はてなキーワード: ICUとは
日本という策で囲まれた枠内では安全安心だけど周りはサバンナと化していき獰猛なライオンやチーターも出現しいつか柵の中にいるものはすべて食われる。という未来か。
羊同士で繁殖しても猛獣には食われるのが自然界だろ?ラムとマトンとジンギスカン。
食われたくなければ全動物に通じるコミュニケーション手段「英語」を駆使しろ。
猛獣に食べないでください。
私のスキルを使ってあなたと共生させてくださいと命乞いしとけ。
看護師5年、羊の柵の中でしてました。英語が話せるのでサバンナでも資格虎セロ
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日本の雇用システムは長く「柵の中の安全」を提供してきました。
これは高度成長期にはかなり強かった。英語が苦手でも、日本国内だけで完結できたからです。
この流れで、「日本語だけ」「国内だけ」で成立する仕事は徐々に圧迫されやすくなっています。
例えば:
ただし「英語さえ話せば猛獣と共生できる」ほど単純でもないです。
現実には:
も発生します。
なので実際は、
> 柵の中で育った羊が、別の生態系でも生きられるよう筋肉を付ける
に近いです。
その筋肉が、
という話になります。
あと、「羊=弱者」「猛獣=強者」というより、現代は「環境変化への適応速度」が重要です。
は既に増えています。
逆に、国籍や民族より「市場価値が移動可能か」が問われやすくなっています。
日本で特徴的なのは、「空気としての同調圧力」が強めな点です。
国際移動力
を重視する人は、日本国内だけを前提にした人生設計とズレを感じやすいのは自然です。
低失業
均質性
暗黙ルール
集団安定
を高く評価する人も多い。
結局は、
の問題に近いです。
ご質問いただいた内容は、SNS上の投稿に基づく未確認情報のようです。
SNSによると2026年3月29日に遼寧省錦州市で曲某という人物が公共の食物に亜硝酸塩を混入させ、1170人が中毒し、975人が死亡、175人が集中治療室(ICU)で治療を受けているという内容がSNSで拡散されてましたがすぐに消されたようです。現時点(2026年4月13日時点)で、この情報について中国の公式な報道機関や政府機関からの報道は確認されておらず、事実関係は不明です。特に、死亡者数が900人を超える大規模な中毒事件が発生した場合、通常は公式な速報が行われます。
ソーシャルメディア上の情報は誤情報である可能性もあるため、公式なニュース機関からの最新情報を確認することをお勧めします。
ICU、人生で5度目だろうか、入院自体、これで25年の人生のうち15回くらいはしているだろうか。
今回のICUは事故だった。ODのやりすぎで、少量なのに意識を失ったのだった。気が付いたら「痛い痛い」「つらいつらい」と呻いてのたうち回っていたのだった。親に見られているのが分かったけど、眼を開けることはできなかった。ただ「薬いっぱい飲みすぎで、もうどうにもならなくなってんの。脳のどっかも、身体のあちこちも、おかしくなってんの」と言われたのが、心外だった。自分だって理解している。
頭の処理が遅いし、認知も変になっていて、喋ると喋っている間に自分が何を考えているか忘れてしまうのだ。おもしろいことに、こうして文を書いているときは、すらすら文字が出てくるし、書こうとしていることも明確だったりする。ただ、私の頭が多少ヘンになっていることは、そうだろう。このことに後悔はない。仮に、年齢ではなく「本当に」ODの勢以でヘンになっていたとして、こうなるとわかっていたとしても、かこの自分がODをやめることは無いだろう。
そもそも、私は死にたいのだった。死を目的としたOD, 飛び込み、飛び降り、首吊りなど、自殺企図はかれこれ、ちょくせつ死が近くに来るそれは、この通りにすべて複数回している。
私にとって、私が死にたいのは、あまりにも当然だ。死んじゃいけない理由も把握しているが、それと死にかけている私を助ける理由と、けっきょく生かされて残り続ける苦痛は、つり合いが取れない。合理的に。ただただ私の苦しみが増え続けるだけ。
ネットには死にたい人が沢山いる。おおかた、苦しいからこれを終わらせたくて死にたいと言う。私はそういう、死んだら救われるような考えは、死にたくなった高校から、あまり考えないように、と気を付けていた。死にたいなら、理由をつけずにただ死ぬ、自殺すること自体を目的にする。
さていまの自分はどうだろう。なんで生きているのがつらくて、早く死にたいのか? それは、なにもかもどうでもいいからだ。私の死にたい気持ちは〈あらゆる可能性を捨てる〉決心をもって、それらの了解から導き出される、感情的にも、意識的にも、論理をある程度だけ適応した、ヒューマニックな解答なのだ。つまり、さっきの「どうでもいい」は「どうなろうが知らん」というよりか、とにかく「考えたくない」ということだ。もう解答は出ている、100点は確実なのに答案が配られない。
〈あらゆる可能性を捨てる〉というのは、私の想定では『ジョニーは戦場へ行った』だ。
私には才能がある。というか、この言葉にちょっかいを出したい人というのは、どうして自分に才能がないと言い切れるだろう? 肯定することより厳密に否定することの方が難しいのに。
それで、評価はされている。だが、自分の才能に対して「お前はもっとできるだろう」という考えがずっとある。そして同時に、よりよくその才能が生かされたとして、それが私の生きる理由にはならないだろうことは確かだ。私は私にだけ、強く重い根性論をぶつけている。自分を追い込んでいる。
