はてなキーワード: 多重下請けとは
1990年代、日本は世界経済において大きな存在感を持っていたが、2024年時点では名目GDP、世界GDP比率、一人当たりGDP、国際競争力ランキングのいずれも大きく低下した、と整理されている。関連する要約記事では、名目GDPが2012年の6.27兆ドルから2024年に4.11兆ドルへ、世界GDP比率が1993年の17.8%から3.8%へ、一人当たりGDP順位が1990年代の5位から52位へ低下したとされている。
失われたもの:
国際的な経済プレゼンス、成長期待、先進国としての相対的な豊かさ。
同記事では、日本の平均年収は1997年の467万円から2024年の462万円へ、約30年にわたりほぼ横ばいだったとされる。一方で、米国・ドイツ・韓国では同期間に賃金が大きく伸びたと整理されており、日本だけが「働いても豊かになりにくい国」になったという問題意識が示されている。
失われたもの:
サイト側の議論では、特別会計、天下り、多重下請け、中抜き構造が、税金を国民のために使う仕組みを弱体化させたとされる。関連要約では、特別会計が1990年の85兆円から2024年に238兆円へ拡大し、国民の目が届きにくい巨大予算になっていると説明されている。
また、持続化給付金、COCOA、電気・ガス補助金などが「中抜き構造」の例として挙げられ、国民に届くはずの支援が中間組織・委託先・事務費に吸収されたという主張が展開されている。
失われたもの:
税金が国民に還元されるという信頼、行政支出の透明性、公共事業の効率性。
同記事では、世襲政治、政治資金の不透明性、国会活動実績の乏しい議員の存在が、日本政治の硬直化を招いたとされる。特に、自民党における世襲率の高さや、国会質問・議員立法・質問主意書がゼロの「トリプルゼロ議員」が問題視されている。
失われたもの:
政治への新規参入機会、政策競争、専門性・現場感覚に基づく政治。
サイトの論旨では、日本の腐敗は露骨な賄賂型というより、天下り、外郭団体、特別会計、記者クラブ、世襲政治などを通じて「合法的に見える形」で制度化されている点が問題とされている。関連要約では、これを「制度化された腐敗」と表現している。
失われたもの:
同記事では、日本の報道自由度ランキング低下、記者クラブ制度、SNS上の削除・開示請求の増加が取り上げられている。特に、2024年の日本の報道自由度指数が70位でG7最下位とされ、情報統制や批判的報道の弱体化が問題視されている。
失われたもの:
権力監視機能、自由な批判空間、国民が政策判断するための情報環境。
関連要約では、年金受給開始年齢の引き上げ、国民年金・厚生年金の水準、国民負担率の上昇、実質手取り率の低下が挙げられている。1990年の実質手取り率76.5%に対し、2024年は68.6%まで低下したとの整理も示されている。
失われたもの:
老後の安心、現役世代の手取り、社会保険料・税負担への納得感。
同記事では、日本のカロリーベース食料自給率が1990年の53%から2024年に38%へ低下したとされ、輸入途絶時の脆弱性が指摘されている。小麦、大豆、トウモロコシへの輸入依存も問題視されている。
失われたもの:
出生率低下も、サイトの主要論点の一つである。関連要約では、合計特殊出生率が1990年の1.54から2024年の1.15へ低下し、出生数も1990年の122.2万人から72.1万人へ減少したとされている。
失われたもの:
人口維持能力、若年世代の将来展望、社会保障制度の持続可能性。
日本の「失われた30年」は、単なるバブル崩壊後遺症や少子高齢化だけではなく、特別会計、天下り、中抜き、世襲政治、情報統制、税制の不透明性といった制度化された腐敗によって、経済成長・賃金・税の還元・政治参加・報道の自由・老後の安心・食料安全保障・出生力が長期的に損なわれた、という構図である。
