はてなキーワード: NLとは
BL(ボーイズラブ)文化は、男性同士の恋愛・性愛を描くフィクションを中心に発展してきた。しかし、その消費構造が実在のゲイ・バイセクシュアル男性を素材として搾取しているのではないかという批判は、当事者コミュニティから繰り返し提起されてきた。
具体的には以下の論点がある。
これらの主張には一定の妥当性がある。しかし、「フィクションだから無関係」という論理は、RPSや実在コミュニティへの侵入行為には適用できない。また、「理解の入口になった」という功利的正当化は、当事者が現に被る不快や搾取を帳消しにする根拠としては不十分である。
より深刻なのは、この問題が指摘されたとき、腐女子コミュニティの一部が「ホモフォビアと戦ってきたのは我々だ」という自己正当化に走り、当事者の批判を封殺する力学が働くことである。マジョリティ(異性愛女性)がマイノリティ(ゲイ男性)の表象を占有し、かつその批判に対して「我々こそ味方だ」と主張する構造は、植民地主義的な知の収奪と相似形をなしている。
『イナズマイレブン』(主要キャラクターは中学生)、『忍たま乱太郎』(忍術学園の生徒は10歳前後の設定)など、明確に未成年と設定されたキャラクターのR-18 BL二次創作は、pixiv・同人誌即売会・SNSなどで大量に流通している。
| 論点 | 現行法の状況 |
| 著作権侵害 | 二次創作は原著作物の翻案権・同一性保持権を侵害しうる。権利者が黙認しているに過ぎず、合法ではない。いわゆる「グレーゾーン」は法的に保護された領域ではなく、権利者の好意に依存した状態である。 |
| 児童ポルノ該当性 | 日本の「児童買春・児童ポルノ禁止法」は実在の児童を対象としており、創作物(絵・小説)は現行法上は児童ポルノに該当しない。ただし、国際的にはフィクションも規制対象とする国がある(豪州、カナダ等)。 |
| わいせつ物該当性 | 刑法175条のわいせつ物頒布罪の適用可能性は理論上残るが、同人誌に対する摘発例はほぼない。 |
法律上「違法ではない」としても、10歳や13歳に設定されたキャラクターの性行為を詳細に描写し、それを大量に流通させる行為が倫理的に問題ないと言えるかは別の問いである。
腐女子コミュニティ内では「キャラクターは絵であり実在しない」「被害者がいない」という論理で正当化されることが多いが、この論理は男性向けの「ロリコンもの」に対しても同様に適用されなければ一貫しない。にもかかわらず、後述するように、男性向けの未成年キャラクター性的表現には激しく反対しつつ、自陣営の同種の表現には寛容であるというダブルスタンダードが指摘されている。
一部の権利者はガイドラインで性的二次創作を明示的に禁止している。しかし多くの場合、個別の対応コストや炎上リスクを恐れて黙認しているに過ぎない。この黙認を「許可」と読み替える文化的慣習は、権利者に本来不要な負担を強いている。
近年、英語圏の社会正義運動(いわゆる「Woke」)の言説——特にジェンダー論、ポストコロニアル批評、インターセクショナリティなど——が、日本のSNS上で選択的に翻訳・引用され、特定の表現を攻撃するための武器として使用される事例が増加している。
Woke言説そのものが問題なのではない。ジェンダー論やポストコロニアル批評は学術的に重要な知的伝統である。問題は、それらの理論が本来持つ複雑さや内部批判を捨象し、自陣営に都合の良い部分だけを切り出して「正義の棍棒」として使用する態度にある。
これは理論の誠実な適用ではなく、権威の借用による言論封殺である。そして、この手法が最も頻繁に向かう先が、男性向けのオタクコンテンツである。
「マシュマロ」「Peing」などの匿名メッセージサービスを利用した攻撃的メッセージ(通称「毒マロ」)は、腐女子コミュニティにおいて深刻な問題となっている。内容は以下のようなものである。
毒マロや晒し(SNS上で特定の作者・作品を名指しで批判すること)の結果、創作者がアカウントを削除し作品を非公開にする「筆折り」は日常的に発生している。これはコミュニティ内部の表現弾圧に他ならない。
特に注目すべきは、加害者もまた女性であり、被害者もまた女性であるという点である。「女性が女性を潰す」構造は、フェミニズムの言説では説明しにくいため、しばしば不可視化される。
