はてなキーワード: カートとは
補充する側って、結局は「人の気配」を求めてるんだと思う。
担当区域の自販機を毎日回る。駅前の路地裏、工場の外壁、深夜にだけ光る倉庫の横――ほとんどが無人エリアで、誰とも目を合わせず、誰の声も聞かず、淡々と補充作業をこなしていく。
扉を開ける。
空の列を確認する。
数を数える。
レバーを戻す。
伝票にチェックを入れる。
それだけ。音といえば、缶が当たる乾いた響きと、機械の低い唸りだけ。
気づけば、ひとりでいることに慣れすぎて、こちらから言葉を失っていく。
昼休みに補充をしていると、背中の方から小さく、けれどはっきりとした声が届く。
「いつも補充ありがとうございます」
振り返ると、社員証を胸に下げた女子社員が立っている。可愛い、という形容が一番しっくりくる。派手さじゃない。無理のない笑顔と、言葉の温度が、あたたかい。
「……どうも。こちらこそ」
なのに――彼女はその場を離れない。
缶を並べる音を聞きながら、補充が終わるのを待ってくれる。
機械の前に立っているだけなのに、心拍が一段上がるのがわかる。たぶん、会話の準備をしているのは彼女じゃなくて、こっちだ。
「今日は、いつもより早いんですね」
「このフロア、減りが早いんで。昼休み前に入れておくと、午後が平和なんですよ」
彼女は目を細めて笑う。
「なるほど。午後の平和を守ってるんですね」
補充を終える。扉を閉め、鍵を回す。
その動作が、いつもより名残惜しい。
「ありがとうございました」
いつもの礼。
いつもの流れなら、そこで終わるはずだった。
でも、彼女は一歩だけ近づいて、少し声を落とした。
「あの……」
その“あの”の間が、妙に長い。
「もしよかったら、次に来る日って、だいたい決まってますか?」
一瞬、頭が真っ白になる。
“補充の予定”を聞かれただけ。業務上の質問。そういうことにしよう、と理性が言う。
それでも、期待が先に走る。期待が、顔に出ないように必死で抑える。
「毎日……」
彼女は小さく頷いて、それから、笑って誤魔化すみたいに言った。
「私、ここで買うのが好きで。補充の直後って、なんかいいじゃないですか。全部きれいに並んでて」
「……ああ、確かに」
「それに、補充してる人がいると安心するんです。今日は新しいの入ってるかな、とか。変な理由ですけど」
変な理由じゃない。
「待って! ……じゃなくて、すみません。えっと、その……」
「“いつもありがとうございます”って、毎回言ってもいいですか?」
思わず笑いそうになる。
そんな許可、いらないのに。
「助かる?」
「無人エリアばっかり回ってると、自分が機械みたいな気がしてくるんで。人の声って、効きます」
新しく補充された列を眺め、一本選ぶまでがやけに慎重だ。
不意打ちだった。
なのに、“あなたのおすすめ”と聞かれた瞬間、選ぶ責任が急に重くなる。
「……甘いのいけます?」
「いけます」
「じゃあ、これ。最近入れ替えたやつで、午後の眠気に強いです」
一口飲んで、目を丸くする。
「おいしい。なんか、元気出る」
「それ、たぶん気のせいじゃないです」
「え?」
「補充した直後は、冷え具合がちょうどよかったりするんで」
本当かどうかは、半分は冗談だ。
「じゃあ私、明日も元気出したいので……明日も来てくださいね」
気づけば、毎日だったはずのルートが、違う意味を持ち始めていた。
その日から、会社の自販機の前には、ひとつの決まりごとができた。
彼女が現れて、必ず言う。
「いつも補充ありがとうございます」
そして、こちらも必ず返すようになった。
彼女は笑う。
その笑顔のために、無人エリアを回る足取りまで、ほんの少しだけ――人間らしくなる。
ただ、ひとつだけ気になっていた。
飲み物を買うだけなら、補充中でも買える。
それなのに、必ず最後まで。
ある日、こちらが鍵を回し終えたタイミングで、彼女がぽつりと言った。
「今日、相談してもいいですか。……自販機の前だと、なぜか話しやすくて」
この場所は、彼女にとっても“人の声が効く場所”なのかもしれない。
「もちろん。どうしました?」
「私、職場であんまりうまく話せなくて。明るく見られるけど、実は……声をかけるの、すごく勇気がいるんです。だから、最初に“ありがとうございます”って言う練習を、ここでしてて」
練習。
この毎日のやりとりが、彼女の練習で、そしてこちらの救いでもあった。
「……じゃあ、俺も練習していいですか」
「何の?」
そして翌日。
「いつも補充ありがとうございます」
その次の言葉は、少しだけ違った。
こちらは一瞬固まって、笑って、名札代わりに作業用の手袋を外した。
「俺の名前は――」
彼女の顔色が、一瞬だけ変わった。
「……ごめんなさい。ちょっと、行かなきゃ」
そのまま駆けていく背中を見送りながら、こちらは自販機のガラスに映る自分の顔を見た。
――明日も、ここに来る。
午後の平和を守るために。
(続く)
https://anond.hatelabo.jp/20260102110150
『菅原拓は悪魔です。誰も彼の言葉を信じてはいけない』という遺書を残して。