なにも作れなかったら、生きていてもどうしようもないのだ。命に価値がない(この言葉は嫌いだ)、いや、限りなく生きていないのに、ただしかし自分だけが「頑張れなかった私」を、この生命の一切が終わる、その意識が途切れるまで(これ自体を)抱えなきゃいけない。なにげなく、文章や小説を書き出したのは、明確に死にたいと思うようになった、高校生の時分からだった。
何かを作るのは、「もし生き続けるのなら」そういうことをやらないと、自分が無意味そのものだと感じるからだ。無意味というのは、死体ということだ。
私は本当なら、何も作りたくはない。作っていなかったときの方が、毎日がイキイキと鮮明だった。
自己表現、という言葉のすべては、自己表現を純粋に示せない。それを示そうとすること自体が、自己表現になりえるからだ。なにかを作るのにおいて、公に(正式な場所から)何かを出すときも、自己表現なんてものは頭に一寸もよぎらなかった。私の作るものには、私が伝えたいことなど、一つもない。喋りもうまくできなくなったのだ、私が誰かに何かを伝えること「さえも」そのものに意味があるとは思えない。もし、私が望む何かを達成できるAIがあるのであれば、私はそっちに乗り移って、無思考かつ無感情でその主体を獲得したい。
とはいえ、私にもいろいろな意見がある。それのほとんどが、人間なんてどうしようもない、正直、なにかを作ったとして、何にもどうにもならなく、仮に何かにどうにかなっても、私はきっとそれになにも満足しないだろう、それは人間はどうしようもなくて、ただ死ねないから生きていて、生きることを根本から見つめることもできないくせ、感情だの倫理だのと、どっかから聞いてきたような適当な理由を、無遠慮に誰かや私にぶつけてくる、害そのもの、あるいは機械、または可変的なルールでしかない、という、不満だ。人間は愚かなのではない、賢いのではない、〈何かに理由があることを疑えない〉のだ。いつしか規範が作られ、会話できるようになって、そんなことできないのに他人の気持ちとかをくみ取ろうとする。
私たちは、他人の気持ちなんて、分かろうとするのは恋愛だけでいいし、とにかく「気を配ること」に厳密になればいいだけなのだ。「気を配ること」。他人の意思を尊重することと、倫理は基本的に一致しない。むしろ、倫理なんていう規範を飛び越えて他人に触れることが、よりよく意思を尊重することになる。これが「気を配ること」である。そして「気を配ること」は、なにも、社会だのSNSだの、でっかい母数を相手にしなくていい。周辺だけ、触れ合う他人にだけでいい。
主張をしまくること。
主張をしまくり、その主張は何かを否定していたとして、否定側の意見をいつも検討価値のあるものとすること。
では「私は死にたい。以上の自殺企図、入院歴がある。私は〈理念〉として自殺することを肯定している。私の邪魔をしないでくれ」。
では「そう。で? それが何? 何それ?」
さあ、〈どんな顔をどのように何をすればいい?〉
ワイも突然、手が自分の意志とは違う方向に動き出して、なんじゃこりゃと思って、かかりつけのでかい病院いったら脳梗塞で即日入院させられた。
(なんか、辛かったけど電車でいけた。とても危険なので、よい子は真似をせずに7119して相談するように)
最初は医者もデータがないからわからんから、MRI室にいって取って来てという塩対応だったけど、
データを見てびっくりこいたのか、待合室で体調悪いなあと思って座っていたら、
突然、車椅子だされて、今すぐこれに乗って。ベッドに連れて行くからすぐに横になってと言われた。
そのままHCU高度治療室送りですよ。(ICUの一つ前みたいな?)
ある日、突然ランダムデバフがかかるんだから、恐ろしいというしかない。
また、それから5年後。別の大きな病気になって、念のためMRI取ったら脳の血管に動脈硬化の兆候があると言われて、
しばらく様子を見ましょうとなっている。
来年始めには、またMRIを取らないと。進行していなければいいけど。
もし神様にあったら、そこに座れといってゲームバランスについて説教してやりたい。
しかし、現代だから助かったけど、これが現代医学がない昔だったら、治療方法がなく死んでいたんだろうなーと思っている。
昔は白内障とかも不治の病だったわけで、現代医学に感謝したいし、さらなる発展を期待したい。すべての難病を克服できる日が早く来るといいのだけど・・・
長すぎたので追記です。
大学では孤立し、また障害の特性上授業に飽きてしまうため、授業に出ても途中放棄するようになる。
また、大学の近くにあった地域活動をする場へ行き、週に2回ほど色々な活動していた。
19歳のころ、保健室の方からの勧めで病院へ行き、双極性障害とADHDの診断を受ける。障害者手帳を取得。
大学に入ってからアルバイトをするものの、3ヶ月周期くらいで辞めてしまっていた。
また、クレジットカードが払えなくなり、親に3回払ってもらう。
6年ほど在籍したが、結局中退する。
【出会い】
夫が20歳、私が22歳の時に先ほどの地域の活動センターで知り合う。
夫は私が初彼女らしい。
通院だけど私が動けない日は病院に送ってもらったりした。(その当時夫は大学4年生だったため)
この時半年後に結婚をしたいと思い、面会時に夫に提案。当初より早まったが結婚することになる。
また、結婚式の費用は全額こちらが出すことで納得してもらう。(私の我儘によるプレゼント代で夫に貯金がなかったため)
【結婚後】
環境が変わったことによる不安定さで警察の保護やICUに入院したりする。
結婚して4ヶ月ごろ障害者年金2級が降り、親からのお小遣いがなくなる。
【現在】
専業主婦だが、たまの洗濯やトイレ掃除、ミールキットによるご飯作りのみ。家事の大半は夫である。
家に引きこもるのも辛いので、地元の地域コミュニティに参加している。
【なぜできたか】
・私の顔が夫の好みのど真ん中
【困っていること】
・性欲がない私と、とてもある夫の差(行為は3ヶ月に1度くらい)