロインのアップ、
そのあと舞台にカメラを戻してずーーーーーーーとロングで書いてる
まずいきなりアップでヒロインの顔映すな。俺らは薙刀ヒロインのラジオ体操しかみとらんのだが?何に惹かれたか教えろ。
で、ジブリ絵でやってるから余計そう思うんだけど、情報量が圧倒的に足りてない
ジブリであればこうしたロングショットでも、少女のスカートの裾の揺れや足元の重心移動あるいは舞台の木の床の質感とか
そこにそれがあるっていうリアリティをガッツリ描き込むけど、このシーンにはにはそうした情報量が圧倒的に足りてない。
ただの平坦な背景にキャラクターがバレエのまねごとをしてるだけって感じ。しかも3Dトレスっぽい退屈な作画。
5:48~
ここで挟む妄想シーン、4:32~で写真からのシーンに挟んでおけば、もっと自然なつながりになったのでは・・・?
なんでここなんだ。意味不明。
あとはまあ、わかりやすく女性差別書いてたりと退屈なシーンが続くので割愛
思ったのは谷口は本当に客を信頼してないんだろうなと思う。
ストーリーをすべて劇中で説明するし、退屈なシーンをガッツリ入れてでも状況説明を1-100まで全部やる。
フローチャート演出ここに極まれりという感じだし、わくわくするようなカットも映画的な呼吸も何一つない。
でもこれによって観客は物語をきちんと理解することができるし、物語の評価がSNSという作品と一段離れたところで、
観客というフィルタを通して行われる現状では、こうした作品の方があっているのだと思う。
超かぐや姫
しかし、私は全くハマれなかった。
双方に共通するのは気合の入ったアクションシーンだ。神作画だなんだ言われているけど、私は正直動き回るキャラクターたちをみて「この人たち何やってんの?」と思ってしまった。
たしかに映像はすごかったよ。でも、展開的に必要性を感じられなかったというか、アクションシーンを入れるために脚本を捻じ曲げて無理矢理ぶちこんでいるように感じた。
ライブのためとはいえ、なんで迎え撃つ相手に有利なツクヨミ世界にわざわざ潜りこむんだよ、とかね。
かぐやとの別れという悲劇的なシーンのはずなのに、勝手に不利な世界に飛び込んでよく分からないゲームのシステムで戦って負けて、なぜか現実世界で消滅!涙のお別れ!ってされても全然のめり込めなかったよ。
最初にKASSENが最初に出てきたシーンもそう。ルールがよくわからないので何がどう熱い展開なのか雰囲気で「そういうもんだ」と受け入れるしかない。なんかキラキラ動いてなんか盛り上がってる~ぐらいの感想を抱いて終わる。そしてそのシステムを物語上重要な防衛戦に使っているから、なんでそれがかぐやを守るために使えているのか、どういう状況なら守れていることになるのかよくわからない。
終盤にヤチヨ明かされた情報をもとにヤチヨの心情を想像すると思うところはあるけれど、重要な転換点になる別れのシーンがコレだったので素直に感動できなかった。問題の解決も宣言して過程全カットだったし。
あとハッピーエンドにするって宣言してその場の雰囲気に流されて真っ先に諦めんなよ、かぐや。
そんで責務果たしたらあっさり戻ってこれんのかよ(だからこそ月に戻るの受け止めたのかもしれないけどさ)。
状況が状況とはいえ薙刀振り回すかね。まあこっちは薙刀が物語上重要なファクターになっている分まだ理解できる。
でも、その直後で千鶴の母親はどういう心境でバレエ見に来て温かいまなざし送ってるんだよ。面の厚さが怖いよ。
なんかいい感じに終わったけど終盤も終盤だったのでそれが引っかかってしまって、素直に楽しめなかった。
(この作品に関しては主演3人の演技がよくなかったのもある。驚き方とか笑い方がわざとらしくて最後まで慣れなかった)
ここまで行ってなんだけど、すべての映画でアクションシーン自体が不要とは思っていない。私も見ていて楽しいと思うし、記憶に残るし、わかりやすい宣伝要素にもなる。でもこの2作は脚本の大筋はよかったのにアクションを入れるために歪んだような部分が見受けられて、そこがノイズになってうまく楽しめなかった。特に超かぐや姫は明らかに尺が足りていない展開だったから余計に残念だったな。
アクションシーンを槍玉にあげてしまったけど、この2作品に関してはどちらも脚本の問題だね。
https://x.com/izutorishima/status/2042196236158316940
高年齢層が絶賛するのがよくわかった一方で、現代アニメ表現の到達点である『超かぐや姫!』『花緑青が明ける日に』を観た後だと薄味に感じてしまい、私含め若者向けの作りではないな…と感じた(散々擦られてた棒術マンは本当にトンチキで良かった)
