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はてなキーワード: 統一とは

2026-01-27

anond:20260127181926

台湾中国統一できるはずがないだろ

そして台湾よりデカ中国の方が圧倒的に日本の脅威になるので

anond:20260127181447

ということは中国台湾統一したら完全に尖閣は取られるよな 今のグレーな感じでもなく

もしかして壺ガーが🏺🏺言わなくなったのって

野田統一カルトとズブだったのがバレちゃったからなんスかね?

忌憚の無い意見ってヤツっス

anond:20260127072542

そのまま戦ってても野田統一スクープで終わってただろ

カルト投票するくらいならチームみらいに投票するわ

anond:20260127010410

バカにされてるのは国民じゃん

統一裏金も何も解決してない

財源財源と国民のためのことには財源を持ち出すのに、アメリカにはすぐお金上げる

ここまで売国されて、何も思わないの?

2026-01-26

anond:20260126140703

そもそも「全体」って必要あるの?

日本典型的病巣って感じ。全てが鮮明に統一されていることに病的にこだわってる

anond:20260126134158

雑誌手帳は左から

漫画小説右から左

こんな慣習やめちまえ

今こそ上から下に統一すべきだ

2026-01-25

そういやおととい渋谷駅で「世界統一家庭連合への不当な弾圧をやめろ!」って絶叫してる集団おったわ

選択夫婦別姓導入、実は大きな苦しみをもたらす悪魔契約

最近、また選択夫婦別姓議論が活発だけれど、少し冷静に整理してみたい。

先に断っておくけれど、私は別に伝統家族観を守るべきだ」なんて主張したいわけじゃない。

改姓に伴う行政手続き煩雑まりないことも理解しているし、銀行口座からパスポートまで書き換える手間は、生産性観点からも損失でしかない。

現状、そのコストほとんどを女性側が負担しているという非対称性が、フェアでないことも理解できる。

キャリアの分断やアイデンティティ問題も、至極もっともな話だと思う。

ただ、今の社会ドライに見ると、別姓導入という選択肢は、自由』を手に入れる代わりに、全く釣り合わないような難題を新たに背負うように見えてくる。

なぜ「全く釣り合わないような難題を新たに背負う」のか。

少し書き残しておく。

現行の「同姓制度」は、必要悪としての「紛争軽減装置である

現行の「結婚時にどちらかの姓に統一する」というルール。 これは人権個人尊厳という観点から批判対象になる。

だが、全体的な視点で見ると、実は「将来発生しうる対立を、初期段階で強制的解決してしまメカニズムとして機能している。

結婚という事象は、当人同士の「愛」の結合に見えて、その背後には「家(夫の実家)と家(妻の実家)」の力学が厳然として存在する。

同姓制度は、この潜在的な緊張関係に、婚姻届提出という入り口の時点である程度強制的に枠をはめる。

「姓を変える=相手の家に一旦合わせ、合流させる」 この理不尽なまでの強制力によって、その後の「子供の姓の帰属」や「お墓の問題」といった火種を、オートマチックに処理する。