しかし自殺した岸谷君は人気者の天才少年で、彼をイジメていたとされる菅原君はスクールカースト最下層の地味な生徒だった。
他にもイジメの目撃者が誰もいなかったことなど、多くの謎が残る事件だった。
というのが、あらすじです。
低い評価をつけてはいますが、魅力的なストーリーであることは間違いありません。
まだ読まれていない方はここで引き返して、買って読んでいただけたら幸いです。
事件の真相を探るべく奮闘する自殺した岸谷君のお姉さんと、イジメの加害者とされている菅原君の視点を交差しながら進められていきます。
とにかく自己評価の低い主人公の菅原君はことあるごとに自らをクズ呼ばわりして、挙句のはてに自分のことを『キモオタコミュ障ボッチ童貞ゴミクズ野郎』と表現します。
なんてきたない言葉でしょう。
でも、これが人から避けられるタイプだというのなら、この正反対の人格ならみんなの人気者になれるのではと思い、せっかくなので考えてみました。
この物語の根幹に関わるルールに全く共感できないから、その一点のみです。
ここが最終防衛線です。ここから先はネ○バレのパレードです。未読の方は今すぐ商品をカートに入れて読んでから戻ってきてください。
では、はじめます。
『この時代、○○に重要な能力はなんだと思いますか? 以下の群から三つ選びなさい』
『同じ学年の中で、××を持つ人物を挙げてください』
その二種類だ。
○○にはリーダー、上司、人気者、などといった言葉が入る。リーダーに必要なものは何か? 友達になりたいのは何を持つものか? 文化祭ではどんな能力を持つ者がいれば役に立つか? 将来、仕事で活躍するのに必要な能力は何か? などとなる。
そして、××には、優しさ、真面目さ、外見の良さ、などが書き込まれる。
生徒は各々の理想像やその理想に合った人間を答案に書き込むのだ。「リーダーシップには勤勉さ、優しさ、カリスマ」「学年の中で、一番勤勉なのは加奈子、二番目は妙子」などと。
最後に、すべてを点数化する。現在、生徒が重要視する能力を持った人間ほど高得点というわけだ。生徒全員の順位を公表することはないが、生徒たちは自分の順位や点数を目の当たりにすることになる。
以上が、本作の柱というべき『人間力テスト』を説明しているくだりです。
自殺した岸谷君のお姉さんは、この人間力テストの存在と岸谷君の自殺に関係があるのではと推理します。
後述しますが岸谷君の自殺と人間力テストにそこまでの関係性はありませんでした。
これの生みの親である主人公たちが通う中学の校長先生がまだ若い教師だったころ
学業は優秀だったのにコミュニケーション能力がないせいで自殺した生徒がいて
そういう生徒をもう出さないために発案したのだそうです。
マッドサイエンティスト的といえるかもしれませんが、全く問題の解決になっていません。
コミュニケーションで必要なのは相手を理解する気持ちと伝達能力ですが
他者を格付けするこの人間力テストが生徒に要求しているのは比較と区別による差別です。
校長先生曰く、『このテストを批判するやつは何も分かってないマヌケだ。』そうで。
いいですか、みなさん。つまりこのレビューはマヌケが書いてます。いえーい。
100歩譲って人間力テストがコミュニケーション能力を養うために開発されたものとしましょう。しかし、根本的な問題が他にもあります。
この学校には人間力テストはあっても、人間力の授業がないのです。
グループワークが多い学校だと後で説明が入るのでそれが授業なのかなと思うと
それも人間力テストの採点素材だと書かれていますし、そもそもコミュニケーション能力の低い人にとってグループワークは地獄ですから。
人間力テストはコミュニケーション能力が低いせいで自殺した生徒のために作られました。
言葉を変えると、
英語ができないせいで自殺した生徒のために毎週英語テストをすることにしたけど、英語の授業自体はしない。
校長先生のやり方だと生徒の自殺するタイミングが早くなるだけだと思うのですが。
まずはその内の一つ。
生徒がお互いを格付けして採点して順位を出すこのテストですが、安心できる要素もあります。
トップだからといって学校内で何か良いことがあるわけでも、最下位だからといって悪いことがあるわけでもないということです。
そして、それこそがこの物語全体を異常なほど理解しがたいものにしているのです。
セミロングの黒髪を持つ美少女で、人間力テストの順位も高いみたいです。
出会って数分しか経ってないのに、石川さんは菅原君にこんなことを言います。
「わたしのおっぱい触らせてあげる代わりに、次の人間力テスト、わたしに投票してくれませんか?」
ご覧ください、みなさん。まさに小綺麗な非処女です。
彼女はおそろしく人間力テストの順位を気にしていて精神を病んでいるみたいなのです。
石川さんに限らず、この学校の生徒たちはカルト的に人間力テストを信奉しています。
「学生さんたちにとって学校こそが社会であり世界。そこでの評価こそ全て」
みたいなことがいいたいのかもしれませんし、そういう描写もあるのですが、そんなことってありえますか?