・Twitter のアニメ映画6000人族の皆さんが評価されてほしい…!と絶賛していて期待値が上がりすぎてたのを超えられなかった感はある(あと鑑賞順が逆なら印象違ってたかも)
・単に私がノリきれなかっただけではあるのだが、ドパガキ配信時代に完全適合したエンタメ特盛映画である『超かぐや姫!』を観た後だと、『映画館という一度着席したら逃げられない場所での鑑賞を前提に、序盤45分くらい淡々と三人称視点で日常パートが続き、その間劇的な展開も掴みとなるエンタメシーンもない』『FIXでロングショットを見せる長回しカットがかなり多い』『良くも悪くも視聴者の集中力を信用した作りで、見せ場のバレエシーンや薙刀シーン以外の画面的な緩急が薄い』『撮影処理がほぼ載っていない』などあらゆる方向性が真逆で、エンタメ映画を期待していくとかなりズレそう
・その割には尺がギリギリだからか、数度ある劇的な転換点となるシーンでもっと余韻や情感がほしい!と思っていたらバッサリ余韻なく次のシーンに行ったり劇的な展開(列車を降りる所とか)の感情ラインのケアが少々雑な印象があったり、終始ほぼギャグなしの真面目ラインにしては没入感が削がれる感覚が割とあった
・『絵柄がジブリっぽい』とずっと言われていたが、内容的には(エンタメ映画である)ジブリ映画とは全然違う、恐らく世界名作劇場系なので、そこのミスマッチは結構ありそう
・初老以降の世代が孫世代の奮闘をほほえましく観て日々の活力をもらえそう、楽しめそうなイメージはめちゃくちゃ想像付く
・演出文法も、凝ったレイアウトやキレのある演出というよりはセルアニメ時代のオーソドックスなのを志向してそうで、深夜アニメのオタクとしてはもっと画面から来る迫気というか、パワーがほしかった キャラの顔が正面向いてるアングルがかなり多く、横顔や背中を見せたりするシーンがあまりないのが印象的
・作画は終始良好なものの、2コマ打ち作画はむしろ3コマのリミテッドアニメーションのケレン味による視覚的な楽しさを打ち消す方向に作用していて、一般向けにはよいのかもだが、サブカルオタクとしては物足りなさがあった
・TL に流れてきた「子供に見せたいアニメであって子供が見たいアニメではない」という感想がこの作品のテイストを端的に表しているきがする
・基本善人しか出てこないし深刻な不和も出てこないので安心して楽しめはするが、この後の戦争や激動の時代を生きると思うと、またパリで一区切りつけて帰国というエンドも、(非現実的すぎない程度の良さもありつつ)素直にハッピーエンドと思えないほろ苦さはあった
・これも私の好みの問題なんだけど、エンタメファンタジーなナーロッパでも、現代を生きる私たちに直接刺激をくれる現代でもなく、史実上の110年前の過去が舞台(=物語で描かれないだけで、現代視点では彼女らの人生は確定している)というのが、『この後明らかに苦労して、戦争で夢も一度諦めて、もしかしたら戦争で死んでしまったかもしれないのに、同じ時間で戦争が起きている現代を生きる私たちが彼女らをみてどう活力にすればいいんだろう』みたいな事を感じてしまった
『辛い戦争を越えても生き延びて好きなことやって再会しました!めでたしめでたし』とかがエピローグであれば何かしら励ましを受け止められれた気がするけれど、実際には『歴史上確定している大惨事』の直前で物語が終わっているのが、どうにも過去に閉じてしまっている感覚があって……やはり最近フィクションに救いを求めたい欲が強すぎるのかもしれない
・『花緑青が明ける日に』の方が人を選びそうではあるけど、個人的にはビジュアルが超良かったのと『現実が舞台で、現実に抗えなくても一つ花を咲かせて、自分の納得を見つけてやっていく』というホンのラインが結構よかったのでこっちの方が正直好きではあるし、これもまた対照的な映画だなと思った
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・『花緑青が明ける日に』 ほとんど上映終わっちゃってるんだよな
つい先日、パリに咲くエトワールを観たのだけど観終えた後にこれはリピートすることは無いと思った。
作品自体はとても面白い、単純に2人の少女の夢を追うストーリーとしてだけでなく、女性の立場、世界情勢など歴史的背景なども詰め込まれており興味深いところが多かった。
でも自分らはその後の歴史は分かってるし、エンドロールでも示唆されているように、映画は登場人物全員が最も輝いていたであろう瞬間を切り取ったものでしょ?