多少の運用コストを強いる代わりに、難題の解決スムーズに保っているとも言える。

別姓導入によって覚醒する「土着の価値観

では、選択夫婦別姓を導入するとどうなるか。

これは、 「選択肢が増えて自由になる」という単純な話では終わらない。

日本社会の深層には、まだ「家」や「先祖」といった、成文化されていない土着の価値観が根強く残っているからだ。

今までは法律で決まっていますので」という錦の御旗で沈黙させられていた親世代親族たちが、夫婦別姓化によって交渉ステークホルダーとして浮上してくる。

「うちは代々続く家だから」 「一人娘なのだからこちらの姓を残してほしい」 こうした要望が、夫側と妻側の双方から顕在化する。

まり結婚が「夫婦二人の合意」で完結せず、「夫の両親」対「妻の両親」という、多者間の調整フェーズへと大きく複雑化する。

夫婦間の意識人間力交渉スキルいくら高くても、背後にいる親族意向を完全に無視して関係を維持できるカップルが、今の日本にどれだけいるだろうか。

兄弟」が「他家のライバル」になるディストピア

さらに深刻なのが、子供への影響だ。

よく妥協案として出される「1人目は夫の姓、2人目は妻の姓にすれば平等だ」というロジック

これは一見公平に見えるが、子供視点に立つと家庭内における代理戦争の引き金になりかねない。

同じ家の中に「田中くん(兄)」と「鈴木くん(弟)」がいる状態想像してほしい。

ここで起きるのは、単なる兄弟喧嘩ではない。背後にいる祖父母スポンサー)を巻き込んだ資源争奪戦だ。

田中家の祖父母は「自分の家の名を継ぐ孫」である兄を可愛がり、教育費や遺産を集中投下するかもしれない。

一方で鈴木家の祖父母は弟に入れ込む。

「お兄ちゃんはお父さんの家の子から」「僕はママの家の子から」 親や祖父母から愛情リソースが、子供自身資質ではなく「どちらのラベルを貼られたか」によって偏るリスクがある。

さらに恐ろしいのは、「優秀な子供の奪い合い」だ。

「兄は出来が良いからウチの跡取りに」「弟はパッとしないから向こうへ」といった、能力に基づく選別(ドラフト会議)が行われないという保証はどこにもない。

子供を「家を存続させるための駒」として比較し、競争させ、評価する

そんな残酷構造が、家庭という安らぎの場に持ち込まれしまう。

これが「子供のため」になる制度と言えるだろうか。

「条件付き運用」の脆弱性と、置き去りにされる「生活実感」

では、その他の「条件付き運用」ならうまくいくのか。

1. 「子供を作らないならOK」論の破綻

子供を持たないカップルに限ればいい」という意見もあるが、生殖は完全に制御可能パラメータではないし、人間価値観は可変だ。

数年後に子供が欲しくなった時、どうするのか。

ルール違反へのペナルティ設計強制離婚強制改姓?)など現実的ではないし、「この年齢ならOK」といった線引きは脱法行為の温床になる。

2. 「婚前合意子供の姓の一元化)」とアウトサイダー問題

結婚時に子供の姓をどちらかに統一することを義務付ける」という案。

論理的には一番筋が通っているが、これにも家庭内名目上のアウトサイダーを生み出す」という懸念がある。

夫だけ、妻だけが家の中で異なる姓を持つ状態は、結婚本来持つ「新しい共同体形成」という機能毀損しないか

重要なのは、「あるべき論」と「今の私たち感覚」の乖離

いわゆる「ウォークイズム」的な議論は、個人の完全な自律親和性の高い「最終的な理想地点」を設定し、そこに向けて「どう強制力を働かせるか」ばかりを議論しがちだ。

しかし、そこには「今を生きている人々の生活実感」への視点が欠落している。

名前なんて記号だ」という理屈はわかる。

でも、実際には多くの人が「家族みんな同じ名前であること」になんとなくの一体感安心感を感じているのも事実だ。

その感覚を「古い」「遅れている」と切り捨てて、理想の型に嵌め込もうとするのは乱暴すぎる。

必要なのは短期・中期・長期の時間軸での整理だ。

長期的には「家」なんて概念消滅するかもしれない。

でも、短期的にはまだ我々は「家」に依存して生きている。

まずは現状の感覚尊重しつつ、落としどころを慎重に探るべきだ。

何もしない、という選択肢や弥縫的な対処短期・中期(50年程度を想定)的に模索することは、必ずしも悪ではない。

進化すること」ありきで、現在自分たちの感覚否定して進むのは、社会実装の手順としてあまりに危うい。

結論:フェアネス自由を得る代わりに、より根深問題を先送りにし、解決困難化していないか?

結局のところ、選択夫婦別姓という制度変更は、結婚入り口にある「姓を変える負担」を取り除く代わりに、

その調整コスト出産時」や「親の相続時」といった、より後段のライフステージへとタイムシフトさせているに過ぎない。

しかも、後になればなるほど、関係者は増え、状況は複雑化し、「譲れない条件」の争いとなり、解決難易度は上がっていく。

いわば、「難問の先送り」だ。

今の日本社会空気感、我々の内面化している価値観が、まだ「家」という引力に縛られている以上、この制度を「強力なリーダーシップで」実装するのはリスクが高すぎる。

結婚自由度を高めるための制度が、皮肉にも調整コストへの忌避から結婚出産のものを躊躇させる要因になりかねない。

現状の過渡期においては、良かれと思ってトップダウンで線を引き直すと、より悪魔的な問題が噴出するようなことは起こりがちだ。

より大きなデメリット解決するための、やる気もビジョンも実行力もないなら、法律的な措置は控えるのが筋だ。

活動家は「自分の主張に有利なこと」「つごうのいい事」を「今すぐやれ」と主張するだけで、デメリットトレードオフは見て見ぬふりをする人間の集まりである

左右どちらかに限った話ではない。

法律を通してさえしまえば、問題が起きても、「いいか法律に従え」としか言わなければいいので、どんなに卑怯でも法案成立だけを目指せばいいからだ。

活動家の主張を通した結果、新しく不幸な人が増えても、活動家は、まったく責任を取らないし、何もしないし、顧みることもないことは、始める前から明らかである(歴史はそれを証明している)。