この作品が1950年くらいを舞台にしているならそういうのもわからなくないですけど、おもいっきり現代が舞台の話ですし。
なぜ人はコンビニのアイスケースに入ったりファミレスのソースを鼻の穴に突っ込む姿を撮影してネットにアップするのかといえば「頭がおかしいから」・・・というのは大前提として、そこに過剰な承認欲求があるからです。
すなわち、もっとリツイートしろ、いいねボタンを押せ、動画の再生数よ伸びろ、ということです。
みんなに自分を評価してほしい。そしてどれほどの数字を稼いだか見てほしい。
見せびらかせない評価に価値などないのです。異論は認めません。
誰かがよくわからない基準で投票した公表もされなければ学校生活に支障もない点数にどれほどの意味があるというのでしょうか。
実際、人間力テストがほぼ最下位の菅原君もトップクラスの岸谷君もそれが理由で学校生活は良くも悪くもなっていません。
余談ですが私も小中学生のころ、人間力テストみたいなことは何度かやらされました。
特定の項目に該当する生徒の名前を書いて採点をさせられました。
ご丁寧なことに後で順位と点数をプリントアウトして配ってきたので、この作品の学校よりも鬼畜です。
自分の順位は菅原君と同じく最下位あたりだったと記憶していますが
性病の検査並みに自分には関係のないイベントでしたし、それを理由に嫌な思いをしたこともないので
作品内で人間力テストにおびえる生徒たちの姿にリアリティーを感じないのです。
物語内で最重要ともいえる人間力テストですが、作中でテストを受けているシーンが一度もないのです。
どれくらいの頻度で行われているのか、今回はどういう出題で、その回のトップと最下位は誰で、その人たちはその後の学校生活にどういう影響があったのか。
最低でもそれくらいは描いてもらわないと、人間力テストのおそろしさについてイメージできません。
特殊なルールのある学園ものといえば、幾原邦彦監督の『ユリ熊嵐』や衣笠彰梧先生の『ようこそ実力至上主義の教室へ』などがあります。
クラスメイト全員で気に入らない生徒に投票して見事1位に選ばれたら教室から排除されるとか
現実味はゼロですが、敗者をしっかり描くことでその物語の中ではリアリティーがあるし、ストーリーから目を離せない魅力となっています。
「このシステムの中で敗北すると、人間としての尊厳を奪われてしまう。だから立ち向かわなくてはいけないんだ」
作品内リアルも緊張感もない人間力テストに異様なまでに血眼になっている登場人物がわんさか出てくるこの作品には説得力がありません。
人間力テストに苦しむ石川さんを救うべく菅原君はそれを破壊するための革命を起こそうと決意します。
詳細を書いていたら文字数制限に引っかかったので割愛しますが、
「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな
一見よくわからない理屈でも順を追って説明されたら納得いくようなもの・・・ではありません。
一歩目から破綻しているし、仮にうまくいったとしてもテストがなくなるとは思えませんし、実際、作中では失敗します。
くどいようですが
人間力テストの結果が良かろうが悪かろうが生徒たちの人生には何の影響もないのです。
それなのになぜそこまでテストに執着しているのかわかりません。
あまりにも価値観が違うので実は物語の舞台が地球ではなく猿の惑星だったみたいなどんでん返しがあるのかなと勘ぐったくらいです。
とりあえず『人間力テストをやめないなら自殺します』といった内容の手紙を学校とマスコミに送ればそれでよかったような気もします。
小説の中盤で菅原君は読者に、この物語は僕の愚かさを笑いながら読むのが正しい読み方であると推奨してきます。
わざわざ言われるまでもなく、今のところ順調に愚かとしか思えません
それに、頭の中で完成した完璧で素晴らしい計画が後から考えたら清々しいほど無意味だった、なんてことは誰でも一度は経験あると思います。
これまであれこれ書いてきましたが、ここまでの印象は決して悪くありません。
さて、物語も残りわずかとなりました。ページ数でいうと248ページ。問題はここからです。
万策つきた菅原君は最終手段として人間力テストの生みの親である校長先生を殺害しようとします。
紗世さんは岸谷くんのお姉さんの幼馴染みです。
小学校から高校まではずっと一緒で、岸谷君のお姉さんに依頼されて今回の事件の解明に協力をしていました。
人間力テストのせいでどれだけの人が傷ついているのかわかっているのか、と叫ぶ菅原君。
「もちろんわかっている。テストは不完全だ」「だからこそ順位の低い生徒には個別に連絡を取っていた」
そこで菅原君は気づきます。「お前が『ソーさん』だったのか?」と。
ソーさんというのは、主人公とネット上でメッセージのやりとりをしていた友達です。
校長先生は言います。「キミがソーさんに学校のことを相談していれば今回の悲劇は起こらなかったのに」と。
意味がわかりません。
どこの世界に
ハンドルネームしか知らない赤の他人にリアルの情報を提供して問題解決を頼む人がいるのでしょう。
「いやー実は僕、学校でむちゃくちゃなことされて困ってるんだけど、もしあなたがその学校の校長だったりしたら、なんとかしてもらえませんか?」とでも言えと?