腐女子コミュニティでは、特定の行動規範(「検索避け」「鍵垢での運用」「R-18はワンクッション」等)について定期的に激しい議論が発生し、「学級会」と呼ばれる。これ自体はコミュニティの自治として機能しうるが、しばしば規範の押し付けと逸脱者への制裁に変質する。
腐女子コミュニティの一部には、以下のような暗黙の序列意識が存在するとの指摘がある。
この序列は、「BLは高尚なフィクションだが、夢小説や男女の恋愛は自己投影で低俗」という偏見に基づく。
ここに深刻な矛盾がある。腐女子コミュニティの一部は、自らの表現が社会から偏見を受けてきた歴史を語りつつ、同じ女性向け創作者コミュニティ内で別のジャンルを蔑視・攻撃している。被抑圧者が別の被抑圧者を踏みつける構造であり、「連帯」の理念とは正反対の実態である。
近年、以下のような事例が繰り返し報告されている。
これらの運動に共通するのは、主観的な不快感(「お気持ち」)を客観的な権利侵害であるかのように主張する論法である。「私が不快に思う」→「それは社会的に有害である」→「規制されるべきだ」という三段跳びは、法的な権利論としては成立しない。
しかし、SNS上の炎上は企業にとって実害をもたらすため、法的根拠がなくとも事実上の表現制限として機能している。これは私的検閲(private censorship)の問題である。
最も深刻な問題は、男性向けの性的表現を攻撃する主体が、自らは第2章で述べたような未成年キャラクターのR-18 BLを消費している場合があるという点である。
獣道中の解説でも、実際にMenaのスパーリング相手も務めていたじゃじぃも言ってたけど
Menaは獣道が発表されて来日して日本、世界の豪鬼トッププロが集まったスパーリングで
10先(先に10勝した方が勝ち)で1回も負けなかった、常に先に10勝し続けたらしい。
じゃじぃ、シュート、NLら、カワノこそいないが豪鬼使いの中では世界有数の使い手を集めて
何十回も10先して1回も負けないのはっきり言って異常だよ。
10先は長期戦になるので持ってきた対策を序盤からお互い出し合って
その上でその対策の対策を試合中に構築していく必要があるがその能力に長けていたということだろう。
実際、本番でも5対5になってからは1対5で一気に押し切っている。
「腐女子の問題点」として議論されている内容を整理すると、主に「公式や他者への攻撃性」「現実と妄想の混同」「政治的・思想的用語の悪用」といった点が挙げられます。
最も深刻な問題として、自分の推しているBL(ボーイズラブ)カップリングが、公式展開によって否定された(いわゆる「ノマ爆」)際に、公式スタッフや作者へ直接攻撃を行うケースが挙げられています。
二次創作はあくまで「個人の妄想」であるという前提を忘れ、自分の解釈を正解だと思い込む姿勢が批判の対象となっています。
自分の好むカップリングを守るために、他のファンや、恋仲となる女性キャラクターを攻撃する傾向があります。
個人的な不満を、社会的な正義やポリコレの用語を使って正当化しようとする点も指摘されています。
総じて、ソース内では「原作は原作、二次創作は二次創作」という「それはそれとして」の精神(当たり前体操)を忘れ、自身の妄想を公式に強要したり、周囲に攻撃性を撒き散らしたりする振る舞いが、腐女子(あるいは一部の過激なファン)の大きな問題点として議論されています。
Grokさんにきいてみた。
いいえ、腐女子(主にBL作品や男性同士の恋愛を好む女性オタク)が自らを「寛容」と積極的に自評するような一般的な傾向は見られません。むしろ、以下の点が実情として目立ちます:自虐的なアイデンティティが強い
「腐女子」という呼称自体が「腐った女子」という自虐的な意味合いから来ており、コミュニティ内では「自分の妄想が腐ってる」「変態的な趣味」と謙遜・自嘲する文化が根強いです。自分たちを「寛容で広い心の持ち主」と美化するより、むしろ「腐ってるけど楽しい」とネガティブ寄りに受け止める人が多い傾向があります。
外部(特に非腐や他のオタク層)からは「自分たちのBL(同性愛的ファンタジー)には寛容なのに、異性愛(NL)や他者の創作・嗜好には厳しい/不寛容」という指摘がよくあります。
たとえば、逆カプ(カップリングの攻め受け逆転)や女キャラが絡む展開、乙女ゲームへのBL混入など、自分たちの好みに合わないものに対しては敏感に反応し、拒否反応を示す例がコミュニティ内で頻出します。これに対し、「寛容アピールしてるけど実際は独善的」「自分に都合のいいときだけ寛容を主張する」という冷ややかな声も少なくありません。