エントリを拝見して、すごくハッとさせられました。
「東京という搾取構造からの脱却」や「可処分所得こそが自立のための最大の武器になる」という視点、そして「平和を守るためには祈るだけでなく、物理的なインフラが必要」という現実的な指摘。
どれも、私たちリベラル層が「綺麗事」の裏でずっと目を背けてきた不都合な真実だと思います。
今の若者にとって本当に必要なのは、耳障りの良い精神論ではなくて、生活を支える具体的な「経済的基盤」ですよね。
リベラルは弱者救済(需要側)だけでなく、インフラや雇用の創出(供給側)にも責任を持つ「サプライサイド・リベラル」に変わるべきだという結論は、これからの社会を良くしていくための、一番現実的な道筋だと深く共感しました。
でも、だからといって「これまで自民党が進めてきた地方投資や国土強靱化を、そのまま肯定できるか?」と聞かれたら、答えは明確に「ノー」だと思うんです。
私たちが地方への投資の必要性を認めることと、今の自民党の政治手法を許容することは、まったく別の問題です。私たちが自民党に不満を抱き、ノーを突きつけなければいけない理由は、彼らの「公共事業という手段」そのものではなく、その手段を長年腐敗させてきた「システム」にあるのではないでしょうか。
自民党政権下の地方投資には、どうしても見過ごせない3つの大きな問題があります。
インフラ投資が若者に安定したお給料をもたらすという理論はその通りだと思います。でも、実際の自民党政権下では多重下請けや中抜きが常態化していて、莫大な予算は一部の有力企業や政治家の周辺に吸い上げられてしまっています。
現場で汗を流す同世代の若者の「可処分所得」には、残念ながら十分に還元されていません。私たちが求めているのは、働く人に直接利益が渡る、クリーンな公共事業です。
地方企業の独身寮を「経済的な要塞」にするというアイデアはすごく魅力的です。ただ、自民党はこれまで企業側の既得権益を優先し、働く人を守るルール作りやハラスメント規制を後回しにしてきました。
その結果、地方の古い体質の企業がそのまま残り、せっかくの独身寮が「古い価値観を持つ経営者による、新たな支配の場」になってしまう不安があります。
ハード(寮)だけでなく、ソフト(働く人の権利保護)のアップデートが絶対に必要ですが、いまの自民党にそれは期待できません。
専守防衛や災害対策のためのインフラ整備は、私たちの命を守るために絶対に必要です。
でも、自民党の公共事業は、本当に強靱化が必要な場所よりも、「有力議員の地元」など票につながる場所へ優先的に配分されてきた歴史があります。
こうした不透明な予算の使い方が、結果的に日本全体の本当の防衛力や防災力を弱めてしまっていると思います。
元増田がおっしゃるように、私たちリベラルは「地方への投資」や「インフラ整備」「防衛基盤の構築」から、もう逃げてはいけない時期に来ていると思います。
でもそれは、「自民党の利権政治に妥協する」ということではありません。むしろ、「自民党が一部の利益のために歪めてきた地方投資を、私たちリベラルの手で『若者の本当の自立』と『クリーンな国防・防災』のための投資へと奪い返す」ことだと宣言すべきです。
「土建」を否定するのではなく、「腐敗したシステム」を否定する。そして、働く人と地域社会を本当に豊かにする「クリーンな生存インフラ投資」を対案としてしっかり掲げる。
この文章が語る「現実のレバー」とは、結局のところ、腐敗した既存システムを延命させるための「小細工」に過ぎない。
1. 「半径5mの支持」という名の同調圧力