このソーさん(校長)はすごいんです。
イジメの起きたクラスの担任のYouTubeのページに匿名で突撃して荒らしをはじめることですからね。
それだけじゃおさまらなくて、あろうことか、その担任の個人情報をマスコミに拡散します。
・落ち度のある人間には何をしても許される。
・なぜならそいつは悪であり、それに怒りを覚えた自分たち正義の側は無限の制裁を与える権利がある。
・・・なんていう歪んだ価値観は教育者が絶対に認めてはいけないものだ思うのですが。
「ただ、キミは情けない。困ったら周りに相談しなさい。それだけのことを言わねばならないなんて」
あのですね
『コミュニケーション能力が低くて自殺した生徒のため』だったはずです。
コミュニケーション能力が低い人がどういう人なのかというと
そこまで追いつめられても、それでも声をあげることができない人なんです。
そういう人をさらに追いつめたらどうなるか。説明の必要はないと思います。
物語のラストで突然異世界に転移した校長がそこにいたオークとゴブリンに惨殺されてしまえば、私は迷わず本作の評価を五つ星にしたのち、もう一冊買って近所の図書館に寄贈したことでしょう。
多少の矛盾やご都合主義、後出し設定についてはそこまで気にしません。
どうしてここまでふざけた話になってしまったのか、そのこたえは簡単で、作り手が信じていないからです。
作者の松村涼哉先生は信じてないんです。こんな話あるわけないって。
後出し設定は気にしないと書きましたが、この作品に関してはちょっとひどすぎます。
ここ1週間ぐらい胸ポケットにレコーダーを入れて、警察に突き出すための素材を集めていた。
たとえ警察が無理でも実名をSNSに上げて「この人サイテーですよー」と世界中に発信してやろうかなと考えてたんだ。
でも聞いてみるとなんか違うんだよね。
ノイズ補正をかけつつ音量を上げて聞いてみるといつも「キモい」と囁いてる奴らがそう言ってた相手は自分たちの旦那や姑のことみたいなんだわ。
んで俺が何度も聞いてたはずの「キモ」「ウザ」といった言葉はレコーダーを再生してみると全然聞こえない。
ちょっとした物音を俺の耳が自分の悪口に変換していた可能性が高い。
ヤバいね。
これ統合失調症的な奴じゃん?
医者に行くべき?
