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《さらば六兵衛、また逢う日まで》柳生啓介

「世間にはからかわれる人間が必要なんです。どこにでも一人くらいは臆病者と呼ばれ、そう呼ばれても怒らないような人間が必要なんだと思うんだ」
六兵衛のこの言葉を心に深く刻み、全力疾走した6ステージでした。一生忘れることのできないかけがえのない体験でした。
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2020年『ひとごろし』冬の神奈川・九州福岡巡演は2月9日、藤沢市民会館にて無事に千穐楽を迎えました。
いやいや、ちっとも無事じゃない、この芝居、私は一度として台本通りにちゃんと台詞を言えたことはなかったんじゃないかなぁ、まいったまいった…いやぁ実にドキドキ感満載の怒濤の日々でした。

『ひとごろし』の前進座での初演は2012年。【さよなら前進座劇場】企画の一つとして上演されました。以来8年間、メンバーを変えながらこつこつと全国巡演を重ねてきましたが、私自身は今回の公演が初参加。短い稽古日数で主人公の双子六兵衛という大役を演じなければなりません。タイムリミットは5日間。1月18日の南座公演が終わって6日後の24日には川崎で初日の幕が開いてしまいます。もちろんそれはもとより覚悟の上、昨年から自分なりの精一杯の準備をして稽古場に臨みましたが、稽古入り2日目の20日に相手役の上沢美咲さんが体調をくずされて緊急入院という“大事件”が発生。その上沢さんに代わって急遽配役されたのが平澤愛さんです。平澤さんにそのことが正式に伝えられたのは21日の夜。ところが翌日の22日の稽古には平澤さんは全ての台詞を完璧に覚えてきていました。
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「愛ちゃん、ぼっけぇなぁ」
(本当に驚いた時には思わずお里言葉が飛び出します。凄いなぁ、という意味の岡山弁です)
驚嘆と尊敬と感動で私の瞳にも星飛雄馬のようにめらめらと炎が舞い上がりました。追いつめられた私自身と、一か八かの上意打ちを買って出た臆病者の六兵衛の気持ちが重なった気がしました。
「よし、やるぞ」
24日の川崎麻生の初日のことは無我夢中すぎて正直よく覚えていないのです。とにかく無事に終わって良かった…それだけです。川崎おやこ劇場の皆さんが大変に喜んでくださって、ロビーで演出家の十島さんが握手攻めにあったと後で聞きました。

「ひとごろし~」
九州では私の叫び声に合わせるかのように客席のあちらこちらから「ひとごろし~」の声がかかりました。敵役の昂軒さんがちょっと気の毒になるくらいの異常に盛り上がった会場の一体感が私の胸を熱くしました。福岡の子ども劇場の皆さんのパワーは半端なかったです。じわじわと歓びがこみあげてきました。『ひとごろし』に参加出来て本当に良かったとしみじみと思いました。

千穐楽の藤沢公演は泣きそうでした。大きな会場にもかかわらず子どもも、青年も、大人も、本当によく笑ってくれました。たくさんの劇団の仲間もかけつけてくれました。
「あぁ、もっとやりたかった」
こんなに終わってほしくないと思った芝居もなかなかありません。今も臆病者の六兵衛さんの心が私の体に宿っています。
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『ひとごろし』は6月にはメンバーを一新して新しいチームで再出発します。
緊急入院した上沢さんも体調が回復し退院、すっかりお元気になられました。6月公演での復帰が楽しみです。
たった6回だけのレアな出演でしたが、この体験は私の生涯の財産です。多分平澤さんも同じ気持ちでしょう。
『ひとごろし』公演は来年も再来年もまだまだ続きます。全国津々浦々にこの芝居を届けたいです。そして、私もいつかまた六兵衛さんに再会できる日がきっと来るでしょう。その日までさようなら。本当にありがとうございました。


柳生啓介
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