筆者は「目の前の信頼関係」を説くが、それは往々にして「おかしいことを、おかしいと言わない」という沈黙の共謀を指している。IT業界の多重下請けや技術軽視がなぜ存続しているのか? それは「泥臭い調整」と称して、不条理に目をつぶり、現場の疲弊を「政治」でコーティングして誤魔化してきた「実務家」たちがいるからだ。 彼らが守っているのは「信頼関係」ではなく、自分たちの居心地の良い「ムラ社会」である。
2. 「1円の得にもならない」という貧しい価値観
知性をすべて「金」や「個人のキャリア」という私利私欲に収束させよ、という主張は、あまりにも傲慢で底が浅い。 かつてオープンソース文化を築き、インターネットの根幹を作ったのは、筆者が切り捨てる「1円の得にもならないことに熱狂するピュアな人々」だ。市場原理に組み込まれない「純粋な正論」や「技術的良心」の放電がなければ、技術の進歩は、資本主義の搾取を最適化するための道具に成り下がる。
3. 「動かないレバー」を動かしているのは誰か
「経営者はネットでわちゃわちゃ言わない」というが、それは彼らが「正論を言われると不都合な既得権益側」にいるからに過ぎない。 業界の歪みを言語化し、可視化する行為は、決して「エネルギーの漏電」ではない。それは「社会的な警報(アラート)」だ。一人の人間が職場を変えられなくても、ネット上に蓄積された「正論のログ」は、後に続く世代が同じ泥沼にハマらないための地図になり、ブラックな商慣習を是正するための世論を形成する。
「不完全でも前進させる」という美名の下で、どれほどの技術的負債と絶望的なコードが積み上げられてきたか。 現場の「正論」を封殺し、政治的な妥協を繰り返してきた「自称・実務家」たちの尻拭いをしているのは、いつも彼らが蔑む「ピュアな技術者」たちだ。彼らのネット上の発言は、現場で無視され続けた「悲痛な叫び」であり、その責任は彼らの知性ではなく、正論を機能不全に陥らせている組織の不健全さにある。
筆者は、論客たちの背後に「エネルギーの放電」を見て同情しているが、それこそが最大の「余計なお世話」である。
知性を「世渡り」のためだけに使うことを正解とするなら、この世からは批評も、哲学も、革命も消え失せるだろう。 本当に残酷なのは、知性ある人間が孤立することではない。知性があるにもかかわらず、そのリソースを「現状維持」と「権力への追従」に全振りし、不条理に加担しながら「大人になった」と自惚れている、冷笑的な実務家の精神状態である。
「世界を数センチ動かす」ために、自分自身の魂を数メートル削り、組織の歯車として摩耗していくこと。それこそが、知性の最も「勿体ない」使い方ではないだろうか。
その意見がネットで見られるってことは、すでにシェアされてるわけで放電(チラシの裏に書くとか)とは違うような
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IT業界には、驚くほど鋭い分析力と技術的良心を持ち、業界の不条理(多重下請け、技術軽視のマネジメント、非効率な商慣習)を完璧に言語化する人たちがいる。ブログやブコメで見かける彼らの言葉は、論理的には1ミリも間違っていない。ぐうの音も出ないほどの正論だ。
でも、ふと思う。 その知性と熱量は、一体どこで消費されるべきものなんだろうか。
人間のリソースは有限だ。 一日のうち、私たちが「知的なエネルギー」を100%注げる時間は限られている。その貴重なリソースを、1円の得にもならない、誰との信頼関係も構築しない「ネットの論評」に全振りしている姿を見ると、なんだか猛烈に「勿体ない」と感じてしまう。
こういう人たちの多くは、たぶん「ピュア」なんだと思う。 「技術的にこれが正解だ」「こうあるべきだ」という理想が強すぎて、現実のプロジェクトに付き物の「泥臭い調整」や「政治」、あるいは「相手の無知を許容した上での巻き込み」を、不純なものとして拒絶してしまう。
でも、現実を変えるのはいつだって、その「不純で泥臭いプロセス」だ。