一部で「LGBTに寛容」と見なされる側面はあるが…
BL好きを通じて同性愛的なテーマに親しみ、現実の性的マイノリティ(特にゲイなど)への理解が比較的高いという研究や意見は存在します。ただし、これは「自分たちの趣味の延長」として自然に生まれるもので、「自分は寛容な人間だ」と積極的に自慢するようなものではありません。また、異性愛やマジョリティの恋愛観に対しては相対的に厳しいという指摘も並行してあります。
klis.tsukuba.ac.jp
実際のコミュニティの声
腐女子本人が「自分たちは寛容」とアピールする例はほとんど確認できず、むしろ「寛容を装う腐女子が他者の領域に首を突っ込む」「食いしん坊(何でも許容してるわけじゃない、ただ自分が楽しみたいだけ)」といった内省的・自嘲的な発言の方が目立ちます。細かいタグ管理や地雷設定(許せない要素の厳格化)からも、全体として「超寛容」というイメージとは逆の、繊細で選別的な側面が強いと言えます。
要するに、腐女子が自ら「私は/私たちは寛容だ」と胸を張って評する文化やステレオタイプは存在しないと言ってよいでしょう。
それはむしろ、外部から向けられる「自分勝手な寛容アピール」という批判の対象になることが多く、本人たちは自虐や内輪のルール厳守でアイデンティティを保っている印象が強いです。これはあくまでネット上の議論やコミュニティ観察に基づく一般論で、個人差はもちろん大きいです。腐女子の中にも本当に多様な嗜好を受け入れる人もいれば、特定の枠に厳しい人もいます。
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へんな先入観でもなければこうなるのは、逆カプで戦争したり、同担不許可とかいう界隈では当たり前でしょう。
つまり、「腐女子は寛容とかいうくせに」なんて言は、セレクティブエネミーで、誤ったレッテル張りであり、知的に不誠実な言説であるといえる。
前者は作者の好みのリアリティレベルで、後者は潔くファンタジーとして統一されてる
NLはフィクションの母数の多さで見慣れてるだけで一番リアリティのバランスが難しい
異性のわからんところはどうしてもファンタジーで埋めるから同性側の描写がやたら現実的で真に迫ってると上手くやらないとギクシャクする
公式カップル(公式CP)の成立に対する腐女子の反応は、主に以下のいくつかのタイプに分類されます。
最も多く見られる反応の一つで、公式の展開と自分の二次創作(BL)を完全に切り離して考えるタイプです。
特定のカップリング(CP)推しよりも、キャラクター個人を推す「単推し」の傾向が強い場合に見られる反応です。
自身のこだわりや、公式の描写の強さによって、それまでのBL活動に影響が出るタイプです。
公式の事実を認めつつ、あるいは否定しながら、自分の妄想に都合が良いように設定を調整するタイプです。
このように、多くの腐女子は「公式と妄想を上手く切り離す」ことで平穏に活動を続けていますが、その一方で、自身の嗜好や描写の強弱によって、活動の継続が困難になったり、設定の改変を試みたりするなど、反応は多岐にわたります。
当時、レイトンの悪魔の箱にお試し版で付いていた所からイナイレに興味を持ち、アニメ1話からリアタイしていたアラサー女、豪炎寺-剣城好き。
案の定桜咲先輩が好きだし、自分の地元が長崎ということもあって、とても楽しませてもらった。
ゲーム自体は好きなのだが、如何せん集中力が続かない上に操作が覚束無い。
弟、彼氏、職場の同僚にあらゆるゲームでボコられた経験は数知れず。
実況プレイを見ると、1週間も経たずにすんなりクリアしていて落ち込んだ。
DS時代は3のアルゼンチン戦で負け試合なのを知らずにグランドファイアイグニッションを打たずにゲームオーバーになったくらいで、今回は出張先に向かう新幹線でずっと帝国戦をしてそれでもクリアできなかった……。
1人でやれるノベルゲーや乙女ゲーの方向にスキルツリーを伸ばしていたこともあり、ソジは裏切るだろうと思っていた。
土門的ポジだと思って、1人だけ何となくで加入したこともあり、注意深く見ていた。
そうしたら、令和的正解を出されて驚いた。
そうだよね、今の時代は鉄骨降らせられないよね……と、平成男を愛する身としてもう戻れないと悟った。
化身アームドも欲しいけどね!