なんかこの程度のこと、「他人の何気ない悪口が全部自分の悪口に聞こえる」程度の症状を統合失調症だとあわてることこそがある意味で神経症じみてる気がする。
割り切ってきゃいいだけなのかもしれねえな。
俺は結論を焦りすぎていったっぽい。
うーん。
やっぱ精神科には行こうかな—。
昔不登校で行った時にババァが「はぁ?行きたくない場所に行きたくないのは当たり前だし、キライな奴らに会いたくないのは当たり前だろ?お前の感覚は明確に正常なのになんで医者に来てんの?」と煽られたのがトラウマだから精神科キライなんだよね。
ぬいぐるみ2点を万引きしたとして、大阪・豊中市にある小学校の学童保育の職員が逮捕されました。
窃盗の疑いで逮捕されたのは、豊中市の小学校で学童保育を担当している会計年度職員の女(57)です。
女は12月9日午前10時ごろ、兵庫県伊丹市のショッピングモールで、ぬいぐるみ2点、計1400円相当を万引きした疑いがもたれています。
警察によりますと、女はカートにぬいぐるみを入れ、上着で隠すようにして、レジを通さずに店の外に出たところ、女の行動を不審に思った従業員に声をかけられ、万引きが発覚したということです。
女が盗んだのは、大きさ8センチほどの人気のキャラクター「ちいかわ」のぬいぐるみで、警察の調べに対し、「盗んだことに間違いありません」と、容疑を認めているということです。
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/mbs_news/region/mbs_news-GE00070177
毎日8時半に保育園にいき、その足で9時に特別支援学校に送る。
14時に特別支援学校に迎えに行き、17:30に保育園に迎えに行く毎日。
下の子は全く喋れず
「ウォウ!ウォウ!」
間違いなく下の子も小学校は特別支援学校だから、下の子も小学校になれば送迎先の一本化で少し楽になるのかもしれない。
叫ぶし走るし暴れるし、スーパーすら連れて行くのがけっこう大変だ。
強く怒るとパニックを起こしてリノリウムに連続頭突きが始まるから、強く怒れない。
注意しない躾をしない親として白い目で見られる。
スーパーの選ぶ基準はとにかく通路が広いこと。急に走ったりするからね。
と言っても、子供をみないといけないので、巨大な肉をオーブンに放り込んで焼くとか、鍋に放り込んで茹でるとか、そういう料理ばかりになる。
アメリカ人が映画見ながらポップコーンやドーナツを貪り食うように、コーンフレークや白飯を手掴みでこぼしながら絨毯で食い、延々のYouTubeも Switch2に興じてる。
食費に4人で月5万や8万はすぐでも、20万とか食おうと思っても食えないしね。
そこそこ贅沢しても住宅ローン含めても年間に500万くらいの支出で回ってる。
田舎に引っ込めばこんな感じ。
児童手当と特別児童扶養手当で100万くらいは出るし、所得が少なければ他にもいろいろ手当が出るし、たぶん年収300万くらいで一家4人暮らせると思う。
もともとが高所得者でそれまでの蓄えの運用益だけでも暮らせるよ。
生活保護以外の制度は、蓄えがどれだけあるかじゃなくその前の年の住民税に関係する所得で決まるからさ。
極端な話、1億もあれば運用益だけで暮らしていけだろうし、60歳のときに2000万残ればいいってんなら(老後2000万問題ってんだからそんだけありゃまあいいんだろ)そんなにもいらねえ。
実際、俺はそんな感じでFIREしたんだ。
辛いっちゃ辛いよ。
なんもないど田舎住み。
百貨店とかレストランとか美術館とか行きたいけど、どうせ子供がいると行けないからさ、行動範囲にないほうが精神的には楽だ。
では、『急ぐ人』とはどんな人を指すのか。
急いで歩きたい人?
旅行でキャリーカートを持ってる人。急いでいても、キャリーカート抱えてのエスカレーターの上り下りはできない。できてたとしても、とても危ない。
足の悪いお年寄り。お年寄りでなくても、怪我してる人、足の悪い人。急いでるけど、歩けない。
そんな急いでる人もいる。人それぞれ事情は様々。
そんな人たちがいる中で、誰も歩かないエスカレータの片側を開けるために、長蛇の列を作ることに意味がある?
歩いての上り下りはできないけど、空いてる片側に乗っちゃダメなの?
そもそも、止まって乗ることが推奨されているのに、片側を開けないことはそんなに悪なの?
エスカレーターの片側を開けろという人は、歩いて上り下りできる健常者のことしか考えてないの?