ちょっと落差つけすぎて残酷すぎね?悲しい想像をしてしまってもう観れないよ。
ただひたすら悲惨な目に遭う作品や悲惨な目にあっていたけど少しの希望を見出す的な作品の方がよほどマシだよ。結末や将来の希望がその作品に描いてあるから。
少女たちはパリという自由な大都市で時に挫折しながらも仲間とともに夢を追う輝かしい日々を送りその夢もかなえることができました。
いや、幸せになったかもしれないよ?ルスランとフジコは再会できたかもしれない、フジコはモチーフのように絵で成功したかもしれないし、千鶴はまたパリでバレエを続けることができたかもしない。
昨年秋くらいから映画を見る熱が戻ってきたので今年見たやつについて二、三文程度で雑感想
アニメ中心(2/3くらい)でみるのでとりあえずアニメだけ雑に五段階評価
多分今年一のトンチキアニメ
ジャンル的には若干ラブロマンスもあるモダン・ファンタジーな作風かと思いきや、明らかに監督の趣味であるロボットが出てくるので実質マクロス
あまりのトンチキぶりにより評価よろしくないのはわかるが、主題歌である「Sailor, Sail On」は普通にいい曲なので聞いてほしい
作中で呪いにより様々な本の中の世界探検したりするのだが、本の中ということでファンタジーでも何でもござれなオムニバス形式で色々な本の中の世界の演出が楽しめた
ただ、全体的になんか力尽きていそうだな?といった限界を感じる部分があったので色々と惜しい(惜しいと思う程度には面白いので本当に色々と惜しい)
第一章ではハサウェイの飛躍が描かれていたが、第二章からは順当にバッドエンドフラグを積み上げていて見ているこっちがワクワクするとともに辛くなる
モビルスーツの戦闘のCGがとても見ごたえがあって、そのシーンだけでも何回も見たくなる
さすが東野圭吾と思わせる綺麗に起承転結で話が構成されており、安心して楽しく見ることができた
入場者特典の小説である「クスノキの裏技」では作中では主人公の壁として立ちはだかった柳澤将和のエピソードが読め、視聴後の満足感を向上させた
ただ、劇中歌として流れた謎ラップのような何かは雰囲気ぶち壊しなのでマジでよくない
ハルヒの20周年記念のリバイバル上映ということで見たが、元々が名作なので久々に見た今でも名作であった
多分、映画を見た当日の現実世界で消失の世界を体現するような雪の天気だったということもあるのかもしれない
ただ、舞台挨拶をライブビューイングで見ていた時のぶつ切り(?)のような何かだけが不満点
新劇場版とある通り、過去にアニメとして放送された吉原炎上篇の劇場版のリメイクだが実質別物レベルの大作
いつもの万屋のギャグはしっかり笑わせてもらいつつ、各バトルシーンは掛け合いも含め、とにかく熱く面白い
総集編アニメ映画であるが、総集編の前後におねえたちのライブシーンにまつわる新規シーンと、総集編にもかかわらず総集編を構成するための新規カット・再収録部分もあって、ちゃんとファンを楽しませようとしていて嬉しくなる
ただ、2クール分の総集編はちょっときついかな?って感じるシーンもしばしば
とりあえず、ファンは現在発売中のメガミマガジン2026年4月号を買えばいいと思う
何かやけに話題になっていたので映画公開日の初日の朝一で見たが、脚本の出来がものすごく微妙で一部のオタク層との感性の違いを痛感した