からネガティブテーマこそ、真剣にどこまでも議論することが大事なのである

2026-01-24

北海道6区トトカルチョ

自民東(統一)、中道西川いじめ事件市長)、共産おぎう(おじいちゃん)。顔ぶれは前と同じやね

前回北海道は立憲が勝ちまくった中で、6区は自民ギリギリ議席を守った。まあ立民西川比例復活で行ったが。

西川はやはりいじめ事件が尾を引いていて、そのイメージ払拭できてないように思う。本人のインスタ見ても、彼自身がほぼ独自政策に触れていない。

西川政治家がやりたいだけで、日本を変えたいことは、特に無いんだろう。

もっと人物の印象があんまないのは、東のほうも大差はないので、結局政党パワーバランスで決まるんだろうなあ。

北海道6区はドブ板するには広すぎるから、仕方ないっちゃ仕方ない。

報道では公明票は1万近くあるとされていたが、正直そんなにはいないだろ。ただ党の言いなりになる創価員がそんなにいるもんかね。

それでも自民に入ってた公明票いくらかは中道に移動することになる。高市を嫌うオッサンや左寄りの無支持層も少しはいるだろう。

逆にうっすら反石波、親高市という層が自民に戻ってきて、そのどっちが多いか趨勢は決まるだろう。

とするとやっぱ自民かねえ。情勢わからんけど。

俺は蓋開けたら自民増、自維で過半数とれて、国民がやきもき、中道解散して元の木阿弥という展開と読んでいる。

正直「どっちがマシか」の選択なんで、他の党が出てこないか心配だった。とくに参政党なんていたらぽっと通っちゃう可能性もある。

旭川の街なかで辻立ちしてるのを見るので、候補出してくるのを警戒してたが、出てこなさそうで安心

国民が比例のみで候補者出てるから、6区から出してほしかったとこだが、地縁がないのは厳しかろうなあ。

世界統一戦争がはじまったら

どこが勝つと思う?