今日、疲れて帰宅して、早く家に帰りたくて、だけど、片側開けてでホームは人で溢れていて、だからもう片側に歩かずに乗った。
エスカレーターを降りたところで、後ろから「邪魔なんだよ」と体をぶつけられた。
絶対に歩くな止まれとは言わないし、歩くも止まるも好きにすればいいと思うけど、少なくとも止まってる人に対して、暴言吐いてぶつかるとかは人として終わってると思うんだけど、それでもエスカレーター片側開けろ派の人たちは、絶対に片側開けろ、止まるな、というのだろうか。怖い。
毎週末ラムーという激安スーパーにいってるんだけど、ほどがあるまとめがい客(業者)をけっこう頻繁にみかける。
カートの、2つまたは3つの籠にいっぱいにつんでるものをみたことがあるものは
・牛乳。60本くらい? 買ってるのは外国人のご家族のもよう。カートがぶっ壊れそう
自分がよく行くスーパーマーケットは「イオン」「ヨークマート(ヨークフーズ)」「ベルク」「サミット」「新鮮市場」「マルエイ」「ベルクス」
くらいだろうか。
「イオン」
何でもあるが、何も無い所。ここで売ってるこれが欲しくて行くということはないお店。モールに行ったついでに
寄る所。惣菜、弁当、一見美味しそうだが家で食べるとがっかりすること多し。
衣類が季節の終わりに半額の50%offなんてこともある。定価の25%だ。
全体的にゆったりとした作りでそれなりの店
独自に近隣のスーパーの特売価格に合わせているようだが今更感が否めない。
今後どうなるのか。
この立地で太刀打ちできるのはドン・キホーテ、ロピア、okストアか。
「ベルク」
鳴り物入りでオープンしたベルク。衝撃のオープン価格で圧倒した模様。
残念なのは惣菜、弁当が絶望的に美味しくない。価格は魅力的だががっかり感がイオンより上。
生鮮食品、目を引くものなし。値引きが早いのでその当たりをチェックすると面白い。
「サミット」
近いので一番通うお店。ここが標準になっている気がする。
月間スケジュールで割引セール日がわかるのでその時にまとめ買いができる。
途中加工品?レンジで出来る焼魚?とかスパゲッティ、フライ加工品など、新しい製品が面白い。
精肉、昔オージービーフ押しで一貫体制で作っているのを売りにしていたが美味しくなかった。
我が家ではサミ弁と呼んでいるが、惣菜弁当は比較的はずれなし。ただ、価格が比較的高め。
店内調理のパン以外の菓子パン、定番以外の新商品とか変わったパンなどがほとんど並ばない。
近隣店で見かけるも、まったく仕入れなし。もう少し大きい棚で種類を増やしてもいいのではないか?
「新鮮市場」
ある意味、一番ワクワクするお店。入店前から特売品が並び、ついついカートに入れてしまう。
鮮魚も近くの市場から直送したような、変わった種類の魚が並んでいる時がある。
肉は安い。でもまずい。焼いたときに立ち上るニオイで顔をそむける時がある。
以前、週末にはお店の前で焼き鳥を焼いて売っていた。これでビールを飲むのが好きだった。
しばらく行ってないのでもう変わったのかもしれないが、客層がいまいち。
なんとなく殺伐としていて、年寄りがつかみ合いの喧嘩をしているのを見かけたことがある。
「マルエイ」
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ここまでは一年以上前に書いたものだと思う。久しぶりにアクセスしたら書きっぱなしで放ってあった。
色々状況変化してるので思うところを。
「ヨークマート」
フライパンで簡単にできる肉惣菜が充実しだした。安いしおいしい。
「ベルク」
惣菜、弁当、そこまでひどくなくなった。たくさん入ったポップコーン目当てで買い物に行くこと多し。
「サミット」
色々面白い特集で販売意欲を掻き立ててくれる。やはり惣菜弁当高め。
「新鮮市場」
上の文章を書いた頃はよく通っていたが、ここ数年全く行っていない。
品揃えが面白いのでまた行ってみたい。
「マルエイ」
安さをメインにしていた覚えがあったが、久しぶりに行ったら閑散としていた。時間のせいもあったかもしれないが。
惣菜、弁当、価格勝負していたものが普通のスーパー並。かなり粗めに陳列していたりするので、なにかメリット
「ベルクス」
最近よく通う店。賞味期限が近い訳あり品を特価で販売していたり、お楽しみ抽選会があったりして通うのに面白いお店。
野菜も安い、魚類も面白い品揃えと近場にあれば毎日でも行きたいお店。ちなみに界隈で一番米が安い。
惣菜も手作り感満載で見るのが楽しみ。「ベルク」と関係があるかと思ったら無関係らしい。
「TOP」
大きいだけあって品揃えはすごい。野菜、肉、魚、充実。ここの鮭の切り身は美味しい。
惣菜も安いし美味しい。ただ、後半の店内導線が悪く、人を避けながら買い物している感じ。
サッカー台も少なくて狭いので、レジ終了後ちょっと嫌な気分になる。
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なかなか行けないが、駅のショッピングモールに入っている角上魚類とかデパ地下のマーケットで思う存分買い物したい。