正論で殴って相手を論破しても、相手は仲間にはなってくれない。むしろ防衛的になり、ますます「正しいはずの意見」は採用されなくなる。 その結果、職場で自分の声が届かなくなり、孤立する。そのフラストレーションを解消するために、またネットという「唯一、自分の正論が完結できる聖域」へ戻り、さらに鋭い言葉を研ぐ。
これって、残酷なまでに「半径5mの支持」を失っている状態なんじゃないだろうか。
ティア上位の企業の経営者や、現場で本当に物事を動かしている実務家は、驚くほどネットでわちゃわちゃ言わない。彼らは、自分のリソースが有限であることを誰よりも知っている。だから、言葉を安売りせず、そのエネルギーのすべてを「現実のレバーを動かすこと」に全振りする。
ネットで万能感を得るための100のブクマより、目の前の同僚との信頼関係。 外野からの完璧な批評より、不完全でも前進させるための泥臭い調整。
「もっと泥臭くやれば、その知性で世界を数センチくらい動かせるはずなのに」
そう思わざるを得ない論客を観測するたびに、僕は彼らの背後に、行き場を失った膨大なエネルギーの放電を見てしまう。 僕たちは、自分の有限なリソースを、誰の、どの半径のために使うべきなんだろう。
この文章はgeminiによって出力されました
はい、リベリベで社会主義は弾圧されまくりましたが、経済の活力はあった
そもそも自由主義は「小さな政府」を望み、社会主義と違って徴税は、なるべくしてほしくないのだから
a) 生産性が高く高賃金だが、スパスパとレイオフする民間企業
b)はもともと最低賃金なんだから、国鉄のように、わざわざ民営化という話にもならない
a) 生産性が高いが解雇規制のため、下請けに投げまくる大企業
b) 大企業の多重下請けで利益は薄いが、政府から補助金を貰う中小企業(自民の岩盤支持層)
c) 解雇はされにくいが、たまに民営化という形で吹き飛ぶ公務員
そもそも解雇規制を緩和して、北欧モデルに移行したほうがいいんじゃないかという
直営ビジネスであろうと、レイオフを解禁し、賃金は民間と同一とすれば、国鉄が破綻せずに済んだ未来もあったのだが。
「日本ってけっこう中抜き地獄だよなぁ」中抜きの業者は末端と先端以外は何もしておらず、船頭が多すぎる。個人的には、トップよりも間の何もしてない奴らの方がヤバいと思う話
増田はとあるインフラ企業に勤めるオッサンです。多分日本で弊社の名前を全く聞いたことがない人はほとんどいないと思う。
当社が主に頼る建設業界って多重下請けピラミッドというステレオタイプな偏見で見られることが多いと思うんですね。
冒頭のまとめ記事もそうだけど、昨今ネットやリアルでも中抜きバッシングが賑やかに言いたい放題言われているのを見ている中で
どうも「中抜き」の実態をよく知らないまま批判しているな?というニュースやネット記事をちょくちょく見かけるので
インフラ企業のインサイダーから「中抜き企業を排除する方法」がどれだけ難しいかを少し説明しようと思います。
建設工事において、弊社は発注者として元請企業に施設の新設や修繕・改造工事を委託します。
そして元請企業は基本的に受注した業務のパートごとに二次請以下へ仕事を降ろしていくことになります。
そして、実際発注者である弊社の施設で現場作業を行うのは、四次請以降の企業の社員ということになるわけですね。
(元請や二次請企業も管理のため基本現場には常駐しますが、実作業はあくまでそれ以下の下請が行います)
この工事を門外漢が単純に見ると元請(一次請)から三次請の企業は実作業をしないのにマージンを抜いていく悪徳中抜き企業と評されるのでしょうね。
要するに、この状況を改善し"悪しき中抜き企業"を飛ばして、実作業を行う四次請以下の中小企業が発注者の弊社から直接カネを貰って仕事をすれば良いじゃないか!