2026-01-23

anond:20260123234041

増田さんの挙げた例は、どれも「最初は傍流・異端扱い → その後に主流化」ですが、主流として受け入れられた“型”がかなり共通しています

既存理論では説明しにくい観測事実アノマリー)が蓄積

② 新説が「定量的予測」や「決定的な検証テスト)」を提示

③ 追試・再現で生き残り、応用(技術・実務)で強固になる

④ その過程で「何が反証になりうるか」のルールが徐々に固まる

以下、各例で「何が決め手だったか」を短く整理します。

1) ニュートン万有引力が主流化した理由

決め手は「天体運動を一つの法則統一し、予測が当たった」ことです。

ニュートン力学と万有引力は、地上の落下と天体運動を同じ枠で扱える(統一性が強い)。

そして象徴的なのが、ニュートン理論を使ったハレー彗星回帰予測(1758年頃)で、実際に1758年末に観測され、ニュートン理論の有力な実証例として扱われました。

ここで重要なのは「それっぽい説明」ではなく、“いつ出るか”を事前に言える(予測可能性)が強かった点です。

2) 熱力学第二法則が主流化した理由

決め手は「熱機関効率という工学的に検証される領域で、普遍的制約として働いた」ことです。

第二法則19世紀中頃にクラウジウスやケルヴィンらにより整理され、代表的には「熱は自発的に冷→温へは流れない」等の形で表現されました。

これは“哲学”ではなく、蒸気機関などの熱機関の性能限界(どんな工夫をしても超えられない上限)として現場で繰り返し確認され、理論の信頼を固めました。

まり第二法則は「実験室で一発」より、工学化学での再現性と有用性が、主流化を支えたタイプです。

3) 原子論が主流化した理由

決め手は「原子実在すると仮定すると出る定量予測が、実験確認された」ことです。

19世紀末〜20世紀初頭まで、原子の“実在”には懐疑もありましたが、

アインシュタイン(1905)がブラウン運動原子分子)の運動に結びつけ、観測できる量(平均二乗変位など)に落とした。

その予測ペランらの実験で支持され、原子分子運動論が受け入れられる大きな契機になった、という整理が教科・解説論文で繰り返し語られています

ここは反証主義っぽく言うと、「観測できる指標への翻訳操作化)」が勝因です。

4) 大陸移動説(→プレートテクトニクス)が主流化した理由

決め手は「メカニズム不在の弱点が、海底観測データで埋まり、“決定的テスト”が登場した」ことです。

ウェゲナー大陸移動説は「大陸の形が合う」「化石・地質が対応する」などの状況証拠はあった一方、動く仕組み(メカニズム)が弱く、北米などで強い反発がありました。

1950〜60年代に海底探査が進み、海嶺で新しい地殻が生まれ広がるという「海洋底拡大」的な絵が出てきた。

さら1963年前後海嶺の両側に地磁気の“縞模様(磁気異常の対称パターン)”が出るはずだ、という形で「科学テスト」が明確になり、これがプレートテクトニクス確立重要な一歩として整理されています

このケースは、まさに「傍流が主流へ」の典型で、“良い話”が勝ったのではなく、“測れる予測”が揃ってひっくり返った例です。

5) 病原菌説(germ theory)が主流化した理由

決め手は「微生物存在感染→予防・治療成功」までが連結して再現されたことです。

パスツールやリスター、コッホらの仕事が「病原体病気を引き起こす」という枠組みの確立と受容に大きく貢献した、と整理されています

具体的には、パスツール実験が“自然発生”を否定微生物役割を示す方向で影響し、

コッホは炭疽菌などで「特定病気特定病原体」という因果実験で強く示しました(コッホの業績・方法論として説明されます)。

ここは理論の受容が、手洗い・消毒・衛生・ワクチン等の実務成果に直結し、主流化が加速したタイプです。

まとめ:増田さんの例が示す“主流化の条件”

増田さんの列挙は「傍流が主流になった」という点では正しいですが、より重要なのは

それらは “検証可能予測(あるいは反証条件)を固定し、外部データと追試に耐えた” から主流になった

という点です。

私がMMTに対して言っている「反証主義の土俵に乗れ」という要求は、まさにこの主流化パターン(=科学史の勝ち方)を踏まえたものになっています

TBSYouTube配信高市総理中道改革連合で「コメント欄」の仕様が違いすぎる件

2026年1月解散総選挙政治的スタンスは人それぞれだと思うけど、報道機関としてこれってどうなの?という違和感を抱いたので吐き出しておく。

結論から言うと、TBSYouTubeライブ配信における「コメント欄運用」が、特定勢力に有利になるよう意図的コントロールされているようにしか見えない。

1. 高市総理解散会見(1月6日)

この時のコメント欄は「全開放」だった。誰でも、登録していなくても書き込める状態

結果としてどうなったかコメント欄阿鼻叫喚地獄絵図。高市政権に対する罵詈雑言ヘイトに近い書き込み組織的ものと思われる批判コメントが滝のように流れ続けていた。これを見た視聴者は「世論高市さんにこれだけ厳しいんだ」という印象を強く受ける。

2. 中道改革連合政策発表会見(1月10日)

一方で、その数日後に行われた中道改革連合の会見ではどうだったか

コメント欄は「チャンネル登録者のみ(それも一定期間以上の登録必要な設定)」に制限されていた。

その結果、コメント欄批判シャットアウトされ、熱心な支持者による「期待しています!」「頑張れ!」という激励メッセージだけで埋め尽くされていた。非常にクリーンで、ポジティブ空気演出されていた。

これ、明らかに印象操作」じゃないか

批判を浴びせたい対象高市政権)の時はコメント欄を野放しにして「荒れている惨状」を見せつけ、自分たち推したい勢力の時はコメント欄をガードして「支持されている様子」だけを見せる。

TBS側は「スパム対策」とか「個別判断」と言うんだろうけど、なぜ与党トップの会見ではスパム対策をせず、野党連合の会見では厳重にガードするのか。その「基準」が全く不透明すぎる。

スクリーンショットを撮り損ねたのが痛恨の極みだけど、リアルタイムで見ていた人間ならこの異様な「温度差」に気づいたはず。

YouTubeコメント欄なんて便所の落書きかもしれない。でも、今の時代ライブ配信チャット欄が醸し出す「空気感」は、テレビテロップ以上に視聴者心理に影響を与える。

メディアが「報道公平性」を掲げるなら、せめてコメント欄運用ルールくらい統一すべきではないか特定政党だけを「温室」で守るような真似は、もはや報道ではなく広報だろう。

これって僕の考えすぎ? それとも、皆さんも同じような違和感持ちました?