色々高くて大変です・・・
本って重たいから外形100サイズでも10キロこえて120サイズの2000円とられるの、きつ~。
出場費用とあわせて1万円は軽くぶっとぶ。元なんかとれるわけねえわな。
地方民ほんとうに不利だなぁ。だからといってカートの車輪べこべこにしながら運ぶよりはプロの運輸が確実なんだが。
在庫なんかもっていかないのが正解なのだろうな。印刷屋さんは安ければ500円で、とらの返本が1500円だっけ。
手わたしかぁ…
そういえば今年の夏はド素人のフォローにまわったんだけど自己搬出券とっとけとか読んどけとかいろいろいったのに半分くらいしか話を聞いてなくてさぁ
自己搬出券だけは取れ!と5回くらいいった(ので説明書は読まなくていいとおもったらしい)
あーはこぶっくどこで申し込もうかな…
https://www.yamato-hd.co.jp/important/info_250501_1.html 2025/10/1~改定
去年別居婚をした。
長い長い友人時代を経て交際し、数ヶ月単位のスピード婚をした。
旦那の人となりはよく知っていたし、旦那は実家暮らしだが、学生時代に部活で寮生活をしていて、炊事も家事もさせられていたので、そこら辺の能力を疑ったことはなかった。
交際中もお互いの家に行き来しあっていて半同棲のようになっていた。
確かに料理の時不器用すぎて時間がかかったり、皿洗いが雑だったり、気になるところはあったが、私がカバーするなり教育するなりすれば良いと思っていた。
別居婚は事情があってしたが、2025年の末には同居しようという約束をしていた。
冷めそうになっている。
旦那は付き合う前こそ男前で頼りがいがあったが、一緒にいる時間が長くなれば長いほど、実際は正反対であることが明らかになっていた。
それも私が勝手に頼りになると勘違いしていたことだし、旦那より私の方が素早く動けるなら私がカバーすればいい、私が動けばいいとずっと思っていた。
持ちつ持たれつ、苦手な分野はカバーし合う関係でいたいと思い、義実家にも挨拶の際にそう伝えていた。
だが、私が精神的な不調から動けなくなってしまうと、カバーもできなくなってくる。
バランスが崩れていく。
米の研ぎ方が何故か慣れていないようで、教えないとできない。
洗い物に明らかに泡が残っているが、指摘すると不機嫌になる。
精神的に苦しい時期に義実家からの心無い言葉をオブラートに包むことなく伝えてきたり、配慮のない行動に少しずつ不満が溜まっていた。
(義母に「結婚して損な嫁だ」「結婚しなきゃよかったのに」と言われていたらしい。)
それでも我慢すればなんとかなる、まだ全然我慢できる、と思っていた。
料理も洗い物も私が無理してやれば済むんだと、できないことは教えてあげればいいんだと。
プッツンと切れてしまったのは、薬の副作用で体調の悪化がひどく、旦那に賃貸契約の申し込みを任せたことだった。
物件探し、条件決め、内見の依頼を全て私主導でやっていたが、契約人は旦那にするので、申し込みくらいは任せていいと思ってしまった。
無事申し込みが終わったとだけ伝えられたが、この後の流れを伝えてもらえなかったので不動産屋に確認すると週末に契約日をセッティングされていた。
何故教えてくれないんだ…?と思いつつも、空いていたので契約には同行することにした。
入居日を旦那が勝手に決めていて、本来想定していた入居日とはかけ離れていたことが発覚する。
(引越し予定日より後に入居日が設定されていた)
想定外の入居日に困惑してしまい、不動産屋に無理を言って入居日を変更できないかとごねることになってしまう。
オーナーに確認していただくこととなり、その後、なんとか入居日を本来の想定していた日にすることができたが、モヤモヤは収まらなかった。
一人でなにかを任せたら取り返しのつかないことになるということに恐怖を感じた。
思えばこの件で、もうだいぶ疲弊していたのかもしれない。
入居日も決まった事だし引越し準備、という所に入ると、また不満が増える。
家具家電全てを新調するので漏れひとつなく用意するためにリストアップし、新居の内見を再度し採寸し、目星をつけていく。
「俺なんでもいいよ、なんでもいいから」
そういう割に、実際に家電屋に行くと「高い」「冷蔵庫はたくさん入るものがいい」と口出しが止まらない。
旦那が良いと言うものが家に入るのか確かめるのは私だし、旦那はリストアップした中から好きなものを選び口出しするカタログ状態。
疲れてしまう。
なんでもいいと言うからカーテンの色を明るい色にすると伝えると、「俺は暗いのがいい」の一点張り。
必要な家具をニトリオンラインのカートに入れてまとめ、いくらかかると伝えると「高い」「収納なんていらない、ダンボールでいい」とまで言い出す。
なんでもいいんじゃなかったのか?
義父が「私のために」とくれたカタログギフト、旦那とおいしい食事でもと思って高級料理を選ぼうとすると、「引っ越し代節約したいから引き出しにしようよ」
アイリスオーヤマで同じような量収納できる引き出しを3000円位で買えるのに、高級料理を逃してわざわざコレを選ぶのか?