ただ、ライトノベル版の出来は普通に楽しく読める類で、文章だけなのに映像や音もある映画版よりもはるかにノイズも少なくわかるものになっているので、物語を楽しみたい人はそちらを読んでライブシーンの一部をyoutubeで公開しているものを見て補完するのがおすすめ(まぁあの3人のライブもライブじゃなくて親しいものとのカラオケに近いので無理な人は無理かも)
まぁライトノベル版を読むと脚本の雑さが際立ち評価が数段下がるトラップがあるけどね
映画の評価としては文句なしの★★★★★なのだが、今回は見たのは2026年2月20日より公開が開始されたScreenX版の方で評価するとこうなる
これは個人の楽しみ方の問題ではあるが、自分が好きなシーンはScreenXを活用した無限城の演出や猗窩座との戦闘シーンじゃなくてScreenXが活用されないシーンなのでちょっと残念
ULTRA 4DXの方も気になったが、いつも行く映画館にないしそもそも日本に4箇所しかない
旧作を令和の価値観と倫理観で丁寧にしたてたリメイク作で、普通に面白い
令和のファミリー(特に子供)向けの映画でちゃんとスネ夫とジャイアンが窒息死しかけるシーンができることにある意味感動した
旧作好きでまだ見ていない人はエンドロールの一枚絵ラッシュを見るためだけにも見る価値はあると思う
みんなライブを見に来ていると思うので、誰もストーリーを見に行く人はいないと思うが予告であったスプリングフロートレースは冒頭3分くらいで終わってて笑った
お手本のような減価償却だったが、映画向けにライブの歌詞を改変して楽しませようとしていたのがいいと思った(アイスマイリン好きは尊死してんじゃないですかね)
基本的に応援上映なのに、ほとんどの人はペンライト振るくらいで静かだったのが心残り
噛めば噛むほど味が出る映画で、極端にいいシーンはないが、順当に面白いを積み上げている
メインの舞台が1912年~(少なくとも1913年は来ているし、終盤は1914年も来ていると思う)ということであらゆる描画にその時代のコンテキストが乗っかってくるのが非常に強いし、制作側もそれを分かって時代考証した上でちゃんと作っているので「なんちゃってパリ」になりすぎなくて良い
ラストではなんかいい感じに綺麗に終わったが、その後はどうなったか考えたくないがとても気になる(エンドロール的のフジコの絵画から断片的に情報はあるけど不条理にまみれてそうで……)
良質なアニマルパニックもので動物たちの捕食者・非捕食者の関係がちゃんと描画されたり(これにより作中のカオスさが際立つ)、サメが質量兵器として空を飛んで襲ってくるシーンがあったりするなど何でもあり
ただ、主人公のメイベルは人間視点では作中で最も自己中心で環境活動家要素をもったカスで、衝動的に交渉相手を殺したりするザ・ポリコレディズニーの体現者なので、その手の要素が地雷の人は注意
あの話 意図的に不自然な所をいくつか入れてるような気がした。
いや 90年代以降だったら何もおかしくないんだよ。様々な障害を正しい努力と発見でくぐり抜けていくチート入った主人公たちで普通に話作れるんだ。
フランス人とまともに話せるフランス語をあの時代に身につけてるだけでもう、上澄みの中の上澄み。
フジコの方は下手をすると英語も堪能かもしれないという描写すらある。
だけど、20世紀初頭の話なんだよ。最近鬼滅の刃とかゴールデンカムイのおかげで妙にみんな解像度が高くなってるあの時代だよ?