さて、ここから本題の話をするのですが
この話、発注者側の本音を言えばぶっちゃけ多重下請け構造にしてもらいたいなんて別に思ってないんですよ。
でも実際はそうならず二次請三次請四次請に流れていくのは、「その方が安いから」ということでしかありません。
弊社がやる工事の場合、元請企業っておおよそ大企業で人件費も高いんですよ。
そういう元請社員に直接手を動かしてもらうより、その下請以下の安い人材にやってもらう方が経済的合理性があるわけです。安さは正義。
当然入札で安い見積を出したい元請企業も事情は同じで、自社社員に現場作業をさせるより下請を使おうという動機付けが起きるのです。
ちなみに、弊社のような顧客企業から直接四次請の中小企業に発注したら良いじゃないかという主張もあるかもしれませんね。
(建設業ではないですが、実際にマイナポータルの事業で、NEC等大手メーカに発注せずデジタル庁から中小企業に直接仕事を発注すれば良いじゃないかという主張が一部でありました)
この主張に反論すると、ただの建設工事と一言で言ってもその中では様々な工程があるんですよ。土木工事も要る、配管屋も塗装屋も電気工事も要る。他にも多種多様に業者が必要になる。
これらの業務を直接発注する場合、弊社の社員が直接仕事を切り分けしてそれぞれの専門業者(つまり四次請)に頼むことになるわけですが、
この事務作業に掛かるコストも馬鹿にならないんですよ。弊社も大企業ですから社員もそれなりに高単価で人件費が掛かるのです。
そうするとこの事務作業は自分のところでやるより外注した方が安いねというインセンティブが働き、事務作業も含め管理業務も一括で委託できる元請企業に委託した方が合理的だという結論になるわけです。
そして元請企業もある程度の切り分けまでは行いますが、それ以上の細かい事務作業はさらに下請以下へ任せる方がトータルコストは安くなります。
この構造を打破するには、実作業を行う中小・零細企業が元請の代わりに仕事の切り分けを全部やって、発注者へ「おたくの工事の中で○○はウチができますよ!」と提案してこないといけない。
もちろんやってくれるなら大歓迎なのですが、残念ながら中小零細企業の99.9%はこの事務作業ができません。できないからこそ三次請や四次請に甘んじているわけです。
そして、実際のところ三次四次の中小もこんなことやりたいとも思っていません。高レベルだしそんなことできる人材もいないからです。
中抜き中抜きと言えば何かいっぱしの批判をした気分になってる方々も、上記の事情を知って頂ければ
中抜き企業を排除するには中小零細企業が元請企業レベルの事務作業の能力を持つ必要があること、そしてそれは中小零細にとって酷な要求だということが理解頂けるのではと思います。
「ぶっちゃけ日本のIT技術者のレベルが元々低いだけ」論、読んだけど、雑に日本叩き→雑に海外持ち上げの“気持ちよさ”に全振りしてて、論としては穴だらけだよ。順に潰す。
“発明”って規格?論文?OSS?製品?この区別を曖昧にして「思い浮かばない=ない」をやるのは主観の事実化。
反例を淡々と置く(全部2010年代以降の「世界で通る」技術・成果):
HTTP/3 / QUIC系仕様・QPACKの主要貢献者のひとりは日本人エンジニア(例:Kazuho Oku)。IETFのRFCはまさに“世界標準”。「世界で通用」どころか世界の土台。
Chainer / CuPy(Preferred Networks)は動的計算グラフ系フレームワークの先行例。PyTorch隆盛の流れに技術的影響を与えた。CuPyはいまも広く使われてる。
ソニーのCMOSイメージセンサは世界シェア筆頭。これは“ハード”に見えて、設計・製造・信号処理・ツール群までソフトの塊。スマホのカメラ品質=AI前処理の土台。
日本人が中心メンテに関与した高性能HTTPサーバ(H2O等)はCDNや低レイテンシ配信に採用例多数。