豪炎寺の息子は見たいけれど、嫁を見たら狂うかNL厨として真価を発揮するか
それ故、住民たちは極めて雑食(あるいは悪食)的な傾向があった。
「会話がなくとも同じ画面にいなくとも同じ作品に出ているならカプ成立の余地がある」と言っても過言ではなかった。
NL・BL・GLその他性別の有無相関は問われず、どのような組み合わせも受け入れた。
無論他カプに対する「解釈違い」は全くないとは言わないし、内心で皆がどう思っているかは分からないが、自分が食わぬものもきっと誰かは食うのだろうという共通理解はあった。
そもそも供給も人口も少ないのだから、数少ない「同じコンテンツ/キャラを愛でる同志」でいがみ合っている場合ではなかったのである。
このような村で私は青春を過ごし、そこで得た経験や価値観自分のオタコンテンツへの向き合い方の根幹となっている。
好むコンテンツのジャンルはかなり違っており、同時に同じコンテンツを楽しむことはあまりなかったように思う。ただし「○○の××に今めっちゃハマってて〜」みたいな話を共通コンテンツでなくても気兼ねなく言い合えるという関係が心地よかった。
要は温和な彼女の性格が峻峭な私の性情と衝突しなかったのだ。なんにせよ私たちは親友と言って良いほどの間柄であった。
友人は今大手のジャンルで盛んに絵を描き同人誌を出しているそうで、人手が欲しいとのことだった。
自分自身の同人活動はしばらくストップしていたが、他ならぬ友人の頼みであるので快諾した。
サクチケ入場もできるわけだし、せっかくなら○○(友人のジャンル)の雰囲気見てみるかー、空いた時間で自ジャンル覗くかなー、ぐらいの心持ちだった。
友人が今推しているキャラは、忖度なしで言えばそのジャンル内では人気が高いとは言えないキャラであった。当日そのキャラの本を出しているサークルは片手で数えられる数であった。
しかしジャンル全体で片手と少しくらいしかなかった自ジャンルと比べれば、1キャラだけでそんなに描く人がいるのが羨ましいぐらいであった。
コミケ当日の朝、スマホでwebカタログを物色しながら「この人たちに挨拶回りとかするの?」と何の気なしに尋ねた。
「いや、そこら辺は全員敵だから、目を合わせたくもない」と返された。
敵?
TEKI?
enemy?