あの時代のパリで保護者もいない状態で安いアパルトマンに住んでたり夜の街を歩いてたり顔も知らない相手との縁談話が持ち込まれたり、
正直観ている最中「時代という名の波」に負ける二人のバッドエンドスチルがガンガン頭に浮かんでくる。
私も主人公二人の父親世代だからもう心配で心配で仕方なくなる。
私見なんだけど、演出が少しずつ少しずつ現実離れしてくる感じがしたんだ。
特にクライマックスの辺り。あんなにガルニエ宮(オペラ座)の周りが空いてるか?とか、最後に妙に長い「世界がこうだったらいいな」という台詞とか。
これが駄作だったらただのツッコミ処になるんだけど、あのレベルの作品でそれは絶対にない、と思う。
本当に個人的なただの妄想なんだけど、あの話は「夢」なんじゃないかと。
望まない相手との婚姻とか性別による社会的な抑制とか、異人種に対する差別とか戦争とか犯罪とか現代とは比較にならないくらい高い「死」のリスクとか、そういった波に負けた無数の人達が最後に見た「夢」に思えてならない。
そうすると、ところどころに出てくる現実の暗いシーンとかエンディングの絵があれだけ暗い説明にはなるんじゃないかな、と。
主人公たちの「覚醒(もしくは開眼)」シーンも現実味をあえて薄くしてるというのか、あそこにたどり着けなかった人たちが思う憧憬という感じがしたんだよね。
なんだろう、すごく複雑な気分。一言でいうなら、あまりにも中身が薄すぎたかな。
映像は本当に綺麗だったし、女の子もかわいいし、音楽もレベル高い。そこは文句なしに素敵なんだけど、肝心の中身がどうしても自分の中に落ちてこなかった。なんでこんなに響かなかったんだろう。
主人公のフジコ、彼女は結局、何を目指してパリに行ったのかが最後まで掴めなかった。
絵の勉強のためにパリに行くけど、結局はろくに絵を描かずに毎日バイトして友達と遊んでるだけ。
それって夢に向かって必死っていうより、ただそこにいるだけというか……。
見ていて思ったのは、親にお願いして大学に入れてもらったのに、結局勉強もせずにになんとなくバイトして遊んで過ごしちゃう大学生活、あの残念な空気感。
それが悪いわけじゃないんだけど、映画の主人公として見ると「うーん……」ってなっちゃうというか。
これって、今の時代の空気感をそのまま映してるのかな。
映像と音楽だけは一級品なのが余計にタチが悪い。最高級の皿に、そこらへんの雑草盛られた気分。
汚いもん全部消しすぎだろ。タバコの煙もなきゃ、道端の馬糞も、スラムの貧困もゼロ。夜道を女の子が一人でドヤ顔で歩けるとか、どこの異世界転生だよ。
当時のフランス人が有色人種をあんなに人間扱いするわけねーだろ。歴史へのリスペクトがなさすぎて、もはやギャグ。
こいつ、何しにパリに来たの? 「絵が好き」なだけで基礎もない、勉強もしない、生活のために描く気もない。
「私、パリで頑張ってます!」みたいな悲劇のヒロイン面してるけど、ただのわがままな居候じゃん。
見てる間ずっと「さっさと日本帰れよ」って突っ込みが止まらなかったわ。周囲に迷惑かけまくってる自覚ゼロなのが一番きつい。
例えるなら、ラーメンが味気ないからラー油ドバドバかけたら、最後はラー油の味しかしなかったみたいな。ダブル主人公ですらない、ただのラー油が本体になってるパターン。
極め付けはラストの全員集合な。
お前ら、いま戦争中だぞ? パリに戦火が迫ってんのに、領事官から外交官まで呑気に集まって茶番やってんじゃねーよ。緊張感なさすぎて脳が溶けるかと思った。
「綺麗な景色をボケーっと眺めたい」っていう情弱向けの観光ビデオとしてはいいんじゃね。
でも、物語として楽しもうとするのは無理。プロットが最初から崩壊してるもん。
何が映画だよ。これ、ただの「金持ちのバカ娘が親の金でパリ旅行してきた思い出」だろ。
2時間ずっと、恵まれた環境で育ったお嬢様の「私、親のせいで自由に絵が描けないの……かわいそうでしょ?」っていう薄っぺらい自分語り。
親が「絵の勉強なら日本でしろ」って言ってたらしいけど、それ100%正論だからな。パリじゃないといけない理由? ゼロだよ。ただオシャレな街で「アーティストな私」に酔いたいだけ。結局、親の脛かじってるだけの癖に、被害者面してんのがマジで鼻につく。
男は毎日、食っていくために必死に頭下げて、嫌な上司に詰められながら働いてんだよ。男が社会で生き残るためにどれだけ削られてるか、あの主人公は1ミリも分かってないんだろうな。
「自由がない」? 笑わせんな。
お前のその「不自由」は、全部親が用意してくれたセーフティネットの上にあるんだよ。一度も泥水すすったことないような奴が、パリの空の下で「自分探し(笑)」してる姿なんて、ただの特権階級の特権行使でしかない。
正直、羨ましいわ。
千鶴のレッスン終えてこれから仕事っすよくらいのタイミングの場面転換で、一瞬、裸の女性の絵画が入ったの、オルガさん娼婦もやってるってことの暗示ということでよいっすよね?
ルスランはそのことを
・知っている
・知らない