産業用ロボット(FANUC、安川)周辺の制御・通信・ツールチェーンは世界の現場で常用。表に出にくいB2B領域は“見えないだけ”。
「LINEが~」みたいなB2Cの派手さだけが“発明”じゃない。基盤を握るのは地味仕事。あなたが気づかない=存在しない、ではない。
Winny/一太郎/CD-ROM/MIDIを“国民的知名度”で持ち上げて、以後は「思い浮かばない」って、知名度=技術力の誤用。
2000年代以降、ITは不可視化(クラウド、プロトコル、ライブラリ、半導体、サプライチェーン)へシフト。見えないところほど難しくなった。派手なガジェットが減ったからレベル低下、ではない。
問題領域で言語は変える。Webは「5歳児でも」動かせる?今のWebは、
CD/CI、IaC、K8s、SRE、ゼロトラスト、分散トレーシング、暗号化、フロントの再レンダリング戦略……
これらを運用で落とさないのが本番。Cが偉い/Webが軽い、は90年代の教養で止まってる。
起業に国の試験?それ、フィルタにはなるけどイノベーションの十分条件じゃない。
トップダウンは国家プロジェクトやインフラ敷設には強い。しかし、
分野で強弱は揺れる。制度の一軸で「勝ち負け」を断ずるのは幼い。
それ、犯罪としてのサイバー強盗の話でしょ。規制準拠の金融基盤と国ぐるみのハッキングを同じ土俵で比べるのは、
「百メートル走で銃使えば最速」って言ってるのと同じ。比較の土俵設定から破綻。
日本のITが伸び悩んだ要因は複合要因:内需の構造、調達・多重下請け、英語コミュニケーション、ストック報酬の弱さ、エクイティ文化、大学と産業の距離、IPO市場の質、人口動態、為替…
これを全部「技術者のレベル低い」で片付けると、説明力を失う。制度と資本設計の問題は制度と資本で解くのが筋。
「勝ってる」を“B2Cでバズるアプリ”だけに限定するから見落とす。
最後に一個だけ。
SIerではあるが50人もいないような中小会社だから数十億とかの案件はまず関わること無い
一体どんな規模なんだよと思ってた
が案件取ってくる人から話を聞いてみると、でかい企業はムダに高いだけらしい
大手がやってたもののリプレースや自社でやってたのを大手がリプレースとかあったがそういうのの話を聞くと同じシステムなのに倍どころか物によっては桁が違ったりするらしい
大手は多重下請けとかやってるし、未経験や初心者レベルでもできるくらいの余裕を持った日数で計算したりで高いんだろうな
自社は下請けとかなく全部社内でやるしスキルが高いベテランがやる前提だから金額は安く済ませれてる
中小の無名どころは値段くらいしかアピールポイントないしどこもそんなものだろうけど
普通の人でもなにか商品を買うときに安いけどよくわからん中華メーカーの製品よりは多少高くても名のしれた大手日本メーカーを選ぶ人が多いだろうしまぁ仕方ない
ソフトウェアテストに関する書籍の中には、避けるべきものが存在する。
「地雷」という表現は議論の余地があるが、それでも一部の書籍は読者にとって有益とは言えない内容で、むしろ避けるべき類いに該当すると言える。
その理由は、内容が浅い、議論が偏っている、あるいは事実誤認を含むものもあるためだ。例えば、特定の開発者向けのテスト書籍の中には、著者の知識不足が目立つものがある。主観的な論理を延々と述べており、専門性や客観性に欠けている。
また、世界的に知られる専門家であるCem Kanerがこうした書籍を読んだら、どのように評価するのか興味がある。
教科書として広く知られているテスト書籍の中にも問題がある。致命的な誤植や、浅はかなテスト観が目立つ内容が含まれているケースがあるのだ。
さらに、品質を重視してアジャイル開発を語る一部の書籍は、テスト書籍とは分類されないが、アジャイルそのものを正しく理解していない印象を受ける。アジャイルの根本的な考え方を否定し、単に多重下請け開発の手法を当てはめようとする内容に終始している。