普段の温和な彼女の性格からは考えられないセリフであったので、思わず聞き返した。
「敵なの?」
「敵。」
「なぜ?」
このキャラはこの描き方であって然るべきだと言う。
別に創作界隈全体から見れば、このようなことは珍しいことではないのだろう。
ただ自分はなんとなく、そういう争いとは無縁だと思っていた。
なにより、彼女がそのような(私からしてみれば)過激な発言をすると思っておらず、私の思考はフリーズした。
「なんかこう……解釈違ってもさ、仲良くしといた方が、一緒にそのキャラの魅力広めていくとか、できるんじゃない?」
つい口に出てしまったが、思い返すとかなり危険な問いかけだったと反省している。ワンチャン10年来の友情に亀裂が入りかねなかった。
「私がそうしても、あっちがそう思ってないなら意味ないからね」
「そっかぁ」
ここで即座に友情に亀裂が入るのは避けられたようなので、これ以上亀裂が入る可能性をなくすため、私はもう深追いするのは諦めることにした。
コミケはつつがなく終了した。
友人の新刊は完売し、既刊の売れ行きも上々であった。概ね成功と言えただろう。
バイト代ということで、打ち上げの焼肉を奢ってもらえることになった。やったね。
帰り際、隣の「敵」のサークルの本がふと目に留まった。
絵柄は割と私好みだった。
読んでみたい、買ってみたいと思ったが、友人に見つからずにその本を買う方法が思いつかなかった。
そもそも、相手方からしたらこちらが「敵」であり、そこで売り子をしている私も「敵」であろう。
表立って買いに行けば、裏で何を言われるか分からない。
波風を立てるのは得策でないと判断し、後ろ髪を引かれつつ私はコミケ会場を去り、友人と共に打ち上げの焼肉へと向かった。
例の本は通販で買おうとも思ったが、もし家に彼女が遊びに来た時に万が一でも見つかったら怖いと思い、これを書いている今も踏ん切りがつかずにいる。
この論文で提示したモデルをもとに植田日銀の今回の利上げを評価すれば、経済的なトレードオフ関係(わかりやすくいえば綱引き)の結果、高市政権が目指している高圧経済を阻止する働きがある。
論文では会田さんの主張を取り込んでいるので、高圧経済とはそもそも「経済に十分な需要圧力をかけ、企業のネット資金運用(NL)がマイナスに転じる(=企業が貯蓄超過から投資・借入主体に変わる)「サイン・スイッチ」を引き起こすこと」、これは高圧経済版のレジーム転換ともいえる。
より具体的にはプラスのGDPギャップ2%程度を目指すことで、これは経験則的には(簡単な試算もしてある)インフレ目標2%の安定的達成とほぼ同じ。
このモデルでいえば、もちろん高圧経済の達成=NLのマイナス変換も起きていない。
そこでの利上げがどんな影響をもたらすかということにある。
政策金利(r_t)の引き上げは、実質資金調達コストを上昇させ、トービンのq(将来の期待収益性)を低下させる。
その結果、サイン・スイッチは遠のく=経済は減速する。さらにモデルではよくある金融摩擦(BGGタイプ)を想定している。
金利引き上げは企業の利払い負担を増やし、純資産(Net Worth)の蓄積を鈍化させる。
要するに金融摩擦を増加してしまう。これは重要。単に見かけの利上げ以上の増幅効果(もちろんマイナスの)をもたらす可能性がある。
高橋洋一さんはわかりやすく今回の利上げの重度なマイナスの効果を動画などで指摘しているが、それは彼の背景にあるBGG的な経済観からも当然。
もう少しモデルに即すると、純資産が減少すれば外部資金プレミアム(スプレッド)が拡大し、さらなる投資抑制を招くという「負の金融アクセラレーター」が起動する。
この「負の金融アクセラレーター」こそ、高圧経済と最大のトレードオフ関係にあるもの。
前者の可能性が大きくなればなるほど、高圧経済は遠のく=経済は大きく減速する(予想以上に)。
またなぜ利上げしたのに足もとでは円安がすすむかもモデルベースで説明できる。
市場関係者たちの評価もそれはそれなりに尊重するが、恣意的なものに思える。
モデルでは図2にまとめてある綱引き(トレードオフ)で為替レートの方向性がきまる。
もし利上げが「政策レジームへの不信」、つまり高圧経済達成への不信や「景気後退懸念」を通じてリスク・プレミアムを上昇させた場合、利上げをしても円安が進む可能性が明示されている。
もちろん為替レートのたかだか数日の変動など多様な要因で変動するだろう。それが変動為替相場制。