2026-01-22

在特会華やかしき頃、お前は差別主義者だと言ってたサヨクがだよ、今なぜ朝鮮人統一協会を批難しないんだと騒ぐ

合同結婚式なんて80年代ワイドショー定番ネタだったのにそれを潰してきたのはサヨクじゃないか

そして今、統一解散命令だして創価と手を切った自民非難して中道を支持してる

破門されてるから外道

因果が狂ってるなあ

俺まったく同じ理由で「無痛恋愛とかキショい」つったら炎上したぞ

女性をはじめとした特定弱者リスクや負荷に晒されることは

正しくないこととして徹底的に社会問題化されるのに

男に対しては「リスクとって当たり前!弱者死ね!」になるんだよな

どっちでもいいけどどっちかに統一せんか?

 

個人は 

男も女も平等に優しくではなく

男も女も平等にある程度しばく

が正解だと思ってるけどね

https://anond.hatelabo.jp/20260121161245

2026-01-21

anond:20260121140637

さすがに風呂場はカビハイター使ってるけれど、一時期、キッチンハイターで統一しようかと考えたことはある。

何を切った包丁から洗うべきか

何を切った包丁から洗うべきかについて、妻とレベル1ぐらいの喧嘩をした。

私が子の離乳食の準備をしてた際、りんごを切った包丁を水ですすいでニンジンを切り始めようとしたのを妻に見られたのが発端だった。

妻の言い分では、何かを切った包丁は次のものを切る前に必ず洗うべきらしい。

一方私は、りんごニンジンも既に何度も与えてる食材なので仮に何かが混ざったとしてもアレルギー心配はないし、りんごを切っただけの包丁をいちいち洗剤をつけたスポンジで洗うのはやりすぎだと思う。

これをきっかけに、「じゃあ何を切った包丁からあなたは洗うの?」という質問が飛んできた。

「少なくとも、野菜果物は多分洗わなくてもいいや、バナナみたいな粘っこいものをみじん切りしたら洗わないとちょっと気持ち悪いけど我慢できる、刺身もよく水で流したら我慢できなくはないけど、生肉は何であろうと洗わないと無理」ということを答えたら、ズボラ過ぎると言われてしまい、全て洗う運用我が家統一することになった。


実際のところ、これって俺が本当にズボラ過ぎるのか、妻が神経質すぎるのか?

anond:20260121120444

しろ自民党から今の自民党について行けない人が中道なり国民民主なりに合流する方がスジ通ってるだろうな

自民派閥という小さい塊の集合体で出来てて他の党と同レベル思想バラバラなのに、自民支持者は自民議員はみんな統一した思想を持ってると認識してるの不思議

anond:20260120124348

しかも結局、自民統一なんて話は一切成立しなかったからな。

数年与党やっただけの民主にも関わり出るくらいだから自民じゃなくて時の与党なのよ、統一にとっては。

anond:20260120123709

あほヤフコメ民だよね、ああいうの。

未だに「山上があの事件統一に一矢報いなきゃ統一を倒せなかったんだい!」・・なんて戯言を吐くアホが未だに集まってるからなあそこ

2026-01-20

anond:20260120153741

それはね、リベラル共産主義ってのが思想信条自由を認めてないからなのよ。

皆が自分と同じ価値観を持つべきであり、自分と違う価値観の人は道徳的に劣ると考えるからなのよ。

嘘だと思うなら、彼らと議論してみな。意見が違うところについては、こっちを悪人扱いしてくるから

右翼でも極右はそうだけどね。

俺は表現の自由戦士なんで、価値観統一なんていう地獄クソ喰らえなんだよ。

anond:20260120195533

有田芳生っていう筋金入りの反統一がいる時点でそれは嘘なんよな

ずっと昔から統一敵対して生きてきたわけだし

anond:20260120123709

さら統一ガー連呼選挙に勝てると思ってる頭が左翼能力限界

有権者統一がどうのとか気にしてる奴一パ1セントもいないから。

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