私も浪費家ではないので最安値を選ぶが、家具家電はしっかりとした物を買って長く使いたい。
旦那は「洗濯機はAmazonのでいい」と言い出す始末。Amazonは設置作業してくれないぞ。誰が設置するんだ。胡散臭い中華製品溢れるAmazonで買えと?
もう疲れてしまった。
一緒に住んで何十年と生活していくことを考えると本当に憂鬱でしかない。
同棲してから結婚した方がいいという意見と、同棲せずに結婚すべきだという正反対の意見がネットには溢れているが、絶対に同棲してから結婚した方がいい。
家事炊事ができるか共生できるかチェックする期間としても大切だが、なにより不動産屋探しや契約など人生における重要な工程を一緒に踏むことに意味があると思う。
今日も体調が悪く料理を任せてみたら、水の音が止まらない。気になって見に行くと、麺がザルに入り切らないからどうすればいいのかわからず水に浸しっぱなしにしていたというのだ。
慌てて麺を半分ずつザルにあげ、皿に盛る。
もう一人で休みたいよ。
一緒に生きていくにはあまりにも頼りなさすぎる。
例え頼りなくても、プラスにできなくてもマイナスにすることがなければいいと思うんだ。
持ちつ持たれつ、カバーし合うつもりが、気がついたら何もカバーされていないことに気がついた。
世の夫婦はどうやってこういうのを乗り越えていくのだろうか。
同居まであと数週間、今更辞めたいなんて言えない。
そうしたらさ、車両連結部近くの席にインド人の家族が固まって座ってて、その向かいの優先席に渋谷にいそうな地雷系女子二人が座ってたのよ。
うぉーグローバルな光景だな、なんて思って横目で見てたら、インド人家族グループのちっちゃい子が何かを訴えるように地雷系女子の方を指差して、أتاتشاだのجاااだの言っててさ、そうしたら親がものすごい剣幕でシィーッ‼︎って静かにするように言い出してさ。喋れないように母親もお菓子あげ出して。
いやなんて言ったんだよ。って思ってたら、電車が駅に停まって、オバア・カート引いたおばあちゃんが乗り込んできて。
「あーごめんね、ええ、通るヨォ」
とか言いながら、地雷系女子たちの隣座ったのね。で、地雷系女子たちの方ジロジロ見出したから、優先席に座んじゃねえとか文句言い出すのかなって思ったら、
って言い出して。ギャルかよ。それで地雷系女子たちもこれお揃いなんです、可愛いでしょ!とか言い出して、しばらく会話続いてんの。そうしたらだんだん人生相談みたいなの始まって、どうしたら彼氏できますかね、みたいなこと話しだして。
おばあちゃんも、相手に対して敬意を持つことよ。人間関係、敬意を忘れたら終わりなのよ、みたいなこと大真面目に答えてて。その間お菓子食べ終わった男の子が今だ!ってばかりに親のところ抜け出して地雷系女子達のところに行って、地雷系女子たちの爪についてるスヌーピーみたいなキャラを必死にもぎ取ろうとし始めて。
地雷系女子達はダメだよーって言いながら優しく手を止めようとしてるのにおばあちゃんは全然気にせず人とは何か、恋とは何かを語ってるし、インド人家族はなんか議論してて気付いてないし、なんか、すごい、濃かった。
ひとまずそれだけ伝えたかったんだ。
子育てはマラソンみたいなものなので、完璧を求めるより維持できるペースの方が良い。手を抜けるところはどんどん抜く。
外出時はおやつを持ち歩くようにしている。小分けされたビスケットなどが使いやすい。これで食事が出てくるまでの時間を稼ぐ。コンビニなどに寄れる場合は、スティックパンが5本入ったやつを購入しておくと、1食分はなんとかなる。
栄養バランスなどは保育園の給食が担保してくれていると思っているので、子供の健康よりも、楽しく美味しく食べてくれるものを優先。
数カ月、あるいは数年早くオムツが外れたところで特に何も変わらない。そのうち外れるだろうの精神だ。
外出や就寝時など、おもらしすると面倒なタイミングではオムツを履かせていた。そんなためウチの子は5歳になってようやく外れた。
これは今までの小さなイライラが積み重なって怒ってしまったのでもうしょうがない。
「買わない」「いい加減にしなさい」「もう知らない、置いていこ」「勝手に触らないで」「だめって言ってるよ、聞いて!」など、心ないことをたくさん言った。そして3歳が何度もママ、ママー!って呼んでいるのも無視した。
スーパーで子供を制御するのは難しい!ウチはカートに乗りたがらない、押したがるで大変だった。そこで結局おやつで釣ることにした。大人しくしてたらおやつ買ってあげるよ、次悪さしたらおやつ無しだよと言うと案外うまくいく。