ワイドショー民はあいかわらず「理想」の為替レートを望んでいるトンデモさんが多いが(それはテレビやラジオのトンデモ識者のせいかな?)、経済の多くの現象は綱引き(トレードオフ関係、需要供給など)で生じている。そこを忘れてはダメだ。ワイドショー民は正直どうでもいいが、モデルに戻すと、すべての現象を説明できるとはさらさら思っていないし、こんな単純な動学モデルよりももっと精密なもので語ることもできるだろう。ただそれは僕のすすむ途ではない。それが時論で生きる僕のモデル構築の生き方。そんだけの論文w。
オスケモに関しては、女性向けだとBL・NL共に書籍で色々出てて、特にNLだと「キミと越えて恋になる」はアニメ化まで成し遂げた
ゲイ向けに関しては、「東京放課後サモナーズ」をはじめとして、それなりに安定してそうなソシャゲがいくつかある(人間キャラも居るけど)
じゃあメスケモはって言われると、男性向け、レズ向け共に思いつかない
(性別不詳だけど)メイドインアビスのナナチとか、局所的に話題になるキャラはいるが、メスケモを全面的に押し出した作品は思いつかない
pixivのヒット数だと、「オスケモ or ケモホモ」よりも「メスケモ」の方が多いのに、なぜ商業的には上手く行かないのだろうか
最近、ネット界隈で「チャージ → ポイント重ね取り → 電子マネー経由 → マイル還元…」という“神ルート”がちょいちょい話題になる。
“4.5 %還元”“年10万円得する”“ノーリスク!”みたいな文言も躍る。
でも、実際どこまで信じていいの?って思って、俺もシミュレーションしてみた。
まあ結論から言うと、「うまく組めれば得するけど、全部が理想通りにはいかない」って感じ。以下、根拠と見積もりも含めて。
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まず、どんなルートを仮定するか。ネットで見かける典型ルートを拝借:
この流れを使って還元を重ねるわけだ。
よく言われる還元率例として「4.5 %還元」を使ったモデルを仮定してみる。
→ 得する金額 = 3,000,000 × 0.045 = 135,000 円
ということで、理論上はこのルートを完璧に回せれば「年13.5万円」くらいの“利益”が出る可能性。
でも、現実的には理想率が丸々通せることなんて滅多にない。以下、制限や改悪リスクを加味してより現実寄りにする。
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理想モデルをそのまま使うとドリームすぎるので、実際に足を引っ張る要因を列挙し、それを織り込んで修正見積もる。
実支出に対する得 = (3,000,000 × 0.70) × 0.035 = 73,500 円
という見積もりになる。
保守的な見方なら、「年 5 ~ 10 万円程度得できれば上出来」くらいのレンジだと思う。
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| モデル | 年間支出 | 想定還元率 | ルート適用率 | 年間“儲け”見込み |
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| 理想モデル | 3,000,000 円 | 4.5 % | 100 % | 約 135,000 円 |
| 現実調整モデルA | 3,000,000 円 | 4.5 % | 70 % | 約 94,500 円 |
| 現実調整モデルB | 3,000,000 円 | 3.5 % | 70 % | 約 73,500 円 |
| 超保守モデル | 3,000,000 円 | 3.0 % | 60 % | 約 54,000 円 |
これを見て思うのは、「高還元ルートを完全に回せるならデカイが、回せる範囲が限られるので現実的には中の上」くらいの期待値、ということ。
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高還元ルートを駆使すれば“年 10 万円前後”の利得は十分に見える。ただし、それは「あくまで理想的な条件が揃ってる場合」。実際には、制度改悪や対象外支出、チャージ制限などで利得は削られる。
だから俺としては、「この手のポイ活は“余裕資金・余裕時間・リスク許容力”がある人がやる遊び」って認識でやったほうがいいと思う。無理してルートを追いかけて、ポイントロス・手間ロスでストレス貯めるくらいなら、安定ルート(まあ 1〜2 %でも堅実)でまったり稼ぐ方が心が安らか。
以前挙がっていた話題、「女性作家の憂鬱、【推しの子】は何で少女漫画誌で生まれなかったのか」や漫画『推しの子』は何で少女漫画誌で生まれなかったのか「以前の少女漫画にはホラーもギャグもあり多様性があったが逆に進んでいった」など様々な記事の中で語られ、はてなやXなどを中心に多くの人々が補足してくれた。
これらの情報をWeb検索などを駆使して様々読んでザックリと振り返ると、少年漫画が少女漫画の表現技法を取り込んで表現の幅を広げて多くの女性読者を獲得した一方で、少女漫画は多様化戦略を取らず恋愛テーマの追求をし、恋愛の延長線上にある性交渉を頻繁に取り上げるようになり、性交渉の正と負の両側面を表現している内に過激化がどんどん進行し、教職員やPTAなどに目をつけられ、プラトニックな方向へ舵を戻したものの、既に女性読者層は少年漫画へ多く流出しており女性作家さえも少年漫画(青年漫画)レーベルで連載をするようになってしまった。
既存の少女漫画の性交渉表現は、性を扱う傾向のあったBL漫画へ退避し、前述の女性読者層を取り込んだ少年漫画ジャンルと再合流することでオタク一般化と共にBL漫画が非常に伸長し、女性向けとしてのNL漫画やTL漫画も伸長して過激化時代の少女漫画読者層の受け皿となった。
この歴史を振り返ると、教職員やPTAなどに毒抜きされた少女漫画の性の過激化という推進力は女性向けとしてのBL漫画やNL漫画やTL漫画が引き継いでいて、今現在がBL漫画やNL漫画やTL漫画で少女漫画が毒抜きされた当時のように自主規制しなければならない水準まで過激化が進行しているのではないかな?
私は「自主規制しろ!」とか「プラトニックへ舵を切れ!」と主張したいわけではなく、過去から現在に続く今として当時の少女漫画が表現していた女性読者のための性の過激化の火は消えておらず、BL漫画やNL漫画やTL漫画で燃え続けていて、その火はどんどん大きくなって世間の目に映る段階まで来てしまったんだと言いたいんだ。
先ず世間の目へ映る段階へ来ているを自覚しないと会話も議論も共感も出来ないんじゃないかな。
そして、今のまま放置で行くとBL漫画やNL漫画やTL漫画がどうなるのか?というのは少女漫画の過去の歴史を振り返れば判ることなので、界隈はよく話し合って方針を決めていかなければならないと思うよ。
そもそもまともな人はみんな「BLはゾーニングできてる!」なんて主張してなかったよ
ネットでもほぼ前戯みたいな絡みとか下は隠してるけど明らかに行為中のふにゃ顔とか性器としか言いようのないでか乳首とか
そういうのが年確もセンシティブ設定もなくSNSで垂れ流されてるのにゾーニングできてるわけないじゃん
美少女キャラが赤い顔でハアハア言ってるバナー広告が「アダルトじゃありませんけど?」みたいな顔して一般サイトに表示されるのはダメだと思うしそれと同じでダメだよ
リアルの本屋さんもVTuberのBL談義聞いてると「子供の頃に好きなアニメの本だと思って買ったらBLアンソロで…」みたいなのほんっっっっとよく出るエピソードで
リスナーの「自分もそうだった」「それで目覚めた」みたいなコメントもたくさんついてるんだから
まともな腐女子ならみんな知ってる
あと二次創作BL界隈では検索避けをゾーニングと勘違いしてる人もいまだに多くて呆れてる
鬼i滅iのi刃とか猗/窩/座とかakzみたいなやつね
もちろんあれはそのワードで検索表示されなくなるだけで普通に他の部分が引っかかって一般の目に触れたりするし
現代の検索アルゴリズム?は優秀でテキストすらなくても検索結果やおすすめに出してきたりするので全然ゾーニングになってない
なのに界隈のみんなが言ってるからこれでOK!で自分で調べない考えない人が多いんだよね
NLに比べてBL界隈って色々客観視できてない人が多い気がしてる
BLは男女間のような性被害がない正しい創作!みたいな思想の人もいるからかな
なんかまとまりなくなっちゃったけどBLがこの先規制強化されるのかどうか知らないけど「BLはゾーニングできてる」なんてバカな主張だけは恥ずかしいからまじでやめろと思う